第八話「夏のドワーフ・フェスティバル:中篇」
やっぱり三部構成になりました(笑)。
七月一日の正午過ぎ。
夏至祭とドワーフ・フェスティバル、そしてダンの結婚式を兼ねた一大イベントが粛々と進行していた。
ダンの結婚式はつつがなく終わり、二人は衣装を変えるため、屋敷に戻っている。
その際も二人は仲良く手を繋ぎ、甘い雰囲気を撒き散らしていた。
俺はと言うと、ドワーフたちにとってのメインイベントともいえる酒類品評会を仕切らなければならず、多くの鍛冶師ギルド職員たちに指示を与え続けていた。
「白ワインは氷の入った桶にボトルごと入れておいてください。シーウェルワインはとりあえず冷やしておいてください。細かな調整はラドフォード子爵閣下の指示に従うように。必要があれば私かシャロンが温度を調整しますから……蒸留酒のグラスは蒸留職人用とドワーフ用があるので間違えないで……」
矢継ぎ早に指示を出すが、それでも手が回らない。リディたちも手伝ってくれているが、酒のことには口を出さないので俺の負担はあまり変わらない。
「料理の準備が整ったよ」とベアトリスが告げる。
「ビールの樽も全部確認しました。少し冷え過ぎかもしれませんけど、たぶん大丈夫だと思います」とシャロンが額の汗を拭きながら報告する。
「投票用の木札は配り終えました。商人の方たちからいつから始めたらいいかって聞かれているんですけど、どうしましょう?」とメルが少し切羽詰った感じで聞いてくる。
「リディは父上とウルリッヒを捕まえておいてくれ。すぐにでも開会の挨拶をしてもらうから」
「了解!」といってリディが走っていく。
メルには「すぐに始めるから、職員たちに周知するように指示を出してくれ」と指示を出す。
メルはカラフルなスカートを翻して職員たちに指示を出しにいく。
彼女たちはこの地方で祭の時によく着られる民族衣装のようなカラフルな衣装を身に纏っていた。ダンの結婚式で目立ちすぎないようにするためだ。
最終的な確認を行い、準備が終わる。
父とウルリッヒと共に館ヶ丘の南の草原に設置した舞台に上がる。舞台は土属性魔法で作ったもので、幅二十メートル、奥行き十メートル、高さ二メートルほどで、四隅に岩の柱を作り、屋根代わりの布を張って天幕のようにしてある。
舞台の前には俺が作ったステンレスタンクが大量に置かれていた。
この中に各支部から送られてきたスコッチやブランデーが入っているのだ。ただし、どのタンクがどこのものか分からないよう番号のみが振ってある。
「それでは酒類品評会のうち、蒸留酒品評会を行います! 蒸留酒についてはドワーフの皆さんが一人三点、スコット・ウィッシュキーたち蒸留職人三十人が一人十点で、これぞと思う酒に点を入れていただきます。持ち点はバラバラでもいいですし、一つにすべて入れても構いません。なお、ドワーフの皆さんの試飲は一杯ずつでお願いします……」
俺が説明している間に職員たちが投票用紙を渡していく。
今回、総本部と主要な支部から十四種類の蒸留酒が出品されている。
内訳だが、大麦麦芽が原料のいわゆるモルトウイスキータイプが十樽、ブドウを原料としたブランデータイプが三樽、サトウキビが原料のラムが一樽だ。更にシーウェル侯爵からシーウェルブランデーが一樽提供されている。
シーウェルブランデーは別枠にしようと思ったが、侯爵からギルドの蒸留酒と同じ土俵で戦いたいという強い要望があり、品評会に出すことになった。
ラムはもちろんフィーロビッシャー産のものだが、三年物ではなく二年物らしい。味を見たが、温暖な気候がよかったのか、思った以上に熟成感のあるダークラムだった。
ネザートンのトウモロコシを原料としたコーンウイスキーは今回熟成期間が短いということで不参加だった。
醸造酒の品評会では食事との相性も考えての評価だったが、蒸留酒は食事向きではないので酒のみで評価する。また、最大の消費者であるドワーフと中立的な立場のプロ、つまりこの村にいる蒸留職人が評価を行う。
一般の人を入れないのは、未だに蒸留酒はドワーフたちの酒であり、普通の人たちに普及していないためだ。あまり飲んだことがない者たちに評価しろと言っても難しいし、公平な評価とはなりえないので、あえて外したのだ。
蒸留職人たちに持ち点を多めに振っているのは、仕事の丁寧さなどを評価してもらうためだ。まだ五年以下の若い蒸留酒ばかりであり、将来性を見込んだ評価を職人たちがしてくれることに期待している。
三百人近いドワーフたちがタンクに群がっていく。職員たちが必死に捌きながら、テイスティンググラスを手渡していた。
一巡するだけでも一時間以上は掛かるので、その間に醸造酒部門の話を進めていく。
「それでは醸造酒部門の投票方法をお伝えします! これは例年と同じく、つまみとの相性を考えて酒と料理のセットに対し投票していただきます。料理を提案される方は料理に合うお酒を見つけてください。もちろん逆でも構いません。お酒に合う料理を探すのも面白いと思います。ただし、制限時間は一時間半です。午後二時の鐘がなったところで投票を開始しますので、それまでに組み合わせを決めてください」
こちらは料理を売り込みたい商人たちに任せておけばいいが、肝心のドワーフたちが蒸留酒に夢中になっているので実質的な時間は三十分程度しかない。それまでに自分のところの食材に合う酒を探さなければならないのだ。
ここまで来たところで安堵の息を吐き出すが、蒸留酒部門を見て思わず溜め息をついてしまった。
ドワーフたちと一緒に並ぶカトリーナ王妃の姿があったためだ。
「王妃殿下、何をされているのですか?」
答えは分かりきっているが聞かないわけにはいかない。
「あら、見つかってしまいました。ホホホ……」
そう言って誤魔化すものの、手にはしっかりとグラスを握っており、更に投票用紙まで手に入れていた。
俺はもう一度大きな溜め息を吐き出した後、
「投票していただくのは構いませんが、飲み過ぎには注意してください」
王妃は「ありがとう、ザックさん」といってすぐに列に並び始めた。
ちなみに飲み過ぎを注意したが、身体のことを心配するというより、酒が足りなくなるから飲み過ぎるなと釘を刺しただけだ。
メイン会場を離れると、商人たちがいろいろなところで売り込みを始めていた。
「アウレラの最高級のチーズだよ! 潮風を受けた牧草で育った牛の乳を使っているんだ。ワインにもビールにもよく合う一品だよ!」
「フィーロビッシャー産のイワシのオイル漬けを使ったピザだ! 帝都で一番流行っているものだぞ!」
「帝都で人気なのは白身魚のフライのバーガーですよ! タルタルソースをたっぷり使ったフィッシュフライのバーガーにビールは最高に合いますから!」
バーガーは以前ジェラートの製法を買った帝都のロビンス商会が売っており、今回も商会長のバート自らが先頭に立って売り込みをしていた。
以前は中堅の食品商社に過ぎなかったロビンス商会だが、今では商業ギルドの役員になるほどの大店に成長している。
その割には気合が入っており、理由を聞くと、
「ピザを出しているところには負けたくないですから」
「ピザの店にか?」と聞くと、温厚なバートにしては珍しく怒りを露わにし、
「うちで出しているピザを真似されたんです。別にそれは構わないのですが、自分のところがオリジナルだと宣伝し始めておりまして、それで腹に据えかねているのです」
この世界には商標権や特許などがなく、製法を盗んで販売しても問題にならない。そうは言っても単に真似るだけのところは軽蔑の対象となるらしい。
「最近はチョコレートの製法も盗み出そうとしているんです。まあ、こちらは私どもの方がザカライアス様に直接指導していただいているという強みがあるので負けることはないのですが、努力をせずに儲けようという心根が気に入らないのです」
ピザの店はモンティ・ローザーという商人がやっているらしいが、店の名が“サーティ・ピザ”で、ロビンス商会のジェラート屋の“三十日間毎日食べても飽きさせないというキャッチコピー”をそのままパクっている。
そんな話を聞いたので、サーティ・ピザという派手な看板のある屋台に向かった。
俺が行くと、四十代半ばくらいの男が慌てて出てきた。
「これはこれは、ザカライアス様。我が店のピザをご所望ですかな」
もみ手をしながら聞いてくるので、「一番のお勧めを頼む」と注文する。
「それではフィーロビッシャーのイワシのオイル漬けにエザリントンのサラミと最高級のベーコン、更にフォルティスのチーズをたっぷり載せたスペシャルピザなどいかがでしょうか」
そう言った後、「すぐにご用意しろ」と店員に指示を出す。焼き上がりを待つ人たちが並んでおり、このままでは割り込みになる。
「順番どおりに焼いてくれればいい」
「そういうわけには……」と言い始めたので、更に強く、
「こういった祭では、誰かが不愉快に思うようなことは極力避けるべきだ。折角の楽しい祭が台無しになるからな。それでもというなら、俺は受け取らない」
そこまで言うと、さすがに周囲を気にしたのか、順番通りに商品を渡していく。
その様子に安心したため、近くの椅子に座って調理の手際を見ていく。
石窯は以前俺が作った物とほぼ同じで、割と本格的だ。生地の伸ばし方も悪くはなく、見ている限りでは美味そうな感じだ。
その間にリディたちがビールやワインを調達し、それを飲みながら焼き上がりを待つ。
十分ほどで俺の分が焼きあがった。
直径は三十センチほどで生地は薄い。焼けた小麦の香りとサーディンやサラミの香ばしさが食欲をそそる。
「当店自慢のピザでございます。飲み物も私どもが取り扱っております、帝都近郊の赤ワインを用意しました」
赤ワインはシーウェルワインのような濃い物ではなく、比較的ライトなものだった。
一口食べてみると、悪くはないが、微妙な感じだった。薄い生地に具をこれでもかと載せているためバランスが悪い。
「素材は悪くないんだが、全体的なバランスが駄目だな。もう少しシンプルな方が俺の好みだ」
「そうね。私ならチーズとイワシに香草の組み合わせにするわ。少なくとも厚切りのサラミとベーコンはいらないわね」
リディはそう言ってワインを呷る。メルとシャロンも同じ意見のようだ。
更にワインの温度もいい加減に管理しているのか、温くなっており、それにも顔をしかめている。
ベアトリスだけは意外に気に入ったらしく、
「あたしは悪くないと思うがね。このくらいどっしりしていても食べ応えがあっていいんじゃないかね」
そう言いながらも、用意された赤ワインではなく、別のところで調達してきたよく冷えたビールを呷っていた。
俺たちの会話を商会長が聞いていたらしく、慌てて指示を出し始める。
「もっとシンプルに作れ! 素材の味を生かすことを考えるんだ!」
その様子を見ながらその場を離れていった。
本格的に料理と酒が出され始め、華やかな音楽と相まって祭気分を盛り上げる。
あっという間に一時間が過ぎ、蒸留酒会場に戻る。未だにドワーフたちはたむろしており、そこら中で“どれが美味い”という話をしていた。
「それでは投票をお願いします!」
俺の言葉でまだ投票を済ませていなかったドワーフ達が動き始める。
その間にスコットたち蒸留職人を見つけ、意見を聞いてみた。
「正直なところ、我々が始めた時より遥かに質はいいです。この分だと十年以内に追いつかれるかもしれません」
スコットは真面目な顔でそういうものの、まだ十年は追いつかれないという自信が垣間見えていた。
「スコットさんの言う通りですね。特にシーウェルブランデーは秀逸です。飲めばすぐに分かるほど、香り豊かでした」
ブランドンがそういうが、彼らも銘柄が分からないようにして試飲する、いわゆる“ブラインドテイスティング”を行っており、どれがシーウェルブランデーかは知らないはずだ。
ドワーフたちの投票が終わったところで、ようやく俺のテイスティングの番になる。これはドワーフたちが俺の反応に釣られないようにするための措置だ。
この間に集計を始めており、時間的な余裕は充分にある。
俺の反応が気になるのだろう。誰も動かずじっと見つめている。
「ビールとワインもあるんだぞ。そっちも気にしなくていいのか」
そう言うと、「そうじゃった!」と慌てて醸造酒の会場に向かい始めた。
ドワーフたちがいなくなったところで、ゆっくりと味を確かめていく。
スコットが感心したようにそれぞれが個性豊かだった。ピートを利かせていない優しいものから、ガッツリと利かせたヘビーなもの、度数を高めているのか、むせ返るほどのアルコールを感じるものなど、荒々しいながらも充分に商品になるレベルのものだった。
「あと十年は寝かせたいな。そうすればもっと個性豊かな酒になる……」
思わずそう呟いてしまったほどだ。
「そうですね。うちの蒸留酒も十年を過ぎてから格段に美味しくなりましたから、この酒たちがどう変わっていくのか楽しみです」
スコットが代表して俺の呟きに答えてくれた。
ブランデーのところではブランドンの言う意味がよく分かった。
鍛冶師ギルドの支部が出品したものと、シーウェルブランデーは全くの別物だったのだ。
これはドワーフ向けか、帝都の人間向けかの違いで、シーウェルブランデーは繊細な香りを引き出すことを目的にしており、ブドウの爽やかな香りが広がるイタリアの若いグラッパのような感じだ。
一方の各支部が出してきたものはもっとガッツリと重く、華やかさはほとんど感じられない。だからといって不味いわけではないが、三年くらいの若さでは香り重視のシーウェルブランデーに軍配が上がる。
もっとも審査員の大半がドワーフなので、どのような評価になっているかは分からない。
そして、更に一時間後、蒸留酒部門の集計が終わった。
醸造酒部門の方も投票を締め切っており、こちらも集計を始めている。ロックハート家の文官とギルド職員たちはずっと集計作業をしており、申し訳なく思っているが、こればかりは信用できる者に任せるしかない。
サーティ・ピザのモンティ・ローザーですが、特定のモデルがあるわけではありません(^.^)
ただ、「カミナ〇・ステーキ」と「イキナ〇・ステーキ」の話を聞いた時には、思わず笑ってしまいました。
他にも「タイフ〇ン」と「モンス〇ン」とかも凄いなと……




