第六十四話「ルナの出自」
最初はザック視点、後半はルナ視点です。
二月十二日。
ロビンス商会のバート・ロビンスに誘われて帝都見物に向かったが、見物というより買い物ツアーという感じになった。
午後になり本格的に帝都を見て回ろうという時、雨が降り出す。今日無理をして見物に行く必要もないため、その後の予定をすべてキャンセルした。
時間が空いたこととロビンス商会に来ていることから、チョコレートジェラート作りに挑戦することにした。
ラドフォード子爵がチョコレートの製法の独占契約を申し出ており、そのパートナーとしてロビンス商会を指名していたことから、ついでにチョコレートについて説明することを思いついた。
収納魔法に入っているチョコレートのブロックを袋から取り出したように見せて取りだす。
「これはチョコレートという甘味だ。先に言っておくが、これはイグネイシャス様が独占的に製法を買い取りたいとおっしゃっている。作り方の詳細は説明できないが、まずは食べてみてほしい」
ロビンスはこげ茶色の物体に戸惑いを見せたものの、カカオの独特の香りが漂うとすぐに口に入れた。
苦味に一瞬顔を顰めるが、すぐに驚きの表情になり、溶けてなくなった後も言葉が出てこない。
「恐らく理解していると思うが、これには無限の可能性がある。イグネイシャス様が気にいられるのは当然だろう。それでも話を聞く気はあるか」
「もちろんです! これは素晴らしい甘味です! ぜひともお話を聞かせてください!」
食いつきがよすぎてこちらの方が引くほど興奮している。
そしてカカオの実も取り出して彼の前に置く。
「まず、これが原料のカカオだ。これを細かく砕き、ドロドロになるまで練っていく。そして、脂分とカカオの成分を分離する。簡単に言えばこれだけだが、俺の作り方は魔法に頼っているところが多い。まだ試していないが、魔法を使わなくてもできるはずだ」
本来ならラドフォード子爵に許可を取ってから説明すべきだが、俺のやり方では話を聞いただけでは作れないからあまり問題にはならないだろう。
それにロビンスが世話になっている子爵を出し抜いて、勝手にカカオを買い占めることもチョコレートを作ることも考えられない。
「魔法については素人ですが、お話を聞く限り魔法を使わない方法が確立されないと量産は難しいかもしれません。ザカライアス様ほどの魔術師を雇えればよいのでしょうが、私どもが雇える魔術師はレベルが低いですから……」
ロビンス商会でも氷を作るために十人以上の水属性魔術師を雇っている。しかし、今回は木属性と土属性の魔術師が必要であることと、氷を作るという比較的簡単な魔法に比べ、改質や抽出といった特殊な魔法が必要になる。
シーウェル侯爵領でのワインボトルの生産でも感じたことだが、一般的に木属性魔術師は治癒師が多く、有機物の改質などは苦手で、土属性魔術師も岩の槍などの攻撃魔法を使う者が多く、抽出などの“地味”な魔法を苦手としていた。
そのため、ロビンスは難しいと思ったのだろう。
魔術師が見つかれば俺が指導するつもりだが、帝都にいる期間は短く、時間的に厳しいことも難しいと思った理由の一つだろう。
「その辺りはイグネイシャス様と相談してくれ。とりあえず、今日はこのチョコレートを使ったジェラートを作りたいんだ」
「分かりました! 必要な素材があれば何でもおっしゃってください。帝都で揃えられるものはすぐにでも用意します」
ルナを呼び、チョコレートジェラート作りに必要な素材や道具を確認する。
「ココアから作る方法とチョコレートから作る方法があったと思うんですが、どっちで作りましょうか?」
ルナが確認してくるが、どちらがいいのかよく分からない。
「正直よく分からないんだが、簡単な方はどっちなんだ?」
「うーん……どっちもそんなに難しくないんですけど……今回はチョコレートで作ってみますか?」
俺が了解すると、テキパキとロビンスに指示を出していく。
「チョコレートを湯煎する鍋が必要ですね。あとはミルクジェラートの原料と……」
素材が揃った頃、商会の前に馬車が止まった音がし、慌てた様子の店員が入ってきた。
「エザリントン公爵家のプリムローズ様がご来店です。新しいジェラート作りを見学されたいとのことで……」
扉の隙間からプリムローズがそわそわとした表情で中を窺っている。店の中に入りたいが、さすがに遠慮しているようだ。
ロビンスが「すぐにご案内しなさい」というと店員は速足で戻っていく。公爵令嬢が必死の形相で中を見せろと言ってきたため、パニック寸前になっているようだ。
プリムローズが中に入ってきたが、俺の顔を見た瞬間、焦った表情をしていることに気づいたのか、恥ずかしさに顔を赤くして謝った。
「申し訳ございません。どうしても見たくて、馬車を飛ばしてきてしまいました……間に合いましたか?」
「ちょうどいいタイミングですよ。これから作るところでしたので」
「よかった! 間に合ったのですね!」
心の底から安堵したような表情を浮かべる。改めて彼女の甘味に対する執着心には感心する。
俺とルナとでジェラートを作っていく。
ボウルに温めたミルクを入れ、湯煎したチョコレートを入れる。それを擬似ペルチェ効果の魔法で冷やしていく。冷やしている間、ルナがヘラでかき混ぜ、空気を含ませていく。
その時のルナは本当に楽しげで、小さく鼻歌を歌っていた。
俺はその曲を聞き、思わず魔法を止めてしまう。
「どうしたんですか?」とルナが聞いてきたため、我に返れたが、「いや、何でもない」としか言えないほど動揺した。
動揺したのは、彼女が歌っている曲を知っていたからだ。
その曲は総選挙をやる巨大アイドルグループの代表的なもので、CMソングにもなっており、ほとんどテレビを見なかった俺でも知っている有名な曲だったのだ。
「悪い。ちょっと考え事してしまった」と言って魔法を再開させるが、その事実に驚きを隠しきれない。
今までは俺がいた時代に近いという程度しか分かっていなかった。それが突然、同時代の日本人の可能性が高いと分かり、動揺したのだ。
(俺がこっちに来る少し前の流行った歌だ……ということは同じ時代の日本人だということか……いや、懐メロっていう可能性もあるし、アジアでも聞いている人はいただろうから確定ではないか……いずれにしてもこの場で話すことじゃないが、今日の夜には話をした方がいい。さて、どう切り出すべきか……)
そんなことを考えているうちにジェラートが完成していた。
「こんな感じでどうですか? イメージ通りだと思うんですけど?」
少しだけスプーンに取り、試食してみる。
思ったよりビターだが、カカオの香りが広がる本格的なチョコレートジェラートだ。
「ああ、イメージ通りだ。ありがとう」
俺がたどたどしく話していると、プリムローズが「完成ですか!」と声を掛けてきた。そのお陰で平常心に戻ることができた。
「ええ、これで完成です。では試食してみましょうか」
そう言って用意したワッフルコーンにジェラートを盛り付けていく。
「苦味は抑えたつもりですが、苦いと感じたらミルクジェラートとのダブルにしてもいいかもしれません」
そう言いながらプリムローズに渡し、更にロビンスやリディたちにも渡していく。
俺もワッフルコーンに盛り付けて食べてみる。
最初の印象通り、やや甘みが足りないものの、ワッフルコーンと合わせると苦すぎることはなく普通に美味しい。
「上手くできているよ」とルナを褒める。
「甘みがちょっと足りないですね。香りももう少しあった方がいいので、ココアパウダーと砂糖を足してもいいかもしれません」
冷静に答えているが、その顔には満面の笑みが浮かび、満足していることが分かる。
「これは美味しいわ。昨日食べたものもおいしかったけど、私はこっちの方が好きね」
「ああ、あたしもこいつならまた食べたいと思うよ。確かにこれならブランデーのつまみになるね」
リディとベアトリスがそんなことを話している。
「私にはちょっと苦いかな。どう、メルちゃん?」
「私はこれが一番好きかも。ザック様がおっしゃったミルクとのダブルもやってみたいかな」
シャロンには少し苦いと感じたようだが、メルには大好評のようだ。
「こ、これはいつ商品化されるのですか、ザカライアス様! ロビンス!」
ジェラートを食べ終えたプリムローズが叫んでいる。
ロビンスはあたふたとしながら俺とプリムローズを交互に見ていた。
「チョコレートの量産化に成功してからですね。魔術師がいないと難しいので、いつになるかは……」
俺がそこまで言ったところで、プリムローズが詰め寄ってきた。
「魔術師がいればできるのですね! お父様にお願いして探します! ぜひともすぐに商品化してください!」
ロビンスはエザリントン公爵家が動くと聞き、目を丸くしている。
彼自身、名門シーウェル侯爵家と取引があるが、そのシーウェル家も家宰であるラドフォード子爵との関係に過ぎない。
それが元老である公爵本人に直接頼むと聞き、話についていけないのだ。
(日本で言えば次期総理大臣に頼むって言っているようなものだもんな。いや、身分制度を考えれば、それ以上か。普通の感覚なら驚いて当たり前だ……)
プリムローズは数日中には手配すると言って店を出ていった。
残された俺たちはその勢いに唖然としたまま見送るしかなかった。
本来ならラドフォード子爵の許可を取るべきだが、そのことを言いだす間もなかったほどだ。
俺にとって助かったことがある。
それは彼女の行動のお陰でルナのことを冷静に考えられるようになったことだ。これについては感謝しかないが、その行動力に呆れるしかなかった。
(凄いな。公爵令嬢でなければ自分で店を作りそうだ。“マダム・プリムローズ”という店ならありそうだな……いや、マダムはフランス語だからちょっと違うか……)
その後、チョコチップタイプのものやマーブル状に混ぜたものなどを作り試食した。
午後三時頃、シーウェル侯爵邸に戻った。
部屋に入ると、「何があったの? 途中で何か考え事をしていたようだけど」とリディが聞いてきた。彼女には俺が動揺したことが分かっていたようだ。
同じようにベアトリス、メル、シャロンも頷いている。
「ルナが俺と同じところから来たことが分かった。いや、多分そうだということが分かったと言った方がいいか」
そう言ってルナが歌っていた歌の話をする。
「……少なくとも俺がいた時代より前ということはなくなった。恐らくだが、同じ時代、もしかしたらどこかで会っていたかもしれない……」
確証は全くないが、俺が神々なら託す人物と面識があったほうがいいと考える。その方がコミュニケーションは取りやすいし、信頼も得やすいからだ。
「そうなの……同じ国の同じ時代……で、どうするの?」
リディがボソリと聞いてきた。
「とりあえず父上たちに相談して、今からでも話をしようかと思っている。あまり時間を置くと不審に思われる可能性があるからな」
「私は賛成です」と珍しくメルが積極的に話しに加わってきた。
「最近のルナさんは明るくなってきました。でもまだ寂しいと言う感じは残っていると思います。ですからザック様が同じ世界から来た方だと知れば、その寂しさも和らぐと思うんです」
ルナが一番懐いているのはメルだ。彼女の意見は参考にすべきだ。
俺はそのまま父の下に向かった。
父と兄は明日以降の予定を侯爵たちと話し合っていたが、それも一段落したのか部屋に戻っていた。
そして、母にも声を掛け、今日気づいたこと、今からそのことをルナに伝えることなどを話していく。
「分かった。お前がよいと思うなら、否はない。ターニャもロッドもそれでいいな」
母はそれに頷き、兄も「私も早いほうがいいと思います」と賛同してくれた。
父の承諾を得た後、すぐにルナに与えられた部屋に向かった。
彼女はアンジーたちと同じ部屋で、アンジーとエレナには二人だけで話があると言って部屋を出てもらう。
ルナは何の話か分からないが、俺の表情が真剣であることから、僅かに困惑の表情を浮かべていた。
「話がある。その前に俺の話していることが分かるか」と言った後、日本語で話を始める。
『俺は日本に住んでいて、ここに転生した川崎弥太郎だ。どうだ? 日本語は分かるか?』
俺の声を聞いた後の彼女の変化は劇的だった。
最初は目を見開いて驚き、そのまま涙があふれていく。そして、俺にしがみついた。
『日本語……分かります……私だけじゃなかった……ぐす……私は一人じゃなかった……』
俺の胸に顔を埋めながら泣き続ける。彼女の頭を撫でながら、落ち着くのを待った。
五分ほど泣いた後、ようやく落ち着いたのか顔を上げる。
『私は月宮瑠奈です。高校二年生でした……』
そこまで話したところで再び感情が高ぶったのか、涙が零れる。
『すみません。久しぶりに日本語を話したので……今まで一人だと思っていたから……』
『ああ、分かるよ。俺も君と同じ境遇だったら感極まったと思う』
その後、ルナの生い立ちを聞き、俺のことを話した。
一時間も経つと彼女も落ち着き、いろいろなことを話していく。既に訓練の時間になっていたが、それに気づくことなかった。
彼女は関東の地方都市で生まれ、高校二年の時に突然、この世界に生まれ変わったことに気づいた。その時の正確な年齢は分からないそうだが、俺と同じ三歳の頃らしい。
『私はなぜここにいるんですか? 全然理由が分からないんです……』
当然の疑問だが、俺は答えることができない。今の彼女に神々が遣わした者であるといえば、なぜ自分が選ばれ、こんな苦しい思いをしなくてはならないのかと思うかもしれない。
『日本に生まれた時も理由なんかなかっただろう。なぜ生まれてきたのかを考えるより、どう生きるかを考えた方がいい』
少しずるい言い方だが、彼女はこれで納得してくれたようだ。
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私以外に日本から生まれ変わった人がいた。
さっき、その人から教えてもらった。
その人はザックさんだった。それがとてもうれしい。
ザックさんがここに生まれ変わる前は、四十五歳だったらしい。ちょうど私のお父さんと同じくらい。
でも、今はそんな感じはない。
多分、日本にいる時もお父さんと違って若々しかったんだと思う。もし、うちのお父さんだったら、あんな感じには絶対になっていないと思うから。
でも、前から何となくそうじゃないかとは思っていたわ。
だってあんなに若いのに、あんなに何でもできるなんて、普通の人ではありえないから。
だから、話を聞いた時に“やっぱり”という気持ちが強かった。
私はこれからどうしたらいいんだろう。
私のことは妹のようなものと言っていたけど、うれしいような寂しいような感じだった。
今ならその理由がはっきりと分かる。
でも、それはいけないこと。リディアさん、ベアトリスさん、メルさん、シャロンさんには本当によくしてもらっている。
もし、自分が逆の立場なら、絶対にできないってくらい、私のことを気にかけてくれている。
そんな人たちの旦那さんを好きになってもいいのかって……。
確かにこの世界は日本とは違う。実際、ザックさんも奥さんが二人に婚約者が二人いるわ。
なら五人目を狙えばって考えなくもなかった。
でもそれは駄目。私はあの人を独占したい。他の女の人と仲良くしている姿を見たくない……。
自分でもわがままだと思う……。
だからこの先、私はどう生きていったらいいのかが分からない。このままここにいていいのかって思ってしまう。
だって、私は偶然助けられただけの赤の他人だから。
神様は酷いと思う。
私をここに連れてきたのなら、どうしてザックさんに助けさせたの?
私はどうしたらいいの?
そんなことが頭の中でグルグルと回っていた。
ようやく導く相手の正体が分かりました。
この先、“教導者”としてのストーリーが進むはずです……でも、エザリントン公爵家の宴会の話とか、フィーロビッシャー領の蒸留酒造りとかの話も……酒の教導者の話ばかりになりそう(笑)。




