第四十話「二人旅」
ダンの視点です。最後に少しだけ三人称があります。
二月一日。
僕は妹のシャロンと共に帝都プリムスに向けて出発した。
帝都での情報収集の時間をできるだけ多く取るため、百三十kmの距離を二日で駆け抜ける予定だ。
馬は冒険者ギルドで借りているので、途中の町で換え、今日一日だけで七十キメル進むつもりでいる。
今日の目的地はシェリンガムという町だ。ここはエザリントン公爵家に属するシェリンガム子爵の領都で、交易で賑わっている感じだ。
町に入ったのは午後六時の鐘が鳴った頃で、辺りはすっかり暗くなっていた。こんな時間に町に入ろうとしているのは僕たちだけで、門衛の中年の男性から「何かあったのか?」と心配されたほどだ。
僕たちの年齢でこんな時間まで移動していれば心配されてもおかしくはない。
適当に言い訳をした後、冒険者ギルドの支部に向かう。支部の場所は門衛に聞いていたので、すぐに見つかった。
この辺りは平和な土地なのか、ギルドのロビーには数人の冒険者がいるだけで、受付カウンターには誰もいない。一つだけ人が座っているカウンターがあり、馬の手配とお勧めの宿を聞く。
「明日の夜明けに出発したいので馬を借りたいのと、お勧めの宿を紹介してほしいんですが」
受付は三十代半ばの男性で、「夜明けに出発か。急ぎなのかね」と尋ねてきた。
「明日中に帝都に行きたいので。宿に泊まるお金がもったいないですから」
僕の言い訳に「確かにそうだな」と笑顔を見せてくれたが、「明日は雨になるみたいだから、無理はするなよ」と気遣ってくれた。
僕が「ありがとうございます」と礼をいうと、安いが比較的安全な宿を教えてくれた。
宿に向かうが、尾行している者がいないか確かめる。
妹も心配しているのか、「尾行している人はいそう?」と聞いてきた。
「ギルドから尾行しているのが三人。多分、僕たちが泊まる宿を突き止めてから接触してくるんだろう」
妹は一瞬不安げな表情を浮かべるが、後ろ振り向くことなく、自然な感じで更に質問してきた。
「どんな感じなの。盗賊?」
「いや、盗賊にしては歩き方が素人過ぎる。剣術士が二人に槍術士が一人。多分、若い冒険者から金を巻き上げようと考えている奴らじゃないかな。まあ、腕は大したことはないな。セオ様より弱いくらいだろうね」
僕の予想では、相手は新人にたかる先輩冒険者だ。二十五歳くらいに見えるが、技量が低く、隙がありすぎることが気になっている。
「囮ってことは考えられないか」と僕が聞くと、妹は即座に否定してきた。
「私たちの正体はばれていないから、それはないと思う。帝都に入ってからならともかく、途中の町で待ち伏される可能性は低いわ」
僕はそれに頷き、「じゃあ、予定通りでいいな」と確認する。妹はそれに小さく頷いた。
今日泊まる予定の宿に到着した。怪しい三人組は結局宿までつけてきた。
宿の受付で宿泊の手続きを行い、部屋に向かおうとした時、三人組の一人が話しかけてきた。
「よう、困ったことがあったら、相談に乗るぜ。新人なんだろ?」
安全な町の中ということで鎧は着けておらず、僅かに酒の匂いがする。
「困ってなんかいませんから。それに新人って言うほど経験がないわけじゃないので」
僕がそう言うと、「おいおい、すぐにばれるような嘘を言うなよ」と馴れ馴れしく近づいてきた。
妹に先に部屋に行くようハンドサインで合図を送る。妹は何も言わずに階段を上ろうとした。
「どこへ行くんだい?」と言って妹を遮る。そして、マントのフードの中を覗き込み、
「なんだ!? 女じゃねぇか!」と驚くが、すぐにニヤニヤと笑い始める。
「恋人同士で駆け落ちか? なら、ちょっとくらい余分に金を持っているんだろ? 一杯奢ってくれたら、この辺りの情報を教えてやってもいいぜ」
どうやら僕たちのことを駆け落ちしたどこかの金持ちの子供と勘違いしたらしい。
この手の輩は下手に出ると付け上がるから、強気で一気に押し切る。
「勘違いするのは勝手だが、これでも僕は四級冒険者なんだ。まあ、信じられないだろうけどね」
そう言いながらマントを跳ね上げて、ウードさんに作ってもらった飛竜の革鎧を見せ付ける。更にヨハンさんのミスリルのロングソードをカチリと鳴らす。
「四級? 法螺を吹くにももう少しマシな法螺を吹いたらどうだ? お前らの歳でありえるわけがないだろう」
そしてもう一人の剣術士が装備を見て目を見開く。
「それにしても高そうな装備だな。やっぱりどこかの金持ちのボンボンか……」
彼らには高価であることは分かったものの、通常では手に入れることができない、ドワーフの名工が魂を込めて作った剣や鎧だとは分からなかったようだ。
「まあ、信じられないようだから、オーブを見せるよ。これでも信じられないか?」
そう言って手近な男にオーブを見せる。
「そんなことあるわけねぇ……ん? どういうことだ?」
最初はいやらしい笑いを浮かべていたが、徐々にその表情は固まっていった。
後ろにいた男が「どうしたんだ?……」と言いながら、僕のオーブを見て同じように絶句する。
「分かっただろう? 駆け出しでもないし、この町の情報もいらないから、どこかに行ってくれないか」
その間に妹は階段を上っており、僕もそれに続こうとした。
「ま、待て! どんな手を使ったか知らねぇが、お前みたいな若造が四級なわけがねぇ! ここまでおちょくられて帰れるかよ!」
思った以上に頭が悪いらしい。冒険者ギルドのオーブを含め、オーブの偽造は不可能だ。もちろん、ギルド職員が不正に加担している場合は別だが、支部長以下の全員が結託でもしない限り、偽造はあり得ない。
そして、もし不正が見つかったら、その地の役所と冒険者ギルドによって厳しい罰が与えられる。基本的には盗賊の一味として死罪になるか、軽くても犯罪奴隷に落とされることは間違いない。
普通の冒険者なら当然理解しているはずだが、頭に血が上って訳が分からなくなっているらしい。
「オーブの偽造ができないことは常識だと思うんだが。それにおちょくるも何もそっちから絡んできたんだ。酷い言いがかりだと思わないか」
僕がそう言うと更にヒートアップする。
「ふざけるな! ガキのくせに偉そうな口を叩くな!」
僕の目の前にいる男は完全に頭に血が上ったようで剣に手を掛けている。周りでは喧嘩が始まるのではないかと人々が遠巻きに見ていた。話の内容は聞こえていないだろうけど、これ以上注目されるのは僕にとってもよいことじゃない。
そう考えたとき、ふとザック様が以前言っていたことを思い出した。
『……頭の悪い奴っていうのは、目の前の事実を受けいれられないことが多いんだ。そんな奴に理屈を言っても全然意味がない。逆に頭に血が上るだけだからな。そういう奴は無視するか、無理やり事実を認めさせるしかない。まあ、俺もたまにやってしまうから、できているとは言えないんだけどな……』
何の話をしていた時のことかは忘れたけど、今の状況がまさにその通りだった。既に無視するという段階は過ぎているので、事実を無理やり理解させることにした。
「ここで剣を抜いたら迷惑が掛かるよ。やるなら外に出てくれないか」
三人の中で比較的冷静な男が周囲を見回し、「ここじゃ不味い」と小声で言っている。
剣に手をかけていた男もその言葉で周囲を見回し、目が泳ぎ始めるが、それでもここで引いたら負けたことになるとでも思っているのか、剣から手を離すことできない。
「何も言うことがなさそうだし、もう用事はないよな」と言って階段に向かった。
僕の後ろでは「舐めた口を!」と叫び、剣を抜く音が聞こえてきた。更に受付の年嵩の女性が「やめて!」と叫ぶ。
それが合図になったのか、バンという足を踏み込む音が聞こえた。
僕は振り返りながら横に避け、更に剣で斬りかかってきた男の足を引っ掛ける。
男は激しい音を立てながら転び、剣を手放していた。頭でも打ったのか気を失っている。
他の二人は何が起こったのか理解できないのか、呆然と立ち尽くしていた。
僕は落ちている剣を拾い、
「君たちは逃げた方がいいんじゃないか。すぐに守備隊が駆けつけるから共犯者に思われてしまうよ」
僕の言葉で我に返ったのか、二人の男は転んでいる男を担いで逃げようとした。
「忘れ物だよ」と言って剣を投げると、慌てて拾い、そのまま逃げていった。
「お騒がせしました」と言って頭を下げ、そのまま階段を上っていった。
部屋に入ると、妹が腕組みをして僕を待っていた。
「さっきの対応は何なの? 相手を怒らせたら意味がないじゃない! 大騒ぎになる前に目立たないところに行って実力差を見せ付けるって決めていたでしょ!」
確かに事前の打ち合わせでは、実力のないチンピラや酔っ払いに絡まれたら、人通りのないところに誘導して痛い目に合わせることにしていた。今回の相手は剣術士レベル十五くらいしかないから、三人を同時に相手にしても問題なく倒せただろう。
「私が上に行ったのは窓から魔法で支援するためよ! 本当にお兄ちゃんは分かっていないんだから!」
僕にも妹の考えは分かっていたけど、さすがにあそこまで短気だとは思わなかった。言い訳しようかと思ったが、妹に言い訳すると更に説教されてしまうので、ここは素直に謝ることにした。
「ごめん。次は気をつけるよ」と言って頭を下げる。ちょっと理不尽な気はするけど、これが僕が学んだ一番被害の少ない方法だ。
「本当にお願いよ! 帝都で揉めたらザック様に頼まれたことができなくなるんだからね」
妹はそういうものの、僕の予想通り、それ以上追及してこなかった。
お腹が空いているので食堂に行きたいが、まだざわついている気配を感じる。
「もう少し落ち着くまで待とうか。待つ間に装備の手入れをしておこう」
「そうね。一時間くらいしてからの方がよさそう……」
一時間ほど部屋にいたが、結局、守備隊や警邏の人が来ることはなかったらしく、何事もなく治まったようだ。
お酒を飲んでいる人がたくさんいたが、装備を外し普通の商人のような格好をした僕たちに興味を持つ人はいなかった。変装というほどでもないけど、これも上手くいったようだ。
念のため、部屋の扉と窓に警報装置をつけておいた。しかし、その後も何も起きず、朝を迎えた。
夜明けとともに出発ということで朝食は摂らず、そのまま宿を引き払って冒険者ギルドに向かう。
夜が明けてきたが、雲が厚いのか中々明るくならない。まだ薄暗い町の中を足早に進むが、特にトラブルは発生せず、無事にシェリンガムの町を出発した。
シェリンガムを出た後、雨が降り始めた。温暖な帝国南部とはいえ、冬の雨は冷たく、体が冷えていく。
十キメルほど進んだところで一度目の休憩を入れた。
「寒くないか?」と僕が聞くと、妹は水筒を渡してきた。
「大丈夫。魔法で温めた水筒を持っているから。中身は甘いハーブティーだから飲んでもいいよ」
そう言いながら、なぜか微笑んでいた。
「どうした?」と聞くと、「何でもない」と答えるが、
「昔のことを思い出したの。ザック様と一緒に初めてドクトゥスに行った時のことをね」
詳しい話は聞いていないが、魔術学院に入るために学術都市ドクトゥスに向かった時、妹は同じように雨に打たれて体調を崩したことがある。その時、ザック様に温めたハーブティーをもらったらしい。
多分、その時に何かいい事があったのだろう。妹があんな感じで微笑む時はいいことがあった時だから。
「じゃあ、先を急ごうか。雨が酷くならないとも限らないからな」
そう言って水筒を返すと、すぐに馬に乗る。
妹も馬に乗りながら、
「そうね。帝都ではやることが一杯あるから、時間は無駄にできないわ」
その後も雨は降り続いたが、何も起こらず、無事に帝都に到着した。
「宿はどうするかな」と聞くと、
「商業ギルドの近くにある宿にしましょう。高いかもしれないけど、安全そうだし変に絡まれないから」
事前にラドフォード子爵から帝都の地図をもらっており、地図を頼りに商業地区に向かった。
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ダンたちに絡んだ三人組は自分たちが住む粗末な部屋で安酒を呷っていた。
彼らは近隣の農村から都会に憧れて出てきた。しかし、基礎的な訓練すら受けておらず、我流の剣術はレベル十を超える程度で、下水道にいる大ネズミの駆除や荷物運びなど日雇いに近い仕事で糊口を凌いでいた。
田舎から出てきて十年が過ぎようとしていたが、駆け出しといわれる七級のままだった。
そんな彼らにとって、ベテランと呼ばれる四級冒険者は憧れの対象であり、自分たちより遥かに若いダンが四級といったことが許せなかったのだ。
ダンに斬り掛かった男がボソリと呟く。
「あいつは何もんなんだ?」
「さあな。だが、奴の持っていたオーブは本物だ。確かに四級冒険者のダンと書いてあった……」
「しかしよぉ。あのガキはどう見ても俺たちより十は下だぜ。そんな若造が四級なんてあり得ねぇだろう……それにしても別嬪だったな……」
三人目の男が酒を呷った後、「忘れようぜ。考えても仕方ねぇし」と言ってもう一口酒を飲む。
その後、誰も何も言わずに安酒を呷っていった。
四級冒険者は中堅都市でもごく少数しかいないベテランです。特に平和な帝国南部にはほとんどいません。
それにしても、ダンのキャラが変な方向に固まってきた気が……いや、この先の帝都でいいところを見せるはずだ(笑)。




