第四十九話「女たちの戦い」
前半はメル視点、後半は母ターニャ視点です。
トリア歴三〇一八年十月二十二日、午後一時頃。
防壁の上からようやく下がることができた。ザック様はすぐに負傷者の手当てを始めるけど、私はその場に座り込むことしかできなかった。
防壁から引き上げてくる時、ザック様が「メルはよくやってくれている」と褒めてくださったけど、私は全然そんな風に思っていない。
逆に情けないと思っていたくらい。私がもっと強ければザック様にご迷惑を掛けることもなかったから。
今回の負傷者は私の近くにいた人たちばかり。ザック様のように周りが見えていれば、この人たちはケガをせずに済んだと思う。それにザック様は私の方が危ないと思って応援まで出してくれた。そんなことを考えていると情けなくなってくる。
話は変わるけど、先代様に稽古をつけてもらう時、言われていることがある。
「敵を良く見ろ。自分の考えに固執するな」と。
いつもどうやったら勝てるかって考えていると、その考えによく固執してしまう。今回も同じ。どうしたら敵を倒せるかってことばかり考えてしまった。本当なら、どうやって防壁を守るかを考えなくちゃいけないのに……。
でも、今は引き摺らない。ケガをした人には悪いけど、そうすることが一番だと思うから。
ザック様が治療している横で座っているだけなのは情けない。でも、今は身体を休めることが仕事。だから、少しでも早く戦いの場に戻れるよう全力で休憩する。
けど、目の前のベルトラムさんたちの戦いが気になってしまう。だって物凄い激戦だから。
ベルトラムさんたちは大きなハンマーを軽々と振り回してオーガのように大きなスケルトンを粉々にしていく。だからって、無傷でいるわけじゃない。
若い職人さんは何回も吹き飛ばされているし、ベルトラムさんもあの大きな拳の一撃を受けていた。それでも頭を軽く振るだけで立ち上がっていく。
私なら絶対に立ち上がれないほどなのに、普通に動いている。ドワーフの身体ってどうなっているんだろうって思ってしまうほど。
もっと凄いのは戦いながら笑っていることかな。ベルトラムさんたちから悲壮感みたいなものを全く感じない。それどころか、「喉が渇いた」って言いながら後ろに下がってお酒を飲むと本当に嬉しそうな顔をする。
その顔を見た時、この人たちだけで守り切れるんじゃないかって思ってしまったわ。
私もあの大きなスケルトンを何体も倒しているけど、物凄く大変だった。ウルリッヒさんの剣があるから何とかなっていただけで、普通の剣なら一体倒せたかどうかってところ。だって、あの骨は鉄のように硬いんだもの。
その硬い骨がベルトラムさんたちに掛かると、陶器でできているみたいに簡単に砕けてしまう。最初に見た時には信じられなかったくらい。
それにチームワークがいい。
脚を砕く人と倒れた敵の頭を砕く人がきちんと分業されている。ベルトラムさんが「いくぞ!」と掛け声を掛けて脚を砕くと、ミーナさんは「はい!」と言って応え、倒れてくるスケルトンの頭を器用に砕いていく。
フォルカーさんたちも夫婦で呼吸を合わせていて、鍛冶場で剣を打っているみたいに見える。ちょっとだけ羨ましかった。夫婦っていいなって思ったから。
若い職人さんたちはそこまで呼吸はあっていないけど、三、四人で固まって一撃で大きなスケルトンの両脚を砕いてしまう。倒れたところを他の人たちが集まり頭を砕いて止めを刺していく。
お酒を飲みに行く時も凄い。
「喉が渇いた」って誰かが言うと、言葉を交わすことなく、すぐにその穴を埋めるように動いている。先代様の指揮でもあれほどの動きはできないんじゃないかと思う。それほど息が合っていた。
防壁の内側ではイーノスさんの班も活躍している。さすがに大きなスケルトンに槍は相性が悪いから、イーノスさんは苦戦しているけど、普通のスケルトンやグールが回りこまないように上手く戦っている。
地味だけどイーノスさんがいなければ、ベルトラムさんたちもあそこまで活躍できないと思う。本当に参考になる戦い方だと思った。
防壁の上ではニコラスさんとバイロンさんが一緒に戦っていた。バイロンさんは見た目通りの剛力で大きいスケルトンの背骨を豪快に断ち切っていた。上下が分かれてもスケルトンは動けるけど、さすがに真っ二つにされると這うしかなくて、自警団の人たちに袋叩きにあっている。
もっと凄いのがニコラスさん。
ニコラスさんの剣術士レベルは六十七だったはず。私と比べるのは失礼なんだけど、レベル五十一の私では全然敵う気がしない。
ニコラスさんはいつも通り金属鎧に長剣と盾という姿だった。でも、いつもより大きく見えた。そう、バイロンさんよりも。
先代様のような剛剣じゃないのに簡単に大きなスケルトンの足を斬り落としている。もちろん、一撃じゃなくて何回か斬っているんだけど、三回くらい剣を振るだけであの太い脚がポキンという感じで折れてしまう。魔法を纏わせているわけでもないし、本当に不思議。
それに味方への指示も的確で、ここで見ていても全然ハラハラしない。
「さすがはニコラスだな」とザック様もおっしゃっているので、私の印象も合っているんだと思う。
「特殊個体だ! 気をつけろ!」というニコラスさんの声が聞こえてきた。ザック様が慌てて立ち上がったので私も立ち上がる。
少し見えにくいけど敵が見えてきた。
大きなスケルトンよりは小さいけどバイロンさんくらいの大きさの魔物だった。その魔物は全身を鎧で固めているから、どんな魔物なのか全く分からない。
「生きている鎧か?」とザック様がおっしゃったのでもう一度良く見てみた。
錆が浮いている感じの古い金属鎧で、鎧自体から禍々しい雰囲気が漂っている。
良く見ると胸の部分に魔法陣のような模様が書いてあり、魔晶石が埋め込まれていた。
持っている剣も錆びているみたいだけど黒い霧のようなものが纏わりついていて、見ているだけでゾワリとする。
ニコラスさんが静かに前に出た。その横から大きなスケルトンが手を出してきたけど、二度剣を振るだけでその腕を斬り落としていた。
「これは私が相手をする。皆は他の敵を頼む」というニコラスさんの声が微かに聞こえてきた。
心配になって、「行かなくても大丈夫でしょうか」とザック様に聞いてみた。
「ニコラスなら大丈夫だろう。ほら、魔法剣を起動した」と少し楽しそうな声でおっしゃられた。
話は変わるけど、ザック様はニコラスさんの剣を気に入っている。ご自分で考えられた外付けの魔晶石を持つ魔法剣だから。でも、鍛冶師さんたちの評価が低くて少し悔しそうだった。
だから、活躍してくれるといいなと思っていらっしゃるんだと思う。私はザック様の考えられた剣は良い物だと思うし、使いたいとも思うんだけど、私の剣術には合わないので残念に思っている。
ニコラスさんの魔法剣が金色に輝いた。それは春の太陽のような温かい光でスケルトンたちが僅かに後退る。ニコラスさんの剣には光属性が付与されているから、闇属性のアンデッドたちが怯んだんだと思う。
剣に光を纏わせるとニコラスさんは静かに前に出ていく。といっても狭い防壁の上だから一歩だけ前に出ただけなんだけど、リビングアーマーに挑むための名乗りを上げたような印象を受けた。
リビングアーマーはニコラスさんの剣に少しだけ怯んだ後、すぐに襲い掛かっていく。
剣を合わせる瞬間、ニコラスさんが頭を下げたように感じた。訓練の手合わせの時のように。その直後、リビングアーマーの首が吹き飛んでいた。それでもリビングアーマーは動きを止めなかった。まるで首など飾りとでもいうように全く意に介していない。
リビングアーマーの剣が攻撃を終えたニコラスさんに襲い掛かる。
ニコラスさんは冷静に盾で受け流すと、いつの間にか引き戻していた剣で敵の右腕を斬り落としていた。
それだけじゃなかった。右腕を斬り落とした後、胸甲を上段から真っ二つに斬り裂いていた。このくらいの位置から見ていれば動きは追えるけど、ニコラスさんの動きはとても不思議。
先代様やザック様みたいに速いわけじゃないのに、いつの間にか攻撃しているから。ザック様も「ニコラスの動きは凄いよ」といつも褒めている。
胸甲を斬り裂かれた時、真ん中についていた魔晶石も一緒に砕いたようで、リビングアーマーは一瞬にして力を失って崩れていった。ニコラスさんはすぐに魔法剣の魔法を止め、次の敵に向かっていく。
「本当に凄いですね」と私が言うと、ザック様も「本当に凄いな。あのリビングアーマーも三級相当の魔物だろう。それをあんなに簡単に……」と驚いておられた。
そのすぐ後にベルトラムさんが休憩にやって来た。ベルトラムさんはジョッキにスコッチを入れると一気に飲み干し、ニコラスさんの剣の話をする。戦いながらニコラスさんを見ていたらしい。
「あの剣は役に立つな」とベルトラムさんが言うと、ザック様が「そうだろ。実用的にはあの型の方が優秀なんだ」と頷いている。
「だが、あれは俺たち鍛冶師の目指す武器じゃねぇ気がしてな。どうしても好きになれん」
「それは好みの問題だな。俺も酒は好きだが好き嫌いはある。それと同じだろ?」と真面目な顔でおっしゃられると、ベルトラムさんは心外そうな表情を浮かべた。でもすぐにザック様が大きな声で笑い、
「酒と一緒にするなっていうんじゃないだろうな? 酒も職人が魂を込めて作るもんだぞ」とおっしゃられると、ベルトラムさんは難しい顔をした後、同じように大笑いした。
「ガハハ! 確かにそうだな! ザックが造るワインは旨いが、俺の好みはこっちだ」と言ってジョッキを上げる。
その声に私たちも釣られて笑ってしまった。
私はこの戦いに勝てると信じている。だって、ザック様がお酒の話をしながら笑えるほど余裕があるのだから。
■■■
篭城が始まって既に二日。二日間で皆も疲れているし、小火騒ぎや魔物の侵入で不安に怯えている。私ターニャ・ロックハートは領主の妻として、村のみんなを励ましている。
幼子を抱え、不安そうにする若い母親に、
「うちの人たちはこの程度の敵に負けないわよ。それにこの村の自警団は帝国の侯爵様が世界一の自警団だっておっしゃるくらいなんだから。安心なさい」と言い、昔の苦しかった時代を知っている老人には、
「ここの防壁はザックが造ったものよ。魔術学院の教授から直接教えていただいた魔法を使っているの。昔とは違うわ」と言って励ます。
本心をいえば私も不安だった。
この二日間、ほとんど眠れていないし、時々顔を見せてくれる夫の顔が徐々に暗くなっているのを知っているから。
でも、ここで不安を顔に出すことは許されない。ロックハートの女として、それ以上に領主の妻として。
私はここに避難している人たちを守るために、いろいろな手を打っている。もちろん自分で考えたことではないわ。ザックがこういう状況を想定していたから、それに従っているだけ。
息子が特に気にしていたのは健康状態。それも身体と精神の両方について心配していた。
身体の方は食事や休息だけでなく、衛生状態に気を使うように言われている。排泄物の処理を一番気にしていたわ。
そのためにわざわざ廃棄場所まで作ってあった。篭城することになったら堀に流すための排出口に排泄物を流すように言われている。本人はとても嫌がっていたけど。
息子はこんなことも想定していたらしく、堀に流れる水は集落を通らないように工夫していた。館ヶ丘の周囲を流れる用水路はそのまま村の西を流れるフィン川の下流、西ヶ丘近くの蒸留所の下流側に繋がっている。
その先に集落はなく、汚れた水を使う人はいない。もちろん、フィン川はブラック川に繋がり、その先はファータス河に繋がっているから、最終的には誰かが利用する。でも、うちの村以外は普通に垂れ流しているから、そこまでは気にしなくてもいいと思うけど、あの子は結構気にしていた。
食事についても考えていた。新鮮な野菜が手に入らなくなることを考えて酢漬けの野菜が結構作ってあったし、八百人もの人の食事を用意できるように簡易の竈と大鍋が準備されていて、温かい食事が毎回食べられるようにしてある。メイド長のモリーが作るパンはとても人気があり、今のところ村の人たちの食欲は落ちていない。
精神的なことに関してはできるだけ仕事を与えて考える時間を少なくするように言われている。確かにこんな時に考える時間があると悪い方向にしか考えない。
食事や洗濯などの仕事を村の女性たちに割り振り、老人たちには武器の整備や家畜の世話を割り振っている。子供たちには本を読んで聞かせたり、勉強を教えたりして普段と変わらない生活を送るようにしている。
本当によく考えていると思う。でも、それを仕切るのは私。
領主の妻と言っても元は仕立屋の娘に過ぎない私が、八百人近い人の健康を守らないといけない。その責任の重さに目が眩みそうになる。
義理の娘のロザリーさんなら辺境伯令嬢だから得意なのだろうけど、私には無理だと最初は思っていた。
何度もそう思ったけど、愛する夫や息子たちが命懸けで戦っているのに私一人が音を上げるわけにはいかない。
マットが時々様子を見に来てくれるけど、その時には決して弱音は吐かない。できるだけ笑って彼を送り出したいから。それが愛する夫を守る方法だと思っているから。
でも、この戦いはいつまで続くのかしら。
マットは七日間耐えればカウム王国の騎士団が救援に来てくれるというけど、私にはあと五日も耐えられるようには思えない。
ルナさんを受け入れた時から、いいえ、ザックが神々のもとから遣わされたと聞いた時から覚悟していたはずなのに、どうしても恨み言を言いたくなる。
もし目の前にルナさんがいたら、恨み言を言ってしまったかもしれない。屋敷で守っているお陰で顔を合わさずに済むから大丈夫だけど、こんな自分が本当に嫌。
彼女を受け入れる時に自分の娘にしようと言ったのに、家族の誰かが命を落としたら彼女に優しくできないかもしれない。そう考えると本当に情けなくなる。
そんなことを考えていたのが夫には分かっていたみたい。二人きりになった時に「辛い思いをさせている。済まない」と言って思いっきり抱き締めてくれた。
「神々の敵という奴を甘く見ていたかもしれない。私も父上も。ザックの造った防壁がなければあっという間に負けていただろうな」
「そうね」と答えることしかできなかった。
「だが大丈夫だ。私はまだ全く悲観していない。父上もロッドもザックも皆、希望を持って戦っている。何よりお前がここでがんばってくれているんだ。負けるはずがない」
そう言ってもう一度抱き締め、口づけをした後、戦いの場に戻っていった。
私の心はそれだけで軽くなった。
私には愛する家族がいる。その家族を守るために私も全力で戦うしかない。私の戦いは村の人たちを不安にさせないこと。男たちが安心して戦えるようにすること。
でも、それだけでいいのかしら。
今はいいけど女性たちを率いて戦うことも考えておいた方がいいかもしれない。幸いこの村には弩があるし、その使い方は女性も習っている。もちろん私も。
今度マットが来たら提案してみよう。
私たちも一緒に戦いたいって。




