第二十三話「ロックハートの女たち」
今回はロッドの妻、ロザリー視点です。
トリア暦三〇一八年三月二十二日。
ウェルバーンの鍛冶師たちの歓迎の宴が思いの外、早く終わり、拍子抜けした翌日の朝。
朝の訓練、そして朝食を終え、のんびりとした時間が流れていました。しかし、その平和な時間は突然現れたドワーフの鍛冶師たちによって破られました。
先代のゴーヴァン様、義父のマサイアス様が鍛冶師たちによって拉致され……いえ、鍛冶師たちと共に工房に行かれたためです。
私ロザリンド・ロックハートはそれを呆然と見送ることしかできませんでした。
その光景を見ながら、この村に来てからのことが突然頭に浮かんできました。なぜ、そんなことが頭に浮かんだのか理由はよく分かりませんが、後で物知りのザックさんに聞いてみようと思っています。
私がここラスモア村に来てから、既に半年以上の時が流れています。来た当初から義母様、義父様、先代のゴーヴァン様を始め、皆優しくして下さり、全く不満はございません。もちろん、夫ロドリックは優しく、いつも私のことを見守ってくれています。
ここに来てすぐに始めたことは料理や裁縫などの奥の仕事と、剣術や馬術の鍛錬です。
料理や裁縫については辺境伯家の者として恥ずかしくない程度の教育は受けておりましたが、初めてのことばかりで戸惑うことが多くありました。それでも、義母様やメイド長のモリーに助けられ、ロックハート家の嫁として、少しずつではございますが、仕事を任されております。
剣術についてですが、初めはロックハート家の厳しい訓練についていけるか不安でした。しかし、私だけでなく、侍女のアンジーことアンジェリカ・コールリッジも、エレナことエレアノール・メイスフィールドも少しずつですが、訓練について行けるようになっています。
もちろん、従士たちが行うような激しい訓練にはまだ参加できていません。それでもウェルバーンの北部総督府軍の訓練より激しい訓練を受けているという自負はあります。
実際、この半年で二度も腕の骨を折り、その都度義弟であるザックさんに治療してもらっています。父であるヒューバート・ラズウェル辺境伯が聞いたら、卒倒するかもしれません。“お転婆姫”とあだ名された私でも、大きなケガをするようなことはなかったのですから。
アンジーとエレナも同じようにケガをしていますが、その都度ザックさんか、リディアさんに治療してもらっているので、跡すら残っていません。
私たちも女性ですから、やはり傷跡が残るのは気になります。その懸念がなくなったことも剣術の修行に力を入れられる理由かもしれません。これは大きな声では言えませんけど。
そのおかげもあり、私の剣術士レベルは二つ上がり、レベル二十になっています。私より年上の二十歳くらいの男の傭兵や冒険者でもレベル二十に達していないことが多いそうですから、誇ってもいいと密かに思っています。
もちろん、ロックハート家ではレベル二十程度では全く誇れるレベルではありません。魔術師のシャロンさんですら、私より年下なのに剣術士レベルは同じ二十ですし、まだ十歳の義弟のセオフィラスさんと義妹のセラフィーヌさんもこの半年でレベルを二つ上げ、十六になっています。
シャロンさんの話が出たので、少しだけ脱線します。
シャロン・ジェークスさんは従士ガイ・ジェークスの娘であり、ロックハート家の嫡男の妻である私が“さん”付けで呼ぶことを、モリーからよく注意されます。
その都度、「シャロンさんはそのうち義妹になるのですから」というのですが、未だに従士やその妻たちは納得してくれません。もう一人のメリッサ・マーロンさんも「メルさん」と呼んでいるのですが、同じように注意されます。
モリーたちもリディアさんやベアトリスさんは同じように“さん”付けで呼んでいるので、納得できないところはあります。そのうち、皆さんザックさんの奥さんになるのですから、慣れておいた方がいいと思うのですけど。
幸せな日々を過ごしていますが、この七ヶ月間は驚きの連続でした。
まず、一番驚いたことはザックさんの“秘密”を教えて頂いたことです。私も薄々感じていたのですが、父より年長の、それも別の世界から来た魂だという話には瞬きをすることすら忘れるほど驚きました。神話のような話に私が関わるとは夢にも思っていませんでしたから。
夫は真面目な性格ですから、そういった類の冗談は一切言わない人なので、最後まで口を挟まずに聞けましたが、彼が話したのでなければ、荒唐無稽な冗談であると真面目に聞くことすらなかったでしょう。
私だけでなく、アンジーとエレナも夫から話を聞いて驚いていましたが、二人を信頼してくれた夫、そして義父様には感謝しています。このような大きな秘密を仲の良い二人に隠したまま、生活していくことは難しいですし、二人が必ず力になってくれると信じているからです。
次に驚いたことは、思った以上に豊かな生活が送れていることです。ウェルバーンのような都会から辺境に位置する領地に来たのですから、少なくとも今までのような暮らしは無理だと思っていました。その覚悟を持って嫁いできたのですが、それが良い方向に外れたのです。
もちろん、贅沢な暮らしというわけではありません。ロックハート家の家風は質実剛健、質素を旨にしておりますので、華美な暮らしとは無縁です。ですが、ここでの生活はある意味ウェルバーン以上に贅沢かもしれません。
その理由ですが、まず食事がおいしいことと、そのレパートリーが幅広いことです。ウェルバーン城の食事も辺境伯家に相応しいものでしたが、ここには私の知らない料理がたくさんあったのです。考えたのはザックさんで、前の世界の料理をモリーに伝え、それを再現してもらっているのです。
それだけでなく、お酒と料理の組合せも拘り抜かれており、あの美食家のイグネイシャス・ラドフォード子爵が唸るほどの料理を頂くことができているのです。素材も村で取れた新鮮なものが多く、更に森に偵察に出かけた猟師たちが獲ってくる野鳥類はザックさんが拘りぬいたソースで味付けされ、本当においしいのです。
料理以外でもラスモア村の名物にもなっている大きなお風呂には完全に嵌っています。特に風呂上りに頂く、よく冷やしたビールは至福のひと時を与えてくれます。
私もザックさんの影響を受け始めているようで、食べ物や飲み物のことばかりですが、それ以外にも快適な生活が送れる理由があります。
それはザックさんが作る魔道具がとても便利なことです。その魔道具の中でも一番便利なものは井戸に取り付けられた“蛇口”です。
原理はよく分からないのですが、魔道具に魔力を流すと一リットルくらいの水が蛇口から出てくるのです。手を洗ったり、口をゆすいだりする時にとても便利です。普通なら貯めてある水を柄杓で掬うので、片手がふさがるのですが、これなら両手が使えてとても便利です。
ザックさんにどのような魔道具か聞いてみたのですが、「二重の筒に送風の魔道具を取り付けて、外側の気圧を上げて内側の水を押し上げる」のだそうで、絵で説明していただきましたが、あまり理解できませんでした。
話は変わりますが、私の侍女アンジーとエレナですが、彼女たちにも“春”が来そうな感じです。
アンジーは最近、夫の従騎士であったシム・マーロンと一緒にいるところをよく見かけます。彼女も今年二十一歳になり、男爵家の令嬢としては“行き遅れ”と言われ、気にしております。
シムは夫やザックさんたちに隠れて目立ちませんが、北部総督府軍でも名が通った剣術士でしたし、何より“騎士”として尊敬に値する男性だと思っています。忠義に篤く、名誉を重んじる姿は真の騎士を目指していると思えるのです。
アンジーもそんなところを気に入っているようで、暇を見つけては訓練場にある木の下で語らっているようです。彼も夫と同じように奥手なので、アンジーには自分から押していくようにとアドバイスを与えています。
もちろん、私も恋愛経験が豊富というわけではありません。ですが、ロックハート家ではこの手の話で助言できる方は誰もいないのです。美女二人とお付き合いしているザックさんも、夫が以前言っていたように、こういった話題は苦手なようで、すぐに逃げられてしまいます。
もう一人の侍女、エレナですが、こちらも従士の嫡男、ダン・ジェークスと一緒にいることが多いようです。アンジーに比べ、こちらは中々梃子摺っているようですけど。
ダンはメルさんのことが昔から好きだったようで、ザックさんとメルさんが一緒になってくれればと思っていても、未だに想いを断ち切れないようです。
エレナもそんな彼の一途さに魅かれたようですが、ダンは森に行くことが多いですし、館ヶ丘にいても訓練をしているか、ザックさんたちと一緒にいることが多く、彼女が話をする機会が中々巡って来ないのです。
アンジーと違い、エレナは私と同じまだ十七歳ですし、ダンも同じくらいなので、それほど焦る必要はないと思っています。こちらの方はザックさんがうまく間を取り持ってくれているようで、朝夕の訓練の時にエレナの指導をするように誘導したようです。
アンジーは男爵令嬢、エレナも武の名門、メイスフィールド家の令嬢ですので、騎士であるロックハート家の家臣に嫁ぐということは難しいかもしれません。ですが、二人が望むなら、お父様のお力を借りても叶えてあげたいと思っています。
ロックハート家の皆さんは気さくな方が多く、すぐに打ち解けられたのですが、唯一話しにくかった方はリディアさんでした。
今でこそ、“リディアさん”と呼んでいますが、少し冷たい感じがして中々打ち解けることができなかったのです。夫に相談すると、「リディアさんは“家族”以外と付き合うのが苦手なんだ。そのうち、ロザリーも“家族”として認めてもらえるよ」と言うだけで、具体的なことは何もしてくれませんでした。
家族と言われてもどうすればいいのか分かりません。仕方なくザックさんに相談すると、「気にしなくても、リディは義姉上のことを“家族”だと思っていますよ」と夫と同じく真剣に取り合ってくれませんでした。
「どうしてもお友達になりたいのですけど」と更にお願いしてみると、「どうしてもということでしたら、酒を飲んでいる時にさりげなく話しかけたらいいと思いますよ」と教えてくれました。
「さすがはザックさんの奥さんになる方ですね。やっぱり、おいしいお酒がいるということですね」と感心すると、ザックさんは苦笑いを浮かべ、困ったような顔をされていました。特に困るようなことを言ったつもりはないのですけど。
その時、良い機会だと「いつ頃、正式に結婚されるのですか」と尋ねてみました。私自身、リディアさんとベアトリスさんがいつ正式に義妹になるのか気になっていましたから。
ザックさんは笑みを消し、「今は時期が……」と言った後、少し口ごもって「私には使命がありますから」と答えました。
「でも、それではいつになるか分からないのでは?」と更に聞いてみると、「それは分かっているのですが……」と煮え切らない答えが返ってきます。
「リディアさんはともかく、ベアトリスさんのことがあります。早めに決断された方がよろしいのでは?」とだけ伝えておきました。ザックさんは何とも言えない表情をされましたが、それ以上は何もおっしゃいませんでした。
リディアさんとはザックさんの作った発泡ワインの話で盛り上がり、そのお陰もあって打ち解けることができました。その時にベアトリスさんとも仲良くなっています。やはり、お二人ともおいしいお酒が大好きでした。
ベアトリスさんですが、今年、三十六歳になるそうです。義母様と同じ歳であり、お二人とも見た目は二十代半ばと言えるほどですが、特に驚いたのは一緒にお風呂に入った時のことです。
夕方の訓練を終えた後、メルさんやシャロンさんたちと一緒に汗を流しに行くのですが、その時にベアトリスさんの身体を見て驚いたのです。
夫のロッドは厳しい訓練と実戦のため、身体中に小さな傷跡があります。それなのに、ベアトリスさんは凄腕の冒険者として二十年も魔物と戦っている割には傷らしい傷がなかったのです。それどころか、毎日外で槍の訓練をしているのに、日焼けによるシミもなく、本当にきれいな肌だったのです。
そのことについて聞いてみると、少し恥ずかしそうな表情をされ、「ああ、古傷はザックが全部消してくれたんだよ。本当にあの子の治癒魔法は凄いと思うね」と答えてくれました。
そして日焼けについても、「日焼けも同じだね。ザックと一緒になる前は顔や首、腕の日焼けが酷かったんだが、治癒魔法で治してくれるんだ。そのお陰で小じわもなくなっているよ」と笑いながら教えてくださいました。
なるほどと思っていたのですが、その話を義母様が聞いており、「そんな話は聞いていないわよ。私も目元の小じわが気になっているのに」と憤慨しておられました。
そのせいで、翌日からザックさんの仕事が増えたようです。毎日、義母様や従士の妻たちの顔に治癒魔法を掛けるようになったのです。
私も女ですから、美容には興味がございますが、そのようなことに貴重な治癒師の魔力を使ってよいのかと疑問に思いました。
治癒師、特にザックさんのような優秀な治癒師はとても貴重です。ウェルバーン城ですら、治癒師の魔力は不測の事態に備えて極力温存するように言われておりました。常に危険に備えているゴーヴァン様もこのことには特に何も言われません。とても気になったので、夫に聞いてみました。
「最初は母上も冗談のつもりだったみたいなんだ。だけど、ザックが“そんなに魔力は使いませんよ。毎日は難しいかもしれませんけど、時間があればやりますよ”って軽い調子で了解したんだ」
「いくら、ご本人が大丈夫といっても治癒師の魔力は貴重では? ゴーヴァン様も義父様もそのことには何もおっしゃらないの?」と更に尋ねてみました。
すると、夫は「ザックに限っては絶対に魔力切れは起こさないし、必要な分は絶対に残しているから」と笑って答えました。皆さん、ザックさんのことを信頼しているようで、細かいことはおっしゃらないようです。
ザックさん本人に聞いてみても、「本当に大丈夫なんですよ。一人分でしたら、魔力全体の千分の一ほどしか使いませんので。そのくらいでしたら、一、二分横になっていればすぐに回復しますから」と具体的な数字で教えて下さいました。
その時、ザックさんは自分の能力を数値として見ることができる力を神から与えられていることを思い出したのです。
確かに残りの魔力が分かっていれば、そして、使う量が分かっていれば、いざという時に魔力切れになることもないですが、本当に規格外の方だと改めて思いました。
私も最近ではザックさんの治癒魔法――ご本人は“フェイスケア”とおっしゃっています――を受けるようになりました。それほど実感は湧きませんが、夫は「肌がきれいになったよ」と言ってくれますので、きれいになったのだと思います。
私と同じようにメルさんもシャロンさんも治癒魔法を掛けてもらっているようで、特にメルさんはそばかすが消え、とても喜んでいました。
そのメルさんですが、彼女ほど訓練の時とそれ以外の時で様子が変わる方は初めて見ました。訓練ではあれほど恋焦がれているザックさんが相手でも、親の仇と戦うような激しい攻撃を見せます。ザックさんも同じように真剣に対応されているのですが、やはり少しだけ遠慮があるようです。
そのことをメルさんに聞いてみたのですが、彼女の想いの強さに心を打たれました。
「私はあの方をお守りするために強くならないといけないんです。そのためにはいろいろなタイプの人と訓練をしないと。盾を使うニコラスさん、大柄で力の強いバイロンさん、槍を使うウォルトさん……でも、ザック様は他の方とは違うんです。避けるのも上手ですし、いろんな手を使ってきます。ですから、強くなるために、ザック様に木剣を向けないといけないんです……それに……」
そこでメルさんは口篭りました。私が「それに?」と先を促すと、少し恥ずかしげな表情でこう答えてくれました。
「ザック様はこうおっしゃられたんです。“自分が強くなるために、メルにも殺す気で掛かってきてもらわないと困る”と。それと、あの方はいつもおっしゃります。“即死以外なら何でもあり”だって。ザック様なら本当に何とかしてしまうんです。だから、私も言いつけを守って本気で剣を向けるんです」
そして、「でも、本当は嫌なんです。もし、大怪我をさせてしまったらって思うと……」と目を伏せて小さな声で付け加えました。
「ザックさんのことが本当に好きなんですね」と私が言うと、メルさんは真っ赤な顔になりました。しかし、しっかりとした口調で「はい」と答えました。
メルさんが五歳の頃から、あの厳しいゴーヴァン様の稽古を受けていると夫から聞きましたが、私にはどうしてそこまでできるのか、想像できませんでした。
大人の男性ですら、いえ、正規の騎士ですら音を上げるような厳しい訓練です。それを年端の行かない女の子がなぜと思いますが、お話をしてようやく納得できました。
もう一人のザックさんの幼馴染の女性、シャロンさんともお話をしています。彼女は自警団の訓練にこそ参加しませんが、朝夕のロックハート家の訓練には参加しています。
これも夫から聞いたのですが、シャロンさんはあのティリア魔術学院の次席であり、卒業の時に有名な教授から助手にならないかと誘われたほど優秀な魔術師です。
天才と呼ばれているザックさんがよくおっしゃるのですが、「シャロンは俺なんかより、よっぽど天才ですよ。天才なだけでなく努力家ですし」と手放しで評価しています。
その彼女がロックハート家の訓練に参加していることが不思議でした。理由はすぐに分かりました。
この家では有名な話だそうで、初めて森に入り野犬と戦った時、足が震えて動けなかったため、少しでも皆さんの足を引っ張らないよう、剣を習い始めたということでした。その“初めて”というのが、僅か八歳と聞き、本当に驚きました。
シャロンさんは大人しい方で、普通の格好をしていれば、虫も殺せない可憐な少女としか見えません。お転婆と言われ続けた私などより、よほど“令嬢”という言葉が合いそうで、普通の人は絶対に冒険者だとは気付かないでしょう。そんな方が僅か八歳で剣を持とうと思ったことが驚きでした。
そして、シャロンさんについて更に驚いたことがあります。
それは鍛冶師ギルドや商人たちとの関係でした。シャロンさんは鍛冶師ギルドから派遣されてきているジョナサン・ウォーターとよく話をしています。
最初はザックさんのお手伝いかなと思っていたのですが、どうやら彼に代わって交渉を行っているようです。ロックハート家御用達の商人、ヘンリー・ノートンとも何度かお話している姿を見ましたので、ザックさんから任されているのでしょう。
お父様が交渉事ではザックさんに敵わないと言っていましたし、家宰のフェルディナンド・オールダム男爵も同じことを言っていましたので、ザックさんの代わりをするということはそれだけの能力を持っているということです。本当に驚くべきことだと思いました。私には到底できませんから。
この村に来てからふた月も経たないうちに、ザックさんが導くべき相手、“ルナさん”が村にやってきました。私だけでなく、ゴーヴァン様、義父様も驚いておられました。
生まれ育った村を魔物に襲われ、死を間近に感じたことが原因なのでしょう。ザックさんたちに間一髪救われましたが、ここに来た時には悲しみから心が死んだような状況になっていました。
私には家族だけでなく、すべての知り合いを失った悲しみは想像できません。
義母様は常に気にかけているようで、よく会いにいかれます。私も同じように会いにいくのですが、やはりショックが強かったのか、半年経った今でも私たちには全く心を開きません。
一緒に住み、世話をしているメルさんとシャロンさんにだけ、僅かに心を開いているという状況です。
この先、この幼い子が神々の敵とどう関わっていくのか心配です。ザックさんのお話では“鍵になる人物”ということで直接戦うのか分からないそうですが、相手は神すら恐れる敵です。もし、私がルナさんの立場なら逃げ出すことでしょう。今の状況が改善されても、そんな未来しか待っていない、本当に不憫に思います。
このことについてはザックさんも同じように思っているようですが、何もおっしゃいません。ただ一人、黙々と防壁を造り、来るべき敵に対してどう戦うかを考えているようです。
私にできることは少しでも剣術の腕を上げ、ルナさんの最後の砦になるくらいです。私が彼女を守ることができれば、ザックさんたちは思い切って戦えるのです。
私がそのことを夫に告げると、彼は「ロザリーがそう言ってくれて嬉しいよ。みんなが自分にできることを考えていかないとね」と言って優しく抱きしめてくれました。
私はこの時、ロックハート家の一員に、本当の意味でなれた気がしました。
そう言えば、どうしてこのようなことを思い出したのかという理由について、ザックさんに聞いてみました。
ザックさんは一瞬何の話か分からず首を傾げていましたが、すぐに笑い出し、「失礼しました」と謝りながらも笑いのつぼに嵌ったのか、中々笑いが止まりませんでした。
何とか笑いを堪え、「それは自己防衛本能ですね」とおっしゃりました。私が「自己防衛本能ですか?」と聞き返すと、「見てはいけないものを見てしまったので、心がそれを認めることを拒否したのだと思いますよ」と教えてくださいました。
更に「おじい様と父上の表情を見て困ったのだと思いますよ。多分、二人とも困惑した表情、いえ、情けない顔をしていたんじゃないですか」と付け加えました。
「ええ、確かに……英雄として名高いゴーヴァン様があのような表情をされたのは初めて見ましたわ。私に助けを求められたような気も……」
確かにその時のゴーヴァン様と義父様の表情は困惑というより、助けを求めていたような気がしてきました。私に向かって手を伸ばされていたような気も……ありえないことと心が勝手に拒否したというザックさんの説明に私は素直に「そうみたいですね」と笑みを返すことしかできませんでした。




