第四十七話「蒸留酒定期便(スコッチライナー)」
タイトルは「ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~」です。
「ドワーフ・ライフ~夢の異世界酒生活(笑)~」ではありません。
あしからず。
トリア暦三〇一七年九月八日。
長期熟成酒――世間的には“ザックコレクション”の名で通っている――が、カウム王国の王都アルスに送られることになった。
“蒸留酒定期便”と呼ばれる専門業者が輸送を請け負っており、ザックコレクションも彼らがアルスまで運ぶ。
この“スコッチライナー”だが、責任者はネイサン・バーロウという四十歳くらいのアルスの商人で、彼は五年ほど前から蒸留酒の輸送を手がけ、今ではドワーフ御用達として、鍛冶師ギルド専属の蒸留酒輸送業者になっている。
元々は複数の商会が蒸留酒の輸送を請け負っていたそうだが、バーロウ商会以外は他の物資と同じように輸送していた。この世界の輸送は予定通りに行くことはほとんどなく、このため納期がまちまちで、スコッチを待ち望むドワーフたちには不評だった。
しかし、バーロウだけはドワーフたちの要求を正確に理解していた。
彼は蒸留酒を確実に、そして、可能な限り短期間で納入するため、蒸留酒だけを運ぶことにしたのだ。そして、盗賊や魔物からの襲撃というリスクを下げるため、自腹で優秀な傭兵を雇い、輸送中に酒を奪われたり、放棄したりすることがないよう腐心した。
もちろん、鍛冶師ギルドが安全保障に関するコストを認めてくれると確信していたのだが、その常識外れのコスト――正確には判らないが、恐らく商品価格の数倍――は、他の業者から笑い者にされるほどだった。
だが、結果はバーロウの一人勝ちだった。
ドワーフたちは自分たちの要求を理解する洞察力と度胸の良さを認め、ギルド専属の輸送業者に指名し、護衛に掛かる費用も完全に認めている。
今ではギルドの紋章をつけた蒸留酒専用の荷馬車を与えられ、ラスモア村とアルスの間を往復している。
ラスモア村とアルス間の距離は約三百km。峠や森が多いアルス街道では、通常の商隊なら二十日以上かける距離だ。
だが、バーロウのスコッチライナーは十五日で移動する。
主要街道ではあるが、未舗装の道は雨が降ればすぐに荒れてしまう。その状態が悪い道を酒樽という破損しやすい重量物を運搬し、なおかつ悪天候による足止めを考慮するとかなりの速度だ。それでもバーロウの手腕により、ほとんど遅れたことはないそうだ。
ちなみにアルスからラスモア村に向かう時は、ラスモア村向けの原料――大麦やワイン、りんご酒など――を大量に買い付けながら移動するため、スコッチの数倍の重量になり、二十日ほど掛けて村に到着するそうだ。
スコッチライナーという呼び名だが、毎回決まった時間に決まったルートを“線を引くように”通ることから、街道沿いの住民たちから名付けられた名だ。
通常の商隊は決まった時間に通ることを嫌う。これは盗賊たちに狙われやすくなるためだからだが、スコッチライナーは優秀な傭兵を護衛に雇っているため、それが行える。
この利点だが、往路で予定を伝えておけば復路で宿を確保することが容易になる。
スコッチライナーは他の商隊よりかなり厳しい行程で移動するため、宿場町に着く時間が比較的遅い。護衛から一、二名先行させて宿を確保するのだが、護衛も含め五十名ほどの空き部屋を探すことは中々難しく、更に積荷の安全を確保しやすいところは限られており更に難しい。
宿側にとっても予定が判らない商隊のために部屋を空けておくことはできない。だが、支払いのいいバーロウ商会は上客であり、常連として押さえておきたいという思惑があった。
そこでバーロウはあえて予定通りに行動することで、宿と夜間の安全を確保することにしたのだ。最初のうちは半信半疑だった宿側も、スコッチライナーは相当な悪天候にでも見舞われない限り予定通りに到着することが判り、彼らのために部屋を空けておくようになったという。
これ以外にもラスモア村向けの原料の買い付けにも有利だ。予定が判っているため、立ち寄る町の商人たちが商品を準備しやすく、十分な量の原料を確保できるからだ。
通常はバーロウ商会の五両の荷馬車に、計二十五樽のクォーター樽――百リットル強の小型の樽――を積み込むのだが、今回はロックハート家の荷馬車が二両同行する。
その荷馬車には二十リットルのステンレス樽三十個と十リットル用十個、更に十年物の“ブランデー”が一樽――約二百三十リットルのホグスヘッド樽――積み込まれている。
護衛については、スコッチライナー専属のホルト傭兵団と俺たちザックセクステットが当たる。
ホルト傭兵団は、団長である三級傭兵、ラッセル・ホルトが率いる優秀な傭兵団だ。元々は傭兵の国フォルティスに本拠を置いており、商隊の護衛や大規模な魔物狩りなどを請け負っていた。だが、ネイサン・バーロウと長期契約を結び、スコッチライナー専属となったことから、今ではアルスに本拠を移している。
その精兵たちを率いるラッセル・ホルトだが、彼は四十五歳の人間の男で、身長百八十cmほどのがっしりとした体格の剣術士だ。白髪交じりの短い黒髪に頬の大きな傷が印象的で古強者の風格があった。実際、レベル六十八の優秀な片手剣使いであり、彼を超える剣術士は祖父と、一度だけ見たことがある凄腕の傭兵しか知らない。
だが、見た目よりかなり陽気な人物のようで、酒場では大きな声で笑っている姿を見かけていた。
彼の傭兵団はレベル四十を超える魔術師を含め、四十名ほどで構成されている。治癒師も三名おり非常にバランスのよい印象を受ける。
そのホルト傭兵団だが、バーロウ商会と契約してから蒸留酒護衛隊と呼ばれている。
その謂れだが、ある宿場町の酒場で「まるで“スコッチ”の守護者だな」と言われたことから、ラッセルが“酒樽とジョッキ”の意匠の紋章を考え、そのデザインの入った腕章を作らせて団員全員につけさせた。それから、その名が一気に広まったそうだ。
初めてのそのデザインを見たとき、“どこの居酒屋の看板だよ”と思わずつっこんでしまったほど傭兵らしくないデザインだったが、そんな遊び心も彼の自信のなせる業なのだろう。
そんな陽気なラッセルだが、今回に限ってはほとんど笑顔を見せない。
凄腕の傭兵と雖も、アルスのドワーフたちが熱望する“ザックコレクション”を運ぶということと、蒸留職人の第一人者スコットを守るということは緊張に値することのようだ。
アルスには百を超える鍛冶工房があり、ドワーフの鍛冶師だけで千人近い人数が住んでいる。更に山岳国家であるカウム王国には鉱山技師として働くドワーフが集落を作っており、王都アルス周辺だけでも約二千人、王国全体では数万人のドワーフが住んでいると言われている。独自の国を持たないドワーフがこれほど多く住んでいるのはカウムしかない。
そのドワーフたちが待ち望むザックコレクションを運ぶのだ。如何に豪胆で有能な傭兵と雖も、いや、有能だからこそ、敵にしてはいけないものが存在することを知っているのだろう。
そのラッセルとは二日前に顔を合わせており、稽古も付けてもらっている。
長剣と丸盾を持ち、無骨な黒鉄製の胸当てに肩当てなどの部分鎧を装備しており、実戦を重視している傭兵らしい出で立ちをしている。
剣のスタイルも攻防のバランスがよく、隙が全くなかった。俺はもちろん、ベアトリスが模擬戦を行っても攻めあぐねるほどの腕だった。
午前十時。
出発の時間となった。
館が丘の貯蔵庫前に酒樽を積載した荷馬車が並ぶ。
普段は父も祖父も見送りなど行わないが、今回はスコットや俺たちが同行するということで、バーロウ商会の会長であり、蒸留酒定期便の責任者であるネイサン・バーロウに声を掛けていた。
「余分な荷物を増やして済まんが、よろしく頼む」
バーロウはやや緊張した面持ちだが、しっかりとした口調で、「ご子息様とスコット殿のことはお任せください」と言って頭を下げ、
「もちろん、“ザックコレクション”も確実に鍛冶師ギルドに届けます。ご安心ください」
そう付け加えた。
父は「酒はまだあるから、あまり気負うな」と言って笑うが、バーロウを始め、護衛のラッセルも笑顔を見せることはなかった。
そして、出発の準備が整った。
“酒樽とジョッキ”の腕章が誇らしげな酒の守護者、“スコッチガーディアンズ”たちが持ち場に散らばっていく。その動きには全く無駄がなく、それだけでも彼らが優秀な護衛であることが判る。
ロックハート家の荷馬車は三台目と四台目に入り、御者は従士のウィル・キーガンと、なぜかウェルバーンから来た鍛冶師ギルド職員、ジョナサン・ウォーターが務めている。
当初はバーロウ商会の御者に任せようとしたのだが、荷物が荷物なだけに全員が二の足を踏み、御者を断ったそうだ。そのため、従士のウィルと今回同行するスコットが御者をするという話になったのだが、荷馬車を長時間操る自信がなかったスコットがジョニーに頼み込んだらしい。
ジョニーは「私が行くと何か起こりそうで……嫌な予感しかしないのですが……」と一度は断ったそうだが、ギルド本部に一度は行かなくてはいけない用事があることと、教えを請うスコットの頼みということで、御者をすることを承諾した。ジョニーはギルド職員になる前に商人として荷馬車を扱っており、街道を走らせる経験を十分に持っている。
俺たちはロックハート家の荷馬車を守ることになっており、持ち場である商隊中央付近に向かった。
ラッセルの「出発!」という合図で、蒸留酒“豪華”定期便はアルスに向けて出発した。
今回の行程は今日九月八日に発ち、九月二十二日にアルスに到着する予定だ。
今日は十五km先のボグウッドの町が目的地だ。治安のいいロックハート領付近であるため、午後三時くらいには到着する予定になっている。
丘の間を抜けていくと、いつものように村人たちが手を振って見送ってくれる。村を出るとすぐに森に入るが、まだ残暑が厳しい時期であり、木陰を抜けてくる風が心地いい。
何事もなく、四時間ほどでカウム王国の国境の町、ボグウッドに到着した。
ボグウッドは人口千人程度の宿場町であり、カエルム帝国の城塞都市のような重厚な城壁には覆われておらず、高さ二mほどの木の塀が町の周囲に張り巡らされているだけだ。
ここは地理上ではカウム王国とカエルム帝国の国境に当たる。だが、北のキルナレックの街に比べ、ボグウッドの防備は非常に貧弱だ。
これは帝国がキルナレックに城塞都市を建設した頃にはボグウッド周辺に町はなく、自由国境地帯であったためだ。また、商業ギルドがペリクリトルに都市を建設し、カウム王国がアルス街道を整備するため、ボグウッドの町を建設した頃には帝国の膨張政策も終息しており、本格的な城塞都市を作る必要性がなかったことも関係している。
大型の魔物や盗賊に対しては無用心な気がするが、町ができた当時はそこまで手が回らず、自警団で凌いでいたそうだ。もっとも今ではこの辺りもロックハート家が定期的に討伐を行っている関係から、十分に治安のいい地域になっている。
主要街道であるアルス街道の宿場町ということで、人口が少ない割には宿屋や商店などが多くある。また、冒険者ギルドや傭兵ギルド、商業ギルドの支部もあり、町の規模以上に活気がある感じだ。
ここボグウッドから南東に進むとバルベジーという街がある。
その間はおよそ百二十五km、これを六日間で移動するのだが、峠が多く、更に森の中を進むことが多いため、ボグウッド-バルベジー間は北のカルシュ峠に次いで危険の多い場所だ。逆にバルベジーを抜けると王都アルスに近づくにつれ、治安はよくなっていく。
これはボグウッドからバルベジーの間は数百人から多くても千人程度の規模の宿場町しかないが、バルベジーから南には人口が二千人以上の街が多く、それらの街には領主がおり、それに伴って守備隊がいるからだそうだ。
ボグウッドのような小さな町には徴税を行うための代官のような役人はいるが、守備隊は常駐していない。その穴を埋めるべく自警団が治安維持を行っているが、どうしても町の中だけで手一杯になってしまう。
守備隊がいない代わりにカウム王国の騎士団が定期的に巡回しているのだが、彼らが最も警戒しているのは東のクウァエダムテネブレからの魔族の侵入であり、当然巡回先もバルベジーから東、トーア街道と呼ばれる街道沿いが主となる。特に十年前の魔族の大侵攻からはトーア街道の警備が強化され、バルベジー以北に騎士団が派遣されることが少なくなっているそうだ。
このような危険な街道でも“スコッチライナー”が襲撃による被害を受けることはあまりないそうだ。
魔物に対しては優秀な護衛が魔物の襲撃を的確に処理していることがあるが、盗賊に対してはそれ以上に鍛冶師ギルドの存在が大きい。
仮に盗賊がスコッチライナーを襲って蒸留酒を奪ったとしても、自分たちが消費するしか使い道がない。もちろん、ラスモア村に買い付けに行くときは現金を持っているが、高々五万C=五千万円程度だ。その程度の現金では三級傭兵率いる護衛四十人と渡り合うのは割に合わないのだ。
更に酒を奪われたドワーフたちが盗賊に対して多額の賞金をかけることは容易に想像できるし、ドワーフたちの機嫌を損ねたくないカウム王国が本格的に討伐に乗り出すことも十分に想定の範囲だろう。
ドワーフたちがルークスの光神教を追い出し、最高権力者である総大司教が替わったという話は有名だ。一国の最高権力者を葬り去る鍛冶師ギルドに目を付けられれば、世界の果てまで追われる可能性すらある。ドワーフ並みの酒好きならともかく、必要以上に追い回されるリスクを犯す盗賊はほとんどいない。
だからといっても、危険な街道であることに違いはないということで、翌日からの移動は厳重な警戒が敷かれる中、街道を南下していった。
九月十四日の夕方、緩やかな丘が連なる丘陵地帯を抜けるとバルベジーの街が見えてきた。
バルベジーの街は周囲を東のアクィラ山脈、南のケルサス山脈、西のポルタ山地に囲まれた大きな盆地の中央付近にある城塞都市だ。また、ここは東の要衝トーア砦に向かうトーア街道の基点となっているだけでなく、山岳地帯が多いカウム王国にあって重要な穀倉地帯となっている。
穀倉地帯といってもカエルム帝国北部のような広大な平原ではなく、低い山や丘が多くあるため、農地に向いた土地に農村が点々と存在しているという感じだ。
なお、バルベジーからアルスまでは丘陵地が百kmほど続き、最後の五十kmほどは山岳地帯に入っていくことになる。
何度か小規模な魔物の襲撃は受けたり、荒天に見舞われたりしたものの、無事にバルベジーの街に到着した。
城門を入ると、カウムでも有数の交易都市ということもあり、多くの荷馬車が道を行き来していた。軍事用に設計されたカエルム帝国の城塞都市とは異なり、計画性のない街区整備を行っていることと、露店が無秩序に開かれているため、中々進めない。幸いなことにスコッチライナーは定宿があり、既にホルト傭兵団の伝令が宿を押さえていることから、気を揉む必要はないのだが、これだけの数の商人や護衛たちが宿に泊まれるのかと人ごとながら心配になるほどだ。
午後五時過ぎ、バルベジーの宿に入ったのだが、宿泊客である商人たちの様子が少しおかしい。緊迫した様子はないのだが、情報交換に忙しいという感じなのだ。
ネイサン・バーロウとラッセル・ホルトの二人もそのことに気付いており、すぐに情報収集に向かっている。夕食までにまだ少し時間があるということで、俺たちも情報収集を行うため、冒険者ギルドに向かった。
ギルド内には夕方の依頼完了手続きが真っ最中であり、多くの冒険者がいた。
こういうところでは俺のような若造が動くより、ベテランのベアトリスが動いた方が手っ取り早い。彼女もそのことを理解しており、早速情報収集を始めていた。
何人かの冒険者に聞いた話をまとめると、トーア砦辺りの魔物の数が減っており、逆に西に行くほど魔物の数が増えているそうだ。但し、大物の数はそれほど変わらず、角ウサギやゴブリンなどの八級相当以下の魔物数が増えているだけで大きな被害は出ていない。
ベアトリスとリディの意見を聞いてみた。
まず、直接情報を仕入れたベアトリスだが、今のところそれほど危機感は抱いていないようだ。
「そうだね。この時期だから餌が減ったってことはないだろうね……だとすると、一時的に増えすぎたか、何かに怯えて逃げてきたって線が一番考えられるね」
リディも「私も同じ意見よ」とベアトリスの言葉に賛同するが、少しだけ不安そうな顔で「アクィラの山で何も起こっていなければいいのだけど……」と付け加えていた。
俺は二人の意見を聞きながら、十一年前の年末のことを考えていた。
(十一年前の冬だったな。ゴブリンが村の近くにやってきたのは……あの時はオークとオーガに追われた感じだった……だが、あの時は結構大物も追われている感じだったが、今回はちょっと違うようだ……)
十一年前の年末から年明けの三月頃にかけて、ラスモア村は厳戒態勢にあった。ゴブリンや狼だけでなく、雪豹――地球の雪豹とは異なり、体長三mを超える体躯と鋭い爪を持つ五級相当の魔物――のような山奥にいるはずの魔物まで村近くに現れ、その調査を行った結果、オークとオーガの足跡を発見したためだ。幸い、村が襲われることはなかったが、冒険者の街ペリクリトル周辺では大規模な討伐が行われていた。
(ただ単に増えすぎただけならいいんだが、どうも嫌な予感がするな……)
宿に戻り、バーロウやラッセルが集めた情報とすり合わせてみたが、原因は判らなかった。
但し、現在のところ魔物が増えているのは、東に二十kmほどの場所にあるアクリーチェインという古戦場までで、ここバルベジーから西では全く影響がないという情報だった。このため、商人たちに緊迫感がなかったようだ。
結局、ここからも油断せずに行くという方針だけが決まった。
バルベジーから先は緩やかな上り坂が続き、難所と呼ばれる場所はほとんどない。宿泊場所も守備隊が守る安全な街ばかりであり、何事もなく王都アルスに到着した。




