お人形少女
あまり怖くないです。
「はじめ、まして」彼女は機械音のように片言で言った。そして操り人形のようにお辞儀した。
「まぁ、なんと可愛らしいのでしょう。」
そんな彼女を見てとある夫人が口にした。けして言ってはいけない言葉を。
「だったら、私を、飼って、くださる?」
彼女は<飼って>と言ったが夫人には<買って>と聞こえたのであろうか、すぐさま返事をした。
「もちろんよ。」
彼女の待ち望んだOKの返事だった。
「ちょっとご主人、この子、いったいいくらなの?」
ご主人、と呼ばれたこの店ー人売りーの主人は「この子ねぇ。まったく物好きだな。この子を飼ったヤツは3ヶ月しないうちに皆死んでるんだがな。それでもいいのかい?それでも、飼えるというのなら・・・銀2枚でどうだい?」
「もちろんよ。この子を買った人が皆死ぬのは、きっと単なる偶然よ。寿命じゃないかしら。それに銀2枚っていうのも破格だわ。」
そう言って夫人は鞄から銀2枚とりだすと店の主人に手渡した。
「へい、たしかに、銀2枚いただきました。」
そして彼女から重たげな足枷がはずされた。
「毎度ありがとうございます。」
という言葉に見送られ、彼女と夫人は店をあとにした。
「今度はいつまで続くかな・・・。」という主人のあきれたような声だけが静かな店内に響いた。
「ご主人、さま。私に、名を、くださ、い。」
「お前、名がないの?」
「いいえ。とうい、昔に、忘れて、しまったの、です。ですから、ご主人、さまに、つけて、いただき、たい、のです。」
「いいわよ。そうねぇ、お前の名は、アメリーよ。」
アメリーは昔夫人のお気に入りだったお人形の名前だ。こうして、今回の彼女の名は、アメリーとなった。
夫人の家につくとアメリーはたくさんの使用人にまた出迎えられた。
「今日、から、ここで、くらす、ことに、なった、アメリー、です。」
そうアメリーが挨拶すると次々に使用人の間でかわいい、という囁きがおこった。
「よろし、く、お願い、します。」
ざわめいていた空気がシンとし「こちらこそ。」という見事にそろった声がアメリーを歓迎した。
「あなたたち、アメリーを部屋に案内しなさい。私のコレクション第2室よ。その他は仕事にもどりなさい。」
この声で使用人たちは各自の仕事とやらにそそくさとかえっていった。
「あたしが案内させていただきますね!」
若い使用人の1人が彼女に話しかけた。それに対し彼女は「よろ、しく、お願い、します。」と相変わらず片言で返事する。
「こちらですよー。」
丁寧な案内をしていた少女が急に立ち止まったのはこの屋敷にふさわしくない木でできた素朴なドアの前だった。いかにも、コレクションとはかけ離れたイメージのそのドアに手をかけて、少女はドアノブをくるりとまわした。がちゃり、音がなったのと同時にドアが開く。
「すてき、な、お部屋、です、ね。」
彼女が言ったとうり、その部屋は素敵だった。薄桃色のカーテン、白い枠の窓、ドアと同じ木のまあるいテーブル。そして・・・無数のお人形。それはすべてがすべて彼女そっくりだった。普通はここらで気持ち悪くなるものだろうが、彼女にとっては別にどうってことないのだろう。
「私、そっ、くり、ね。」
「あたりまえですよー。あなた、昔ご主人さまが気に入っていたお人形そっくりなのですもの。いつのまにかあらわれて、いつもまにかきえていたらしくって・・・ずっと探していたそうですよ。まぁ、あたしは、絵でしか見たことないんですけどねー。」
そういったあと、少女は「しゃべりすぎましたね。今いったことは忘れてください。」と怒られるかもしれないという怯えの色を覗かせた。
「わか、り、ました。」
彼女は表情一つかえずに言ってみせた。
「ありがとうございます。いらないこと言ったら首になっちゃいますから。」
そういった少女は次の日跡形もなく屋敷から消え去った。たぶん、解雇されたのであろう。
次の朝日が昇り終えた後、夫人は彼女を自分の部屋へと呼び寄せた。その部屋にはたとえ使用人であっても容易には入れないことは有名な話だった。
「ねぇ、アメリー。あなたって本当のアメリーじゃないの?だって、こんなにそっくりなのよ。今まで探して求め続けたどんなお人形よりも・・・。私のことを思い出せないだけなのでしょう?あんなに仲良しだったのですもの。聞いたことがあるわ。頭を叩けば忘れれるし思い出せるって。私が思い出させてあげるわ。そしてーーー」
言い終わる前に夫人は中身の入ったワインの瓶をふりかざす。
「ちょっと痛いかもしれないけれど、いいわよね?だって、今は主人と僕の関係ですもの。大丈夫、元に戻ったら、またお友達になれるわ。」
バシャン、瓶のガラスは砕け割れ、中身の赤ワインがあふれ出し、絨毯にシミをつくる。そのきらりと鋭くひかる破片が彼女の頬をかすめ爪あとを残す。
「あらら、一発で終わらせるつもりだったのに。」
また夫人は別の瓶で彼女を襲う。しかし、今度は彼女が夫人に瓶を投げつけるほうが早かった。見事にそれは命中し、夫人は頭から彼女の流すはずだった血を流す。赤々と、だんだん黒々としてきた血と貧血のせいか倒れた夫人を見て彼女は抑揚のない声でこう言った。
「さようなら」
ガチャリ、その音と同時にやはりドアは開く。夫人のコレクション第1室だ。彼女はずるずると夫人だった人を引きずりながらここまでやって来た。そうして、部屋にしまわれてあったその部屋の鍵でドアをあけた。電気のついていないその部屋は妙な薄暗さがあった。天井には大きなシャンデリア、ではなく足首を縛った紐で天井に吊り下げされているこの屋敷の使用人の制服を着た人だった。
「やっぱ、り、ですか。」
彼女の目には、昨日案内をしてくれた少女の変わり果てた姿だった。
「で、今回はたった2日かい?」
人売りの主人はあきれ果てたかのように言った。
「そう、いうこ、とに、なりま、すね。」
「いいかげんやめたらどうだい?」
「そう、言わずに、もう1度、おいて、ください。」
「しかたないなぁ。」
彼女は夢を見させるお人形。一時だけでも。その結果が幸であれ、不幸であれ。昔は旅をしていたが。あの夫人とも実は1度だけあったことがある。前のご主人様にも、前の前にも。しかし、<飼って>でなく<買って>しまうのである。彼女に会いにくるのは皆そういう人たちだった。いつの間にか、あの純粋な心をわすれてーー。
「まぁ、なんてかわいいのかしら。」
「だったら、私を、飼って、くださる?」
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