06.百人組手!
【ユニオン】を始めた者は、とかく通過儀礼という言葉をよく耳にすることになる。
通過儀礼。
いわゆるお約束というか、誰もが通る道というか、初心者にハマりがちな落とし穴というか。
たとえば「最初は上手く操作できない」とか「デビュー戦は必ず負ける」とかだ。
そして今イッキが目の前に見ている光景も、通過儀礼の一つである。
属性カード【黒い稲妻】と、強化カード【一粒三百メートルキャラメル】の2枚のカードを購入したイッキとケイイチは、ダイサクとカイジが待つ、店の奥へと入り込む。
イッキはこの店に来たことはあるが、バトルルームに入るのは初めてだった。店の奥にあるその部屋は、【ユニオン】を持っていないと非常に入りづらかったのだ。
「おぉ……結構狭いんだな」
イッキたちが通う第二小学校の教室の半分くらい、だろうか。やや暗くしてある照明の部屋、ホログラムウォールで四つに仕切られているその空間は、四方に各コート操作用の端末が設置されている。
コートの三つは埋まっていて、すでに同じ小学校の子供や近隣の中学生が、思い思いに楽しんでいる。
「あれ? ダイサクたちは?」
空いてるコートは一面で、使用されている三面にはダイサクとカイジの姿はない。
「上だよ」
一階はカードとお菓子を販売しているスペースがある分、狭くなっている。だが二階からはフロア一面がバトルルームとして確保されているのだ。ちなみにこの店は四階建てである。
片隅にある階段に向かう最中、ケイイチはイッキのために、一応先に注意しておいた。
「この店は四階まであるんだけど、一番上はフリーバトルルームっていう対外試合専門のコートになってるんだ」
「対外試合専門……ああ、知らない奴とバトルできるんだな」
「そうそう」
ここで食い違いが発生している。イッキはかなり狭い範囲で捉えたが、実際はもっと広い意味である。
「時々ランカーとも戦えるから、ランクを上げたい人はちょくちょく覗いてるみたい。でも基本的に腕に自信のある人ばかりだから、僕らが参加するにはまだ早いかな。でも見学する分には勉強になると思うよ」
「え? この辺にランカーいるのか?」
「え?」
ケイイチはイッキを見た。イッキはケイイチの反応の意味がわからずキョトンとしていた。
「……あ、そういうことか」
ケイイチはイッキの疑問を察し、改めて説明した。
「ネットを介して遠くにいるプレイヤーと戦えるんだよ」
「え、マジで!?」
やはりイッキは、「ここらにいる連中と好きに戦えるんだな」と思っていたらしい。
だが実際はもっと広い意味を持つ。
「『実物』じゃなくて『映像の投影』だから可能なんだろうね。98パーセントの再現度で、現実でのバトルに近い感覚で戦えるんだって。でも全部モニター越しに操作することになるから最初は戸惑うかもね」
「へえー。すげえな」
二階に到達した時、二人が見つけるより先に、カイジが二人を見つけて声を上げた。
「おーい! こっちこっち!」
そんなカイジに「おう!」と返事を返したイッキは、最後にケイイチに聞いた。
「そこに佐藤アマイはいるのか?」
「100番以内から上位は、ほとんど顔を出さないよ。フリーバトル……いわゆる野良試合は、ある程度しか相手が選べないから」
要するに、国内100番以内に入るような連中は、大部分のプレイヤーより強い。弱いプレイヤーとやりあっても得るものが少ないので参加しない、ということだ。
1000番以内から上のランキングに入る者は、強くなることに余念が無い。格下相手に調子に乗っているようなランカーはまずいない。
最も経験が積めるのは、同じくらい強い相手と戦うことだ。双方の間にどうやっても埋めることのできない大きな実力差がある者同士で本気でやりあえば、やはり得られるものも少なくなってしまう。
「ただ、時々ランカーが『この日この時間にフリーバトルに顔を出しますよ』って宣言することがある。雑誌の取材とかネットTV用のカメラが入ってるとか、そんな時だね。その時は戦えるよ」
「アマイも来るか?」
「どうかな」
というか、イッキには悪いが、ケイイチはあまり佐藤天伊に注目していない。【ヴィジョン】のタイプからして違うから、基本はともかく、より突っ込んだ戦法となると参考にならないのだ。
できれば佐藤天伊のことはイッキ自身でチェックしてほしいな、とケイイチは思っていた。というか近いうちに言おうと決めた。
だが今はここで遊ぶのが最優先だ。カイジもまた呼んでいるし。
「じゃあ始めるか」
イッキとケイイチが来たのを見計らい、どっしりベンチに座っていたダイサクが立ち上がった。
「山本、これからおまえには通過儀礼をこなしてもらう」
「あ? ツーカ……?」
「通過儀礼。誰もがやるお約束みたいなものだ」
改めて言われても、それでもイッキはよくわからなかった。
「おまえにはこれから【百人組手】に挑戦してもらう」
「あ、それは聞いたことあるな」
百人組手。
多種多様な【NPV】100人と、ひたすら戦い続けるゲームだ。イッキは一度だけ何かの折にテレビでやっていたのを観て「面白そうだなー」と思ったことがある。
「ある程度慣れたらやるんだよ。そして初回の記録を【ユニオン】に残すんだ。――ちなみに言っておくが、初挑戦でこれをクリアできた奴は、10番にも世界ランカーにも存在しない」
「マジかよ」
イッキとしては燃える話だ。誰もが思う、「自分がやってやろう」という通過儀礼そのものの思考をする。
「ちなみに俺は32人抜きしたからな」
と、カイジは挑発的に笑う。
「俺は13人抜きだ」
ダイサクは【ユニオン】に触れた歳が早かったせいか、記録は低い。
「僕は25人抜きしたよ」
ケイイチは、イッキが【ユニオン】を譲り受けるほんの少し前にプレイした。通過儀礼として。
「カイジが一番強かったのか」
意外だな、と思いながらイッキはカイジを見た。カイジは思いっきり得意げな顔をしていた。
そんなカイジに、ダイサクとケイイチが同時に言った。
「武器依存だ」「武器のおかげだよ」
二人は思いっきり真顔だった。冗談でもなんでもなく、本気で言っていた。
「ちょ、ふざけんな! 実力だろ!」
騒ぐカイジなど放置して、ダイサクは説明を続けた。
「注意事項を話すぞ。ゲーム開始直前に『スタジアム』が映像化される。スタートするとそこから出ることはできないから、逃げ場はないと思え。ひたすら戦うことだけ考えていればいい。あとは自由だ」
ひたすら戦う。
非常にシンプルでわかりやすいルールである。
イッキは待ちきれないとばかりに【ユニオン】を取り出し、装着する。通過儀礼だのなんだのはどうでもいい、単に面白そうだからテンションが上がってきたのだ。
「僕からアドバイス。いいかい――」
「待てよ! それはずるいだろ!」
ケイイチが何かを言いかけるのを、カイジが阻止した。狭量な奴である。
「イッキの【ヴィジョン】は、君と違って振り回すような武器がない。僕の【風塵丸】みたいにスピードが速すぎるってわけでもない。そんなのでいきなりやらせるのはちょっとキツイと思う」
【百人組手】の内容を知ってるだけあってカイジはなんとなく納得したが、微妙に納得しなかったのはイッキ本人である。
「別にアドバイスなんていらねーよ。それより早くやらせてくれよ」
「いいから聞け」
と、ケイイチはイッキの肩を抱き、強制的に聞かせた。
「正確に弱点を打つんだ。一発で仕留めるつもりで。それに失敗したら囲まれて即ゲームオーバーだからね」
言いたいことだけ言い、ケイイチは離れた。
イッキは「なんで言ったんだ」とばかりに恨めしそうにケイイチを睨むが、ダイサクの「始めるぞ。準備しろ」の声に遮られ、何も言えなくなった。
なぜアドバイスをしたか、と問われれば。
この【百人組手】は、イッキが想像する以上にキツイからだ。
立体のノイズが走る。
赤いマフラーをたなびかせ、白い英雄が投影される。今日は50センチほどの縮小版だ。
そして彼の正面には、すでに20体ばかりの【NPV】が立っている。大小様々だが、全部が全身黒タイツのような影っぽい形で、違いと言えば体格と手にしている武器くらいだ。
この構図は、まるでヒーローとザコ戦闘員のようだ。
戦闘員たちは「待ちきれない」とばかりに武器を振ったり左右に揺れたりと、血気盛んな様子で【無色のレイト】をガン見している。さすがに細かい動きまで凝っている。
テレビならばヒーローが勝つのはあたりまえだが、あいにく【ヴィジョンバトル】は年齢もキャリアも関係ない実力主義の世界である。
主人公補正やヒーロー演出という、ドラマチック機能は実装されていない。
「山本、準備はいいか?」
「おう! 始めてくれ!」
ダイサクが端末で最後の操作を終えると、スタジアム――ワイヤーフレーム状の枠線が円状に出現し、動ける範囲が区切られる。
ホログラムの数字が宙に浮かび、回転しながらカウントダウンを始めた。
5 4 3 2 1 GO!
カウントゼロと同時にブザーが鳴り響き、それに合わせて戦闘員たちが一気にヒーローに襲い掛かる――
(あ、やべ)
彼らの動きを見た瞬間、「クリアしてやろう」と意気込んでいたイッキに、ようやく現実が見えた。
そしてケイイチのアドバイスの意味と、なぜ嫌がっていたのにあえてアドバイスをしたのかも、わかった。
この情報化社会が進んだ時代に、珍しいくらいヤンチャ坊主なイッキは、それなりにケンカもしてきた。特に低学年の頃は家庭の事情に触れたら、誰であろうと容赦しなかった荒れていた時期がある。
その頃の経験則が、この状況が非常にまずいことを教えてくれた。
単純に、相手の数が増えたらつらい。それだけだ。
一人を相手にしている間に、誰かがフリーになっている。
一人を倒す間に、ニ、三発は確実に無防備な背中などを殴られている。
そんな苦い負け戦を思い出してしまった。
ダイサクの言った「逃げ場がない」というのも大きい。
いつだったか、多人数相手のケンカは勝てないと学習したイッキは、勝てないと思ったら先制パンチを食らわせて後はひたすら逃げるという新たな戦法を編み出した。逃げながら戦うもよし、逃げ切るもよし。我ながら画期的な戦術だと調子に乗ったものだ。
だが、この戦いは逃げられない。
確かにスタジアムは広く場を取っているが、外側を走るより内側を走って追いかけてくる方が走る距離が短くて済む――スピードのステータスに極振りしていない【無色のレイト】では、逃げてもきっと追いつかれる。
動きはだいぶ洗練されてきているが、それでもイッキはまだまだ【ユニオン】に不慣れである。
休憩を挟まない長時間操作は、慣れていないだけにとても疲れる。そして【ヴィジョン】を思考で操作するだけあって、集中力がなくなると途端に、目に見えて動きが鈍る。
集中しなければ動かせないのに、余計なことばかり考えるようになってしまう。
逃げられないし、逃げても時間の無駄。
むしろ集中力が高い時に戦うべきだ――そう思ったイッキは、その場で待ち構える。
負けはもう覚悟した。
あとは、どれだけの敵を倒すことができるか……
「よし、来い!」
気合充分に、イッキは吠えた。
――山本イッキ、初回【百人組手】の記録、8人。
なんとも順調に、通過儀礼という名の厳しいお約束を味わうことになってしまった。