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ユニオン!  作者: 南野海風
小学校で気に入らない奴をボッコボコにする篇
7/60

05.ユニオンカード!



 日本の少子化現象は進んでいた。

 イッキたちが通う第二小学校も通ってくる子供の減少に伴い、近隣の小学校と合併を繰り返した。今や電車通学するのが当たり前という、広範囲から生徒を集める公立校になっている。

 一クラス平均12人構成で、クラスは1組から4組まで。全校生徒で言うとだいたい三百人弱の子供が通っている。

 かつてはその倍は収容していた小学校は、とかく使わない教室や使わない場所が多くなっている。だがその分だけ子供たちだけの秘密の遊び場――いわゆる秘密基地的なものがいくつか存在するのが面白い。もちろんそのことを先生たちは知っているが、あえて何も言わずに放置していた。


 小・中学校という義務教育間の規模縮小化に伴い、就職関係や商業関係にも多大な影響が出た。

 その中で、子供が少なくなることでじわじわと真綿で首を絞められたのが、お菓子業界――とりわけ十円単位のお金から楽しめる駄菓子方面の問題は深刻だった。

 昔ながらの串に刺したイカやあんず、十円で買えた一口ガムやスナック菓子などの姿はなくなり、人気のある一部しか生き残れず、大人が「懐かしい」と言える定番のお菓子の多くが時代の波に消えていった。


 どっちが先だったのかはわからない。

 だが、最初から【ユニオン】に「カード機能が使えるようになっていた」という点を考えると、発売前から提携は済んでいたのかもしれない。


 【ユニオン】を作った大人たちは、衰退の一途を辿る「お菓子」に着目していた。

 それは初期コンセプトとして、「【ユニオン】は子供の玩具」という意識が強かったからに他ならない。


 そして、【ユニオン】の爆発的流行を確信し、最初からそれをやることで更なる参加企業が集まることを期待していた。


 ――まあ、裏事情やお金の話は大人に任せるとして。


 子供たちに重要だったのは、「お菓子を買えばカードが手に入る」という事実だけだった。





「イッキ。これからダイサク君たちとカード買いに行くんだけど、一緒に行かない?」


 先生が教室を出て行くと同時に、ケイイチはイッキに声を掛けた。色々と掛ける声は考えたが、結局ストレートなのが一番だろうと判断を下した。


「カード? ……俺、金ねえよ」


 おまえ知ってんだろ、みたいなシケた顔で、イッキは唇を突き出した。


「そのことなんだけどさ」

「なんだよ。金ならねえし、おまえらにタカる気もねえぞ。金はなくても心は金持ちだからな。なめるなよ」


 言葉の意味がわからない。ケイイチはそこには触れずに話を進めた。


「いつか【ユニオン】を買うから、って貯金してただろ? 丸々浮いたんじゃないの?」


 いつだったか本人がそう言っていたのを、ケイイチはちゃんと覚えていた。イッキの小遣いは1日10円で、それをコツコツ貯めているのだと。「いつか必ず【ユニオン】買ってやる!」と、3年間貯めても買えない気長な計画を立てていた。

 イッキの目がだんだん大きくなる。


「……忘れてた。俺金持ってんじゃん。俺金持ってんじゃん!!」


 遠巻きに様子を見ていたダイサクとカイジが、イッキの声に反応して飛んできた。


「マジかよイッキ! おまえが金持ってるとか信じらんねえ!」

「うるせーな! あって悪いか!」

「いくら持ってるんだ。レア度Gなら20枚セットくらい安く買えるぞ」

「えっと……わかんねえ。姉ちゃんには毎日貯金箱に入れてくれって頼んでるけど……」


 イッキは、自分の小遣いについてはもう忘れていた。

 額が額だけに、いくら後先をあまり意識しないバカなイッキでも、意識すると道のりの遠さがつらすぎたのだ。

 3年間貯めても買えないことくらい知っていたし、自分が買えるようになる頃には【ユニオン】とは別のゲームが流行り出しているかもしれないことも予想ができていた。


「僕が立て替えて、後で回収する。それでどうかな?」

「それはダメだ。金の貸し借りは禁止されてるから」


 だからよ、とイッキは立ち上がった。


「速攻で帰って金取ってくるからよ! 先行っててくれ!」


 宣言したイッキはとても嬉しそうだった。





 昭和から平成への移り変わりから数多くの駄菓子屋が潰えるも、【ユニオン】発売からは駄菓子を扱う店が増えるという現象が起こっている。

 消えていった昔ながらの駄菓子も復刻し、新しい駄菓子も生まれ、まさにお菓子の全盛期が始まっていた。


 この現象は、【ユニオン】で使えるカードがお菓子に封入されていることから始まった。


 【ユニオン】で使えるカード――【ユニオンカード】を購入する方法は、現在三種類ある。

 一つ目は、公式に発売されている【ユニオンカードパック】を買う。

 二つ目に、カードが封入されている商品を買う。

 三つ目に、該当商品だがしに入っている「当たり」を引いて、【ユニオンカード】取扱店で交換する。


 お菓子のブームは、ニと三に該当する。

 実はこのお菓子とコラボレートしたカードは、一で買える既存のカードとはかなり毛色が違う。というのも、だいたいがその購入したお菓子にちなんだカードが入っているからだ。

 厳密に区別できる「お菓子カード」と「駄菓子カード」は、役に立たない変なカードも多いが、使い勝手の良さからメジャーとなっているカードもある。





「……つまり俺は何を買えばいいんだ?」


 多くの駄菓子屋が、【ユニオンカード】取扱店と一緒になっている。いや、広義的な意味で駄菓子もカード取扱の範疇にあるのかもしれない。

 いったん家に帰って小遣いを持って自転車を飛ばして合流したイッキに、大雑把な説明をするケイイチ。


 二人の目の前には、設置されたホルダーに掛けられたカードが壁一面に広がっていた。二人の身長では届かないような上にあるものなど、もはやなんのカードなのか見ることもできない。

 これらは中古カードだ。

 今や世界規模で愛好者がいる【ユニオン】のカードは直接売買も行われており、中には一千万円という子供の小遣いでは絶対に手が出せないという価値を持つカードも存在している。第二小学校から最寄のこの店でも、一番高いカードは五万円もするものがある。結構なレアカードだ。


(一度に多く説明しても難しいか)


 簡単にカードの説明をしたケイイチだが、イッキはどうもピンと来ていないらしい。

 【ユニオンカード】を集めようと思えば、どうしても金が掛かる。それゆえにイッキはその方面の知識さえ、意図的に遮断していた。知れば知るほど貧乏が憎くなるから。

 ケイイチは、壁に掛けられているカードパックを二つ手に取った。


「今イッキに必要なのは、この二つかな」

「何のカードだ?」

「レア度G属性(エレメント)カードパックと、同じくレア度G強化(ブースト)カードパック」


 レア度はSクラスまであり、Gが一番下になる。ケイイチが手に取ったパックは一般的にありふれた――コレクターにとってはクズカードである。

 だが、実用面で言えば決してバカにできるものではない。

 これで一通りのカードの基礎が学べるし、まだカードをセットしたことがない初心者が使えば、その効果に驚くだろう。


「僕もここから始めたんだ。この二つがあれば当面は買わなくて済むし、今とは違った戦い方ができるようになるよ。これから上のクラスのカードは扱いが難しくなるから、この辺から慣れた方がいいよ」

「ふうん……」


 イッキはケイイチの手から二つのカードパックを受け取り……目を見張った。


「お、おい……これ中古だよな……?」

「そうだけど」

「……どっちも千円以上すんじゃねーか……!」

「え? でも20枚セットだから絶対に得……あ」


 問題はそこにないことをケイイチは悟った。


「……お金、足りないの?」

「……3枚だ。今のところ、俺はこの店で3枚しか買えない」


 3枚。

 この店の最低金額のカードは1枚50円からだから……


「150円しかないの?」


 イッキは頭を抱えた。


「お、俺はなんであの時コーラ飲んだんだ……!」

「おい待てイッキ! 使ってるじゃん!」


 ふざけんなこの野郎貯めてるんじゃなかったのか、と。ケイイチは親友の愚行に怒りさえ覚えた……が、今更そんなことを言っても始まらない。

 コーラを飲みたい時もあるだろう。子供だって飲みたい時はあるだろう。

 ケイイチはそう己に言い聞かせて怒りの感情を抑える。こんなところでケンカを始めても店に迷惑なだけだ。


「なんとかその額で買えるのを買うしかないね」

「そ、そんなのあるのか?」


 あるかバカ野郎、とケイイチは思わず言いかけて、暴言を吐こうとした口を一度噤み、改めて口を開く。


「あるにはあるけど……」


 そもそも、カードを直で買うことになる【ユニオンカードパック】は、確かに高いのだ。5枚で千円という、1枚200円換算となる。

 ――だがこれは偽造防止処理や、【ユニオン】にデータをインストールするための記録媒体にコストが掛かった結果で、カードに施された特殊加工を鑑みるに値段的にはかなり安いのだ。

 まあ、子供の小遣いからすると、高いとしか言えないが。


 こうなると、手が出せるのはもう片方のカードになる。


「お菓子カードしかないね」


 簡単に言えば、【ユニオンカードパック】は無駄の無い実用性重視のカードが入っている。

 対するお菓子カードは、いわゆるネタ的なものが多い。もちろん使えるものもあるが、実用的なカードほど、やはり市場価値が高くなる。使える分だけ人気があり、需要があるからだ。

 イッキが見ていた「1枚50円」も、実はお菓子カードのバラ売りである。

 そして50円で買えるのは、ネタ的なものばかりの役に立たないカードがほとんどである。


 果たしてカードは見つかるだろうか。

 ケイイチはカードの壁を前に、かなり不安になっていた。





 二人で根気強く、バラ売りのお菓子カードを見ていく。

 どれもこれもネタ、視覚効果のみ、装飾系と、実用的なカードが見つからない。


「――おいイッキ! まだ決まんねえのか!?」


 一足先に奥で遊んでいたカイジが顔を出した。

 ダイサクとカイジは、先に奥のバトルルームと呼ばれる広場へ行っている。ここでは【ヴィジョンバトル】とはまた違う遊び方ができるのだ。

 店に入ってすでに30分が過ぎていた。カイジが声を掛けてくるのももっともである。


「ごめん、まだ」


 振り向きもせず躍起になってカードを漁っているイッキに代わり、ケイイチが首を振ってそう答えた。


「……早くしろよ」


 それだけでだいたい察したらしく、カイジは多くを語らず顔を引っ込めた。

 そう、すでに30分が過ぎている。

 バラ売りのお菓子カードの数は膨大で全部見るのも大変だが、ダブりも多いので一通りはもう見ただろう。


「イッキ、そろそろ決めよう」

「決めようっつったって……俺何買えばいいの?」

「これ」


 と、ケイイチが差し出したのは、1枚100円のカードだ。イッキはそれを受け取る。


「……【黒い稲妻】……」


 それは「黒い稲妻」という、今や世界的メジャーとなったお菓子のカードだ。これは使用すれば動作に併せて稲妻を発生させる、ほぼ装飾系のカードだ。

 あくまでもほぼ装飾系(・・・・・)である。

 分類も【装飾品アクセサリーパーツ】ではなく、【属性エレメント】となっている。

 雷の視覚エフェクトをまとうだけ、というのが多くの者の認識だが、組み立てた【ヴィジョン】によっては違う意味を持つことになるという、一味違う使い方ができるのだ。


「君の【無色のレイト(フリーレイト)】なら、たぶん使える」


 イッキは言葉の意味を理解すると、ハッと息を飲んだ。


「おまえ気づいてるのか!?」

「あたりまえだろ」


 ――イッキの【無色のレイト】は、実は人型ヒューマンタイプではない。


「ま、君が得意げな顔でダイサク君とカイジ君に説明するまでは、僕からは何も言わないでおくよ」


 そもそもケイイチがそれに気づいたのは、長く長く何度も何度もイッキと戦う機会があったからだ。むしろあれだけやりあっておいて気づかない方がおかしい。


「……ってことは、俺の武器にも気づいたのか?」

「当然」


 イッキは未だずっと隠し通しているが、ケイイチはもういくつか候補は考えている。どれかはきっと当たりだろう。


「チッ……嫌な奴だな」


 そう言ったイッキは、なぜか笑っていた。


「ケーチが言うならこれにするわ。使い方教えろよな」





「それとこれなんだけど……」


 ケイイチはさっき探し当てたカードを1枚、ホルダーから外した。


「ちょっと気になってるんだけど。試してみない?」

「何のカードだ?」


 イッキがカードを受け取る。そこにはこう書かれていた。


「『1粒300メートル分だけ速く動ける』?」


 どうやらキャラメルのお菓子カードらしいが……探したケイイチと同じく、イッキもいまいち効果がよくわからなかった。


「消耗型の強化ブーストカードだと思うけど」


 従来の強化カードは、最初から最後まで効果がずっと続く。いわゆるステータスの底上げを行うものだ。

 力が強くなったり足が速くなったりと、種類も様々存在する。

 カイジの【断罪の騎士(ウル・ナイト)】が、あそこまで重装備なのにどうして速く動けるのかと言えば、強化カードをセットしてあるからに他ならない。


 使用方法も使用タイミングも考えなくていい常時強化という効果は、今のイッキにもっとも役に立つカードと言える。特殊な動作も使い時も考える必要がなく、今の【無色のレイト】がそのまま強くなるだけだからだ。

 なんなら今のバトルスタイルのまま、セット上限すべて強化カードで埋めても強いかもしれない。そういうランカーもいるにはいるのだから。


「つまりバトル中これ食べたら300メートル分だけすばやく動けるってことか?」

「たぶんそうだろうね」


 絵は完全にキャラメルだし。これで消耗型の強化カードなら、使用方法はきっと「口の中にキャラメルを放り込む」が正解だろう。


「50円か……買えるんだな……ちょっと試してみようかな」





 ハズレも多いお菓子カードだが、意外な効果を持つカードが多いのも事実。


 まるで多種多様な味を楽しめる駄菓子そのもの。

 初めて食べる、味も想像できないお菓子にわくわくするような。


 役に立たないと言えばそれまでだが、その「役に立たない」というセリフさえも、製作側の遊び心の上にあった。









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