58.VS笠原シロウ! 音!
カウントダウンが始まる。
ゆっくりと愛刀【獅子威】を抜き払う笠原シロウのヴィジョン【四谷来明】に対し。
イッキの【無色のレイト】も、構えた。
(チッ……やべえな)
笠原シロウは内心舌打ちする。
一応、イッキの過去の動画はチェックしてきた。去年のWFUBの、あの英雄殺しの団体戦だ。
あの頃でもそれなりにキツいのに、この構え一つ取っても、あの頃よりレベルが上がったことを物語っている。
最初から楽だとは思っていなかったが、ここまで強いとは思っていなかった。
何しろ、隙がない。
どこに攻撃しても確実にカウンターが飛んでくる――そんな悪い未来予想しか見えないのだ。
さっきのクソ生意気な「刀使いに負ける気がしない」という発言も、あながち誇張でも自信過剰でもない気がしてくる。
左肩を前に、刀身を寝かせるようにして脇に構える【四谷来明】。
それを見据えるイッキも、同じようなことを考えていた。
軽い性格に反し、笠原シロウは割と堅実な操作をする。何かに特化しているのではなく、あえて全局面に対応できるよう調整し、腕を磨いてきた。
特化型は、偏った特性のおかげで強くなった気分にはなれるが、実際強くなっているわけではない。苦手な局面はとことん苦手なままなのだ。
なんだかんだ言って、「平均的に強い」というのは、どんな相手にも対応できるということだ。
そして、このスタイルでランカーまで到達しているなら、動きの全てが洗練されたものであることは疑いようがない。
双方が一瞬にして理解した。
この試合は、数秒で終わる、と。
刻む数字が少なくなっていく。
それに比例するように、互いの集中力も高まっていく。
意識するのは、踏み足。
わずかでも相手の攻撃の間合いをはずし、己の間合いを占領することを意識し――
カウントが0になると同時に、二人は躊躇なく飛び出した。
読み勝った、というよりは、イッキは「読み」というものをほとんど考えない。
つまり、先んじたのは笠原シロウだった。
拳の間合いに、入っている。
左肩を前にした構えのまま、【無色のレイト】は左側――【四谷来明】のほぼ背後に位置した。
要するに、背後を取られて完全にイッキに有利な状況になったということだ。
悪手、笠原シロウの失態――と見るものが大多数ながら、当人たちはよくわかっていた。
この形は、むしろ笠原シロウの狙い通り。
踏み込んだ位置も狂いなく、体勢も1ミリたりともズレはない。おまけに【無色のレイト】の位置も想定通りだ。
出来過ぎな程に、この一手は完璧だった。
脳裏に過ぎる一瞬の迷い――「イッキがあえてこの形にした」という可能性を感じるも、ここから繰り出される攻撃に躊躇いはなかった。
この距離、この速度、この一手で迷えば、確実に負けるからだ。
【四谷来明】は、踏み込んだ左足を、すり足で足一つ分だけ先に送った。遅れて身体が付いていく。
だが、右足は残す。
構えの反転――脇構えから逆脇へのスイッチ。
すり足で拳の間合いをわずかに外し、かつ己の……刀の間合いに入り、更に背後を取らせたことで攻撃を誘い込む。
イッキのスピード、反射神経なら、確実に攻撃に来るだろう隙間のような誘い込みに――果たしてイッキは望む通りに反応していた。
ほぼ同時である。
眼前で爆発する白い炎と、【四谷来明】が逆胴に振るう刀。
相手の攻撃を避けながらの、刀による攻撃が成立した。
違和感、ではない。
これはむしろ、起こるべくして起こったことである。
「刀使いに負ける気がしない」という言葉を、実証したのだ。
拳一発分の速さで振るわれた愛刀【獅子威】は、しかし白いヒーローの胴を駆けることはできなかった。
左の掌で止められた。
【無色のレイト】の両手は機械である。肉体なら斬られても仕方ないが、機械パーツならそう簡単に斬られることはない。何せ金属製だから。
イッキは攻撃を読んでいた。本能的に。
そして更に呼んでいる。本能的に。
【四谷来明】の体制、ここから繰り出される一刀に、斬鉄は起こりえないことを。
あの高等技術は、数ミリの狂いもない目算があって初めて成立する、もはや神業と言える技。
構えがスイッチする瞬間、ほんの一瞬だが、どうしても【無色のレイト】から視線を外すことになる。
本当に刹那の一瞬の話、ただ首を振るだけの一瞬のことだ。
しかしその一瞬こそ、斬鉄を否定する行動だ。
狙いが数センチ外れるだけで成立しなくなるのだ。
それほど難しいからこそ、神業なのだ。
目を離した一瞬、相手が止まっているとは限らない。いやむしろ、構えをスイッチする必要がある相手と闘っているのであれば、相手は確実に動いていると考える方が自然だ。
笠原シロウがベテランであればベテランであるほど、その神業が成立しないことを熟知している。だから来ないと読んでいた。
――ちなみに、そもそも笠原シロウは斬鉄ができるのか、という疑問は度外視である。
刀を止められた。
半歩踏み込めば拳の間合いに入るというこのシチュエーションで、一撃必殺を失敗した。
笠原シロウは笑った。
やはり奥の手を使うべき相手だった、と。
「――【雷音】」
ドン!!
言葉に応え、愛刀【獅子威】の美しい白刃に、刀身に青白い雷が発生した。
(機械だろ? 知ってるっつーの)
WFUBの動画で見た通りだ。腕が機械であることは知っている。
そして機械は、雷に滅法弱いことは、常識だ。
ただのガチンコ勝負なら、さっきの時点で決着はついた。笠原シロウの負けである。
しかしこれは【ユニオン】だ。
超常の力を実現するカードを使用してあたりまえのゲームだ。
笠原シロウが使用したのは、ただの【属性カード】である。任意で発動でき、武器や防具にまとわせることができる。
属性攻撃は、決定打になることは少ない。だが弱点を突けたとなると話は別だ。
魔法使い型ではないので威力はいまいちだが、しかし、機械にはよく効く。
少なくとも、【無色のレイト】の両腕のパーツが破壊されたか、ショートしてしばらく使えなくなる。もちろん吹き出す白炎だけではなく、単純な握る・広げるという動作も効かなくなる。
不意の雷撃に襲われ、【無色のレイト】は一歩下がった。
なんとも半端な逃げ方だ。
刀の間合いから外れてさえいない。
驚いたのかなんなのかわからないが、まるで素人並の反応だ。
「チッ」
笠原シロウは、本当に舌打ちした。
――この程度でおまえは打ち止めか。
そう思うと、怒りと苛立ちがこみ上げた。
同レベルの死合いができる相手と見積もっていたのに、とんだ期待はずれである。
笠原シロウは容赦なく、刀を振り上げた。
「だから言っただろ。刀使いにはもう負ける気がしねえんだ」
最後の一刀で、勝負は決するはずだった。
「雷による機械パーツの破壊なんて、何回やられたと思ってやがる。弱点をそのまま残しとくほど俺たちは甘くねえぞ」
――これも、最初から【無色のレイト】に仕込んでおいたギミックである。
【無色のレイト】のボディが、黒く染まっていた。正確には白かった部分が黒くなり、そして時折りバチッバチッと電気が走る。
無色、という言葉には意味があった。
それは、属性攻撃を受けたら、その属性に変わるというギミック。
【無色のレイト】の着ているスーツの素材に【属性同調素材】というものを選んだ結果である。
動かないはずの左手で、再び刀を止め。
右の拳で、がら空きになっている【四谷来明】の腹に三発叩き込んだ。
お粗末な回避などではなく、
誘われたのだ。
笠原シロウが自覚した時には、バトルは終わっていた。
あまり意味のない豆知識
山本一騎は相変わらず、何も考えずに操作していたりします。本能や反射神経とは恐ろしいものです。




