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ユニオン!  作者: 南野海風
小学校で気に入らない奴をボッコボコにする篇
6/60

04.屋上で!


 マフラーが舞い上がる。

 精悍な顔立ちに掛けたサングラスの奥に、薄く見える相貌はぼんやり白の光を発している。白い全身スーツはラバー素材の厚くて丈夫そうな質感だが、それを差し引いても彼は細かった。

 モデルネーム【無色のレイト(フリーレイト)】は、構えていた。

 一部の隙も見せない半身、左足を前にした力強い型で、即座に動けるよう腰に引いた右拳と防御にも攻撃にも使えるようゆるく上げた左手。完全に臨戦態勢である。


 対するは、身長2メートルを超えようという巨人。更に巨人は身の丈を超えるような巨大な剣を肩に担いでいた。

 全身を銀色に輝く鋼鉄のフルアーマーで固めた騎士のような格好で、首から上はトサカのような毛並みが特徴的なフルフェイス。

 モデルネーム【断罪の騎士(ウル・ナイト)】は、裁きの剣を振り下ろそうとしていた。


 ウェイトも体格差も顕著である。

 丸腰の【無色のレイト】に対して、【断罪の騎士】は大剣を持っている。

 見た目だけ取れば、勝負はすでに見えている。


 ――【断罪の騎士】が動く。

 重そうな見た目に反して一歩は軽く、二歩目には加速し、三歩目には最大速度をもってまっすぐ【無色のレイト】に肉薄する。

 そして、その予想外に軽い動きさえも凌駕し、残像を残すような速度で振り下ろされる断罪の剣。


 勝負は一瞬だった。


 一撃必倒の刃は、チリ、と【無色のレイト】の肩に掠めた。

 肩口から袈裟斬りの軌道を描いていた断罪の剣は、外側にほんの二歩分移動した獲物を、捉え損ねたのだ。


 見切りである。

 それもミリ単位の紙一重を意識した、完璧に近いカウンター。


 避けると同時にモーションは始まっている。

 拳を引いた右肩を掠って通過した刃など気にしていないかのように、【無色のレイト】は小さく身体を捻り、溜める。

 全身の筋肉が、右拳の一撃に集束する。


「うおおおおおおお!!」


 吼えたのはプレイヤーだ。

 だがその気迫は血も脈もないただの映像にも伝わる。心なしかサングラスの奥の光が強くなり、声に呼応し、【無色のレイト】も声なき声を叫んでいる。


 放たれる一瞬に白い炎をまとった右拳は、断罪の剣の軌跡を塗りつぶすように、横一文字に駆けた。


 空間に尾を引く白い炎。

 【断罪の騎士】の鳩尾、鎧の上から背面まで突き抜けた白い炎(・・・・・・・・)を追うように、超重量の【ヴィジョン】も吹き飛んだ。


 カウンター、そして内部破壊を可能とする衝撃属性の渾身の一撃。


 これで勝負ありだ。





「なあ、山本はカード使わないのか?」


 6年3組で最も【ユニオン】プレイヤー暦が長い宮田ダイサクが問うと、なぜか新山カイジが「ムリムリ」と挑発気味に首を振る。


「イッキ、バカじゃん? カードなんか使えねえじゃん」


 安っぽい挑発だな、と思う吉田ケイイチの隣で、やはり山本イッキは激怒した。


「うるせーな! またさっきみたいにブッ潰すぞ!」


 カイジは「やってやるよ! つか次は負けねえし!」と非常に乗り気だ。まあだからこそ挑発したのだが。


 ――イッキが【ヴィジョンバトル】デビューを果たして、数日が過ぎていた。


 家が貧乏なのはクラスのみんなが知っている。いっつも【ヴィジョンバトル】を羨ましそうに観ていたイッキであるからして、誰の目にも非常にわかりやすかった。

 そんなイッキが【ユニオン】を持って登校してきたのだから、みんな驚いたものだ。


 遊ぶ玩具を揃えてきたのだから、あとはもう簡単である。

 ただ遊ぶだけだ。

 ただただひたすら遊び倒すだけだ。


 イッキらがいつもいるのは、第二小学校の屋上である。

 ここなら通常サイズでのバトルもできるし、適当な広さがあるし、ビニールハウスのような強化プラスチックの屋根も張ってあるので雨の日でも安心だ。

 もちろん6年3組だけではなく、よそのクラス、違う学年のプレイヤーたちも思い思いに遊んでいる。ここが子供たちが【ユニオン】で遊ぶための場になっているのだ。


 デビュー戦から数えて、イッキはまだ一度も負けていない。

 特に、デビュー戦を飾ったのがカイジで、そこら辺から因縁が生まれている。カイジとしてはデビュー戦の相手には必ず勝ちたかったのだろう――通過儀礼として。デビュー戦は負けるのが普通で、むしろ勝つ方が珍しいのだ。

 その説は当たっているし、実はイッキも例外ではないのだが。

 あの特訓終了から、イッキは更に負けを重ねて、現在ケイイチに31連敗中だ。


 もっとも、イッキと一緒に特訓したケイイチから言わせてもらうと、カイジだってまだまだ動きが初心者だ。武器である超重量にして巨大な【大剣】を振り回しているだけで、それでは技とも言えないただのごり押しに過ぎない。闇雲に飛び込むだけだなんて愚の骨頂だ。


 それで勝てるなら苦労しない。


 今やイッキは、ケイイチでも勝つのが難しい相手になっている。もうすぐ追いつかれるだろうな、というのがケイイチの予想だが……

 むしろケイイチはその時を待っていた。

 他のことはわからないが、【ヴィジョンバトル】に限っては、自分より強い相手と戦うことは己の糧になると信じているからだ。自分の弱点を相手が教えてくれるし、相手の戦法を一つのパターンとして経験し、学ぶことができる。

 いろんな相手と戦って経験を積むこと。それは絶対に無駄にならない。

 いかにイッキがケイイチの弱点、隙、動きのクセを教えてくれるのか、楽しみにしていた。


「吉田、おまえのアドバイスか?」


 再びバトルを始めたイッキとカイジは放っておいて、ダイサクはケイイチに話を振った。


「カードのこと? なら僕じゃなくて、佐藤天伊のアドバイス」

「砂糖あまい? ……あ、佐藤か。というと、あのハンドレッドランカーだよな?」

「そう。【天草ミロク】のプレイヤー」


 ケイイチは、「初心者育成プログラムをやってみた動画を観たんだよ」と説明する。


「その中で言ってたんだ。カードはあくまでも助長であってメインにはするな、って。たぶん格闘型のセオリーなんだと思うけど」

「カードは助長ねえ。……根本的に強くなりたければカードじゃなくて腕を磨けってことか」

「そういう意味だろうね」


 ダイサクは密かに納得する。

 単純単細胞一直線のバカであるイッキの戦法なんて、まず猪突猛進しかないだろうと思っていたのだ。何も考えずカードを装備して、それはそれは本能に従っているだけのめちゃくちゃな戦い方をするだろうな、と。

 だが蓋を開けてみれば、ちゃんと攻撃と防御を意識した手堅いスタイルだ。その丁寧な動きは本人の雑さとは似ても似つかず、初心者にありがちな変なクセもない、かなり綺麗な操作をする。


 何かしらのアドバイスでも受けて実践訓練でもしているのなら、すぐにほころびが見えるものだが、イッキはそのスタイルをちゃんと自分の物として戦っている。

 バトル慣れしていない初心者の動きではない、とは思っていたが。


 なるほど目標のランカーがすでにいるのかと、ダイサクは分析した。


「じゃあ今、山本はカードをセットしてないのか。使わないだけかと思ってたが」

「たぶんセットしてないよ」


 そう、イッキはまだカードに手を出していない。

 唯一セットしているのは、ケイイチが上げた【装飾品・マフラー】のみだ。それもレア度Gという最低ランクの、何一つ役に立たないただの【装飾品アクセサリー】カードである。


「でも僕は、イッキはそろそろカードに触れてもいいと思ってる」


 ダイサクもカイジもカード――【ユニオンカード】というものを使用して【ヴィジョン】を強化している。ケイイチもイッキと戦う時以外はカードを使っている。

 【ユニオンカード】は、【ヴィジョンバトル】の命とも呼べる要素だ。

 これを加えることで戦法は劇的に変わり、いつもは勝てない相手に楽に勝つ、という現象だって普通に起こせるようになる。


 どこまでカードに頼って腕を磨くかはイッキ本人が決めればいいとして、ケイイチとしては早めに慣れてほしい。

 たとえイッキはカードを使わなくても、普通の対戦相手は普通にカードを使うのだ。ずるでもなんでもなく、それが普通なのだ。


 カードを知るということは、相手の戦法ややりそうなことに予測を立てられる、ということである。

 カードを使わない戦いがスタンダードになるのはいいだろう。それこそイッキの自由だ。


 だがカードを度外視している現状は、あまり良いとは思えない。後々の苦労を考えると絶対に勧められない、とケイイチは思っていた。

 カードとは、あくまでも【ヴィジョンバトル】と共存関係にあるものだ。早めに触れさせて、カードを使わない戦いが得意になる前に慣れさせたい。「カード使うバトル苦手」なんて意識は持って欲しくない。





「――おらー! いつまで遊んどるんやー! はよ教室来んかい!」


 その威勢の良い声は、バトルで騒ぐイッキとカイジ、静かに話すケイイチとダイサクをハッとさせた。


「やべっ、関西だ!」


 イッキとカイジは慌ててバトルを中断し、【ユニオン】を外して走り出す。

 それとは対照的に、ケイイチとダイサクはのんびり歩き出す。


「なあ吉田、それなら今日の放課後、山本連れてカード買いに行かないか?」


 ダイサクの言葉は、単なる遊びの誘いではない。家が貧乏でほとんど小遣いを持たないイッキを知っていれば、そう簡単には言えない言葉だ。

 だがダイサクは、それを理解した上で話している。

 彼としても、ケイイチと同じように、イッキには早めにカードに触れて欲しいと思っているからだ。


「そう……だね。それもいいかもね。じゃあ僕から誘ってみるよ」


 イッキはバカだ。下手に誘えばケンカになるので、慎重に話を進めねばなるまい。


「随分のんびりしとるな、お二人さん?」


 焦ることなく歩いてきた二人を半眼でじろりと睨むのは、「関西」こと萩野ナトリ。イッキたちが小学6年生に進級した折、関西方面から転入してきた女の子だ。

 今時珍しくブランドやファッションや化粧に興味を示さない古い世代の小学生で、明るく元気な性格からすぐに人気者になった。


「まだ間に合うだろ」


 ダイサクが言うと、ナトリは肩をすくめた。


「前科モンが疑われるのはしゃーないやろ?」


 ――イッキたちはすでに、バトルに夢中になりすぎて授業時間をぶっちぎる、というありがちな事件を起こしている。


「山本君のせいやからな。責めるなら山本君責めてや」


 ずっと欲しがっていた【ユニオン】を手に入れ、ついにデビューも果たした。

 単純に、イッキはしゃぎすぎたのだ。カイジはムキになりすぎた。そしてケイイチやダイサクは、そんな彼らを放っておいて戻るのは薄情な気がして、付き合ってしまった。

 その結果、先生に頼まれて呼びに来たナトリに大目玉を食らった、というわけだ。


「許してやってよ。もうすぐ落ち着くだろうからさ」

「いや吉田君も同罪やろ? 君も同罪やで? 無関係ちゃうよ?」

「まあまあ。はいはい。行こう行こう」

「なんやー。押すなよー」


 ケイイチは笑って誤魔化し、ナトリの背中を押して屋上を後にした。









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