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ユニオン!  作者: 南野海風
中学生篇
58/60

56.VS中村シュウジ!  実!





 すべてに意味がある。

 ベテランになればなるほど、すべてに意味がある。


(そういや槍使いとやるのは初めてやな)


 ナトリは視覚から得られる情報を拾い、必死に戦い方を模索していた。

 部長・中村シュウジのヴィジョン【呀流ガル】は、槍を持っただけのただの裸の兄ちゃんである。見た目では。それ以外に言いようがない。


 強い者ほど、装飾の類を排除し、利便と利点を求めるものである。

 余計なものを排し、それこそぜい肉を削ぐようにして効率を追求する。


 この裸の槍使いは、そのタイプだ。

 服――防具が不要という戦闘スタイルを追求した結果が、これなのだ。この代表戦において、わざわざ出てくるような相手、それも電脳部部長が弱いわけがない。変なこだわりのせいで弱体化するわけがない。


 そう考えるなら、おぼろげに戦い方が見えてくる。


(速度重視の一撃必殺)


 とにかくスピードが速く、そのスピードを活かして槍で急所を突くという速攻……という戦法を取る可能性が高い、と考えた。

 というか、軽量級でスピードの出る【ヴィジョン】のほとんどはそうだ。


 恐らく、当たらずとも遠からずだろうが。

 しかしそれだけで納まらないのが、ベテラン勢の恐ろしさだ。

 「ただ速いだけ」では通用しないのがランカーの世界で、それを垣間見ている以上は「速度」に付加するプラスアルファを考えるものである。――例外としては「操作している本人さえ見えない速度領域」という無茶なレベルまで突き抜けないと、速度だけを長所にした勝負に勝機はない。


 カウントダウンが、ついに10秒を切った。

 体格だけ見れば圧倒的な差がある赤鬼と普通の兄ちゃんは、それでも特に構えることなく向き合っていた。





 試合は6秒で終わった。

 速度重視型なら、秒殺など大して珍しくもない結果である。


 だが、そのたった数秒の試合に凝縮されたテクニックは、見ている者を魅了するに足るものだった。





 カウントが0を刻むとともに、気楽に立っているだけの槍使いの姿が掻き消えた。

 かなりの速度の突撃。

 5、6メートルほどの間を一気に詰める。

 輝く銀の槍を輝かせて最短距離を一直線に駆けるその姿は、さながら閃光のように光の尾を引いた。


 だが、正面からの速攻など、読める手である。特に槍を使うとなれば、武器によっては相手の攻撃範囲の外から一方的に攻撃が可能だ。

 そして狙うは人体急所への突きだ。そこ以外ありえない。……そういう心理の裏を掻いて別の場所を狙うという手もあるが、それにより相手の反撃を受ける可能性を考えると、初手はやはり一撃必殺を狙うのが妥当なのだ。

 人体急所以外への攻撃で一撃で倒せる可能性は低い。しかし相手の反撃の規模がわからない。中にはその反撃が一撃必殺となるカイジの【断罪の騎士(ウル・ナイト)】のようなカウンター型もいるのだ。


 赤鬼は、当然そう来るであろう初手に反応し、動いた。

 手にした金棒を、緩慢とも言えるほどゆったりと振り上げると――


  ゴォッ!!


 見えないほど早く振り下ろされた鉄棒は、風を切るどころか、風を潰すような音を立てた。


 今のただの振り下ろした金棒は、一種のテクニックである。

 先に見せた「わざと遅くした」振り上げで、【呀流ガル】の接近を誘った。「このくらいの速度でしか動けない」という隙を見せたのだ。

 わざと懐を空け、そこに飛び込んできたら、予想だにしない速度で振り下ろされる金棒が当たる。この体格である、1回当たれば致命傷だ。


 ナトリの【焔魔エンマ】は、見ての通り、力が強い。重量級と言われる、速度は出ないが力が強いというタイプだ。

 確かに走れば遅いし、速度で勝負すれば目も当てられない結果になる。


 しかし、その力を構成する肉体は、決して飾りではない。

 速度は遅いが、攻撃速度はそれに比例しない。

 攻撃を繰り出すための無類の力があるからだ。特に力任せではなく、その力を「技」として収束し、全身の筋肉を使うような攻撃を繰り出せば、それこそ有り余る力は攻撃速度となる。

 ナトリは人体構造も考えている。

 力だけに頼らず腕だけで振らないので、だからこそ信じられないような攻撃速度が出る。





 タイミングは合っていた。

 振り下ろされた金棒を掻い潜って攻撃を、などと動いていれば、【呀流ガル】は確実にやられていた。


 というか、確実に当たるはずだったのだ。


 あの突進速度で急停止するのは不可能なのだ。

 いくら映像とはいえ、体重も設定されている以上、カード等の例外を除いて慣性の法則や物理法則は無視できない。


 そう、あの速度で急停止は無理なのだ。

 一直線に走る方向をわずかに微調整するとか、前に大きく跳ねて大掛かりな回避行動を取るとか、金棒の一撃を回避する方法に「停止」だけはありえない。


 ――だが、誰もが目を疑う反応は、ここで起こった。


  ボッ!


 奇しくも風を潰す【焔魔エンマ】の金棒の音と重なるように、【呀流ガル】の風を叩く音が重なった。


「「翼!?」」


 観戦している一年生たちが驚いていた。

 

 そう、翼である。

 【呀流ガル】の背中から出現した橙色の翼は、そのものの色ではなく炎のように燃えて模様を変えていた。

 左右に伸ばせば2メートルを超えるだろうという灼熱の翼は、一つ羽ばたくことで【呀流ガル】の速度――物理法則をを完全に殺した。

 叩かれた風は衝撃波となって【焔魔エンマ】に吹き、だが重量のせいで白髪をなびかせるだけにとどまった。


 鉄槌は、飛ぶ者には当たらなかった。

 しかもこのタイミング、この距離で停止し、相手の大振りの一撃をやり過ごした。


 つまりカウンターの形になる。


 ――高速からの急停止。

 これが第九中学校電脳部部長・中村シュウジの「多様できる必殺技」だ。





 ただし。

 並のプレイヤーならこれで終わるが。


(やっぱ隠し球あったか!)


 そのい可能性を見出していたナトリにとっては、ある意味想定内だ。

 「裸である理由」を考えた中に、「翼を出すのに邪魔だから」という候補があったからだ。


 ベテランはすべてに意味がある。

 むしろそこに余裕と遊び心がないところが、わかりやすいとさえ思える。


 人にできない動きを【ヴィジョン】にやらせるのは、非常に難しい。

 この速度領域でそれをやった中村シュウジは、かなりすごいのだ。その器用さだけ取ればランカーレベルとさえ言えるかもしれない。


 だが、どんな高等技術も読まれていれば関係ない。





 急停止し、攻撃をやりすごす。

 そして再び全身をぶつけるように突進した【呀流ガル】の槍は、赤鬼の心臓を的確に貫いた。


 ――否、貫いてはいない。


 あまりにも筋肉が硬く厚すぎて、そこまで到達しなかった。

 【焔魔エンマ】の巨躯と筋肉は、見せかけだけの設定ではない。ここまで来れば筋肉そのものが堅い鎧に等しい。同じ重量級ならまだしも、軽量級に近い【ヴィジョン】の突きでは、力が足りない。


 もし感性の法則や物理法則を殺さなければ、速度で増した体重と力で、貫くことはできたかもしれない。


 中村シュウジが読み違えた、というよりは、むしろナトリが読み勝ったのだ。

 突進力のない突きなら致命傷はない、と。むろん首の急所は狙わせないようわずかに逸らしていた。


 中村シュウジが一撃必殺をしくじった、と思った時には、赤鬼は金棒を捨てて槍使いの兄ちゃんを掴んでいた。


 ――グオオオオオオオオ!!


 声はない。

 だが、確かに赤鬼は吠えた。


 強大無比な力に、それを扱う技術が伴えば、攻撃速度は上がり攻撃力も増す。


 あまりにもあざやかに、素早く、そして芸術的なまでに。

 翼が邪魔なんてことを感じさせることもなく、1秒足らずでその形は出来上がっていた。


 掴んだ【呀流ガル】を反転させ、羽交い絞めにして吊るし上げ。

 腹に突き刺さったままの槍など気にせず、そのまま後ろに――折れた。


 急降下にして急落下。

 FPS視点で観ていた中村シュウジの世界は、回った。





 筋骨隆々の赤鬼が決めたブリッジは、美しくも力強い。


 半円を描くような軌道で、【呀流ガル】は見事に頭から叩きつけられた。ドゴンとものすごい音がし、地面に走る蜘蛛の巣状のヒビがその投げ技の威力を物語る。


「バックドロップだ!」

「――アホ! ドラゴンスープレックスや!!」


 ナトリのこだわりは、誰かの間違いを修正せずにはいられなかった。





 たった6秒の試合は、こうして決着を見た。










あまり意味のない豆知識

 その時ナトリは「ワレどもがそんなんやからプロレス業界が寂れるんや! 恥を知れ!」と罵りたい気持ちで胸が一杯でした。



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