56.VS中村シュウジ! 実!
すべてに意味がある。
ベテランになればなるほど、すべてに意味がある。
(そういや槍使いとやるのは初めてやな)
ナトリは視覚から得られる情報を拾い、必死に戦い方を模索していた。
部長・中村シュウジのヴィジョン【呀流】は、槍を持っただけのただの裸の兄ちゃんである。見た目では。それ以外に言いようがない。
強い者ほど、装飾の類を排除し、利便と利点を求めるものである。
余計なものを排し、それこそぜい肉を削ぐようにして効率を追求する。
この裸の槍使いは、そのタイプだ。
服――防具が不要という戦闘スタイルを追求した結果が、これなのだ。この代表戦において、わざわざ出てくるような相手、それも電脳部部長が弱いわけがない。変なこだわりのせいで弱体化するわけがない。
そう考えるなら、おぼろげに戦い方が見えてくる。
(速度重視の一撃必殺)
とにかくスピードが速く、そのスピードを活かして槍で急所を突くという速攻……という戦法を取る可能性が高い、と考えた。
というか、軽量級でスピードの出る【ヴィジョン】のほとんどはそうだ。
恐らく、当たらずとも遠からずだろうが。
しかしそれだけで納まらないのが、ベテラン勢の恐ろしさだ。
「ただ速いだけ」では通用しないのがランカーの世界で、それを垣間見ている以上は「速度」に付加するプラスアルファを考えるものである。――例外としては「操作している本人さえ見えない速度領域」という無茶なレベルまで突き抜けないと、速度だけを長所にした勝負に勝機はない。
カウントダウンが、ついに10秒を切った。
体格だけ見れば圧倒的な差がある赤鬼と普通の兄ちゃんは、それでも特に構えることなく向き合っていた。
試合は6秒で終わった。
速度重視型なら、秒殺など大して珍しくもない結果である。
だが、そのたった数秒の試合に凝縮されたテクニックは、見ている者を魅了するに足るものだった。
カウントが0を刻むとともに、気楽に立っているだけの槍使いの姿が掻き消えた。
かなりの速度の突撃。
5、6メートルほどの間を一気に詰める。
輝く銀の槍を輝かせて最短距離を一直線に駆けるその姿は、さながら閃光のように光の尾を引いた。
だが、正面からの速攻など、読める手である。特に槍を使うとなれば、武器によっては相手の攻撃範囲の外から一方的に攻撃が可能だ。
そして狙うは人体急所への突きだ。そこ以外ありえない。……そういう心理の裏を掻いて別の場所を狙うという手もあるが、それにより相手の反撃を受ける可能性を考えると、初手はやはり一撃必殺を狙うのが妥当なのだ。
人体急所以外への攻撃で一撃で倒せる可能性は低い。しかし相手の反撃の規模がわからない。中にはその反撃が一撃必殺となるカイジの【断罪の騎士】のようなカウンター型もいるのだ。
赤鬼は、当然そう来るであろう初手に反応し、動いた。
手にした金棒を、緩慢とも言えるほどゆったりと振り上げると――
ゴォッ!!
見えないほど早く振り下ろされた鉄棒は、風を切るどころか、風を潰すような音を立てた。
今のただの振り下ろした金棒は、一種のテクニックである。
先に見せた「わざと遅くした」振り上げで、【呀流】の接近を誘った。「このくらいの速度でしか動けない」という隙を見せたのだ。
わざと懐を空け、そこに飛び込んできたら、予想だにしない速度で振り下ろされる金棒が当たる。この体格である、1回当たれば致命傷だ。
ナトリの【焔魔】は、見ての通り、力が強い。重量級と言われる、速度は出ないが力が強いというタイプだ。
確かに走れば遅いし、速度で勝負すれば目も当てられない結果になる。
しかし、その力を構成する肉体は、決して飾りではない。
速度は遅いが、攻撃速度はそれに比例しない。
攻撃を繰り出すための無類の力があるからだ。特に力任せではなく、その力を「技」として収束し、全身の筋肉を使うような攻撃を繰り出せば、それこそ有り余る力は攻撃速度となる。
ナトリは人体構造も考えている。
力だけに頼らず腕だけで振らないので、だからこそ信じられないような攻撃速度が出る。
タイミングは合っていた。
振り下ろされた金棒を掻い潜って攻撃を、などと動いていれば、【呀流】は確実にやられていた。
というか、確実に当たるはずだったのだ。
あの突進速度で急停止するのは不可能なのだ。
いくら映像とはいえ、体重も設定されている以上、カード等の例外を除いて慣性の法則や物理法則は無視できない。
そう、あの速度で急停止は無理なのだ。
一直線に走る方向をわずかに微調整するとか、前に大きく跳ねて大掛かりな回避行動を取るとか、金棒の一撃を回避する方法に「停止」だけはありえない。
――だが、誰もが目を疑う反応は、ここで起こった。
ボッ!
奇しくも風を潰す【焔魔】の金棒の音と重なるように、【呀流】の風を叩く音が重なった。
「「翼!?」」
観戦している一年生たちが驚いていた。
そう、翼である。
【呀流】の背中から出現した橙色の翼は、そのものの色ではなく炎のように燃えて模様を変えていた。
左右に伸ばせば2メートルを超えるだろうという灼熱の翼は、一つ羽ばたくことで【呀流】の速度――物理法則をを完全に殺した。
叩かれた風は衝撃波となって【焔魔】に吹き、だが重量のせいで白髪をなびかせるだけにとどまった。
鉄槌は、飛ぶ者には当たらなかった。
しかもこのタイミング、この距離で停止し、相手の大振りの一撃をやり過ごした。
つまりカウンターの形になる。
――高速からの急停止。
これが第九中学校電脳部部長・中村シュウジの「多様できる必殺技」だ。
ただし。
並のプレイヤーならこれで終わるが。
(やっぱ隠し球あったか!)
そのい可能性を見出していたナトリにとっては、ある意味想定内だ。
「裸である理由」を考えた中に、「翼を出すのに邪魔だから」という候補があったからだ。
ベテランはすべてに意味がある。
むしろそこに余裕と遊び心がないところが、わかりやすいとさえ思える。
人にできない動きを【ヴィジョン】にやらせるのは、非常に難しい。
この速度領域でそれをやった中村シュウジは、かなりすごいのだ。その器用さだけ取ればランカーレベルとさえ言えるかもしれない。
だが、どんな高等技術も読まれていれば関係ない。
急停止し、攻撃をやりすごす。
そして再び全身をぶつけるように突進した【呀流】の槍は、赤鬼の心臓を的確に貫いた。
――否、貫いてはいない。
あまりにも筋肉が硬く厚すぎて、そこまで到達しなかった。
【焔魔】の巨躯と筋肉は、見せかけだけの設定ではない。ここまで来れば筋肉そのものが堅い鎧に等しい。同じ重量級ならまだしも、軽量級に近い【ヴィジョン】の突きでは、力が足りない。
もし感性の法則や物理法則を殺さなければ、速度で増した体重と力で、貫くことはできたかもしれない。
中村シュウジが読み違えた、というよりは、むしろナトリが読み勝ったのだ。
突進力のない突きなら致命傷はない、と。むろん首の急所は狙わせないようわずかに逸らしていた。
中村シュウジが一撃必殺をしくじった、と思った時には、赤鬼は金棒を捨てて槍使いの兄ちゃんを掴んでいた。
――グオオオオオオオオ!!
声はない。
だが、確かに赤鬼は吠えた。
強大無比な力に、それを扱う技術が伴えば、攻撃速度は上がり攻撃力も増す。
あまりにもあざやかに、素早く、そして芸術的なまでに。
翼が邪魔なんてことを感じさせることもなく、1秒足らずでその形は出来上がっていた。
掴んだ【呀流】を反転させ、羽交い絞めにして吊るし上げ。
腹に突き刺さったままの槍など気にせず、そのまま後ろに――折れた。
急降下にして急落下。
FPS視点で観ていた中村シュウジの世界は、回った。
筋骨隆々の赤鬼が決めたブリッジは、美しくも力強い。
半円を描くような軌道で、【呀流】は見事に頭から叩きつけられた。ドゴンとものすごい音がし、地面に走る蜘蛛の巣状のヒビがその投げ技の威力を物語る。
「バックドロップだ!」
「――アホ! ドラゴンスープレックスや!!」
ナトリのこだわりは、誰かの間違いを修正せずにはいられなかった。
たった6秒の試合は、こうして決着を見た。
あまり意味のない豆知識
その時ナトリは「ワレどもがそんなんやからプロレス業界が寂れるんや! 恥を知れ!」と罵りたい気持ちで胸が一杯でした。




