55.VS中村シュウジ! 柔!
「……というわけです」
「うん。こりゃきついね」
初戦が済んだ今、ようやく電脳部部長・中村シュウジは、悪ガキどもの実力を目の当たりにした。
ヤエが途中で勝負を投げた――まったく勝機が見つけられなかった部室を取り上げられたあの一戦。ヤエの実力を知っているだけにどうにも信じがたかったのだが、やっと頭の中で追いついた。
想像以上に強い。
戦いづらいとかテクニカルとかそういう問題ではなく、本当に単純に強い。それだけだ。
「あのシチュエーションで相打ちにできるのか。こりゃヤエちゃんも負けるわ」
「……」
いちいち癪に障る笠原シロウの言だが、ヤエは睨むだけで何も言わなかった。
それは、ここにいる誰よりも、ヤエ自身が驚いたことだったから。
あの憎きガキどもに一矢報いることには成功したが、内容的には手放しで喜べるものではない。
特に、「勝てなかった」という事実は大きい。
――兜の中に銃身を突っ込むという絶対優勢の状況で、まさかの相打ちに終わった。
勝っていても武器を失っていたので、ヤエは連戦はできなかった。
だがそういう問題ではない。
勝利を確信していた状況で相打ちになってしまった、という事実が問題なのだ。
団体戦である。
勝っていれば勢いに乗れたり、流れが向いたり、相手の威勢を削いだりと、利点は多いのだ。なのに勝利を確信した状況で相打ち。これではただの引き分けの方がマシである。
電脳部が受けた衝撃は大きい。
あれだけのシチュエーションでも勝てない、それが実証されてしまったのだから。
今の一戦は、非常に大きいプレッシャーになってしまった。
「まあ、負けなかっただけいいじゃん」
思いつめた顔をしているヤエの肩を、部長は優しく叩いた。
「副部長としての仕事はこなした。あとは俺らに任せてよ」
影は薄いが、これでも部内最強である。彼の言葉は頼もしかった。
「そーそー。デートの準備でもして待ってればいいよ」
「……」
笠原が一番心配なんだ、とは言わなかった。言っても聞くような奴じゃない。
「なんで引き分けなんだよ! 勝てよこの野郎!」
「うるせーな! 強かったんだよ副部長が!」
「強くても勝てよ! 絶対勝てよ!」
「無茶言うな!」
こちらもこちらで温かくイッキに迎えられたカイジだが、そういうのは男連中に任せるとして。
「次は誰をご指名で?」
ナトリはヤエの次に出てきた部長・中村シュウジに問う。
「そーだねー。そろそろ女の子を指名しとこうかな。最後まで売れ残るの嫌でしょ?」
「それはどうも。ほなうちが相手しましょ」
「部長ですよね? うち初心者なんでお手柔らかにお願いしますね」
「へーそうなんだ。じゃあ手加減しちゃおっかな」
――こうして二回戦目のカードが組まれた。
萩野ナトリ。
稼働日数だけ見れば初心者と言えるナトリには、公式戦の記録がない。ネット上にも存在しない。
ただ、イッキらと一緒に遊んできたという事実だけ取れば、一定水準は余裕で越えていると見ていいだろう。
特に戦績だ。
今はまた少し違うが、一週間前のナトリの試合総数は266回で、160勝106敗という戦歴だった。イッキらは異常なくらいに負け越しているが、ナトリのそれは初心者にしては優秀な部類に入る。
それに、普通に考えて、イッキらとバトルしたことがあるだろう。その上でこの戦績であるのであれば――
むしろナトリはイッキらより強い可能性がある。
「――【焔魔】」
ナトリの声に応じ、【焔魔】と名付けられた【ヴィジョン】が現れる。
身の丈2メートル以上。一部の無駄もないボディビルダーのような筋骨隆々の分厚い肉体は、全体的に肌が赤く、虎柄の腰巻のみ身につけた半裸の大男。いかつい顔、白髪の長髪の中から、立派な一本角が生えていた。重く痛そうな例の金棒を堂々担ぎ、そのものに意志があるかのように目の前の中村シュウジを見下ろす。
ナトリの【ヴィジョン】は、まさに鬼そのものである。
「重量級か。女の子には珍しいね」
「胸板たくましい男が好みですから」
そんな理由で【ヴィジョン】が組まれることもあるだろう。そこは不自然ではない。
ただ、中村シュウジはやはり引っかかっていた。
あの異常に強いイッキらの中にいて勝ち越していた戦歴が、重量級という扱いの難しいタイプの【ヴィジョン】によって成し遂げられたという事実が今露呈した。
(つまりどういうことだ? 初心者なんだよな?)
どうもこうもなく、本当に単純な話だ。
ナトリは、あの狐面の巫女に勝るとも劣らない資質を持った天才だった、というだけの話だ。
元々ナトリはヴィジョンバトルの観戦が好きで、戦い方のノウハウや経験則、つまり始める前から知識はあったのだ。そしてある程度の速度にも慣れていた。
そんな土台があったせいもあり、操作に慣れるのも速ければ強くなるのも異常に速かった。経験不足は否めないが、すでにイッキやカイジと並ぶくらい強いのだ。
そんなことは知るよしもない中村シュウジは、己が【ヴィジョン】を呼び出す。
「――【呀流】」
ボリュームのある黒髪を後ろに引っ詰めた、黒い短パン一丁の半裸の青年。細工の見事な銀槍を持ち、……それ以外の特徴らしい特徴がなかった。
これが電脳部最強・中村シュウジのヴィジョン【呀流】。
どこにでもいる兄ちゃんに裸にして槍を持たせた程度の、まったく普通にしか見えない【ヴィジョン】だ。
「……こらキツそうやな」
だが、ナトリはその何の変哲もない兄ちゃんを見て、さも面倒そうに眉を寄せた。
――ここでようやく、中村シュウジは萩野ナトリの実力の欠片が見えた。
さっきの試合で見た通りだ。
このガキどもは、三人とも強いのだ。
先のバトル、あの絶対優勢の状況で、まさかの引き分けに持ち込めるくらいには強いのだ。
――あの状況で、カイジは前に出た。
銃口を視界穴に突っ込まれたあの瞬間、カイジは兜の中で、【断罪の騎士】の頭を前に突き出したのだ。
それはきっと、銃口を頭突きで押し返そうとしたのだろう。変に逃げようとせず返そうとしたのは、防御型の心理だったのかもしれない。
咄嗟の判断にしては、恐ろしいほど正確だった。
タイミング的にこれ以上ないという勝機に合わせて、ちょうど銃口を塞がれたのだろう。
結果、魔法【破壊の法則】で5倍の威力に引き上げられた【弾丸のホルン】の愛銃【カナビス】が暴発し、どちらも致命傷を受けて倒れてしまった。
わからない者にはわからなかった先の試合の真相は、こういうことだ。
あの瞬間、あの場面において、反応できるか。
そして前に出ることができるかどうか。
それこそガキどもの実力が相当高いことを物語っていた。
ヴィジョンバトルにおいて、【ヴィジョン】の見た目は、装飾や獲物、もちろん体格なども含めて重要なのだが。
ナトリの「鬼」は、非常にわかりやすいパワーファイターである。誰がどう見ても「ああ力強そうだな」とモロにわかる。
それに比べると、中村シュウジの「槍男」の貧弱なこと。
だが、ヴィジョンバトルは見た目に添うことの方が珍しい。
ナトリの「鬼」は何をするか、どんな攻撃をするかなんて、だいたいわかる。力任せの接近戦が得意なんだろうな、と丸分かりだ。
だからこそ、何の変哲もない【ヴィジョン】の方が、何をするかわからない。しかもそこにカードという理屈では割り切れない力が備わると、更に何をするかわからなくなる。
ナトリはそれを知っていて。
それがわかっているナトリを見て、中村シュウジは気合を入れた。
ただの重量級なら勝つ自信は余裕であるが、目の前の「自分は初心者だ」と謳う少女は、ただの重量級では収まらないくらいには強そうだ。
気合を入れて戦わないと、たぶん負ける。
そこまで思ったのはただの勘だが、冗談でもここで負けたら電脳部の勝ちは相当厳しくなる。
立場もあるが、何よりゲーマーとして初心者に負けてはいられない。
「ごめん。やっぱりちょっと手加減できないかも」
一応前言撤回しておいた。
「なんや冷たいなぁ。部長なのに部長の余裕がないやん」
「ごめんね。俺意外と心が狭いから」
そんな軽口を叩き合いながら、二人は【ユニオン】を装着した。
あまり意味のない豆知識
全然嬉しくない男同士のガチの裸のぶつかりあいです。……と考えると萎えるので考えないようにしましょう。




