54.VS鮫島ヤエ! 圧!
どうするか。
一瞬の逡巡の間に、騎士は目前に迫っていた。
ヤエは間合いを見切り、大きく真横に振られた大剣の切っ先を、半歩下がって避ける。
瞬きの間ほど、わずかに時間が止まったかのように見えたのは、大きく動を描いていた騎士の動きが停止したからだ。
否。
停止ではなく、溜めだ。
振られた剣の勢いを殺さず、身体を回転させる。背中を向けた一瞬だけ溜めに入り、更に踏み込んだ速い剣が斜め下――剣の先が地面をかすめるような角度で足を狙ってくる。
これも読んでいた。
大剣の横振りは、そのまま回転すれば連撃になる。大剣使いとしてはわかりやすいコンボだ。
ヤエは焦らず、更に一歩下がってやり過ごし――今度こそ驚いた。
(縦か!?)
今通過した刃が、今度はもっと速度を増して、真上から降ってきた。カイジはジャンプして【断罪の騎士】自身の身体を横にすることで、横回転をそのまま縦回転に転換したのだ。
予想外の攻撃――そろそろ反撃に出ようと考えていた分だけ反応が遅れた。
上半身を反らすようにして急所を回避し、体制を崩しながらもなんとか避け切った。
ドン!
身体ごと飛んだ一撃は、その重さを証明するかのように、床に直撃してヒビを走らせた。――とんでもない威力である。下手に受ければ、斬られるよりも重さで身体を引っ張られただろう。その方がダメージが大きかったはずだ。
だが、隙だらけだ。
床を直撃した【断罪の騎士】は、飛び込み前転のようにして、やはり勢いを殺すことなく素早く立ち上がる。
さすがにその立ち上がる最中は、攻撃はできない。いくら早かろうと。
「――【炎弾】!」
至近距離から、距離を撮りつつ【弾丸のホルン】は魔法の弾丸を放つ。
着弾と同時にボンと小爆発を起こして燃え上がった炎は、すぐに掻き消えた。
(……本気か!?)
それに気づいた者は数名ほどで、そしてヤエも気づいた内の一人だ。
今確かに、至近距離、立ち上がるという単純動作の最中に、【断罪の騎士】は魔法の弾丸の回避行動を行った。
もちろん弾自体は当たった。
はずしようがないシチュエーションである。はずすわけがない。
しかし、狙いは外した。
【断罪の騎士】は、至近距離から頭を――急所を狙った一撃を、肩で受けた。わずかに肩を動かすことでショルダーガードで受けたのだ。これは明確な防御……いや、もはや回避行動と言えるだろう。
もちろん、頭もフルフェイスのヘルムに覆われているので、当たったところで致命傷は狙えなかったはずだ。だが「ダメージを受けるかもしれない」という可能性はある。
カイジは色々面倒なことは考えずに戦っている。ダメージを嫌うのは本能的なものだ。
だが、今の回避行動は、きちんと本人も意識してやった。
こういう、細かいが無視できない動きこそ、明確な実力差というものである。
あの状態で、あの速度に反応できるのだから、カイジが慣れている速度領域はヤエよりもっと高次元の世界である。
簡単に言えば、ヤエが1秒で2つの行動ができるとすれば、カイジは5つくらいはこなせるということだ。短い時間にできることが違いすぎる。認識できる速度領域の差とはそういうことだ。
――しかし、この時点でなんとかヤエの仕掛けは完成した。
半分は偶然が起こしたようなものだが、仕掛けは完成した。
ただ仕掛けるだけではなく、バレないように仕掛けるのが難しいのだ。もしバレていたら……まあ、わずかな勝機がなくなるだけの話だ。
もっとも、それはなさそうだが。
(あとはタイミングだけだが……)
一番難しい課題が当然のように残っている。
いつ仕掛けを発動させるかで、わずかに紬いだ勝機を引き寄せられるかどうかが決まる。
仕掛けの寿命もあるので悠長に構えてもいられない。
これは10秒ほどの間に発動させねば機を逃してしまう。
厳しい条件をクリアしても、今度は厳しいチャンスタイムが待っている。
嫌でも実力差というものを感じさせた。
(さすが副部長、結構上手いな)
速攻の三連擊を仕掛けるも、全てかわされた挙句に反撃を食らった。
まだ様子見の意識が強いカイジは、【弾丸のホルン】の動きをしっかり観察している。
様子見の意識は強いが、もちろん勝機があれば勝ちに行くつもりだ。
だが、経験の差か、あるいはそれこそ電脳部で培った理屈だろうか。
ヤエは、あまり距離を取ろうとしない。
飛び道具がメインなら、遠くから狙い撃ちし続ければ優位に試合を運べることは、誰の目から見ても明らかだ。鈍重な騎士よりよっぽど素早く動けるだろう。剣の届かない遠くから撃てばいいのだ。
その安全な道を、ヤエは選ばない。
わかっているからだ。
「遠距離攻撃が弱点である」という見た目通りのストレート極まりない理屈を、すでにカイジが克服していることを。
どう見ても【断罪の騎士】は「こいつ絶対接近戦タイプだろ。遠くから狙撃したら楽勝じゃね?」という見た目である。そして実際そうだった。
遠距離では攻撃手段がない。
移動速度が遅い。
そもそも回避を必要としない武装だから重装備だ。
つまり、鎧を無効化するような攻撃――物理攻撃ではない属性攻撃にめっぽう弱い。
カイジももう【ユニオン】を初めて一年以上が過ぎている。
どうしていつまでも丸分かりの弱点を放置しなければならない。
遠距離戦は得意ではないが、遠距離攻撃がないわけではない。
どんな遠距離攻撃を持っているかわからないから、ヤエは離れすぎないのだ。何をするかわからない以上、そんな不安なものは出させないのが得策だ。
そしてこの距離がヤエにとっても都合が良くもあるのだろう。
闇雲に攻めると、相手がスピードに慣れてしまう。
理想を言えば、相手が実力や切り札を出す前に秒殺するのが楽でいい。総合力で劣る者でも、何か一つ必殺技があるだけで勝てることもあるのがユニオンバトルだ。
ヤエは何かを狙っている。
それはわかるが、何を狙っているかがわからない。
だから牽制的な狙撃もせず、【断罪の騎士】の動きを見て撃っている。
ゴチャゴチャ考えるのは性に合わない。
が、ただ突撃するだけでは勝てないことを1000敗という結果で嫌というほど思い知っている以上、このまま属性攻撃を受け続けるのはかなりまずい気がする。
カイジはここで、わりと自然な流れで手を出さず様子見をしようかな、と考えていた。
(なぜ動かない……)
こうなると、焦るのはヤエの方だ。
仕掛けはすでにできている。
だが時間制限があり、あと5秒ほどで使えなくなる。
正面切っての銃撃は、恐らくもう当たらない。それを喰らいたくないから、この悪ガキは動かないのだ。その辺の心理はよくわかる。
ここまでで、己と相手の実力差くらいわかっているだろうに。このまま攻め続ければいずれ押し切れるだけの実力差があることくらいわかっているだろうに。
なのに、この慎重さである。
伊達に1000敗以上の負け戦を経験していない、という証拠だ。
イッキもそうだが、驚くほどの大敗の記録の正体は、弱いから負け越したのではなく、負け癖がついているからでもなく、よっぽど戦い続けていた相手が強かったのだろう。「相手が悪い」という類の相手だったのだろう。
(……仕方ない)
最初から、勝機はわずかだ。
今この瞬間を逃せば、後にまたこんなチャンスが訪れるかどうか……チャンスを手繰り寄せられる自信がない。
――ならばこの勝機にすべてを賭ける。
絶対にこのチャンスを逃せない。
ヤエはそう判断し、この攻撃に全てを費やす覚悟を決めた。
外せば負ける。
だがそれでいい。
こいつさえ倒せれば、団体戦においてのヤエの仕事は不足ない。
あとは部内最強と、気に入らないランカーがなんとかしてくれるだろう。
「――【破壊の法則】
愛銃【ジタン】に「破壊の魔法」を掛ける。一回の攻撃で武器が壊れる代わりに、威力または掛かっている魔法効果を五倍にするという、武器を失う捨て身の攻撃だ。
「――【凍弾】!」
捨て身の弾丸が放たれる。放たれた瞬間、拳銃がほろほろと崩れ去っていく。
そして、引き金を引くと同時に、右腰の単発銃【カナビス】を抜く。
正面からの攻撃は当たらない。
実際、カイジは避けようとしている。
どんな威力を誇っても、当たらなければ意味がない。
だから、どうしても当てるのだ。
それこそ銃使いの腕の見せ所だ。
構えると同時に、瞬時に狙いを付けて【カナビス】が火を吹いた。
魔法の弾丸。
避ける騎士。
そして、追尾する弾丸。
「――やべっ!」
一連の眼帯メイドの動きに、カイジは気づいた。
気づいた瞬間、相棒は回避行動を止め、剣を前に出し腹で受けるような防御行動を取る。
咄嗟、あるいは反射的に、という偶発的な行動なのに、瞬時に切り替えられた防御体制は、熟練さえ感じさせるほど隙がない。
この判断は、正しかった。
バギン!
【断罪の騎士】の目の前に、氷壁が発現した。それは一畳ほどの広さだが、弾丸の速度で空間中で更に成長しながら迫ってくる。
もし防御していなければ、不安定な体勢でこれを食らっていただろう。
魔法の弾丸は、設定にも寄るが、ヤエの【ジタン】は接触発動である。よけられれば何も起こらず、何かにぶつかれば魔法が発動するようになっている。
何かにぶつかれば、発動するのだ。
たとえば、追尾してきた弾丸でも。
【弾丸のホルン】から続けざまに撃たれた二発目は、寸分の狂いもなく、前を飛んでいた魔法の弾丸に接触した。
【破壊の法則】の魔法が掛かっていた魔法の弾丸は、5倍の魔法効果を発揮する。
一発二発では大したことないが、五発分の威力となれば。
【断罪の騎士】の全面半分くらいを凍らせることはできる。
おまけにあの騎士は、初弾の【凍弾】と次弾の【炎弾】を食らわせることでできた「水」を帯びた状態だ。10秒もすればなくなるようなものだが、しかしなんとか間に合った。
つまり、今ならより凍る。
騎士が凍りつくのを確認する前に、メイドは【カナビス】の弾を込めながら走る。
筋力のステータスにも寄るが、【断罪の騎士】が凍りついたところで、すぐに氷を解除するだろう。
だが、1秒あれば充分だ。
1秒も無防備にできれば――
【断罪の騎士】が速攻で、まとわりついた氷壁の枷を破壊した時。
砕かれた氷塊が光の粒子となってきらきら輝く中、殺し屋のようなメイドがやってきた。神々しささえ感じさせる美しい映像は、突如現れた死神に塗りつぶされた。
【弾丸のホルン】は真正面から飛びつき、愛銃【カナビス】の銃身を、騎士の視界穴に突っ込んだ。
どんなに鎧が頑丈でも、中まではそうはいかない。
「――【破壊の法則】」
捨て身の魔法を唱え、メイドは引き金を引いた。
あまり意味のない豆知識
【弾丸のホルン】の愛用している単発銃【カナビス】は、連射性と飛距離というステータスを完全に削っているので、その分の数値をパワーとスピードに回しています。軽い音に見合わない威力を発揮するので、薄い金属板くらいなら貫通できます。




