52.VS電脳部!
結果はどうあれ、面白い見世物にして面白いイベントである。
わりとそんな他人事な気持ちで、電脳部入部希望の一年生たちは、電脳部とイッキたちの部室争奪戦の観戦にやってきていた。
すでに発端であるイッキと鮫島ヤエのバトルを観られている以上、経過および結果を見せてもいいだろう。
というより、その辺をはっきりさせておかないと、入部しづらいだろう。勝とうが負けようが何かしらの決着が必要なのだ。
リベンジマッチは、場所が広い電脳部第二部室で行われることになった。
入学初日に入部希望としてやってきていた一年生は除くとして。
感じの悪い二年生と三年生で、電脳部は総勢11名が揃っていた。ランカー候補も数名いるので、いずれもそれなりに手ごわいプレイヤーたちである。
「おい、まだやんねーのか?」
そして、そんな大人数である電脳部の前に、イッキたち5人もすでに揃っていた。
「まあまあ。もうちょっと待ってよ。うちのメンツまだ一人来てないし、一年生もまだ来るかもしれないし」
とても部長には見えない影の薄いパッとしない三年生・電脳部最強にして部長である中村シュウジは、はやるイッキをなだめる。
「こっちは今日こそ動物園クリアしてーんだよ。早く済ませようぜ」
「あ、動物園やってんの? 俺らもうクリアしたけど?」
「何自慢してんだこの野郎」
のらりくらりと時間を費やす中村シュウジを見て、イライラしてきているイッキの横で、カイジは冷静にバカな判断をした。
「おい部長、これはアレだな?」
「アレ?」
「例の……巌流島の武蔵と小次郎の逸話のアレだろ? わざと遅刻して相手を焦らして平常心を失わせるっていう…」
「……ああ、アレね」
「俺たちは騙されないぜ!」
「いや意味なんてないよ。ほんとにただの遅刻だよ。うちの問題児がまだ来てないだけで」
横を見れば、その証拠とばかりに、携帯でコールし続ける副部長・鮫島ヤエの後ろ姿があった。後ろ姿だけなのに、怒りのオーラが陽炎のように景色を歪ませて見えるようだった。
「そもそも君ら、怒った方が強くなるタイプでしょ? なんでわざわざ強くする必要があんの」
その通りである。直情直感型は我を失うほど怒ったところで、もはや本能のようなレベルで【ヴィジョン】を操作して見せる。
バカほど強いと、今でもまことしやかに言われる理由でもある。
「……暇なら先に話でもするか。えっと、そっちの代表は……」
「俺だ」
イッキがビシッと親指で自分を指差すが、中村シュウジは視線を巡らせ、気負いなく待つだけの萩野ナトリに目を止めた。
「君だな?」
「いや、その子です」
ナトリもイッキを差すが、部長はそう見なさない。
「本当は全員集まってからと思ったんだけど、時間があるから今話すよ」
「はあ。なんでしょ」
「電脳部にも電脳部の活動っていうのがあってね。いつまでも部室を占領されてるわけにもいかないわけ」
「そうですね。うちもそう思います。でもまさか、わざと負けろなんて言わへんでしょ?」
「それは当然。俺たちは実力で取り返すつもりだ。でも取り返せなかった時が最悪だからね、最低限の確保はしておきたい」
「最低限の確保?」
「電脳部が学校公認のクラブである以上、活動報告っていう義務があるんだ。一応顧問にはこの現状をうまいこと言ってあるけど、この状態のまま長引くと、君らにとっても面倒事が増える」
なるほど、この話の内容ならば、ナトリを選ぶわけである。……実際イッキとカイジは面倒な話が始まったとわかるや否や、ナトリを前に出して背中に隠れてしまった。
ニューフェイスの服部カネツグなんて、最初から相川レンの影に隠れているし。
頼りない男たちである。
「だから、俺らが勝っても負けても、週半分は返してほしい」
「半分……月水金とか?」
「あるいは早朝と昼休み、放課後とか。まあそれは追って決めてもいいと思う。とにかく、電脳部はこの時代にしてはちょっと部員が多いクラブだから、よそより少し多めに部費を貰ってるんだ。ちゃんと活動しないと予算が削られるし、最悪廃部ってこともある」
「廃部は重いですね……」
「そうなると端末も撤去されるから。君らにとっても面白くないだろ」
「そうですね。ほなそれでええですよ」
ナトリの判断は早かった。
これは交渉の体は成しているが、交渉ではない。譲歩だ。
イッキたち部外者を正式……とも言い難いのかもしれないが、黙認して迎え入れる、という譲歩だ。
――その理由まではナトリにはわからないが、深い理由はない。所詮、電脳部もゲーマー集団というだけの話だ。
イッキらと繋がりを持っていれば、再戦のチャンスなんて幾度も訪れる。
強いプレイヤーと戦えば、多く経験値を詰める。
強くなることを前提に活動している電脳部としては、強いプレイヤーであるイッキたちは、手放して無関係になるには惜しいのだ。ならば繋がりを持っていて損はない。
「え? 何? どういうこと?」
「あとで説明したるわ」
同じ話を聞いていたはずだが、イッキとカイジはこそこそとナトリに説明を求めていた。ナトリは、今交わした「勝っても負けても半分返す」という約束に文句言いそうなバカ二人には事後報告でええわ、と思った。
そして、タイミングを見計らったかのように、問題児がやってきた。
「ちわーす。おまえら久しぶりー。女性陣元気だった? 男はどうでもいいや――おぶっ!」
第二部室に入ってくるなりチャラい発言をかましたチャラい男は、副部長に助走付きで殴られ、また廊下に引っ込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよヤエちゃん! ほら、ヒーローは遅れてくるってアレじゃない!」
「黙れ!」
「昔武蔵もやってたじゃん! 巌流島っていうやたら岩多そうな島で!」
「黙れと言っている! それよりなぜ携帯を切っていた!?」
「……ごめん小テストの結果が悪すぎて先生も呼ばれちゃって……」
「女の先生に呼ばれたのか?」
「うん」
「死ね!」
「わりい部長……おまたせ」
「おう。……鼻血出てんぞ」
「大丈夫。ヤエちゃんに殴られるのは慣れてる」
誰も心配はしてないし、慣れているのもどうかと思う。
「そろそろ快感に思えてきたぜ」
完全に変態の発言である。
……まあ、とにかく、ようやく笠原シロウもやってきて、これで電脳部は全員が揃った。
一応、入部希望も一年生も待ってはいたが、もう来そうにないのでそろそろ始めてもいいだろう。
「じゃあ始めようか。悪ガキども」
――実は、イッキたちがこのバトルについて相談したのは、今が初めてである。
「誰から出る?」
「つーより何人出るかじゃね?」
昨日も遊ぶのに夢中だっただけに、相談する時間もなかったのだ。中学生になってもその辺はまったく成長していない。
いざ勝負って段階になって話し合いを始めたガキどもを呆れた顔で見ている電脳部だが、しかし、電脳部の都合で今まで待たせた以上、誰からも文句は出なかった。
「あ、私と服部くんはパスね」
レンとカネツグは、参加を辞退した。「発端に関わってないから」と。カネツグの場合は「出ても瞬殺されるから」というもっともな理由も付加して。
「じゃ、俺とカイジとナトリでやるか。ちょうど3対3だしな」
「――ちょっといいかガキども」
そんな声が漏れ聞こえた時、中村シュウジが声を掛けた。
「もし順番決まってないなら、こっちから指名していいか? 俺らも勝つ準備してきたから、万全で臨みたいし」
「「それでいい」」
もはや脊髄反射のような早さで、イッキとカイジは承諾した。ナトリが何か言う隙もなかった。
「……まあええわ」
戦闘の順番はかなり重要である。
極端に言えば、無名プレイヤーでも100番以内ランカーに勝てるくらいに。
去年の「英雄殺し」でそれを実証しているはずなのだが、……実証しているからこそ挑発に乗ったのか、それとも単純に忘れているだけなのか、ナトリにはわからなかった。
どっちも、という可能性も高い気がするが。
「じゃあ俺ら三人から選べよ」
先鋒として出た電脳部副部長・鮫島ヤエは、
「おまえだ。来い」
新山カイジを指名した。
あまり意味のない豆知識
笠原シロウを呼び出したのは、今年28歳になる美人数学教師でした。イケメンは滅びればいいと思います。




