51.色々な面倒事!
「いやー。たまにはこういうのも面白いねー」
「笑い事じゃない」
「これで負けたら笑えるよね」
「だから笑い事じゃない」
イッキらに追い出された電脳部がどこにいるかと言えば、実は隣の教室である。
少子化著しい現代、入れ物は大きくても利用者が少ない現状、空き教室はたくさんある。よほどの理由がない限り、申請すれば教室を二つ借りることもできる。
【ユニオン】専用端末がある第一部室は明け渡し、バトル用に用意しているのがここ第二部室である。
第一部室には端末という高価で貴重な物があるため、さすがに手放しで部外者を放置するわけにはいかないのだ。
それと、部室の鍵を部外者に預けるのも普通に考えてNGだ。よって電脳部は早朝・昼休み・放課後と真っ先にやってきて鍵を開けて、悪ガキどもが帰ったら鍵を閉めて戻るという面倒なことをしている。
ちなみに、イッキらは電脳部が隣にいることを一応知っている。今のところお互い干渉し合っていないから、特に触れる理由もない。
「で、勝負受けるって?」
穏やかな顔のノッポ――一週間前はイヤミがボーダーの服を着ていたような男が、人の良さそうないつもの素の顔で問う。
「ああ。待っていた、と言われた」
今し方、隣の悪ガキどもにリベンジマッチを要請してきた鮫島ヤエは、やれやれと溜息を吐きながら壁に寄りかかり、腕を組む。
「あいつらは、うちが強い奴しか入れないことが気に入らないらしい。だから来たそうだ」
「「あーやっぱり」」
一週間前、一年生の面接にいた四人と、あの場にはいなかった三年生が二人。ヤエを除いた5名が笑いながらうなずいた。一人貧乏くじを引いているヤエは「笑い事じゃない」と三度目の言葉を吐く。
まあ、自分が負けたわけではないのであれば、笑っていたかもしれないが。
「ま、電脳部向きじゃないってことだね」
まったくその通りだ。
元々誤解を招きやすい部として、部員も認識しているのだ。というよりむしろ誤解させるように働きかけていると言える。
主旨は面接の時に言った通り、少数精鋭を目指す部である。それ以上もそれ以下もない。
あの時は色々と面倒ながら、できるだけ奢り高ぶった態度で臨んだが、本当にそれ以上もそれ以下もないのだ。
ただ、認識の違いがあるとすれば。
強くなることを目指す以上、小学校で際限なくのびのび遊んできたようなプレイヤーには窮屈な部で、退屈な枠だということだ。
今隣で遠慮なく遊んでいるような悪ガキどもには、電脳部は本当に似合わない管理された箱なのだ。
だから最初からふるいを掛ける。
遊ぶだけ、楽しいだけでは済まない部だが入るのか、と。
こんなにつまらなそうな部だがそれでも入るのか、と。
もし不満があるなら、これまでのように野に放たれた犬のように自由に遊んだ方がよっぽど楽しい。
傾向は違うかもしれないが、イッキらと同じく、いやそれ以上に、電脳部の連中もヘビー級のゲーマーである。電脳部にいることで強くなる意思表明をしている者たちである。
そして何より、遊びが好きな者たちである。
そうじゃなければ、ヤエだってあんな子供じみた勝負を受けるはずがない。
「――ゲームで負けて部室取られるとか! 何この展開! マジ笑える!」
あの面接があんな形で終わり、部室から追い出された後、ヤエ以外は思いっきり笑ったものである。
「それにしても興味深い」
非常に影が薄いが、一応電脳部最強である現部長・中村修司は、イッキたちに興味津々だった。
ただ遊ぶだけ、ただ遊んできただけで強くなる。
それは、電脳部の根幹を否定する……というより、電脳部の部員全員が捨ててきた理想論である。
遊ぶだけでは強くなれないから、今の電脳部の方針が自然と固まった。
もっと合理的に、もっと突き詰めて、仲間と切磋琢磨し、【ユニオン】を研究する。
そうして、本人たちが自覚できる程度には実力をつけた。
だからこそ、今のイッキたちは興味深い。
どんな遊び方をしていたらあそこまで強くなれるのか、非常に興味深い。
「で、実際問題どうなわけ? リベンジできそうなの?」
三年生では唯一の女子・津山直緒は、幼い顔立ちに似合うのんびりした口調で首を傾げた。
「勝つのは難しいですね」
ヤエは一週間前の勝負で、すでに切り札を使用している。あれで傷一つ付けられないのであれば、今のヤエには勝機がない。
そもそも、ヤエにはイッキの操作する【無色のレイト】の動きがほとんど見えなかったのだ。あれが攻勢に回ったら、なすすべもなく負けるだろう。
「まあ、勝機がないだけの話です」
勝てないなら勝てないなりに、戦い方というものがある。それを考えるのも電脳部だ。
「それにしても惜しい。俺も戦いてーなー」
ノッポがぼやいた。
「あの『英雄殺し』のメンバーだもんなー」
――この一週間で、できる限りイッキたちのデータを調べてきた。
公式記録はほとんどなかったが、去年のWFUBで萩野ナトリ以外のメンバーは本戦出場を果たしている。
それだけならまだしも、あの「英雄殺し」に関わっているという記録には驚いた。
第三回WFUB本戦、団体戦第一回戦。
優勝候補と名高い、あのチーム【ドラゴンキラー】が、無名チーム相手にまさかの黒星二つ。当時ネットでは大騒ぎになった。
試合内容を調べれば、現役小学生5人のチームで無名も無名、ほとんど誰も注目していなかったチームだ。
当時の試合を見てもかなり強いのがわかるが、更に半年を過ぎた今、彼らはもっと強くなっている。
ちなみに、イッキの戦歴は本当に自分で語った通りであることもわかった。
「鮫島、笠原は?」
シュウジの問いに、ヤエは「一応……」と力なく答えた。
「アポは取ってますけど、なんと言っていいのか……忘れてるかもしれないので、これからもう一度念を押してこようかと思ってますけど」
「そっか。あいつ来ないと話になんないから、よろしくね。……大変だろうけど」
一通りの話が終わった後、ヤエは第二部室から一人抜け出した。
「笠原……」
これから会いに行く人物を思うと、やや足取りが重くなる。
――笠原士郎。
イッキたちが執着し、注目している噂のランカーだ。現在431位の1000番以内。電脳部でもダントツに強い。
【ヴィジョン】の相性のせいで、一対一でやれば部長である中村シュウジの方が強いのだが、総合力で言えば笠原シロウの方が上である。
ヤエも何度も挑戦しているが、一度たりとも勝ったことはない。
そして、笠原シロウはあまり電脳部には来ない。
女の子と遊ぶので忙しいから。
2年2組の教室を覗くと、案の定の光景があった。
女子5人に囲まれて笑っている、軽薄なイケメンだ。
「笠原」
ヤエは周囲の女どもには目もくれず、そして遠慮もせず、その集団に歩み寄った。
「またあんた?」
「邪魔なんだけど」
女どもが隠すことなき敵意を感じる視線を向けてくるも、ヤエはまったく気にせず、軽薄なイケメンを睨む。
「どうしたのヤエちゃん」
すでに奴はヤエの手を握っている。
「もしかして今すぐ俺とデートする気になった?」
「手を離せ」
軽薄な男が軽薄に笑う。歯がキラリと輝く。
「それとも、それ以上がいいかな? ヤエちゃんだったら俺は構わないけど」
「手を離せ」
「……離したら殴るでしょ?」
「ああ。殴る。本気で殴る」
「今すぐ離すから勘弁してくれない?」
「それでいい。離せ」
笠原シロウは内心ビクビクしながら、ヤエの手を離した。――何度も殴られているのに懲りない男だ、とヤエは思った。そのしつこさは驚嘆に値する。
「明日のことは憶えているか?」
「明日? ……ヤエちゃんとデートの約束してた?」
「殴られないと思い出さないか?」
「思い出しましたちょっとしたジョークです」
「言ってみろ」
「…………」
「…………」
「ちょっと待った! マジで憶えてるから拳握らないで! 試合するんでしょ!?」
――笠原シロウは、とりあえず女の子たちを先に帰した。「確認に来ただけだ」というヤエを引き止め、この場に留まらせる。
「一緒に帰ればよかったのに」
「ん? でも俺にはヤエちゃんがいるし」
「…………」
「何も忘れてないよ。――俺が試合で勝ったらヤエちゃんが俺とデートしてくれるんだよね?」
「勝ったらな」
この男を動かすには、ヤエが身体を張る必要があった。
正直かなり気乗りしないし、すでにげんなりしているが、こいつがいないと明日の試合は絶対に勝てないだろう。
部室を取られた全責任はヤエにある。
何が何でも、どんな手を使おうとも、部室は取り戻す。
「……はあ……おまえとデートか……」
一年生の頃から、ずっとずっと、遊び半分なんだか本気なんだかなんのつもりなんだかよくわからないが、この笠原シロウにはずっと口説かれ続けている。
それでもデートなど許したことは一度もなかったのだが……
「なやましげな溜息……フフッ、期待してるのかな?」
いくら緊急事態とはいえ、早まったかもしれない。
「指一本触れたらボコボコにするからな」
「OKOK。ヤエちゃんから触りたいんでしょ? 俺は積極的な女の子も好きだよ」
いつもならこの辺で殴っているところだが、明日のことを考えると、ここは我慢だ。……我慢だ!
「言っておくが、本当に強いぞ。もしかしたら下級ランカーと同じくらいには強いかもしれない」
「ふーんそうなんだ。それでどこに行きたい? 俺んち来る?」
これ以上話しても意味がなさそうなので、ヤエは「面倒臭い男だ」と呟きながらその場をあとにした。
――ヤエを見送ったイケメンから、軽薄な笑みが消える。
「ヤエちゃんいじめたガキを潰すっていうなら、無条件でもよかったけどね」
そんな本音を聞いた者は、誰もいない。
この一週間で、できることはしてきた。
あとは、明日、悪ガキどもに勝つだけだ。
あまり意味のない豆知識
正直な気持ちを言うと、鮫島ヤエは個人的にはあまり笠原シロウに勝ってほしくないと思っています。




