48.電脳部!
第九中学校には電脳部というクラブがある。
昔はコンピューター関係のことを中心に、趣味や実益を兼ねて細々やっていただけのものだったのだが。
部費で【ユニオン】を購入した辺りから、あたりまえのように活動内容が「【ユニオン】で遊ぶ部」に移行した。今では細々やっていた頃の面影はまったくない。
【ユニオン】を持たない者への貸出もしているということで、この少子化著しい時代になかなか人気の部となっている。
入れ物は大きく、だが利用する人は少ない。
小学校の頃と同じで、中学校でも使用しない空き教室が多い。それら空き教室がクラブ用としての利用が認められていた。
三階の片隅、三年生の教室がある棟の最奥に、電脳部はあった。
新学期初日ということで、この辺に人気はまったくない。三年生もさっさと帰ってしまったあとである。
「誰かいるのか?」
「いねーかもな」
イッキ、カイジ、ナトリ、そして元々ここに来るつもりで【ユニオン】を持ってきていたレンも含めて、四人は電脳部の前にいた。
「ほな相川さんは電脳部入るつもりなんや」
「うん。なんか強い人がいるって聞いたから……ん?」
男そっちのけの女同士での世間話をしていたレンだが、ナトリの今の言葉の何かが引っかかった。
何が引っかかったんだろうと頭の中で言葉を反芻するも――
だが、考える間はなかった。
「ちーす」
さすがはイッキ、期待を裏切らない前傾姿勢な生き様である。彼はノックさえすることなく、いきなり電脳部のドアを開いてしまった。
「おぉ!? なんだおまえ!? 誰!?」
鍵は開いていて、誰かはいたようだ。
ここ第九中学校だけに限らず、中学校からは各学校のクラブ単位でのチームが台頭する場合が多い。イッキらが去年のWFUBで【第二小学校高学年】を名乗ったように。
なんでも、この第九中学校には、去年のWFUBの個人戦で本戦ベスト4まで勝ち抜いたランカーがいるらしい。
【ユニオン】で遊ぶ子供たちにとっては、日本で1000人しかいないランカーという存在は、無条件で憧れの対象となる。
それだけの事実でこの中学校を選んだというわけでもないが、まだランカーとバトルはおろか会ったことさえないレンは、この学校にいるランカーという存在と会うのがとても楽しみだった。それはもう話したりバトルしたりアドバイス貰ったりと、憧れの存在とそんな時間を過ごすことを楽しみにしていた。
そう、楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。
それなのに、あんなことになるだなんて。
楽しみで楽しみでなかなか寝付けなかった昨夜には、想像もできなかった。
「一年か? なら入れ」
無礼なイッキの来訪ながら、電脳部にいた先輩らしき男は入室の許可を出した。四人はぞろぞろと部室代わりに使用している教室へと足を踏み込んだ。
元はコンピュータ関係の部だったはずだが、【ユニオン】が発売されてからは活動内容ががらりと変わってしまっている。
パソコン関係の資料等は後部に設置されているロッカーに封印され、今や机や椅子を壁際によせ中央を広く取っただけのコートが一面だけ作られ、利用している机と椅子の上には【ユニオン】関係の雑誌が散らばっているという乱雑な部屋だ。
黒板には組み合わせ表だったりカードの組み合わせだったりという走り書きのようなメモが書かれていたり、簡易的なトーナメント表があったりする。
ドアから見て、奥の窓際に四人の男女がいた。全員私服で、恐らく先輩たちだ。
「そこ並べ」
ボーダーのシャツを着た偉そうなノッポが顎をしゃくり、自分たちと対面するように並ぶよう指示した。
見れば、そこには先客が五名ほどいた。
彼らはイッキらと同じ一年生らしく、イッキらと同じように電脳部を訪ねてきたのだろう。中にはレンのように、早くランカーに会いたいと願ってはやる想いを抱えて来た者もいるはずだ。
今年の一年生は、1クラス20人弱の3クラスである。60人しかいない新入生のおよそ六分の一がここにいるのだから、やはり【ユニオン】の人気は高い。
とりあえず、イッキらも一年生側に並んでみた。
「こんなもんでいいか?」
「そうだな。始めるか」
なんだかよくわからないが、何か始めるようだ。
「あー、電脳部へようこそ」
ボーダーのノッポが、並ばせた一年生に気のない挨拶をし始める。
「でもうちは少数精鋭を目指しているから、おまえら全員を部に入れることはできない」
この言葉に、一年生たちは動揺した。
「あ? どういうこと?」
イッキだけなんだかよくわかってないようだが、隣のナトリが「シッ。黙って聞いとき」と小声でたしなめられた。
「つーわけで、これから入部テストをする。とりあえず面接な」
「質問あんだけど」
挙手したのはカイジだった。
「この部にランカーがいるって聞いたんだけど。どいつ? あんたか?」
明らかに礼儀がなってないぞんざいな言葉遣いで、しかし一年生の誰もが気にしていることを口にした。
「あれ?」
ボーダーのノッポはきょろきょろと辺りを見回す。
「誰か質問を許可したっけ?」
「「あ?」」
イヤミな対応にイラッとしたカイジと、ついでにイラッとしたイッキの声も重なる。
「面接だっつってんだろ。質問するのはこっち。おまえらは余計なこと言わず答えてりゃいいんだよ」
明らかにそれに納得いっていない問題児二人を、ナトリが「ええからやめとき」と小声でたしなめた。――レンは「萩野さんはおかあさんみたいだな」と思った。
始まる前から悪印象を与えまくっている問題児二人だが、それ以上何も言わなかったので、面接に移行した。
「じゃあ一人ずつ戦歴の発表な」
一般的なキャリアの確認である。
勝率も無視はできないが、重要視されるのは勝負数だ。勝負数の分だけバトル慣れしているということになるので、一つの目安にはなる。
奥の方から一人ずつ、【ユニオン】の戦歴を発表していく。100戦から1000戦までと、引っかかることのない発表が続いた。
流れるような空気が止まったのは、この辺からである。
「試合総数266回。160勝106敗。今年の一月から始めたんで初心者です」
ナトリの戦歴は、初心者にしては実に優秀だった。特に初心者の頃は負け込むのが普通なのだが、見事に勝ち越している。
「試合総数1330回。219勝1111敗」
新山カイジがそんな戦歴を口走った時、先輩たちは吹き出した。
「1000回も負けてんの!? 何それ弱っ!」
ここまでで、レンはカイジもイッキ同様に短気なんだな、とわかっている。ついに怒り出すだろうな……と思ったのだが、カイジは特に反応を示さなかった。
そして、爆弾が放り込まれた。
「試合総数2451回。119勝2332敗」
もうすでにレンは知っていることとは言え、二度聞いても、信じられないくらいひどい戦歴である。
「……え? なんだって? 何回だって?」
予想以上の数値に、先輩たちは反応できなかった。
そしてイッキは繰り返す。
「試合総数、2451回。119勝、2332敗だ」
わざとゆっくり、区切るように言う。
――案の定、感じの悪い先輩たちに笑われた。
一年生にも笑われた。
だがそれでも、イッキとカイジとナトリはまったく気にしていなかった。
一頻り笑ったあと、最後に控えていたレンが報告する前に、ボーダーのノッポが笑いながら言った。
「おまえとおまえ、帰っていいよ」
カイジとイッキを指差し、面接落ちを告げた。
さすがのレンも、その誠意の見えない対応にはちょっと頭に来た。
散々笑いものにした挙句に「帰れ」なんて何様だ、と。いくらランカーだろうと失礼にも程がある。まだ短い間だが、これまでずっと電脳部の気に障る対応を見てきた。選民意識なのかなんなのか、とにかくずっと下に見られている感覚が引っかかる。
正直、こんな上下関係を強いられるくらいなら入らなくていい、と思えるくらい楽しくなさそうだ。
「……だとさ。どうするよイッキ?」
「予定通りでいいだろ」
ここでイッキは驚愕の一言を漏らした。
「元からこんな部入るつもりねえしな」
イッキは前に出た。
「面接だ? 帰っていいだ? 上等じゃねえか。頭下げられたって入部してやんねーよ」
ダン!
そして、無礼もここに極まると言う暴挙に出た。
ボーダーのノッポがいる前の机の上に行儀悪く飛び乗ると、仁王立ちして思いっきり上から見下した。
「――俺らは噂のランカーにケンカ売りに来ただけなんだよ。おまえか? おまえがランカーか? まあ誰でもいい。誰か一人勝負しやがれ」
レンはこの急展開について行けず、「えぇぇぇぇ……」と声を漏らすのがやっとだった。
バカだバカだと思っていれば、ここまでやるバカだとは思いもしなかった。おかあさんのナトリは止めないのかと横を見れば、特に止める様子もなく、ただ成り行きを見守っているだけだった。……なぜだか「やったれオラ! しばいたれ!」とアテレコすれば非常に似合う勝気な顔をしながら。
ここでようやく、レンは先の話で何が引っかかったのかピンと来た。
――「ほな相川さんは電脳部入るつもりなんや」
相川さんは。私たちは違うけど。
なるほど、本当に最初から入部するつもりで来たわけじゃないのか。三人とも。
だが、なぜだろう。
なんだかすごい場面に直面している気がするレンは、止めないといけないという気持ちもなくはないまま、しかしそれより強くこの事件の行く末を見届けたいと思っていた。
あまり意味のない豆知識
実は隣の教室も電脳部が所持していて、そちらはコート専用として使用しています。




