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ユニオン!  作者: 南野海風
起動!
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03.特訓!



 初バトルにあっさり負けた翌日から、イッキとケイイチの特訓が始まった。

 確かにケイイチの方が先に【ユニオン】を手に入れたが、彼もまだまだ初心者である。具体的に言えばイッキより数週間ほどしかアドバンテージはない。


「【無色のレイト(フリーレイト)】の武器って何?」


 今日も山本家のちゃぶ台をスタジアムに、二人は【ヴィジョン】を投影させる。

 イッキの【ヴィジョン】である【無色のレイト】は、変身ヒーローの格好をした普通の兄ちゃんにしか見えず、武器らしいものなんて持ち合わせていない。

 武器なし、というバトルするには不向きなキャラクタークリエイトも可能ではあるが、イッキの態度を見ればそれはないようだ。武器自体はすぐに変更可能なので後から持たせるつもりか、とも思ったが、そういうわけでもなさそうだし。


 【ヴィジョン】に持たせる武器なんて、それこそ星の数ほどである。

 オーソドックスな剣だけとっても、西洋剣から日本刀は当然として、斬馬刀や薙刀、青龍刀や戟……意外すぎるものにビームサーベルなんて閃光兵器まで実装可能なのだ。

 たくさんの種類があり、そのカテゴリーの中でもデザインが違ったり刃渡りが違ったりと更に選べる。なんなら既存品にオリジナルデザインを施したりもできる。

 イッキの【無色のレイト】は、格闘型であることはわかっている。だが格闘型でも格闘型用の武器がある。視覚的にも痛いトゲ付きメリケンサックから、防具としても有用な金属性の篭手などだ。


 ケイイチの【風塵丸ふうじんまる】も、目立たないが、【獣型ビーストタイプ】専用の武器「鉤爪」というものを両手足に装備している。バトルではナイフ以上に致命傷を与えることの難しい武器だが、代わりに重量は無いに等しく、両手両足の動きを阻害しない。完全スピード型の【風塵丸】にはうってつけの武器だ。


「分類は【手甲】だよ。アームガードっつーの?」

「この手の甲に埋まってる水晶みたいなの? こんなのあったっけ?」

「水晶は飾りだ。防具扱いだけどな」


 ケイイチは首を傾げた。


「じゃあこの手袋? これが武器なの? こんなの見たことない。防具じゃなくて?」


 防具――服は当然として、鎧や甲冑も装備できる。重装備で防御を固めたり、軽装備でスピードを優先したりと、装備するものでステータスが変動するので、【ヴィジョン】とプレイヤーの強さは変わってくる。

 自由製作オリジナルデザインであれば、この世に同じ【ヴィジョン】は存在しない。

 それくらい自由度の高いキャラクタークリエイトが可能で、それこそ今や世界中に広まっている【ユニオン】の人気の一助となっている。


「へへっ、まだ秘密だ」


 と、イッキは鼻の下を指でこすった。なんとも昭和の子供臭い仕草だ。


「昨日の負けの借りが返せるまでは、おまえには教えねー。悔しかったら俺に負けてみな!」

「理屈の意味がわからない。そのうちわかるならそれでいいよ」





 二人で相談し、今日は特訓をすると決めている。

 まずは基本的な攻撃――【無色のレイト】は今現在、素手での格闘型なので、正拳突きや蹴り技を何度も何度も反復する。

 やはりイッキの覚えは早い。

 始めはぎこちなくプルプル震えて、ケイイチが思わず「おじいちゃんの体操か!」とツッコミを入れると二人でゲラゲラ笑い転げたりもしたが、すぐに動きは洗練され、空を斬る音がするんじゃないかという鋭い攻撃に昇華していた。


 2時間後。

 ちょうど【ユニオン】連続使用最長時間を迎えてメガネをはずす頃には、イッキの操る【無色のレイト】は、力強く腰の入った綺麗な基本技をマスターしていた。

 直情型でバカな子のイッキらしい、癖のないまっすぐな動きだ。


「次は何やんだ?」


 勉強嫌いのイッキなのに楽しそうだ。もちろんケイイチも楽しい。

 これで一番親しかった友達が遊び相手になるのだ。早ければ、今日の夕方にも。イッキの成長速度なら充分ありえる。


「格闘型の育成プログラムっぽいのをダウンロードしてきたから、これに沿ってやればいいよ」


 ケイイチは【ユニオン】のケースから大容量のUSBメモリーを取り出し、山本家の居間にある旧世代のテレビに差し込んだ。


 ――この時代、小学校からのPC教育が義務化されているので、一家に一台かならずパソコンがあり、かならずネット環境を整えてある。山本家はやや貧困な家庭なので、PCはテレビと兼用になっているのだ。


「あれ? 育成プログラムって【ユニオン】専用ソフトなんじゃねーの?」

「イッキの初期型ファーストタイプじゃ使えないみたい。というかそもそもこういうのって普通は買った時に付いてくるからね。ネット上にはなかったよ」


 貰い物で説明書さえなかったイッキの【ユニオン】に、専用ソフトなんて一つもインストールされていない。

 いや、かつては何かが入っていたかもしれないが、例の魔法少女【十字クロス架音カノン】と一緒にすっかり初期化してしまっている。

 最初の内は、動かすだけでも苦労する。

そんな初心者用に、正規購入した【ユニオン】には最初から「初心者育成用ソフト」というものが付いているのだ。が、思いっきり中古で手に入れたイッキの【ユニオン】には当然なかった。

 手を上げたり下げたり、歩くことから始まり、最終的には一通りバトルに必要な練習プログラムが組まれているのだが、初歩段階はイッキはすでにクリアしている。

 その辺も見越して、ケイイチはより実戦に近いものを探してきていた。


 テレビからPC機能に切り替え、テレビの下から光学マウスを取り出しちゃぶ台の上を滑らせる。


「動画ファイル? プログラムって言ってなかったか?」

「あ、ごめん。言い間違えてた? 正確に言うと――」


「――どもー佐藤天伊でーす」


 メモリーから展開したファイルは、すぐに画面に広がり、動画が始まった。使用上そうなっているらしくまだ画面は暗いままだが、軽い感じの女性の声がまず届く。


「砂糖あまい? 何あたりまえのこと言ってんだ?」

「人の名前だよ。本名かどうかはわからないけど……この人、今は国内ランキング100番以内の有名人だよ。イッキと同じ格闘型の強い人だね」

「100番以内……ハンドレッドかよ……すげえな」


 100番以内となれば、もはや日本トップクラスと言っていいほどの強さを誇る。

 今や国内に一千万人は超えるほどのプレイヤーがいる中の100番以内である。イッキたち初心者からすれば雲の上の存在とも言える。

 ちなみにハンドレッドとは、国内ランキング100番以内の者を指す通称である。

 1000番以内(サウザンド)から通称で呼ばれ、100番以内(ハンドレッド)、20番以内(トゥエンティ)、10番以内(テンナンバー)と続く。

 まあ、今のところ二人には遠すぎる存在でしかない。


「今本人も説明してるけど、これは上手い人があえて初心者用育成プログラムをやってみようってコンセプトで撮られたみたい。本人の注訳とかアドバイスも入ってるってネット上で評判良かったから」

「ああ、『やってみた』系のアレなのか」


 そんなことを話していると画面が切り替わる。

 アナウンスを終えたハンドレッド・佐藤天伊の【ヴィジョン・天草ミロク】という女子高生にしか見えない人型モデルが映る。

 器用な仕草でカメラに向かって一礼する。半透明じゃなければ人間と間違えそうなくらい自然な動きだ。フローリングの床っぽいところに立っているので、恐らく自室で撮影したのだろう。


 プレイヤーである佐藤天伊は顔出しNGなのか、姿は映らない。


「ほら見ろ! ケーチ! アマイも普通の人にしか見えない【ヴィジョン】組んでんじゃねーか!」


 確かにその通りだ。しかも【天草ミロク】はブレザーを着ている。完全に女子高生だ。

 じっとそれを見ていたケイイチは、首を捻った。


「なんだろう。何が違うんだろう。なんかイッキの【ヴィジョン】って地味なんだよね。華がないっていうか、パッとしないっていうかさ」

「な、なにい……!?」


 女子高生型の【ヴィジョン】が、育成プログラムに添って動き出した。


 激しくショックを受けているイッキと一緒に、ケイイチも一緒に初心者育成プログラムをこなしてみる。

 ケイイチの【風塵丸】は【獣型ビーストタイプ】なので、純粋な人型の動きはできない。なのであまり役には立たないかもしれないが、佐藤天伊の時々入るツッコミや注意は結構面白かった。


「――わたしは育成プログラムの前に、まず正確な動きを再現する訓練の方を勧めるかなぁ。理想はミリ単位。最低でも2、3センチだね。これができたら、紙一重でかわすと同時に攻撃を加える、攻防一体の隙のないカウンターとかできるようになりまーす。まあ今でも時々失敗して食らっちゃうけどねー」


 そんなアドバイスが所々に入る動画は、一時間ほどで終了した。


「――それではご視聴ありがとうございますー。佐藤天伊でしたー」


 彼女の操る【天草ミロク】がカメラに向かって一礼し、満面の笑顔でピョンピョン跳びながら両手を振り……そこで動画は終わった。


「結構面白かったね」

「ああ。……佐藤アマイか、憶えとこう。いつか俺が倒すライバルとしてな!」

「僕が先に倒すけどね」

「へっ。俺なんか明日倒すね! ざまーみろ!」

「……イッキはまだ、まともな対外試合デビューもしてないじゃん」





 何度も動画を繰り返し観て、雑だった動きを磨き上げていく。

 陽が落ちてケイイチが「そろそろ帰る」と言うと、今日も最後にバトルをやった。


 結果は、ケイイチの圧勝。

 イッキの攻撃は一度も当たらなかった。

 ただし、昨日のまともに動けないような試合とは雲泥の差で、ちゃんと試合になっていた。


「明日デビューするの?」


 窓から外に出たところで、ケイイチはちゃぶ台の前で、バトルの反省をしているイッキに訊いた。

 デビューとは、学校でバトルをするのか、という意味だ。

 明日は月曜日、学校である。

 そして学校には【ユニオン】を持つプレイヤーがたくさんいる。今までイッキが羨ましげに見ていた奴らがたくさんいる。


 イッキは、考え込んでどこかを見ていた視線をケイイチに向けた。


「ああ、する! ……って言いたいところだけど、気が変わった」

「え?」

「ケーチに一発ブチ込むまでは、俺は特訓する! 今の俺は強いとか弱いとかじゃなくて、慣れてないからな!」

「――わかった」


 ケイイチは頷き、山本家を後にした。


 あの猪突猛進な山本イッキが、自分で考えてそう結論を出した。

 それが良いことなのか悪いことなのかはケイイチには判断できないが、突き詰めれば「無謀な戦いはしない」という意味になるなら大賛成だった。


 イッキはもう、親友にして、ケイイチのライバルだ。

 自分以外には簡単に負けて欲しくない。


 そして、恐らくイッキも同じことを考えていると、ケイイチは確信していた。





 それから一週間後。


「よし!」


 放課後は毎日毎日特訓とバトルを繰り返した結果、ようやくイッキの【無色のレイト】はケイイチの【風塵丸】に一撃を見舞うことができた。

 これまでは、かすったり浅かったりと、まともなヒットはなかった。だからイッキ的に納得はできていなかった。


「やったね!」


 ケイイチは自分のことのように喜んだ。

 イッキの特訓に付き合ったのは決して無駄ではない。色々な戦法、攻め手の考案に動きの洗練化と、まだまだ初心者だったケイイチにだって必要なことだった。

 やはり【ユニオン】は楽しい。

 友達と遊ぶならなおさらだ。


「でも随分負けたなぁ……二十六連敗か?」

「まあいいじゃない。少なくとも今のイッキなら、クラスの連中にも簡単には負けないよ」

「クラスの連中よりケーチに負けるのがイヤだ」

「同じセリフを返すよ」


 二人は不敵に笑いながら睨み合う。


「絶対追いつくからな」

「そう? 僕はこのまま置いていくつもりだけどね」


 と、ケイイチは【ユニオン】にケースに入れて立ち上がる。もう空は暗くいい時間になっている。そろそろ帰らねば。


「帰るのか?」

「うん。――あ、そうだ。イッキの【無色のレイト(ふつうの兄ちゃん)】に何が足りないのか、ようやくわかったよ」

「え?」


 ケイイチはポケットから一枚のカードを出し、本日を持って卒業となったちゃぶ(せんじょう)に置く。


「特訓完了記念にあげるよ」

「カードか?」

「ただの【装飾品アクセサリー】カードだけどね。――それじゃまた明日」





 特訓は終わった。


「おい! バトルやろうぜ!」


 翌日、山本イッキはようやくデビューを果たした。





 投影された【無色のレイト】の首には、赤く長いマフラーが風に舞い踊っていた。









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