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ユニオン!  作者: 南野海風
中学生篇
49/60

47.人違い!



「――お、イッキだ」

「――あ、ほんまや」


 通りすがりの二人が、友人を見つけて無遠慮に教室に入ってきた。


「何やってんだ? ナンパか? 初日にナンパとかがんばりすぎだろ」

「電脳部行かへんの?」

「――シッ。ちょっと待ってろ」


 通りすがりの友人たるそいつは、顔も視線も向けず、目の前の女子を凝視している。


「……もう一度聞くが、おまえは本当に佐藤アマイじゃない……のか?」

「何度も同じこと言わせないでよ……違うものは違うんだから」





 入学式初日も無事……?終了し、今日のところは授業もなく午前中で終了である。


「あとで話さない?」


 自己紹介中、何事かと思わせる勢いで詰め寄ってきた山本イッキなる男子を、そんな言葉で追い払った相川レン。

 その「あとで」が、放課後に回ってきていた。


 新しいクラスメイトたちも京矢先生も早々に教室を空け、残ったのはイッキとレンだけだ。

 なぜだか教室の中央というど真ん中ポジションで、二人は見合っていた。――イッキは若干緊張しているが、レンはちょっと疲れた顔をしている。


「なんか困ってねえか?」

「困っとるね」


 小学校から続けて同じ中学校に通う通りすがりの友人二人は、新山にいやま開児かいじ萩野はぎの名酉なとりだ。この二人は同じクラスになっていた。


「うん、ちょっと困ってる……」


 レンも、友達ならなんとかしてくれとばかりに溜息をつく。


「あのね山本くん、もう10回は同じこと聞いてるけどさ、何回聞いても答えは変わらないからね」

「……マジで違うの?」

「違うよ。本当に違うから」

「そんなにそっくりなのに?」

「声が似てる人くらい世の中にたくさんいるじゃない」


 そう、相川レンと佐藤アマイは、声がそっくりなのだ。

 イッキは【佐藤アマイ】の声を、動画に入っているものずっと聴いてきた。ネットにある初心者プラグラムと応用プロブラムを、それはもう暇があったり壁に当たったりした時、何度も何度も視聴してきた。


 どうも個人情報は公開していないようで、顔は見ていない。女性というだけしかわからない。

 だが、散々聴いてきた声だけは、間違いようもないくらい耳に馴染んでいる。

 だからイッキは、この相川レンを、勝手に師匠兼ライバルとして見ている遠い存在と認識した。


 恐ろしいまでの直感でしかないのだが、しかし「違う」と言われても信じられないくらい、確信めいたものを感じていた。


 まあ、どうやら、とんでもない勘違いでしかないようだが。


「なんかよくわかんねーけど、人違いだってよ」

「……どうもそうらしい。でもはずれてる気は全然しないんだけどな……」


 イッキはそれでも怪訝な顔で、上から下から相川レンをジロジロ見る。

 どことなく中性的な魅力があるのは、瞳が強いせいだろうか。茶色がかった髪は少し跳ねたナチュラル系のショートヘアーと、芯の強そうな鳶色の瞳がよく合っていた。真新しい学校指定の濃紺のブレザーを着ていて、細くてイッキより少し背が高い。

 特別オシャレに気を遣っているわけでもないが、気にしていないわけでもない。そんな感じの女子だ。


「何があったん? 山本くんが迷惑かけた?」

「迷惑というほどでは……佐藤アマイと間違えられただけだよ」


 互いの性格のせいだろう、女子同士は初対面なのに旧知の仲のように見えた。


「佐藤アマイと? こいつ佐藤アマイなの?」

「違うんだってよ。ガッカリだぜ。紛らわしい」


 なんて言い草だ。勝手に期待して間違えたくせに。自己紹介中に割り込んできて不要に目立たせたくせに。


「……ん? 佐藤アマイ知っとるん? ほな……えっと、誰? 相川さん? 相川さんも【ユニオン】やっとるの?」


 そうなのだ。

 レンは一度も「佐藤アマイとは誰だ」とは言っていない。つまり佐藤アマイを知っているということになる。

 佐藤アマイは【ユニオン】の100番以内(ハンドレッド)ランカーであって、世間的な有名人ではなく、局地的な有名人だ。それを知っているということは、なんらかの形で【ユニオン】に関わっている可能性が高い。


「うん、一応やってるから。今日も持ってきてるよ。あなたも?」

「うち萩野ナトリ。兄ちゃんが買い換えた時に古いの貰ったんよ。去年の末からやから……今ちょうど四ヶ月くらいかな」

「へえー。まだ初心者って感じなんだ?」

「せやねー。まだまだわからんことも多いねー」


 男子そっちのけで女子同士が盛り上がり始めた。この辺のノリは昔も今も変わらない。


「ならこいつの【ヴィジョン】見たら、はっきりするんじゃねえの?」

「それだ!」


 カイジの提案に、イッキは再び色めきだった。

 

「【ヴィジョン】は個人で一体しか持てないもんな。おい相川、おまえの【ヴィジョン】見せろよ」

「えー?」


 レンは渋った。

 さっきガッカリされたことも自己紹介に割り込まれたことも含めて、ここまででイッキに良い感情というものが一つもない。初対面なのに一方的に要求し続けるなんて何様のつもりだ、とまでは思わないが、さすがに理不尽とは思っている。


「別に見せるのはいいけど……でも、頼み方ってあるんじゃない?」

「よろしくお願いします!」


 なんと。予想外に頭を下げられた。

 ここで少しレンは悟った。


 ああ、こいつはただ偉そうなんじゃなくて、ただのバカなんだな、と。ただのバカなだけで、一連の事の全てに悪気はないのだな、と。


「あ、うちも見たい。やっぱ胸板たくましい感じで造ったん?」

「え? …………ごめん、萩野さんの期待には答えられそうにないよ」


 ――相川レンの【ヴィジョン】は、双剣士【雪豹ユキヒョウ】。藍色のセーラー服のような衣装を着た速度重視の軽戦士で、たなびく黒髪が美しい。

 最近ランカー候補として上がってきたそこそこ注目のルーキーである。


 もちろん、佐藤アマイのヴィジョン【天草ミロク】ではない。外見だけなら後からでもかなりイジれるが、機械型(マシンタイプ)以外は体格までは変えられない。

 イッキが散々見てきた【天草ミロク】とは体格が違う。ステータス上の数値割り振りも違うはずだ。


「へえ、ランカー候補なんや。なんや随分強いんやなぁ」

「いやいや。なったばかりだよ」


 教室に呼び出された【雪豹ユキヒョウ】を見て、とりあえず相川レンが佐藤アマイじゃないことははっきりした。

 だが、違う興味が湧いてきた。

 それはゲーマーならば湧いて当然の興味である。


「ランカー候補か……果たしてどれだけ強いんだか」

「なんだと」


 キツそうな見た目によらず穏やかなレンだが、こと【ユニオン】絡みでは黙っていられない。ゲーマーの血が騒ぐことを禁じえない。


「山本くんはどの程度よ。ランカーなの?」

「フッ。聞いて驚け――」


 イッキは大胆不敵にニヤリと笑う。

 まさか、という思いが脳裏をよぎる。

 小学生でランカー候補なら、充分強いし早い方である。


 なのにただのバカなクラスメイトが、苦労して苦労してやっと辿りついた場所の、更に先にいるというのか――


「119勝2332敗の超マイナーだ」


 あまりにも大胆不敵すぎる告白だった。違う意味で。


「そ、そんなに負けこんでるの!? どうして!? 弱いから!?」


 勝負数も然ることながら、尋常じゃない負け数である。普通に仲間内と遊んでいるだけではこうはならないだろう。しかもレンは知らないが、ほぼ一年間での戦歴である。たった一年でこんな凄惨な結果になってしまっているのである。

 というか、そこまで負けこんでなお続けていられるイッキの神経も並外れている。どこかで心が折れても不思議じゃないだろうに。


「その通り、弱いからだ!」

「この野郎カイジ! ボコボコにすんぞ!」

「ホッホッホー。やってみなさいよイッキくん?」


 どんなキャラなのかいまいちわからないが、挑発にはなったようだ。


「よーし今からおまえを血祭りに……いや待て! おまえとの勝負なんていつでもできる! 今はこっちだ!」


 「こっち」とは、レンのことだ。


「勝負しやがれ!」

「パス」


 レンは、それはもう堂々と言い放った。


「山本くんと勝負する理由がないからやらない」

「な、なんだそれ?」

「言葉通りだよ。ランク外なら、私が勝ってもランキング上がらないし。なのに負けたらものすごく下がるし。割に合わないからパス」


 ――一概に「これが正解」という公式発表はされていないのだが、ランキング方式は加点式と言われている。

 大まかにだが、ランカーが100点として、ランカー候補が10点、それ以下が1点という計算式が成り立っているのではないか、と。


 つまり、今のレンなら、イッキに少なくとも10回以上勝たないと順位が上がらない、ということだ。

 なのに負けたら自分の貯めてきた持ち点が、ごっそり持っていかれることになる。


 だからランカーは野良試合をあまりしないのだ。デメリットの方が多いから。

 ランカー……強者の宿命といわれればそれまでだが、しかし対戦相手を選ぶ権利くらい行使しても構わないだろう。


「負けるのが怖いんだな?」

「はいはいそうそう。2000敗の山本くんが怖いからやらなーい」

「な、なんだとこの野郎!」


 挑発したのはイッキのくせに、逆に挑発されていたのでは世話ない。


「誰が体の良い練習台だって!?」

「誰かに言われたの?」

「それはうちの兄ちゃんに」


 なかなか心に刺さる言葉である。


「でも相川さんの戦い、うちも見たかったなぁ」

「あ、萩野さんとはやるよ? やろうよ。山本くんはムカつくからやりたくないだけだし」

「てめえ……!」

「アハハハハハハハ!!」

「つかおまえも笑ってんじゃねえぞ!」

「女にフラれて勝負にも負けて! 今のおまえ……サイッコーに負け犬として輝いてるぜ!」

「フラれてねえし負けてもねえよ!」


 もうぐだぐだである。





「で、そろそろ電脳部行かん?」


 そんなナトリの声が掛かるまで、ぐだぐだは続いた。









あまり意味のない豆知識

 【ヴィジョン】は一人一体までです。たとえ【ユニオン】を二台持っていても、一体しか公式で使用することはできません。その代わりパーツをイジることで別人クラスに変更もできるようになっています。ちょくちょく衣装を変えたり、髪型を変えたりするプレイヤーも多いようです。



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