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ユニオン!  作者: 南野海風
中学生篇
48/60

46.春!




 詰襟が気になる。

 今まではいつもTシャツやトレーナーだったので、詰襟の学ランが気になる。


「イッキ。こっち向いて」

「まだ撮んのかよ」


 山本家から少し離れた公園には、大きな桜の木がある。温暖化の影響で、毎年咲く時期が不安定な染井吉野だが、今年は完璧なタイミングと言えた。

 この桜の前で毎年写真を撮るのが、山本家の風習だった。風習は母親から始まっていて、聞けば母親も学生時代は、ここではないが実家の近くの桜の前で写真を撮ったそうだ。

 まあ、母親は仕事の都合で、今日ここには来られなかったが。


「次は姉ちゃんな。ほら、カメラ貸せよ」


 ほのかに赤く染まった花びらが、あたたかな風に吹かれて舞い上がる。


 ――今日から新学期。

 山本一騎は中学生になり、姉の志津は高校生になった。





 雨天中止ともならず、山本家恒例の撮影会を今年も無事済ませ。

 自転車で違う方向へ行く姉と別れ、イッキは駅へと向かう。


 少子化と統廃合の影響で、この地区に中学校は一つもない。イッキが通うことになる中学校は、JRで20分ほど行った先にある。

 春休みの間に一度行ってみたので、道順も大丈夫だ。

 ただ、朝起きる時間がいつもよりやや早くなったせいで、とにかく眠いが。


 あくびをしながら最寄りの駅へ向かい、すでに来ていた電車に慌てて飛び乗る。

 今までのんびりした徒歩通学だっただけに、時間に追われる通学というのは初めてだ。慣れるしか選択肢はないが、どうにも慣れるかどうか不安だ。


 先行きの不安に溜息が漏れるが、電車はイッキの気持ちなんてお構いなしに目的地へと動き出した。


 この時間帯、学生専用車両には、専用だけにたくさんの学生が乗っている。――統廃合の影響で、イッキのように電車を利用する学生が増えたために作られたのだ。小学生から大学生までを対象としており、特に小学生をサラリーマンのラッシュに巻き込まないよう配慮した結果である。


 違う制服、私服の同年代、イッキでも知っている名門校の制服を着ている小学生など、学生車両らしい乗客層だ。たぶんイッキと同じ中学校に向かおうとしている学生もたくさんいるだろう。

 座る場所は空いているが、座ると寝てしまいそうなので、イッキはそのままドア付近に立っていることにした。


 窓から見える見慣れた景色が、すぐに見慣れない景色に変わる。

 比べるまでもなく自転車なんかよりよっぽど早いので、五分も経たずにイッキの知らない土地まで来てしまっていた。


 目的の駅に着く頃、ずっと気にしていた詰襟を、もう面倒なので一番上のボタンを外すことにした。


 駅に降りてすぐ、大きな交差点を渡ると、桜並木が見える。

 この並木道を行く先に、かつてシズが通い、今年からイッキが通うことになる第九中学校がある。


「……散ってんな」


 枝の間から見える青空が、少し寂しい。

 春休みにイッキが前もって学校を見に来た時は、花に興味のないイッキでさえ満開の桜並木に感動さえしたのだが。

 しかし温暖化の影響か、花びらはもうほとんど散ってしまっていた。





 第九中学校。

 全校生徒数168人。

 一学年60人弱で3クラス構成と、通う生徒数は非常に少ない。


 この時代は、少子化の影響も然ることながら、中学受験が当たり前になっていた。生徒数を確保するための策として、私立中学校が高校・大学附属と統合するところが多くなったのも要因の一つだ。


 中学から寮に住む子供も少なくない。

 年々増えたひきこもりの数と高齢化、そしていじめ対策として、国は寮の利用を推奨するようになった。


 どこで引きこもるのか?

 どこで問題が起こるのか?


 国のお偉いさんがそれを考えた時、小中学生がもっとも事件数が多いことから、早めに親元を離れて自立、同年代との共同生活を経験させることを提案した。

 教師や親の注意ではなく、生徒たちによる、ひきこもり・いじめ対策を狙ったのだ。

 それは脱落者を出さず、一緒に学び、遊び、汗を掻くことをマニフェストに謳われ、昨今では横のつながりを重視するという意味で「手つなぎ教育」と呼ばれた。


 当初は「生徒同士で問題を起こすのに、厄介事を生徒同士に任せるのか?」と不安の声も大きかったが、それこそである。

 極端に言えば、子供が寮に入った時点で親の責任から離れるのだ。

 責任を丸投げされたような形になった教師たちは、本気になっていじめ撲滅を目指さざるを得なくなった。「わかりませんでした」「気づきませんでした」では通用しない環境が成り立ってしまうのだから。

 それに加えて、昨今増えていた育児放棄した親から子供を保護する役目もあったりする。育児放棄して放置するくらいなら学校の寮に預けろ、と。


 他にも色々なメリットとデメリットがあるのだが、一応の評価を得て結果を出しているようで、「手つなぎ教育」は今や一般的な教育方針として確立されていた。





 やや寂しい桜の道を進み、第九中学校の校門を潜る。

 校庭があって、人数のわりには大きな校舎があって。そんな普通の中学校だ。かつては三百人以上の生徒が通ったのだが、今は半分ほどである。


 入ってすぐのところに掲示板が立ててあった。クラス編成を張り出しているのだ。

 イッキと同じように制服で来ている者も、私服で来ている者も、まずそこで立ち止まり自分のクラスを確認する。


 登校時は、桜も生徒数もまばらでかなり寂しい風景だったが、ここに来てようやくにぎやかな光景を見ることができた。


 同じクラスだ、違うクラスだ、とはしゃいだ声を上げる女子たち。

 無言のままチェックして校舎へ向かう男。

 なぜかメモまでしている男。

 早速ナンパ……いや、一足早い自己紹介をしている男までいる。


「……」


 なんか男が妙な動きをしているところばかり目に留まるが、男女比はほぼ同じである。妙な動きをしているから単に目立つだけだろう。

 イッキも自分のクラスを確認して、校舎へと足を向けた。





 教室から体育館へ移動し、退屈な入学式を半分寝ながら聞き流し、再び教室へ戻ってきた。


「入学おめでとう」


 ここ一年一組担任、無精ヒゲでだらしない……若いのか中年なのか微妙に判断できない、およそ二十後半から三十後半の間だろうと思われる男性教諭が、自分の名前を黒板に書いた。


「俺がおまえらの担任になる橋本京矢だ。キョウヤだぜ? キラキラネームの名残があってちょっと恥ずかしい」


 ――いつから始まったのか定かではないが、一世を風靡したキラキラネームの世代は、今や成長し四十・五十、六十代である。

 時々テレビで「変わった名前特集」なんてしている時に紹介されるおっさんおばさんたちの、ちょっと疲れた笑顔が印象的だった。生まれた時から豪華な名前を背負った人生とはいかなるものだったのか……そんな彼らが付けた、一周まわったネーミングセンスが主流になっている今の世代には想像もつかない。


 ちなみに山本家の母の名は「更里さらり」で、先の特集を一緒に見ていた時「綺羅きらりだったらお母さん今悶えてるわ」と漏らしたことがある。

 一字違いで大変な違いである。

 危うく四十代の「綺羅きらり」が同じちゃぶ台にいるところだったのだ。母自身も脅威だっただろうが、我が子たちにとってもある意味脅威だった。

 なお、母は「でも更里さらりでもだいぶキツい」とも言ったとか。


「京矢せんせー、今何歳ー?」

「結婚はー?」

「彼女はー?」

「彼氏はー?」


 くたびれ……いや、くだけた教師と見て、女子たちはこぞって質問を飛ばす。――イッキは密かに「今誰か彼氏って言ったか!?」と衝撃を受けていたが。中学生になろうと相変わらず恋愛関係、男女関係には疎い。


「あー、歳は31。結婚相手募集中。彼女なし。彼氏もなし。はいはい、俺のことはこんなもんでいいだろ」


 「えー」とか「あー」とか反応し、なお質問をしようとしていた女子たちを手で制した。


「俺よりクラスメイトと仲良くしなさいよ。はい、じゃあ、そっちから自己紹介。どこの小学校から来て、この第九中学校ダイクで何したいかとか言えばいいよ」


 促され、あいうえお順で出席番号を付けられたクラスメイトたちが口々に自分を紹介する。

 しょっぱなのファーストコンタクトである。

 いつの時代もこの時の緊張感は変わらない。


 笑いを狙おうとするもすべって結局ぐだぐだになって何言ってるかわからなくなった奴、噛みすぎて何言ってるかわからない奴、滑舌が悪くて何言ってるかわからない奴、小声すぎて何言ってるかわからない奴、早口過ぎて何言ってるかわからない奴……もうわからない奴だらけでわからないことだらけという有様である。


「おまえらちょっと落ち着きなさいよ……」


 京矢がそんなことを言うくらいに、男子たちはボロボロだった。たぶん最初に失敗した奴から緊張が伝染しているのだ。


 まあ、元来平気なタイプというのも、存在するが。


「山本一騎。第二小からきた。よろしく」


 や行の男子として、出席番号11番という男子最後尾になるイッキは、いかにも面倒臭そうに、そしてぶっきらぼうに言って終わらせた。

 早く終わればいいのに、と退屈しながら。





 しかし、イッキの退屈は、この直後に吹き飛ぶことになる。



 


 カタン、と椅子が鳴るかすかな音がした。

 廊下から三列目の一番後ろ、というイッキの席から見て、隣の列の最前列――出席番号一番の女子だ。


「――初めまして、相川あいかわれんです」


 反射的に、イッキはガンと椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

 その声を聞いた瞬間、イッキの退屈と眠気が一瞬で吹き飛んでしまった。


 驚いて振り返るクラスメイトたち。

 その中、今自己紹介していた相川蓮を、イッキは驚きの表情で凝視する。


「お、おう。どうした山本」


 京矢……いや、橋本教諭まで驚いていた。それほどまでにイッキの反応は予想外だったのだ。さっき非常にだるそうに自己紹介した奴が急に色めきだったのだ、驚いて当然だろう。


「おいおまえ」


 イッキは教諭を無視し、驚いている相川蓮に歩みよった。

 ナチュラルにセットした茶髪のショートカットに、芯の気の強そうな瞳がよく似合っていた。


 3秒ほど至近距離でじっと顔を見たイッキは、ごくりと喉を鳴らして、ついにそれを口にした。


「おまえ、佐藤(・・)だよな?」

「え?」


「その声、絶対間違いねえ。おまえは佐藤アマイ(・・・・・・)だよな?」





 ――これが、山本イッキと相川レンの出会いだった。









あまり意味のない豆知識

 第九中学校は、通称「ダイク」と呼ばれています。どこかの交響曲みたいなノリです。





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