44.反骨精神に則って団体戦開始! 録!
「なあ、あんたその大剣よりこっちが本職って聞いたんだけどよ」
好戦的に笑う白いヒーロー【無色のレイト】は、掌に拳を打ち付ける。
「うちの連中の見立てじゃ、腕一本くらいのハンデがありゃ、少しは楽しめるかもってさ。付き合えよ」
えらくストレートな交渉に入ったものだ。
「それに付き合う理由はない。……が」
【アルファ】は左手に下げていた大剣を振り上げ、床に突き立てた。――床は硬質なのだが、それこそ映像空間ならではの現象である。
「私は素手の方が強いが、今更知らなかったとは言わないな?」
――元々【アルファ】の大剣は、怪獣狩りで素手による打撃攻撃が効かない敵に対処するための装備だ。それはセットしたカードや特殊仕様の【ヴィジョン】によっては対人戦でも適応されるので、一応団体戦に持ち込んでいるだけである。
必要とあれば初戦のように投げてもいい。手放しても問題ない。
おまけに今は、大剣を振るう右腕が死んでいるのだ。
いつものように使えないなら、いっそ持たない方が動きを阻害しない。
「言わねーよ。いいからこっち来い。もう始まるぜ」
「ふむ……小学生が年上の女を誘うか。……ちょっと悪くないな」
「あ? なんの話だ?」
「3年後、私に同じことを言えたら褒めてやるって話だ」
二人は歩み寄る。
試合開始場所は、特に決まっていない。必要がなければ各々適当にその辺にいて、距離の取り方から相手の戦法を読んだりもするのだが。
どちらも至近距離による格闘スタイルにして、どちらも正面からぶち当たる直線タイプ。
そして、誘われたからには乗らずにはいられない、直情タイプでもある。
約1メートルの距離を取って、笑いながら睨み合う。
「一応聞こう。勝つつもりはあるんだな?」
「あたりまえだろ。俺の作戦は――あんたをボコボコにしてこいってだけだ」
「――山本くんは」
「……なんだよ」
あの屋上での一件以来、やはり改まるとギクシャクしてしまう。
チーム【第二小学校高学年】の出番は、先鋒カイジ、次鋒ダイサク。
そして中堅はイッキだ。
「何も考えなくていい。そのまま戦えばいいから」
プレイスタイルからして、イッキに小細工の注文は無謀だ。
自分の【ヴィジョン】に仕込んだギミックさえまともに使えないほど不器用なのだ、下手に口出ししたらそれを意識して操作に支障が出る可能性さえある。
「山本くんがどれだけ戦えるかで、勝てるかどうかが決まると思って」
「……俺じゃ勝てねえって意味か?」
「難しいと思う。基本的に相手は私より強い人たちだから」
イッキは反論したかったが、結局黙るしかなかった。
正直この下級生より強い奴がいるというのも信じられないくらいだが、何より本人が認めているのだ。実際そうなのだろう。
まだシキにさえちゃんと勝っていないイッキとしては、更にその上にいるという連中には……負ける気はないが、勝てる自信もさっぱりなかった。
「でもあなたの後には吉田くんが控えているから、後先考えずに安心して暴れてくれればいいよ」
指示らしい指示は、たったそれだけだった。
「ほかになんかねえのか? ああしろとかこうしろとか」
カイジやダイサクには、それらしい作戦があった。だがイッキには特に何もない。
別に不満はないが……いや、やっぱりそれが不満だ。
できるかどうかはさておき、自分だけチームの一員としてやるべきことを課せられないのは、さすがにおかしい。納得できない。
「作戦なんていらないよ。山本くんはそのままが強いから」
――その殺し文句は、効果てきめんだった。
白いヒーローと金目の半竜人が闘志を漲らせる中、カウントダウンが始まる。
「公衆の面前で我々にケンカを売った時といい、今といい、その胆力だけはランカー並だな」
【アルファ】が構える。
肩幅ほどに足を開いて仁王立ちするだけの、簡素な無形の位。
格闘技を習っていたたわけでなし、【アルファ】の構えやバトルスタイルは我流だ。
全方位からの強襲に対応していたら、自然とこの形がもっとも自分に合うと判断し、磨き上げてきた。
無形の恐ろしさは、決まった動きがないことだ。状況に合わせて柔軟に対応する。
即ち、動きが読みづらい。
動画を観て研究したところで、その動きをなぞるとは限らない。ほとんど感情任せ、気分任せのバトルスタイルなので、自分でも予想していない獣のような本能的な動きをすることさえある。
――もしイッキが佐藤アマイのことを知らなければ、案外同じタイプのバトルスタイルを確立していたかもしれない。
「あとはおまえがどの程度強いか、だな。口先だけじゃないことを祈ろう。――先に言うが、前の二人は充分強かったぞ」
イッキはフンと鼻で笑い、構えた。
「俺はいつも通りやるだけだ」
寸分違わない見覚えのある構えを見て、【アルファ】の目が大きくなった。
「【天草ミロク】……!? あいつの関係者か!?」
「始まるぜ?」
5 4 3 2 1 Show Time!!
ここに来て、たっぷり3分間の濃密な試合が行われた。
一方的にやられるかと思えば、白いヒーローのまさかの善戦に客席が湧いた。
昨今では非常に珍しい、カードも現実離れしたギミックも使用されない、ただの殴り合い。
速度こそ相当なものだが、原始的なまでに単純なぶつかり合いでありながら、双方磨き上げた一つ一つの躍動に目を奪われる。
あっという間に終わる派手な試合も、見所が多く面白い。
だが同じ格闘型、どちらも引かないバトルスタイル、意地とプライドを張り合う二体の【ヴィジョン】が魅せる戦いは、一対一の面白さと奥深さがみっしり詰まっていた。
「――チッ!」
蹴り飛ばされた白いヒーローは、飛ばされる己の身体を、床に指を立ててブレーキを掛ける。ガリガリと火花を散らし減速する。
ガードはした。ダメージはない。
そして、やはり追撃に来た半竜人に対応する。
「うおおおおおお!」
六連拳に白火がうずまく。
それを【アルファ】は左手一本で全て受け流す。わずかに急所から逸らすと、拳の隙間に身体をねじ込み、ただでさえ近い間合いから更に接近する。
――この間合い。
イッキがいつも戦う間合いより、一歩内側に入られたこのポジション。
二人の間は30センチほどしかなくて、非常に戦いづらい。きっとカイジに対してイッキがやっているような、剣の間合いの内側に入る行為と同じようなものだろう。
だが、少しずつ慣れてきた。
(なんか見たことあると思えば、こりゃアレだな?)
映画で観たことがある、カンフーだか拳法だかのアレである。とにかくやたら素早いアレにそっくりだ。
そういえば【アルファ】の服装もチャイナドレスだ。その辺を意識しているのかもしれない。……単に動きやすさを重視しただけかもしれないが。
この間合いに入られると防御一辺倒だったが、そろそろ反撃が――という肝心なところで、限界が来てしまった。
「ん……あっ!?」
いつもかすかに聞こえるギアが回る音がしない。
何事かと見れば、代わりにゴリゴリゴリゴリと変な音がした。
そして突然右手が爆発した。
――機械パーツが限界を迎えたのだ。
防御に使い続けたせいで、負荷を掛けすぎた。
試合時間は短いが、攻撃を受けた回数はもう百を余裕で越えている。仕掛けのある武器は壊れやすい設定になっているだけに、むしろこれでよく耐えた方である。
「……ふむ」
爆発し無くなった右手を呆然と見ている【無色のレイト】の眼前には、幾度も味わってきた【アルファ】の掌底が止まっていた。
「この現象は初めてか?」
「……初めてだ。びっくりした」
「そうか。それは驚いただろうな」
突然手が爆発すれば、それは驚くだろう。――まあ経験豊富な【アルファ】は、そのうちこうなるだろうと予想はできていたが。
【アルファ】は手を下ろした。
「もういいだろう。おまえの相棒は限界だ。休ませてやれ」
「……そうか。そうだな」
失った右手。
焦げたレザースーツ。
サングラスはとっくに失い、バイタルチェックをすれば全身にダメージを負っている。
満身創痍、確かに限界だ。
あと二、三発も喰らえば、深刻なステータス異常として表面化するだろう。
利き腕を落とした状態だが、100番以内ランカー相手に、がんばった方だ。
まともな一撃は入らなかったが、浅いのは何発も入った。その証拠に【アルファ】の服は所々焼け焦げている。
「……棄権する」
勝機が見えない。
ならばこれ以上無理して自分の【ヴィジョン】を傷つけたくない。
【アルファ】の厚意に甘え、イッキは棄権を宣言して試合を終わらせた。
「お疲れさま」
「おう」
言葉は少なく、感覚はない。
だが伝わるものはある。
ハイタッチを交わして、これまで戦った者がこれから戦う者に意志を託す。
仲間内に戻ってきたイッキと入れ替わり、ケイイチこと【風塵丸】がフィールドへ向かった。
負けたのは悔しいが、清々しいまでに実力を出し切って負けただけに、イッキの気分は悪くなかった。
あとはケイイチがどうにかするだろう。そういう作戦だ。
「おめでとう。策は成功した」
狐面の巫女はそんな言葉で、健闘したヒーローを迎えた。
「おう。なんかよくわかんねーけど、とにかくやってきたぜ」
いつも通り、何も考えずに全力でぶつかってきた。……これで策が成功したと言われてもいまいちよくわからないのだが。
ダイサクのように右腕を封じるような致命的なダメージを与えてきたわけではないし、正直イッキとしては濃く楽しいバトルをこなしたくらいにしか思えない。
「ならばちゃんと見ておけ。これからおまえの仕事の成果が現れる」
ダイサクもシキも、もはや勝利を確信していた。
「そうだそうだ。ちゃんと見とけよ」
「おまえも知ってんの?」
「あたりまえだろ」
いや、言っているだけである。カイジもイッキ同様、何も知らない。
伝えると動きが鈍りそうなので、この二人には作戦の詳細は話していなかった。
まあ、出番が終わった今、伏せておく必要もないだろう。
「――要するに、山本のスピードに慣れすぎたんだ。その直後にそれを超えるスピードを出されれば、対応なんてできるものではない」
チャンスは最初の一度きり。
相手は経験豊富なランカーだ。
並のプレイヤーならともかく、すぐに意識を切り替えて、【風塵丸】のスピードに対応するようになってしまう。
必要なのはタイミングだ。
どのタイミングで仕掛けるか。
その繊細にしてコンマ1秒を問われるような器用な仕事は、普段細やかな操作で超速度を保つケイイチなら、充分やってのけると判断された。
開始から2秒。
ほんの一瞬の出来事だった。
それは試合時間もそうだが、攻撃が成立した時間も、瞬きの間に始まり、終わっていた。
わざと目に見える速度で肉薄した【風塵丸】が、【アルファ】がわずかに動いた瞬間、風となって真横を通り過ぎた。
それで呆気なく勝負はついていた。
宣言通り、チーム【第二小学校高学年】のランカー殺しは、果たされた。
あまり意味のない豆知識
ケイイチは試合直前、10個以上の飴を消費しました。




