43.反骨精神に則って団体戦開始! 記!
宮田ダイサクは、面子の中では一番ベテランだったりする。
【ユニオン】を入手した直後は狂ったように遊び続け、近頃はめっきり落ち着いてきたところだ。
長いゲーマー生活で色々なことを経験し、考え、培ってきたが、ようやく一プレイヤー・宮田大作としての答えのようなものに到達したように思う。
それは、己の役目を果たすこと。
元々ミリタリー好きだったのもあるが、実兄の付き合いでチーム戦――いわゆる戦争という、リアルで言うところのサバイバルゲームで遊ぶことが多かったダイサクは、アマチュアではあるが軍隊行動というものを叩き込まれている。
兵士は駒である。
駒は駒としての役割を果たし、初めて駒となる。
命令を遂行できない兵士は、ただの愚図だ。
可もなく不可もなく完璧にこなしてこそ兵士が生きて、隊が生きる。
――プロの世界がどうかはわからないが、ダイサクはそう教わってきた。
「さっき聞こえたんだが、誰がビビッてるって?」
「空耳でしょう」
「わざと聞こえるように言ったよな?」
「気のせいですよ」
不穏に輝く金色の瞳と、表情の見えないガスマスクの兵士。
幻想と現実、両極端の【ヴィジョン】が向かい合う。
「――どっちにしろ、実際ビビッてるでしょ?」
カウントダウンが始まる。
「なかなか挑発が上手いな」
無情に刻まれる数字は、まるで寿命を示すかのように減っていく。
「だが、かわいくない」
――Dead or Alive!
開戦のベルが鳴る。
誰が欠けても不可能である。
この作戦は、元々不可能に近い確率のものだからして、個人に掛かる負担が非常に大きい。
「宮田くん」
「わかっている」
作戦会議の最中、カイジへの指示出しが終わった後、シキの瞳がダイサクを捉える。ダイサクは己のやるべきことを説明するまでもなくわかっていた。
「俺は片落ちを狙おう」
発案者だけに、ベテランでもあるがゆえに、ダイサクには特大の課題が課せられることになる。
ダイサクの仕事は片落ち。
翼をもぐこと。
または平均している何か片方を落とすこと。
――半竜人【アルファ】の片腕の「骨折」か「裂傷」を狙う。
できればプレイヤーの利き腕らしき右腕を奪いたい。速度を削ぐ足でもいい。左腕ははずれだが、最悪それでもいい。だが武器破壊はダメだ。【アルファ】は素手でも同じくらい強いので意味がない。
ここで四肢の一つを封じないと、後に控えるイッキとケイイチの作戦が潰れる。
ランカー殺しへの狭き門が、更に狭くなる。
「宮田くん。私は次鋒のあなたが仕事をこなせるかどうかで、このランカー殺しの成否が問われると思っている」
「…? まあ、そうかもしれんが」
シキの言い方に違和感を憶える。こんなプレッシャーのかけ方はしない奴だ。
「早乙女、何を考えている?」
「何って、ランカー殺しだけど?」
しれっと答えたシキの言葉に、……ダイサクは真意を見出し笑った。
「そうか。ならば少々がんばらないとな」
ダイサクは、シキの本当の狙いに気がついた。
――早乙女シキは、「五人」ではなく「四人」でのランカー殺しを狙っている。
開戦のベルが鳴る。
【迷彩男】は素早く腰のハンドガンを抜き、構えると同時に発泡する。熟練を感じさせる正確な動作は、それこそプロの傭兵のようだ。
だが、相手はランカーである。
それも100番以内である。
【アルファ】は重い大剣を肩に担いだまま、飛んでくる弾丸を避けながら突っ込んでくる。
避ける先への先読み、注意を一箇所に集中させないために顔面から足から、まばらだが執拗に急所をピンポイントで狙う銃撃は、確かにかわしづらい。
だが正面からの攻撃など当たる相手ではない。
それに、もうすぐだ。
16発を撃ったところで、わずかに間が空いた。
弾切れだ。
構えたままの銃から、撃ち切ったマガジンが落ちる。
左手で予備のマガジンを用意し、再び装填する。
一秒もかけないほどの早業だが、【アルファ】にはそれだけの間があれば充分である。
充分相手を始末できる。
足元に転がるものさえなければ。
ダイサクはマガジンを抜くと同時に、【手榴弾】を転がしていた。
ピンは抜いていない。
【アルファ】はそこまで見ているが、だからこそ危機を感じて接近を中断し、身を翻す。
カーン カーン
銃弾が金属をはじく、乾いた音を発てる。
その都度、無造作に転がっていた【手榴弾】が踊るように宙を舞う。
正確なショットができれば、これくらいは造作もない。舞う【手榴弾】は半端に【アルファ】を追いかけたところで、再び床に転がった。己を動かす原動力がなかったからだ。
「……」
「……」
距離を取ったまま睨み合う。
【アルファ】は、予想外に落ち着き接近を許さなかった、小学生離れした動きを見せる【迷彩男】を警戒する。
あのまま強引に行っていれば、恐らく負けていた。
たかが【手榴弾】一個くらい何も怖くないが、あの一個が何かに繋がるのであれば、至近距離で爆発させてはいけない。【アルファ】の勘がそう告げている。
その勘は当たっていた。
ダイサクとしては、できれば小学生相手にナメてかかって、正面から堂々接近してもらいたかったのだが。そのために挑発もしたのだが、やはりベテランはあの程度の挑発では熱くならないらしい。
前試合の【断罪の騎士】戦でもそうだったが、【アルファ】は子供相手に手を抜くような真似はしないようだ。
技の出し惜しみはしているだろうが、有効にして必要とあれば切り札を出すことにも迷いはしないだろう。
だが、これも想定内だ。
警戒させて足を止めさせた今、ダイサクは切り札を出せる。
ダイサクは銃を構えたまま、左手で腰の【煙玉】――スモークグレネードのピンを抜いた。
数秒後、己から煙が発生し、ダイサクを覆い隠す。
更にダイサクはスモークグレネード数個を巻いてフィールドに煙幕を張ると、持ってきた【手榴弾】をすべて投入した。
【アルファ】には見えない中で、不快な金属音がいたるところで聞こえたはずだ。
――あとは、待つのみ。
「竜砲!」
案の定、【アルファ】は安易なカードを切った。
先の試合で見た、恐らくは【風属性】と【衝撃属性】の混合魔法で、煙を払いに掛かる。
――カイジがもたらした情報は、ここで生きた。
反応が速い奴こそ、安易な抜け穴を使うものだ。すぐに煙幕を払う技があるからこそ、その手元にあるカードを愚直に使いたがる。
【手榴弾】で焦らせたのも加味して、それをやることは想定していた。
煙幕の中央にいる【アルファ】から、先程までダイサクがいた位置まで、突き抜ける竜の衝撃が煙を払う。
それと同時だった。
カッ!
「なっ!?」
払われた煙幕の向こう側から射した閃光が、【アルファ】の視界を焼いた。
ダイサクは、用意していた【閃光手榴弾】を、【竜砲】の声が聞こえると同時に使用した。その結果である。
煙幕だけでは目くらましには不安だ。これを使用して初めて相手の視界を塞ぐことができるのだ。
ばらまいた【手榴弾】が爆発する中、ダイサクは静かに標的に近づく。
あとは、負けるだけだ。
視界を塞がれた【アルファ】は、予想外の苦戦を感じていた。
小学生で無名のプレイヤーと、侮ったわけではない。
小学生で無名にしては、相手が強いのだ。
先のフルアーマーの騎士にしても、【アルファ】の攻撃を二回もかわしたのは賞賛に値する。あの重装備で「受ける」のではなく「かわした」のは、明らかにプレイヤーの実力だ。
【竜砲】という技を使わせたのも、あの騎士の実力だ。
焼かれて白くなった世界を見つめる。
ばら巻かれた【手榴弾】が爆発を始めるが、【アルファ】は動かず、気を張り詰める。爆風で煙は晴れているかもしれないが、違うもので視界を塞がれているので、今は意味がない。
始めたばかりの初心なルーキーじゃあるまいし、みっともなく焦るわけもない。
床に跳ねる金属音は聞いた。
落ちた場所は音から察しがついている。自分の近くには一つもない。
光による【盲目状態】は、長くて10秒。
つまり10秒待てば状態は回復する。
――【手榴弾】より怖いのは、あの【迷彩男】の方だ。
【ヴィジョン】では体感はできない。だから全力で音を探る。
この機会に何も仕掛けて来ないような、そんな素人を相手にしているわけではない。恐らくここまでは【迷彩男】の筋書き通り試合が運んでいるに違いない。
玄人ならば、ここで必ずリタイヤを狙ってくるだろう。これ以上のチャンスが今後あるなどと甘いことは考えないはずだ。
素人なら遠距離から狙ってくるかもしれないが、より確実に仕留めるなら、至近距離からの攻撃だ。
強力な銃器は持っていなかったのは確認している。隠し持っていた「ライフルを組み立てる」だとか「RPGを用意する」という異音が聞こえたら、10秒間全力で動き回るだけだ。現実じゃないだけに、そういう異音は、よく聞けば爆発音の中に紛れても聞こえるのだ。――正確にはあと6秒だが。
仕掛けてくるならそろそろ限界――というタイミングで、わずかに、本当にわずかに靴音が聞こえた。
「フッ!!」
聞こえたと思った瞬間、大剣を振り回す。
刹那、視界が戻り――
すぐ近くにいた【迷彩男】を、確実に捉えたのを確認した。
――途端、【迷彩男】は爆発した。
ピンを抜いた【手榴弾】を、レバーを引いた状態で持ったままだったので、支えを失ったそれが起爆したのだ。
落ちた音は聞いていたが、落ちていないものまでは把握できなかった。
目の前で起こった自爆に等しいカウンターを、【アルファ】は避けることができなかった。
とっさに、本当にギリギリで、右手だけが反応して顔や頭といった急所をガードするのが精一杯だった。
こうしてダイサクの片落ちは成功した。
相手が気づくのも、直撃する爆弾を咄嗟に利き腕でガードすることも計算していた。普通のプレイヤーなら完全にやられているタイミングだが、剣を振りながらでもそういう無茶をこなすのがランカーという存在である。
「予想通り動いていただいて助かりました」
試合が終わり、消滅した【迷彩男】が、【アルファ】のすぐ目の前に戻ってきた。
「……本当にかわいくないな」
「骨折」と「裂傷」を負った右手を眺めて、【アルファ】は吐き捨てるように言った。
「おまえは嫌いだ」
「それは残念。俺はあなた好きですけどね。――わかりやすくて」
己に課せられた仕事を過不足なくこなし、【迷彩男】は戦場に背を向けた。
あまり意味のない豆知識
「自爆スイッチ」こと【行動不能爆弾】は、公式の個人戦・団体戦では使用不可能となっております。




