42.反骨精神に則って団体戦開始! 伐!
「――先に言うけれど、成功率はほとんどないと思って」
作戦を決める段になり、元ランカーはやる気になった少年たちを戒めるように言った。
「宮田くんは、どれだけ難しいかわかっているよね?」
「まあな」
ダイサクは発案者として、そしてそれなりのベテランとして、ランカーの強さはよくわかっているつもりだ。
「だが何もできないまま終わるのは嫌だ。それは早乙女も同じだろ?」
当然である。
そもそもシキには、負けず嫌いもあるが、元ランカーとしてのプライドもある。相応の死合ができなければ、シキの知り合いからライバルから叩かれたり、つるし上げられたりもするだろう。
ただでさえ先日のチーム戦で「刀娘」の一員として参加し負けたことは、そこそこのニュースになっているのだ。これ以上の失態はシキも御免だ。
「そう……じゃあ、とりあえずターゲットを決めるところから始めようか」
――小学生から挑戦状を叩きつけられた英雄【エルク・ドグマ】は、逡巡を見せない即答快諾で答える。
会場は湧きに湧いた。
【ユニオン】における無名選手のランカー殺し、大物食いは、ほとんどがセカンドキャラ以降に寄るものが多い。
何らかの事情で【ヴィジョン】を消し、新たな【ヴィジョン】を作製し、プレイヤーが経験を得た状態での再スタート。いわば二周目である。
しかし、いくら初期化しても脳派は運営側に登録される。
そういう使用者は変わらないのに【ヴィジョン】は変更された場合は、ヴィジョン名の後ろに「2nd」や「3rd」と表示されるのだ。たとえ新しい【ユニオン】に買い換えても、大元に個人情報と脳波が記録されているので、その表記は消えない。
そして今回、ランカー殺しを宣言までした【第二小学校高学年】は、全員がファーストヴィジョンである。名前を見ればわかることなので、それは周知の事実である。
これで成功すれば、相当珍しい現象が起こることになる。
もちろん生半可な腕では絶対に不可能なことだ。
それもあの【ドラゴンキラー】相手にやろうだなんて、あまりにも無謀である。
だが、采は投げられた。
ここにいたっては、もう心配する必要もないし、「やっぱり無謀なことに挑戦しないでいい」と諦める必要もない。
すでに事は動き出しているのだから。
もっとも超え難い「挑戦状を叩きつける」というバカな行為を、バカが迷うことなく簡単にこなしてしまったのだから。
――イッキは子供らしい顔でニーッと笑うと、英雄からマイクを奪い取った。
「俺らの相手はおまえだ! 半竜人!」
だがしかし、言い放ってマイクを床に叩きつけるその態度はまったく子供らしくなくて、その姿はプロレスのヒール役のようだった。
「私なら勝てると思った? 随分軽く見られたもんだ」
ご指名を受けた半竜人【アルファ】は、身の丈ほどの大剣を担いでフィールドの中央に歩み出た。
金色の瞳が好戦的に光り、さも面白そうに笑っている。
「いやあ……超こえーっす」
小学生からのトップバッターは、カイジこと【断罪の騎士】だ。
試合の緊張はないが、ただただ強者と後がないバトルするというプレッシャーはちゃんと感じている。本人は冷や汗だらだらだ。
【アルファ】の強さは、ちゃんと調べてきた。作戦会議の段階でバトルしている動画を漁ってきた。
スピードを兼ねたパワー型。
これに100番以内まで上り詰めるほどの経験とテクニックがあるとすれば、弱い要素なんて一つもない。
(ちっとケイイチの気持ちがわかるわ……)
なんか、こう、内蔵が上がってくるかのような不快感がある。このまま行ったら口から臓器が飛び出すんじゃないかと心配になる。臓器じゃなくてもリアルに昼メシが飛び出すかもしれない。
果たして、どれだけ役目を果たせるだろうか。
自分のバトル次第で、今後の流れが大きく変わるということを言い渡され、
5 4 3 2 1 弱肉強食!
ついに目の前でカウントが取られ、試合が開始するこの段階になって、カイジの緊張がピークに達しようとしていた。
「――狙うのは【アルファ】がいいと思う」
「同じ意見だ」と、ダイサクとケイイチの即答を経て、シキはその理由を語った。
英雄【エルク・ドグマ】は、とにかく逆境に強い。
追い詰められれば追い詰められるほど集中力が増すタイプだ。こういう尻上の長期戦に強い奴は、今回の作戦に向かない。
鉄の要塞【カルカナホルン】は、防御に優れている。
防御を固めている相手を崩すのは非常に難しく、経験不足も甚だしいこのチームでは不可能と判断した。
防御型といえばカイジの【断罪の騎士】がいるが、【断罪の騎士】は盾を使わない。盾使いの防御型はまた違うのだ。
力押しで行けるような未熟な防御型なら、ぶっつけ本番でチャレンジするのも一つの手だが、「鉄の要塞」の異名は伊達ではない。
シキはぶっちゃけ一度に五人掛かりでも彼女の盾を破れる気がしない。
破壊の癒し手【タイラー】は、とにかく対人戦の情報が少なすぎる。
何をするかわからない、ということは、攻略の策も立てづらいということだ。作戦なしでは絶対に勝てないランカーたちである。その辺を考えると真っ先に対象から外すべきだ。
こうして半竜人【アルファ】が、消去法で選ばれた。
【アルファ】は、大剣と拳闘を同時にこなす攻撃型の武闘家だ。スピードもパワーもテクニックも併せ持つ、普通に考えれば勝てる見込みのない相手である。
……というか、そもそも誰を選んでもレベル差は歴然としているのだが。
しかし、見た目通り直接攻撃が主体なので、攻撃が読みやすいのは確かだ。攻撃が読めれば反撃の機会も回ってくる。
「一番手は新山くんがいい」
「あ? また盾か?」
「うん。――もしかしたら本意がわかってないかもしれないから、はっきり言うね」
――カイジの試合内容によって、後続に掛かる負担が変わる。
(防御型の仕事、ね)
防御型の仕事なんて考えたこともなかったが、その辺を踏まえたのか、きっちりはっきり説明された。
団体戦における防御型の仕事は、相手の手の内を引き出させること。
どんな動きをして、どんな攻撃をして、どんな癖があって、どんな隙があるか探ること。個人戦ならこれらを踏まえて、相手の隙に攻撃を仕掛けるのだ。
そして今回のような団体戦なら、後続に情報を伝える役割を持つ。
相手が強ければ強いほど、その情報は重要なものになる。
動画で観ただけではわからない生の試合を、生の動きを、今日の仕上がりを、仲間に見せること。
それがカイジの役割だ。
(どんだけ粘れるんだか……)
動画で観た限りでは、絶対に自分には手に負えない相手だ、と思った。
動きのキレも、トリッキーさも、そして大剣の一撃も、どれもこれもが仲間内とはレベルが違う。
ただ、たった二つだけ、【アルファ】を超える要素を経験している。
それも散々、毎日のように経験している。
それは――
「っと!」
開戦合図から数秒動かず見合った後、【アルファ】は真正面から突っ込んできた。威力を物語るようなすごい風の音を発てる横薙の大剣を、焦らず一歩下がることで回避する。
それは、攻撃速度と移動速度だ。
その二つだけはこの100番以内ランカーより、下級生の元1000番以内と、友達の狼男の方が優っている。
どちらも、というかどれもこれも高い水準で保っている【アルファ】はすごいが、防御だけに徹すれば、少しは粘れる気がする。
(あと注意するのは奥の手か)
必殺技、あるいは必殺に繋げる小技。ランカーならば必ずと言っていいほど持っているものだ。
それを回避あるいは最悪負けてでも使わせるのは、後続に伝える大事な情報だ。
それらを出させる前に、通常攻撃で負けては話にならないので、カイジは気を引き締めて相手を観察する。構えてはいるが剣を振る気はない。
全身全霊で防御を固め、耐えるのみ。
「……ふむ」
【アルファ】は一つ頷き、剣を肩に担いだ。
「色々考えてきたのはわかった。――でも私がそれに付き合う理由はない」
来る――
そう思った時には、大剣の切っ先が【断罪の騎士】の兜を掠めていた。
かわしきれなかった。
だがしかし、カイジにはちゃんと見えていた。
反応が遅れたから当たったのではない、それが最速にして最小動作での回避だったのだ。
そうじゃないと、次の攻撃に対応できないから。
投げた大剣を追うようにして、半竜人が獲物に襲いかかる。
攻撃を防御しようとする……が、【アルファ】は伸ばせば手の届く距離で止まり、ひどく緩慢な動きで【断罪の騎士】のアーマー、胸板に右の掌を置いた。
間近で見る金色の瞳が、獰猛な獣を思わせる。
ファンタジーでは最強の生物として語られることの多い、ドラゴンの瞳だ。
「喜べ。小学生にこれを使うのは初めてだ。自慢していい」
ヤバイ。
そう思った時には遅かった。
「――竜砲」
鎧を無視して突き抜けるのは竜の衝撃。【打撃属性】と【風属性】と【衝撃属性】の混合魔法だ。
声をかき消すような激しい衝撃音とともに、【断罪の騎士】は吹き飛ばされていた。
「すげえな」
イッキの呟きに、全員がうなずいていた。
初手で、【アルファ】は【断罪の騎士】の役割を見抜いた。
そして恐らくカイジの経験不足も見抜いた。
防御するのは攻撃だけ。
カイジが防御を固めようと意識すればするほど、攻撃以外の接触が容易になる。経験不足なカイジの頭には、攻撃以外の接触なんて想定していなかったからだ。熟練者なら巧みに剣を振るったり間合いを調整したりと、牽制の動きを見せたはずだ。
攻撃なら反応しただろう。
普段のカイジなら、あのくらいのスピードにはついていける。
どんなに鋭かろうと、強烈だろうと、きちんと反応し対応できたはずだ。
一撃で試合が終わった。
終わったと同時に、リタイヤして消えた【断罪の騎士】と、バトルの邪魔になるので使用上この場から消えていた団体戦メンバーが現れる。
「……ふー。わりい、もうちょい粘りたかったんだけど」
カイジは大きく息をつき、それだけ言った。
時間を見れば、開戦から1分も経っていない。いわゆる秒殺だ。
「問題ない」
次鋒を務めるのはダイサク――【迷彩男】である。
「【アルファ】はおまえを『アレを使わないと倒すのに苦労する相手』と見越した上で使用した。通常攻撃でもその内倒せただろうが、それをしなかった。なぜか? 俺たちに情報を漏らすのを避けたかったからだ。つまり、」
【断罪の騎士】の隣を【迷彩男】が過ぎる。
「あいつはビビッてるんだ。おまえに。俺たちに」
「えっ!? マジで!?」
少々落ち込んでいたカイジは、その一言で俄然元気になった。
そう、別に嘘はついていない。
ランカークラスともなれば、知らない相手と対戦する時は、誰でも慎重になるのだ。
相手が自分を攻略しようと策を練って来ているとなれば、なおさらだ。
片や何をするかわからない相手とバトルするのと、片や何をするか知っている相手とバトルするでは、心理的に掛かる圧も桁違いだ。
もちろん動画を観てきたイッキらの方が、有利だ。
……まあ、多少誇張した表現があるのは否めないところではあるが、まるっきりの嘘ではない。
「ちゃんと見ていろよ。もっとビビらせてやるから」
あまり意味のない豆知識
本来の「竜砲」は、近距離から中距離用の飛び道具です。対人戦では相手を吹き飛ばすことはできても、致命傷を狙えるほどの威力はありません。今回は密着している上に心臓を的確に貫いたので、一撃必殺となりました。




