38.本戦、午前の部終了!
――5 4 3 2 1 戦闘開始!
開始のサインが出ても、お互い動かなかった。
二足で立ち構えている銀狼【風塵丸】。
対するのは魔法力を強化する【本】という武器を持つ、つばの広い魔法使いの帽子と裾の短いローブ、ニーソックスにハーフブーツという典型的な魔法使い……【魔女】っぽいヴィジョン【魔法人形師】。
異様なのは、彼女の真後ろに、幽霊のように存在する「クマの人形」だ。【魔法人形師】と同じくらい大きい「人形」が、ゆらゆら浮かんでいる。
――わからない。
動かなかった、というのは、正確には誤解である。
相手はどうだか知らないが、ケイイチは動かなかったのではなく、動けなかったのだ。
【魔法人形師】の攻撃パターンがまったく読めなかったから。
剣を持っていれば件で攻撃する、銃を持っていれば銃弾が飛んでくる。視覚的要素で攻撃パターンを読むのは基本中の基本だ。
読ませないようにするのもテクニックではあるが、それにしてもこれは、本当にわからない。
(魔法使い型? ……あんな魔法あったか?)
それっぽいのは知っているが、クマの人形型は知らない。「クマの人形」はなんなんだ? 武器なのか? ただの【装飾】扱いなのか? さすがに意味がないとは思えない。
――可能性を考えるなら。
普通に考えたらありえないが、そうだったらもっとも驚くような仕掛けがあるとすれば。
あの人形が本体だったら。
前にいる【魔女】がむしろ「人形」で、背後の浮きグマが実は【ヴィジョン】という可能性。
その可能性が当たっているとすれば、【魔女】は囮だ。ポジション的にも、本体らしき【魔女】に攻撃してみたら、「クマの人形」の目の前で隙を晒すことになりかねない。
動けないケイイチを前に、先に仕掛けたのは【魔女】だった。
ゴォッ
右手で【本】を掲げると、全身を取り巻く風が起こった。ばさばさと本のページがはためき、ものすごいスピードでめくれていく。
コンマ3秒。
ケイイチは読んでいる。
いつの間にか消えていた「クマの人形」が、【風塵丸】の背後に現れていたことを。
ケイイチもよくやる目くらましである。何かで気を引き、闇に紛れるようにして仕掛けるのだ。
しかも【風塵丸】なら、正面からでもできるスピードがある。
――ここだ。
「クマの人形」が振り上げた巨大な右手を振り下ろす直前に、【風塵丸】は眼前の【魔女】へと肉薄した。
目にも止まらない超速の接近。
しかし【魔女】は対応した。
【魔女】の真正面に、数百本の氷柱の壁が現れた。
先読みだ。恐らくは軽装の【風塵丸】を見て、スピード型だと見抜いた上での行動だ。掲げた【本】は魔法を使う予備動作だったのだろう――わざわざ見せたということは、行動を誘う虚実でもあった。
真横にした剣山のようなそれは【魔女】を覆い隠し、正面から駆ける【風塵丸】の直線上に設置された。
見えないほどの速さである。
そこにいきなり壁を用意されれば、激突するのは必定。
――ただしそれは人型だったらの話だ。
二足ではなく四足で疾駆する獣型】の安定性なら、このスピードからの方向転換も可能。曲線や円という繊細なテクニックを必要とする微調整の動きはできないが、直線から直線を結ぶことなら簡単だ。
氷壁の直前で、四十五度で真横に折れる。
更に直線でL字を描き、氷のない真横から【魔女】に迫った。
一瞬である。
それだけの動きをごく短い時間に凝縮し、【風塵丸】の爪が【魔女】を引き裂いた。
――この時点で、ケイイチは読み負けた。
攻撃が成立した瞬間、【魔女】が掻き消えて。
場所を入れ替えるようにして、「クマの人形」がそこに現れた。
「入れ替え!?」
操作【ヴィジョン】と同程度、または上回る質量を持つ「物質」との立ち位置を入れ替える、空間移動系の移動カード【入れ替え】だ。
それを理解した瞬間、銀狼は殴り飛ばされていた。
激流から大きな鮭を弾くような、強烈なクマのアッパーだった。
「イェー! お疲れー!」
先にお疲れしていたカイジは、ちょっと嬉しそうに負けたケイイチを出迎えた。かなりムカつくが、まあ、負けたものは仕方ない。
これで、第二小学校の個人戦は全滅だ。
直前に戦ったカイジも、今戦ったケイイチも、本戦一回戦敗退である。
一回戦で100番以内とやりあうことになったカイジは……さすがに運がなかったと言うべきだが、ケイイチの相手はランカー候補だった。
しかしカイジよりは勝算があったものの、結局負けてしまった。
「相手おもしろかったな」
観戦していたイッキは、例の【魔女】と「クマの人形」のコンビ【魔法人形師】の動きに感心していた。
「形は違うけれど、吉田くんと同じトリックとトラップを上手く使うタイプだね」
シキの言う通りだ、とケイイチは思った。
ある程度までは速度押しだけで行けるが、ある程度からは速度だけでは勝てないのだ。だからケイイチは速度を活かすために様々な工夫を考えている最中だ。
そしてもっとも効果的だと思えるのが、トリックプレイだ。いかに相手を騙すか、気取られないよう動くか、驚かせるか……そんなことを考えながら遊ぶようになった。
今の試合は、簡単に言えば読み負けたのだ。
相手の奇抜なトリックを見抜けていたら……見抜けないまでもどんな動きをするか予想さえ立てられれば、もう少し善戦できていたかもしれない。
だがどっちにしろ、勝つのは難しかっただろう。
あの様子では、相手はまだ奥の手を残していたはずだ。余裕の一戦だったに違いない。
「……いや」
ぜひフレ登録していずれ再戦を、と思ったのだが、先の舌戦での相手の恐ろしさを経験してしまっている今、ケイイチにはもはや、例の女子高生に声を掛ける勇気はなかった。
先の一件はトラウマである。
考えたらシキのことも怖くなりそうなので、あまり考えないようにしているくらいだ。
先の一件は完全にトラウマである。
思い出しそうになったので慌てて頭を切り替えた。
「で、これからイッキのサバイバル戦だっけ?」
「おう。そしたら昼飯食って、午後の団体戦だな」
少年たちは、サバイバル戦のある四階へ移動する。
「負けた!」
サバイバル本戦一回戦目、イッキはほとんど秒殺で敗北した。もう笑っちゃうくらいあっけない試合だった。
仕方ないだろう。
こっちはランカー十数名が同時にひしめく地獄の超難易度だ。
ランカー候補や元ランカーにも勝てない今のイッキでは、逆立ちしたって勝機はない。
「ありゃひでえな……」
負けて帰ってきた友達に、カイジにはそれだけしか言えなかった。
もはや何がどうなっているのかすらわからない。
巨大魔法が飛び、【ヴィジョン】が宙を舞い、爆発が頻発し、時々落雷があったり銃声が響いたりレーザービームが尾を引いたりと、混沌と呼ぶに相応しい生き残り戦争だった。
サバイバルは、所々で起こる戦闘を分解して、スローや停止を交えて動画で見ると、見所が満載で面白いのだ。……四方八方を敵に囲まれるプレイヤーたちは大変だが。
「午後にもう一回出番があるんだったか?」
ダイサクの問いに「おう」と答えるイッキは、楽しそうに笑っていた。あそこまで色々が一気にありすぎると、悔しさは湧かないようだ。
あまり意味のない豆知識
イッキは、流れ弾ならぬ流れロケットランチャーが直撃してリタイアしました。サバイバルでも一、二を争う派手な散りざまでした。




