36.山本流星! せず!
場所が狭いので、【ヴィジョン】の縮尺を調整する。だいたい二分の一スケールだろうか。これくらいなら不都合なく戦えるだろう。
ちなみにシズは、昼食を作るためもう家に入っている。
「イッキ、始める前にこれだけは言っとくぞ」
【ユニオン】を装着した従兄弟は言った。
「魔法使いってのは万能職なんだ。どんな状況にも対応できるし、どんな相手でも勝てる可能性がある。一方的な負け戦には絶対にならない。なるとすればそりゃプレイヤーが未熟なだけだ」
リュウセイとしては、なぜ魔法が普及しなかったのかの方が不思議だった。
これほど多彩で面白い武器、【ユニオン】でも随一なのに。
「忘れるなよ。魔法使い型は本当はどんなタイプの【ヴィジョン】よりも恐ろしいんだ。絶対に油断するな」
「わかったじゃあ早くやろうぜそして帰れ」
「……聞いてよー」
明らかに聞いていないイッキにリュウセイはがっかりした。
――聞いてないわけではない。
「油断するな」なら、下級生の元ランカーに散々切り刻まれながらちゃんと教えてもらった。
そもそもイッキは、油断できるほど自分が強いとも思っていない。
本戦出場を決めた、という事実を取っても、このチャラい大学生は少なくともそれだけの実力はあるということだ。
それに、観戦している様子からして、境界線を超えている節もある。
油断できる理由がない。
ここに来てようやく、いつものやる気が湧いている。
「おしゃべりしたいだけなら帰れ。バトルやるなら今すぐだ」
いつも通り気が逸っているだけだ。
相手がリュウセイじゃなくても変わらない、いつも通りに。
「だってよー……せっかくやるのにすぐ終わっちゃつまんねーだろー」
「勝てる気か?」
「今のイッキくらいならな」
――直感だが、「真実だろう」とイッキは悟った。下手な挑発でもなければ、おごっているわけでもない。
ただの真実だ。
ただ単に、リュウセイの方が強いという事実だ。
「まあ、うだうだ言っててもアレだし、そろそろ始めるけどよ――」
【ユニオン】越しにはほとんど見えないが、リュウセイの目付きが変わったことがわかる。見えないはずの真剣な目に、目に見えて緊張感が高まる。
「最後にこれだけ。――おまえは嫌かもしれないが、俺は『非力な魔法使い』を演出するために、この【十字架音】を創った。この容姿が一番魔法が映えると思ったからだ」
魔法。
口で言えばなんとなく連想できるが、具体的なそれは、まだイッキには未知の世界である。
「とことん魔法にこだわる。そして魅せる。それが俺の戦い方だ」
視点をFPSに変更する。今回のスケールだと見下ろすような視点となるが、これなら縮尺も何も関係なく、いつも通り操作できる。
二分の一スケールの【無色のレイト】の目の前に、【魔女】がいる。
【十字架音】。派手なフリルの黒衣で、スカートはやはり短い。決して大柄な設定にはしていない【無色のレイト】と比べても小さい女の子だ。……あとやっぱりちょっと姉に似ている。
そして、素手だ。
魔法使い的な杖やロッドなどを持たない丸腰である。
――イッキは知らないが、【指輪】という魔法力を上げる武器を装備しているのだが。
しかし直接使える武具ではないので、当たらずとも遠からずだ。
姉に似ていることには目を瞑るとして。
初めての魔法使い型とのバトルである。
いったい何をするのか。
どんな攻め手を見せてくれるのか。
どんな戦い方をするのか。
魔法という己の全く知らない武器を駆使するであろう相手を前に、興奮が高まる。
5 4 3――
一秒が遠い。
カウントダウンが待ち遠しい。
2――
静かな緊張感の中、己の心臓の音が聞こえる。
1――
頭の中で、全神経を使って瞬発力を溜める。
開始と同時に飛び出せるように。
死闘!!
ゴッと地を蹴る音がしたと思えば、すでに【無色のレイト】は【十字架音】を攻撃射程内に捉えていた。
「オラァ!!」
先制の六連拳が、白い炎を吹き上げる。
速攻は成功した。
確かにイッキの攻撃は当たった。
「ガラスの壁」に。
パリンと音を立てて砕けた「ガラスの壁」が、さらさらと音を立てて崩れる。
それで終わりだった。
「なっ……!?」
上から降ってきた。
巨大化した【魔女】が。
スケールそのままのプレイヤーとの比較でも、およそ5メートルはあろうかという【十字架音】が、いかにも重そうな地響きを立てて地に降臨する。
短いスカートの端をひるがえらせて、容易に【無色のレイト】を踏み潰した。
「……すげえ」
FPS視点では何が起こったのかわからなかった。突然負けを宣告され驚いたものの……リプレイを見て更に驚いた。
よもやこんなことになっていただなんて。
何が起こったのかわからないまま負ける、というのは早乙女シキで経験したが、こちらは見ての通り派手で、不条理だ。
だが、魔法だと言われれば、なんだか納得できてしまう。
むしろこれくらい派手じゃないと魔法とは言いたくないような気もする。
リュウセイが「こだわる」と言うだけあって、魔法という武器にはこだわるだけの魅力があるのだろう。実際イッキは、今のバトルだけ見ても面白いと思う。
ただ勝つだけではない、魅せる試合で勝つ。
リュウセイが目指すものが、なんとなくわかった気がする。
「今の原理わかるか?」
「巨大化?」
「それはオチだ。簡単な動きに見えて色々と工夫が……まあおまえに言っても通じないか」
今のごく短いバトルの中に、リュウセイの事細かな仕掛けと工夫とアイデアが、たくさん盛り込まれているのだが。
たとえば、魔法「ガラスの盾」が割れた瞬間、ガラスに気を取られ目が奪われている間に、空間移動系【移動カード】で【無色のレイト】の真上に移動したとか。
移動した直後に、「ガラスの盾」と平行で唱えていた「一時的膨張身体」を発動させたとか。
しかしまあ、手品の種明かしなど、自らするものではない。
不思議を紐解く者こそが初めてその価値に触れるのだ。
「難しいことはわかんねーけど、おもしれーな! もう一回やろうぜ!」
ようやくイッキらしいセリフが聞けたことに、リュウセイは安堵する。
やはりゲーマー同士なら、親しくなるならゲームを介して語り合うのが手っ取り早い。
「えー? まだやるのー? 何回やっても俺が勝つのにー?」
「じゃあ帰るわ。おまえも帰れ」
「いやもっと食い下がれよ! いつものおまえはそんな諦め早くないだろ!」
「だってリュウセイさんも忙しいだろ?」
「さん付けすんなよ! なんで他人感出そうとしてんの!?」
「あ、帰るなら財布置いてけよ」
「なんでカツアゲしようとしてんの!? どうしたの!? そんな子じゃなかったじゃん!」
バトルしたり言い合いになったりして、イッキとリュウセイらしい時間を過ごし、シズの「ご飯できたよ」の声に我先にと家に飛び込む。
イッキの倒すべき、倒したい相手がまた増えた。
目標があるということは、実は、喜ばしいことである。
心情的には色々微妙ではあるが。
あまり意味のない豆知識
リュウセイはこの後しばらく山本家に居座り、イッキにお小遣いを渡して帰りました。




