33.予選終了、そして……!
「お疲れ様」
【ユニオン】を外すと、そこにアヤメとケイイチがいた。
優勝候補と言われた「刀娘」は、第三回WFUB予選一回戦敗退。しかも相手はほとんど無名のチームである。
今頃はネットで大騒ぎになっているだろうな、とシキは思った。
「すみません、アヤメさん。負けました」
「いいと思うわ。この結果も『刀娘』の意思だから」
どうしても勝ちたければ一人に任せるなんてことはしない。普通に考えればあたりまえのことだ。
ただ、年一回の世界大会を捨ててもいいとさえ思えるリーダーの豪胆さと、それに異を唱えないメンバーは、相変わらず驚嘆に値する。
――それだけ自分に思い入れがある、と考えるのは自惚れだろうか。
シキは「刀娘」と親しくしていただけに、なんとなく本心までわかる気はするのだが……確かめるのは野暮だろう。
「あの……どうなってたの?」
確かにケイイチにはわからなかっただろう。
シキが棄権した後、立て続けに「刀娘」メンバーもチーム戦を放棄した。
対戦相手がいなくなったので、そのまま相手チームの勝利で試合は終了したのだが、これは観戦していた者より相手チームの方が驚いたのではなかろうか。
「あとで説明する」
今は「刀娘」メンバーへの詫びが先だ。――一言「いらん」とでも言われそうだが。
再びシキが【ユニオン】を装着するのと同時に、「おい」と声を掛けられる。
「吉田、どういうことだ」
違う階で自分たちのチーム戦を待っていたダイサクである。今の試合を見て飛んできたのだろう。
「私から簡単に説明するわ」
アヤメが言う。ダイサクはケイイチの横にいた和服の女に一瞬驚くものの、シキの知り合いなのだろうと察したらしく黙って頷いた。
「事情があってね。今の試合、シキさんに任せたのよ。そしてシキさんは負けた。だから私たちが負けたの」
「事情?」
「なんて無茶な……」
ケイイチは理由が気になるが、ダイサクはチーム戦を多少知っている。それだけに、一人に任せるなんてどれだけ無茶なことなのか想像しただけで嫌気が差した。
「無茶なのは、シキさんも知っていたはずよ。でもそれでも条件を飲んだ。……それが『刀娘』とシキさんの関係なの」
「いまいちよくわからないが……」
納得しかねるダイサクに、アヤメは一歩歩み寄った。
シキは現在チャット中なので聞かれる心配はないだろう。が、絶対にシキに聞こえないよう、ケイイチとダイサクに囁く。
「大会よりシキさんの方が大事なのよ。私たちにとってはね」
アヤメは、今回の件で「早乙女シキを許すか否か」と聞かれた時、満場一致で「許す」と答えた仲間を誇りに思っている。迷うことなく大会より仲間を取ったメンバーを宝物だと思っている。
こういうことは本人どころか誰かに言うようなことでもないが、どうしてもちょっと自慢したくなってしまった。
「……なんか、僕らには納得できなくていい話みたいだね」
「そうだな。早乙女に負担を掛けてるだけなら、文句の一つでも言ってやろうと思ったんだが」
詳しいことはわからないが、双方納得しているなら、何も言う必要はない。
「そういえばダイサク君、試合は?」
「もうすぐだ。……今のと比べれば地味だから、見なくていいぞ」
そう、チーム戦は地味なのだ。ミリタリー系同士は特に。
戦闘らしい戦闘なんてほとんど起こらない。狙撃、潜伏からの銃撃等々、だいたい不意打ちの繰り返しで消耗していくのだ。
ダイサクが助っ人として呼ばれた、実兄の所属する「Gun Field」というチームは、そこそこ有名なミリタリーチームだ。熟練者が多ければ多いほど、無駄な戦闘の起こらない詰め将棋のような削り合いになる。
今では「ファンタジー縛り」などという、銃火器の使用を禁じた大会があるくらいだ。銃火器のないチーム戦は、「召喚」だの「剣のぶつかり合い」だので、なかなか派手で観ている方も面白いのだが。
「もしかしてあなた、ミリタリー系の【ヴィジョン】を?」
「え? ……ええ、近いですが」
ダイサクが肯定すると、アヤメの表情が輝いた。「まあ」なんて言いながら手を叩くという相当古風なリアクションを見せてくれた。格好のせいだろう、非常によく似合う。
「ぜひ私と手合わせを。軍人さんと戦ったことがないの」
「軍人……いや、『刀娘』のメンバー……ですよね?」
自己紹介もされていないのでアヤメのことがよくわからないのだが、「刀娘」関係でシキと親しいのはわかる。
「ランカーの相手なんて無理ですよ。俺はそこまで強くない」
「いえ、ランカー候補よ」
――ランカー候補は、簡単に言えば上位から数えて10000人以内のことである。一万人以内に入ると、初めてランキングの番号が貰えるのだ。
ただし、この辺は1000番以内よりも順位変動が激しい。気がついたら転落していたり、次のランキング更新でまた名前が消えたりと一瞬で転落することも多々あるので、自分から自慢する者は少ない。
「ランカー候補……なら少しは相手できるかもしれませんね」
ダイサクは、長くランカー候補とそれ以下を行ったり来たりしている。
「本当? 私と遊んでくれる?」
「ええ。ただ俺はこれから試合なので、それが終わってからなら。……午後辺りですかね」
「わかったわ」
早々に自己紹介とフレンド登録を済ませると、出番が近いダイサクは自分の試合会場へと去っていった。
「……」
そうか、とケイイチは思った。
この人もこんな形で絶滅危惧種な大和撫子だが、同じ【ユニオン】好きのゲーマーなんだな、と。
しかもギルド「刀娘」の一員なんて、その時点で相当なヘビーユーザーだ。
ならば、逆に黙っている方がおかしいじゃないか。
「あの、僕とも遊んでくれませんか?」
なけなしの勇気を振り絞るケイイチに、アヤメの返答は優しかった。
「ええ、もちろん。でも私、ちょっと強いわよ?」
「知ってます」
今し方、自分たちでは引き出せないシキの本気を見せてもらった。
時間にすれば相当短いが、内容はものすごく濃い試合だった。
特にあの数の弾丸を弾く腕前は、すごかった。それはケイイチの【風塵丸】に反応できるはずだ。
この和装の女性は、あんなことをやらかすプレイヤーより強い者がゴロゴロしているだろう「刀娘」の一員だ。強くないはずがない。
「――アヤメさん、強くなりました?」
チャットを終えたシキが、再び【ユニオン】を外す。
「もちろんよ。……まあ、今もシキさんには敵わないかしら」
試合が終わった瞬間、急いでシキの戦いっぷりを確認した。やはり自分の師はいい動きをするな、とアヤメは思った。
他はともかくとして、神速と言われた攻撃速度は一年前の当時と比べても遜色がない。
「腕を見たいところですが、先約があるので遠慮しますね」
「最初はどちら? 【慶】さん? それとも【笹雪】さん?」
「【慶】さんです。一年越しですから」
今日はこの通り、端末が大会用に占領されているので、後日ということになったが。
――その後、ケイイチとシキとアヤメは、チャットしながらダイサクのチーム戦を観戦した。
確かに地味だが、見所は少なくなかった。
ベテランプレイヤー二人がちょいちょいコメントを入れてくれるので、一人で観ていたら見落とすような高等テクニックを発見したりと、得るものは多かった。
さすがは名高い「Gun Field」である。危なげない試合で本戦出場を決めた。
そして。
ケイイチが有意義な時間を過ごしていたその頃、自宅にいる山本イッキは――
「帰れ!」
「なんだよー。そう言うなよー。……ところでシズちゃんは?」
「買い物だよ! 帰れ!」
天敵と遭遇していた。
天敵の名前は、山本流星。
イッキに【ユニオン】を譲った従兄弟である。
あまり意味のない豆知識
そしてこの時カイジは、二度寝してまだ寝てました。




