32.斬斬御前VS! 爛!
一年前を思い出した。
あの時、初めてこれを経験した時、シキは何もできずやられてしまった。
もし今ここでその「初めて」を経験していたら、瞬殺されていた。
周囲を敵に囲まれ、視界をふさがれたこの状況。
やはり相手はミリタリーチームらしく、ただの攻撃ではなく搦め手を上手に使ってきた。
【煙玉】だ。
ミリタリー風に言うなら、スモークグレネードだろうか。
煙を吹きながらシキの足元に転がってきた数個のそれは、見る見るうちにシキの視界を白く埋め尽くしていく。
そして、己を囲む兵士たちがぼんやり影にしか見えなくなった頃、集中砲火が始まった。
(経験しておいてよかった)
この【煙玉】のカード……あるいはオリジナル武器として持ち込んだこれは、敵にはかなり見えづらくなるが、相手からはだいぶ薄く見えるという特徴がある。
つまり、一方的に有利な状況が作れるということだ。
一対一が強いランカーなどは、正面からぶつかり合うと、比類なき強さを発揮する。
だが案外この手の「搦め手」に弱いランカーも、意外と多いのだ。
未経験、あるいは初体験の恐怖はランカーなら誰しもが知っている。初めて戦うプレイヤーとの一対一もそうだが、相手が何をするのかわからないという恐怖・警戒心は、そこそこ【ユニオン】で遊んでいる者なら共通して抱くものである。
リアルでもそうだが、五感――とりわけ視界や聴覚を急に塞がれると、誰でも焦るものである。こうして逃げ場のない状況でやられれば、更に焦ることだろう。
どれだけ消耗せずに相手プレイヤーを削っていけるかがチーム戦の鍵となる以上、実力勝負を仕掛ける必要なんてない。
できるだけ大人数で、自分たちの有利な状況を作り、一方的に倒す。
それがチーム戦の基本である。
「――【硬】」
シキが刃を抜く。【斬属性】を【硬質属性】に変えて。
ただの「硬い棒」と化した刀を、縦横無尽に振るう。
ギギギギギギギギ
超速の刀が、一瞬で蜂の巣レベルの無数の弾丸を弾き返す。もはや速すぎて金属が触れ合う音ではなく、不愉快な虫の鳴き声のようだった。
「いっ!?」
「ちょ、まっ、やめろ! 撃つな!」
体感はできないが、今日は風が強い。
わーわー騒ぐ声と銃声とともに、一帯に張った煙幕が風にさらわれていく。
クリアになった視界では、シキを囲む兵士の6人ほどがうずくまっていた。――立てないだけのダメージを負ったのだ。
シキは愛刀に傷がついていないことを確認して、ゆっくりと鞘に納めた。
――上出来だ。
シキは「刀娘」でランカーをやっているような者たちより、刀の扱いが下手だ。「弾丸を弾いて相手に返す」ほどうまくは振るえない。見えないならなおさらだ。
だが、この距離なら、下手な鉄砲も数撃てば当たるものだ。
十数人がかりでマシンガンだのなんだので乱射した弾丸の数は軽く千を越えていた。それを大雑把に狙って返せば、一発二発くらいはヒットする。
やはり見栄を張らずに【属性変換】のカードをセットしてきてよかった。あんなことを普通にやれば、刀が折れている。……【大凶】やシキの師匠ならできるかもしれないが。
煙幕は、遠くは無理だが自分の2メートルくらいなら、見える。
下手に動いて己の視界を制限するより、立ち止まって迎撃に努めた方が安全なのだ。
何より、背後からの攻撃がないことがいい。さすがに全方位から撃たれたら対応できなかった。
そして、狙い通り相手の戦意を喪失させることに成功した。絶対的有利な状況が、気がつけば不利になっていた。肉体的ダメージよりも精神的なダメージの方が大きい。あと地味に相手チームの弾丸を消費させるという効果も狙っていたが、今回はあまり意味がないかもしれない。
(宮田くんも、初めてこれやった時は呆然としてたなぁ)
まさかマシンガンの弾丸全てを撃ち落されるとは思わなかったのだろう。まあ、普通はそうだ。
シキは遠慮なく、呆然としている相手プレイヤーに襲い掛かった。
今の内に、一人でも多く倒しておかねばならない。
ミリタリーチームが怖いのは、追い込まれてからだということを、シキはよく知っていた。
それともう一つ。
――やはりブランクの全ては埋まっていないし、【斬斬御前】の機嫌もまだまだ悪いままだということだ。
ここにいるのは13人。さっき見たときは15人だったはずだが、恐らく撃ち返した弾丸でリタイヤしたのだろう。
一見してダメージを負っている者が8名。うち足にダメージを負い膝を着いたり倒れている者が6人。
シキはまず、手負いの者から始末していく。五体満足に残っている者より手負いの方が怖いことを知っているからだ。
ひるがえる残光どころか、残像さえ残さぬ体さばきで的確に急所を狙う。
だが、相手も素人ではない。
四人目である。
時間にして5秒もない。だいぶ早い方だった。
(――まずい!)
予想はしていた。
だが、反応が速かったのは予想外だった。
シキが四人目に斬り掛かる寸前、見てしまった。
相手がスイッチを押したのを。
ミリタリー系、あるいはチーム戦に慣れている者は、あるカードをセットしていることがある。
【行動不能爆弾】だ。
通称「自爆スイッチ」といい、スイッチを入れて1分きっかりで自爆し自らリタイアになるという、なんとも過激なカードだ。
ただこのカードの利点・特性は、「使用者がリタイアしたら爆発する」というものだ。
つまり、「1分以内に絶対にやられる状況で押せば、自分をやった相手を爆発に巻き込める」ことになる。
一対一では使えない、究極のカウンター攻撃だ。
だからミリタリー系の手負いは怖いのだ。自らがまともに動けないと思えば、味方のために身体を張る。どちらかというと「名誉の戦死」を望む傾向さえ感じられる。……まあゲームではあるが。
――ちなみに【ユニオン】が発売された直後に「一度だけ攻撃を無効化する【変わり身の術】を使ったあとに『自爆スイッチ』を使ったらどうなるのか?」という話題でネットが少し盛り上がったのだが、余談である。
首を切りつけると同時に、相手の「自爆スイッチ」が作動した。シキは一歩だけ逃げることができたが、襲い来る爆風に飛ばされ川に落ちた。深くはないようで浅瀬を転がる。
プレイヤーにダメージを負ったことを伝えるため、画面が断続的に赤くなる。爆弾でも川に落ちた衝撃でもダメージを負っていた。
急いで立ち上がりながらバイタルチェックをし――愕然とした。
(右腕……)
折れていた。
ステータス【骨折】は、その部位がまったく動かなくなることを意味する。実際どう動かそうとしてもだらりと下がったまま動かない。
「自爆スイッチ」ほか爆弾関係を防ぐため、防御カード【爆弾半減】をセットしておいたのだが、これはどちらかと言うと、爆弾ではなく川に落ちた時の衝撃でやったのだろう。
運が悪い、というべきか。
それとも、まだ【斬斬御前】の機嫌が悪いと見るべきか。機嫌が悪い時は本当に踏ん張ってくれない。限界でがんばってくれない。オカルトといえばそれまでだが、すでに愛着が湧いている以上は「ただの映像」とはどうしても思えない。
もはや一連の習性として、かろうじて刀を左手の鞘に納めていたので、武器は失っていないが……
だが抜き手が死んだ。
これで刀を封じられたことになる。
もう弾丸も弾けないし、そもそもまともな攻撃さえできない。
これが軽量軽装スピード型の怖いところだ。少しのダメージで致命傷を負い、満足に戦えなくなる。最初から攻撃を食らうことを想定していないのだ。
(ならば――)
この場に相手の兵士十数名が……今は更に減って存在している。元は19名のチームであり、ここに人員を裂いている以上、敵陣は手薄だ。
このままフラッグまで駆けるしかない。
幸い足は動く。速度は死んでいない。避けることならできる。
だが、悪いことは重なるものだ。
ぶちっ
走り出し、川から出たところで、一本歯の下駄の鼻緒が切れた。
不意の事故に視点が変わり、地面に転ぶ。
シキの背筋が凍りついた。
こんな初歩的なミスをやらかすとは思わなかった。
――これがブランクだ。一年前のシキなら、自分の装備品の全てに気を遣っていた。
あれだけの速度で激しく動き、踏ん張り、刀を振るえば、取り分け足に掛かる負荷は並大抵のものではない。しかもちゃんとした靴ならまだしも、紐で固定しただけの下駄である。
(……ほんとに機嫌悪い)
誰に似たのかと思えば、ああ自分に似たのだな、と納得する。
シキと同じで、【斬斬御前】は根に持つタイプなのだろう。一年放置してくれた早乙女四季を、まだ許してくれないらしい。
そして、まだ許されるな、と言っているらしい。
シキはその場に座り込んだ。
これが【斬斬御前】の意思だと言うなら、それに従うまでだ。
「棄権します」
銃口に囲まれ、相手がなお警戒している中、シキはリタイアを宣言してフィールドから消滅した。
できることなら、これ以上【斬斬御前】を傷つけることだけは、避けたかった。
――優勝候補ギルド「刀娘」、無名のチームに予選一回戦敗退。
この結果はネットを通し、世界中でそこそこの大ニュースとなった。
あまり意味のない豆知識
【行動不能爆弾】の爆発は、地形と敵プレイヤーにダメージを与えますが、味方には無害です。ドラ●エで言うところのメ●ンテ的なものなのです。




