31.斬斬御前VS! 閃!
開始を告げる法螺貝が鳴り止む頃には、狐面の巫女はとっくに消えていた。
「――はっはっはっ。相変わらず可愛くねえな」
笑い声を漏らす【大凶】に吊られるように、厳しく結んでいた全員の口元が緩んだ。
残ったお姉ちゃんたちは、一年前と変わらない妹のような存在の陰りのない度胸とプライドの高さに、頬が緩むのを抑えるのに必死だった。
本当に以前とまったく変わらない。無茶な要求を突きつけても動揺一つしないところなんて、むしろ変わっててほしいくらいだった。
約束をすっぽかした理由は、もちろんすでに聞いている。
あの年齢じゃなくても精神的にきつい出来事だったのだろうと思う。自分ではどうにもならないことだ、言い訳してくれればこんなことをする気さえなかった。
どちらかというと、こうでもしないとシキの気が済まないからだ。
何かしらの形で責任を取らせないと、ずっと気にし続ける。一年前の彼女はそうで、今もそうだということをさっき確信した。
元々「刀娘」は遊び相手を確保するために作られたギルドだ。こんな看板に価値を見出しているのは、当事者ではなく部外者だけ。特に何かしようという目的もないし、大会だからと特別気負いもしない。
別に負けてもいいのだ。
メンバー半数以上がランカーである、ギルド「刀娘」が一回戦予選敗退。
結構じゃないか。予想外でなかなか面白い。
結果を受けてシキがまた責任を負うなら、それもまたよし。また違う形で清算をさせるだけだ。
「ねえねえ乱ちゃん、どうなるかな? 勝っちゃうかな?」
どっちにしろ結果を楽しみにしている【笹雪】は、背中を向けたまま肩を揺らしている【乱麻】に声を掛ける。
「クックッ……さあな。だが面白い死合いになることだけは間違いない」
「だよねー」
シキは強い。
どれだけ腕が落ちているか、またブランクを埋めているかはわからないが、それでもそんじょそこらのプレイヤーでは相手にならない。
だがこのチーム戦は、戦略次第ではランカーほどの実力がある者が普通にリタイヤに追い込まれたりする。プレイヤー同士の腕比べとは根本が違うのだ。
果たしてシキがどこまでやるのか。どこまで食らい付けるのか。
「簡単に負けたらほんとにいじめてやろうかな」
まだ勝ち星のない【慶】としては、できれば、シキが自分以外に負けるところなど見たくないのだが。
「凶さん、ほんとに観に行っちゃダメ?」
「やめとけ。御前の気が散る」
それくらいの負けた時の言い訳のネタくらいあげたいのだが、シキはそんな言い訳なんてしないタイプである。だから行けば邪魔になるだけだ。
「私だって我慢してんだぞ。あとで動画で観りゃいいんだよ。――な? 白」
「……え? ああ……うん」
どうやら師匠は、弟子のことが心配で心ここにあらずのようだ。
ギルドメンバーが高みの見物気分でいる頃、一直線に走ってきたシキは、早々に敵陣間近まで迫っていた。
森の中、大木に背を預け、敵陣――フラッグを見る。
相手のギルドメンバーが、土嚢を積んだりなんだりと、慌しく動いている。
恐らくは――
ドン!
「……」
ちょうど胸のど真ん中に風穴が空く寸前で、シキは隣の大木の影に避難していた。
シキの代わりに銃弾を受けた大木は木片が派手に飛び散り、見事に風通しがよさそうなどてっぱらになっていた。
狙撃されたのだ。
スナイパーは森の奥――角度からして、どこかの木の上だろう。だが上から鋭角に、降ってくるような軌道だった。意外と近いかもしれない。
前触れない狙撃に焦りもせず、シキは敵陣を見る。
恐らく、シキの接近はバレている。
この覆い茂る障害物満載の森の中で、スナイパーは正確にシキを狙ってきた。見えてはいない。きっと「赤外線センサー」でシキの体温を感知しているのだ。
まあ、狙撃はいい。これくらいはわかっていた。
これだけ間が空くということは、スナイパーはそんなに多くなさそうだ。敵陣には10名ほどプレイヤーがいるように見える。やはり防衛戦でこちらの戦力を削るつもりなのだろう。
(もう少し、かな)
二発目、三発目と、木々を撃ち抜く弾丸をやりすごしながら、シキは待つ。
(もうそろそろ……来た!)
シキの正面と左側――南側への退路を断つように、木陰から突然二人の兵士が躍り出た。警告もなく声もなくマシンガンを乱射する。
奇襲、あるいは何かしらの作戦に向けて動いていたのだろう敵プレイヤーを引き付けることに成功した。
これでようやく動ける。
シキは雨のように飛んでくる弾丸を避けながら、敵陣へと走り出した。
「敵襲ーーーーーーーー!!」
待ち構えていたかのように、土嚢を積んだバリケードに隠れていた兵士たちが、声に併せてライフルを構える。
「構え――撃て!」
統率の取れた射撃。まるで逃げ場を潰すように横並びに飛んでくる弾丸。
シキは速度を落とさない。
1ミリの狂いもない体裁きで、身体を横にするだけで、わずかな弾丸の隙間を通過した。
「伏せろ!」
号令に併せ土嚢に伏せる兵士――そして背後からマシンガンでの射撃が始まる。
絵に描いたかのような前と後ろの挟み打ちの図。
追い込まれた形である。
――相手はそう思っているだろう。
スナイパーが森で他の「刀娘」プレイヤーが来ないことを警戒しつつ、残りはのこのこ単身突入してきたシキを狩ることだけに集中している、はず。
(食いついた)
ここまではシキの計算通りだ。あとは逃げるようにして、目的の場所まで誘導するだけ。
問題はタイミングだが――
「構え――投げ!」
再び号令に併せ、土嚢の裏から黒い物体が弧を描いて放り込まれる。
手榴弾。ハンドグレネードだ。
数は九個。シキはデータとして詳しくは知らないが、ダイサクがよく使う。
(あれは時々爆発じゃなくて破片が飛んでくるんだよな……あれ? 釘だったっけ?)
弾丸は見えるが、更に小さい物となると見落とす可能性がある。どちらにせよ爆発させる前に処理したい。
シキはようやく刀を抜いた。
居合いではない。逆手に抜いた刀身を右手に下げ、山なりに飛んでくる物体の軌道を確認し。
刃を返した峰の方で、高速で手榴弾を打ち返す。衝撃を与えると爆発しかねないので、金属が重なる音も出ないほど優しく、撫でるように振るう。
あの【崩】を使っていれば、このくらいの芸当は普通にできるようになる。
「た、退避! 退避ーーーー!」
打ち返された手榴弾が再び弧を描き、ポーンと敵陣に放り込まれる。二つほど森からマシンガンでけん制する兵士にも返しておいた。銃撃が止んだので、向こうもだいぶ焦っていることだろう。
ドン、ドン、と地を揺るがす爆発音が断続的に続く中、スナイパーの狙撃をかわしつつ、刀を納めてシキは移動を開始した。
敵陣のすぐ近く、対岸が高い崖になっていて、向こう一面からの銃撃はない。マップで見た情報通りだが、ちゃんと自分の目で見るまでは、ここでいいのかと不安だったが。
やはりここでよさそうだ。
あとはここで、死力を尽くして戦い抜くのみ。適当に相手の数を減らしたらフラッグを奪いに行く。
(銃弾は気を遣う……)
速度はあるわ乱射はできるわ、急所に当たれば一発アウトだわ。防御に徹していたからなんとかできたが、【斬斬御前】のステータスでは、当たり所が悪ければ手足に一発食らっただけで使い物にならなくなってしまう。
スピード型は、どこか一つ故障しただけで致命傷になりかねない。
足をやられれば速度は殺されるし、手をやられればスピードを活かす方法が限られる。宮田ダイサクとの戦闘で、ミリタリー系の恐ろしさは骨身に染みている。
たとえば――そう。
こんな兵器が飛び出すのも、ミリタリーチームの恐ろしいところだ。
バタバタと羽を回して飛行する物体。
空を舞い、シキを狙うのは、戦闘ヘリだ。
数は三つ。小型のリモコン式。下部に備え付けてある機関砲。メイビー色で全長1メートルほどの無人飛行兵器だ。
(……あれは爆弾だな)
恐らく、だが。
上空から銃弾を浴びせるだけの代物ではなく、内部に爆発物を搭載している……と見た。下手に斬りつければドカン、だ。
シキのスピードなら、斬って爆発する前に退避もできそうだが、振動あるいは衝撃での爆発のほか、手動にも対応しているのであれば、近付くだけでアウトである。
――どっちにしろ、兵士たちが援護射撃を始める前に処理しておきたい。
シキは辺りを見回し、手頃な石を拾い上げた。【斬斬御前】の手からすると、投げるには少し大きいだろうか。
まあ、投げるつもりはないので、構わないが。
(結構遠いけど届くかな……?)
直線距離で15メートルほどだろうか。正直この距離で撃ってこないのが気になるが……まあいい。この距離なら何があろうと逃げ切る自信がある。
シキは石をひょいと放り投げると、
「【砕】」
抜き手の見えない居合いで、石を斬り飛ばした。
セットしたカード【属性変換】で、【斬属性】を【粉砕属性】に変換した。あまり刀周りでカードを使いたくはないが、負けられない理由がある。峰打で砕くことも可能だが、そっちだと綺麗に割れないし、ちゃんと飛ばないのだ。
石は粉々に砕け、小さなつぶてとなり、ヘリを強襲する。
まるでショットガンのような放射線状に広がり迫る飛び道具を避けることもできず食らい、小型だけに薄い装甲を簡単に突き破り――予想通り爆発した。
「すご……」
思わず呟いてしまった。
予想通り爆弾ではあったが、搭載されていた爆弾の量が想像以上に多かったようで、青空に10メートルほどの炎の玉が広がった。その炎に飲まれ、他のヘリも誘われるように爆ぜる。まるでアクション映画のようだ。
この距離で撃ってこないのでおかしいとは思ったが、弾丸の代わりに爆弾を積んでいたのだろう。
どうやらシキ相手に、サービスして火薬ましましで出してくれたようだ。あの大きさなら、「刀娘」の陣地からも見えたことだろう。
「――派手な花火をありがとう」
一応、お礼を言っておいた。
迷彩服の兵士たちが、すぐそこまで迫っていたから。
どうやら向こうもここで決着をつけるつもりらしく、15人ほどの兵士が銃を構えて、シキを囲みつつあった。
あまり意味のない豆知識
【ユニオン】では、現実で実在する兵器はありません。あくまでも玩具として作られたものなので、人を殺める兵器をそのまま実装することに抵抗があったのです。代わりにオリジナルで武器をデザインできるので、ミリタリー好きはデザインも時代も性能も、自分の好きな兵器をあくまでもレプリカとして作製・使用しております。




