29.斬斬御前VS! 斬!
チーム戦……いわゆる戦争は、ミリタリー関係が好きなプレイヤーに人気がある。
その気になれば戦闘機の「持ち込み」も可能なだけに、TVゲーム時代に人気があったFPSで銃器を扱うゲームの進化系の一つとも言える。ちなみに大会じゃなくても普通に遊べるゲームだ。
現代では法律関係の理由でやりづらくなってしまったサバゲー仕込みのミリタリーオタクから、外国では戦争のプロとも言える現役軍人がチームを組んで参加していたりと、有象無象が集う個人戦・団体戦よりは通が好む種目と言えるだろう。
ギルド「刀娘」が戦うWFUB予選第一試合も、そこそこ大きな日本のミリタリーチームである。
「知らん」
黒髪のポニーテールがさらさら揺れる。咥えタバコの紫煙の向こうに無気力な黒い瞳がある。黒いキャミソールの上に、無造作に引っかけた黒地の着流しは夜桜が咲いている、そんな和も洋もこだわらない【ヴィジョン】。
「刀娘」リーダー【大凶】は、シキが知っている頃と何も変わらない物臭っぷりである。
現実でも相当な面倒くさがりである。リアルでもゲームでも面倒くさがりとはどういうことだ。
これで「凶兆の女武士」などと呼ばれている、現在600位のランカーだ。
「えっと……」
今回の対戦相手となる迷彩服の相手リーダーは、ダルそうにすげなく言い放った【大凶】に困惑していた。「よろしくお願いします」の返答が「知らん」である。そりゃ困惑もするだろう。
相変わらずだな、とシキは思った。
「合コンやってるわけじゃなし、挨拶なんていらねーよ」
開戦前の挨拶は、一応の礼儀なのだが。
――時間も差し迫り、シキらはすでにバトルフィールドに立っていた。
森、川、小高い丘と、まるでキャンプ地のような日当たりの良い明るいフィールドが、第一回戦のマップである。毎回大会用のマップがランダムで選出されるので、事前にチェックして予習することはできない。
なので、開始時間前に設けられたきっかり15分の準備時間をどう使うかが鍵となる。この試合のイニシアチブが取れるかどうかが、この15分に掛かっていると言ってもいい。
有効な戦略を立てられるかどうかで、戦局は大きく変わる。
準備時間直前には、ちょうどマップの中央に、参加するプレイヤー……いや、誰もがFPSに近い視点で操作しているので、プレイヤーというよりは【ヴィジョン】そのものが、一度顔を合わせてから戦うことになる。
だから、開戦前に挨拶するのが礼儀となっている。
現にリーダーを抜いた相手チームのメンバーは、さっさと地形を調べに走り回っている。
それに対して、「刀娘」は誰一人として動いていない。
この場合は、まったく動きがない「刀娘」が、よほど異端なのである。
「凶ちゃん、挨拶くらいしなさいよ」
「知らん。おまえがやっとけ」
ダルそうにタバコをふかす【大凶】に、やれやれと苦笑して「失礼いたしました。此度はよろしくお願い致します」と、リーダーの代わり折り目正しくお辞儀をするのは、藍色の羽織袴で正装した男装の女剣士【菖蒲】である。
――ちなみにこういう場では、個人情報の流出を防ぐため、個人の名前を呼ぶ者は少ない。【ヴィジョン】の名前かあだ名で呼ぶのが常識である。
挨拶は【菖蒲】に任せるとして。
シキは、一年前にはよく一緒に遊んでいた「刀娘」メンバーを見る。
現メンバーは七人だ。
リーダーの【大凶】。
ギルド創立者にして、メンバー中最強だ。あまりにもランキングに興味を示さないために1000番以内に甘んじているが、本気で上に行く気になれば余裕で100番以内まで行くだろう、と言われている。
そもそも、伊達に「凶兆の女武士」なとど大層な二つ名で呼ばれておらず、【大凶】は格上ランカーとの死合では負け知らずである。彼女の無敗記録も「刀娘」の知名度を上げる一要因だ。ギルドの看板にして、もはやミス刀娘、と言ってもいいのかもしれない。……娘と言うには若干スレている気もするが。
そんなリーダーの傍によくいるのが、【菖蒲】――涼前アヤメ。ギルド創立時の初期メンバーである二人は、リアルでも仲の良い友人同士だ。ここまでシンプルでわかりやすい武士姿だと、いっそ潔い。戦闘スタイルも非常にわかりやすい。
もう一人の初期メンバーが、黒いタンクトップに黒い短パンという軽装で、後ろ腰に脇差くらいの直刀を差した【乱麻】。
彼女は武士というよりは忍者寄りだ。動きも忍者に近い。
シキは詳しく知らないが、元は【大凶】の天敵だのライバルだの、という話だったが、妙な縁があってギルド創立者の一人となったらしい。【大凶】との仲は……まあ、悪口言い合いながらも仲良くやっているのではなかろうか。現在377位のランカーだ。
九本の刀を身に着けている異様な様相の着流し女は、【慶】。
両腰に二本ずつ、斬馬刀を背負い、懐に一本、太腿の横に一本ずつくくりつけ、最後の一本は身体のいたるところに仕込んである奥の手の手裏剣だ。
異様な風体だが、あれでものすごく繊細に、状況に合わせて刀を使い分けるのだ。奇抜ではあるが雑ではない。
彼女いわく「全ての刀は抜きどころが違う」。
シキと斬り合った最中、乱戦にて三本四本と刃を変えて魅せる刀さばきは、見事としか言いようがなかった。恐らく状況を観るセンスが飛び抜けているのだろう。
現在431位のランカーである。
ちなみに彼女の趣味は「刀狩り」で、刀使いに勝ったらその刀のデータを相手から貰い受ける、という武蔵坊弁慶のあの逸話をなぞっている。身に着けている刀は、狩った刀で気に入ったものだ。データの送り主は密かに自慢している。
シキの師匠のような存在である、神代陽花が操作するのは【白猫】。灰色の髪の頭部に生えた白い猫耳が特徴という、名前も見た目もそのままという【ヴィジョン】だ。まるで少年のようにも見える男前な顔立ちと、目つきが鋭いところ、そして野良猫のようなしなやかで無駄のない身体がリアルの彼女にそっくりだ。腰に吊った愛刀が浮いて見える軽装の甚平に雪駄姿で、むき出しの脛が涼しげではあるが、正直この自然フィールドには合っていない。
現在ランキング678位である。
そしてシキはまだよく知らない、この前会った新規メンバーの三島ミドリ。
彼女のヴィジョン【笹雪】は一風変わっていて、女子高生の制服のような、紺のブレザーを着ていた。そしてスクールバッグのように刀を吊ったベルトを肩にかけている。ベルトを取り付けられる少し変わった形状の、鉄拵えであろう白塗の鞘には黒いインクで椿の模様が描かれているのがなんとも女性らしい。
現代版の女剣士、といったところか。
彼女はランキング候補である。もうすぐランク入りするだろう。
そしてこのギルドはもう一人メンバーがいるのだが、リアルの都合があってどうしても参加できないとのことで、本戦から出場予定である。
以上七名と、シキを含めた八名が、今年「刀娘」としてチーム戦にエントリーしていた。
上限半数も満たない、しかも重火器を一切使用しない異色のチームではあるが、個々の能力が高すぎるため優勝候補などと言われている。
まあ、【大凶】からすれば「どうでもいい」だが。
挨拶もそこそこに、相手チームは今度こそ全員がマップの視察へ向かった。
「刀娘」は誰一人動かず、リーダーの言葉を待っていた。
「凶ちゃん、今回はどうするの?」
青空に向かって煙を吐いているばかりの【大凶】に、【菖蒲】が声を掛けた。そろそろ準備時間が終わる。
準備時間の15分が過ぎると、どこにいようと、勝手に自分たちの陣に転送させられるのだ。
その勝負が始まる前に、今回の方針を決めるのが「刀娘」のやり方だ。
勝負にこだわるのではなく刀に、そして戦い方にこだわるこのギルドは、無様な勝利よりも潔い敗北を好む。だから方針が必要なのだ。
ただ戦うだけではない、「刀娘」らしい方針が。
「――御前」
シキのことである。
「おまえには一年前のツケを払ってもらう。異論はねえな?」
「はい」
参入試験を受けるには、ギルドメンバーの都合が関わってくる。その約束を丸々理由もなくすっぽかしたシキは、相応の責任を取らねばならない。
物臭の【大凶】がわざわざ自分から連絡を取ったのは、この「一年前のツケ」を清算させるためだ。
――逆に言うなら、これが「刀娘」の意思である。
約束をすっぽかそうが迷惑を掛けようが、シキとの縁を切りたくない。だから責任を取らせようとしている。
もし「シキのことはもういい」と思われているのなら、呼び出すなんてこともしなかっただろう。
いつも通り「試験落選さようなら」である。
恐らく、全員で決を取ったのだ。
もう一度シキをギルドに迎えてもいいと思うか、と。
その結果、今シキはここにいる。
「この死合いはおまえが一人で片付けろ」
耳を疑うようなことを、リーダーは言いつけた。
「できなけりゃ当然私らはここで終わりだ。――うちの看板はそれなりに大事なものなんでね。自分で引っ掛けた泥くらい自分で落としてくれや」
かなりの無茶である。
だが、シキの答えは決まっている。
「わかりました」
これはけじめである。
できるとかできないとかではなく、やらなければならないけじめである。
あまり意味のない豆知識
お酒とタバコは二十歳からですが、ユニオンではただの飾りなので問題ありません。ワルぶりたい子はこれでキメろ!




