26.午前の部終了!
ようやくひとけもまばらになった。
これなら午前中に出場予定がない者がいても、出場者の邪魔にはならないだろう。
イッキらがWFUB予選を戦っていた頃、外で待機していたダイサクとシキが店内へと足を踏み入れた。
現段階で、午前の部の半分ほどが終わっただろうか。負けた者は早々に予選開場を後にし、自宅だか涼しい場所だかで観戦するつもりなのだろう。
「出番が待ち遠しいね」
「そうだな」
――ついさっき、イッキが参加したサバイバル戦が終わったところだ。
外で観戦していた二人は、それなりにたぎるものがあった。
いくら普段は落ち着いていても、しょせんダイサクとシキもゲーマーである。強い者を見たら挑戦したくもなる。
久々に面白いバトルが見れた。
イッキの成長っぷりは日々見ているのでまあ置いておくとして、例の牛頭――萩野タツは、二人のゲーマー魂をなかなかくすぐってくれた。
パロメータを極端に振り分けてしまうと、他の必要な要素をテクニックで補うことになる。まだまだ期間的には初心者で経験不足のケイイチが良い例で、彼は自分の【ヴィジョン】のスピードにまだまだテクニックが追いついていない。
だがさっき見た牛頭は、極振りしたステータスを補い、また活かすテクニックが身についている。
今のイッキならそんじょそこらのプレイヤーには負けない。実際、サバイバル戦では牛頭以外のプレイヤーは束になろうとも相手にならなかった。
要するに、あの牛頭はランカー候補のダイサクも、元1000番以内のシキも認めるほど強いということだ。
むしろイッキは善戦した方だろう。
あれを相手に、あれだけ長く戦い続けられたのだから。
牛頭――ヴィジョンネーム【破壊牛】は、要注目である。
「早乙女、他に気になる試合はあったか?」
「何人かは知っている名前があったけれど……あ」
その「知っている名前」が、ちょうど階段から降りてきた。
「ん?」
相手も気づいたようで、ずずいとこちらへやってきた。
「何よ御前。個人戦出なかったくせに、なんでここにいるわけ?」
一年前、シキのライバルだった者の一人、瀧川翔利だ。――ちなみに「御前」は【斬斬御前】のことで、本名を知らない者が呼ぶシキのあだ名みたいなものだ。
このショーリも、「刀娘」ギルドと同じく、シキと連絡が取れたのは一年ぶりになる。二人ともこの辺に住んでいるだけあって、前はちょくちょく会えていたのだが、シキが【ユニオン】を置いてからは疎遠になっていた。
一年ぶりに連絡が取れて、当然の流れのように「個人戦で勝負しろ」とお誘いを受けていたのだが、あいにくシキの出場枠は個人戦ではエントリーしなかった。
そしてこれも当然のように、ショーリはそのことがご不満らしい。
――シキも同じような気持ちなので、その不満もわからなくはない。シキもできれば個人戦で戦いたかった。
「友達を待っているだけ。私は午後には出るから」
「ふーん」
「ショーリさんは? もう負けたの?」
「愚問ね」
「負けたんだ。お連れ様。お帰りはあちら」
「勝ったに決まってるでしょ! 可愛くないの変わんないね!」
こういう舌戦も、案外【ユニオン】バトルには欠かせないファクターである。いや、スポーツでもなんでも、対戦もの全般に言えることかもしれない。
「……知り合いか?」
隣で緊張しているダイサクが、平然と話しているシキに囁く。
「うん。私が勝ち越しているランカーのショーリさん」
「君が勝ち逃げしただけだろ!」
まあ、実際その通りなのだが。
「あの、モデルの……?」
――ショーリがランカー入りした去年の秋から、その可憐なヴィジュアルと、ランカーとして申し分ない実力を伴うプレイヤーとして雑誌とWebマガジンの取材が殺到した。その結果、今やそこそこ人気のモデルとして活動している。
「お、私のファン? サインあげよっか?」
「いらないよ。帰れば?」
「御前には言ってないけど!? ……あ、もしかして欲しいの? 素直に言えないからそんなひねくれたこと言うのかな?」
「え? 何を? 誰が? 何を? 何を誰が何するって? サイン? サイン売れる? サイン売れるほど価値あるの? ねえショーリさんって人気あるの? そんなに人気あるの? いくらの価値があるの?」
「価値とか言うなよ……つか冗談に真顔を向けるとかダメだろ……傷つくだろ……」
ダイサクは思った。早乙女は結構辛辣だな、と。
「兄がファンなんですけど、よかったらサインいただけませんか?」
「へえ。宮田くんはショーリさんのサインが欲しいんだ。へえー」
「……このタイミングだとどうしても嘘っぽく聞こえるだろうが、本当に兄ちゃんがファンなんだよ」
若干打ちひしがれたショーリが「まだ試合あるから」と一階の奥へ消え、ダイサクとシキは店に備え付けてあるテーブルに着いた。
時間的に、そろそろイッキたちのバトルが終わる。
気になる【ヴィジョン】を探してのんびり観戦しながら、連れの帰りを待つのだ。
四試合終えて真っ先にやってきたのは、カイジだった。
「楽勝だし!」
カイジは無事予選を勝ち抜き、本戦へと駒を進めた。実力から考えて予想範囲内の結果である。
「なんとかね」
続くようにケイイチも戻ってきて、これまた危なげなく予選を通過したことを告げた。ケイイチの場合は対戦相手云々より、己自身の緊張と上がり症の方がよっぽど強敵だったに違いない。
そして、最後にサバイバルを二戦こなしてきたイッキが、萩野兄妹と一緒にやってきた。
「二位通過だ!」
もちろん堂々の一位通過は、牛頭・萩野タツである。
種目は違うが、イッキ、ケイイチ、カイジの三人は全員本戦出場が決定した。WFUB初出場ならば上出来である。
午後の出番がない萩野兄妹は「ほななー」と早々に店を出て行き、イッキたちも昼食を取るために外へ出た。
何食べようかと相談を始めるも、
「俺、姉ちゃんの弁当がある」
金がない少年がいた。
……こうして店で食べる案は自然と却下され、各々その辺で弁当やファーストフードを買い、近所の公園に集まった。外はやはり暑いが、この公園には屋根とテーブルがあるので、炎天下よりはマシだった。
「午後の団体戦のことを話したいんだけど」
いつものようにケイイチが切り出した。
ケイイチ以外のメンバーは本当に無頓着で、これまで相談らしい相談なんてしてこなかった。
ダイサクは基本的に自分から突っ込んだ話はしないし、イッキとカイジは「とりあえずやってみる」みたいな即実行の直感タイプだ。シキは助っ人という意識が強いのか、求められないとあまり口を出さない。
さすがに今回は世界大会なので違うだろ、ちょっとは話し合いとかするだろ、と内心ちょっと期待していたのだが……
まあ、蓋を開けてみれば、普段と全然変わらないというこんな結果である。
もう、ケイイチは諦めた。
必要な話し合いは、目前に迫ってからでいい。そのタイミングじゃないと話もできないメンツだと認め、諦めた。
「団体戦は勝ち抜きバトルだから、まず対戦順を決めないと――」
バカ二人が「はいはい先鋒先鋒」と挙手する前に、言葉を続ける。
「ジャンケンで決めようね」
これは、試合のたびにやろうということで決定した。
「次に早乙女さんのことだけど」
メンバー全員が、元1000番以内の実力にすがって勝ち抜きたい、とは思っていない。イッキなんて誰も望まない個人戦出場枠を賭けるほど強く拒否した。
「私は、どんな状況でも一人だけ相手をするよ」
形式は勝ち抜き戦である。
なのにシキは、一試合に一度しかバトルをしない、という妥協案を提示した。戦って勝つのは一人のみ。たとえそうしてこのチームが不利になろうとも、そのルールでやる、と。
だが、誰からも異論の声は上がらなかった。
シキの実力だけで勝ち抜くなんて、ゲーマーのプライドが許さない。たとえ小さくペラペラなプライドであっても。
「あとは……」
ケイイチとしては、各々の戦闘スタイルの見直しを訴えたかった。
このメンバーのうち四人が「接近戦の直接攻撃型」である。遠距離攻撃……いわゆる飛び道具を使えるのはダイサクの【迷彩男】のみだ。
もし対戦相手が「直接触れることができない相手」だった場合、ダイサク以外はどう戦っても勝てないという状況になりかねない。
たとえば、「空を飛んで遠くから遠距離攻撃してくる【ヴィジョン】」と当たったら、ケイイチたちには打つ手がない。
こちらからの攻撃手段がないのだから、一方的に的になるだけだ。
そんな可能性を考えると、やはり戦闘スタイルの見直しが必要だと考えた。この五人は、チームとして見るとバランスが悪いのだ。近接攻撃型に偏りすぎている。
そもそも【迷彩男】も、純粋な遠距離型ではない。あくまでも「それもできる」というだけで、火力だけ見ると心もとない。
――だがケイイチは、結局言わなかった。
イッキとカイジにいきなり難題を突きつけたところで混乱するだけだろうし、ダイサクとシキはケイイチが言わなくても気づいているだろう。この二人はケイイチとは経験値が違う。
「まあ、こんなところかな」
昼食を済ませ、再び店に戻る。
デザートとばかりにお菓子を買って食べ、午前のバトルを振り返りながら時間を潰す。
特に話題に上がったのは、イッキが対戦した牛頭のバトルである。
ダイサクが録画していた3D動画で、いたるところで死闘を繰り広げられている見所満載のサバイバル戦を観戦した。
「すげーなおい……」
「この人、ランカー……じゃないよね? このパロメータで近接戦闘でイッキと渡り合うとか……」
引くほどリアルな牛の頭とその強さにカイジとケイイチは衝撃を受け、なぜかイッキは「だろ!?」と自慢げだった。
カイジの【断罪の騎士】も相当なパワー型と言えるのだが、これは更に上を行くパワー型だ。そのくせカイジより細かく鋭く動く。
ケイイチの【風塵丸】は確かに速いが、イッキと接近戦をやるなんて絶対に避ける。防御力が低いので、というか裸同然なので、一発のダメージでも怖い。身体が硬いというのもあるが、何より急所には絶対に打ち込ませない立ち回りが素晴らしい。
そんなこんなで、午前の試合が消化され。
午後の団体戦が迫っていた。
あまり意味のない豆知識
一年前の早乙女シキは、まあまあ好戦的でした。口での勝負も意外と強いです。




