25.サバイバル戦! 壊!
ルールは至極簡単である。
最後まで全力で戦い抜き、たった一人の勝者を目指すだけだ。
今、50人もの【ヴィジョン】が狂乱する、大乱闘のカウントダウンが始まった。
――5
皆が周囲を警戒し、獲物を構える。
――4
そんな周りの状況など見えていないのか、やや真ん中から西に寄った場所で構えもせず、ただ見栄を張るかのごとく突っ立って睨み合う、白い変身ヒーローと牛頭。
牛頭の異様さも然ることながら、それを眼前にしても微塵も引いていないヒーロー。
――3
この二人がかもし出す威圧感と存在感は、自然と、近くからプレイヤーを遠ざけた。
皆が直感していた。
あの二人に近付いたらまずい、と。
――2
場が静まる。
数秒の時の中に、自分の爆発させるべきエネルギーを溜める。
――1
腕組したままの牛頭の二の腕に血管が浮かび、ヒーローの瞳がサングラスの奥で白い炎を燃やす。
――壊宴!!
独特のスタートの合図に、ビーというブザー音が鳴り響いた。
鳴り響くのと重なるようにして、ドン、と重い衝突音が、攻撃の音が、何者よりも速くフィールドを劈いた。
ヒーローと牛頭は、思った。
やはり強い、と。
(マジか……すげえな!)
開始と同時に仕掛けた【無色のレイト】の右拳は、見事に牛頭に止められていた。
じりじりと皮膚を焦がす白い炎などものともせず、牛頭は先制の拳を左手で正面から掴んでいた。
今やイッキの拳は、コンマ1秒で六発は放てる。
その一発目を掴むなんて芸当、仲間内には不可能……一人だけ出来そうな元1000番以内はいるが、とにかく始めての経験だった。
しかも初見での出来事だ。それだけ取っても実力がよくわかる。
この体格を見るに、明らかにパワータイプ。
なのにこんな繊細な動きをやってのけ、なおかつ――
【無色のレイト】の攻撃を潰すと同時に、自分の攻撃チャンスに繋げた。
「ぬおおおおおおお!」
牛頭は吠えた。
右手を引き寄せ、両腕でがしと掴み、力任せに【無色のレイト】を振り回す。その動きはまるでハンマー投げかジャイアントスイングのようだ。
(ちょ、マジか!?)
何度か視界が赤くなるのは、周囲にいたのだろうプレイヤーにどかどか当たってダメージを受けているからだ。
そう、これはサバイバルだ。一対一ではない。
イッキは真正面の牛頭しか見ていなかったが、牛頭はイッキにも周囲にも注意を払っていた。【無色のレイト】を武器代わりに、周囲の敵をなぎ払っているのだ。
イッキの頭に、経験不足という言葉が過ぎった。
大会初出場なのはどうでもいい、むしろ楽しみだったくらいだ。だが対人戦はほぼ一対一しかやってこなかったことが悔やまれた。
視野が狭い。
もっと広くバトルを見ないと、牛頭以外にやられてしまう。
(……調子に乗んなよ、タツ!)
このままだと、速度と遠心力で破壊力を増した状態で、地面に叩きつけられるだろう。最悪それでやられる。……というかこのパワーなら確実にリタイアする。今なんとかしないとまずい。
まだ、始まったばかりだ。
やられるには早過ぎる。
振り回されている状態のまま、掴まれている右手に力を集中する。内蔵されたギアが流し込まれるエネルギーに呼応し高速回転する。
「――」
牛頭が異変に気づいた。それと同時に、エネルギーを充填した右手に爆発を起こした。内側からの力が一瞬だけ牛頭の両手の力を押し返し、その隙に右手を引き抜いた。
(うおっ、と!)
不自然な力の付加のせいでバランスを崩し、視界が縦に横にとグルグル回る。振り回されている間にスポーンと抜けた形になったので、そのまま宙に投げ出されたのだ。
身体の感覚はないので、遊泳感など皆無である。
ただただ飛ぶように過ぎる景色を数秒見せられ、バキンと何かが割れる音とダメージで視界が赤くなるのとで、ようやく止まった。
目の前には、白い床。
どうやら胴体着陸には成功したようだ。
イッキは急いで立ち上がり、視点モードを切り替え、【無色のレイト】がどの程度のダメージを負ったのか確認する。
何かが割れる音がしたのは、サングラスだった。顔の左半分を残して見事に割れていた。見た目は大丈夫そうだが内部はどうだ。【ユニオン】には「骨折」などという動きを阻害する状態変化もある。
バイタルモニターでも目立ったダメージは見当たらない。
(……よし、問題ねえな)
この確認作業の流れは、バトルをやるなら最初に見につける技術だ。1秒も掛からない。
だが、戦闘中の1秒は想像以上に長く、危険だ。あの忍者を相手にしているなら、もう急所に一撃食らっている。
自キャラの確認が済んだら、今度は周囲の状況をチェックだ。よもや牛頭が追撃に来ていないとも限らない。
まあ、危惧した追撃はなかったが。
(ん? ――うお!?)
どうやらどこかの乱闘のど真ん中に転がり落ちたらしく、周囲には獲物を構えた【ヴィジョン】が五人ほどいて、急に降ってきた【無色のレイト】に驚いていたようだ――が。
イッキがバイタル確認をしている間に我に返ったようで、数名が「死にさらせオラァ!」だの「邪魔だどけ!」だの言いながら攻撃を仕掛けてきた。
(いや遅っ! ……こりゃ構ってる場合じゃねえな)
どうやら彼らは境界線を越えていないようだ。今のイッキにはアクビが出るような速度で繰り出される剣だの槍だのを何気なくかわし、何事もなかったかのように小さな乱闘の場から歩いて抜け出した。
今警戒すべきは、牛頭だ。
初手の防御とそつのない攻撃とで、勝てるかどうかわからない相手であることはわかった。むしろ経験の差で不利だとさえ思える。
ならば、どれだけ隙を見せないかも重要になってくる。
一度は抜け出すことに成功したが、もし【無色のレイト】がエネルギー缶を内臓していないただの人型だったら、掴まれた時点でアウトだったかもしれない。
そして、二度目はない。
今度掴まれたら、【無色のレイト】が何かする前に速攻で投げられる。一撃必殺の投げで即リタイアだ。
あれだけの動きができるのだ。そのくらいのことができないはずがない。
(掴んでからの投げ技主体か……おもしれーな。こういう戦闘スタイルもあるんだな)
改めて【ユニオン】の奥深さを感じつつ、イッキは見失った牛頭を探す。
(確か真ん中の方だったよな……?)
体感できないので実感もないのだが、見る限りでは、フィールドの端の方まで投げ飛ばされているようだ。このちゃぶ台型のバトルフィールドから落とされれば一発アウトなので、端の方で戦うのは得策ではない。
「ハッハー!」
横手から飛んでくる銃弾をひょいひょいとかわし、
「隙あり!」
先端に刀のようなものがついた――戟という槍に似た武器を首を傾げて回避し、
「『宿れ蛇王のアギト』――あっ」
正面に展開された魔方陣から、身の丈ほどもある蛇の頭「蛇王」と呼ばれる召喚獣が飛び出し丸飲みにしようと襲い来るも、
(邪魔)
飛び上がった【無色のレイト】の振り落とすような白炎舞う拳が頭部を捕らえ、蛇王は霧散した。
のこのこ歩いている変身ヒーローに襲い掛かったプレイヤーたちが唖然とする中、何事もなかったかのように牛頭を探して首を巡らす。
(――あ、いた!)
囲まれているせいで見えなかったが、【ヴィジョン】たちの隙間から、ようやく引くほどリアルな牛頭を見つけ出した。
発見した瞬間、走り出す。
切っていたボイスチャットをONにし、牛頭を囲んでいる内の一人、なんだかさっき見た気がする青髪のエルフの後ろ頭を、
「邪魔だぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら殴り飛ばした。無防備に殴られたエルフはごろごろと床を転がり消えた。一撃リタイヤだ。もしかしたらプレイヤーは何が起こったかさえわからなかったかもしれない。
牛頭を含むその辺の全員が、サングラスを半分失って帰ってきた【無色のレイト】を注視する。
「その牛は俺の獲物だ! 邪魔すんな!」
十数名ほどが唖然とする中、牛頭だけクックッと笑う。
「おもろいな。これサバイバル戦やで?」
「それがなんか関係あんのか?」
「まあ、ないな」
余所見をしている牛頭の横から不意打ちのように、赤髪の180センチはあろうかという巨大な剣が振り下ろされる。
が、
「ほな、」
牛頭は片手で剣を受け止め、ベキベキと刃を握り潰してえぐった。パワー型にも程があるパラメータの極振りっぷりである。
「決着つけよか?」
あとはもう、夢中だった。
横槍を入れてくるプレイヤーをついでのように倒しながら、牛頭とのバトルに興じる。
どちらも接近型の戦闘スタイルなので、攻撃も防御も紙一重である。仕掛けるのも命懸けなら、仕掛けられるのも反撃の機がある。
一瞬の油断も許さないバトルは、いつしか、フィールドに唯一の存在となっていた。
「ぬうん!」
「――おらぁ!」
牛頭の拳をすれすれでかわし、ヒーローの拳が壁のような堅く厚い肉体を打つ。
同型体格なら一撃必殺を狙える【無色のレイト】の拳だが、さすがにここまで肉厚だと決定打にならなかった。
当てることはできるが、急所は打たせてもらえない。
楽しい。
今までは、勝つも負けるも、だいたいあっと言う間に終わっていた。
こんなにも長く戦うこと自体初めてで、ギリギリの乱打戦を経験するのも初めてだった。
いつまでも続けていたいくらいだが、しかし、決着はつけねばならない。
こうして戦っているのは、どちらが強いかを決めるためなのだ。
それに、牛頭が大人しく打たれているだけとは思えない。
そろそろ何かしら仕掛けてきそうだ。
「おまえには引きが足らんな」
「あ?――あっ」
牛頭が呟いた言葉は、すぐに理解できた。
イッキは避けることと、前に出ることしか知らない。
つまり、ほとんど後ろに下がらない。
相手の攻撃を紙一重で避けて、カウンターを仕掛けるのがイッキの磨いてきた戦法である。正直「引く」という手段より、よっぽど高度なことをやってのけているのだが。
「行動の選択肢が少ない」ということは、そのまま、イッキは相手が予測しやすい動きをしている、ということだ。
当たるはずだった拳が空を切る。
牛頭が一歩だけ、後ろに下がったからだ。
「終わりや」
伸ばし切った腕を掴まれた。
「まだだ!」
「甘いわ!」
反対側の拳を突き出すも、それも捕まえられた。
今度は足が出る。
ドン、と重苦しい衝撃音が鳴るほどの前蹴りがまともに入るも、牛頭の割れた腹筋にはあまりダメージはないようだ。
「終わりや言うとるやろが!」
あがくイッキの視界が、ぐるりと回った。
宙に舞う身体は逆さまになり、床にヒビが入るほどの強さで叩きつけられた。
単純なパワーボムである。
ただし、パワーと硬い地面という二つの要素が重なっているだけに、威力は申し分なかった。
サバイバル戦は終了したものの、イッキはそのまま動けなかった。
バトルの余韻に浸っていた。
こんなに長く戦っていられたのも初めてだし、こんなに課題を見えたのも初めてだった。
「おうイッキ。どないした」
しばらく近くで見ていたのだが、それでも動きがなかったので、タツはやや不審に思いいよいよ声を掛けた。
「……すげー楽しかった」
イッキは【ユニオン】を外さないまま、タツを見上げる。
「もう一回やろうぜ! 次は勝つからよ!」
「やりたいのは山々やけどな、俺らまだ試合残っとる。それ終わったらやろうや」
サバイバルの予選は、二回ある。
「ついでに言うと、俺らは本戦出場枠に残っとるぞ」
予選を勝ち抜けるのは、上位二名である。今の一戦で最後まで残っていたイッキとタツは、一勝というカウントを取られている。
もちろん試合内容――単純な一位、二位の差、何体【ヴィジョン】を倒したか、などで細かくポイントが付けられている。誰も二勝できず一勝一敗が四人出ても、その場合はポイントの差で順位が付けられ、本戦出場が決定する。だから一位を取ることは無意味ではない。
「でも二戦目はタツと当たらないだろ」
「俺とはいつでも戦えるやろ。おまえとはもう友達やし、ライバルや」
「……だな!」
タツが突き出したでかい拳に、イッキも笑って拳をぶつけた。
――そんな男たちの様子を見守るナトリは、「男って基本的に単純やなぁ」としみじみ思っていた。
あまり意味のない豆知識
萩野タツは、ラムネを一息で飲み切る特技を持っています。




