24.サバイバル戦! 破!
「あれ? 山本くんやん」
「あ?」
四階――いつもなら遠くのプレイヤーと対外試合が楽しめる最上階にやってきたイッキは、階段を登ってすぐのところにいた女の子に声を掛けられた。
「あ、関西だ!」
関西はあだ名である。名前は萩野名酉。イッキらが小学校6年生に進級すると同時に関西方面から引っ越してきたクラスメイトだ。
明るくさっぱりした性格ですぐにクラスに馴染み、人見知りが強いケイイチも割と平気で話せるという、今時珍しく背伸びを感じさせない等身大の女子である。
「あれ? おまえ【ユニオン】持ってんのか?」
「いやないよ」
「言えよ! 言えば一緒に遊んだのによ!」
「いや聞いて。持ってへん言うとるやん。ていうかそれ転校初日にも聞いたな。じぶんほんま好きやねー」
奇しくも一年前にも親友に同じセリフを吐いたイッキである。なんとも進歩が感じられないエピソードだ。
「持ってねえの? じゃあ見学か? 見てるだけでも楽しいもんな!」
「まあそれは否定せんけど、一応付き合いかな」
「付き合い?」
ナトリは簡単に「兄ちゃんが出るから見に来たんよ」と説明した。
ちなみに種目・サバイバル戦はやや色物的な扱いなので、このフロアだけは他と比べて人が少ない。ナトリのような付き添いも含めて、三十人前後ほどである。
基本的に、多くの者がサバイバルに出るくらいなら個人戦に出る。強者に集中攻撃が行われてランカーがあっと言う間に負けたり、何もしていないプレイヤーが気がついたら勝利していたり、などというありえないような事故で勝者が決まったりする。要するに実力だけでは決まらないので、敬遠されているのだ。
なので、サバイバルに出るくらいなら個人戦に出る。
そしてもう一枠は、多くは仲間内と団体戦かチーム戦にエントリーする傾向にある。
イッキも、例の誰も得しない約束さえなければ、サバイバル戦ではなく個人戦に登録していたはずだ。
「おまえ兄ちゃんいるんだ」
「うん。……あれ? 前言わんかった? 言うたよな?」
「【ユニオン】持ってるか?」の流れから、「兄ちゃんは持っとるよ」と、ナトリはイッキに説明したはずだが。
「憶えてねえ!」
イッキは堂々と言い切った。ともすれば自信さえ感じさせるほどにすがすがしく。
「まあ、山本くんらしいわ」
イッキに期待できないことくらいナトリはもうわかっている。それはもう断言できるほどに。
「で? 関西の兄ちゃん強いのか?」
「そこそこ強いんちゃう? ……あ、そうや。それ今やめて。『関西』言うの」
「なんで? おまえは関西だろ」
「厳密に言うと生まれは北海道なんやけどな……うちの兄ちゃんも『関西』から来たから混乱するやろ」
「そうか。…………名前なんだっけ?」
イッキに期待できないことくらいナトリはもうわかっている。それはもう絶望的なほどに。
「萩野ナトリ。クラスメイトの名前くらい憶えとこな」
ナトリはもはや怒りなんて湧かない。
溜息は出たが。
いくらイッキでも、たった十数名のクラスメイトくらいは記憶している、と思い込んでいた自分が甘かったのだ、と。
「名前くらい憶えてるよ! おまえは関西だろ!」
「それは名前ちゃう! あだ名や!」
しかも付けたのはイッキだ。転校初日に付けたくせに。
「ええかげんしばくぞアホ!」と気風のいいセリフが出たところで、「おうどないした」と野太い声が降ってきた。
「あ、兄ちゃん」
見上げるナトリに釣られて、イッキも見上げた。
そう、見上げるという表現が正しい。
そこにいたのは、かなり大柄な男だった。小6の女子の隣にいると、その対比で更に大きく見える。
「でけえ……」
イッキはその一言しか出なかった。そのがっしりした体格は、まるで大晦日にテレビで見る格闘家かプロレスラーのようだ。
「なんや? 友達か?」
「うん。同じクラスの山本くん」
「そーか。妹が世話になっとるな」
「お、おう」
「……むしろ世話しとる気がするけどな」
イッキを始めとした男子がバカやると、なぜか後始末がナトリに回ってくるのだ。ナトリはまだ第二小学校に通い始めて半年も経っていない転校生なのに。
「あ、せや。兄ちゃんって【ユニオン】強いん?」
「そこそこちゃうか? ランカーまで行けんし」
「そうなんや。……ほな山本くんの方が強いかもなぁ」
「ほう?」
ナトリの兄は、イッキを見下ろした。文字通り見下ろした。
「なんやおまえ強いんか?」
挑発的な笑みを浮かべて上から目線である。物理的にも上から目線である。
だがイッキも負けず、下から突き上げるように睨みつける。
「おっさん、ランカーじゃねえんだろ? 元1000番以内でもねえんだろ? だったら負ける理由はねえな」
ここにいる時点で、どいつもこいつもゲーム好きだ。
そしてゲーマーは、好きなゲームでは、誰にも負けたくないものである。
「ほーう? おもろいなぁ小僧。よう言うたわ」
この体格差でビビらない度胸。
子供プレイヤーは、単純な人生経験の差のせいか、場に飲まれやすい。緊張して実力を出し切れないことも多い。
そういう意味では、少なくともイッキは、戦う前から精神面で負けている、ということはなさそうだ。
あとは実力が伴っているかどうかだが――
なんとなくである。根拠はまったくない。強いて言えば勘程度のものである。
だが、二人とも確かに感じていた。
こいつは強い、と。
「俺は発や。おまえ下の名前は?」
「一騎。山本イッキ」
「ほなイッキ」
タツはビシッと、親指でコートを指した。
「そろそろ時間や。さっそく決着つけよか」
「望むところだ。――おっさん、俺が勝ったら土下座な!」
「いやそれは重すぎやろ。下で菓子おごったるわ」
「マジで!? えっと……●まい棒三本くらいか!?」
「なんでやねん。最低でも十本くらい言えや」
「じゅっ……か、金持ちだからって容赦しねえからな! 接待バトルとか期待すんじゃねーぞ!」
「ほんまになんでやねん」
――そんな男たちの背中を見送るナトリは、「男って基本的にアホやなぁ」としみじみ思っていた。
「それとイッキ、これだけは言うとく。……俺まだ15歳やで」
「えっ!?」
全種目と比べて、サバイバル戦にエントリーしている者は少ない。
特にランカーは負けるのを嫌って敬遠している者も多いのだが、どハマりしているランカーも実は結構多いのだ。
単純に、個人戦より楽しいからだ。
闇鍋感覚に近いのだろうか、一通りを経験し、倦怠期に入っているような熟練ランカーは、まるで初めて【百人組手】に挑戦した時のような刺激をサバイバル戦に見出すのだ。
まあ参加したきっかけはどうあれ、一度この種目に参加するとそのまま毎年常連になる、というプレイヤーも少なくない。
何が起こるかわからない。
何をされるかわからない。
色物とは言われるものの、参加者が無遠慮に入り乱れるサバイバル戦は、個人戦とはまた違う魅力があるのだ。
ちなみに今回は、二回の試合で4名が本戦出場となる。
(あ、そうだ)
イッキは【ユニオン】を操作し、視点を変更する。いつもの俯瞰視線から、FPS……いわゆる【ヴィジョン】と同化しているかのような視点に近いモードに切り替えた。
サングラスの視界が、鮮やかに色づいた。
今回のサバイバル戦は、五十人が一度に会し、戦うことになる。
いろんなキャラが入り乱れるので、いつもの外から見ているプレイヤー視点では全てを追えない。
【百人組手】などでは敵の色が統一されていたり、またそれさえ変更が可能なので、入り乱れても自キャラを見失うことはない。が、今回はそうするわけにもいかない。……一応そういう機能もあるにはあるのだが、そこまでいつもと違う調整をすると操作に支障が出る。何より「色」も戦う上で重要な判断材料だ。
イッキは、WFUBに向けた準備期間は、【無色のレイト】の未だ実戦投入していないギミックの訓練と、この視点変更からの操作に当てた。
最初は慣れなかったものの、今はむしろ、今までのプレイヤー視点よりもFPSの方がやりやすいと感じる。やはり上から見下ろす、横から見ているだけでは、相手の細かい動作を見逃すことがあるのだ。いくら透けて見えるからといっても、己の【ヴィジョン】の背中越しに相手を見るのだ、見落とすものもある。
プレイヤーとしては、もっとクリアな視界が欲しい。
だから、慣れるとこちらの方が操作しやすい。――ちなみに現役ランカーなどは当然のようにFPSとほかの視点を、状況に併せてやりやすいように切り替えている。思考一つで変えられるので、これも慣れである。
【ユニオン】はサウンドにもこだわっている。
FPSにすれば、真横や背後、頭上からの音も伝えてくれる。本当に自分の身体を動かすように操作できるのだ。
ただし、いくら視界的に自分の身体に近かろうとも、身体の感覚はない。なのでそれはサングラス上にあるモニターで確認するか、視点を変更して自キャラを見ないとさすがにわからない。
バトルフィールドには【無色のレイト】を始め、50体もの【ヴィジョン】が溢れていた。この数の参加者なので、傍目に見学している分には10センチほどの人形に見えるのだろう。
イッキには、目の前に屈強な、そして一癖二癖ありそうな【ヴィジョン】が現実さながらに見えているが。
だだっ広い白い床……ちょうどちゃぶ台のような足一本で支えられた丸い世界の上で、周囲はざわついている。イッキはボイスチャットを切っているが、周囲は【ヴィジョン】同士で話をしているのだ。
「おい、そこの白いの」
タツの姿を探してきょろきょろしていたイッキは、杖を持った青髪のイケメンエルフと、真っ赤な髪で背中に大剣を背負った軽装の戦士に声を掛けられた。その声からプレイヤー本人の意気込みまで感じさせる現実さながらのサウンドである。
「あそこに牛頭いるじゃん? あいつマジ強いからよ。一緒にあいつ潰そうぜ」
赤髪が指差す先に、2メートルを越える……恐らく設定上最高の身長で作ったのだろう、筋骨隆々の裸で牛頭という異様な迫力を持つヴィジュアルの【ヴィジョン】が、腕組みして立っていた。
(ダイサクの【迷彩男】よりでけーな)
見た目だけで判断するなら、恐らくギリシャ神話で語られるミノタウロスがモデルなのだろう。イッキは知らないが。
引くほどリアルな牛の頭を見ていると、牛頭は視線でも感じたかのように【無色のレイト】を振り返った。――正確には青髪のエルフと赤髪の戦士を見たのだが、イッキは目が合ったと思った。
瞬間、思った。
あいつがタツだ、と。
イッキは牛頭に歩み寄る。
牛頭も、今はイッキを見ている。
周囲が何事かという目で見守る中、イッキは周囲のことなどお構いなしに歩き、牛頭の目の前に立った。
笑った。
【ヴィジョン】を介してどちらも笑った。
まるで互いの意思が伝わっているかのように。
カウントダウンが始まる。
あまり意味のない豆知識
萩野ナトリは、アイスはガ●ガリくんではなく、ブラッ●モンブラン派です。そう、つまり戦争です! この事実が露呈した時、●リガリ派とブ●ックモンブラン派の血で血を洗うような戦争が始まるのです!
 




