23.現役ランカー!
吉田ケイイチは上がり症である。
上がり症で、人見知りが強く、基本的に内気でインドア派で、人込みなんて苦手中の苦手である。
メンタルが弱いのだ、と自覚している。
繊細といえば聞こえはいいだろうが、逆に言えば非常に打たれ弱いということだ。
自分でも呆れるほど弱いと思っているし。
こういう人がたくさん居る場所では、特にそう思う。
(――そういえば、この一年、そんなこと考えたことなかったな)
活気の中、ポツリと一人取り残されたようにして壁に寄りかかり俯いて、ひたすら自分の出番を待つケイイチは、小学校5年生から6年生までの一年間を思い出していた。
きっかけは憶えていないが、ケイイチは学校という場所が苦手だった。
別にいじめを受けていたわけではないし、勉強がつまらないということもなかった。
ただ、なんだか嫌だった。
理由は、今ならわかる気がする。
友達がいなかったからだ。
内気なだけに人付き合いも苦手で、気が付いたらケイイチは孤立していた。
少子化が進み、学校という教育機関に通う子供自体が減ったせいもあり、学年が上がってもクラス変更がなかったり、あったとしても全員が顔見知りだったりと、子供の世界もだいぶ狭くなっていた。
居ても居なくてもどうでもいいような自分の存在を強く自覚した時、ケイイチは学校に行かなくなった。
見事に引きこもり、今では確立されている通信教育で小4から小5までの一年間を過ごした。
このままではまずいと思ったのか、それとも今ならまだ間に合うと思ったのか、両親は我が子に転校を勧めた。
一日二日だけでもいいから試しに行ってみろ、と。
――それが、今、第二小学校に通う吉田ケイイチである。
転校初日、隣の席に座っていたボロいシャツを着たバカっぽい少年の言葉は、今でも耳に残っている。
――「おまえ【ユニオン】持ってるか?」
あの時、ケイイチは欲しいとは思っていたが、まだ持っていなかった。
もしもあの時、ケイイチが【ユニオン】を持っていたら、もしかしたら……
(……いや、大して変わんなかったかもな)
少年の名前は山本一騎。
見た目通り貧乏でバカな少年だった。
内気なケイイチが、訊かれるまま答え、家が近いことがすぐわかったあの転校初日。
あの日から、呼んでもいないのにほぼ毎日、イッキはケイイチの家に遊びに来た。
【ユニオン】はないがそこそこ新しいゲームがあったので入り浸った。
いつぞやは「すげー! おまえんちいつもハッピー●ーンあんのな!」と、昭和の子供かってセリフを吐いてケイイチの母親に笑われていた。時々新山カイジや宮田ダイサクという、同じクラスでイッキの友達もやってきて一緒に遊んだ。
そんなこんなで、あっと言う間に一年が過ぎていた。
――しっかりしないと。
イッキらに出会い、ケイイチは自分が多少は変わったと思っている。
ほんの少しくらいは強くなったはずだ、と。
イッキと一緒に色々バカもやってきたのだ、少しはあのバカの度胸みたいなものも移っているはずだ、と。
こんなにガチガチに緊張していたら、まともに【ヴィジョン】を操作できない。
自分より強い相手に負けるなら……まあそれも悔しいが、もっと悔しいのは力を出し切れず負けることだ。そんなことをしたら、さっき勝利メールを送ってきたカイジを筆頭に、仲間に笑われてしまう。
――しっかりしろ!
ケイイチは、両手で頬をバシバシ叩いた。
痛い。
でも、少しだけ気合が入った気がする。
ゆっくりと顔を上げ、睨むように周囲を見る。
負けてたまるか、と精一杯の虚勢を張って。
やはり人が多い。
いつもなら簡単に向こう側の壁まで見渡すことができるのに、今はその辺のコートまで見ることもできないくらい、人がぎゅうぎゅうだ。
同年代から社会人風のおじさんおばさんまで幅広く、これが全員予選参加者なのかと思うと気が遠くなりそうだ。
知り合いはいないものかと周囲を見ていると、「あっ」と声を漏らしそうになった。
声は漏れなかったが、なけなしの気合は綺麗に漏れた。
(【霞時子】だ……!)
ケイイチが見つけたのは、自分のすぐ近く、真横で同じように壁に寄りかかり、腕組みして【ユニオン】を装着している女性である。
ヴィジョンネーム【霞時子】。本名っぽい気もするが、あくまでも【ヴィジョン】の名前である。
現在722位のランカー……現役1000番以内だ。
プレイヤーの名前は知らないが、そう、元1000番以内・早乙女シキを攻略する上で、同じ刀使いとして検索して見つけた人物だ。何かしらの取材で写真が掲載されていて、それで顔を覚えていた。確か一歳か二歳は年上だっただろうか。
特に印象深い理由もあった。
この人物は珍しい戦闘スタイルをしており、刀使いなのに滅多に刀を抜かないという、基本的に無手で戦う刀使いだ。見た限りでは柔術だの合気道だの、その辺の戦法が近かったはずだ。
抜けば無類の強さを発揮する――とは言われているが、抜かずに負けることもあるので、その辺のことはいまいちよくわからない。本人なりのこだわりがあるのだろう。
(ここら辺に住んでたんだ……あ、ちょっと待てよ)
まさかと思って【ユニオン】を装着し、先程メールで届いたトーナメント表を確認する――と、ケイイチはほっと肩を撫で下ろした。
どうやら自分と当たるわけではなさそうだ。
勝ち抜いていけばいずれはランカーとやることになるだろうが、初戦で当たるのは運が悪すぎる。
一応【霞時子】のプレイヤー名を確認してみようかと思い対戦表をチェックしていくが、あいにくの「匿名希望」登録である。昨今は個人情報の流出なども気をつけねばならないので、匿名での登録者は多い。
ランカー、もしくはランカーに近い者はランキングチェックに余念がない。
が、そうでもない者の方が多いので、トーナメント表に堂々と【ヴィジョン】の名前は出ているものの、周囲にバレている様子はない。強いて見ているのはケイイチ……と、年頃だけに同世代の男くらいのものだろう。
――【ユニオン】を装着していてもわかるくらい、綺麗な人だから。
ゆるく7・3で分けた鳶色の髪は肩下まである。白いブラウスにラフに引っ掛けた黒いネクタイ、黒地を基調にしたチェック柄のミニスカートから伸びる白い足の先はシンプルなミュール。青いペディキュアが涼しげである。装飾が少なく全体的にシンプルだ。
変わっているものと言えば、スカートのポケットに入っているのだろうタブレットに繋げてあるストラップが、銀細工の小さな刀の形をしていることか。オシャレなのかミスマッチなのか判断に悩むところだ。
……一応、小学生とはいえケイイチも普通の男子であるからして、綺麗な人や美人を見れば、それはもう強く印象にも残ろうというものだ。
「……」
女性が、ふとケイイチを見た。
ケイイチは慌てて顔を逸らした。どうやら視線を感じたようだ。
「君」
なんと。声を掛けてきた。
返答できず、視線を併せるどころか俯くばかりのケイイチに構わず、女性はケイイチの右手を取った。
「あげる。――緊張がほぐれるから」
「え……」
ケイイチの手に、舌を出した女の子のマスコットが有名な老舗メーカーのイチゴミルク味のアメを一つ握らせ、女性は行ってしまった。
手の中に転がる飴玉を呆然と見ていたケイイチは、ハッと我に返り女性の姿を追う。
彼女はちょうど出番だったようで、まっすぐ伸びた背中は端末へと向かっていた。
――女性の名前は、瀧川翔利。
一年前の早乙女シキとライバル関係にあったプレイヤーの一人で、今や「刀娘」とは違う刀剣愛用ギルドで名を馳せている、刀使いのランカーだ。
ケイイチがショーリと再会するのは、少し先のことである。
ケイイチは慌てて女性を追いかけたが、人込みに揉まれてヒーヒー言いながらコートに辿りついた頃には、すでにバトルは終わっていた。
ランカーのバトルである。よっぽどの相手じゃなければ秒殺だったことだろう。
おまけに、探しても女性の姿はなかった。
予期せぬランカーのバトルを見逃したばかりか、姿さえ見失ってしまった。
……内気で人見知りが激しいケイイチが、果たして見つけたところで声を掛けることができたかどうかはさておき、しょうがないのですごすごとさっきいた場所へと引き返した。
当然そこにさっきの女性がいるはずもなく、ケイイチは溜息を吐いて、握り締めていた飴玉を口に放り込んだ。
甘い。
これまでに一度か二度しか食べたことがなかったが、こんなに優しい味がしただろうか。
――確かに、不思議なくらいに、緊張がほぐれていた。
自覚がある。
緊張だの人込みだの、メンタルが弱いのだ。
だから不思議だった。
アメ一個で、ここまで効果があるのか、と。
現役ランカーから貰った魔法のアメの効果からか、まるで自分じゃないかのように落ち着き払ったケイイチは、危なげなく本戦へと駒を進めることになる。
あまり意味のない豆知識
吉田家ではハッピ●ターンのほか、ハーゲン●ッツも常備しています。でも悲しいことにイッキは「味が濃すぎて苦手」との理由で口に合わず、姉のために持ち帰っています。




