21.世界大会 予選開始!
八月某日。
年を追うごとに気温のレコードを更新する熱帯夜が続く真夏日、八月初旬にそれは始まる。
WFUB。
「World.Friendship.Union.Battle.」の略で、簡単に言えば公式の【ユニオン】世界大会である。
今や世界中どこにでもユーザーがいるという【ユニオン】だが、そもそもが子供の玩具として発売されている。
いい歳の大人がお菓子カードを求めて大人買いしてお菓子を捨てたり、不正ユーザーのアカウントを削除したら逆ギレされて運営が訴えられたり、小学生をナンパしし続ける四十四歳が某検索サイトのトップニュースに取り上げられたりと、いささか大人の事件が目立ってはいるが、元は子供向けに開発され、販売されたものだ。
そこは発売当初から三年経った今も、ぶれていない。強い大人もたくさんいるが、あくまでも子供向けに作られたものだ。
歴史二年、今回で三回目となる世界大会は、八月という子供たちの夏休みにあわせて開催される。
――ちなみに世界同時開催というわけではないので、とある国ではもう予選が済んでいたり、日本開催からズレて行われたりしている。
この日、少年たちが行きつけにしているカード販売店は、人が溢れていた。
「うわーすげえな……」
新山カイジが目を剥いて呟くくらい、人が多い。
休みの日やイベント解禁日には端末が埋まったりもするが、ここまでごった返すことはなかった。
店の正面は子供たちが自転車を置けるよう駐車スペースが取られていてそこそこ広いのだが、それでも多い。どうやら近隣の子供も大人も集まっているようだ。
「あ、メール来たよ」
吉田ケイイチの声に、少年たちは店に入れないまま【ユニオン】を装着する。
――運営から、大会の詳細を記したメールが来た。
本大会はそれなりの開場で派手に行われるのだが、まだ予選の段階なので、最寄の販売店や端末のある場所、もしくは端末を持つ自宅から参加することができる。
自宅に専用端末を置く、なんて子供にはまず金銭的な問題で不可能なので、いつも遊ぶ場所から参加するケースが主である。
参加登録を済ませているので、このメールでは予選トーナメント表と各々がバトルする順番と、大よその開始時間を知らされる。参加するプレイヤーにはバトル寸前にもう一度メールが入り、五分以内に端末に接続しないと棄権扱いになってしまう。
ちなみに、ここではない離れた端末から参加しているプレイヤーもいるので、今日は端末と【ユニオン】をプラグで繋いでプレイすることになる。
これでいつものようにタイムラグを気にせず遊べるのだ。
いくら昔と比べてネット環境が進歩しているとは言え、やはり遠くにいる者と無線で通信するのでは、いつもの処理速度では遊べない。
「一階、二階、三階の端末で個人戦。四階がサバイバル戦だな。……団体戦は午後かららしい」
宮田ダイサクは、言いながら自分の出場種目が午前中にないことを確認する。
もう一種目のチーム戦は明日である。チーム戦――いわゆる戦争は、参加人数が多いだけに一戦一戦に時間が掛かるからだ。
「お昼まで出番ないね」
早乙女シキも、チームは違うがダイサクと同じ種目に出ることになっている。本日の出番は団体戦のみだ。
「そっか。二人は団体戦と明日だけだもんね」
自分が出ることになる個人戦の階と端末場所を確認したケイイチは【ユニオン】を外し、ダイサクとシキを見た。
「どうするの? この辺で待ってる?」
「そうだな……昼まで時間があるしな。確か近くの図書館にPCがあったよな? 早乙女、そっちで予選の試合でも見学しないか?」
「異論はないけれど、たぶん多いと思う」
「……ああ、そうか。絶対多いだろうな。空いてないか」
だがこの様子では、店の中での見学は遠慮するべきだろう。出場する予定があるならともかく、野次馬が入り込む余地はなさそうだ。何より、ただでさえ暑いのに、その上用もないのに人ごみの中に入るなんて気が進まない。
なお、予選の試合は全てネットTVで生放送されている。研究熱心なプレイヤーは食い入るように観ているに違いない。
「この辺でタブレットで観てりゃいいだろ。そんで昼飯一緒に食おうぜ」
山本イッキの言うことは、やはりどうにもずさんだった。
「この辺にいたら邪魔になるだろう」
ただでさえ、プレイヤーが店から溢れ出している始末だ。
「まあ、一時間もすれば余裕が出るかもしれんが」
去年は団体戦とチーム戦に参加したダイサクは、個人戦で負けたプレイヤーがとっとと帰る現象を見ている。
負けたのは悔しいが、とにかく帰ってネットTVで観戦したいと考える者が多いのだろう。
炭酸で憂さ晴らしをしながら自棄になって「●っちゃんイカ」を貪り野次りながら観ているという、昭和世代の野球観戦するお父さんのような様が目に浮かぶようだ。
「……いいんじゃない? この辺にいれば。吉田くんたちが何かあって困った時も対応できるし」
「そうか? じゃあそうするか」
――ケイイチとシキは気づいている。暑いところで女の子を立たせて待たせるのはどうかと思うからダイサクは気を遣ったのだ、と。ダイサクは気遣いのできる奴なのである。
「そう。……じゃあ僕らは行ってくるね」
ケイイチとカイジは個人戦がある。試合は今すぐではないが、中で待っていた方がいいだろう。……人見知りが強いケイイチには、あの人込みに入るのにかなり勇気が必要だが。
「いってらっしゃい。がんばってね」
「最善を尽くせよ。悔いのないようにな」
「負けたら笑うからな! 負けんじゃねーぞ!」
シキとダイサクとイッキに見送られ、ケイイチとカイジが人溢れる店へと突っ込んでいく。
「……じゃあ俺も行くかな」
時間はまだまだ余裕があるが、急にここには居辛くなったので、イッキも行くことにした。
「何試合目だ? 山本の試合は観てやるよ」
「なんでだよ」
「面白そうだからだ。というか、俺の知り合いで出る奴っておまえが始めてだしな」
「マジで? そんな人気ねえの?」
「いや、色物扱いだな。実際出ているプレイヤーも色物っぽいしな」
「俺の【ヴィジョン】は色物じゃねーよ。……まあいいや。試合直前にメールするからよ」
「絶対しろよ」
そんな約束をして、イッキは……ふと自分を見ているシキと目が合う。
「…………がんばって」
「お、おう……」
――あの屋上での一件以来、イッキとシキの間には明確な見えない壁ができている。
あの屋上での一戦から、イッキは誰も得しないし望まない公約に従い、個人戦出場を断念した。
イッキは「自分が負けた」と譲らないし。
シキも「自分が負けた」と言い張った。
あの時はケンカ別れのようにして解散となったが、次に会った時には特に怒りもなく、ただただお互い気まずい空気を引き摺っていた。
ケンカじゃないので謝るのも違うし、だが改めてあの件のことを話すとまたイライラしそうで。
とにかく、「負けた」と認めているイッキは、約束を果たした。
約束通り個人出場を断念し。
そして、残った一枠は「もったいないから」という理由で、サバイバル戦にエントリーした。
「個人戦には出ない」とは言ったが「他に出ない」とは言っていないから。
さて。
個人戦とサバイバル戦に出場する少年たちを見送った玄人二人は、玄人然とした落ち着きで、活気とともにプレイヤーが溢れる店を眺める。
「どう見る?」
「吉田くんと新山くんは、もうその辺の子たちじゃ相手にならないよ」
「だよな。組み合わせ次第じゃ本戦出場も夢じゃない、か」
「うん。心配いらない」
今現在、はっきりとはしていないが、シキとダイサクの実力はかなり伯仲している。
どちらかが望めば優劣もはっきりしたのだろうが、どちらもランキングに拘っていないだけに、はっきりさせる理由がなかったのだ。
一年前の現役バリバリだったシキにさえ、ダイサクは数回に一度は勝てる実力があった。あれ以降、【ユニオン】を手放していたシキの実力は落ち、ずっと続けていたダイサクが弱くなっているわけがない。
「まあさっきも言った通り、俺は山本のサバイバル戦が気になっててな」
「わかるよ。面白そうだからね」
サバイバル戦自体も面白そうだし、あの山本イッキが参加するというのも楽しみだ。
本人に似ず、イッキの【無色のレイト】は癖のない綺麗な動きをするのだ。そして拳にまとう視覚エフェクトも、【ヴィジョン】の地味さを補うように派手で良い。だから見ているだけも結構面白い。
ケイイチのように一芸に特化するのも強いが、イッキのような極端に偏りのないタイプは、多様な局面に柔軟に対応できる。
スペック的にサバイバル戦には意外と向いているのだ。特にシキ戦で磨き上げた反射速度があれば、たとえ集中攻撃されたってそう簡単には負けないだろう。
「……ところで早乙女、おまえ『刀娘』で参加するのか?」
「そう言う宮田くんは『GF』で?」
二人の視線が合う。
「おまえらとは本戦で会いたいもんだ」
「そうだね。勝つにしろ負けるにしろ苦労しそうだし」
今回、チーム戦にエントリーしたシキは、「刀娘」というギルドの助っ人という形で参加することになっている。
「刀娘」は、半数以上が現役ランカーの上に女性のみという構成でかなり有名である。特にランカーが多く完全少数精鋭なところが、大ギルドやサークル張りの戦力と捕らえられている。
そして宮田ダイサクも、同じくチーム戦でエントリーしている。
実兄が所属するGF――「Gun Field」というミリタリー系のチームに今年も呼ばれているのだが、この「GF」というチームも有名である。
ランカーはチーム中一人か二人で、個人戦力はそこまで脅威ではないが、「GF」は集団戦に長けている。
一年前、日本最大ギルドと言われた「神の遊戯」から選抜されたランカー二十名という豪華なチームが参加した。「日本一を狙える」だの「大本命」だの評判となったが……
本戦で当たった「GF」というミリタリーチームが、輝かしい戦歴のランカーたちを、まるで赤子の手を捻るがごとく闇から闇へと葬り去る姿は、今でも「これぞ戦争!」と語られる伝説のチーム戦である。
個人戦は異様に強い「刀娘」と、集団戦を得意とする「GF」。
いざぶつかるという形になれば、ネット上ではそれなりに騒がれそうだ。
ダイサクとシキがのんびりしている頃。
一階深奥の端末付近にいる新山カイジの出番が、間近に迫っていた。
あまり意味のない豆知識
「撃砕拳」は、【無色のレイト】の必殺技の名前です。が、あまりの使い勝手の良さから今や通常の攻撃になっています。




