19.理由は「気に入らない」だけで充分! 砕!
最初の内は、本当に出し惜しんでいただけだ。
実戦で使うには練習も必要だったし、使いどころを考える必要もあった。
ただ、状況がどんどん変化していき、その仕掛けだけを置き去りにして腕が上がり、状況の変化に対応できなかったのだ。
決定的だったのは、例の【百人組手】の境界線だ。
あれを超えた瞬間から、イッキの意識から「使いこなしていない仕掛け」が「必要ないもの」くらいにまで価値が下がってしまったのだ。
余計なことをするより、さっさと接近して殴った方が早いし強い。
その事実に尽きる。
【ヴィジョン】は、人間が自分の身体を動かすことを手本として意識し、操作する。
ただ歩くだけでも、自分の肉体を使った前例を元にしてイメージを構築するのだ。思考で動かす以上、自然とそうなってしまう。――ケイイチの【風塵丸】のような非人型は例外だが。
イッキには、最初からイメージはできていた。
それこそ、【無色のレイト】という【ヴィジョン】を組み立てる前からだ。
どのように戦おう、こうすればどうか、という、【ユニオン】を欲して止まなかったあの頃に妄想の中で作り上げていた【無色のレイト】というキャラクターは、単純に殴る蹴るだけしかできないわけではない。
ただ、想定していた仕掛けの操作が人間には不可能で、己という手本にはないイメージを必要とするので、まだうまく操作できないのだ。
苦手なものから逃げていた結果、使いこなしてこそ真価を発揮するだろう仕掛けに埃を積もらせて、面白いように腕が上がる格闘スタイルだけ成長してしまった。
最近はもう、例の仕掛けの方は自主練さえ怠っていた。
それが今のプレイヤー・山本イッキだ。
「このままじゃダメだよなぁ……」
時刻は夜。
山本家の居間にて、かつてケイイチと毎日初心者丸出しの死闘を繰り広げていたちゃぶ台というスタジアムに、縮小した【無色のレイト】が立っている。
なかなか働いてくれない頭を使い腕を組んで考え込んでいるプレイヤーと同じ動作をして、時折りイラ立たしげに首を捻る。自分を操る不甲斐ないプレイヤーに「ちゃんと操作しろ」と責めているかのように。
そんな己の分身に等しいものを眺めながら、やはり「このままじゃダメだ」と強く思う。
――ちゃんと使いこなしてやらないと、俺の【ヴィジョン】じゃないよな。
シキに負けっぱなしというのも気に入らないが、自分の操作が下手という理由だけで【無色のレイト】は全力を出せないでいる。そっちの方がもっと気に入らない。
全力でやって負けるならまだいい。
が、全力を出さずに負け続けているのでは、【ヴィジョン】が不憫だ。
「……しゃーねえ。やるか!」
考えていたって仕方ない。
そもそもイッキは考える前に行動するタイプだ。
今使いこなせないなら、使いこなせるようになるまで反復練習あるのみだ。
やる気が奮い立ったその時、
「――イッキ、お風呂空いたよ」
風呂から姉が上がってきた。
「後で!」
今は風呂どころじゃない。
これから二時間特訓して、強制休憩時間に風呂に入り、上がったらまた訓練だ。まあつまりいつも通りだ。
「早く入らないとぬるくなるよ。……ところで宿題は? 済んだの?」
「見りゃわかるだろ! 今からやるところだよ!」
「……」
姉には、弟は今から遊ぼうとしているようにしか見えないのだが。
とても学校の宿題をやろうとしているところには見えないのだが。
――まあ仕方ない、と姉は半分諦めていた。
WFUBは、【ユニオン】をやらない姉でも知っている大会で、弟がそれに向けてがんばっているのも知っているからだ。
……それに、この弟が大人しく宿題をやったためしなんて、小学校の間に一度もないし。先生たちもすでに諦めているし。今更だ。
それからイッキの特訓は、大会ギリギリまで続けられることになる。
最初はやはり上手くいかない。
境界線を越えた辺りから、実戦レベルで投入できるラインがかなり上がってしまったことも原因である。あれ以来パワーもスピードも格段に上がったので、やはり「あえて仕掛けを使う」より、直接殴った方が速いし強い。
しかし、だからこそ、この仕掛けが活きるのだ。
これさえ使いこなせれば、なんとかシキを倒せる……かどうかはわからないが、まあビビらせるくらいはできるだろう。
正直、肉弾戦だけではまったく勝機が見えない。
シキの【斬斬御前】の一閃は、境界線を越えて全ての要素がレベルアップした【無色のレイト】の動きよりも、拳よりももっと速い。 あれをかいくぐって攻撃するのは無理だろう。
呆れるほど見てきたおかげか、なんとか抜き手くらいは見えるようになった。
五連閃くらいまでは避けられるようにもなったが、あれはシキがその気になれば延々と続けられそうなので、多少かわせる程度では意味がない。
――とにかく、限られた時間でものにできる勝機は、イッキの頭にはこれしかなかった。
刻々と時間が過ぎていく。
少年たちは放課後の集いを中止し、それぞれがWFUBに向けて準備を始めていた。
時間に追われるようにして、日々は飛ぶように過ぎていき。
イッキがシキを呼び出したのは、本当に期限ギリギリだった。
今日は、暗幕が張られていない。必要がないくらいの曇り空で、雨が降っているからだ。
天井に備え付けてあるの強化プラスチックからパラパラと雨音が聞こえ、なんだか少し気分が落ち着く。
昨今暑いのがあたりまえだが、今日の屋上はちょうどよかった。
なんとなく空を見上げる少年に、今時珍しい制服姿の少女が歩み寄る。
まだ三時間目の休み時間である。昼休みではないので、屋上には誰もいなかった。
この短い空き時間に遊ぼうという者も、さすがに少ない。
「お待たせ」
「おう」
だからこそ、イッキはこの時間を選んだ。
――結果如何によっては、泣いちゃいそうだから。だからいつものメンバーにも席を外させた。
「あまり時間がないから、早速やろうか」
「ああ」
今話すべきことはあまりない。話なんて終わってからでいい。
言葉少なに、二人は【ユニオン】を装着した。
たなびく赤いマフラーを踊らせる、白いヒーロー【無色のレイト】。
一部の隙もない、静かな居合いの型を取る狐面の巫女【斬斬御前】。
幾度も向かい合ってきた二体の【ヴィジョン】が、再び合間見えようとしていた。
――山本イッキのWFUB個人枠出場権という誰も得をしないのに勝負如何によっては確実にイッキ一人が泣く事になる、無駄に無意味で残酷な運命を賭けた一戦が始まる。




