18.理由は「気に入らない」だけで充分! 撃!
WFUBのエントリー期間に入ると、いよいよお祭り騒ぎも高まってきた。
周囲は元より、第二小学校でも、それぞれが大会に向けて準備を始めている。
有用なカードを模索し、また買い集める者。強いチームに潜り込もうとする者、また強い者を募集するチーム。
「ただ遊ぶだけ」という、いつもの屋上の風景とは変わってきていた。
唯一ほとんど変わらないのは、六年三組の少年四人と、五年生の少女一人という五人組である。
彼らは今日も、いつもの場所でバトルしている。
イッキが打倒早乙女シキを宣言してから、幾日もが過ぎていた。イッキはおろか、ケイイチもカイジもシキに挑み続け、やはり負け続けていた。
「やっぱすげえ……」
毎日毎日飽きることなくシキに挑戦し、毎日毎日負けて負けて負け続けているイッキは、いいかげん感動さえ覚えていた。
何度やっても勝てない。
どんな手段を講じても手が届かない。
かつて【百人組手】に挑戦していた頃よりも強く感じる無理ゲー感。
溜めなしで必殺技を出すとか、コマンド入力の追いつかないだろう反射速度で無敵技を出すとか、そんな卑怯と言えるほどの超難易度のCPUを相手にしているような気がする。
だが、こっちは間違いなく、人間相手である。
元が付くくせに、1000番以内の実力とはこれほどなのか。
そう考えると、やはりイッキは感動していた。
人はここまで強くなれるし、しかも日本だけ取ってももっと強い奴がいる。
【ユニオン】の限界は、まだまだ遠い。
つまり、もっともっと遊べるのだ。
燃えないはずがなかった。
――そしてシキも、日々のバトルのおかげで、ようやく感覚が戻りつつあった。
イッキは丸わかりだが、ケイイチもカイジも勘違いをしている。
あの境界線を越えているイッキら相手に、一切の手加減などしていないことに。
軽くあしらっているなんてとんでもない。
自分の感覚を取り戻すために自発的に動きを制限してはいるが、シキも毎日毎日全力で戦い続けていた。
【百人組手】を一人クリア、という境界線を越えた者は、しばらくの間異様な成長を遂げる。プレイヤー本人でも戸惑うくらいに、簡単に限界を超えて駆け上がっていくのだ。
イッキらも、その例に漏れなかった。
恐らくは相互関係だ。
仲間と切磋琢磨し、負けたくないと意識することで、互いに実力を高めあう――かつてシキが経験したことである。
ふと気を抜くとすぐ足元に迫って来ている少年たちを相手に、手加減なんてできるわけがない。実際何度も何度も負けを意識させられている。
超えられない壁などではないのだ。
何かの拍子にひょいと超えられる……実際はそんな感じだった。
まあ、だからこそ、シキ自身の訓練にもなった。
「もう少しかな」
段々と【斬斬御前】の機嫌が直ってきた。シキの思う通りに、いや、思うよりも速く、反射的に動いてくれるようになってきた。
師匠に貰った刀【崩】も、一年前と同じくらいには馴染んできただろうか。
――そろそろか、と思った。
「宮田くん」
「ん? ……ああ、もう終わるか?」
一人そこまで本気で挑戦していなかったダイサクは、やはり気づいていた。
シキがまだ調整に入っていないことを。
「あ? どうした?」
次誰が戦うかとジャンケンしようとしていたカイジが、ダイサクとシキの会話に割り込んだ。「終わる」という言葉にただならぬものを感じたのだろう。
「早乙女が、そろそろ自分の準備をしたいってさ」
「「は?」」
カイジとイッキはわからなかったが、ケイイチはわかった。
というか、そろそろケイイチもそうしようと思っていた。大会に向けてやりたいことはたくさんあるのだ、そろそろ始めないと色々間に合わなくなる。
「WFUBに向けて準備したいの。あなたたちもそうでしょう?」
「え?」
「え?」
イッキとカイジが見詰め合い、「おまえ準備ある?」「いや……え? 準備って何? 持って行く500円分のお菓子のことか?」「500円分も持ってくのか!? な、なんだよ……別に悔しくねえからな!」「わかったわかった。うま●棒二本やるから怒るなよ」「たこ焼き味とピザ味だ。それ以外は認めねえ」「イッキは濃いの好きだな……」などという会話をしている連中は放っておくとして。
「カードの組み合わせとか、この地区で強い人を調べるとか、色々やることあるからね。……早乙女さんと戦うのに夢中になりすぎて、今まで何もしなかったけど」
さすがに、そろそろ準備を始めないとまずいだろう、とケイイチもわかっていた。
ただ、シキに勝ってから、と思って先延ばしにしていたのだ。家に帰ってからもシキに勝つためだけに情報収集し、新たな作戦を練り、自主訓練し……という生活に明け暮れていたのだが。
他ならぬシキの方から、タイムオーバーの声が上がった。
「それは私も一緒。私も夢中になっていたから」
想像を超える速さでどんどん伸びる三人を相手していて、毎日すごく楽しかった。いつもドキドキしていた。やはり【ユニオン】は楽しいと感じていた。
できれば、彼らが勝つまで付き合いたいと思っていた。納得行くまで相手したいと思っていた。
「でも、私だけの問題じゃないから。ごめんなさい」
シキはチーム戦で「刀娘」というギルドの一員として参加することになっている。準備を怠れば仲間に迷惑を掛けてしまう。
「いやそんな、謝る必要なんて。むしろ君の邪魔になってなかったのならよかったよ。……本当に邪魔になってなかったよね?」
「うん。楽しかった」
それは何よりである。
「あれ? ちょっと待てよ!」
そして、ようやくイッキは、この話がどういうことなのか悟った。
「それってもう早乙女は俺と戦わないってことか!?」
「そうだよ。個人戦お休みになったね」
――山本一騎、人生初の世界大会を出場辞退決定。
「いやいやいやいや待て待て待て待て! さっ、早乙女サン! ちょっと待ってください!」
「うん」
それは待つというものだ。
だってあんな公約、守られたところで誰も得しないのだから。
なんならいつだって撤回してくれて構わなかったし、今「あれ冗談だけど」とか言ってくれれば冗談で済ませても一切気にしない。むしろお互い気が楽になる。しばらくからかいの種にはなるかもしれないが、本気で追い込んだところで本当に誰も得しないのだ。
だが、けじめは付けなければならない。
「あと一度だけやろう」
「い、一度だけ?」
「うん。あと一度だけ戦って決着をつけよう。場所はここ。時間は山本くんの都合のいい時に呼び出して」
シキは、短い付き合いながらも、山本イッキという少年がどういう性格をしているかわかっている。
この手の奴は、一度言い出したらなかなか引かない。このままでは、あの誰も得しない約束も泣いて後悔しながら果たしてしまうだろう。周囲がなんと言おうと。
だから、泣きの一回を約束した。
もちろん最後のチャンスだからって手加減なんてしない。そんなことをしたらイッキのプライドが傷つくだけだ。
だから――
「最後くらい本気を出して」
これだけは言っておこうと思った。
「山本くんは、私の知らない何かを持っている。そして出し惜しんで一度も使っていない。どういうつもりかは知らないし、思惑もあるだろうから責めるつもりもないけれど。でも――」
奥の手を隠していたり、カード使用の必殺技を隠していたり。それくらいならシキも同じだし、ケイイチもまだ隠し玉がありそうだ。
だが、この期に及んで出し惜しむのは、勝負所の見極めができていないだけだ。世界大会出場なんて不必要なものを不要に、そして無責任に賭けたのだ。今使わなくてどうする。
「最後くらい全力で戦えばいいよ」
シキの言葉は当たっている。
ただ、色々と誤解があるようだが。
「……そう、だな。言われてみれば、俺も色々準備がいるんだよな……」
イッキは確かに本気を出していない。
いや、今出せる全力を常に出しているし、出し続けてもいる。
ただ自分で【無色のレイト】に仕込んだギミックを、うまく使用できないだけだ。
情けなくて言えやしない。
自分で設定したくせに、自分で使いこなせないなんて。
 




