00.【ユニオン】を手に入れた!
山本イッキは興奮していた。
山本イッキは非常に興奮していた。
とりあえず「うおー」と叫ぶことで喜びを表し、バタバタ走り回ることで抑えきれない感情を表し、
「落ち着きなさい! 近所に迷惑でしょ!」
姉にパカンと殴られた。その音は中身が詰まってるかどうか疑問の残るほど軽い音だった。
でも、殴られてもイッキは感動を抑えきれない。
痛みより喜びの方が強いのだ。
頭を抑えつつ「へへへ」と笑うちょっと頭の軽い弟を見て、姉はしょうがないと言いたげに苦笑する。
姉は、この弟がどれだけ欲しがっていたか、知っているから。
電脳操作ヴィジョン【ユニオン】。
新型に次ぐ新型が出始めた昨今、ようやく一般的小市民の子供でも旧型が買ってもらえる額に落ちたものの、それでも小学生には高すぎるオモチャだった。
発売から三年以上が経った今。
当初考えていた販売層である子供のみならず、大人までファンを拡大し、世界中が熱狂する「世界でもっとも売れている玩具」になっていた。
イッキは、ずっとずっと、それこそ発売されて初めてテレビCMを観た頃から、これを欲しがっていた。
母子家庭で母親と姉の三人暮らしである山本家は、一般家庭よりも経済的な余裕がない。
イッキがどれだけ我慢に我慢を重ねているか、姉も母もよく知っていた。
一日十円の小遣いを貯めていることも知っていた。「何年掛けて買う気だよ」と、寂しそうに母と姉は笑い合ったものだ。
イッキが小学六年生に上がって少しの時間が経った今日、ようやく【ユニオン】が手に入る目処が立った。
二人にとって従兄弟に当たる親戚が、「大学に上がる折に新型に買い換えるかもしれない」という言葉通り、新型を購入したのだ。返還あるいは交換することである程度安く上がるのだが、従兄弟はイッキのために旧型を譲ることを決めた。
「早く取りに行こうぜ!」
殴られたことももう忘れ、グイグイグイグイ手を引っ張り身体が斜めになっているイッキに、姉は言った。
「もうここにあるよ」
「えっ!?」
驚きのあまりするりと手が抜け、イッキは思いっきり頭から床に落ちた。畳の上にドンと、それはそれはひどい音がした。
だが今のイッキに痛覚など存在しない。
何事もなかったかのように飛び起きて「マジで!?」と叫んだ。
「マジよ。学校の帰りに会ったから――ほら」
姉はちゃぶ台の傍らに置いていた通学鞄の中から、イッキがいつも羨ましそうに見詰めているやや大きめのメガネケース――【ユニオン】専用ケースを出した。
「ユ……ユニオーーーーーーーぶへっ!?」
限界まで目を見開き、全身を震わせてそれを見詰めるイッキは、それに飛びつこうとして姉にまた殴られた。カウンター気味に入った。否、完全にカウンターだった。
しかし今日のイッキはそれでもめげない。
「ちょっと……ま、待ちなさいって……!」
「いいからよこせ! それをよこせ!」
弟の今までにない動き。弟のめげない態度に姉は困惑する。
イッキは姉にしがみつき、手の中にある【ユニオン】を奪おうと実力行使に出た。姉の手が顔にかかり、結構不自然な方向に顔が曲がっていてもお構いなしにグイグイグイグイ迫る。
「先にお礼の電話でしょ! 電話したら渡すから!」
無駄に疲れるそんな一悶着を経て、イッキは念願だった【ユニオン】を手に入れた。
「うおおおおおおおお!! やったぁーーーーーー!! ふぁああああああああ!! ふええええええええええ!!」
イッキは吠えた。
力の限り吠えた。
あと嬉しすぎて泣いていた。
姉はもう、何も言わなかった。
イッキの叫びは、約三年の重みがあることを知っていたから。