17.WFUB!
ここ数日で、日差しがきつくなった。
やはり止まらない地球温暖化の影響からか、六月中旬にはすでに気温は三十度をオーバーしている。
期間限定イベント「ブレイカーズ・ハント」が無事終わり、上昇する気温に呼応するように【ユニオン】熱がにわかに活気付いてきた。
強者獲得に奔走するギルドしかり、この機に旗揚げするチームしかり。
ネット上でも「同志募集」だの「参加歓迎」だの、有望な人材を集める者が目立ってきた。
それもそのはず、WFUBが迫っているからだ。
World
Friendship
Union
Battle
訳するならば「世界の友達と戦い親睦を深めましょう」といったところか。
要するに、【ユニオンバトル】の公式世界大会である。
【ユニオン】は、全世界にプレイヤーがいるほどのゲームである。インターネット業界の進歩のおかげで、今や最寄の販売店にあるバトルフィールドで、海を越えた先にいるユーザーとも気軽に遊べる環境が整っている。公式ではない大会もちょくちょく開かれ、海外プレイヤーが日本の大会に来日することなく参加したり、また逆に日本人が外国の大会に参加したりもできるのだ。
ただし、今回のは公式大会である。
現存する大会の中、もっとも大規模なものである。
まだまだ歴史の浅い大会ではあるが、参加者は当然として、それらをサポートする企業……特にお菓子を扱っている企業が乗り出し、オリンピックほどとは言わないがかなりの経済効果が見込めるとか。
各国で予選を行い、最終的には一堂に会しての本戦が行われることになる。
当然のように、日本でも地区大会予選の期日が迫ろうとしていた。
「本気が足りなかったな」
「イッキがね」
「そう言うなよー。もうほんとがっかりしすぎたんだよー」
まあ、それはケイイチも似たようなものだが。
昼休み、いつものように屋上に子供たちが集まっていた。
最近は日差しが強いので、天井に張り巡らされている強化プラスチックに暗幕スイッチが入っていて、直射日光を遮っている。薄暗いだけでなく熱がこもらないよう空調も利いているので、それなりに快適だ。
――本日十二時、件のチャレンジイベント「ブレイカーズ・ハント」の結果が発表された。
イッキらの記録は、ランク外。1000組以下というタイムだった。案の定、参加賞の全プレの壁紙が「残念賞です」と言わんばかりに運営から送られてきた。
モデルになった三体のランカー【ヴィジョン】の3D画像だ。一人ずつと三人一緒という四枚組で、かっこよさげにポーズを決めている。
「ファンじゃないと欲しくねーよな……」
「うん……」
大して期待せず、一応画像をチラとチェックして、やっぱり微妙な気持ちになった。……まあエルフをモデルにしている【エーテルウィンド】だけは、かなりの美女なのでちょっと嬉しい気もしないでもないが。
――ちなみに、この【エーテルウィンド】の画像のおかげで、彼女のファンが急増することになる。
だが、この壁紙で思い出すのは、あの時のがっかりの感情である。
ランカーをモデルにした、が聞いて呆れるレベルの簡単設定でがっかりしたのだ。
あのイベントのあまりのつまらなさに、イッキらはもう、やる気を失ってしまった。初回でまさかの一分以内の一発クリアである。
タイムアタックもどうでもよくなり、それより元1000番以内である早乙女シキとバトルした方がよっぽど楽しかった。少年たち四人掛かりでもシキ一人に勝てないという圧倒的レベルさと強さに夢中になった。
一応、最終日にもう一度だけやってタイムを計ったのだが、それさえどうでもよかった。
イベントがつまらなかったのもあるが、同じくらいどうでもよくなかった理由が、「100組以内は無理だ」と思ったからだ。
少年たちは、今のシキに勝てないようでは入賞なんて絶対無理だろう、と現実が見えてしまったのだ。
現状、シキより強いのが現役ランカーである。そんな連中が特製カードを狙わないわけがない。
「……うーん」
イッキとケイイチが送られてきたメールや画像をチェックしている横で、最近自然と少年たちの輪に引きずり込まれているシキが、【ユニオン】を装着したまま唸っていた。
彼女もメールの確認をしているのだろうが……
「どうした?」
「あっ」
イッキが指で脇腹をつつくと、少々のことでは動じないシキは逃げるように身をよじった。――たぶん脇腹が弱いのだろう。
「最近お誘いのメールが多くて」
「断れ」
「え?」
「おまえは俺たちが確保してる。だからよそからの誘いなんて断れよ」
さすがイッキ、偉そうに理不尽だ――ケイイチは呆れると同時にその強引さがちょっと羨ましかった。シキと一緒に遊びたいという気持ちは同じで、しかし恥ずかしくて自分にはそこまでストレートに言えない。
まあ、イッキのことは無視するとして。
「何の誘い? 遊ぼうって?」
「いや」
シキは【ユニオン】を外し、メガネを掛けた。
「WFUB」
その言葉に、少年二人の顔色が変わった。
「そうか、もうそんな時期なのか」
「うん。ついに来たんだね」
基本的に、イッキらは先なんて見ずに毎日遊んでいるだけである。それで充分楽しかった。
だからこそ、何かしらの大会に出ようなんてことは考えなかった。最近は近場ではやっていないが、それこそ検索すれば色々あっただろう。外国の大会だって出られるのだから。
だが、WFUBは違う。
これはプレイヤーにとっては無視できない、世界一のプレイヤーを決める、大きな大きな世界規模のお祭りである。
世界どころか日本一どころか、日本の元1000番以内にさえ敵わないイッキたちではあるが、それでも自分の腕を信じてどこまで通用するか試してみたくなる、そんな大会である。
「ケーチももちろん出るよな?」
「出るよ」
【ユニオン】を手にする前から決めている。【ユニオン】を手に入れたら絶対にこの大会に出よう、と。
「私はどうしようかな」
当然のように出場表明をする少年たちを前に、シキは迷っていた。
「どうしようじゃねえ。さっき言った通り、おまえは俺たちと出るんだよ」
「――どれに?」
その返しは、イッキの想定外だった。
「え? どれに?」
「そう。どれに?」
どれに?
イッキには質問の意味がわからなかった。
「あーくそ! 何気にダイサクつえーな……なんか勝てそうで勝てねーんだよなー……」
「俺が強いんじゃない。新山が弱いんだよ」
「うるせーこの野郎! やんのかよ!? ダイサクのくせに!」
「今やっただろ。少し休憩だ――ん? どうした?」
バトルに興じていたダイサクとカイジが入り、改めて話をする。
「あー、WFUBな。そういやもうすぐだもんな」
カイジは、去年のWFUBの後に【ユニオン】を手に入れたので、やはり大会は未経験だった。
「去年は兄貴に付き合って参加したな」
ダイサクは、実兄の誘いで参加したそうだ。
「で? どうするんだ?」
そんなダイサクの問いに、イッキとケイイチとカイジが「参加する」と宣言し、シキは「迷っている」と返事をする。
「迷っている? 早乙女は出ないのか?」
「出たい、とは思うけれど。ただ――」
シキは指折り数える。
「一、個人戦。二、団体戦。三、チーム戦。四、サバイバル戦。四種目あるけれど、出られるのは二つまでだし」
「「あっ」」
シキが迷っていた理由が、ここでようやく判明した。
そう、WFUBは四種目あり、それぞれで世界一を目指す。
そしてプレイヤーは、最大二種目までしか参加できないというルールがある。
「えっと、個人戦は、いわゆる一対一のトーナメント形式だよね?」
ケイイチが問うと、シキは「うん」とかすかに首を縦に振る。
「優勝者が地区代表になって、各地の優勝者と戦って日本一を決めて、今度は世界戦になるね。世界大会に出られるのは三位までだよ」
これはわかりやすいだろう。次に――
「団体戦っていうのは……上限五名までの、チームでの勝ち抜き戦だったかな?」
「そう。二人以上なら参加できたはず」
そしてチーム戦だが、これがちょっと特殊だったはずだ。
「チーム戦は、運営が用意したフィールドで、最大二十名のチーム同士が戦う……いわゆる戦争だよね」
「一番見所が多いやつだね」
戦略はあたりまえとして、個々の実力や連携、地の利を活用したりと、勝つためには戦力的な差以外の要素が強く関係してくる種目だ。大人数での参加が可能なので、ギルドやチームやサークルといった信頼できる仲間と一緒に戦えるのは、やはり大きいだろうか。
そして、もっとも派手な種目である、
「サバイバル戦は、いわゆる乱闘だったよね」
名前の通りの生き残り戦だ。
十人二十人というプレイヤーが無造作にバトルフィールドに放り込まれ、そこで最後の一人になるまで戦い続けるサバイバルレースである。
強いと言われるプレイヤーが大多数のプレイヤーに集中攻撃を受けて即リタイアしたり、弱いプレイヤーがなんとなく生き残ったりと、もっとも波乱が多い種目である。
以上の四つが、WFUBの種目である。
そしてイッキらが出られるのは、四つの内の二種目である。
「私は知り合いのギルドに、チーム戦で参加しないかって誘われてる。……そこの親しくしてる人にちょっと迷惑を掛けたから、今度は顔を立てたいの。だからたぶんチーム戦には出るよ」
――一年前の知り合いや旧友、ライバルからも誘いは掛かっているが、シキはかつて一員候補だった「刀娘」ギルドの一人として参加しようと思っている。何せあの物臭なリーダーから直接声が掛かっているのだ、色々迷惑を掛けてしまった手前、さすがに断りづらい。
というわけで、シキのチーム戦の枠が埋まったことになる。
「俺もだな。今年もきっと兄貴に呼ばれるだろうから、チーム戦は無理だ」
ダイサクもチーム戦の枠が埋まるようだ。
「となると……僕とイッキとカイジ君は、やっぱり個人戦で一枠かな? みんなで出るとすれば団体戦ってことになるけど」
まあ、それが妥当というか、順当かもしれない。
サバイバル戦は癖が強すぎるので除外するとして、チーム戦をするには人数が少なすぎる。何よりダイサクとシキのチーム戦枠が埋まっているので彼らが出場できない。
となると、このメンバーで出られるとすれば、団体戦しかない。
「でもそうすると、ダイサク君と早乙女さんが個人戦に出られなくなるけど……」
「俺はいいぞ。別にランクなんて気にしてないしな」
「私も構わないけれど。まだ腕が錆び付いてるし」
ということは、だ。
「えーと、俺とケーチとカイジが個人戦と団体戦だな? それで? ダイサクと早乙女が、それぞれチーム戦と、もう一枠で俺たちと団体戦……だっけ?」
たどたどしいながらも、イッキはなんとか話についてきていた。珍しいこともあるものだ。
「そうそう」とうなずぎながら、皆でイッキの成長を心の中で祝福する。表立って言うとかならず怒るのであえて言うことはない。
そして、イッキの次の言葉で、少年たちのWFUBが始まることになる。
「じゃあ早乙女。俺はおまえ頼みで団体戦で勝ち抜くなんて絶対嫌だからよ。WFUB予選が始まる前に一回はかならず倒す。倒せなかったら俺は個人戦は出ないからよ」
大変なことを言い放った。
いや、内容としてはケイイチもカイジも同じである。元1000番以内の実力だけで勝ち抜くなんて恥さらしもいいところだ。
いくら吹けば飛ぶ程度のものでも、プレイヤーとしてのプライドがある。
「……いいの? 個人戦、出られなくなるよ?」
「俺が勝つから問題ねえな! こっち来いよ、潰してやるぜ!」
イッキが瞬殺されるのを見守りながら、ケイイチたちは思っていた。
出場枠まで賭けるつもりはないが、自分の気持ちはイッキとなんら変わりない、と。
こうして、大会までの期間を、打倒早乙女シキを掲げて過ごすことになる。




