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ユニオン!  作者: 南野海風
小学校で気に入らない奴をボッコボコにする篇
17/60

15.チャレンジの後に!  速!



 ケイイチは息を呑んだ。

 向こう側が薄く透けて見えるただの立体映像に、圧倒されていた。


 腰を落とす。

 足を開き、膝を曲げ、低く構える。

 腰に溜めるのは伸縮のための力。

 更にその力は、一つの武器に収束する。


 居合いの型。


 狐面の巫女は、二週間前にイッキをあしらった時は見せなかった居合いの型を取る。

 不安定に見える一本足の下駄、踏み込んだ右足の歯の端が浮いていた。角で地を捉えているからだ。恐らくその方がより力を込めることができるのだろう。そのバランス感覚一つ取っても熟練の業を感じる。


 隙は、ない。

 頭の中でどんな軌道の攻撃と、手段を考えようと、まったく攻め込める気がしない。

 実体のないものであるはずなのに、その静かで完璧な型に殺意と覇気さえ感じる。

 まるで、ただの映像であるはずの【斬斬御前きりきりごぜん】が、ケイイチに向かって剣を振るおうとしているかのような威圧感と恐怖。


 境界線を越えた今だからこそわかる実力差に、ケイイチは震えた。


 ――面白い、と。


 狼の忍者は、二足歩行から四速歩行へと構えを変えた。

 最初は様子を見ようと思ったが、ここまでの実力差があるのでは、すぐ狩られてしまう。自分の勘を信じて、最初から全力を注ぐことにする。


 勝負は、数秒で決着がつくだろう。

 斬られて終わり、だ。

 だが、そこへ繋がるプロセスには変更が利く。


「……行くぞ」


 小さく、だが気合の入った声を発するケイイチに応え、【風塵丸ふうじんまる】は吠えた。





 スピードのパラメーターに極振りしてある【風塵丸ふうじんまる】は、視覚エフェクトである枯葉を残し、その場から忽然と消えた。

 カッ、カッ、と硬質な音だけが聞こえる。爪が床を蹴る音だ。


 目で追えない超速――これがケイイチが壁を越えて得たものだ。


 人間が扱う以上、【ヴィジョン】は人間基準でしか動けない。

 人間の限界を超えられない。それは、【ヴィジョン】を動かすための手本が、意識が、己の肉体を元にしているからだ。自分の身体の動かし方の延長で【ヴィジョン】を操っているからだ。


 人間の肉体は、限界ギリギリの100パーセントの力を使うことができないようになっている。そんなことをしたら自分の身体が壊れるからだ。

 しかし、この【ヴィジョン】は違う。

 人間が意識し、操作する【これ】は、ただの映像である。映像同士で干渉し合える……というわけでもなく、身も蓋もない言い方をすれば、そういう設定になっているだけだ。


 肉体がない以上、【ヴィジョン】には人間にあるリミッターなど存在しない。

 常に、どんな時でも、それを引き出せないという設定さえなければ、ステータス準拠で100パーセントの力を引き出すことができる。


 これが壁の正体である。

 あの【百人組手】は、人間の意識のままでは攻略不可能だが、人間を超えた意識があれば攻略できる。【ヴィジョン】に秘められた力を完全に、いや半分も引き出せれば余裕でクリアできる。


 言うのは簡単だが、意識してやると本当に難しい。

 それこそ長く長く【ヴィジョン】と付き合い、少しずつ動ける限界を超えていく……人間と同じように鍛える道が正道なのだ。


 ケイイチの場合は、【ヴィジョン】が人間型ではない、というのが大きかった。人間と同じようには動けないのだから、頭の中で【風塵丸ふうじんまる】のモーションパターンを作り出すしかなかった。

 その意識を、そのまま倍速でもさせればいい。

 【風塵丸ふうじんまる】はそれに応えられるポテンシャルを、最初から持っているのだから。


 己のリミッターを見詰めなおし、自分基準ではなくステータス基準で【ヴィジョン】を操るようになると、劇的に動きが変わった。

 ケイイチの場合は、ステータスに比例して、特にスピードに現れた。自分では限界だと思っていた速度は、まだまだアクセルが浅かった。全開まで踏み込む意識で操作すると、【風塵丸ふうじんまる】は風を超えた。


 目で追えない速度――最初は戸惑ったが、少しずつ慣れてきた。

 やはり目には見えないが、ケイイチの頭と意識では、何がどうなっているかわかっている。


 これが、ランカーの領域の入り口だ。





 対戦相手が消えるという異常な状況の中、【斬斬御前きりきりごぜん】は動かない。どこを見ているかわからない狐面の下で、たぶん視線さえ動かしていないだろう。

 プレイヤーであるシキがそうなのだから、きっとそうだ。


 見えているのか?

 それとも見えていないのか?

 狼を操作しているケイイチにさえ見えない速度である。それがシキには見えているのだろうか。


 ケイイチにそんな疑問が浮かんだ瞬間、【風塵丸ふうじんまる】は仕掛けていた。


 居合いの軌道からはやや外れる、刃の振り際に当たる右側からのアタック。仕掛けるために、正確に的を狙うために、武器である「鉤爪」を振るうために若干速度を落としたものの、それでも速すぎて【風塵丸ふうじんまる】の残像しか追えない。


 接近までに0.1秒も掛からない速度領域。

 残像が実体に追いつくことはなく、風はすでに手を振り上げ、獲物に飛び掛かっていた。


 果たして【斬斬御前きりきりごぜん】は――反応した。

 一本足の下駄が床に線を描くようにすべり、身体が向きを変える。気がつけば正面から当たる形になっていた。


 抜き手さえ見えない一撃が、【風塵丸ふうじんまる】を深く切り裂いた――が。


 ボンと音と煙を発し、【風塵丸ふうじんまる】は消えた。

 【変わり身の術】である。

 どうせかわせない速度なら、食らうことを前提にカードをセットしたのだ。


 瞬時に【斬斬御前きりきりごぜん】の背後に現れた【風塵丸ふうじんまる】は、更にセットしていたカード【煙玉スモークボム】を使用し、煙幕を張りながら再度攻撃を仕掛ける。


 背後から、そして目くらまし付き。

 虚実が同居した忍者らしい動きだった。


 だが、まだ届かない。

 今回は振り抜いたらしき白木柄の刀は、逆手そのまま【斬斬御前きりきりごぜん】の右脇を通し、後ろ向きに刺突を放った。

 こちらもまた、虚実を含んだ一撃。

 真後ろから、そして攻撃直後という隙に仕掛けていたケイイチは見事騙され、まともに突きを食らった。


 もう一度、だ。

 コンマ一秒の間に再度使用していた【変わり身の術】で、【風塵丸ふうじんまる】は今一度、攻撃を回避した。【変わり身の術】は1ゲーム3回まで使用できる。

 この速度領域である。3回も一撃必殺を回避できるなら御の字だ。


(――ここだ!)


 勝機はここにあった。

 ここまではケイイチの作戦通りだ。


 一度目、二度目はフェイクと割り切っていた。

 まともな相手なら勝負は決しているだろうとは思うが、元1000番以内(サウザンド)ランカーならば、このくらいはかならず対処してくるだろうと予想していた。


 本命は、この三度目の攻撃だ。

 煙幕を張り、見えない速度の上に更に目くらましを上乗せした。これはどちらかと言えば、視界を奪うのではなく、意識を周囲に向けさせることにあった。

 一度目、二度目と、横からの攻撃を仕掛けることで、地の着く空間へ意識を引き込み。


 三度目は、真上から仕掛ける。

 すべてが、この三度目の攻撃に収束していた。





 【風塵丸ふうじんまる】が真上からの強襲を仕掛けたその時。


「えっ!?」


 ケイイチは思わず声を上げ、驚いた。


 標的である【斬斬御前きりきりごぜん】は、そこにいなかった。


 否――空中に身を躍らせる【風塵丸ふうじんまる】の|すぐ真上にいた《・・・・・・・》。


 読まれていたのだ。現状考えうる最高の策を。

 三度目の攻撃にすべてを費やしていたので、三回目の【変わり身の術】は使用していない。


 つまり――これで詰みだ。





「……ふう」


 ほんの十秒ほどの高速バトルを経て、ケイイチは息をついて【ユニオン】をはずした。

 疲れた。

 ランカーたちが闇雲に、手当たり次第に戦わない理由がわかる。


 境界線を越えた者同士でバトルをするのは、単純に疲れるからだ。たった十秒のバトルなのに、一時間ぶっ通しで遊んでいたような疲労感だ。


「やっぱり面白い」


 シキも【ユニオン】を外した。


「忍者をモデルにした【ヴィジョン】やプレイヤーは少なくないけれど、狼の動きのまま忍者やっているのは珍しいね。特性もちゃんと活かしているし、面白い」


 面白い、か。


「最後の、読んでいたの? というか見えていたの?」

「かすかに」


 かすかに。どんな動体視力をしているんだ。


「吉田くんはまだ境界線を越えたばかりでしょう? ずっと見ていたら少しずつ見えるようになるよ。目が慣れていくから」


 どうやらこれも経験がものを言うようだ。確かに始めた期間だけ数えれば、ケイイチはまだまだ初心者もいいところだ。


「ちょっとはひやっとした?」


 あれだけフェイクを重ねたのだ。少しくらい驚かせることができたのなら嬉しいが。


「ずっとしてたよ。初めて戦う相手とはいつもドキドキする。何するかわからないからね」


 だから面白いんだよ、とシキは笑った。


「――よし、じゃあ次は俺な!」


 今の一戦に触発されたのか、先程抜けたイッキが復帰した。【ユニオン】を持っていつも通り元気な顔でこちらへやってくる。


「次は新山くんの予約が入ってるんだけど」


 シキが言うと、……件のカイジはどこにもいなかった。


「なんか急用思い出したから帰るっつって今帰ったぞ」


 ――心が折れたのだろう、とケイイチは思った。

 なまじ境界線を越えて実力がついただけに、前以上に実力差というものがよくわかるようになったのだ。

 境界線を越えた先に、まだ道が続いていることを見せ付けられた。そしてシキは背中が見えないほど先に進んでいることに気づいてしまったのだろう。――少なくともケイイチはそうだ。


 まあ、そこそこバカなカイジなので、すぐ復活するだろう。





 それから、例のがっかりイベントで終わった「ブレイカーズ・ハント」は、一人ソロでやると若干熱いという事実に気づき、イッキらはやはり熱心に遊び尽くした。









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