14.チャレンジの後に! 神!
「「……え?」」
正直、意味がわからなかった。
販売店のバイトが「空いたよ」とイッキらを呼ぶと、少年たちは我先にとコートへ走った。
二週間もの準備期間を捧げた今回のチャレンジイベントは、苦労した分だけ思い入れが強かった。【百人組手】という初心者の壁を、不可能だと思っていたあの壁を一人で乗り越えたのも、このイベントに向けてのものだった。
特にイッキとケイイチは、期間限定チャレンジは今回が初めてだ。意気込みが浅いわけがない。
そしてもう一つ。
元1000番以内という早乙女シキの強さを間近に見て、二人は衝撃を受けた。強さの質があまりにも桁違いすぎて、自分で思うより【ユニオン】が奥深いものだと思い知った。
一年のブランクがある元1000番以内であれである。
「ならば現役100番以内の強さはどれほどなのか?」と、わくわくしないはずがなかった。たとえ【NPV】でもそれなりに強いだろう、と期待していた。
だが――
「……え? 終わり? マジで?」
時間にして44秒。一分足らずで少年たちのチャレンジは終了していた。
「弱っ! え!? マジで!?」
イッキはものすごく戸惑っていた。もちろんケイイチもカイジも驚いていた。
終わってしまった。
告知が始まってから毎日毎日楽しみにしていて、イッキなんて昨日は楽しみすぎてなかなか寝付けなかったのだ。遠足前日の小学校低学年みたいなことになっていたのだ。
なのに。
なのにこの内容は、ひどい。ひどすぎる。
ホログラムの花吹雪をまとい、宙で点滅を繰り返す「congratulations!!」のむなしいこと。
ランカーモデルが聞いて呆れる。
まさかの全員ノーミスクリアだなんて、しかも初チャレンジで一分を切るというイージー設定。
ケイイチの策を一切裏切らないゲーム運びで、あっさりと攻略できてしまった。
――驚きはすぐに、怒りに変わった。
「ふざけんなよおい! 何これ!? 調整ミスってんじゃねーか!」
あれだけ楽しみにしていたのに、こんな出来である。あまりの歯ごたえのなさ、肩透かしにイッキは怒声を上げた。
「こんなもんだろ」
だが、ダイサクやシキ辺りは納得していた。カイジも初チャレンジではなかったので、拍子抜けはしたが「こんなもんだろ」に同意できる。ケイイチも「なんかわかる気がする」と思った。
要は、これは【百人組手】を一人で乗り越えていない者も楽しめるように作ってある、ということだ。
今や【ユニオン】ユーザーの数は途方もなく多くなっている。が、その半数以上は【百人組手】を一人でクリアできていない。
誰かと一緒にクリアした、複数名でクリアした、という者は多いだろう。実際そういう意味で「境界線を越えた」と自称している者も少なくないのだ。
複数名でクリアするのと一人でクリアするのとでは、当然ながらまるっきり難易度が違う。レベルが違う。超える壁の厚さも高さも段違いだ。
イッキらは実感している。
【百人組手】を一人でクリアするということは、これまでとはまったく違う意味で成長できるということを。
結論を言えば、だ。
「僕らは強くなりすぎたんだね」
ケイイチの言葉は的を射ていた。
驕りでもなんでもない、ただの事実だ。
そもそもを言えば、【百人組手】自体が一人でクリアできるように調整できていない。一人で挑戦するゲームとして作られていない。だから皆が感じるように「一人では無理ゲー」だと結論付けられるのだ。実際イッキらもそう思った。
ゲームで言えば、超ハードとか、究極とか、デスモードとか呼ばれる超難易度である。
【百人組手】をクリアする前なら、きっと楽しめただろう。白熱もしたし、手に汗を握って全力で遊んだに違いない。
そういう風に調整してあるから。
「んだよそれ……」
一頻り怒った後、イッキはがっかりした。
現役ランカーの強さを垣間見れるかと思えば、こんな結末である。もうなんか疲れた。この二週間の己の必死っぷりが嫌になるくらいに。
「タイムを詰めよう」
シキは冷静だった。
――そう、そもそもシキがイッキらに「【百人組手】をクリアしろ」と注文したのは、タイムアタックで上位100組入賞を目指すためだ。賞品のカードをゲットするためだ。
当然、その100組に入るのは、全チームが【百人組手】を一人でクリアした、本当の意味で境界線を越えた者ばかり。
そんな連中の中で本気で入賞を目指すなら、同じ領域まで登りつめないと不可能である。それが最低限の条件である。
「わり、なんか疲れちまった。少し抜ける」
期待していた分だけ、がっかりの度合いも強い。イッキは普段なら絶対にないことを言い、早々に【ユニオン】を外してしまった。
あの強制休憩さえ嫌がって続けたがるイッキが、だ。
それだけ見ても、彼がどれほどこのイベントを楽しみにし、またどれほどのショックを受けたのか窺い知れた。
「まあ、確かになんか、住む世界が変わったって気はするけどな」
ギリギリまで掛かったのの、【百人組手】を乗り越えたカイジは、超える前と今との差にいまだ驚いている。ここまで劇的に変わるものなのか、と。
「みんな境界線を超えたの?」
そう問うシキは、冷静な見た目だがこれまた結構驚いている。
【百人組手】を一人クリア、という境界線は、想像以上に超えづらいのだ。簡単に「超えろ」と言われて「はい超えました」なんて言えるものではない。
シキとしては、それを要求したわけではない。
入賞を目指すならクリアしろ、という意味では言ったが、別に超えなかったら助っ人は断るだとか、そういうことも考えていなかった。
「僕とカイジ君とイッキは先週越えたよ」
「へえ。すごいね」
個人的には、シキは無理だろうと予想していた。【百人組手】をクリアするために必要な理屈や秘密は、頭で理解しただけでは何の意味もない。自分に合う答えを吸収し、消化し、初めて己の糧になる。
そして糧にした時点ではまだ甘い。今度は研鑽し、慣らしていかねばならない。
それらを全部二週間でやり遂げたというのなら、大したものだと思う。シキはそれらの行程に半年以上を費やしたのだから。
「……吉田くん、私と戦ってみる?」
「え?」
「境界線を越えたなら、やってみてもいいかも」
まあ、二週間前にそういう約束を……結構一方的にしたような気がするが。
「いいの? 本当に?」
だがケイイチは、境界線を越えた瞬間、思ってしまった。
――こんな初心者である自分が元ランカーと戦うだなんておこがましい、と。あつかましい、と。そして恥知らずだ、と。
立っている土俵からして違ったのだ。
たとえるなら、ちびっ子相撲で遊んでいる子供が、プロの力士に本気で勝負を挑んでいるくらいのレベル差があることを、境界線を越えた時に自覚してしまったのだ。あの境界線にはそれだけの意味があったのだ。
だから、「戦ってくれ」なんてとてもじゃないが自分からは言えなくなった。
そんな心境のケイイチを、シキは自分から「戦わないか」と誘ってくれた。
「さっき少し見たけど、吉田くんの狼は面白いから」
どんな理由でも構わない。
境界線を超えた今なら、元1000番以内ランカーの実力を、ちゃんと見ることができる気がする。
「おい、次俺だからな。俺はまだおまえを認めてねーからよ」
強気なカイジは、これから行われるケイイチとの一戦を見て、どう思うだろう――とケイイチはふと思う。
彼も境界線を越えている。
あの壁を越えた今、自分がものすごく強くなったと実感しているはずだ。
あまりのレベル差に、心が折れないといいが。
そう思わずにはいられなかった。
ケイイチとシキを残し、ダイサクとカイジがコートから離れた。
「早乙女さんって、やっぱり今より一年前の方が強かったの?」
「うん。あの頃と比べるなら、今は七割か八割くらいかな」
少しずつ戻ってる気はするけどね、とシキは己が【ヴィジョン】である【斬斬御前】をコートに呼び出した。
狐面をかぶった巫女。手には刀を持っている。
「そんなに鈍ってるの?」
「勝負勘がだいぶ。訓練では思い通り動かせるけれど、いざバトルって時は顕著だよ。0.1秒遅れたら即アウトだし」
それは、わかる気がする。その0.1秒……もしかしたらそれより更に短い領域に住んでいるのがランカーなのだろう、と。
彼女が見せた「見えない攻撃」は、それを物語っているんだ、と。
(果たして今の僕が、どこまでやれるのか……)
ケイイチの挑戦が始まった。




