12.猛特訓!
「なんか違うんだよな」
「うん、違うんだよね」
「何が違うんだ?」
「「さあ?」」
まだ初心者を抜け切れない少年たちは、今日も壁の高さと分厚さに当たって砕け、考えている。
チャレンジイベントまでちょうど一週間を迎えていた。
一週間。
早乙女シキとの再会を約束してから、早くも一週間が過ぎていた。
進展は、ない。
もはや常連となっているバトルルームのいつものコートを借りて顔を付き合わせるイッキ、ケイイチ、カイジは、今日も「ああでもない」「こうでもない」と試行錯誤し、【百人組手】の攻略に挑んでいる。
昨日も、一昨日も、こんな感じだった。
こんな感じで気が付けば一週間が過ぎていた。
四人でのクリアは、すでに果たしていた。
最後の巨人型の登場は、初見こそ驚き動揺したものの、ネタさえバレればそこまで恐れることはない。もっと巨大なモンスターを狩る怪獣狩りのゲームで遊んだこともあるので、大きいのを相手にするのは初めてではなかった。
問題は、一人でのクリアだ。
この【百人組手】というゲームは、初心者泣かせのゲームだ。逆に言えば、これをクリアできれば初心者は卒業となる。
だが、これが非常に難しい。
四人がかりでやっとクリアできるのに、一人でクリアを目指すだなんて到底できるとは思えない。実際何度も何度も失敗している。
闇雲にチャレンジし続けても効率が悪いと考えたケイイチは、【百人組手】に挑んでいる玄人のプレイ動画を見て、参考にすることを提案した。
イッキとカイジは承諾した。
いつもならつっぱねそうな二人だが、「本当に一人でクリアできるのか?」と根本的な部分に疑問が生じていたのだ。何度挑んでもほとんど進展がなく無理ゲーすぎる、と。
それと時間制限があることが大きかった。
あと一週間したらチャレンジが始まってしまう。それまでに、どんなことをしてでもレベルを上げておきたい。年下の女の子に笑われないくらいには。
バトルルーム備え付けの端末を操作し、「百人組手 ソロ 攻略」で検索を掛けて、良さそうな3D動画を漁って再生してみる。
じっくりと、プレイヤーの動きを見る。観察する。瞬きも忘れて。
「……あんま変わんねえ気がするんだけどよ」
ポツリと漏らしたイッキの言葉は、実はケイイチとカイジも同じ気持ちだった。
特別、良い動きをしているとは思えない。
もちろん「クリアする動画」なので、動き自体は非常に良いと思う。囲まれて殺到して四方八方から降り注ぐ敵の攻撃をすべて避けつつプレイヤーの攻撃は正確無比で、面白いようにポカスカ叩いて討伐カウンターが数を積み上げていく。
が、その動きが特別すごいとは思えなかった。
これならイッキの【無色のレイト】の方がもっと早く敵を倒し続けられるし、ケイイチの【風塵丸】の方がよっぽど速いし、重装備のカイジの【断罪の騎士】なんてこれくらいの攻撃ではダメージを受けない。
特別にすごいとはまったく思わないのだが。
しかし、プレイヤーは特に引っかかることもなく、流れるように攻略を進めていく。
イッキらの壁だった71体目からの飛び道具部隊も、するすると飛び交う銃弾、ミサイルをかわしながら、敵を倒していく。鮮やかな動きだ、とは思うが、やはりすごいとは思わない。
イッキらの動きとは何かが違うのは、わかる。
だが、何が違うのかがわからない。
「――明確に違う点があるとすれば」
と、ベンチにどっしり座っていた、唯一【百人組手】をクリアしているダイサクが口を開いた。
「そのプレイヤーはノーミスクリアだ。ダメージを負っていない」
「うるせーこの野郎! ダイサクのくせに!」
「見りゃわかんだよこの野郎! てめえは座ってろ! ダイサクこの野郎!」
――ダイサクは、一人だけこの無理ゲーをクリアしているというカミングアウトをしてから、イッキとカイジに目の敵にされている。……というかただの八つ当たりか。前からその事実を予想していたケイイチは特に何も思わなかったが。
しかし、真正面からディスられて苦笑しているダイサクの言葉が、何かしらのヒントを与えているのだろうことはわかる。
恐らくこの【百人組手】には、何らかの秘密があるのだろう。
ただクリアするだけ、ではなく。
その秘密がわからないとクリアできない、というような。
ケイイチも「これは無理だ」と思っている。この一週間で、まともにやって攻略できるわけがない、という諦めに近い結論はすでに出ている。四人でやる場合は、役割分担ができた。囮、アタッカー、防御、遠距離狙撃、自分にできないことを仲間がやってくれた。
だが一人だと、すべてを自分でやるしかない。そうなると途端に物量差に圧倒され、潰されてしまう。どう考えても手が足りないのだ。
そう、まともにやっていてはクリアできない。
それが初心者と一人前を隔てる壁で、早乙女シキが「越えて来い」と言った理由でもある。
問題は、何が足りないのかわからないことだ。
プレイ動画を見ても、自分たちの動きにそこまで差があるとは思えないし、子供には手が届かないような優秀なカード補正を受けているとも思えない。逆にこのプレイ動画を見る限り、カード自体を使用していないようにさえ見える。
「……ちょっと早いけど、今日はもう帰ろうか」
このまま続けても得るものはないように思う。色々考えながらネットで情報を集め、プレイ動画を漁り、じっくり対策を練りたい。
「そうだな。このまま続けてもダイサクがムカつくだけだしな」
カイジもなんとなくはわかっているのだろう。攻略法が別にあることを。あとダイサクに八つ当たりしていることも。
――が、こいつは違う。
「俺はもうちょいやってく」
どうやらイッキは、その辺のことは考えていないらしい。
「わかった」
だがケイイチは知っている。
イッキは直感で動くタイプなので、考えるよりも動いていた方が早く答えに辿り着くだろうと。
ケイイチたちが帰途についた後、イッキはベンチに座っていた。
このまま続けてもクリアできないだろう、くらいのことは、さすがのイッキもわかっていた。
だが、それしかできないことも、自分でわかっていた。
考えるのは苦手だ。考えているよりも動いていた方がよっぽど有意義だと思う。
それに。
こんなに楽しい悩みなら、大して苦にもならない。
【ユニオン】を手に入れるまで、我慢に我慢を重ねていたイッキである。壁だろうがなんだろうが【ユニオン】で遊べるならそれだけで充分楽しかった。
「……ふーん」
改めて、自分に近い格闘型【ヴィジョン】のプレイ動画を検索し、じっと見ていたイッキは、脇に置いていた【ユニオン】を装着した。
イッキは考えるのは苦手だ。
だから、憶えた。
自分が苦手なところ、ダメージを負うところ、避けられないところで先達がどんな動きをして攻略しているのか憶え、実践する。
考えたってまともな結論が出るとも思えないので、手本をなぞることで打開策を模索する。
模倣から始めてもいいだろう。
最初は人真似でも、途中からは自分でその先へ行くのだから。
……なんてことも考えず、イッキは無心に壁に挑む。
ただそれが楽しいから。
「そう、か……そういうことか」
結論から言えば、ケイイチは最初から、答えを得ていたことになる。
カイジ、ダイサクと別れて家に帰り、部屋に閉じこもって【百人組手】に関する情報を集めていて、ようやく気づいた。
気づいた上でプレイ動画を見れば、また違う姿が見えてくる。
恐らく自分の推測は当たっているだろう、とケイイチは思う。
そう考えると、色々と辻褄が合うのだ。
あの無理ゲーを攻略する秘密。
どうして【百人組手】が、初心者と一人前の境界線と言われているのか。
早乙女シキが、まずこれをクリアしろ、と言った意味もよくわかる。通過儀礼とかお約束とかではなく、ちゃんとした理由があったのだ。
彼女や、多くのプレイヤーは、この壁の向こう側の存在である。
壁を越え、更に先に行った者の片鱗が、【斬斬御前】のあの「見えない攻撃」だった。
……まあ、まだまだ早乙女シキの前に立つには足りないものだらけだが、とにかく一歩前進はしただろうか。とりあえず数日中に【百人組手】をクリアし、シキとの勝負の準備をしたい。
「あ、そうだ」
【百人組手】の攻略法は、漠然とだが考え付いた。これまでとは違う気持ちでプレイできるだろうし、今なら数回やればクリアする自信がある。
それより気になるのが、再会した時にするであろう元1000番以内とのバトルだ。
【斬斬御前】のことも調べなければ。
仲間と一緒に行き当たりばったりで攻略するのも楽しいが、やはりケイイチは情報を集め、考え、それを足掛かりにして進むのが性に合っていた。
戦う前から戦いを始めるのが、ケイイチの戦い方である。
それから一週間が過ぎた。
先を争うようにイッキとケイイチが【百人組手】をクリアし、昨日ギリギリでカイジも攻略を果たした。




