08.百人組手を攻略する! 震!
71人までの道のりは問題ない。
回数を重ねるごとに経験を積み、より最適な動きができるようになっていくので、やればやるほどどんどん上手くなるし、楽になる。それこそ先を急ぎすぎてつまらないミスさえしなければ、ダメージらしいダメージさえ負わない。
「おし!」
イッキが最後に残った戦闘員を殴り飛ばすと、スタジアムの上にあるカウンターが「70」になった。
ここからだ。
ここから、このチームの壁である、超長距離型と遠距離型の混合チームが現れる。
「みんな! 行くよ!」
「「おう!」」
71から90番までの戦闘員が、ワイヤーフレームとなって現れる。3Dモデルとして登場するまでにきっかり2秒の余裕があることにケイイチは気づいている。
70人目の、次の部隊が出てくるまでの最後の一人を倒す前に、ケイイチの【風塵丸】は場所取りを完了していた。
敵部隊出現場所の、後方寄りのど真ん中のスペース。
敵の渦中である。
そう、もしケイイチが一人で【百人組手】をクリアしようと思うなら、同士撃ちを誘発させるこの場所からスタートする。
そもそもが間違っていた。
囮役が違ったのだ。
遊撃として動く【風塵丸】がアタッカーとしてつっこむより、単純にイッキの【無色のレイト】の方が近距離戦は強い。
ここから先は、51人目から70人目までに取っていた陣形では間に合わない。
イッキとカイジという近距離型二人が囮になるのではなく、スピードの速い【風塵丸】が囮としてかく乱し、【無色のレイト】が叩いた方が効率的だ。
そう考えたケイイチは、すでに行動を開始している。
【煙玉】からチェンジしたカードは、防御力アップの強化カードである。これはより長く囮役を努めるための措置だ。
イッキが敵を減らす前に囮がやられてしまったら、それこそ総崩れだ。多少攻撃を食らうことを前提にし、そして多少攻撃を食らってもビクともしないようにステータスを調整した。
ワイヤーフレームだった戦闘員たちの姿が浮かび上がった。
大小様々、ハンドガンからマシンガンからライフルからRPGまで、体格も使用武器もまちまちな【NPV】は、一斉に、自分にもっとも近い場所にいる【風塵丸】を見た。
――もしケイイチが一人で攻略するとすれば、同士撃ちを狙える敵陣ど真ん中で避け続ける。
だがこれはチーム戦なので、若干楽になる。
ケイイチはまず、飛んできた弓矢を半歩動く最小限の動きで避ける。
背後から飛んできた手裏剣を上半身を折って四つんばいになりかわす。
銃声が聞こえると同時に円を描くように走って回避し、着弾爆発する手榴弾やダイナマイト、ロケットランチャーの弾は可能な限り敵のいる場所に蹴り飛ばし、無理なものは大急ぎで敵の背後に逃げ込むように退避する。
集中砲火を浴びる【風塵丸】は、しかし全てをかわしていた。地味に敵を減らしながら。
攻勢に出ようとするから動きが雑になる。回避行動のみに専念すれば、スピード型の【風塵丸】にはそこまで難しい作業ではなくなる。
ケイイチは、広い視野でスタジアムの光景を見ながら、探していた。
これら飛び道具の中で一番厄介だったのが、超長距離から攻撃してくる狙撃兵の存在だ。
数はそんなに多くない。せいぜい居て二人か三人。
だがこれらの持つ狙撃銃が非常に厄介だった。狙いは正確無比にして、何より威力が高いので、視野にない遠くからの一撃必殺をイッキやカイジは何度も食らってきた。早めに見つけて叩かないと面倒なことになる。
乱戦になるとなかなか見つけられない。一発でも撃ってくれればわかるのだが、しかしその一発が持つリスクは非常に高い。
推測を立てる。
恐らく、狙撃兵は今、動き回る【風塵丸】に狙いをつけようとして、ずっとスコープを覗いている状態にあるはずだ。71人目からのバトルが始まって時間にして1分も経っていないが、動いていないカイジとダイサクの【ヴィジョン】を狙っているのであれば、もう撃っているだろう。
ならばやはり、手近な敵にまっすぐ向かい戦っている【無色のレイト】か、中央付近で逃げ回る【風塵丸】に狙いをつけようとしているのではないだろうか。
(……罠を張ってみるか)
狙われている確率は五割だ。誘ってみる価値はある。
ケイイチはとあるカードを使用し、立ち止まった。
ボウガンの矢が飛んできたので避ける。
また立つ。
火炎放射を避け、火が届かないところまで逃げる。
そして無防備に立つ。
何度かそんなことを繰り返していると――【風塵丸】の身体を、赤い尾を引く高速の弾丸が突き抜けた。
「来た!」
狙撃兵が罠にはまった。思わず叫んでしまうほど綺麗に。
弾丸が突き抜け、【風塵丸】が倒れようと前のめりになる瞬間――【風塵丸】は煙を立てて木片へと姿を変えた。
忍者の定番カード【変わり身の術】を使用したのだ。
【変わり身の術】は使用後、一番最初の攻撃を無効化できるという非常に便利な消耗型カードだ。1ゲーム三回まで使用できる。
再び現れた【風塵丸】は、獣然とした四足歩行の最大速度で一直線に駆ける。狙いは狙撃兵だ。もう場所は割れている。
ただし、倒さない。
瞬く間に潜伏していた狙撃兵を見つけ出し、ケイイチは狙撃兵の持っていた狙撃銃を取り上げ、また走った。
「ダイサク君!」
「任せろ!」
スタジアムの中央辺りまで来て、【風塵丸】は銃を放り投げ――その先にいたダイサク操る【迷彩男】に渡った。
――ダイサクの【ヴィジョン】である【迷彩男】は、上下迷彩服を着ている人型である。身長180を超える大男で、頑丈そうなヘルメットとガスマスクを装着している。
【迷彩男】の特徴は、特にない。いわゆるバランス重視の標準型のモデルだ。しかしだからこそ様々な状況に柔軟に対応できる。
特に【ユニオン】暦の長いダイサクは、ほとんどの武器をそれなりに使いこなすという器用な奴だ。装備している【コンバット一式】もそれに類し、ナイフ、拳銃、手榴弾と、状況に併せて使い分けられる武器が詰まっている。
彼は当然、狙撃銃も使える。
【ヴィジョンバトル】では、武器は奪えるのだ。
奪った相手が倒れれば一緒に消えてしまうが、【風塵丸】は狙撃兵を倒してはいない。銃を奪ってそのあとは放置してある。
【百人組手】でもそのルールが適用されるどうかを今日試すつもりだったが……まあ、適用されたようだ。
片膝を付き、身体の前に大剣を地面に刺して防御の構えを取る、カイジの【断罪の騎士】。
その目の前の騎士の肩に銃身を固定し、【迷彩男】は慣れた動きでスコープを覗き、狙撃銃の引き金を引いた。
ターン
独特の軽い音を立て、すでに渦中に引き返そうとしていた【風塵丸】のすぐ脇を、赤い尾を引く弾丸が追い越した。
更に、効果が切れると同時に【キャラメル】を食べながら戦い続ける【無色のレイト】の横を通り、弾丸はスタジアムに長い長い線を描いた。
何を狙っているのかとケイイチは気になり、赤い線を追うと――隠れていた狙撃兵を突き抜けた。
(もう見つけてたのか……!)
ケイイチは、狙撃兵に撃たれるまでどこにいるのかわからなかった。しかしダイサクは、撃たれる前にすでに見つけ出していた。
恐らくは観察力の差。これも経験の差と言えるのかもしれない。
この差は、決して狭くない。
(やっぱり僕はまだ弱い)
今度こそ違う結末を迎えそうな【百人組手】に集中しながらも、ケイイチは己の未熟さを感じていた。
スタジアム上方に浮いているカウンターが、順調に数を増していく。
無防備な相手を倒すだけの簡単なお仕事をこなす【無色のレイト】と、火力の高い武器を持つ相手を優先して淡々と狙撃していく【迷彩男】。何度か【迷彩男】を狙って武器を向けられるも、鉄壁の盾である【断罪の騎士】がそれを通さない。
圧倒的に数が減ったことを確認して、囮を努めていた【風塵丸】も攻勢に出る。
そして、最後に残った、狙撃銃を失っておろおろしている戦闘員を倒して、カウンターは未踏の90を刻んだ。
「よっしゃあ!」「よし!」「やったね!」
一人でクリアしたことのあるダイサク以外は、ようやく乗り越えられた壁に喜びを隠しきれなかった。まだ終わってもいないのにガッツポーズが出たくらいだ。
壁を越えた。
それも全員揃った上で。
誰も脱落させないで。
残り10人。
あと10人で【百人組手】をクリアできる。
困難をうちやぶった彼らに芽吹いたのは、自信である。
あれだけの戦いを勝ち抜いたという自信、喜び、――慢心。
今この時だけは、この先何が出てこようと負ける気がしなかった。
「「「ええええええええっ!?」」」
残り10人がスタジアムに現れ、彼らは驚愕の声を上げた。
最後の10人は、縮小した【ヴィジョン】から対比的に言うと、身長5メートルはあろうかという巨人型だった。
形こそこれまで戦った戦闘員と同じだが、とにかく大きかった。
巨人型は、プレイヤーが選べない種族で、非常に強い。生半可な攻撃は効かないし、鈍重そうに見えて実はわりと素早いし、何より何をさせても攻撃範囲が広い。
もちろんイッキも、カイジも、ケイイチも、話には何度か聞いたが始めて見るタイプだった。
【ユニオン】は思考で操作するものである。
動かすこと以外の思考が混ざれば、それは【ヴィジョン】の動きがにぶる原因になる。
つまり、激しく動揺した時点で、もう負けたも同然なのである。
先程までの自信は呆気なく消し飛び、イッキたちは早すぎる二枚目の壁にぶち当たって、見事砕けた。
 




