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BAY  作者: 一真 シン
6/19

06 消えない希望

「機材を集めようと思うんだ」

 夕食が終わり、キッドとリタは食器の後片付けをしている。みんなが満足げに胃を休めている中、タグーは水を飲んでいるロックを見ながら身振り素振りで話した。

「ビットを解体しててさ、使えそうな部品を抜き取ったんだけどね、通信機ぐらいなら作れると思うんだよ。エバーの村から離れた所で使えば、ここには迷惑を掛けることもないだろうし。ケイティへの通信コードは覚えてるから」

 言い終わって、「どう思う?」とロックの顔色を窺うと、彼は水の入ったコップをテーブルに置いてどこか遠くを見つめ、小さく頷いた。

「そうだな……。フライたちを見つけるなら早いに越したことはないし……。あと、戦闘部品だな」

「それも作ろうかと思うんだ。ビットが持ってた武器、あれを軸として」

「そいつも部品を集めなくちゃいけないだろ?」

「まぁね。けど、ガイとロックの分ぐらいなら、なんとかできると思うよ」

 にこやかな笑顔で言われ、ロックは顔をしかめた。

「お前の分は?」

「……。僕はエンジニアだからね。バトルタイプじゃないし」

 逃げ腰のセリフに目を据わらるロックの、その視線が怖いのか、タグーはとぼけるような表情で目をサッと逸らした。

「それなら北の森に行くといいじゃろう」

 会話に耳を傾けていたアンダーソンが、水を飲んだコップを置いて口を挟んだ。

「あそこには、昔落ちてきた巨大戦艦があってな。何か役に立つ物があるかもしれんよ」

「ホント!? なにがあるかなー!!」

 タグーはパッと目を輝かせて身を乗り出した。

「けど、気を付けてね」

 姿を現したキッドがワクワク顔のタグーに気遣って苦笑した。

「ビットの動きにはくれぐれも」

「大丈夫! ガイもいるし!!」

 タグーが「ね!?」と隣の席に座って黙しているガイを見上げると、彼はタグーからキッドに目を移し、コクリと頷いた。

「わたしも付いて行きます。ご心配なく」

「ガイがいれば、怖いものなんかないよっ」

 笑顔で「ねーっ?」と相槌を問うタグーと、そして、返事はないが、そんな彼に顔を向けるガイ。二人の姿に何か安心できる空気を感じたロックは、笑顔でゆっくり席を立ってキッドを振り返った。

「ジュース、くれますか?」

 キッドは頷くと、すぐにグアバのジュースを持ってきてロックに手渡した。彼が飲むのかと思ったが、それにしては量が少ないし、コップも小さめだ。

「何するの?」

 そう尋ねてきたタグーに「ちょっとな」と言葉を濁して、ロックはアリスの眠っている部屋へと歩いていった。

 曖昧なまま放置されて首を傾げるタグーに、姿を消したロックの代わりに、と、キッドが苦笑して応えた。

「アリスに飲ませてるのよ」

「えっ? 飲めるの!?」

「一気に飲み干すようなことはできないけど……。ほら、味覚が衰えないようにしないと、ね」

「ふぅーん……」

 顔をしかめながらも返事をするタグーの斜め向かい、二人の会話を聞いていたフローレルは首を傾げた。

「アリスって、誰みゅ?」

「僕の仲間だよ。霊力を使い果たしちゃって、疲れて眠っているんだ、ずっと」

「みゅー……」

 フローレルは視線を斜め下に置いて何か考え込んでいたが、タグーに目を戻してそっと伺った。

「フローレルも行ってみていいみゅ?」

「いいと思うけど、邪魔なようだったら声を掛けないでね」

 笑って忠告され、フローレルは「みゅ」と素直に頷き席を立つと、アリスの眠っている部屋へと足を進めた。そして、明かりが漏れている部屋、完全に閉めることなく数センチ開いたドアから中の様子を覗いてみた。

 ――部屋の窓際にロックの姿がある。

 星を見上げることのできる窓辺。眠っているアリスの身体を山にした左足と左腕で支えて座らせ、力のない彼女の頭を自分の肩元に寄せて顔を夜空に向け、そして自らも星を見上げている。そんな彼らの傍の床には、少し減ったジュースのコップが置かれてある。

 ロックはアリスを支えたままで星を見続け、小さな声で話し出した。

「……早くフライたちと合流しような。フライやダグラスやセシル教官や……みんなの顔を見たら、お前だって安心だろ? ……早くみんなに会いたいな。無事な姿を見たいな……。その前に、お前は早く目を覚まさなくちゃ。眠ったままのお前をみんなに会わせたら心配するぞ。俺とタグーはダグラスに半殺しされちまう。……いや、セシル教官に半殺しにされるかもな」

 そんなことをしゃべりながら、一人、笑みを浮かべていたが、ふと、真顔に戻った。

「……今日、ノアのことについてわかったことがある。……もし……。もしフライたちが捕まって、洗脳されてたら……」

 ロックは言葉を切った。そしてしばらく間を置いて、支えていたアリスの身体を抱きしめ、空を見上げた。

「……みんなの無事を祈ろう……。……この想いを星に刻むか。フライたちも見上げてるかも知れない……。届くといいな、みんなに……」

 ドアから中を覗いていたフローレルは、少し間を置いてその場から姿を消した――。











 翌日――。

 ロックとタグー、そしてガイとフローレルの四人でアンダーソンが教えてくれた北の森に向かうことにした。

 ロックの腰には、キッドが近所の住人からもらってきてくれた鋼の剣が帯刀してある。ガイとロックに頼る気満々のタグーは武器を所持せず、代わりにフローレルが銃を所持した。

 最初、フローレルは付いて行きたいのを我慢し、「いつ仲間が来てくれるかわからないから」ということでここに残ろうとしたのだが、

「彼らが現れたら、帰ってくるまで待っててもらうわよ?」

と、キッドが言ってくれたので、遠慮なく付いて行くことにした。

 四人は、留守番のキッドとリタに「行ってきます」と手を振って村を出た。最初のうちは意気揚々と、しかし、エバーから次第に離れると、タグーはロックとガイの間を歩きながら、身を縮め、辺りをオドオドと見回した。

「今日もビットと会うのかなぁ……」

「その時はその時だろ。いちいちビビるなよ」

「ビビってなんかないよっ」

 頬を膨らませて睨み付けるタグーに、ロックは冷ややかな視線を送りつつ肩をすくめると、先頭を歩くガイの背中を見上げた。

「その巨大戦艦って、見たことはあるか?」

「はい。一度だけあります」

「どうだった? なにか使えそうなモノはあったか?」

「内部に進入していないので断言はできません。しかし、かなり破損が激しかったように見えました。着陸できず墜落したようです。生存者はいませんでした」

「……、そうか……」

 嫌なことを聞いてしまった、そう思った。フライたちの身が段々と心配になってきて目を泳がせる、そんなロックの雰囲気に気が付いたのか、タグーは、少し間を置いて話題を変えた。

「機動兵器でもあればいいんだけどなー。そしたら僕、手直しするんだけど」

「そう簡単には、いかないみゅー」

 と、フローレルがいたずらっぽく笑うと、タグーはムッ……と彼女を睨み付けて口を尖らせた。

 ロックは苦笑しながら、フローレルを軽く振り返ってタグーを顎で差した。

「こいつ、ナリはガキだけど、そっちの腕は確かだぜ。……出来の信頼度にはイマイチ欠ける所があるけどな」

「褒めるかケナすか、どっちかにしてくれない?」

 タグーは不愉快そうに口をへの字に曲げた。

「しかし、機械工学についての直向きさというものはわたしが見ていてもわかります。それだけでも素晴らしいのでは?」

 タグーは、前を向き、歩き続けながらもそう言ってくれたガイを素早く見上げ、嬉しそうに笑った。

 ロックは「やれやれ……」と小さくため息を吐き、フローレルはロックの横に並ぶと、声を潜めた。

「タグーって、結構単純みゅ?」

「聞こえてるよ」

 タグーが目を据わらせながら振り返ると、彼女は「みゃはは」と誤魔化すように笑って見せた。

 和やかな雰囲気に包まれる彼らだが、頭上を何度となく偵察機が通り過ぎ、ロックが「あれが偵察機だ」と顎をしゃくって教えると、タグーは「へえー……」と興味津々に行き先を目で追った。

「構造、見てみたいなぁー。アレ、今度狙って撃ち落としてみようか」

「そうだな」

 ロックも軽く頷くが、「その必要はないみゅ」と、フローレルが口を挟んだ。

「あの偵察機、フローレルたちもバラしたことがあるみゅ。けど、大したモノじゃなかったみゅ。アレはホントに偵察機、名前そのままピッタリみゅー」

「けど、何か重要なモノがあるかも」

 話を無視するようなタグーに、フローレルはムカッと眉をつり上げた。

「ないみゅーっ。フローレルも見たことあるみゅーっ」

「僕、自分の目で確かめないと気が済まないんだ」

 さらりと躱され、フローレルは顔をしかめた。

「それって、フローレルに失礼みゅ」

「そう?」

「みゅーっ」

「だって僕、キミが機械工学に詳しいとは思えないモン」

 フローレルはムッとして、横でニヤニヤと笑っているロックを見上げるなりそっぽ向くタグーを指差した。

「すっごく生意気みゅっ!」

「そういう奴なんだ」

 諦めろ、と言わんばかりに肩を叩かれ、フローレルは頬を膨らませた。

 ――それからどれくらい歩いただろうか……。

 ガイがふと足を止め、その後から付いていた三人も足を止めた。

「ここです」

 目の前を遮る、大きく成長した草木を掻き分けたガイの横を通り、ロックとタグーは確かめるように身を乗り出して、それを目で捕らえるやポカンと口を大きく開けた。

「……これが」

 タグーは、ガイが掻き分けてくれた草木の間を通ってそれに近寄った。

 大きな穴が数カ所開いた巨大な軍艦――。ここに落ちてきて年月が経っているのか、その表面は無数のツル草で覆われ、コケや小動物の姿があちこちで見られる。タグーが踏み出した後にロックたちもそれぞれ近寄った。

 タグーは軍艦の側で足を止めると、再び左右上下と見渡し、そっとその巨体に触れた。ヒンヤリと冷たい感触が手に伝わる……。

 ロックは、その軍艦の大きさを確認するかのように見渡していた。――フライ艦隊群一の軍艦、ケイティはこの倍以上はあるはず。こんな小さな艦が無事に着陸できなかった。こんなにも酷い姿になってしまった。そう考えると、もし、フライスたちが同じようにノアに墜落を余儀なくされてしまっていたら……。

「……なんだか……」

 軍艦に手を触れたまま、タグーが呟くように口を開いた。

「……誰かを待ってるみたい、だね……」

 彼のその言葉に、ロックはその軍艦を静かに見上げた。

 確かに、ひっそりと森の中に佇むその姿は、まるで、共に戦ったクルーたちの帰還を待っているかのようにも見える。蔓草に絡まれ、動物たちの住処となり、無惨な姿に変わってしまっても、巨体からは、「いつでも起動できます」という、何か大きな力が漲っている。

 ロックはゆっくりと手を伸ばし、軍艦に巻き付いている蔓草を剥ぎ取った。なぜかそうしたかった。

「中に入ってみますか?」

 ガイに尋ねられ、タグーは小さく頷いた。――そのためにここに来た。感傷に浸っている場合じゃない。

 ガイが中に入ることのできそうな穴を捜す間、タグーはのんびりとした足で軍艦の周りを歩いた。ロックは軍艦に巻き付いている蔓草を剥ぎ取り、そんな彼に倣って、フローレルも一緒になって蔓草をむしり取った。

 ――それぞれが別行動をし始めて数十分、タグーは鉄の壁を触りながら艦の周りを黙々と一人で歩いていたが、ふと、その足を止めた。ロックたちとは反対側、軍艦の周りを囲む森の中に、何かがいる。――ビットじゃない。木の陰から覗いているそれは、機械の形じゃない。

「……誰?」

 タグーは目を細め、覗き込むように少し身を乗り出して問い掛けた。

 ……人だ。はっきりとは見えないが、ロックと同い年ぐらいの少年だろうか。半分木に隠れているせいで顔立ち等はよくわからないが――。

 タグーは、何も答えを返さず、ただこちらをじっと見ている少年に首を傾げていたが、「……あ」と細く声を上げた。

「ひょっとして……この艦に乗ってたの!?」

 タグーの大声に、彼と反対側にいたロックとガイは顔を上げ、タグーの姿を探し出した。

「おいタグーっ、どうした!?」

 ロックが声を上げ、タグーの元へと走って向かう。ロックとフローレルが横を通り過ぎた後、同じくそこに向かおうとしたガイは、踏み出した足を止め、辺りを見回した。

 タグーはピクリとも動かない少年を見ていたが、まるで腫れ物にでも触れるように、そっと優しく、笑顔で近寄った。

「僕、タグーって言うんだ。フライ艦隊群、知ってる? そこのクルー候補生でさ。この前ここに落ちて……。ン、よかったら話を聞かせてもらえない? キミはエバーに住んでないよね? どこか別の村があるの?」

 なんら変わらぬやり取りのように話し掛けるが、段々と少年の姿形がはっきりと見えてくると同時に、タグーは眉間にしわを寄せた。

「……、……その顔……」

 そこで言葉を切り、近寄っていた足を止めた。

 タグーの目に見えていたのは綺麗な“人間の左顔”。しかし、近付くにつれ少しずつ見え出したのは鉄で形取られた右顔。――そう、木の陰に隠れていた右顔が、頬から頭部に掛けて鉄で覆われている。身体は服に包まれているため見ることはできないが、同じように首元には鉄の冷たい色が見える。「これじゃまるで人造人間だ」と、脳裏にその言葉が走ったが、口にすることはない。

 タグーの怯えた視線を受けながら、少年はゆっくりと木の陰から姿を現した、その時、

「ノアの番人です!!」

と、ガイの大声が響き、タグーは「えっ……」と振り返った。ロックたちが軍艦の影から姿を現し、その後から続くようにガイが走ってくる。

 タグーはキョトンとその場に立ち竦んでいたが、視界の片隅に何かが映って素早くそちらを振り返った。――少年が口元にうっすらと笑みを浮かべながら鋭い鉄の剣を構えている。太陽の光に反射する刃先を目にして、タグーの顔からサッと血の気が引いた。

 それを遠目から見たロックは、横を擦り抜けたガイの気配を感じながらも焦るようにタグーに向かって駆け出した。

「タグー!!」

 「そこから逃げろ!!」と伝える前に、少年は無言のまま、不気味な笑みを絶やさずに森から出てきて、今にも斬り掛かろうと走って来た。その姿に驚いたタグーは、逃げ出すどころか、「うあぁっ!」と怯えてその場にしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。「やられちまう!!」と、駆け寄るロックが愕然と大きく目を見開いたその時、ガキィー……ン!! と金属が激しく触れる音が響き、それに驚いた森の住人が一斉に空へと飛び立った。

 タグーの脳天スレスレ、ガイは抜いた自前の剣で少年の剣を受け止め、素早くそれを振り払ってしゃがみ込んだままのタグーの前に出た。少年は振り払われた勢いで少し後退したが、すぐに剣を構え直す。それを駆け寄りながら見ていたロックは舌を打ち、キッドから預かった、腰に帯刀していた剣を抜いた。インペンド操縦時の電剣ボルトソードとはワケが違うが、今はそれを考えている場合じゃない。できるか、できないか、そんなことも考えなかった。ただ“タグーが危ない”、そのことだけしか頭になかった。――だから、気が付かなかった。

「ロック危ない!!」

 フローレルの甲高い、悲鳴にも似た声が響き、ロックは走り保って「!?」と振り返りかけたが、草木の茂みの中から突然何かが飛び掛かって来て、驚く間もなくそれに押し倒され、地面に身体を強打した。砂埃が上がり、痛みと息苦しさに「ゲホッ!」と咳き込みながら顔を歪め、仰向けに倒れた自分の身体の上に跨っている“人物”に目をやった。そして……息を止めた。

 ダグラスは、大きく目を見開いたロックを見下ろしながらニッと口元に笑みを浮かべた。






「……ふぅっ」

 キッドは深く息を吐いてアリスに柔らかい生地を掛けた。お風呂に入れないアリスの身体を綺麗に拭いてあげていたのだ。男連中のいない今がチャンス、と言わんばかりに。

 水の入ったバケツとタオル、そして汚れたままの服を着ていたアリスに新しい服を着せ、包帯を巻き取って耳の裏の傷の状態を見た。よくなってきたのを確かめると、包帯は不要だと判断し、ガーゼを取り替えて、剥がれないようにしっかりとテープで貼った。

「さ、綺麗になった」

 キッドは満足げに笑みをこぼすと、枕元にある枯れた花に目を移した。元は白い花びらが付いていた花も、今では茶色く変色している。

「……また摘んで来るわね」

 それを水の入ったバケツに浮かべ、周りが汚れていないかを確認すると、目を閉じたままのアリスを見ながら頭を優しく撫でた。

「……早く目を覚ましましょうね。きっと仲間が待っているわ。私にも、早くあなたの元気な声を聞かせて」

 そう言い終わると、ゆっくり窓の外へと目を向けた。

「そうね、……あなたが目覚めたら、夜、星に想いを刻みましょうか。大切な想いを。どんなことがあっても、顔を上げれば思い出せる。……俯かないでいられるから。そうやって、いろんな苦しみを乗り越えていきましょうね……」






「ロック!!」

 フローレルが「どうしたらいいの!?」と言わんばかりに狼狽えた。

 砂埃が風に流され消えたその場所、地面に仰向けに倒されたまま、ロックは愕然とした表情で唇を震わせた。

 ――ダグラスが構える剣の切っ先が、ロックの喉元に真っ直ぐ向いている。

 力強く剣を構える太い腕、身動きとれないようにのし掛かっている人物は間違いなくダグラスだ。あの、デルガで教官をしていた、大きな声でいつも怒鳴り散らしていた、力一杯手加減無しにゲンコツをしてきた、あの……ダグラスだ。

 ロックは何かを言葉にしようとしたが、しかし、何も言えなかった。息が震え、手が震え、身体が震えている。頭の中は真っ白になり、この状況の意味が掴めない。

 その間――。

 ガイは後ろで頭を抱えているタグーの前に立ちはだかったまま、ニヤリと笑う少年を直視した。

「あなたの相手は、このわたしです」

 落ち着いた声にタグーはゆっくりと顔を上げ、ガイの足の間から見える少年に、震える声で問い掛けた。

「……キミ……人間じゃないの……?」

 少年はタグーに目をやると、更に笑みを浮かべ、そして、ダンッ、と地面を蹴り上げた。

 ギイィィーン!!

 目の前でガイと少年が剣を交え、タグーはその音と素早さと砂埃に顔を伏せた。

 機械であるガイの速さとパワーに劣るとも劣らない少年の剣さばきにタグーは愕然とし、地面に座り込んだままでズリズリと後退りをして軍艦に背を付け、荒々しく息をした。

 なんなんだ、コレ……!! どうして……!!

 タグーは震える瞳で辺りを見ていたが、ロックの方を見るなり大きく目を見開いた。――ロックの上に跨って、彼に剣を向けているダグラスを見て。

「ダグラス教官!?」

 唖然とした表情で大きく名前を呼び、そしてそこに駆け寄ろうと立ち上がった時、隙だらけのタグーに向かって少年が剣を向けた。驚いたタグーは軍艦に身体をぶつけてグっと目を閉じるが、ガイが素早く少年の剣を受けて護ってくれた。

 タグーは少年の剣を弾いたガイを見上げて「ありがとう!!」と言うと、焦るような表情でロックの元へと駆け出した。

 ――ロックは笑っているダグラスから目を逸らせずにいた。段々とはっきりしてくる頭の中、「嘘だ、嘘だ」と同じ言葉が繰り返される。

 どうしてダグラスがここにいる? どうして俺に剣を向けている? どうして楽しそうに笑っているんだ!?

「ダグラス教官!!」

 タグーが顔を真っ赤にして駆け寄ってくる。それを見たダグラスは、ニヤッと笑ってロックから離れると、巨体からは想像もできない程のスピードでタグーに猛進した。そして、恐怖を感じて大きく目を見開き、駆け寄っていた足を止めて怯むタグーに躊躇することなく体当たりをかました。ドスンッ、と鈍い音と同時に数メートル先に飛ばされ、砂埃を上げながら地面に倒れ込む、そんなタグーの名前を、ロックとフローレルが同時に叫んだ。

 タグーは「オエッ! ゲホッ! ……ゲホッ!!」と嘔吐し、大きく咳き込みながらお腹を押さえた。――痛いなんてものじゃない。まるでお腹が無くなってしまったかのような気分だ。咳き込むたびに、体当たりされた衝撃で切れた唇から血が微かに飛び散って地面に落ちた。

 ロックは、「くそっ!」と剣を杖代わりにして立ち上がると、タグーへとゆっくり近寄ろうとしているダグラスの背中を追った。そして剣を鞘に直すと、ダグラスの背後から腕を回し、肩に掛けて彼の腕を縛り上げた。とは言っても、ダグラス程の巨体にロックがそう易々と縛り上げられるわけはない。

 ダグラスはロックをモノともせず、彼を引き摺りながらタグーに近寄っていく。

「ダグラス!!」

 ロックは必死の形相で叫びながら、引き摺られる足をなんとか地面に踏ん張らせようと腰を引いた。

「何やってんだ!! ……俺たちだろ!! 目を覚ませよ!!」

 タグーは何度も咳き込み、ググッと腕に力を入れてなんとか身体を起こして、近寄ってくるダグラスを見上げた。目にうっすらと浮かぶ涙で、その姿がはっきりと見えない。

「いい加減にしろって!! ……俺たちがわからないのかよ!?」

 ロックが懸命に話し掛けるが、言葉が一切耳に入らないのか、ダグラスはタグーを見下ろしながら口元に笑みを浮かべているだけ。

 タグーは、息苦しさを感じながらも深く肺に酸素を入れ、震える視界でダグラスを捉えた。

「……教……官……?」

「タグー!! 逃げろォ!!」

 ロックの必死な声に、タグーは一粒涙をこぼした。

「……どうしたの? なんで? ……なんでっ?」

 ダグラスは右腕を頭上から背後に回し、しがみつくようにしていたロックの服の襟を掴み勢いよく引っ張った。まるでボールを投げるピッチャーのよう。ロックはその力に抵抗できず、ダグラスの身体から両手を離され、そのままぐるりと宙を舞うように簡単に地面に叩き付けられた。ドスンッ! と、鈍い音が響くと同時に身体が地面を滑って、砂埃を上げて止まった。

 あまりの衝撃に、身体を丸め、震えるロックに、タグーはヨロけながらもすぐに駆け寄って彼の身体に手を掛けた。叩き付けられたと同時に地面の石に擦り付け、額に大きな傷ができて血が溢れている。

「ロック……!!」

 タグーが顔を歪めているロックを抱き起こそうと背中に腕を回している間に、今度は、ダグラスは二人から怯えているフローレルに目を移し、彼女に向かって足を進め出した。その気配に気付いたタグーは顔を上げ、苦痛の表情でフローレルに叫んだ。

「フローレル!! 逃げてェ!!」

 その声は耳に届いていたが、しかし、動けなかった。本当に蛇に睨まれた蛙その者だ。フローレルは震える手で銃を構えながら息を飲んだ。

 ――ダグラスの巨体が段々と近付いてくる。不敵に笑ったその顔には、どんなに許しを請い願っても聞いてはくれない、そんな冷酷さが漂っている。

「フローレル!!」

 焦るようにタグーが再び彼女の名前を呼び、「……こうなったら!」と覚悟を決めて彼女の元に向かおうとした時、ロックが息を切らしながら、ガクガクと震える腕に力を入れ、地面に手を付いて身体を起こした。

 霞む視界と痛む身体――。そして、なんとなくわかってきた。エバーの村人たちの、あの“悲しげな瞳”の理由……。

「……ダグ、ラス、は……ダグラ、ス……じゃ、ない……」

 途切れ途切れの言葉に、タグーは大きく目を見開いた。

 ロックは睨むように地面を見つめ、腰に収めた剣の柄に手を置いた。

「……もう……、俺たちの、こと……、覚えてない……」

「そんなことないよ!! そんなこと……!!」

 タグーが悲しげに否定しながら首を振るが、しかし、ロックは剣を抜いて立ち上がると、身体中の痛みを堪えながらダグラスに向かって構え、「……うああぁぁー!!」と、大声を上げながら斬り掛かった。

 ダグラスはロックを振り返るなり、腰の短剣を抜いて彼の剣を受け止めた。キィィーン! と、刃と刃が触れ合い、ロックは柄を握り締めてダグラスを押した。ダグラスもまた、睨むロックの剣を受け止めた状態で力を入れる。二人の視線は交わったまま、逸れることはない。ロックはダグラスの背後にいるフローレルを見ることなく「逃げろ!!」と叫んだ。フローレルは銃を下ろして、その場から逃げるようにタグーに駆け寄った。

「タグゥー!!」

 フローレルが泣き出しそうな顔で地面に座り込んだままのタグーに前に跪いた。

 タグーは、ロックとダグラスの、そしてガイと少年の剣による戦闘を交互に見ていたが、フローレルの手に握られている銃を見ると、それを奪い取って、ガイに立ち向かう少年に狙いを定めて引き金を引いた。ザシュンッ! と、弾は逸れて地面にメリ込むが、まさか銃で狙われると思っていなかったのか、それともタグーが逃げ出すと思っていたのか、油断していた少年はガイから飛ぶように離れてタグーを睨み付けた。ガイは攻撃の矛先がタグーに行くと察し、すぐさま少年の視線の真っ正面に回り込む。

 少年は、チッ……と舌を打った。帯刀していても飛び道具は所持していないらしい。そうなると、剣で斬り掛かってくるガイ、そして銃を構えているタグーの二人を相手にするには不利だと判断したのだろう。少年はガイに剣を構えたままで草むらへと後退し、そのまま素早く姿を消した。ロックに斬り掛かっていたダグラスも、少年が消えたと同時にロックの剣を弾き飛ばし、彼を遠く後退させると、森の中へと走ってその姿を消した。

 ――それからしばらくの間、沈黙が続いた。石になったかのように、誰も動けなかった。

 もう異常のないことを確認したガイは剣を収め、ボー然と銃を構えたままの姿勢でいるタグーに近寄るなり、その手に触れて銃を下げさせた。その感触に、タグーはゆっくりとガイを見上げた。

 ガイはタグーの前に片膝を付いて腰を下ろすと、口元の傷、他に異常がないか、身体を目で這わせた。

「エバーに帰って手当てをしましょう」

 そう言われたが、その声がボンヤリと耳の奥に響いてよく聞き取れない。

 タグーは返事をすることなく、ガイを見上げていた目をロックに向けた。……ロックはダグラスに弾き飛ばされた場所で剣を下ろし、俯いている。

 フローレルは立ち上がると、ソロ……と、窺うようにロックに近寄った。

「……ロック……大丈夫……みゅ?」

 心配げに、不安げに小さく尋ねると、ロックは静かに顔を上げた。最初は無表情だったその顔が、少しずつ笑顔になる。

「怪我はないか?」

 フローレルはその言葉に何か切れたのか、「みゅ……」と小さく言葉を漏らしてロックにしがみついた。

「怖かったみゅー!!」

 大きく泣き出したフローレルの頭を、ロックはポンポン……と慰めるように撫で、タグーを見た。だが、タグーはロックと目が合うと、すぐに悲しげに俯いた。

 顔を歪めて、グッと涙を堪えるタグーを見ていたガイは、間を置いて彼の身体に腕を回し、ゆっくりと抱き上げた。椅子にするように腕を曲げてそこに座らせると、タグーはガイの首に腕を軽く巻き、頭部に力無く頬を付けた。

 ガイはタグーを抱えたまま立ち上がると、ロックに近寄り、彼を見下ろした。

「一度エバーに戻りましょう。ロック、歩けますか?」

「……、ああ。……大丈夫だ」

 小さくそう返事をしたが、ガイはしばらく間を置いて彼の身体に腕を回し抱え上げた。

 ロックはタグーと同じようにガイの腕に座りながら、呆れるように息を吐いた。

「……あのなぁ」

「身体の怪我は安静にしていればすぐに治ります」

 ロックの言葉を遮り、ガイは言いながら歩き出した。

「しかし、安静にしていてもすぐには治らないものがあるのではないですか? あなた方、人間には」

 ロックはガイの言葉を聞いて、対面側、彼の頭部に頬を付けて目を閉じているタグーを見た。土に汚れたその目元には、うっすらと涙の跡が残っている――。

 ロックは少し目を伏せ、そしてそれ以上、何も口にすることはなかった……。






「身体は大丈夫ですか?」

「うん。ちょっとまだ、お腹のトコが痛いけど」

 ゆっくり歩きながら、隣のガイを見上げてタグーは少し苦笑した。

 エバーに戻って改めて怪我の具合を診てもらったロックとタグーは、二人とも肋骨に異常が見られ、抵抗する術もなくガイの荒治療によって即座に回復した。擦り傷はキッドに手当をしてもらい、その後、ロックはアリスの部屋に閉じこもり、フローレルはキッドと夜食の準備を、タグーはガイと一緒に広場で遊んでいるリタを迎えに――。

 陽も沈み掛け、空がオレンジ色に染まってきた。時々村人とすれ違ってはあいさつを交わし、寄り道することなく、リタがいる広場に向かう。

 しばらく沈黙が流れ、ガイがゆっくりと言葉を切り出した。

「知り合いの方だったのですか?」

 ダグラスことだろう。

 タグーは少し目を細めて、踏み出す足先を見つめた。

「……うん。……ここに落ちたはずの……」

「そうですか」

「……ロックの教官だったんだよ。僕もアリスもよく知っている。みんなが知ってる、有名な人。……すごく怖くてね、僕たち、たくさん怒られた。ゲンコツが痛くてさ。けど……」

 とても頼りになる、大好きな教官だった――。

 そう言おうとしたが、それ以上何かを口に出すことができず、鼻の奥がツンと痛くなり、タグーは溢れそうな感情を押さえようと深呼吸をした。

 ガイは横に並び歩いていたタグーに顔を向け、そして歩いていた足を止めた。その気配に気が付いたタグーもすぐに足を止め、ガイを振り返って首を傾げた。

「……ガイ?」

「あなた方は、これからその方と戦わなくてはならない。その覚悟はできていますか?」

 真っ直ぐ顔を向けるガイを見上げていたタグーは、愕然とした表情で目を見開いた。

 ……ダグラス教官と……戦う……?

「あの方から敵意は感知されませんでした。ですから、あなた方が探していた仲間の方だと認識をし、ノアの番人の相手をしていましたが、しかし、軽傷とはいえ、怪我を負わせた。……どのような意図があるのかはわかりませんが、恐らく、あなた方に今の自分の姿を見せに現れたのでしょう。今日は挨拶代わり、といったところでしょうか」

「……」

「タグー、あなたの身体の痛みは明日になればきっと治るでしょう。しかし、別の痛みはどうですか? 治りますか?」

 タグーはガイの質問から逃げるように顔を下に向けた。

「……わかんないよ。……何もわかんないよ。そんな……なんで……」

「では、あなたはまたあの方が現れたらどうするのですか? 逃げるのですか? 殺されるのですか?」

 タグーは大きく目を見開いて悲しげにガイを見上げた。「何でそんなひどいことを訊くの?」と目で訴える、そんなタグーに近寄ったガイは、彼の前で立ち止まって見下ろした。

「タグー」

「だって!!」

 タグーは瞳一杯に涙を溜めて、刃向かうようにグッと顔を上げた。

「だってっ、……仲間だったんだよ……?」

 段々と声のトーンを落とし、顔を地面に向けて首を振った。

「……ショックなんだ、今はただ……。ワケがわからないよ……。なんでこんなことになっちゃったの? なんで……」

 心痛な面持ちのまま、タグーはグッと拳を堅く作った。

「それに……僕なんかよりロックの方が辛いはずなんだ。なのに僕……ロックに何も言ってない。ロックの辛い顔見たくないから、こうして逃げて……。……僕、最低だ。逃げてばっかりだ……」

「わかっているのなら戻ったらどうです?」

 タグーは、うっすらと涙の浮かんだ目を見開いて顔を上げた。ガイは真っ直ぐ、タグーへと顔を、目を向けている。

「戻って彼を支えては? そこに答えがあるんじゃないでしょうか? わたしの思考回路での判断によると、それが一番の対応策です」

「……けど……」

「あなたは理解している」

 戸惑う声を遮って、ガイは穏やかな口調で続けた。

「状況を理解しているんです。逃げてはいけないことも理解している。違いますか? 逃げ道はたくさんあります。姿を消すことだって可能でしょう。しかし、それではあなたは今までと同じままですよ?」

「……」

「わたしの思考回路によると、あなたは弱い人間ではないという結果が出ています。誤りでしょうか?」

 軽く首を傾げるガイを見つめ、タグーは間を置くと、瞳に溜めていた涙をグイッと服の袖で拭って深く息を吐き、強がる笑顔でガイを見上げた。

「……ありがとう、ガイ。……僕、ロックのトコに行ってくる……」

「はい。では、わたしはリタを迎えに行って参ります」

「……ガイは」

 呼ばれたガイは踏み出した足を止めて、身体ごとタグーに向けた。――視線の先、オレンジ色の光が微笑むタグーを暖かく浮かび上がらせている。

「……ガイは、僕の傍にいてくれるよね……?」

 不安げに、それでもそれを隠そうとして精一杯の笑顔を作って訊く。ガイはそんなタグーをじっと見て、しばらくの間何も言わずにいたが、

「可能なように努めます」

とだけ残し、その場を後にした――。






 ボンヤリと鉄の天井を見上げていた。ゴザを敷いた床の上に寝転がり、段々と治まりつつある身体中の痛みを堪えながら。

 ――心の奥底が叫んでいる。

 いや、“叫んでいる”と言うよりも“泣き叫いている”と言った方が的確だろうが……。

 ロックはゆっくりと身体を起こし、赤ちゃんのハイハイ歩きで5メートル程離れた所に眠っているアリスへと近寄った。そして彼女の肩付近で大人しく胡座をかくと、じっと顔を見つめ、目を閉じて項垂れた。

「……試験の合格書、……あいつから、受け取れなくなっちまった……」

 ポツリ、ポツリと呟いて、膝の上の拳をグッと握り締めた。

 未だに何か信じられない気持ちで一杯だった。いや、確かにダグラスだった。それは認めざるを得ない。しかし、助け出す術がどこかにあるんじゃないだろうか? フローレルは助ける術はないと言っていたが、可能性はゼロじゃない、そんな気がしていた。

 ダグラスが洗脳されたということは、フライたちもそうかも知れない。けれど……――

「ロック!」

 タグーは走って帰ってきたのか、息を切らしながら部屋に飛び込んでくると、チラ、と、少しだけ振り返ったロックに静かに近寄った。

「……起き上がってて大丈夫なの?」

「ああ」

 タグーは頷いたロックの横に座ると、膝を抱えて体育座りをした。

 ――しばらくの間沈黙が流れ、タグーは足の向こうにあるアリスの顔を見つめながら口を開いた。

「……ロック、……元気、出してね……」

 ロックはチラ……と、悲しげに目を細めるタグーを横目で窺った。

「……僕、全然力になれないと思うンだ……。でも……それでもロックの力になりたいんだ。……口ばっかりだけど。……ごめん……僕、やっぱり頼りない奴だよね……」

「なーに言ってンだよ、お前」

 呆れ口調で鼻から深く息を吐く、予想外の空気に、タグーは「え?」と、笑うロックを振り返った。

「前にもこんなことなかったか? 誰もお前のこと責めてないだろ? なんで自分から落ち込むんだよ?」

 ロックは苦笑しつつ、後ろの床に両手を付くと、そこに体重を掛けて天井を見上げた。

「……確かにさ、ダグラスには驚いたし、まぁ……ショックだけど。……でも、助け出す術があるんじゃないかって、今、考えてた所なんだ。……それにさ、よくよく考えりゃあダグラスがそう簡単に洗脳されるわけねーんだよな。あのオヤジだぜ? お前だって知ってるだろ」

 冗談っぽく伺うロックに、タグーは少し笑みをこぼした。

「……うん。……そうだね」

「ダグラスを捕まえてさ、洗脳を解く方法を見つけよう。そしたらきっとダグラスの奴、目が覚めた途端ノアの番人の奴らボコボコにしてくれるぜ?」

 ロックは「ケケケっ」と愉快げに笑う。タグーはそんな彼を見て小さく頷き、優しく笑って見せた。

「ロック」

「おぅ?」

「……がんばろうね」

「お前、そのセリフ好きだなー」

「……、そう?」

「俺はがんばってる。がんばるのはお前と、コイツだ」

 と、ロックは意地悪っぽくアリスの肩を足のつま先でツツいた。アリスの身体が少し揺れる程の突きに、タグーは「なんてコトするのっ」と、呆れるようにロックを睨み付けた。

「病人を足でツツくなんて。乱暴なことしちゃダメだよ。ったく……」

「ジジくせぇガキだな」

「何か言った?」

 ギロッと睨まれ、ロックは「ハイハイ」と一息吐いてアリスに頭を下げた。

「ツツいてどぉーもスミマセンでしたぁー」

 棒読みで謝る、そんな彼を見てタグーは目を据わらせつつも少し笑った。

 ……なんとなく暖かい時間。わざとでも、冗談でも嘘でも、こうしてふざけ合っている時間がやっぱり必要なんだ。辛いことが続いた今、少しでも元気を取り戻さなくちゃいけない。

 ロックは「ケケっ」と笑っていたが、突然――笑顔を消して動きを止めた。それからピクリともせず、表情を消したままの彼を見て、タグーは「ん?」と瞬きをした。

「どうかした?」

「……アリス!!」

 目を見開いたロックは身を乗り出してアリスの顔を覗き込んだ。タグーもその言葉に反応して同じくアリスを見る。

「なっ、なにっ、どうしたの!?」

「今、動いた!! 動いたんだ!!」

 ロックは焦るように目を泳がすと、アリスの身体を抱き起こして小さく揺さ振った。

「アリス!!」

「どうしたのっ?」

 ロックの大声にキッドとフローレルが何事かと姿を現すと、タグーは困惑げに二人を振り返った。

「アリスが動いたんだって!」

「おい!! アリス!!」

 キッドは何度も彼女の名前を呼ぶロックの前に腰を下ろすと、彼に支えられているアリスの頬を真顔で撫でた。

「……アリス、聞こえる? 聞こえていたら……」

 キッドはそっと手を取った。

「私の声が聞こえていたら、手を動かしてみて。ゆっくりでいいから」

 みんながアリスの手に視線を向ける。……と、微かだが、確かにアリスの指先が動いた。

 タグーはパッと、嬉しそうにアリスの顔を覗き込んだ。

「アリス! 僕だよ! タグーだよ!!」

 タグーの呼び掛けに、今度はアリスの口元が動き、そして……

「……笑ってる……」

 フローレルが呟くように言う。

 タグーは爆発しそうな嬉しさを押さえるように拳を握り、安堵の笑みを浮かべているロックに身を乗り出した。

「ロック! アリスが!!」

「……ああ。やっと目を覚ましやがったな、このバカオンナ」

 ――アリスの口元がへの字に変わった。

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