05 それぞれの想い
――翌朝。
キッドたちと共に朝食を摂り終え、まだ深い眠りに就いたままのアリスを窺うと、予め食卓の場で「今日一日ガイと行動したい」と頼んでおいたロックとタグーは村の周辺をガイと共に散策した。とは言っても、周辺は森に囲まれているだけで何ら変わりはなく、ただ歩き保ってガイにノアの番人について質問を繰り返すだけ。しかし、なぜかガイは多くを語ろうとはせず、「いつかクロスの方に話を」の一点張り。疑問に感じた二人はなぜ教えてくれないのか問いかけたが、ガイは口を割らなかった。相手が機械なだけに、何を考えているのか雰囲気を掴むことすらできず、深く詮索するのにも疲れてきた頃――。村に引き返すと、待ち構えていたリタが駆け寄ってきてガイの堅い足にしがみ付いてきた。
「遅ーい! 何やってたの!? 一緒にチャチャプ小屋のお掃除するって言ってたのにっ!」
「はい、覚えています。行きましょう」
膨れっ面のリタを見下ろしてコクリと頷くと、「また後ほど」とロックとタグーに断って一軒家に向かって歩いていく。そんな素直なガイの背中を見送りながらリタは「まったくもーっ」と管理者さながら一息吐き、自宅へと向かった。
まったく違う方に歩くガイとリタ――。様子を見ていたロックとタグーは違和感にキョトンとした。
「……ち、ちょっとっ」
タグーは、家のドアを開けたリタに慌てて駆け寄り、躊躇い気味に呼び止めた。
「お掃除は? ……行かないの?」
「ガイが行ったよ」
リタの“なんでもない”返答に、ロックはパチパチと数回瞬きをし、タグーはじっとりと目を据わらせた。
「リタも行くンじゃなかったの?」
「だって、リタが行くよりガイが行った方がすぐ終わるモン」
やはりなんでもないことのように胸を張って答える。その堂々とした言いっぷりに、ロックは吹き出して脇腹を押さえた。
「いい根性してるじゃん、こいつっ。将来見込みあるぞっ!」
「なんのだよっ」
タグーは、笑いながらリタの横を通って家の中に入るロックを睨み付けるが、彼の後から付いて行くリタを見逃すことなく、「ちょっと!」と、再び呼び止めた。リタの方はうんざりなのだろう。「もぉお、またぁあ?」と、面倒臭そうに、不愉快さを露わに振り返った。
「なぁあにぃい?」
「ガイに命令したらかわいそうだってばっ」
「もぉー。またぁー」
文句口調のタグーを恨めしそうに見上げていたリタは破裂しそうなくらい頬を膨らませていたが、その顔を次第にニヤつかせ、「はっはぁーん」としめた顔で腕を組んだ。
「あー、わかったぁ。おにーちゃん、ガイが欲しいんでしょ? だからリタに意地悪なこと言うんだ」
ズバリ当ててみた、そんな、自信たっぷりな笑みを浮かべ、胸を張って目を細めるリタに、タグーは呆れるようなため息を吐いて目を据わらせた。
「あのね……、僕は、ガイが欲しいとかそういうことを言ってるんじゃなくて」
「あげないよ」
言葉を遮って、リタは「フンッ」とそっぽ向いた。
「ガイはリタの物なんだからね」
「だから、誰かの物じゃないんだってば」
「ガイはリタの物なの。おにーちゃんにあげないよーっ、だっ」
いたずらっ子のように「あっかんべー」と舌を出され、タグーはムッと眉をつり上げた。予想通りの反応にリタはニッと笑い、何か企てるように視線を斜め上に向けて爪先でパタパタと地面を叩いた。
「けどぉ、おにーちゃんがどぉっ……してもガイが欲しいって言うんならぁ、……リタ、考えてあげてもいいよ? ただし、リタの言うこと聞いてくれればねー」
――……この子、ホントにキッドの子ども?
タグーの心の中で疑問が膨らんだ。どう考えても、あの面倒見のいい、姉貴分のようなキッドと似ても似付かない。と、いうことは……
いったいどこのどいつだよ、リタの父親はっ。
と、いうことになる。
……そういえば、リタのお父さんって……どうしたんだろう?
不意に疑問が浮かんだが、不敵な笑みを浮かべながら見上げているリタの生意気な視線に、その疑問もすぐに掻き消えた。
タグーは、じっと考え、そして最終的に大きく頷いた。
「わかった。言うことを聞く。そしたら……ガイは僕の物だね?」
「いいよ。リタ、約束は守るの。ガイ、おにーちゃんにあげるよ」
「……。で、なに聞けばいいの?」
「あのねあのねっ」
突然、無邪気な笑顔でタグーの手を取ると、ブンブン左右に大きく振った。
「リタ、この前ね、石を見つけたのっ、すっごく綺麗な石! さっき取りに行こうと思ったら……ママにダメだって言われちゃった。……けど、リタ、欲しい! どうしても!! おにーちゃん、取ってくれる!?」
すがるように見上げるリタに、タグーはホッと肩の力を抜いて苦笑した。ひどいことをさせられるのかと、覚悟をしていた――。
「いいよ。行こう」
「やったー!! こっちなの! こっち!!」
力強く手を握って導かれ、タグーは「痛い痛いっ」と引っ張られるまま歩き出した。
――その頃……
「あら? タグーは?」
アリスの様子を見ていると、台所からやってきたキッドに声を掛けられ、ロックは二人分のジュースを用意してくれていた彼女を振り返って肩をすくめた。
「表でリタとケンカ中」
キッドは苦笑してグアバジュースをロックに手渡し、タグーの分として用意していたジュースを自分用として握り直すと横に腰を下ろした。
「気が合うのかしら、あの子たち」
「その逆だと思うけど?」
「ううん。リタがあんなに人に懐くコトってなかったのよ」
「……え?」
キッドはジュースを床の上に置くと、手を伸ばして眠っているアリスの頭を優しく撫でた。
「ガイにしか懐かない子だったから、タグーのことを気に入ったんだと思ったの」
「気に……ねぇ……。どう見ても子ども同士のケンカって感じだけどなぁ」
思い出すように、視線を上に向けて何気なく言うと、キッドは「ふふっ」と笑った。その雰囲気に、ロックもつられるように笑みをこぼす。
キッドは微笑みながらゆっくりとアリスの身体を抱き起こして支え、自分のジュースに人差し指を入れて浸すと、アリスの口の中に軽く指を差し入れた。その行動をじっと見ていたロックは首を傾げた。
「何してるンすか?」
「脳は正常に働いているから、時々、こうして身体を動かしてあげたり、触れたり話し掛けたり、感覚が衰えないようにしてあげなくちゃ。目が覚めた時、筋力は衰えて歩くのもしばらくは無理だし、そのリハビリで大変だから。せめて他の感覚は不自由なくしてあげなくちゃね」
ロックはキッドの説明を聞きながら腕の中で眠っているアリスを見つめた。
「……話し掛けて……聞こえてるのか?」
「今の私たちの会話もちゃんと聞こえているはずよ。ただ、目が覚めた時、夢の中の出来事のようにその言葉を忘れてしまうだけ」
ロックは、ジュースを飲ませるキッドを見て、再びアリスに目を戻した。
見る限り、完全に意識はなさそうなのだが……――
しかし、キッドに言われると、なぜだか「その通りなのかも?」と思ってしまう。
「……、心配ばっかさせんな、このバカオンナ」
無表情な寝顔を見つめながらボソっとつぶやくロックに、キッドは「……ふふっ」と楽しげに笑った。
「こっちだよっ、こっち!」
青空の下、リタに引っ張られながら歩く森の中、腰の辺りまで伸びた草を掻き分け、たまに折れた木を乗り越え、道なき道を進む。
こういう“冒険”は嫌いではないが、彼ら以外の人なんてどこにもいないし、獣が出るんじゃないかと、内心不安で一杯だった。けれど、そんなタグーを余所に、リタは慣れているのか、縄張りなのか、平気な様子でどんどん奥に進んでいく。その背中を追っていると、不思議と恐怖が消えた。
「あれ!!」
足を止めたリタが指差す方、目の前は大きな岩壁がそびえ立ち、その壁面にはキラキラと輝いている石が見える。
タグーは岸壁を見上げて目を細めた。
「……水晶?」
「取れるっ? ねぇ、取れる!?」
タグーは岩場を触った。堅さはあるし、多少傾斜があるため登るのは可能だ。あとは、足を掛ける所があるかどうか……。
岩場の様子を確認しながら、タグーはゆっくりと突き出ている岩に足を掛けて登っていく。インペンドをワイヤー無しで登る時と同じ要領だ。
リタは、着々と進むタグーを見上げながら、「もう少し! もうーっ少し!」と声援を送った。
タグーは足を踏み外さないように、慎重に岩場を登っていく。そして、地上から高さ十メートル程登った時、「やったー!!」とリタの嬉しそうな声が響いた。
タグーの手に半透明の石が触れた。「よいしょっ」とその石の側まで寄ると、石を引っ張ったり叩いてみたり、なんとか取れないものか試してみる。しかし、しっかり岩場にはまっていて簡単に取れそうもない。
タグーは片手で岩場に掴まりながら、腰の工具袋の中からナイフを出し、それで根元を叩いた。数回叩くと石がグラつき出し、「これなら」と、タグーは岩場にピッタリ寄り添って石を掴み引っ張った。すると、石は思ったより簡単にポキンと折れ、「うわ!」と驚いたタグーの手をすり抜け地面へ落ちてしまった。焦って見下ろすと、「あぁー!!」と悲痛な声を上げるリタが、砕けた石に駆け寄っている。
タグーは「あっちゃーっ」とまずそうに顔を歪めると、登ってきた時と同じような道順で地面に降りた。
「駄目になったっ?」
すぐにリタに近寄ると、しゃがみ込んでいた彼女は立ち上がってニコっと笑い、両手を見せた。大きさは変わったものの、ちゃんと半透明の石が存在している。
タグーはホッと肩の力を抜いた。
「すっごくキレイでしょ!?」
無邪気な笑顔で訊かれ、タグーは苦笑気味に頷いた。
「……そうだね」
「じゃあ次ね!!」
「……。え?」
リタは石を掴んだままで歩いていく。タグーはその後を慌てて追い掛けた。
「ち、ちょっと待って! ……次って?」
「次はね、お花なの」
「……へ?」
「綺麗なお花があるの。取るの手伝って」
「……」
「それで最後だから」
と付け加え、ガックリと頭を落とすタグーの手を握り、「ほらほら」と引っ張った。
――そんなに遠くはない所にそれはあった。森の中の一角に、四方2メートル程青草が生え、白い花がまばらに咲いている。
リタは手を離すと、嬉しそうにその中に入って笑顔で振り返った。
「この花! キレイでしょ!?」
「どうっ?」と腕を大きく広げて訊かれ、タグーはボー然と花畑を見ていたが、ため息混じりに一息吐くと、ゆっくりとそこに近寄って微笑んだ。
「……うん、キレイだね」
「でしょ!?」
リタは嬉しそうに笑い、腰を下ろして花を摘み出す。タグーものんびりとした雰囲気を感じながら、腰を下ろして一輪、花を摘んだ。
白くて薄い花びらが、ふわりと揺れ動く。
――……こういうの、忘れてたな……。
艦内にも庭園はあった。できるだけ地球上と変わりなく、そう心懸けて作られてはいたが、意識の中で「これは人造的な作り物」と認識していたから何か違和感があった。どうしてもそれを拭い去ることはできなかった。
こうして自然の中に咲く野生の花を見ると、心が癒される。香りが漂ってくるわけではないのに、大きく鼻で空気を吸い込んでしまう。
手に取った花を見て、タグーは少し笑みをこぼした。
「この花、おねーちゃんにあげるのっ」
元気な声にタグーは顔を上げた。その視線の先では、リタがせっせと形のいい花を選んで摘み取っている。
「この花ね、エバーラブって言うのっ。プレゼントすると、その人にいいことがあるんだよ! だからおねーちゃんにあげたらおねーちゃんは目が覚めるの! すごいでしょ!」
タグーは楽しそうなリタを見て、今まで彼女のことを誤解していた自分を恥じた。
……いい子じゃないか。この子……。
ガイのことでついムキになってしまった。自分勝手でわがままいっぱいの小悪魔だと思っていた。彼女がアリスのことを考えていたなんて、これっぽっちも思ってなかった。
自己嫌悪して俯いたタグーの様子を察することなく、リタはどんどん花を摘んでいく。――が、その時、ガサッと背の高い茂みが動いて、タグーは「ん?」と顔を向けた。
……風? ……いや、違う。あそこしか動かなかった……。
ひょっとして獣か? と脳裏を過ぎったが、再びガサッと揺れ動いたとき、“見慣れた物”が見えた。
タグーは摘んでいたエバーラブをそっと地面に置くと、ゆっくり腰を上げ、そこから目を逸らさないようにリタに近寄った。
「……リタ?」
「なぁに?」
「……花、摘み終わった?」
「うーん……、あともうちょっと」
「……。……リタ」
「なぁにぃ?」
「……逃げた方が……いい、かも」
リタは訝しげな表情でタグーを見上げ、彼の視線を追った。そのリタの動きがピタ、と止まった。表情も固まり、一瞬、息も止まった。
――彼らの前に、見たことのない物がいる。
いや、タグーは見たことがなくても、リタは知っているのだろう。握力の抜けた彼女の手の中からスルリと花が落ちた。
二人の目の前にいるのは生物ではない。一言で言うならロボット。そう、ガイと似たような人型ロボットだ。ガイ程大きくもなく、そして知的そうでもない。塗装も施されてない灰色の鉄の身体。鉄板を雑に組み合わせたような、ブリキのおもちゃのようなその姿は、鉄槌で目一杯打てばすぐに折れ曲がってしまいそうな印象だが、しかし、リタは怯えた表情で立ち上がるなりタグーのズボンをギュッと握り締め、青ざめた唇を震わし、そのまま硬直している。恐ろしい存在だということを理解しているのだ。
タグーは全身が冷えていくのを感じていた。
まさか……ノアの番人? そう思った瞬間、タグーは目を動かすことなくリタに言っていた。
「僕が引き寄せておくから逃げるんだ……」
「死んじゃう……。こいつ、ビットだよっ。ガイじゃないと倒せない!」
「……じゃあガイを呼んできて。……いいね?」
タグーがリタに告げたと同時に、ビットと呼ばれたロボットは長く生えた草や小枝を踏み潰し近寄ってきた。地響きはないものの、踏み出す足から鈍い金属音が聞こえる。
「早く行って!!」
タグーが焦って押しやると、リタは目に一杯の涙を溜めて駆けていった。彼女の背中を見送ることなく、タグーはすぐに近寄ってくるビットに後退りし、何度も何度も深呼吸しながら、「念のために」と、キッドから譲り受けて携帯していた銃を腰の工具袋から取り出した。
「ガイィどこぉ!!」
リタの泣き叫ぶような大声で、談笑していたロックとキッドはどちらからでもなく急いで玄関先へと駆け出していた。
キッドが「リタっ?」と声を掛けると、リタは勢いよくキッドの足にしがみつき、涙と鼻水で濡らした顔を擦り付けた。
「おにーちゃんが!! ……おにーちゃんが!!」
「リタ!?」
ロックは、尋常じゃないリタの様子と、傍にタグーがいないことを察し目を見開き、腰を屈めて真顔で彼女の肩を掴んだ。
「タグーがどうかしたのか!?」
「ビットが出た!! おにーちゃんが!!」
「ビットって!?」
「対人戦闘ロボットよ」
代わりに答えたキッドは、冷静な声で、しかし、顔を強張らせながら、大声で泣き出したリタの頭に手を置いた。
「どこなの? タグーはどこ?」
「エバーラブが咲いてるトコ……!!」
キッドは「ここにいなさい」とリタに言い聞かせ、彼女の身体を離すとロックを見た。
「ガイと一緒に行ってくるわ。ここにいて」
「俺も行く!!」
拳を握り締めて焦るロックにキッドは躊躇ったが、彼の真っ直ぐな視線に制止は無用と判断したのか、大きく頷いた。
――リタが家に飛び込んできて、どれくらいの時間が過ぎただろう。
ガイを呼んで、急いで現場に向かう間、キッドとガイの後を追いながらロックは心の中で同じ言葉を繰り返していた。
無事でいてくれ! 頼む! 無事でいてくれ……!!
「タグー!!」
キッドが叫びながら立ち止まった。その足下には、押し潰された草花が無惨に土にまみれ、そして“何か”を引き摺ったような跡が地面に残っている。それはずっと奥まで伸びているが、その先に目を凝らしても木々が邪魔をして何も見えない。
ロックは息を荒くして、血眼になって見回した。
「タグー!! ……タグー!! おい!!」
キッドとロックが名前を呼ぶ中、ガイはゆっくりと辺りを窺った。
「……ビットの気配はありません」
「タグーは!?」
焦りの表情を浮かべているロックに、ガイは再びゆっくりと辺りを見回し、顔の動きを止め、上を向いてみせた。
「……こ……ここ……、……ここ……」
か細い小さな声に、ロックとキッドは頭上を見上げた。
「……タグー!!」
高い木の枝の上、タグーがしっかりと木にしがみ付いて、こっそりと、怯えた表情でこちらを見下ろしている。怪我などはないようだ。
無事な姿に内心ホッとしつつ、それと同時に怒りが込み上げ、ロックはカッと顔を真っ赤にした。
「馬鹿野郎!! お前なにやってんだよ!!」
「……う、うん……。ご、ごめん……」
「ごめんじゃねーだろ!! このクソガキ!!」
ロックが腕を振り上げ怒鳴り続ける。
キッドはホッと肩の力を抜いて、タグーを見上げているガイを振り返った。
「降ろしてあげてくれる?」
ガイは頷くと、躊躇なく素早く木に登り、タグーを抱えてそこからジャンプして地面にドスンッ、と降り立った。
ロックはすぐに近寄り、ガイから下ろされたタグーの襟元を勢いに任せて掴み上げた。
「お前な!!」
「待って、ロック」
キッドが今にも殴り掛かりそうなロックを止めると、タグーは視線を落とし、泣き出しそうな顔で俯いた。
「……ごめん。……ホントに……ごめん……」
「無事でよかったわ。……怪我はない?」
優しい問い掛けに、グッと奥歯を噛んで小さく頷く、そんなタグーにキッドは深く息を吐くと、涙を堪える彼の頭を撫で、小さく問い掛けた。
「……ビットは? いなくなったの?」
「……ううん。襲われそうになったんだけど……男の人が……」
「男の人?」
「銃声が聞こえて……ビットは倒れちゃったんだ。……そしたら男の人が来て、大丈夫かって。……大丈夫って、助けが来てくれるって言ったら、それまでの間、木の上に登ってたらいいって、そう教えてくれた……」
「……その人は?」
「どこかに行った……ビットを引き摺って……」
「クロスの方でしょうか」
ガイが尋ねるとキッドは頷いて辺りを見回した。
「多分。……この辺に移動してきているのね」
キッドは肩の力を抜くと、再度、優しい笑みでタグーの頭を撫でた。
「とにかく無事でよかったわ。その人が見つかったら、お礼を言わなくちゃ」
「……はい」
タグーは俯き加減で小さく頷いた。
「さあ、戻りましょう。またいつビットが現れるかわからないから」
キッドの促しで、それぞれが歩き出す。ロックは「ったく……」と怒りを露わにしながらも、先頭を歩くガイと、キッドに肩を抱かれるタグーの後を追った。
「――どうしてあそこに行ったの!?」
家に戻ってくるなり、キッドは間を置くことなくリタを呼びつけて怒鳴った。
「あそこは危ないって言ったでしょ! タグーに何かあったらどうするつもりだったの!!」
睨み下ろすキッドの前、リタは泣き腫らした顔で「ヒック……ヒック……」と息を詰まらせるだけで、いつものように反発もしない。
タグーは少し控えめにリタの横に並んだ。
「その……あまりリタを責めないで……。僕も悪かったんです。何が起こるかわからないのに一緒に森の中に入って……。だから、そんなにリタを怒らないでください……」
普段優しいキッドの怒りっぷりに度肝を抜きつつ、タグーは上目遣いでチラチラと窺い、胸の前で指を絡ませた。
キッドは「……ったく!」と腰を手を置き、呆れて大きくため息を吐いた。
「とにかく! もう絶対あそこには行かないこと! いいわね!?」
「……はい」
タグーがしょんぼりと答えると、リタは「うっ……」と息を詰まらせてどこかに向かって駆けていった。タグーが「リタ!」と慌てて声を掛けるが、バタンッと一部屋のドアが閉まって、微かに「うぁあーん」と泣き声が漏れてきた。
キッドは鼻から息を吐いて首を振った。
「ただいま反省中。放って置いていいわ」
そう言われても気になって仕方ない。すっかり意気消沈してしまったタグーを睨むように見ていたロックは、しばらく間を置いて、何も言わずにその場から歩いていった。タグーは視界の隅でそれを捉え、顔を上げると、慌てて彼の後を追った。
「……ロック!」
名を呼んだものの、ロックはアリスの寝ている部屋に入ってドアを閉めてしまった。タグーはその前で足を止め、手を伸ばし、そして引っ込めた。ドアを開けようかどうしようか迷ったが……開ける勇気が湧かない。
「……ロック、ごめん。ホントにごめん。心配掛けて……ホントに……」
オドオドしく声を掛けるが、中からは返事はおろか、物音一つすらない。
タグーは俯いて両拳を握り締めていたが、背後から肩を叩かれ、キッドと、そしてガイを振り返った。
「ロック、本当に心配していたのよ。……本当に、すごく」
キッドは微妙な笑みを浮かべ、聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げた。
タグーは泣き出しそうに顔を歪めて、ドアを見るなりそこに手を付いた。
「ロックっ、もう絶対危ないコトしないからっ。絶対心配掛けるようなコトしないからっ。だからっ……ごめん……!」
不甲斐なくてどうしようもない。アリスも眠ったままなのに、こんなことで心配を掛けてしまうなんて。軽々しい行動をしてしまった自分自身が腹立たしい。
「……ごめん、……ロック……。……ホントにごめん……」
ただ謝ることしかできなかった。許しが欲しかった。泣きそうだった……が、その時、ドアが開いた。
「お前は俺がやめろって言うまで謝り続ける気かっ?」
目にうっすらと涙を浮かべていたタグーは、「……へ?」と、ふて腐れているロックをキョトンとした顔で見上げた。
ロックは大きくため息を吐くと腰に両手を載せ、見下すような目でタグーを睨んだ。
「で、ちゃんとチェック入れたんだろうな?」
「……な、なに? え? なにが?」
「なにじゃねーだろっ。そのビットだかなんだかわからねぇヤツのチェックは入れたかって訊いてんだよっ。ロボットだったんだろっ? お前の得意分野じゃねーか!」
「そ、そんな余裕はなかったよ! 男の人が連れて行っちゃったしっ!」
「……、お前、エンジニア失格だな」
無表情でさらりと一言吐き捨てられ、タグーは何か言いたいのか、けれど、やはり何も言えずに情けない表情でパクパクと口を開閉した。そんな彼に、ロックは「ったく……」と再びため息を吐いた。
背後から二人を交互に見ていたキッドは少し苦笑し、肩の力を抜いてロックに声を掛けた。
「ビットのことが知りたいんだったらガイと一緒に異人の人たちを捜してみるといいわ。まだこの辺りにいるかもしれない。タグーを助けてくれた人がビットを運んでいったのなら、きっと今頃、そのビットを解体してるはずだから」
キッドを振り返ったタグーの目が輝く。ロックはゴツンッ! と、そんな彼の頭を容赦なく目一杯殴った。
――それぞれが落ち着いて、気分も変わる頃。
しばらくしてキッドが昼食を作り、目を赤く腫らしたリタを呼んでみんなで食事を摂った。重い空気だったが、キッドがいつものように優しく会話を促してくれたことで雰囲気も和んだ。
食後、ふとあることを思い出したタグーは、食器の片付けを手伝うリタに近寄ると、工具袋から何かを取り出し、差し出した。
「潰れちゃったけど……」
リタは萎れた一輪の花を受け取ると、苦笑するタグーを見上げた。
「アリスにあげるんでしょ?」
リタは間を置いて嬉しそうに笑い、大きく頷いて、アリスの眠っている部屋へと駆けて行った。
二人の“あうん”に、ロックはリタの背中を見送ってタグーを振り返った。
「どういうこった?」
「アリスにあの花をあげたかったったんだって。あの花をプレゼントしたら、その人にはいいことがあるからって。……いい子なんだよ、リタ」
思い出して優しい笑みを浮かべるタグーに、ロックは「……ふうん」と鼻で返事をし、水を汲んできたキッドを見て肩をすくめた。
「キッドの言うとおり、気が合うみたいだ」
「でしょ?」
「なに? なんのこと?」
タグーは、苦笑し合う二人を交互に見て首を傾げた。
その後、食事を終えて胃を休めると、ガイを誘い、先程ビットに襲われた森の中へと入った。ロック自身、ビットという敵がどんなものなのかを確認しておきたいという思いと、そして、異人が近くに来ているなら、会うことができるかも、という期待を込めて。しかし、襲われたタグーはまだ恐怖心が残っているのか、周囲をくまなく見ながら歩き続けるガイの傍にピッタリ寄り添って離れない。そんな姿に仕方なく思いつつも呆れるようにため息を吐いたロックは、前を歩くガイの背中を見上げた。
「ビットってのは、突然襲ってくるのか?」
問い掛けに、ガイは振り返ることなく言葉だけで答えた。
「ビットの動きは機敏ではありません。ですから、突然襲ってくるということも、不意打ちということもほぼ無いに等しいです。彼らには決まった行動範囲があるので、その範囲内に近寄らなければほぼ無害です」
「行動範囲っていうのは……この辺に基地が?」
「いいえ。彼らは100㎞以上もの道を歩いて来ます」
「ずっと!?」
「はい。彼らの行動範囲というものは、彼らの通り道だということです」
「……すごくタフな奴らなんだな」
「と言いますと?」
「だって、エネルギーを消費し過ぎて動きが止まったり、壊れるんじゃないのか?」
「動きが止まることはありません」
「なんで?」
「ここの特殊な地下構造にその答えがあります。クロスの方々にお会いになったら、その全てが理解できることでしょう」
「……そんなに頭のいい人たちなの?」
タグーが首を傾げて見上げると、ガイは無表情な顔で彼を見下ろした。
「少なくとも、我々以上の知能は持っています」
「知能、ね……」
「クロスの方々は移動型コロニーの中で生活をしているので、立ち去っていなければ出会えるはずです」
「移動型コロニーって……。そんなモノに乗ってたら、ノアの番人に攻撃されるんじゃない?」
「もちろんです。しかし、クロスの方々はあなた方人間と違って、戦う術も、技術も多く所持しています。ノアの番人と対等に戦うことができるので、一方的に攻撃されることはありません」
「ふうん……」
ノアの番人という連中の驚異は、みんなの様子を見ても、そしてあの光の柱にしても漠然とだが理解できる。しかし、異人と呼ばれる者たちはいったいどんな存在なのか……。キッドたちの味方であろうことはおおよそ察しが付くが――。
キッドからもらった自動翻訳機がちゃんと作動していれば、彼らとも話ができる。何を話したらいいかはわからないが、はぐれてしまったフライスたちを探し出す切っ掛けが見つかれば……。
――その後、ガイとの言葉のやり取りがなくなり、ただひたすら歩き続けた。ロックとタグーは、たまに草むらからひょっこりと顔を出す動物に驚き、それが見たことのない生き物、つまり初めて出逢った宇宙生物だとわかると、興味を抱きながらも、手を出すことなく、慎重にガイの後を追った。
エバーを出て、どれくらいの距離を歩いたか……。
突然、ガイの足が止まった。
後ろを歩いていたロックとタグーも足を止め、ガイの背中を見上げて首を傾げた。
「……どうした?」
ロックが訝しげに問うが、ガイは返事もせず、ゆっくりと森の中を見回している。タグーも、「ガイ?」と、彼を見上げて手を伸ばしたが、ザザザッ……! と、草が激しく動く音が聞こえて、ビクッ! と肩を震わした。
「みゅー! 助けてー!!」
突然、声と同時に草むらから少女が飛び出してきた。ロックとタグーは驚いて立ち竦んだが、瞬間的に、ガイは腰に帯刀していた剣を抜いた。
少女は汗を流し、息を切らしながら三人に駆け寄ると、悲痛な表情で背後を指差した。
「追われてるみゅー!!」
戸惑う少女を見下ろしたガイは、ロックとタグーを振り返った。
「ビットの気配がします。この少女と一緒に木陰に隠れてください。わたしが相手をします」
「隠れていろ」なんて、弱者扱いだ。ロックは文句を言いたげにガイを見上げたが、有無を言わさずタグーに引っ張られて木陰へと連れて行かれた。
三人が身を潜めたことを確かめてから剣を構えるガイの前に、ビットなる物が姿を現した。ガイを見るなり敵と見なしたのか、すでにデータとして持ち合わせていたのか、タグーの時とは違って一目散に襲い掛かってきた。だが、そうは言っても迫力もなく、動きだけならロックが操るインペンドの方が遙かに機敏に感じる程の動体に、ガイも難なく、捕まえようと伸ばしてきた腕を避けると、素早く背後に回って二つに切り裂いた。ビットは切れた胴体部分から火花を散らせ、油圧ケーブルから油を飛び散らせ、ガシャンッ! と、地面に崩れるように倒れた。手足がブルブルと震えるビットを見下ろしたガイは、剣を上げて頭部に切っ先を合わせると、勢い付けながらガツンッ! と、地面まで届く力で突き刺した。
ビットの手足が動かなくなり、機動自体が停止したことを確認すると、頭部から剣を抜き、それを腰に納めて三人を振り返った。
「もう大丈夫です」
ガイの声の前に、タグーはすでにポカンと口を半開きにしている。
ロックはすぐに木陰から出ると、無惨な姿になってしまったビットに近寄って見下ろした。タグーがよく破壊していた“不細工ロボット”より原形は留めているが、それでも惨めな姿だ。
「……こいつが?」
「そうです」
ガイは頷くと、ホッとした表情でゆっくりと木陰から出てきた少女へと顔を向けた。
「怪我はありませんか?」
「大丈夫みゅー。ありがとう。助かったみゅー」
少女は「えへへー」と、照れるような、情けない笑みを浮かべながら額の汗を拭った。その横を笑顔のタグーが駆け足で通り過ぎ、ガイの側に立つと、真っ直ぐ下ろしている手を握って、ブンブン!! ……と、左右に揺らしたかったが重すぎて動かなかった。それでもガイの堅い手を握ったままで背伸びをして見上げた。
「かっこいい! かっこよかったよ!! ガイってすごい!!」
興奮するタグーにガイは首を傾げるだけ。
ロックはビットを見下ろしていたが、無邪気なタグーをグルンッ、と振り返るなり、睨み付けてゴツンッと、一発ゲンコツを落とした。
「はしゃいでねーで、コイツのチェックを入れろ!」
タグーは頭を押さえて頬を膨らませ、一言文句を言おうとしたが、その前にギロリと一睨みされ、大人しくビットに近寄って腰を下ろした。
「……大した構造じゃないね。遠隔操作のアンテナに……これはセンサー、か。動体カメラ、と。うーん……これって大部隊用で作られた低能ロボットだよ。作業用ロボットと似てるね。無駄な部品は何一つないし、逆に言うと壊れてもいいように作られてる。……かわいそうな奴だね」
タグーは、腰の工具袋から取り出した電動工具で、動くことのないビットの、長細い穴の開いた頭部を分解しだした。
「倒し方としては、ガイがやったように二つに切り倒すのが一番手っ取り早そう。耐電圧装置があるから、電圧流してショートさせるって方法は無意味だね。二つに切り裂いて身動きをとれないようにし、遠隔操作システムのある頭部を破壊する。ガイの攻撃法は大正解」
タグーは笑顔でガイを見上げた。
「知っててそう攻撃してるの?」
「彼らの弱点はわたしの弱点に似ています」
つまり、「自分も機械なんだ」と言っているのか……。
タグーは表情を消し、寂しげに視線を落としかけたが、
「しかし、あなたがそれ程までに機械工学において理解ができる方だとは思いませんでした」
と言ったガイの言葉に目を輝かせて顔を上げた。
「ちょっとは見直してくれたっ?」
「まだです」
あっさりと答えられ、笑顔だったタグーはガックリと肩を落とす。
「つまり、俺でも倒すことができるってワケだな?」
しめた顔でニヤリと笑いながら腕を組むロックを見上げたタグーは、訝しげに、ビットが持っていた武器を工具で軽く突いた。
「ううん、あまり近寄らない方がいいと思うな。コレがなんなのか、僕も見たことが無いモノだし」
「それは遺伝子分解装置。ラディオって言うみゅ。触らない方がいいみゅ。遺伝子分解されて、触れた部分から体が溶けちゃうみゅー」
背後から覗き込む少女のセリフに、タグーは慌てて手を引っ込めた。
「それがあるからビットはバカにできないみゅ。厄介な奴だみゅー」
ため息混じりに口を尖らして拗ねる少女に、ガイは顔を向けた。
「クロスの方ですか?」
少女は「みゅ」とガイに頷いた。
ロックとタグーは「なるほど……」と、心の中で納得した。どうも聞き慣れない言葉遣いだと思った。
「みんなで近くまで来てるみゅ。最近、空からいっぱい何か落ちてきたから、何事かと思って」
タグーは目を見開き、咄嗟に立ち上がって自分の鼻先を指差した。
「僕たちも落ちてきたばかりなんだ!! 仲間たちも!! 見掛けなかった!?」
焦って早口に問うタグーの傍、ロックも期待を寄せて唾を飲んだ。
少女は「んみゅー」と、視線を上に向けて考え込み、にっこりと笑った。
「まだ誰とも出会ってないみゅー。けど、他の仲間が出会ってるかも知れないみゅー」
「やった!! フライたち、見つかってるかな!?」
嬉しそうに振り返るタグーにロックは頷き、少女を見て、急かすように身を乗り出した。
「その情報はどうしたらわかるっ?」
「みんなの所に戻ったら、何か情報が入ってるかも知れないみゅ」
「よろしければご案内していただけませんか?」
ガイが願い出ると、少女は「みゃはは……」と、分が悪そうに笑った。
「みゅー……ごめん。ビットからがんばって逃げて来ちゃったから……みんなの居場所がわからないみゅー」
タグーは「はっ?」と顔をしかめた。
――ってコトは……
「迷子なのっ?」
「みゅー。そういうことかも。みゅ」
素直にコクリと頷いたが、タグーの、じっとりとした、どこか不愉快そうな、呆れるような視線に、少女は慌てて笑顔で首を振った。
「大丈夫みゅー! あなたたち、エバーの住人みゅ!? きっと誰かが迎えに来てくれるみゅー!」
「……ホントに?」
タグーが、じと……と疑い深く目を細めると、少女は真顔で「みゅーん」と腕を組み、「……たぶんっ」と言い切った。
その言葉にタグーは目を据わらせ、ロックは大きくため息を吐いた。
「仕方がないな、諦めるしか。それより……」
辺りを見回して、ガイを振り返り見上げた。
「ビットって、こうも頻繁に出くわすモンなのか? キッドと歩いてた時はこんなんじゃなかったのに」
「確かに多いですね。あなた方同様、落ちてきた物を探しているのかも知れません」
ロックは深く息を吐いて、タグーを振り返った。
「とりあえず、このビット、持って帰ってバラして見ろよ。クロスはさ、確かにこの子を迎えに来るかも知れないし。こうもビットが多いんじゃ、迂闊に行動できそうにないからな」
「わたしも賛成です」
と、ガイにも同意され、タグーは小さく息を吐くと「わかった」と頷いた。
少女は三人を交互に見ていたが、ニッコリと笑いかけた。
「みゅっ、私、フローレルっ。フローレル・ランゲルって言うみゅっ。よろしくみゅーっ。みゅー……とっ……」
「俺がロック、こいつがタグー、そしてガイだ」
「ロックにタグーにガイっ。よろしくみゅーっ!」
フローレルと名乗る少女は、とびきりの笑顔でピョコンと手を上げ、三人に挨拶をした。
――その後、異人少女のフローレルを連れてエバーの村へと引き返すと、家に入るなり、出迎えたキッドはガイが抱える無惨なビットを目の当たりにして驚いた。
「襲われたの!? ……怪我はっ?」
困惑しながらみんなの無事を確認するキッドに、ロックはすぐに近寄り笑みをこぼした。
「大丈夫。ガイが戦ってくれたから。怪我も何もないから」
タグーも笑顔で頷くと、キッドはホッと胸を撫で下ろした。
出会ってまだ一日――。なのに、親身になって心配してくれるキッドに、ロックもタグーも感謝で一杯の気持ちになった。
キッドは一息吐いたが、彼らの背後からひょっこりと顔を覗かせて窺っている少女に首を傾げた。
「フローレル・ランゲルという名のクロスの方です。このビットに追われていた所を助けました。仲間の方々の所へ戻る道を忘れてしまったそうなので連れてきたのですが、よろしかったですか?」
ガイに紹介されながら、フローレルは「追い出されたらどうしよう」と少し不安げな表情で、一人、モジモジと見上げた。そんな怯えた表情の彼女を無下にすることなく、キッドは優しく苦笑した。
「いらっしゃい、フローレル。私はキッドよ。仲間の人たちと会えるまでゆっくりするといいわ。部屋も用意してあげるから」
キッドの言葉にフローレルは嬉しそうな笑顔で大きく頭を下げた。
「みんなが来てくれるまでお世話になるみゅーっ!」
元気な第一声に、キッドはクスっと笑った。
「一気に大世帯になったわね、ここも」
独り言のように言いながらガイを見上げて、ビットを指差した。
「見つからないようにね。みんなが混乱するから」
「わかりました」
ガイが頷くと、タグーは彼を見上げて、「じゃあ、あっちの部屋で解体してみよう」と声を掛けるが、「お兄ちゃん!!」と、家の奥からリタが笑顔で駆け寄ってきて、タグーは「?」と顔を向けた。キッドは、首を傾げるフローレルに「私の娘のリタよ」と小さく紹介する。
リタはタグーの前で止まると、「はいっ」と何かを差し出した。タグーは「ン?」と首を傾げつつ、瞬きをして受け取った。――ペンダントだ。
「作ったの!」
得意げに胸を張るリタから、タグーは革紐の先に付いているペンダントトップの石へと目を向けた。形はガタガタで不細工だが、それがまた不思議な輝きを醸し出して、コレも一つのデザインとしては有りか、と思える。
「……あれ? コレって……」
「お兄ちゃんに取ってもらった石!」
タグーが顔をしかめていると、リタは「うんしょっ」と自分の首元の服の中から革紐を引っ張り出した。
「リタも同じの持ってる!」
彼女が見せたペンダントには確かに同じ石が着いている。ただし、リタのペンダントの石は綺麗に丸く整えられてはいるが。
「……え? コレ、僕にくれるの?」
「あげる! でねっ」
リタはロックとガイにも同じ物を手渡した。
「みんなでお揃い! ママも持ってるモン!」
ロックは手渡されたペンダントから、苦笑いを浮かべているキッドへと目を向けた。
「お父さんに、お守りだって作ってもらったペンダントなの。後でお父さんに成形してもらった方がいいかしら」
「……ううん」
タグーは口を挟むと、ペンダントをゆっくりと首に掛けた。
「このままでいいや」
ロックも「ああ、そうだな」と笑顔で首に掛ける。
リタは嬉しそうにロックとタグーを見上げたが、フローレルに気が付くと、「?」とキッドを見上げた。
「しばらくの間、一緒に暮らすことになったフローレルよ。仲良くしましょうね?」
キッドの紹介に、フローレルは笑顔で小さく手を振って挨拶をする。リタは少し考え、フローレルに近寄ると、それぞれに手渡したペンダントと同じものを彼女に渡した。
「眠ってるお姉ちゃんの分だったけど、フローレルお姉ちゃんにあげる。眠ってるお姉ちゃんにはまた作るから」
フローレルは少し戸惑ったが、キッドに「遠慮なく受け取って」と微笑み頷かれ、嬉しそうにそれを首に掛けた。
「ありがとうみゅ。大事にするみゅー」
「うんっ」
リタは大きく頷いたが、視線の片隅、ペンダントを手のひらに置いたままじっとしているガイを見て不安げに近寄った。
「ガイ? 首に入らない?」
ガイはリタを見下ろすと、少し間を置いて言葉を発した。
「わたしにはこの物体の必要性がわかりません」
リタはキョトンとしていたが、段々と顔を歪めだした。今にも泣き出しそうな様子に気付いたタグーは、慌てて彼女の視線に合わせて腰を下ろし、顔を覗き込んだ。
「違うよリタっ。ガイはいらないって言ってるんじゃないんだっ。ただっ……お守りの意味がわかってないだけだから。後でちゃんと教えてあげるからさ」
「ね?」と、苦笑気味に相槌を問うと、リタは不満げに口をとがらせた。
「ガイ、お兄ちゃんにあげたんだから、ちゃんと教えてあげてね」
タグーは「うん」と笑顔で頷くが、「ハッ……」と表情を強張らせた。――どこからか、えぐるような鋭い視線が……。
ロックは顔をしかめ、方眉を上げた。
「ガイをもらった、だぁ?」
「ち、違うよ! ご、誤解だよ!!」
タグーは立ち上がるなりロックに向かってブンブンッと首を振る。
「ガイ、いらないの?」
リタが首を傾げて問うと、
「そうじゃないってば!」
と、タグーは眉をつり上げてリタを見下ろした。だが、もうどんな言い訳も通用しないだろう。ロックの鋭い視線が肌に刺さって、その場にいることが段々と怖くなり、タグーは慌ててガイの背中に回って身体を押した。
「そ、そうそう! ビットを解体しよう! うん、そうしよう!!」
必死にガイの背中を押したが、そう簡単にガイが動くはずはない。しかし、彼も空気を察したのか、自ら歩き出し、タグーと一緒に奥の部屋へと向かった。
ロックは「ったく……」と呆れて肩を落とし、腕を組んでリタを見下ろした。
「あいつにガイをあげたって、どういうこった?」
「リタの言うことを聞いてくれたらガイをあげるって約束したの」
「悪い子ね」
素直に白状してしまったリタは、腰に手を当てて見下ろすキッドに「ヤバイ!」と顔色を変えた。
「そういう悪いことをする子は、いいことをたくさんやってもらわないと」
「だってー!!」
「みんなのお家を一軒一軒回って、何かお手伝いをしてきなさい。いいわね? 後でちゃんと、いい子にしてたか話を聞くわよ」
キッドの厳しい体裁にリタは泣き出しそうな顔をしたが、耐えるように口を一文字に締め、それをグっと押さえると、ダッと家を飛び出した。
ロックはリタの背中を見送り、ため息混じりにキッドに目を向けた。
「……すんません。タグーの奴、ガイに興味があるモンで……」
「いいのよ。リタがタグーに吹っ掛けたんだと思うわ。それでタグーを連れて森の中に入ったんでしょ。困った子ね、本当に」
キッドは苦笑しながら肩をすくめると、ロックとフローレルを交互に見た。
「食事まで時間があるけど、あなたたち、どうする?」
目を見合わせただけで動かない二人に、キッドはニッコリと笑った。
「フローレル」
「みゅ?」
「彼、ノアコアから発せられてる光の柱に飲み込まれて、昨日、ここに来たの。まだ何も知らなくて……。よかったら、いろいろ教えてあげて欲しいんだけど。いいかしら?」
フローレルは笑顔で飛び跳ねた。
「お安いご用みゅ! フローレル、引き受けるみゅっ!」
キッドは笑って頷くと、不安げな表情でフローレルを見るロックの腕を撫でて促した。
「彼女から詳しいことを聞いてみるといいわ。いろいろと知っていると思うから」
「すんません」
ロックが少し頭を下げると、キッドは「それじゃ」と微笑み、家の奥に消えた。
キッドの背中を見送ったフローレルは、ロックを笑顔で見上げた。
「じゃあ外に出るみゅーっ」
楽しそうな表情に少々気が抜けるが、ロックは歩き出したフローレルの後を苦笑しつつ追った。
――その頃、アリスが眠っている部屋では……
タグーはアリスの寝顔を覗き込み、変化がないことを確認した。彼女の枕元には、枯れ掛けている花が一輪ある。
「……また取ってこなくちゃ」
そう笑顔で呟くと、ガイが下ろしたビットに近寄り、その傍に腰を下ろして工具袋の中から様々な工具を取り出し置いていく。ガイは何をするわけでもなく、そんなタグーを見下ろすだけ。その気配に、タグーは顔を上げて苦笑した。
「まぁ、座りなよ」
ガイは言われたとおり、そこに胡座をかいた。
無口なガイを見て、タグーは少し頭を掻きながら笑い掛けた。
「さっきはごめんね。キミをあげたとか……そんな話になって」
「どういうことでしょう?」
ガイが首を傾げると、タグーは「……うん」と視線を逸らして小さく切り出した。
「……キミをリタから解放しようと思って、約束したんだ。リタの言うことを聞いたら、キミを僕にくれるって。……あっ、だからって僕のモノになれとかそういうんじゃないよ!? 誤解しないでね!」
慌てて首を振るが、ガイは鉄の表情を変えることも、言葉を発することもない。タグーはそんな彼を見て少し俯いた。
「……キッドが言ってたよ、キミには自由意志がないんだって。けど、僕にはそうは思えないんだ。……キミはいつも誰かの言うことを聞いてる。なんだか……おかしいよ」
「なにがです? わたしにインプットされている情報によると」
「それだよっ、それ!」
タグーは顔を上げてガイの言葉を遮った。
「インプットされてる情報ってのがダメなんだって!」
「と、言いますと?」
「つまりっ……その……、僕は、キミに自由に生きて欲しいんだ」
視線を逸らし気味に、躊躇いつつも小さく告げるタグーを見ていたガイは、しばらく間を置いて答えた。
「わたしはあなたとは違うのですよ」
「……。うん。……そうだね。……ごめん。余計なコトして……」
タグーはすまなそうに、「へへっ」と何かを消し去るように笑うと、ドライバーを手にとってビットを解体し出す、が、思い出してガイに目を戻した。
「そうだ、リタがくれたペンダントね」
「これですか?」と、ガイがまだ手に握っているペンダントを見せ、タグーは頷いた。
「リタの想いがこもってるんだよ。ガイが無事でありますようにって」
「わたしは無事です」
「そうじゃなくって」
タグーは苦笑しながら言葉を続けた。
「お守りってね、なにかこう……目には見えない効力みたいなのがあるんだ。それを身につけている人には不幸がないとか、怪我をしないとか。贈ってくれた人の優しい思いが込められてて、それが力になって護ってくれるっていうモノなんだよ」
「わかりません」
ガイは即答し、目を据わらせるタグーを見た。
「人の気持ちというものがどんなものなのかわかりません。それがこもっているからわたしの身が安全だという保証はありませんし、現実的に、目に見えないものでわたしやあなたを護れるものではないでしょう」
タグーは益々目を据わらせた。
「あのね、気持ちっていうのはどんな物よりもすごいよ。そりゃ目には見えないけど、でも形にはなる」
「どのようにです?」
「そのペンダントだよ」
「?」
「リタの気持ちがペンダントになってるじゃないか。リタに何も気持ちがないなら、そのペンダントだって、ない」
タグーは真顔でガイの手に握られているペンダントを指した。
「いいかい? 確かにキミは僕たちとは違うよ。見た目だって中身だって違う。僕らが感じるものをキミが感じないってこともある。けど、キミはそれを理解しようとすることはできるはずだ。善悪の判断はできるだろ? 僕たちを助けたのはキミの意思じゃないか。違うかい?」
「人間とは弱いもの。それを助けるようにインプットされています」
「僕たちだって同じさ。弱いものは助けなくちゃいけない、それは小さい頃から言われてきた。何が違う? キミと僕、違いはなんだ? 僕からしてみれば、キミはただの経験不足なんだよ」
「理解不能です」
「……よし!!」
タグーは大きく頷いてガイをまっすぐ見上げた。
「僕たち、友だちになろう!!」
「なんですか、それは?」
「なにって……。一緒にいて、遊んで、ケンカして、ふざけたり、協力したり」
「今と何が違うのです?」
タグーは腕を組んで「うーん……」と頭を悩ませ考え、「……うん」と自分の中で納得するように頷いた。
「意見を出し合うこと。なんでも話すこと。まずはそこからだね」
「意見ですか。思考を働かせる、ということですか?」
「機械的な言葉だなー。まぁ、そういうことだけどさ」
タグーは苦笑して頷いた。
「けど、キミに必要なのはまずはそれだね。言いたいことがあったらなんでも言ってよ。そこから始めよう」
「わかりました。では、状況を判断し、思考回路システムを働かせた上で発言致します」
「……。もうちょっと……柔らかく言えないモンなのかなぁー……」
タグーは「ははは……」と、微妙な笑みを浮かべた。
――その頃……
「みゅー……っと」
木の根元に腰を下ろしたフローレルの後に付いて、ロックもその横に足を伸ばして腰を下ろした。
――段々と日が暮れて、二人を赤く染めていく。
「何が知りたいみゅ?」
「すべて」
真顔で答えるロックにフローレルはキョトンとしていたが、すぐに笑って、「みゅー……」と、砂地の地面を指でなぞって円を描いた。
「これが、フローレルたちが今いる所、ノアみゅ。そして……ここがエバーのある所……ここがノアコアみゅ」
と、全体的なイメージとして地図を書いていく。だが、その時点でロックは目を見開いていた。エバーとは比べ物にならない程の、ノアコアの巨大さに――。
「ここのこと、大体は知ってるみゅ?」
様子を察することなく訊いてくるフローレルに、戸惑いながらもロックは首を横に振った。
「……ノアの番人って機械武装した奴らが、ノアコアってトコに住んでるって。……お前らは賢いってコトも聞いた。コロニーで移動してるって……」
大まかなことでしか話せず、後は目を泳がすロックに、フローレルは「先が思いやられる」と言いたげに大きくため息を吐いた。
「みゅー、まあ……今から話すこと、本当のことだから大人しく聞くみゅー」
ロックは少し顔をしかめたが、フローレルはそのまま言葉を続けた。
「まず……みゅー……。あなた、地球って所から来たみゅ?」
「あ、ああ。……知ってるのか?」
「行ったことはないけど、話は聞いたことがあるみゅ」
「……ここ……地球じゃない……よな?」
躊躇しながら聞くと、フローレルは顔をしかめた。
「あなた、おもしろいことを言うみゅ」
何となく馬鹿にされているような気がしてロックは目を据わらせた。だが、フローレルは気に留めることなく続ける。
「そう思うのは無理ないみゅ。出会った人間たち、みんな勘違いしてたから、あなたも同じみゅ。でも、残念みゅー。ここは地球じゃないみゅー」
「……だよな」
「でも、間違いないみゅよ」
「……、へ?」
俯き掛けた顔を上げて、ロックはキョトンとした。
フローレルは、沈んでいく陽を目を細めて見つめた。
「あれ、なんて言うみゅ?」
「……、太陽」
「みゅ。それは、地球の呼び名みゅ?」
「……、ああ、そっか。ここじゃあ……違うんだな」
「ううん、ここでも太陽って呼ぶみゅ」
「……は?」
「あなたの住んでいた地球って言う所は、ここと似てないみゅ?」
「……。ああ、似てる」
「ノアの番人って名乗ってる人間が、そうやって作ったからみゅー」
「……。え?」
「みゅー。ここは巨大な宇宙船みゅ。あの太陽は恒星に似立てた発光体。ノアコアで制御されてるみゅー」
「……」
「あなた、ひょっとして逃げられたと思ってたみゅ? けど、そうじゃないみゅ。ここは、ノアって言う宇宙船。あなたが今いるここは、敵陣の、ど真ん中みゅ」
冷静に言うフローレルの言葉を聞いていたロックの頭が混乱してきた。
――……ま、待てよ。ワケがわかんないぞ。
「け、けど、ここに落ちてくる時、大気圏だって……」
「大気って、作れるんだみゅ」
フローレルは、地面に書いた地図上にいくつもの四角い図形を書いた。
「大気製造機。フローレルたちが吸っている空気はノアの番人が作ったものみゅ。この土も、この木も、全てノアの番人が作ったみゅ」
そう言いながら、地面をなで、木を触る。
「彼らの住んでいた地球って言う所をそのまま模写したみゅー」
「ち、ちょっと待ってくれ。全然ワケが……」
フローレルはすっかり混乱してしまっているロックに、少し息を吐いた。
「いいみゅ? きっと、エバーの人間、誰も本当のこと話さない。ノアの番人が同じ人間だって信じたくないから。でも、事実みゅ。ノアの番人は、地球からやってきた人間たち。賢い人間たちみゅ」
「……」
「彼らの考えなんて、フローレルたちにはわかんないみゅ。でも、彼らはこのノアっていう惑星模写した宇宙船を創り上げ、人を集めているみゅ。ただ集めているだけじゃないみゅ。企んでいることがあるみゅ。あなたたち人間だけの問題じゃなくなる可能性があるんだみゅー」
「……」
「フローレルたちクロスは、ここで生まれた。ノアの番人たちにはかわいがられてたみゅ。でも、彼らが何を企んでいるのかがわかってきたから、フローレルたち、彼らと戦ってるみゅ。全てを理解しているわけじゃないけれど……彼らは絶対に大きな戦いを引き起こすみゅ。フローレルたち、それを邪魔してるみゅ」
「……何を企んでいる?」
「支配」
一言告げたフローレルを見て、ロックは息を飲んだ。
「あなたたちもきっと狙われたんだみゅ? ガンマレイに時空性物質を兼ね備えて、それを狙ったものに向けて放出、ここへと運んでるみゅ。一種のタイムゲートみゅ。それを作り出せる程の知識を持ってる、そんな人たちが支配しようとしているのは……わかるみゅ?」
「……」
「簡単なコトじゃないみゅ。だから人をさらっているみゅ。できるだけ優秀な人間。さらわれた人間は彼らに洗脳されて、手足になるみゅ」
「……俺の所属していた艦隊は丸ごとさらわれたぞ?」
「みゅー。それだけ優秀な艦隊だと判断したんだみゅー。手足にするには最適だって」
「……」
「ノアの番人だけの仕業ではないはずみゅ。……フローレルたち、クロスは、人間と誰かの混血みゅ。……その誰かがとてつもない存在で、ノアの番人と手を組んで宇宙支配のために事を進めているとしたら……?」
ロックは言葉を無くしている。
「あくまでもフローレルたち、クロスの憶測でしかないみゅ。でも……彼らの力は増幅していってるみゅ。……どうしても止めなくちゃいけないみゅ。わかるみゅ?」
「……」
「あなたたちは同じ人間みゅ。信じ難いかも知れないみゅ。でも、同じ人間同士なのに、彼らはあなたたちをノアコアにさらって洗脳して手足にする。……洗脳された人間と幾度となく戦ったみゅ。罪のない人間たちばかりみゅ。……けれど、洗脳されてしまえばビットと変わらない。……このエバーであなたたちが平和に暮らしていくのならそれはそれでいいみゅ。けれど、もし、ノアの番人に立ち向かうつもりなら、あなたは洗脳されてしまった人間と戦わなくちゃいけなくなるみゅ」
ロックは淡々と語るフローレルを見ていたが、少しずつ視線を地面に落とした。
……ノアの番人に捕まると洗脳され、そして戦うことになる? ……もしフライたちが捕まっていたら……俺たちはフライたちと戦わなくちゃいけないってコトなのか?
ロックは目を泳がし、躊躇いながらもフローレルを見た。
「……洗脳された人間を……救う方法は?」
「今の所、助ける術はわからないみゅ」
「……」
「あなたたちは、ずっとエバーに留まるつもりみゅ?」
フローレルの問い掛けに、ロックは首を振った。
「……俺たちは仲間を捜している。きっと、ここに落ちてきているはずなんだ。見つけなくちゃいけない……」
「みゅ……」
フローレルは少し息を吐くと小さく頷いた。
「協力できることがあれば、協力するみゅ。がんばろうみゅっ」
「えーと……ここの回路がこうだから……」
タグーはビットの頭部を完全にバラし終え、次に内部構造にチェックを入れだした。そんな彼の傍では、ガイがじっと様子を見つめている。
「にしても、ホント、簡単な仕組みだな。まるでおもちゃだよ……。ヒドイよね、ほんとに」
「なにがです?」
ため息混じりにボヤくタグーに訊くと、彼はガイを見上げて口を尖らした。
「だって、こんなに簡単に作るモンじゃないだろ? こいつらだってさ、こんなコトのために作ってもらいたくなかったはずだもん。バカにしてるよ、ホント」
ブツブツと文句をこぼすタグーに、ガイは首を傾げた。
「あなたは」
「タグーだよ、タグー。そう呼んでよ」
「……。タグーはなぜそんなにこだわるんです? わたしに対してもそう。そしてビットに対しても。機械は機械です。あなたがどんなに言葉を投げ掛けても、理解できないことだってあるのですよ」
タグーは、無表情のガイから、ビットの分解された頭へと、そっと目を移した。
「……そうだね。……そうかもしれない……」
聞き取りにくいほどの小声で呟き、目を細めたあと、「……へへっ」と笑った。
「僕の両親って、二人とも機械工学の博士号を持ってるんだ。だから、僕も小さい頃から機械に触れる時間が多かったんだよね」
タグーは楽しい過去を思い出すかのように、笑みを浮かべつつ言葉を続けた。
「いつも何かしら作ってたよ。僕は子どもだったけど、すごいって思えるものがたくさんあって。……楽しくて。その影響だね、僕もいつか立派なロボットを作るんだって……そう、思って……」
笑顔が段々と曇り出し、タグーは視線を落とした。
「……ロボットは危険なんかじゃない。……戦うための物だけじゃない。……人間に利用されるだけの物じゃない。なのに、人は奴隷のような目で見る。……危険だって判断する。……違うんだ。そうじゃない。……危険なのは、危険だって認識する人間の方なんだ。……モンスターは、モンスターから生まれるんだ」
真顔で、しかしどこか悲しげに言う。
タグーは少し目元を右手の甲で拭い、鼻をすすった。そして、何かを誤魔化すように「……えへへ」と少し笑ってみせた。
「変なこと言ってゴメンね。忘れて」
タグーはそれ以上何も語ることなく、再びビットの内部へと目を向けて、手を動かし出した。
ガイはただじっと見ていたが、微動だにすることなく、小さく問い掛けた。
「わたしのような機械を作って、あなたはどうしたいんです?」
タグーは顔を上げ、赤い目でガイを見ると、少し寂しげに笑い掛けた。
「……どうもしやしないよ。ただ……普通に接したいだけさ」
――日も暮れて、空には星が浮かんできた。ダークブルーの空、薄雲が掛かり、風に流されている。
木の根元、そこから動くことなく、ロックは空を見上げた。
フローレルはキッドに呼ばれて食事の準備の手伝いにいった。彼女が家の中に入る前に、話のことはタグーにはまだ言わないでくれ、と告げて――。
彼の頭上には無数の星が広がっている。そこから何かを探すように、ロックはゆっくりと目を動かし、肩の力を抜いた。
……なんとかして早くフライたちを見つけよう。……それしかない……――。




