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BAY  作者: 一真 シン
4/19

04 ノア

《WARNING、WARNING! 乗員至急機体バランスを安定させてください!!》

 不愉快な程の機械音声がコックピット内に反響する。だが、今はそれを意識している場合じゃない。真っ白になっているモニターに目を凝らしても何も映ることはなく、データモニターには、いったい何を伝えようとしているのか、認識できない程の情報が常に流れては消えていく。ガタガタと、休まることなく振動し続けする機体を制御しようと、ロックは何度も操縦桿を引くが、どんなに力を入れても微動だにしなかった。パワーロックのサインは消えている。つまり、自分の力以上の圧力が操縦桿を支配しているということだ。

 しかし、それでもなんとかしなくてはいけなかった。この振動、そして、身体に伝わる、押さえつけるような圧迫感。

 ――間違いなく、インペンドは“落下”している。

「くっそぉ!! いうことをきかねぇ!!」

 フルフェイス型メットの中のこもった、ロックの戸惑う声が警告音に劣ることなく機内に渡った。

 タグーは真っ白なモニターには目もくれず、焦りの色を浮かべながらコンピューターの各スイッチを叩いている。インペンドが落下しているということは彼にもわかっていることだ。しかし、どのスイッチを押しても、どのレバーを引いてもコンピューターは反応しない。この状況を打開するにはエンジニアの力が不可欠、いや、エンジニアにしかそれはできないのだ。その使命を背負っている。

 タグーは、前方から襲うように掛かるG・重力加速度によって息苦しさを感じながら、それでも踏ん張って腕を伸ばし、システムをチェックし続けた。そしてようやく、無反応だったコンピューターの中で唯一の反応をデジタルモニター内で捉えた。インペンドのコアシステムだ。

 タグーは、その内容を見て頭の中で冷静に受け止め、同時に愕然と顔色を変えた。

「システム異常!! 外部信号キャッチ!! 乗っ取られてる!! 制御しようがない!!」

「何言ってんだ!! ここにいるのは俺たちだぞ!!」

 ロックが怒鳴るように反発するが、彼らの背後、アリスは怯えを露わに小刻みに震え、冷や汗を流した。

「……違う」

 マイクから伝わる彼女のか細い声に、ロックもタグーも振り返ろうとしてそれが叶わず、耳だけを集中して傾けた。

「……何かがいる。何かが……ここに住み着いたみたい……。……感じる。……狙ってる。……あたしたちのことを見てる……」

 ロックは唖然と目を見開き、辿るように視線を動かして真っ白なモニターを見つめた。

《WARNING、WARNING! 乗員至急機体バランスを安定させてください!!》

 ただ同じ言葉を繰り返す機械音――。警告ランプが至る所で赤く点滅し、警告音も同時に響いている。

 チカチカと光る点滅が目障りで、警告音が耳にうるさくて、Gが胸を圧迫して苦しくて、頭の中が真っ白で――。

 ロックは操縦桿から手を離さずに、白いモニターを見つめたまま深く息を吸った。

「……俺たち……優秀だろ?」

 マイクを通してでも囁くような小声だが、その言葉はかき消されることなくアリスとタグーの耳に届いていた。

「俺たち、こんなトコで……くたばっていいのか……?」

 額に浮かぶ大粒の汗をそのままに、焦りの色は消えないが、しかし、口元にうっすらと笑みを浮かべて自分に言い聞かせ奮い立たせるよう。そんなロックの言葉に感化されたのか、タグーは意を決し、腰に掛けてある工具袋から使い古したドライバーを出してグリップをグッと握り締めた。

「アリス!! パワーをマックスまで上げて!!」

 言い終わるとGに逆らうように身を乗り出し、取り出したドライバーでコンピューター部のパネルを外して中の配線を手早く換えていく。

「こいつは僕が整備したんだ! ……乗っ取られてたまるか!!」

 今までの彼からは想像もつかない程の力強い言葉。その様子にロックも共感したのか、真っ直ぐ前を見据えて再び操縦桿を強く握り締めた。

 アリスはタグーの行動を信じ、目を閉じると全身に力を込めた。タグーとロックの目の前のコンピューター部のパネル、パワーゲージが急ピッチで上昇していく。

「パワーゲージ上昇!! 警告がついたぞ!!」

 ロックが怒鳴るように告げると、「それでいい!!」と、タグーはコンピューターの内部配線をバラしながら応えた。大粒の汗が額を伝い落ちていくが、今はそれを拭っている場合じゃない。汗をそのままに作業を止めることなく次の言葉を吐いた。

「インペンドを壊す!!」

「なんだって!?」

 とんでもないセリフに、ロックは大きく目を見開いて彼を振り返った。

 タグーはコンピューター部のパネルを開けたままで、そこから二本のコードを手にし、唖然としているロックを見た。

「正確に言うと、侵食を受けたのはサイコントロールシステムなんだ! 一度インペンドの動力源とサイコントロールシステムを遮断する!! インペンドの心臓部のサイコントロールを切るということは、その間、インペンドは丸裸になる! ……けれどそれしか方法がないんだ!! アリスのパワー循環回路と誤作動の起こるコードの組み合わせでサイコントロールシステムをショートさせて内部データを壊す!! 外部からの進入データを殺してしまうにはそれしかない!! サイコントロールができなくなったら、その後は手動操縦のみ!! ダメージの回避とインペンド航行操作、全てがロックの手に委ねられる!! ……キミの操縦で僕たちは助かる!!」

 タグーの言葉の意味は充分理解できた。充分過ぎる程理解できるから、ロックは自分に課せられた使命の大きさに押し潰されないよう、何度となく深呼吸をして、爆発しそうなくらいに鼓動している心臓を押さえようと右手で左胸の服をギュッと掴んだ。

 タグーは顔を上げ、そしてアリスの力で増大するパワーゲージを見ながらチャンスの時を窺った。パワーゲージをオーバーし過ぎたら、以前の試験同様、爆発してしまう可能性がある。内部データを破壊できるくらいのパワーをインペンド全体に流し込むことで、きっと成功する。

 タグーはパワーゲージを穴が開く程睨み付けていた。そして……

「……行くよ!!」

 その時を見計らって、誤作動の起こるコードを触れさせた。バチン!! と、コードの先端の無数の針金から火花が散る。次の瞬間コックピット内が暗闇に襲われ、今までうるさく響いていた警告音も消えてなくなった。

 タグーはすぐに別配線を触り、元の配線に組み替えていく。ボンヤリと灯る非常灯だけでは充分な視界は得られない。ほぼ暗闇の中での作業。けれど一つでも配線を間違えるわけには行かない。今までずっとこのインペンドを自分で手掛けてきた、そんな彼だからできる業でもある。

「マニュアルスタート!!」

 タグーの言葉が終わると同時にコクピット内に明かりが灯った。警告音等は完全に止んでいるが身体に掛かるGだけはそのまま。

 ……タグーの計画は成功したのか? そう不安を感じたロックはコントロールパネル部をキョロキョロ見回し眉間にしわを寄せた。

「パネルに何も映ってないぞ!!」

 各ゲージもランプもモニターも、機動停止状態で反応していない。

 ロックは焦ってタグーを振り返るが、タグーはコードを両手で掴んだまま、離すことなく真剣な表情でロックに頷いた。

「そこまでは回復できない!! 手動で抵抗できる範囲はパイロットの操縦桿のみ!! ……やって!! この光の中から逃げるんだよ!!」

 急かすように勧められ、ロックは舌を打って操縦桿を引いた。しかし、やはり圧力が掛かって操縦桿はピクリとも動かない。

 ――この光の柱の中はまるで掃除機だ。そう、今ハッキリとわかった。落ちているんじゃない。吸い寄せられているのだ。

 ロックは歯を食い縛って「うあぁ!!」と大声を上げながら目一杯の力で操縦桿を引いた。

 ……インペンドに微妙な動きが生じる。微かだがGが和らいだ。

「ロック、がんばれ!!」

「くっ……そおぉぉ!!」

 ロックは腹の底から力を入れて、グッと操縦桿を力一杯引いた。

 グンッ! と、いきなり操縦桿が軽くなり、勢い余ったロックがシートにのめり込んだ。

 Gがなくなったコックピット内、タグーは激しく息を切らしながら、しばらくじっと何かを探り、深く息を吐いた。

「……脱出……成功……」

 安心したような、脱力気味の声にロックもようやく全身の力を抜くが、緊張のせいか、操縦桿を握り締めたまま硬直して動けない。メットの中の額には大粒の汗が滝のように流れ、何度も大きく息をするたびにカウルが曇る。

 タグーは握り締めていたコードが離れないよう、そっと片隅に置いて工具袋から圧着テープを取り出して巻き、額の汗を軽く手の甲で拭うと、使うことのできるコンピューターの範囲でインペンドの状況を窺った。

「……ファーストエンジン破損。電圧……5%、エネルギーコア……制御不能……。メイン、回路……」

 段々と言葉尻が小さくなって途中で声が切れ、タグーは、戸惑うわけでも、焦るわけでもなく目を泳がし、悲しげに俯いた。

「つまり……どういうことだ?」

 息を切らしながらロックが尋ねた。インペンドのことはエンジニアにしかわからない。簡潔な答えが欲しかった。もちろんタグーにもそれはわかっている。だが、“答え”を口にしたら“負け”になるんじゃないか? という強い思いと、情けない程惨めで、弱い思いが交差して、考えを鈍らせていた。「まだ何かができるんじゃないだろうか?」「まだ何か忘れてないか?」と、考える時間がもっと欲しかった。

 しかし、その時間は残されていない――。

 タグーは顔を下に向けて、考えて、そして口を開いた。

「……光の柱から逃げられたけど……僕たちは……、……宇宙のゴミだ……」

 その言葉に、ロックは意外と冷静だった。今まであんなに激しく胸を叩いていた心音も穏やかになってきた。予想していたこと、だからか、「……そっか」と小さく返事をしただけで終わらせた。

「あと……最悪なことがあるんだけど……」

 遠慮がちなタグーに、ロックはゆっくりと顔を向けた。

「……この際だ。……言えよ」

 タグーは静かな口調のロックを、同じくゆっくりと振り返った。

「……知らない惑星に落ちそうだよ」

 ロックは顔を前に戻して、頭の力を抜き、押しつけるようにシートにもたれて深く息を吐いた。

「そりゃ……困ったな……」

「……うん……」

 彼らの外部モニターには何も映らない。けれど身体に少しずつ感じる。インペンドは確実に動いている。――いや、今度は確実に落ちている。

「……大気圏は? ……あるのか? ……、突破、できそうか……?」

 ロックの問い掛けにタグーは押し黙った。顔を下に向けたまま、真剣さの中にも悔しげな色を交え、太ももの上、拳をギュッと握っている。それで悟ったのか、ロックは大きくため息を吐くと、メットを脱いでそれを放り投げた。ガランッ……と床に転がり、留まることなく左右に動く。

 肺の中の空気を一掃するように、深く息を吐いたロックの首筋には、耳からの血が汗に混じって流れている。

「……ごめん」

 タグーが小さく言った。

 悔しさと、自分ではどうすることもできない、限界に辿り着いてしまったのだということがひしひしと伝わってくる。

「……ごめん……、……ごめん……っ」

 今にもこぼれ落ちそうな涙を目に一杯蓄え、タグーは息を詰まらせた。

 インペンドが少しずつ、ガタガタと振動を始め、ロックはシートから身体を起こすと背筋を伸ばし、グッと操縦桿を握った。

「……諦めるなよ」

 ロックは汗の流れる顔で、自分に目を向けたタグーに笑い掛けた。

「試験に受かるまで、死ねないだろ?」

「……ロック……」

「残りの電圧を大気圏に備えて総てクーリングに回せ。後は落下するスピードをなんとか……少しでも押さえればいい」

 タグーは零れそうになった涙を腕で拭うと、コンピューターのタッチパネル内で、残りの電圧総てを冷却システムに回すよう手を動かした。それは至って簡単な作業で、すぐに終わり、タグーは深呼吸を一つするとシートに身体を沈めた。遠いどこかを見つめるように、視線を真っ直ぐに向けて――。

「……また会おうね」

 振動が激しくなる中、タグーの言葉が小さく聞こえる。

「……生きて、……会おう……」

「ああ……」

 ロックは頷くことはしなかったが、ただそう答えると操縦桿を握り締め、気を集中させた。

「……アリス、キミもね……」

 窺うように大人しくしていたアリスは、パワーカプセル内で姿の見えない二人のシートを見つめ、目を閉じ、「……ふぅ」と深く息を吐いた。

「あんたたち、あたしを誰だと思ってるの?」

 その言葉に、ロックもタグーも表情を固めた。

 アリスは数回深呼吸をすると顔を上げて笑みをこぼした。小さな汗の粒が浮き出てはいるが、その顔には今までの恐怖はない。むしろ、自信に溢れている。

「忘れてない? あたしは最高のライフリンクになる人間よ? ……ったく。こんなコトであんたたちを死なせないったら、もう」

 呆れるような、どこか余裕のある口調にロックとタグーは目を見合わせた。

 アリスは大きく息を吸い込み、ゆっくり目を閉じた。

「……あたしはインペンドの命になれる。それがライフリンクの役目。……タグー、サイコントロールシステム回路をもう一度インペンドのコアに繋げて」

 冷静な口調に、タグーはその意味を理解できたのか、顔を上げると急いで回線を組み替え出した。一度内部データを壊している。どこまで復活できるかはわからないが、今はやるだけのことをやるしかない。

「……OKだよ!!」

 タグーの声と同時にアリスは再び大きく息を吸い込み全身に力を入れた。それと同時に、インペンドのコクピット内が通常通りの明るさを取り戻し、ロックとタグー、彼らのモニターもコンピューターも、全てが通常通りに作動し出した。

【インペンド・ナンバー5055・スタート】

 コンピューターの声にタグーとロックは目を見開いた。

 タグーは嬉しそうな顔でロックを振り返った。口にはしないが「やった!!」とその目が語っている。ロックは見えてきた希望に大きく頷くと、操縦桿を握り直してインペンド機動のためのスイッチを全てONにしてチェックを入れた。

「インペンド防御率アップ、機動性アップ、外部感知システム作動!」

 ロックのチェックを入れる言葉を聞きながらタグーも急いでタッチパネルを呼び出し、現状況を確認する。

「……ダメだ。さっきのショートでオートシステムは完全に壊れた」

「そんなもの俺のマニュアルでなんとでもなるっ。他はっ?」

「大気圏突入のコールドシールドシステムは……80%しか生きてない」

「……それだけあれば充分だろ。インペンドは……犠牲になるけど」

 タグーは「……うん」と小さく頷き、タッチパネルで外部情報を集め、状況を調べた。

「……どこの惑星だろう。全然わからない。リストにも入ってないよ。……もうすぐで大気圏に突入する」

「……よし、コールドシステム作動」

「コールドシステム、オン」

 言葉に合わせてタグーがコントロールする。ロックは一息吐いて操縦桿を引く準備をし、背後に気を向けた。

「アリス、衝撃があるからしっかり掴まってろよ」

 アリスはじっと目を閉じたまま返事をしない。そんな彼女に違和感を覚え、ロックは顔をしかめて軽く振り返った。

「おい、アリス?」

「……大丈夫……」

 アリスのか細い声が返ってきた。

《大気圏突入。乗員、衝撃に備えてください》

 ロックはアリスを見ようとしたが、身体に衝撃とGを感じて、慌ててシートに身体を落ち着かせ、グッ……と力を入れて操縦桿を握り締めた。

 ――インペンドが激しく振動し始める。

 アリスはうっすらと目を開けると、前方、二つのシートに座るロックとタグーの微かに見える後頭部を見つめ、小さく微笑んだ。

 ――衝撃とG、そして耳を劈く程の轟音は長い時間続いた。いや、時間にすれば十分、ひょっとしたら五分も掛かっていないかも知れない。

 ロックは目を閉じて衝撃に堪えていたが、少しずつ轟音が収まっていくことに気が付いて、ゆっくりと目を開け、そして操縦桿を強く握り直した。まだGが掛かっているが、墜落しないために少しずつ逆噴射をしていく。手動操縦しかできない今の状態では、彼の操縦次第で助からないかもしれない。激しく操縦桿が揺れ、ロックはそれを力一杯引いた。

《超高層大気突破。均質圏突入。地表までおよそ100㎞》

 ロックは、Gに逆らいながらエアロブレーキのスイッチを入れた。ゴォォォー!! と新たな轟音と振動が伝わると共にGがなくなっていく。

 タグーは「……ぷはっ」と大きく息を吐いた。

「……く、……く……」

 あまりの衝撃に「苦しかった」という言葉を言うこともできず、何度も深呼吸を繰り返す。ロックも数回深呼吸をすると、操縦桿を離さないまま改めてシートに腰を落ち着けた。

「……地表まで80キロメートル」

 ロックの言葉で、タグーは肩の力を抜いてコンピューターを確認した。

「外部大気……ウィルス、化学物質反応なし。地球環境との誤差……」

「……は、ないんじゃないか?」

 モニターを見ていたロックがタグーの言葉に続く。彼の外部モニターに映し出されているのは、まったくと言っていい程地球だ。いや、もしかしたら本当に地球に落ちたのかも知れないと思える程。

 緑広がる大地が、彼らの真下にあった。

 タグーはコンピューターの外部情報を見ながら、モニターに映し出されている世界を見つめた。

「ホントに地球と変わらないね……。こんな星って……あったっけ?」

「……。地表まで50キロメートル」

 ロックは数値を確認して声にすると、ゆっくりとエアロブレーキを押さえていく。

 段々と近づいてくる地表には森があり、草原があり、砂漠のような場所もある。総てが地球で見たことのある景色だ。――本当にここは地球なんじゃ? そう錯覚してもおかしくはない。

 森の中に不時着をしてしまう手前、ロックは操縦桿を引いて衝撃が少ないように逆噴射を微調整しながら地表に降り立ち、ちゃんと地表に足が着いたかを確認して逆噴射を止めると、インペンドの足を曲げて森の中に隠すように胴体を縮めた。それらが終わってやっと操縦桿からゆっくりと手を離し、極度の緊張感と疲労、すべてを和らげようと数回大きく深呼吸をしながらぐったりとシートに沈み込む。その隣で、タグーがすぐにインペンドのチェックを始めた。

「……外部交信システムダメージ、修復不能。電圧ゼロ……。……インペンドは……死んだ」

 悲しげな言葉が終わるか終わらないかのその時、ロックは顔を上げて焦るようにシートベルトを外し、アリスを振り返った。

「アリス!?」

 ――視界には誰の姿も映らない。パワーカプセルからアリスの姿が消えている。

 ロックはすぐに駆け寄ってパワーカプセルの赤い扉を開けた。そして中の状況を目にすると、インペンドの動力スイッチを切っていくタグーを振り返り「タグー!!」と彼の名前を呼んだ。

 アリスがカプセルの中で身体を丸くして倒れている。

 ロックはすぐにアリスに付いている無数のコードを外してそこから引き摺り出すと、「おい!」と声を掛けながら力のない身体を抱き起こして大きく揺さぶった。タグーも呼ばれてすぐに駆け寄ると、慌てて腰を下ろし、アリスの手を取って脈を確かめた。

「……生きてる」

「当たり前だろーが!!」

 タグーのホッとした言葉にロックは顔を赤くして怒鳴り、そのままの勢いで慌てふためきながら、意識のないアリスを見て声を上げた。

「どうすんだよ!! どうしたらいい!?」

「……そ、そうだ! 助けを呼ぼう!!」

 思い付いたタグーは急いでコンピューターの元に行こうと腰を上げたが、踏み出し掛けた足を止め、半べそ気味にロックを見下ろした。

「……交信システム、壊れてるんだった……」

 情けない声にロックは舌を打った。

「外は!? 出ても大丈夫なのか!?」

「大丈夫っ……だと思う。ここがどこだかわからないし……」

「武器はっ!?」

「そんなもの積んでないよ!」

「……!」

 ロックはアリスを横抱えして立ち上がった。

「このままここにいたって仕方ないっ。人を捜してみようっ!」

「うんっ」

 頷いたタグーはアリスを抱えたロックを先導するようにコックピットの元に駆け寄り、ハッチを開けた。

 ――……涼しい風が顔を撫でる。

 新鮮な空気の匂い。草木の匂い。忘れ掛けそうになっていた感覚と景色に、しばらく二人はボー然としていたが、それも少しの間だけ。すぐにアリスを連れて地面に降り立ち、辺りを見回した。

 何一つとして地球と変わらない。踏みしめている地面だってちゃんとした土だ。

 タグーは腰のベルトに掛けてある工具袋の中から小さいカプセルを取り出すと、そこに地面の土を入れて軽く振った。カプセルに付いていたレベルゲージが点灯する。

「……大丈夫。毒物、科学反応なし」

「水のある所を探そうっ」

「うん」

 歩き出そうとした二人の目の前の草むらが突然、ガサガサっと動いた。それを捉えた二人は、歩き出そうとした足を止め、息を潜めた。

 ここがあまりにも地球と似ているため、警戒心を怠っていた。

 そう。ここは地球じゃない。「人を探そう」なんて考えは通じない。ここに生き物が住んでいるとしたら、それは“宇宙生物”ということになるのだ。

 二人は身動きせずに視線だけを動かした。

「……何かいるのか?」

「……動物、かな……?」

「……、獣は……いないよな?」

「……宇宙でも……“動物”って、言うの?」

 二人は顔を見合わせた。一度コックピットに戻った方がいいのか、どうしようか、と、目で言い合う。だが、そんな空気も次の場面で一掃された。

「ヒトだ!!」

 二人はビク! と肩を震わした。突然草むらの中から飛び出してきたのは女の子。年齢は六才ぐらいだろうか、汚れたオーバーオールのズボンをはいて、色黒の肌に、硬そうな赤茶色の髪の毛が肩まで伸び、“やんちゃそう”な雰囲気を醸し出している。見るからに……いや、間違いなく人間だ。

 少女は固まったままでいるロックとタグーにタタタッと駆け足で近寄ると、服の間から先端の光っている鉄の棒を出し、それで二人の身体を撫でるように辿った。「危険物は持っていないか?」と、所持品検査をしているようだ。そして所持していないとわかったのか、その棒をまた服の間に直し、改めて二人を見上げて首を傾げた。

「誰? 言葉、わかる? 聞こえる?」

 少女の問い掛けにロックとタグーは顔を見合わせたが、ロックがすぐに少女の目線に合わせるように跪き、幼い顔を覗き込んだ。

「大人はいるかっ?」

「オトナ? ジジがいる。あとね、ママ。あとね、ガイ。あとね、チャチャプ。あとね」

「コイツを助けたいんだ!」

 まだまだ続きそうな少女の言葉を遮って、ロックはピクリとも動かないアリスを少女に向けた。

 少女は目を閉じたままのアリスの顔をじっと見て、頭の包帯へと目を向けた。

「……怪我してるの?」

と、心配げに額の包帯を撫で、次にロックの頭に巻かれた包帯を見て、またアリスの包帯に目を戻し、再びロックの包帯を見ると、顔をしかめてタグーを見た。

「どうしてそこのお兄ちゃんだけ怪我してないの?」

「そんなことより!」

 少女の考えていることがわからない。ロックは苛立ちながらもムキになることなく、それでも必死に身を乗り出した。

「コイツを助けてくれるヤツがいるか!?」

 鬼の形相のロックに好感を抱けなかったのだろう。少女は怪訝な顔をして少し考え込んだ。その間、ロックは苛立ちを募らせ、いい加減自分の足で誰かを捜そうかと意を決めかけていたが、少女が草むらの向こうを振り返ったので、同じくそちらに目を向けた。

「ガイ、ガイっ、ねぇガイィ!」

 駄々を捏ねるように誰かを呼ぶ、そんな少女の視線の先、ロックとタグーが見守る中、木陰から何か大きなモノが近付いてきて二人は顔をしかめ、少し、身動いだ。今度は人間じゃない。……大きい。ダグラスよりも大きい図体だ。

「ご用で?」

「ええぇー!!」

 愕然と目を見開いたタグーが叫びにも似た声を上げ、それが耳に響いたロックは「うっ……」と顔を歪めた。

 現れたのは、身長2メートル以上はあるすらりとした体格の人型ロボットだ。主にダークブルー色の装甲で身を固めている。マスクを被っているように、目以外はのっぺりとした面で表情はないが、動きもスムーズで、発する言葉も成人男性の肉声と変わりがない。装甲の中に人が入って操作しているんじゃないかと思わせる程。

 少女はそのロボットに駆け寄って足にしがみつくとロックたちを指差した。

「助けてって言ってる。ヒトだよ。また落ちてきた」

 ロボットは少女から彼らに視線を移した。いや、人のように白目黒目があるわけではないが、彼のその、人と何ら変わりのないなめらかな動きで、“こちらを見た”というのがわかる。

 すごいっ。……すごい! すごい!! と、タグーは興奮気味に顔を紅潮させ、ドキドキしながら両拳を胸の前で力一杯握った。

 ロボットが少女を足下に従えて近寄ってくる。微かな金属音は聞こえるが、耳障りになるような音ではなく、始終気になる程でもない。彼はロックたちの前に寄ると、自分の胸に右手を置いた。

「わたしの名前はガイ。どうなされました?」

「すごいよ!! どうなってんの!?」

 ロックがアリスのことを話そうとすると、タグーがすかさず“ガイ”と名乗るロボットの前に出て目をランランと輝やかせた。興味を隠すことなくジロジロと身体を見回す、そんなタグーを見下ろしたガイは、頭をカク、と傾げた。

「僕たちどんな風に見えてる!? 識別は!? どうなってるの!? 声は!? クリアに聞こえてる!?」

 一方的に質問をするタグーの後ろ、ロックは眉をつり上げた。

 こいつはこんな時まで……!!

 怒りと呆れ。それを同時に感じながら、ロックはアリスを抱えたまま立ち上がってタグーの右足のすねをガスッ! と蹴り上げた。油断していたタグーは「痛ぁ!」と顔を歪め、蹴られた足を抱えるように押さえながらピョンピョン片足で跳ねてガイから離れ、うずくまった。

 ロックは背中を丸めて唸っているタグーに気遣うことなく、ガイを見上げて腕の中のアリスを軽く上げた。

「コイツを助けて欲しいんだ!」

 ガイは目を閉じたままのぐったりとしているアリスから、ロックの、血の流れている首筋へと顔を向けた。

「あなたも怪我をしています」

「俺よりもっ……、とにかくコイツを助けてくれ!」

 すがるように見上げるロックの目が緊急性を訴えている――。ガイは微動だにすることなく悲痛な彼とじっと向き合っていたが、顔を動かし、足下に寄り添っている少女を見下ろした。

「連れて帰ってもよろしいですか?」

「うん」

 少女を主人だと思っているのか、彼女の返事でためらうことなく手を伸ばしてロックの腕の中のアリスを軽々と片手で抱き上げ、肩にもたれさせた。ロックはその様子を戸惑いながらも見守っていたが、ガイのもう片方の腕が今度は自分の背中に回り、「お、おいっ」と慌て、困惑した。

「な、何すンだよっ!」

 抵抗しようとしたが、手を押し当てたガイの身体がとても硬くて冷たかった。本当に機械なんだと認識したと同時に、ヒョイ、とアリス同様軽々と抱えられ、前腕に座る格好でロックは訝しげにガイの肩に手をついた。

「お、俺はいいって……。降ろせよ。重いだろ?」

「重量は問題ありません。暴れると怪我に響きます。今しばらくのご辛抱を」

「だから俺はいいってっ! 痛くもなんともねぇし!」

 まさかこの年になって誰かに軽々と抱え上げられるとは。

 ガイの腕に厄介になりながら、ロックは恥ずかしそうにグイグイと肩を押す。だが、ガイの手はしっかりとロックを掴んで離さない。

「それじゃあ帰りましょーっ」

 「降ろせよおい!」と文句を言うロックを放って、笑顔の少女が先頭に歩き出し、その後をガイがゆっくりと追う。タグーも慌てて後を追い、ガイに抱えられているロックのことを始終羨ましそうに見上げていた。

 ――それからどれくらい歩いただろうか。

 然程歩いてはいないのだろうが、あまり景色に変化のない森の中だと距離感が鈍くなる。だが、どのくらい進んだかはロックにもタグーにも問題ではなかった。

 「地球と本当に似てるな」という思いに駆られていた。

 木々も地面も空も空気も、やはり何もかもが地球環境と同じ。木に触っても、じっとりとした、冷たくて堅い感触は本物の木だ。湿った土や枯れ葉の山を歩く時のフワッとした踏み心地、枝を踏み折るのも忘れかけていた感触の一つ。

 今更だが、一体ここはどこなのか、そんな疑問が膨らんでいた。

 楽しげに歩く少女を先頭に森の中を進み、そして開けた所に出ると、ロックもタグーもポカンとした。

 ――村がある。

 村と言っても地球上に存在するような立派な木造家屋でも鉄筋家屋でもなく、継ぎ接ぎの鉄板を重ねたようなプレハブ家屋が集落としてそこにあった。窓も、玄関らしきものもあるが、立派さはどこにもない。

 人の気配は全くなく、静かで、どこか不気味な雰囲気さえ感じられた。

 少女はタタッ……と、元気よく一軒の家に向かって駆け出した。

「ヒトだよ! あいつらじゃなかった!!」

 大きな声で報告する少女に、ロックとタグーは顔を見合わせた。集落に目を戻すと、一つ、二つと各家の傾いた窓がゆっくり開いて、こっそり人が顔を出してきた。彼らは、少女からロックたちへと目を向け、足下から頭の上まで目を這わせると、哀れむように目を細めた。言葉を掛けてくる様子はないし、家から出てこようと動く気配もない。

 ロックとタグーは微動だにできなかった。歓迎されていない、そんな空気を感じたからだ。

 アリスとロックを抱き歩くガイの後を追いながら、タグーは、こちらをただじっと見つめる住民たちに小さく頭を下げ、そして彼らの様子に首を傾げた。見る限り、やはり自分たちと同類、人間なのだが……。

 少女が一軒の鉄のドアを開けると、錆びているのか、鈍い音を放った。腰を屈めたガイが先に入り、次に少女にお尻を押されながらタグーが入った。

 家の中は所々木が使われているが、家屋同様、鉄を組み合わせたものがほとんどだ。家具と言える程の立派な物もなく、鉄板で作られた棚や、木で作られた“日曜大工”のテーブル、椅子があるくらい。

 タグーは、探るようにキョロキョロしながらガイの後を付いていたが、家の奥から女性が出て来たのに気が付き、顔を上げた。

 茶色の、くせっ毛混じりの長い髪を右肩の上でまとめ、ワンピースで細身の身体を隠している。年の頃、20代後半か――。

 彼女はロックたちをそれぞれ見て、心配そうな表情でガイに目を向けた。

「……その子たちは?」

「先程の轟音と振動は彼らです。危険物を所持しているようには見えませんでしたし、怪我をされているので連れて帰りました」

 ガイがロックとアリスを抱えたままで答える。

 女性は、恥ずかしそうに唇を一文字に閉じているロックを見て、次に眠っているようにぐったりとガイにもたれているアリスへと目を向けた。そのままじっとアリスを見ていた女性は、間を置いて、「こっちへ」と誘導するようにガイを促した。通されたのは、ゴザのような、枯れ草を編んだ敷物が床に敷かれた12畳程の広い部屋だ。ガイはロックを解放し、次にアリスをゆっくりとその上に寝かせた。タグーはすぐにアリスの横に跪き、顔を覗き込みながら「アリス、アリスってばっ」と何度も声を掛けた。しかし、アリスの表情は変わらない。唇も動かないし、目蓋もピクリともしない。

 女性は、出入り口でみんなを窺っている少女を振り返った。

「薬草と、バケツにお水、持ってきてくれる?」

 優しくお願いすると、少女は「うん」と笑顔で大きく頷き、駆けていった。

「ガイ、この子の生命反応を見て」

「かしこまりました」

 女性に従い、ガイはアリスの額に手を軽く載せた。その間に、タグーの横で同じように身を乗り出してアリスを心配そうに窺うロックに女性が近寄った。彼女の視線の先には、ロックの額、血に汚れた包帯がある。

「その怪我、治療しましょう」

「あ、俺はいいッスっ。それよりこいつをっ」

「大丈夫よ」

 焦るように受け答えをされ、女性は苦笑して遮り、少し身を引いたロックの包帯に手を伸ばして、慎重に、ゆっくりと巻き取った。ロックはされるがまま、視線だけはアリスに向け続ける。

 タグーは、アリスからガイへと不安げに目を移し、そっと顔を覗き込んだ。

「……どう?」

「脳、内蔵器官骨格共に異常はありません。ただ、霊力が減少しています」

「……、つまり?」

「極度の疲労です」

「疲労? ……なぁんだぁ」

 タグーは安心したかのように肩の力を抜いた。しかし、そんな彼を見てガイが言う。

「楽観はできません。この少女は、自らの意志で霊力を左右できるようですが、霊力とは、すなわち生命力。生命力を自らの意志で失おうというのですから、このような人間が一番怖いんです」

 タグーの顔から安堵の色が消え、血の気が引いた。話を聞いていたロックも気が気じゃない。女性の手によって包帯を巻き取られた直後、焦るように身を乗り出した。

「大丈夫なんだよなっ? 助かるんだよな!?」

 ガイは、アリスの額から手を離すとロックに頷いて見せた。

「大丈夫です。安静な時間は必要ですが」

 ロックはその言葉にホッ……と力を抜いた。油断は許せないのだろうが、とにかくなんであれ、命に別状がないという答えに少しだけ気持ちが落ち着いた。

「ママっ。持ってきたっ」

 少女がヨロヨロとした危なげな足取りで、半分水が入ったバケツと布袋を持ってきた。

 女性は「ありがとう」と笑顔で礼を言うと、ロックの耳の裏のガーゼをそっと取って、裏から傷の状態を覗き込んだ。

「……縫っている糸がゆるんで傷口が少し開いてるわね。バイ菌が入ってしまうわ……」

 心配げなその言葉に、ガイが顔を上げた。

「わたしがいたしましょうか?」

「そうね……。そのほうがいいわね……」

 女性はスカートのポケットからハンカチらしい布を取り出して水に浸し、軽く絞ると、「ちょっと染みるけどガマンしてね」と優しく断り、傷口から出ている血を拭った。ロックが顔を歪めるその間に、ガイは右手を胸の高さまで上げ、行動を見つめるタグーの目の前で、右手人差し指、第二関節から指先に掛けて、まるで自動扉でも開くように左右二つにわかれさせた。その中から、細い部品が伸びて出てきた。一見アンテナのような代物だが、ガイがその指を曲げたと同時に先端に丸い光の玉が浮かび上がり、それを目の当たりにしたタグーは「おー!」と、楽しそうな声を上げた。きっと心の中で、今から何が起こるのかとワクワクしていることだろう。しかし、そんな彼とは裏腹に、様子をじっと見ていたロックはとても嫌な予感がしていた。

 ガイは少し頬を引きつらせているロックに顔を向けた。

「麻酔というものがありませんから痛みます。数秒間です。我慢してください」

 言いながら近寄って、咄嗟に逃げようとしたロックの身体を強引に捕まえて仰向けに押し倒し、体重を乗せないようにまたがってがっしりと押さえ込む。

「お、おい! 何すんだよ!?」

「治します」

「な、治すって……そりゃなんなんだ!?」

 ロックは怯えて頬を引きつらせ、いとも簡単に押さえつけるガイに見下ろされながら、抵抗するべく彼の硬い足を押した。だが、彼はピクリとも動じない。

「まずは糸を排除します」

「おい!!」

 反発しようとする前にガイが彼の頭をガッ……と固い手で掴み、動かないようにと床に押さえつけた。そして次の瞬間、ロックの耳に激痛が走った。傷口を引っ張られ、くっつき掛けていたそこが少しずつ開いていく痛みに、「うっああぁぁぁーッ!!」と、ロックは恥も忘れて大声を上げた。

 楽しみにしていたタグーも、大声を上げるまではいかないが、ロックの表情につられて顔を歪め、彼の首筋を流れる一筋の血に思わず目を逸らした。

 ガイは、もがき暴れようと身体を捻り、大声を上げるロックを押さえつけたまま、今度は光の玉を浮かべる指先を彼の傷口に向けた。ジュッ……という音と同時に傷口から微かな煙が立ち上がり、タグーは「……っ!!」と目を閉じた。

 ロックが「ってええぇぇぇーッ!!」と大声で叫ぶが、ガイは中止することもなく傷をなぞるように指を動かし、そして女性から手渡された、彼女によって揉まれた草を乗せた布を傷口に覆い被せた。その間、ロックはずっと大声を出し、暴れようともがくが、ガイがしっかりと両手両足、そして頭を見事に押さえつけているためそれが適わない。

 しばらく間を置いて、ガイはゆっくりと布を取り傷口を確認した。

「完了です」

 そう言うと傷口に当てていた布で流れ伝っていた血を綺麗に拭い取り、ロックを少しずつ解放する。

 ロックは大粒の汗を流しながら、解放されるなり這うようにガイから逃げ、部屋の隅に行って耳を手で覆った。

「殺す気か!?」

「傷は完全に塞ぎました。ご安心を」

 ガイにそう言われて、ロックは激しく呼吸していたのを止めた。

 ……そういえば痛みが……――

 さっきまでの痛みを思い出しながら耳を押さえていた手をゆっくりと離し、傷口を触ろうとした、が、怖くてできなかった。

 代わりに、とでも言うように、タグーはロックに近寄ると、後ろに回って彼の傷口を覗いて見た。

「……ホントだ!! 傷跡もない!!」

 タグーの言葉に、ロックは恐る恐る自分の傷口に指を触れてみた。確かに痛くもなければ、皮膚もちゃんと繋がっている。傷がなくなった。その手を見ても、血の一滴も付いていない。

 タグーは驚きの表情でガイを見た。

「すごいね!! キミはお医者様!?」

「熱によって殺菌、更に人体皮下組織細胞を活性化させることによって治癒を促進。破壊された皮膚組織細胞をバイオレーザーによって覚醒、離れた皮膚組織を合体。我々にとって至って単純な対人間治療法の一つです」

 ガイは右手指先の“治療パーツ”を内部に収め、二つに開いた指を閉じて元通りの形に戻しながら答えた。

 タグーは尊敬の眼差しを向け、さすがのロックも、こればかりは驚かずにはいられなかった。ポカンと口を半開きにしている二人を見ていた女性は少し苦笑し、目を閉じたままのアリスの頭の包帯に手を伸ばした。

「……この子も怪我を?」

 女性の問い掛けにロックはサッと顔を蒼くした。

「そ、そいつに荒治療はやめてくれ!!」

 どもりながら、ブンブンッ! と、強く首を振ると、女性はしばらくアリスの顔を眺め、ロックに優しく微笑み頷いた。

「大丈夫。この子はあなたみたいに傷口が開いているわけでもなさそうだし」

 ロックはホッと力を抜いた。あれ程の治療を眠ってる人間にやってしまったら、と考えるとゾッとする。

「この子はしばらくここに寝かせましょう。ガイ、様子を見ていてくれる? ……あなたたちはこっちへ」

 女性が立ち上がってロックとタグーを誘導すると、ガイは「かしこまりました」とアリスの傍に胡座をかいて座り込んだ。部屋を出ながらも、その背中をいつまでも名残惜しそうに振り返るタグーの頭に、ロックはイラッとし、ゴツンッ! と、容赦なく思い切りゲンコツを落とした。

 女性の後を付いてやってきたのはアリスが眠っている部屋から少し離れた一室で、木でできたテーブルと椅子があり、花や果物も置かれている。食卓のようだ。

「グアバのジュースでも作ってきてくれる?」

 女性がお願いをすると、少女は「はーいっ」と元気よく返事をして走っていった。その背中を笑顔で見送り、二人に「どうぞ」と椅子を勧める。ロックとタグーが勧められるまま素直に椅子に腰掛けると、女性も向かいに腰掛け、笑顔のままで彼らを窺った。

「紹介が遅くなりました。私はキッド。あの子は私の娘のリタ。向こうにいたのがガイ」

 キッドと名乗る女性のにこやかな自己紹介に、ロックも思い出したかのように顔を上げた。

「あ、すみません。俺たちの方こそ、まだ何も……。俺はロック。こっちがタグー。気を失っていたのがアリスです」

「よろしく」

 紹介されたタグーが小さく挨拶すると、キッドも「よろしくね」と優しく微笑み、二人を交互に見ながら話を始めた。

「突然だったから驚いたけど……、でも、本当に無事でよかったわね」

 落ち着いた優しい口調に、ロックもタグーも少し視線を落とした。

 失望感漂うような雰囲気の二人に何か感じたのか、キッドは、訝しげに眉間にしわを寄せた。

「……あなたたち、いったいどうしてここに?」

 問い掛けに、ロックは少し間を置いてから今までの経緯を説明した。キッドは大人しく聞いていたが、彼の話が終わるなり、「……そう」と悲しげに一言漏らした。

「……またそんなことが……」

「またって……何か知ってるんですか!?」

 驚き、身を乗り出すロックにキッドは顔を上げて頷いた。

「あなたたちが遭遇した……光の柱。あれは、ここから離れた所から放たれているの」

 キッドの言葉にロックとタグーは目を大きく見開いた。

「光が放たれた後、稀に何かが空から降ってくる。……あなたたちのように」

「じゃあ他にも何か降ってきませんでしたか!?」

「さあ……。あなたたちに気付いたのはここから近かったから」

 小さく首を振ったキッドに、ロックは視線を下に向けながら唇を噛み、タグーは不愉快そうに口をへの字に曲げた。

「その光の柱を放っているのって、誰っ? どうしてそんなことをっ?」

 大きく問い掛けるタグーに目を向け、キッドは躊躇いがちに口を開いた。

「私たちは、彼らを“ノアの番人”って呼んでる」

「ノアの……番人?」

 繰り返したロックに頷くと、キッドはそのまま話を続けた。

「この星の名前は、ノア。そしてここは、エバー。この村に住んでいるのは、あなたたちのように空から落ちてきた人や、ノアの番人の目を盗んで逃げてきた人よ。……ノアの番人っていうのは機械武装した生命体なの。鉄の鎧を着込んでいるわ。……彼らがどうして光の柱を空に向けて放っているのかはよくわからないけど……ノアの番人たちの住む“ノアコア”にはたくさんの人たちが捕らえられてるって聞いた。……ここにも時々ノアの番人がやってきて私たちを襲おうとする。でも、ガイが護ってくれるから」

「ガイって、あの人だよねっ?」

 言葉を遮って目を輝かす、そんなタグーにキッドは苦笑した。

「ガイは機械よ。ヒトじゃないわ」

 タグーは首を傾げるが、それ以上のアクションはない。キッドは少し笑って、気を取り直すように息を吐いてから再び言葉を続けた。

「ガイのおかげでノアの番人から攻撃されることもなくなってる。けれど、いつ何が起こるかなんてわからない。……ここはそういう所」

 ロックは少し視線を落としたキッドを見て、同情するような、寂しい感覚に襲われたが、それでもその思いを飲み込んで問い掛けた。

「俺たち以外にも仲間が光の柱に飲まれてしまった。助けるとしたら、その……ノアコアって所に行けばいいんですか?」

 キッドは目を見開き顔を上げて、心配そうに、慌てて首を横に振った。

「無理よ。ノアコアに行ったとしても逆に捕まってしまうわ。私たちに許されているのは、ここで静かに暮らすこと。それが一番安全で、一番正しい道。ノアコアに行ったって……何をされるかわからないのよ?」

 彼女の様子は尋常ではない。言葉の節々が震えている。余程恐ろしいことが起きているのか、と想像できる。しかし、裏を返せばそれは重大なことだ。

 それじゃ……みんなはっ? ダグラスは!? フライは……!!

 タグーは、悔しそうに奥歯を噛み締めながらテーブルの一角を睨むロックから、キッドに目を戻した。

「あの……通信機とか、ないですか?」

 キッドは小さく首を振った。

「通信機器を使うとノアの番人がやってくるから、誰も使わないの」

「じゃあ、機材は?」

「機材、と言うのかしら……。空から落ちてきたものはいろんな所にたくさんあるから、私たちはそれらを拾ってきて利用しているわ」

「お待ちどうサマーっ」

 話の途中でキッドの娘のリタが鉄でできた歪な形のコップを運んできて、それをロックとタグーの前に置いた。コップの中には黄色い液体が入っている。

「ここで採れた果物のジュース。甘くておいしいから」

 キッドに微笑み教えられ、ロックとタグーは目を合わせるとそれを一口、口に含んだ。

「……うわ! おいしい!! 何の味だろ! マンゴーかなっ? 似てるね!」

 タグーは感動してコップの中身をすぐに空にしてしまう。だが、その隣、ロックはジュースを眺めていた目を上げ、ゆっくりとキッドを見た。

「……そのノアコアっていう所、どうやって行くか教えてもらえないですか?」

 キッドはロックに目を向けた。その表情は真剣で、先程まで見せていた優しさはない。

「仲間を助けたいという気持ちはわかるわ。けれど、それであなたは命を落とすことになるかも知れない。……仲間の人たちは、それを望むかしら?」

「……」

「ここから脱出する術は……ないけど。でも、あなたたちはまだ若い。ここにいれば少なくとも人間として普通の生活ができるわ。……残酷かも知れないけど、今まで描いていた未来は捨てて、ここから新しい生活を見出した方がいい」

 口調は穏やかだが、真っ直ぐに向けられた目が訴えている。「危険を冒すな」と――。その視線に射貫かれて、ロックは目を細めて俯いた。

「僕たち、ここにいてもいいんですか?」

 コップを置いたタグーの厚かましさを気にすることなく、キッドは優しく微笑んだ。

「構わないわよ。家を造るとなったら手間も時間も掛かるし。私たちの他に父がいるけど、ちゃんと事情は説明してあげるわ」

「ありがとう」

 タグーは笑顔で礼を言うと、俯いたままのロックの顔を覗き込もうと軽く腰を曲げた。

「いろいろ考えてみようよ。みんな、僕たちみたいどこかにいるかも知れないんだしさ」

 ね? と、宥めるように窺うが、ロックの返事はない。また途方もないことでも考えているのか、なんなのか……。ここで彼を止められるのは自分だけだ。タグーが次の言葉を考えていると、ロックは何も言わずにゆっくり立ち上がり、アリスが眠っている部屋へと歩き出した。タグーは「すみませんっ」とキッドに断って、慌てて彼の後を追う。

 ロックはアリスの眠っている部屋の中に入ると、彼女の傍、ガイの隣に胡座をかいた。

 ――二人の間にはなんの会話もない。

 タグーは部屋の入り口に立って様子を眺めていたが、肩をポンと叩かれ、心配そうな表情でキッドを見上げ、何も言わずに再びロックに目を移した。

「……あんたはノアコアの場所を知っているのか?」

 不意に小さい声で尋ねると、ガイはアリスを見つめているロックに顔を向けて頷いた。

「知っています」

「……俺にも行けるか?」

「無理です」

 あっさりと即答され、ロックはガイを見ることはないが、しかし、その表情を少しずつ険しくした。

 苛立ちか、それとも焦りか――。とにかく、ロックの心中は何かしら激しい感情で渦巻いていた。

「なんで?」

「あなたは無防備です。武器も所持していません。致命的な要因として、彼らについて無知」

 八つ当たりっぽいようなロックに対して、ガイは顔を向けたままで冷静に答える。

「現状、あなたという存在は取るに足りません。いとも簡単に足で踏み潰し殺傷できる極小生命体、今のあなたその者です」

「……なんだと?」

 ギロッと睨み付けるが、ガイは無表情の鉄の顔を変えることはない。

「あなた方は彼らの罠に掛かり、この大地に墜落を余儀なくされた。それが現実です」

「だからってな」

「この少女が霊力を使わなかったら、あなた方は死んでいた。違いますか?」

 ロックは目を見開いた。視界の片隅に眠っているアリスの顔が映るが、直視することはできない――。

「あなたは自力で生き延びたのではなく、生かされたんです。つまり、あなたという人間が非力だという証拠。認めてください。悟ってください」

 落ち着いたガイの言葉に、ロックは怒りの表情を消し、悲しげに俯いてゆっくりと目を閉じた。そんな彼の姿に胸を締め付けられるような思いを感じたタグーは、声を掛けようと足を一歩踏み出した、が、それをキッドに止められた。

 ガイは尚話を続ける。

「人間は元からひ弱な生物として誕生した。そこに時間を費やし、多大な進化を遂げたとしましょう。しかし、その周りでも同等の進化が遂げられているのです。あなた方はそのことに気が付かない。重大な何かが起こらない限り」

「……」

「あなたがどうしてもノアコアの場所を知りたいと言うのなら教えます。しかし、無知なあなたはノアコアに辿り着くこともできずに死んでしまうでしょう。あなたと同様、ノアコアの場所を訊き、そこに向かった人間は皆、ここに戻って来ることはありませんでした。彼らと同じ運命を辿るというのなら教えます。しかし、あなたはこの少女が霊力を使い果たしてまで救った命を自らの手で断つことになるのですよ」

 ガイは、じっとロックの方に顔を向けている。何らかの答えを待っているようだ。

 ロックは目を閉じたまま、胡座をかいている足の上に載せている両拳を握り締めた。ギュッと力を入れた拳が小さく震え、そして、ふっと脱力すると同時にゆっくり目を開けるとアリスを見つめた。

「……教えてくれ」

 タグーはその言葉に目を見開いた。

 ロックは続けて言う。

「……ここでの知識を。ノアの番人って奴らのこと、戦う術、全部教えてくれ。ノアコアに向かうことができるくらいになるまで」

 タグーはホッと肩の力を抜いた。ロックのことだ、本当に何もわからないままノアコアに行くと言い出してもおかしくはない。

 表情はないが、ガイはロックに大きく頷いた。

「お安いご用です。わたしでよろしければ力になりましょう」

 ロックは深く息を吐いた。心の中で何か、自分なりの答えを見つけたらしい。

 タグーは背中を軽く押され、その感触にキッドを見上げた。彼女はまるで、

「さぁ、新しい道が始まったから歩きなさい」

とでも言うように優しく微笑むと小さく頷いた。タグーも「……うんっ」と笑顔で頷き答えると、ロックに近寄って隣に座り込んだ。

「ロック! がんばろうね!」

 いつものように元気よく、グッと拳を作って笑顔で言う、そんなタグーをロックはゆっくり振り返る。……と、

「お前はどうせガイのことで頭が一杯なんだろーが!! このクソガキィ!!」

 いきなり手を伸ばしてタグーのこめかみを両手でグリグリッと、力を込めて回す。タグーは「痛い痛い!!」と大声で叫んだ。

 暴れる二人を見ていたキッドはキョトンとしていたが、しばらくして肩の力を抜き微笑むと「……あ」と顔を上げて足早に姿を消した。

 ロックは手足をバタつかせるタグーを解放すると、頭を抱え込んで唸り声を上げている彼を睨みつけた。

「やることがたくさんあるんだからなっ。気を抜くなよっ」

「わかってるよっ」

 口を尖らして恨めしそうに睨むと、ロックは「ふんっ」とそっぽ向き、同時に眠っているアリスへと目を戻した。

「……目覚めるまでにみんなと合流したいんだ。そしたらこいつだって安心できるだろ」

 呟くような小声に、タグーは表情を無くした。

 ――自分勝手で強情、わがままでヤンチャ、そんなイメージが、タグーの中で確実に消えていく。

「とりあえず、着替えるといいわ」

 キッドが腕に布を抱えて戻ってきた。どうやら二人に服を用意したらしい。

「お父さんのだけど……サイズが合うかしら」

 不安げに言いながら渡す。ロックとタグーは服を広げてそのデザインに少し顔をしかめたが、確かに戦闘服バトルスーツのままでいても返って不格好だし、そうなると用意された服を大人しく着るのが賢明だ。どうも原始的な感じのする服だが、それでも格好悪いという程でもなかった。その場でスーツを脱ぎ捨て、タグーは腰に下げていた工具袋をそのまま新しい服に移行した。どうも工具が身近にないと落ち着かない。

 着替え終わった二人は互いを見て少し笑みを浮かべた。「似合わない」という言葉は口には出さないが、今までとは違った雰囲気がくすぐったいのだろう。

 キッドはニコニコと笑いながら、二人を交互に見て「うん。似合ってる」と呟き、彼らが脱ぎ捨てたスーツを拾い上げた。

「みんな親切だから、困ったことがあれば気軽に声を掛けるといいわ」

「地図はないんですか?」

 タグーが長めの袖と裾を曲げて服を整えながら見上げて訊くと、キッドは苦笑して首を振った。

「地図っていうモノはないの。ノアに住んでいるのは、私たちとノアの番人と、そして異人クロスの人たちだけだから」

「……クロス?」

 ロックが顔をしかめるとキッドは頷いた。

「ノアの番人と何者かの混血だと聞いたことがあるけど……とても親切な人たちよ。いろんな所を移動しているからなかなか出会えないけど、見た目、大して私たちとは変わらないから、出会っても気軽に接することができると思うわ。……ああ、そうそう」

 キッドは服のポケットから何かを取り出すと二人に手渡した。

「これ、自動言語翻訳機」

「……嘘!?」

 タグーが手の平のそれを見て大声を出した。キッドから手渡された物は、耳の穴に入る程の小さくて丸い鉄の塊。鉄くずと間違えて捨ててしまいそうな代物だ。

「こんなものが翻訳機!?」

 驚くタグーにキッドは苦笑し、自分の耳を見せて説明した。

「こうやって耳の奥に詰め込んでね。異人クロスの人たちとは言葉が通じないんだけど、それで言葉がわかるから。これは彼らが作ったものなのよ。この村の中にも言葉の違う人たちがいるけれど、この翻訳機のおかげでみんなの話していることがわかる。とても便利なの」

「スゴイや!! そのクロスっていう人たちに会えないかなぁ!?」

 タグーは楽しそうに自動言語翻訳機を耳に入れて、違和感がないかを確かめつつ調整する。

「他の生命体は?」

 同じように翻訳機を耳に入れながら問うロックに、キッドは小さく首を振った。

「生命体と呼べるモノはそれだけ。ノアの番人、私たち、異人クロスたち、動物。……ああ、あと、ガイのような機械もね」

 タグーは「へぇー」と、じゃれ付いてくるリタのお守りをしているガイを見た。……が、

「ねぇ、どうしてガイはあの子の傍にいるの? ……まさか、あの子が作ったんじゃないよね?」

 恐る恐る尋ねられ、キッドは笑った。

「リタがガイを見つけて連れてきたのよ。最初、私たちはガイのことを信じなかったんだけど、リタは傍を離れなかった。ガイとしては、そんなリタに対しての恩返しのつもりなんじゃないかしら。機械なのにそういう所が人間臭いのね」

「へぇー……」

 タグーは感心するように再びガイに目を向けた。

「いい人だなぁー……」

 ポツリと呟いた言葉に、キッドはクスッと笑った。

「変わってるわね、ガイをヒトだなんて」

「え?」

「機械には自由意志は存在しないのよ? 誰かが命令してその通りに動く。ガイもその一部。ガイは意志を持たない機械で、人間じゃないのよ?」

「……」

 ロックは、俯いて大人しくなったタグーを見て何かを察したのか、ポンポンと、元気付けるように肩を叩き、キッドを窺った。

「よかったら、ここの村の人たちに挨拶するの、付き合ってもらえないですか? できるだけ顔見知りになっておきたいし」

「ええ。構わないわ」

「お前、どうする?」

 ロックに問われたタグーは、少し考え、軽く首を振った。

「僕は……ここに残るよ」

 キッドは笑顔で頷いてガイを振り返った。

「ガイ、ちょっと出るからリタとタグーのことをよろしくね」

 ガイは頷いたが、リタは顔を上げると近寄ってきてキッドの足下にまとわりついた。

「どこに行くの? ねえどこに行くの? リタは? リタは連れて行ってくれないの?」

 キッドは優しく微笑みながら娘の頭を数回撫でた。

「大人しくお留守番をしていてね。お休みをしているお姉ちゃんのこと、見ていてちょうだい。リタ、優しい子だからできるでしょ?」

 キッドの言葉に、リタは突然胸を張った。

「できるよ! お姉ちゃんのこと見てる!」

「エライわね」

 この親子を見ながらロックは苦笑した。「子どもってのはなんて単純なんだ」と。その視界にタグーの姿も映る。タグーの視線の先にはガイの姿が――。

 ……こいつも単純なヤツだ。と、ロックはガックリと肩の力を抜いた。

「じゃあ、行ってくるわね」

「いってらっしゃーい!」

 リタは大きく手を振ってキッドとロックを見送り、そして、二人が家から出て行ったのを確認するとガイを振り返った。

「よしっ。ガイ、リタはお昼寝するからちゃんとお姉ちゃんのことを見てるんだよっ」

 タグーは「……えっ?」と、驚きを露わに顔をしかめた。

 ……なんだこの変貌ぶりは!?

 だが、ガイは「かしこまりました」と、反論することなく、アリスの眠っている傍へ素直に腰を落ち着けてしまった。タグーはそんなガイの背中を見つめ、大欠伸をしながらどこかに歩いていくリタを追った。

「ねぇ、リタ」

 声を掛けられて、リタは顔を上げると首を傾げた。

「なぁに? おにーちゃんもお昼寝する?」

「ううん、そうじゃなくてさ……。ガイ、かわいそうじゃない?」

 少し遠慮がちな笑みで訊くが、リタは「何が?」と、更に首を傾げた。

「なにって……アリスのこと任せてさ」

「だって、やってくれるモン」

「それは……」

「ガイ、何も言わなかったらずっと遠くを見てるだけで動かないから。だからいいの。リタの言うこと聞いてくれるから、いいの」

 さっぱりとした表情で、悪びれることもなく、再び欠伸をしながら部屋を出ていく。タグーは浮かない顔でガイの背中を振り返った。

 ――ガイはアリスが眠っている枕元で、胡座をかいてじっとしているだけ。

 しばらく間、タグーはじっとその背中を見ていた。「自由意志が存在しない」と言ったキッドの言葉を、脳裏で繰り返しながら。

 ……自由意志が存在しないからみんなの言うことを聞いているの? ……そんなこと、ないはずだ。

 間を置いて、言葉を掛けることなく近寄り、体育座りで横に座った。本当に真横に。肌が触れるくらい真横に。

 彼らの間に沈黙が続いたが、ガイが不意に言葉を発した。

「どうかなさいましたか?」

 ロボットとはいえ、やはり疑問が浮かんだのだろう。しかし、タグーは笑顔で答えた。

「どんな感じかなー、って思って」

 少し天井を見上げて笑みをこぼす、そんなタグーを見てガイは顔をしかめた。……いや、そういう雰囲気がした。

「どんな感じとは?」

「うーん……。人間と何が違うんだろう、とか、あと、何か匂いがするのかな、とか。こう……全体的な雰囲気だよ」

 ガイは首を傾げた。

「わたしは見た目からして人間ではありません。匂いはオイル臭がします。全体的な雰囲気として、金属の塊です」

「そうゆーんじゃなくってさぁ」

 タグーは眉間にしわを寄せてガイを見上げ、頭を悩ませた。

「うーん……、心だよ、心。心に感じるモノ。見た目も匂いも雰囲気も、認識するんじゃなくって心で感じるんだよ。わかった?」

「理解不能です」

「どうしてー!?」

 タグーは不可解げに眉間にしわを寄せると、突然ガイの腕を掴んで、身を乗り出し顔を近付けた。

「ほらっ、僕を見てどう思う!? 何か感じるでしょ!?」

「……。少年。年の頃から行くと10代前半。好奇心旺盛の様子」

「違うってばーっ。認識するんじゃないの! 感じるんだよっ、コ・コ・ロ・でっっ」

 タグーはブンブンッと首を振り、バンバン! と、ガイの胸を叩いた。ガイは痛さを感じないだろうが、タグーの手の平は痛かった。

「感じるというものがわかりません」

「うーんっ、ううーんっっ……」

 タグーは頭を押さえて、どう伝えたらいいモノかを必死に考える。それを見ていたガイは再び首を傾げた。

「あなたはなぜ、わたしにこだわるんです?」

「こだわるよー!! だってすごいじゃん!!」

「すごいじゃん、とは?」

「僕たちしゃべってるんだよ!?」

 ガイは顔をしかめた……気がタグーにはした。

「会話をするのは当前です」

「そんなことない!! ほらっ、ちゃんと言葉のキャッチボールができてる!! コレってスゴイよ!!」

「そうでしょうか?」

「そうなんだよ!!」

 タグーは興奮気味に拳を握って胸の前で上下に振ったが、そんな彼を放って、ガイは更に首を傾げると、何も言わずにアリスに目を戻した。

 タグーは、しばらくじっとガイを見つめていたが、胡座をかいているその冷たい足に頭を乗せて寝転がった。

 そう、見た目は膝枕だ。

 ガイは顔を下に向けてタグーを見下ろした。

「何をしているんです?」

「うん。……考え事だよ」

 タグーは呟くように言った。そんな彼の目の前にはアリスの顔が逆さにある。

『完成したら、あたしにも会話をさせてよ』

 最新のチップを見せた時の、彼女の明るい笑顔を思い出し、タグーは少し微笑んだ。

「……僕はね、キミのような人を作りたかったんだ」

「わたしは人ではありません」

「うん……。けどさ、僕にとってはそれは見た目だけなんだよね。……確かにこの太股は硬いけど」

と、タグーは頭を乗せている、ガイの太股を触った。

「でも、気持ちいいよ。すごく」

 ガイは何も言わず、微動だにしない。

 タグーは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じた。

「キミのような人を作りたかった……。ずっと……。……キミに会いたかったんだ……」






 小さいと思っていた村は思っていたよりも広く、そして思っていたよりも豊かだった。農作物を育てる畑もあるし、どういう生き物なのかはわからないが、家畜らしき動物もいる。それぞれが助け合って、必要なものを分け与えていくのがこの村のルールらしい。いわば、一つの大家族のようなものだ。

 キッドに連れられて挨拶をして回ると、村人たちは「住めば都だよ。仲良くしよう」と笑顔で声を掛けてくれた。最初は疎外感を感じたが、こうして話しをするとそれが嘘のよう。

 見知らぬ所にやってきたのに、何もかもが順調に進んでいく。キッドのおかげだが、本当に幸運と言ってもいいだろう。

 キッドは一通り村人たちの家を訪問すると、

「それじゃ、父を紹介するわね」

と、涼しい森の中に入った。

「父は伐採をやっているの」

 キッドは後を付いてくるロックの足下をたまに気遣い、振り返りながら微笑んだ。

「とても頼り甲斐のある人だから、何かあったら相談するといいわ」

 ロックは遠慮なく頷くと、枝の間からの木漏れ日を見上げた。

 ――地球にいた時、そういえば家の近所にも同じような森があった。自然公園になっていて、たくさんの人がジョギングしたりお弁当を食べてたり……。そういう“空気”を忘れていたな、ずっと……。

 歩き続けていると、どこかから、カーンッ……カーンッ……と、耳に心地のいい澄んだ音が聞こえ出し、キッドは顔を上げて足を速めた。

「お父さん」

 数本の大木が倒れ、その中に斧を持って木の枝を切り落としている白髪の老人がいた。キッドに気が付くと、肩から首に掛けていた布で額の汗を拭い、ニッコリと笑い掛けてきた。

「おお、どうした?」

 そう問いながらも、視線はロックに向いている。

 キッドは、少し離れた所で足を止めているロックを呼び寄せると、笑顔で紹介した。

「この方はロック。さっき見なかった? 空から何か落ちてきたでしょ。うちで面倒を見たいんだけどいいかしら?」

 老人は「うんうん」と笑顔で頷き、ロックに向けて手を差し出した。

「わしはアンダーソンだ。よろしくな、ロック」

「こちらこそ。お世話になります」

 と、ロックも行儀よく挨拶をしてアンダーソンと握手を交わした。老人の手にしてはゴツゴツとして力強かった。

「お父さん。ロックだけじゃなくて他にもあと二人いるの」

「おお、おお。こりゃ賑やかになるなぁ」

「ただ、一人、女の子が気を失っているみたいなのよ。ガイに診てもらったんだけど、霊力をたくさん使ってしまったらしくて」

「うむうむ。そうかそうか。そりゃ大変じゃな。まぁ、ゆっくり休むといい」

 アンダーソンは何度も何度も笑顔で頷き、キッドの話を聞くが、頭上に何かの気配がして「ん?」と顔を上げた。

「……あれはっ?」

 同じく見上げたロックが、目を見開いて顔をしかめた。

 木々の上から見え隠れする、小型の飛行物体だ――。止まることなくゆっくりとしたスピードで通り過ぎていった。

「ノアの番人の偵察機よ」

 キッドの言葉にロックは彼女を振り返った。

「……偵察?」

「空から何かが落ちてくると、必ず、ああやって偵察機を巡回させるの」

「……、俺たち、捕まるのか?」

「大丈夫。ガイがいるから」

 微笑み首を振るキッドから、ロックはもう見えない偵察機を探すように再び空を見上げた。

「しかし、今日は多いのぉ……」

 アンダーソンがため息混じりに呟いた。

「これで5機目じゃ」

 キッドはその言葉に目を見開いた。

「5機目っ?」

「うむ。……彼らの他にもどこかに落ちとるな」

 肩をすくめたアンダーソンの言葉の意味がやっとわかってきたロックは、途端に明るい顔をした。

 ……ってコトはみんなもここに落ちてきたってコトか!? ダグラスも! フライも!?

 心の奥底で少しずつ希望が見えてきて、ロックは嬉しさを隠すことなくアンダーソンに向けて身を乗り出していた。

「探す方法は!? そのっ……俺たち以外で、ここに落ちてきたモノを探す方法はないっスか!?」

「うむ……。ない」

 あっさりと答えられてしまって、ロックはガクンと顔を下に向けた。

 あっちが俺たちを探してくれるってコトは……まず考えない方がいいだろうな……。

 気落ちするロックに、キッドは苦笑して彼の腕を撫でた。

「そう落ち込まないで。あなたたちの仲間がここに落ちてきているのなら、生存していることを、偵察機に見つからないことを祈りましょう。そしたら会えるわ。時間は掛かるかも知れないけど、きっと」

 微笑みながら優しく気遣うキッドに、ロックはしばらく間を置いて小さく頷いた。

 そして、その日の夕刻――。

 ここには地球上と同じように朝晩の日の出入りがあることがわかった。人々は地球と同じような生活スタイルを営んでいるらしい。日が暮れ出すと、みんな家に入り夕食の支度をする。夜外出しないのは、獣が出るから、という理由もあるようだ。

 アンダーソンは作った薪を各家庭に納めに行き、キッドは夕食の支度を、そしてロックはアリスの様子を窺いに部屋へと足を向け、中を覗き込んだ。

「……。なにやってんだ、こいつ」

 アリスが寝ている部屋にガイ、そのガイの太股を枕にしてスヤスヤと眠っているタグーの姿を見下ろしながら、ロックは腰を下ろし、ガイに呆れるような視線を向けた。

「お前も大変だな。コイツに目ぇつけられて」

「この少年が何をしたいのか、わたしには理解不能です」

「だろうな。まぁ、身体をバラされないように気を付けろよ。コイツはやりかねないからな」

 笑いながら忠告され、ガイは首を傾げただけ。

 ロックは腰を下ろすと、そっとアリスの顔を覗き込んだ。――表情一つ、何も変わっていない。

「……まだダメか」

「霊力回復には時間が掛かります。この少女の場合、100の霊力があるとして現時点では1の霊力しかないのです。すぐに目を覚ますことはないでしょう」

「そうか……」

 ロックは微かな寝息を立てるだけのアリスを見つめていたが、ゆっくりと床にお尻を付けて落ち着いた。

「……さっき、偵察機って奴を見たんだ」

「そうですか。様子を探りに来たのですね」

「……ノアの番人ってのは一体何者なんだ? どんな技術を持ってる?」

「一言で言えば万能。全知全能なる者が存在するならば、彼らはそれに値するかも知れません」

 ガイの言葉にロックは動きを止め、眉間にしわを寄せた。

「すっげぇ頭がいい、ってコトか?」

「スッゲエアタマガイイ、という言葉を理解できませんが、頭脳明晰、彼ら自身も自らをそう言ってます。この世に置いて我らができないことは何一つない、と。つまり、それだけの自信と実績があるのでしょう」

「……光の柱を創り上げてブッ放つくらいだからな。確かにスゴイ奴らなんだろうよ。……けど、俺たちだって絶対負けない」

「自信過剰はよくありません」

「自信じゃねーよ。俺たちはそれだけの力があるんだ」

「そうは見えませんが」

「まぁみてろよ。絶対にノアの番人って奴らをやっつけてやっから」

 ロックはグッと力強く拳を握った。

 相手が誰であろうと、絶対に怯まない。現状では特に。頼れる人間は限られているのだから、自分がしっかりと気持ちを強く持たなくては、そんな使命感を感じていた。






 ――夕食の時間になり、アリスを除いたみんなが食卓に集まった。

 どんな材料を使っているかはわからなかったが、キッドの手料理はとてもおいしくて、ロックもタグーも遠慮なくガツガツと食べ尽くした。フライ艦隊群内では味わうことのできない、“手作りの、自然のおいしさ”、そう感じられた。アンダーソンが造ったのだろう、木の器も暖かみがあって食欲を湧き上がらせた。

 一息吐いたタグーは、空になった木皿を見つめ、優しい笑みを浮かべた。

「……アリスにも食べさせてあげたいな。絶対、おかわりするよ」

 ロックは深く息を吐いてお腹を撫で、肩をすくめた。

「いいじゃんか。ゆっくり休ませてやろうぜ。アイツが目覚めるまで俺たちはたくさんやることがあるんだし」

「うん、……そうだね」

「ねぇガイ、これ剥いて」

 途中、リタがガイに向かって木の実を差し出した。ガイはリタからそれを受け取ると簡単に皮を剥き、「どうぞ」と差し出す。リタは「あとコレも」と、他の木の実もガイに差し出すのだが、しかし、中にはどう見ても自分の手で皮を剥くことができるようなモノもある。

 タグーは、ガイが剥いた木の実を口に入れるリタをじっと見ていたが、何かに堪えきれなくなったのか、グッと息を飲んだ。

「それくらい自分でできるでしょ?」

 不愉快げな雰囲気を隠すことのないタグーに、リタは顔を上げ、拗ねるように口を尖らした。

「だって手が汚れちゃうモン」

「手が汚れるからガイに剥いてもらってるの?」

 リタは素直に「うん」と頷いた。

 タグーはヒクッと眉を動かし、文句一つも言わずに皮を剥いているガイに目を向けた。

「そんなことでいいのっ?」

「はい。わたしは構いません」

 ガイの素っ気ない言葉にタグーは頬を膨らませ、そして、知らん顔をしているリタに再び目を戻した。

「ガイはキミの召使いじゃないんだから、そんなことまでさせちゃダメだよ」

 しつこいタグーにリタも嫌気が差してきたのか、軽く目を細めて睨んできた。

「ガイはリタのモノなの。リタがガイを見つけたの。だからリタのモノなの」

「違う。ガイはリタのモノじゃない」

「リタのものっ」

「違うっ」

「リタのモノなの!」

「違う!」

 お互い身を乗り出して睨み合う。ムキになる二人の間に「おいおい……」とロックが入り込み、呆れるようにタグーを見てため息を吐いた。

「子ども相手に何やってんだよ?」

 ロックに宥められ、タグーは何も言い返せずにただ膨れっ面でリタを睨んだ。そんな彼に、リタは「イ~っだっ」と歯を見せて生意気な態度を見せる。途端にタグーの頬が引きつった。

 キッドは少し吹き出し笑い、そしてリタに視線を向けた。

「リタ、タグーの言う通りよ」

 苦笑しながらも、一息吐いてきつい口調で続けた。

「自分でできることは自分でしなさい。ガイにばっかり頼ってちゃダメ」

「ぶー!!」

 リタはキッドを見上げて頬を膨らませ、二人の争いのネタであるガイはお構いなしに木の実の皮を剥き続け、それが終わるとリタの前に全て差し出した。

 その後もタグーとリタの無言の責め合いは続いたが、夕食後、後片付けを終えたキッドが用意してくれた部屋でロックとタグーはしばらく腰を落ち着かせた。

「キッドと一緒にあいさつ周りしてたろ? その時、ノアの番人って奴らの偵察機を見たんだ」

 先程の情報をロックがタグーに教える。

「偵察機は俺たちみたいに宇宙から落ちてきた奴を捜しているらしいんだけど、アンダーソンさんが今日、他にも偵察機を見たって言ってたんだよ。……ってコトは、フライたちもここに落ちてるかも知れない」

 タグーは休めていた身を乗り出して目を見開いた。

「ホント!?」

「ああ。確信はどこにもないけどな」

「じゃあ探しに行こうよ!!」

「行きたいのは山々だけど、ガイが言ってただろ。俺たちはここでの知識がない。それに、偵察機が飛んでるってコトは……迂闊に行動したらそれこそどうなるかわからないってコトだろ」

 諭すように言われ、タグーは段々とその視線を落とした。

「……けど……それなら探さなくちゃ……」

「ああ。わかってる」

 そのまま二人の会話が途切れ、タグーはゴザの敷いた床をじっと見つめ、ロックは仰向けに寝転がって天井を見つめた。

「……みんな、無事だよね?」

 タグーが呟くように問い掛ける。

 ロックは振り返ることはなく、天井を見つめたまま口を開いた。

「ああ。……俺たちが生きてるんだぜ? フライたちも生きてるよ。絶対」

「……うん」

「明日」

 ロックは寝転んだまま、顔だけタグーに向けた。

「ガイに頼んで、この辺の散策でもしてみるか。詳しい話を聞きながらさ」

 タグーは「うん」と微笑んで頷くが、ロックは見透かすように目を細めて彼を睨み付けた。

「ただし、ガイにばっか興味をそそられてんじゃねーぞ」

 容赦ない言葉にタグーは頬をふくらませ、無言のまま視線で反発した。

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