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BAY  作者: 一真 シン
19/19

epilogue 道は始まった-2

 翌日――。

 ロックとタグー、そしてアリスはキョトンとした顔で突っ立っていた。彼ら三人の前にはインペンドが二体立ち、その周りではエンジニアたちが何やら騒々しく動き回っている。

 朝からクルーたちみんなと一緒にフライ艦隊群の修理に当たっていた、そんな彼らに突然、クリスからの呼び出しがあったのだ。「ケイティ艦内機動兵器格納庫まで来るように」と。

 何事だろうと足を運んでみると……。

「おはよう」

 フライスとクリス、そしてセシルとザック、その他数人の上官たちが現れ、三人は、掛け声がある前に同時に敬礼をした。そして、数秒後にそれを解除して背筋を伸ばす。

 フライスは笑顔で三人を見回した。

「突然の呼び出しで悪かったな」

 そう言葉を切り出しながら、彼は総督としての顔を見せ始めた。

「君たちも知っての通り、わたしはこのノアの地に残ることに決めた。次期総督は、クリス医務官に任命する」

 ロックたちは表面上ではピクリとも動かなかったが、心の中でそれぞれ頷いた。

「そこで、だ」

 フライスは少し考えるように視線を落とし、胸の前で腕を組んだ。

「君たちは他の候補生とは違う。それはみんながわかっていることだ。このノアの地に降り立つ前からそうだった。そしてこのノアでの出来事で更に君たちは特別な存在になった。……なのに、まだ候補生のままだったな」

 ロックたちは少し目を泳がした。顔を見合わせるような動きこそはなかったが、それぞれの様子を探っている。

 フライスは顔を上げると、組んでいた腕を解いて三人を見つめた。

「今から最終試験を行う」

 ロックたちは少し目を見開いた。

「ノアの上空に防御ネットを張った。試験場はそこだ。試験官はパイロットにわたし、エンジニアにザック教官、ライフリンクにセシル教官。試験用機体はインペンド。試験用として準備はしていないが、君たちは実戦を踏んできたんだ、今更準備なんか必要ないだろう」

 フライスの言葉に三人の顔に緊張の色が浮かぶ。

 ……まさかいきなり最終試験に挑むことになるなんて。せめて心の準備が欲しい所だが、それを告げるのも今更プライドが許さない。

 段々と候補生としての顔に戻りつつある三人に、フライスは口元にうっすらと笑みを浮かべた。

「試験官になるなんて初めてだが……楽しみにしている。本気で掛かってこい。わたしたちも本気でやる。……お前たちを叩き潰す」

 ロックは顔を上げた。

 “叩き潰す”、そう言ったフライスの背後、ダグラスがあの太い腕を組み、不敵に笑っているような面影が――。

「今から三十分後に試験を開始する。戦闘服バトルスーツに着替え、インペンド機動準備を整えておくこと。その後、オペレーターの指示に従い、試験場まで速やかに移動。試験時間は地球時間三十分。いいな」

「はい!!」

 三人は大きく返事をした。その声が格納庫内に大きく響き渡る。

 フライスは少し微笑み、頷いた。

「よし。準備に掛かれ」

「了解!!」

 三人はチャキッと敬礼をすると、それを解くと同時にダッ!! とその場から走り出した。

「ど、どっ、どうしよう!!」

 走りながらタグーが焦りの色を浮かべた。

「ヤバいよ! 突然試験だなんて!! ……爆発しちゃうかな!?」

「なんでお前はそうマイナスに考えるんだよ」

 ロックは背後を付いてくるタグーを振り返って苦笑した。

「ここで合格したらそれこそすごいじゃんか。なんたって、相手はあのフライだぜ? やり甲斐あるよな」

「僕の頭の中は、どうやったらキミの乱暴な操縦に耐えられるか、とか、どうやったらアリスのパワーを押さえられるか、とか、そういうので一杯だよ……」

 タグーは情けない声を出しながら額を抑えた。

「……こんなコトなら、こっそりインペンドをいじっておくんだった……」

「それじゃ力試しができないだろ」

 ロックが呆れるように笑った。

「大丈夫だ。俺たちは合格するぜ。そんな気がするんだ。間違いない」

「またその自信?」

 アリスが横に並んで目を据わらせると、ロックは「へっ」と笑って、右手を左胸に置こうとした。が、走りながら隣からアリスの手、そして背後からタグーの手が彼の左胸に置かれ、三人で手を重ねていた。

「自信じゃない。こいつがそう言ってるんだ」

 タグーとアリスが笑いながら同時に言う。

 ロックはキョトンとした顔で二人を見て、「ぶっ」と吹き出し、大きく笑った。

 ――それぞれ戦闘服に着替え格納庫前に集まると、一緒に並んで試験用のインペンドへと向かった。

 自分たちが搭乗する機体に辿り着くと、予め下まで伸びている、コクピットへと続く足掛けの三つ付いたワイヤーロープに足を引っ掛けて掴まった。タグーが、ロックとアリスがちゃんと足掛けに足を引っ掛けているかを目で確認して、ワイヤーから出ている赤いスイッチを押す。同時にウィー……ンと、上部でワイヤーが巻かれ、彼らをコクピットまで運んだ。

 開かれたコクピットのハッチ部分の足踏み場に足を下ろすと、タグーがワイヤーロープを収納位置に整え、その間に、ロックは操縦席へ、アリスはパワーカプセルの中へと潜り込む。

 ロックは操縦席に座りながらメットを被ると、横のコントロール席へと腰を下ろし、ハッチを閉めるボタンを押したタグーを窺った。

「どうだ? 応用は利きそうか?」

「……利かさなくちゃ、試験三十分も保たないでしょ」

 拗ねる彼にロックは少し苦笑し、背後のアリスを振り返った。

「お前の調子はどうなんだ?」

「バッチシよ」

 準備を進めるアリスが微笑んで言う。だが、その言葉にタグーは大きくため息を吐いた。

「バッチシってのが僕には恐怖だよ……」

「どういう意味よ、タグー?」

「……。なんでもないよ」

 アリスは目を据わらせてタグーの後頭部を睨み付けながら、上部につり下げられているモニターとパネルを自分の顔の位置まで引っ張って下ろし、高さ調整した。そして、コンピューターパネルのボタンを押してカプセルのドアを閉める。

 ロックも、落ち着いて座るとシートベルトを締め、両手に装着した革手袋を軽く引っ張った。

「モニターの電源を入れるよ」

 タグーが、スイッチやらレバーやら、モニターも無数付いたコントロール部の一部のスイッチを入れると、それぞれの目の前の小型モニターに艦内から発せられる画像が飛び込んできた。――青く晴れ渡った青空に、薄い光のネットが見える。

「……みんな見てるのかなぁ……」

 タグーが心配げに呟いた。

「……失敗したら、何を言われるか……」

「一生馬鹿にされること間違いなし、だな」

 ロックが含み笑いで肩をすくめると、タグーは「ハァーッ」とため息を吐いた。そんな彼の雰囲気を感じたロックは少し笑い、そして、前を見据えた。

「……俺たちは合格する。合格するんだ。フライたちなんかボコボコにしてみんなに見せ付けようぜ。試験官なんかクソっ食らえだってな」

 冗談交じりの言葉に、タグーは少し呆れるようなため息を吐きつつも微笑んだ。アリスも少しおかしそうに笑う。

【インペンド、準備完了ですか?】

 スピーカーからのオペレーターの声に、タグーは頷き応えた。

「はい」

【では、起動後、第一出撃口へと進んでください。出撃後は上空にてクルーが防御ネットを広げて入り口を作っているので、そちらへ向かってください】

「了解」

 と、ロックが返事をする。

 タグーはシートベルトを締めると、真顔でコントロールパネルに目を向けた。

「インペンド、始動」

 落ち着いた口調と手さばきで、コンピューターコントロール部のスイッチをONにしていくと、パネルに様々な光が浮かぶ。タグーの言葉と同時に、ロックも自分の前のコントロールパネルのスイッチをONにしていった。

 ――彼らの乗るインペンドが低い唸り声を上げる。

 タグーは素早い視線で様々なモニターをチェックし、異常のないことを確認していく。アリスはインペンドが機動したと同時に大きく息を吸い、そしてゆっくり息を吐くと目を閉じた。タグーやロック、そしてアリスのコントロールパネル内の一つ、POWARと記されたゲージが段々と上昇していく。OFFENSE、DEFENSE、QUICKと記された三つのゲージも、それと同様に上昇し出した。それを見届けたロックは、革手袋を強く引っ張って指の間にフィットさせると操縦桿を握り締めた。グッと力を入れて手前に押すと、インペンドがゆっくり動き出す。

 インペンドを開かれた第一出撃口の内部ハッチ内に納めると、背後のハッチがゆっくりと閉じた。

 内部スピーカーから、

【インペンド、エンジン点火、確認お願いします】

 と、女性オペレーターの声が響き、タグーは少し大きめのレバーに手を置いて大きく深呼吸をした。

「……インペンド、エンジン点火!」

 言葉と同時にレバーを下げると、ゴォォォォ! と、低い音と同時に、彼らの身体に振動が伝わってくる。

 タグーはモニターをチェックして、また新たなスイッチを入れた。

「点火、モニター確認OK。チェック。コントロールパネル異常なし。防御システム作動。パワーゲージ能力値アップ」

 タグーはロックを見た。その力強い視線と向き合い、ロックは大きく頷いた。

「……合格するぞ!!」

「……うんっ!」

 ロックはグッと操縦桿を握り、顔を上げた。

「パイロット、ロック・フェイウィン!」

「ライフリンク、アリス・バートン!」

「エンジニア、タグー・ライト!」

「READY!」

【GO!】

 オペレーターの合図と共に、インペンドは勢いよく外部ハッチの開いた出撃口から飛び出した。

 タグーがインペンドの様子を探るべく、数種類のモニター画面を呼び出しながらチェックを入れる。

「パワーゲージ上昇」

「タグー、電剣ボルトソードの電圧を上げてくれ」

「了解」

「アリス、クイック値を上げて置いてくれ」

 アリスは返事はしないが、段々とQUICKのゲージが上がっていく。

 ロックは周囲の様子を外部モニターで見た。

「……っかーっ。観客が大勢いるなぁ」

 外部モニターには、地上で彼らを見上げている大勢の人たちの姿が映し出されている。

「こりゃ……試験に落ちたらホントに大笑いされるぞ……」

 ロックが困惑気味に言うが、

「そんなことより、爆発しないかってコトの方が僕は心配だよ……」

 と、タグーがため息混じりに項垂れた。

 インペンドは光防御ネットの張られている上空を目指した。すぐに二体のインペンドがネットを広げている姿が目に映り、その入り口から中に入り込む。そこにはすでにフライスたちのインペンドが彼らを待ち構えていた。ロックの機体にはボディに赤いペイント、そしてフライスたちの機体には白いペイントが施されている。

 ロックが逆噴射させて定位置に着かせると、防御ネットの入り口が閉じられた。

 しばらくそのまま向き合い続けていた両者だが……

【……今から最終試験を行う】

 フライスの冷静な声に、ロックは息を飲んだ。操縦桿を握り締める手に自然と力が入る――。

【……。開始】

 そう告げるなり、フライスの機体がいきなり向かってきた。

 相手がダグラスなら大体の感じは掴める。ダグラスは間合いを計りながらも勢いよく掛かってくる方だ。ロックはそのことをよく知っている。しかし、フライスのこの落ち着いた雰囲気と突飛な行動は先が読み難い。

 ロックは慌てて操縦桿を動かした。

 素手で襲い掛かってくるフライスの攻撃を避けようとしたが、行動を見抜いているのか、ロックが避けた方へとフライスも動いていた。ロックは咄嗟に攻撃に備えて受け身を取るが、フライスはそんな彼に向かって思いっきり腹部にひじ鉄を喰らわし、そのまま手を振り上げて顔面に拳をぶつけた。激しい衝撃にアリスが悲鳴を上げ、タグーは「うわ!!」と、コンピューターデスクにしがみつく。

 ロックの機体は、開始早々、無様に防御ネットに沈み込んだ。

「くそ!!」

 ロックは大きく吐き捨てて操縦桿を引いた。機体は弾むように防御ネットから離れ、すぐ身構えようとしたが、そんな彼らにフライスは隙を与えることなく、今度は電剣ボルトソードを引き抜いて斬り掛かって来た。

 ウソだろ!? と、ロックは外部モニターの光景に大きく目を見開いた。

「タグー!! 耐電圧シールドを!!」

 そう言い終わる前に、フライスは電剣ボルトソードを振り下ろしてきた。

 ロックは舌を打ってその場を避けるが、フライスの機体はジェットエンジンを点火してスピードを上げ、追い掛ける。ガァーンッ!! と鈍い音が響き、機体の胸部にフライスの電剣ボルトソードが入った。ギリギリ、シールドが効いて深手を負うことは避けられたが、衝撃は大きい。

 ロックは押された機体の体制を整えるべく、慌てて逆噴射させた。

 タグーは、次々と喰らう衝撃に顔を歪めるが、狼狽えつつも機体のチェックを素早く行う。

「パワー減少!! アリス! 大丈夫!?」

 POWARと記されたゲージや、他のゲージも最初と比べると下がってきている。

「アリス大丈夫か!?」

 振り返ることはできないが、ロックもすぐに声を掛けた。

 二人の後部にいるアリスは、息を切らしながら「……う、うん」と頷いた。

「ビ、ビックリしちゃって……。も、もう大丈夫……」

 その言葉が終わるか終わらないかのその時、スピーカーからフライスの声が聞こえてきた。

【……弱いな】

 残念そうな呟く声に、ロックもタグーも顔を上げた。

【……弱過ぎる】

「なんだと!?」

 ロックはムカッ! と、眉をつり上げた。アリスも少しムッとしたのだろう。パワーゲージが上昇を始めた。

 タグーは現状を把握するべくコンピューターのタッチパネルを叩いた。

「インペンドパワー上昇。耐電圧シールド強化」

電剣ボルトソードの電圧を上げろ!」

「OK」

 ロックの機体が電剣ボルトソードを引き抜くと、それと同時に柄の部分から電流の刃が生じた。

電剣ボルトソード電圧80%」

 タグーのその言葉が終わるか終わらないか、ロックは躊躇なく斬り掛かった。

 勢いよく振り下ろしてくるロックの電剣ボルトソードをフライスは受け止めると思っていたが、それを寸前で避けた。スカッと、ロックの電剣ボルトソードが空を切り、勢い余って体制が崩れ、その姿を馬鹿にするようにフライスは背中に回し蹴りを喰らわした。

 ロックの機体は身体を反らしたまま防御ネットに飛び込んで、そこで数回弾む。

「背部防御システム機能値低下!!」

 タグーは焦るように言いなからロックを見た。

「向こうはクイックを中心に上げてるんだ!! だからあれだけ素早い動きを!!」

「アポロンもどきか!?」

 防御ネットから機体を離しながらロックが苛立ち気味に吐いた。

「アリス!! オフェンスを上げてくれ!! 次にクイックだ!!」

 彼の言葉が終わると、ゲージが上昇していく。

電剣ボルトソードの電圧をギリギリまで上げろ!!」

「OK! ……電剣ボルトソード電圧90!!」

 タグーが返事をするとロックはすかさず攻撃を仕掛けるが、フライスは意図も簡単に避けた。

 あまりにもあっさり過ぎて、自分でも腹立たしいのだろう。ロックは舌を打った。

「あんにゃろ!!」

 そう吐き捨てて再び斬り掛かるが、それでもフライスはその攻撃をするりと避けた。

「ロック落ち着いて!!」

 何も考えていないロックの行動に、タグーが焦って声を掛けた。

「フライはすごく冷静だよ!! 頭に血が上った方が負ける!!」

「うるせぇ!! じゃあ、あいつを冷静でいられなくしてやるよ!!」

「ムチャだよ!!」

「アリス!! パワーを極限まで上げろ!!」

「やめてよ!! 爆発させる気!?」

 タグーが愕然とした表情で制しようとするが、そんな彼を余所に、POWARのゲージがどんどん上昇していく。

 ロックはグッ! と操縦桿を握り締めた。

 外部モニターには、「いつまで待たせるんだ?」という雰囲気で彼らの出方を窺っているフライスの機体が映っている。ロックは、それを睨み付けながら操縦桿を動かした。

 グンッ! とGが掛かり、タグーは少し息を詰まらせた。

 ロックの機体は、電剣ボルトソードを振りかざして飛び掛かった。先程とは違ったスピードに、フライスは最初よりも早く反応を示す。ロックは腹部目掛けて電剣ボルトソードを振り下ろしたが、フライスはそれを避けるべく、サッと後退した。そして、ロックの電剣ボルトソードが空振りすると、腕を上げ、ロックの機体の左腕へと勢いよく拳を振り下ろした。ガキィーン!! と、激しい音と共に、ロックの機体の左腕が曲がる。

「インペンド左腕装甲破損!! 内部動作システム異常!! 機体バランス強化システム作動!!」

 タグーがインペンドの総体図をモニターに呼び出しながら言い、スイッチを押していく。

 ロックは「くそ!」と言葉を吐いた。

 操縦桿を動かしインペンドの左腕の反応を見てみると、何か引っ掛かるような違和感がある。

「これじゃ……やばいだろ!!」

「……ヤバいわね」

 背後のアリスが無表情に、ポツリと呟いた。まるで、「また不合格なのね……」とでも言うように。

 ロックは、腰に手を置いて佇むフライスの機体を外部モニターで見て、ムッ!! とした。

 ……クールを気取りやがって!!

「タグー!! 電剣ボルトソードの電圧をもっと上げろ!!」

「もう極限まで来てるよ!! これ以上上げると支障を来す!!」

「じゃあどうすりゃいいんだ!?」

 焦るロックの言葉に、タグーはインペンドの状況を判断しながら考えた。

 ……落ち着け。落ち着いて考えろ。

 試験用として作られていないノーマルなインペンド。ロックとアリスのパワーに付いて行けないこの機体をどうやったら……。

『あなたは何もできない子どもじゃありません。あなたは自分でも気付いていない程の大きな力を持っているんです。……それを信じてください』

 不意に脳裏にガイの姿が浮かんだ――。

 タグーは、じっとコントロールパネルを見つめ、「……よし」と、そう小さく頷くなり、タッチパネルを叩いて操作した。

「ロック」

「なんだ?」

「……キミは優秀なパイロットだったね?」

 手を止めることなく問われ、ロックは間を置いて頷いた。

「当たり前だろ」

 その言葉を聞いて、タグーは口元に笑みを浮かべた。

「その言葉を信じるよ」

「……。どうするつもりなんだよ?」

 少し顔をしかめたロックの問い掛けにタグーは答えない。

 その代わり――。

 タグーは、コンピューターのタッチパネルを素早く叩きながらモニターに映し出されたインペンドの総体図を見つめた。

「……外部保護装甲、テイクオフ」

 タグーの言葉にロックも、そしてアリスも少し驚いたように目を見開いた。

「……おい。それって」

 ロックの言葉の最中、インペンドに微かな振動が起こった。外部モニターを見てみると、インペンドから保護装甲が剥がれ、防御ネットに沈んだ。

「……おいっ」

「コールドシステム発動経路遮断……シールド装置システム遮断……。予備パワーをオフェンスとクイックに移行」

「おいおい!!」

 ロックが戸惑うように言うが、パネル上のDEFENSEのゲージが段々と下がっていく。

 タグーはロックを見た。

「インペンドは丸裸になった。機体は軽くなったし、余計な所を伝っていたパワーも遮断したから、これでかなり操縦も軽くなったはずだよ」

「おっ、お前なぁ!!」

「優秀なパイロットなんでしょ? フライの攻撃を受けたら、僕ら、イチコロだからね?」

 試すように笑われ、ロックは「こ、こいつ!!」と、呆れにも似た気持ちでタグーを睨み、外部モニターに映るフライスの機体に目を向けた。

「僕の言う通りに攻撃して。……さ、反撃しようか」

 タグーがニヤリと笑う。

 ロックは深く息を吐いて、グッと操縦桿を握り締めた。

 機体が左腕を軋ませながら電剣ボルトソードを構え、フライスに斬り掛かる。フライスは彼らの突拍子もない行動に、一瞬、怯んだのだろう。装甲を剥がして軽くなった突進から逃れられず、初めて電剣ボルトソードで攻撃を受け止め、互いの刃先から火花が飛び散った。

「アリス!! パワーを上げ過ぎないように気を付けて!!」

 タグーが言う。

「ロック! 攻撃を仕掛け続けるんだ!! フライに隙を与えるな!!」

 ロックは言われるまま、電剣ボルトソードを受け止めたフライスの機体の胸部に右足を向け、思いっきり蹴飛ばした。そして、背後に引いた所を再び斬り掛かる。フライスはすぐに体制を整えると、そんなロックに同じく斬り掛かろうと向かって来た。

 タグーはコントロールパネルに機体の情報を呼び出した。

「パワー値マックス!! オフェンス、クイック値マックス!! ロック!! インペンドの電剣ボルトソードを持つ手、左を軸にして!!」

「左じゃ力がないぞ!!」

「いいんだ!! 左腕には犠牲になってもらうから!!」

 タグーが何をやるつもりなのかは解らないが、ロックは言われた通りに電剣ボルトソードの柄を握る手を逆にし、そのまま、フライスに斬り掛かった。

 二体の間で、触れ合った電剣ボルトソードが激しい火花を散らす。

 タグーはタッチパネルを叩いた。

電剣ボルトソード90%!! 93!! 96!!」

 タグーの言葉が続くと同時に、ロックの電剣ボルトソードがパチッパチッ!! と、火花を飛ばした。

「爆発するぞ!!」

 操縦桿を握り締めながら言ったロックは、ハッとした。

 ……爆発、って――

 やっと何かに気が付いて、目を見開き、タグーを振り返った。タグーはロックを見返すと、真顔で大きく頷く。

 ロックはヒクッと、顔を引きつらせた。

「……外装剥がしたのはマズイだろ!!」

「優秀なパイロットなんでしょ!?」

「そういう問題か!?」

電剣ボルトソード97%!! 98!! 99!! ……マックス!!」

 ロックは「あぁくそぉ!!」と、電剣ボルトソードを両手で掴み持つ、機体の右手を離した。

 左手のみで持たれた電剣ボルトソードはフライスに押されるが、その瞬間、摩擦が起こり、二体の電剣ボルトソードの間でドオォン!! と、大きな爆発を起こした。

 軽くなったロックの機体は、爆風で簡単に吹き飛ばされ、防御ネットに深く沈み込んだ。

「ロック!! 今だ!!」

 タグーが叫ぶように大きく言う。

 ロックは身を乗り出して操縦桿を動かした。

 機体はジェットエンジンを噴射させると、爆発で生じた黒い煙の消えないそこへ向かって右拳を振り上げ、猛スピードで突っ込んだ。ガキィィン!! と、何かを殴り飛ばしたと同時に、ロックは間髪入れずに回し蹴りを喰らわした。何かに当たった衝撃が、三人の身体にも伝わってくる。

「やったか!?」

 ロックの顔にもようやく、笑顔が戻った。

 外部モニターには黒い煙が広がり、視界が悪い。

 風が吹き、黒い煙を運び去ると――ロックたち、三人は外部モニターを見て息を止めた。

 顔面や上半身をボロボロにされたフライスの機体が、ロックの機体の首根っこに電剣ボルトソードを向けていたのだ。

 爆発したのは、ロックの電剣ボルトソードだけだった。爆発を察したセシルが、電剣ボルトソードの電圧を急速に下げて刃を消して回避したのか、その意図まではわからないが。

 しばらくの間、二体は動かない。

 ――身動きできずにいる彼らのスピーカーから、フライスの声が聞こえてきた。

【……試験終了。ケイティに戻れ】

 落ち着いた声と同時にフライスは電剣ボルトソードを下ろし、そして防御ネットから出て行くべく、ロックに背を向けた。

 周りで待機していたインペンドが防御ネットを広げ、そこからフライスが出ていくのを、三人は外部モニターから見つめていた。

 ……長い間沈黙が続き、ロックはゆっくりとタグーを見る。タグーも、彼に合わせてゆっくりと振り返った。――ロックの目が据わっている。

 タグーは恐る恐る目を逸らした。と同時に、ロックは自動操縦に切り替え、シートベルトを外してタグーに飛び掛かった。

「てめェこンのヤロォ!! 不合格だったらどーすんだぁ!!」

「うわぁ!! ご、ごめん!! ごめーんっ!!」

 タグーは慌てて頭を抱え込んだ。

 暴れる二人の背後、パワーカプセルの中でアリスは小さくため息を吐いて首を振った。

「……不合格、ね」

「こいつ!! こいつー!!」

「い、痛いよーっ!!」

 ロックは平手で、スパン! スパン! と、タグーの頭を叩く。

【さっ……さと戻ってこい!!】

 二人の声がスピーカーから聞こえていたのだろう。フライスの怒鳴り声がコクピットに大きく響いた――。






 渋々ケイティに戻って格納庫にインペンドを収め、機動を停止させると、タグーはハッチを開くスイッチを押した。……が、ハッチが開かない。困り果てた三人を見かねたエンジニアたちが、ハッチを解体し、機動停止から三十分後、やっと三人はコクピットから脱出できた。

 足場のクレーンに乗り、インペンドを振り返って見ると……

「……ひでぇ……」

 唖然とした表情でロックが呟くように言った。

 インペンドの、その外装を外した姿は無惨だった。電剣ボルトソードの爆発の衝撃を直に受けてしまったせいもあるのだろう。黒く焼け焦げ、至る部分が剥がれ、へこんでいる。

 床へと降り立った三人に、エンジニアたちが冷めた視線を向け、その中の一人がポツリと言った。

「お前たちは、もう絶対、インペンドに乗せない」

 その言葉にロックもタグーも、そしてアリスも「ガーン!!」と身動いだ。そして、しょんぼりと、フライスたちの待つ、格納庫の一角へと足を進めた。

 フライスたちは近寄ってきた三人へと目を向けるが、誰一人として口を開かない。クリスだけは笑いを堪えているようにも見える。

 ロックたち三人はいつものように横一列に並び、ソロ……と、フライスを上目遣いに見上げた。

 フライスは組んでいた腕を下ろすと、三人の前に立ち……ゴン!! ゴン!! ゴン!!

 ゲンコツを落とされたロックたちは、「うっ!!」と、息を詰まらせ、頭のてっぺんを押さえた。

「お前たちは何を考えてるんだ!! あれが実戦だったら死んでる所だぞ!!」

 フライスの怒鳴り声に、ロックは不満げに口を尖らせ、アリスは泣きそうな顔をし、タグーは……視線を落とした。

 フライスは眉をつり上げ、違う表情を見せる三人を交互に見て大きくため息を吐いた。

「少しは賢くなっているかと思えば……お前らには学習ってモノがないのか!?」

 半分呆れるように怒る。そんなフライスにロックはムカッと頬を膨らませた。アリスはアリスでシュン、と俯く。

 タグーは……

「……すみません……」

 小さく言葉を発した。視線を落とし、寂しげに目を細めている。

「……僕がやったんです……。ロックたちは僕の言う通りにやっただけで……。……すみません……」

 ロックとアリスはタグーに目を向け、そして、二人して真顔で首を振った。

「何言ってるの? タグーのせいじゃないわよ」

「インペンドが悪いんだ。あの機体がヘボかったんだよ」

 周囲のエンジニアたちの恐ろしい視線が一斉にロックに向く。

「い、いや、やっぱ……俺たちが悪かったかなっ、うんっ」

 ロックは彼らと視線を合わせることなく、慌てて訂正した。

 フライスは深くため息を吐き、クリスを振り返った。クリスは笑顔で頷くと、腕に持っていた紙をフライスに手渡した。

「……デルガ、ライフリンク候補生Aクラス、アリス・バートン」

 名前を呼ばれたアリスは、顔を上げた。

 フライスはB5サイズ程の紙を彼女に向け、そして、今までとは打って変わった穏やかな表情でそれを差し出した。

「精神力を安定させていたな。今までの君だったら、パワー値もマックスを越えて、機体を制御不能にさせていただろう」

 そう言われて初めて気がついた。そういえば、確かにパワーを掛け過ぎなかった。集中していた――。

 フライスは少し微笑んだ。

「ライフリンクの君は、その命も左右できる。身を以て解っていることだな。これからはもっと自分の限界を知ること。そして、その周囲のことも理解しなくちゃいけない。求めれば求めるだけの答えが返ってくるとは限らない。けれど、君が求めるだけの努力を惜しまなければ必ず答えは返ってくる。そうすれば、自ずと君を受け入れる仲間も増えていく。……君は特別でもなんでもないんだから」

 アリスは優しい口調で言うフライスを見て、少し悲しげに目を見開いた。

 求めるだけの努力――。

 ……いつも逃げて、耐えて……そればかりだった。……あたしは特別じゃない……。

 セシルに目を向けると、彼女は優しい笑みで頷いた。

 フライスはニッコリと笑う。

「おめでとう。合格だ」

 アリスは彼を見上げ、しばらく間を置くと、静かに微笑んで合格書を受け取った。

 しばらくじっと合格書を見つめ、それを右手に持ち直すと、フライスと同時に敬礼をする。アリスが元の位置に戻ると、フライスは今度はタグーの名前を呼んだ。

「デルガ、エンジニア候補生Aクラス、タグー・ライト」

 タグーはソロ……とフライスを見上げると、彼の前へとすごすご足を踏み出した。そんな彼に、フライスは少し苦笑した。

「そんなに怯えるな。獲って食うつもりはないんだから」

「は、はい……」

 フライスは、小さく頷いた彼を見て言葉を続けた。

「君はよく爆発を起こすな」

 タグーは「うっ……」と首を縮めて俯く。

「問題と言えば問題だ。……だが、君のその何かの時に思い付く応用は全てが非だとは思えない。今の試験でも、外装を剥がしたことによってのスピード強化、電剣ボルトソードを斬り裂く武器としてではなく、爆発物として利用する所、なかなか思い付けることじゃないだろう。結果が伴わないが、しかし、一つ一つ解決していくことで君は成長する。その証はちゃんとわたしたちが理解している。君の機械工学の才能はエンジニアのクルーたちと同等、若しくはそれ以上だと思っているんだ。君の才能はいずれ大きな成功を導くと、わたしたちは信じている。君にはそれだけの力があるんだ。自分を信じるんだぞ」

 タグーはフライスを見上げた。

『……あなたは自分でも気付いていない程の大きな力を持っているんです。……それを信じてください』

 その目にうっすらと涙が浮かび、タグーは少し鼻をすすった。

「まずは一歩。……おめでとう。合格だ」

 フライスは微笑み、タグーを見た。

 タグーは一礼して合格書を受け取った。周囲のエンジニアたちから小さく「おめでとう」と声が掛かる。フライスと同時に敬礼をして、アリスの横に並ぶと、アリスは笑顔で「……よかったね」と彼に声を掛けた。

 フライスはロックを見た。同じくロックも――。

「……デルガ、パイロット候補生Aクラス、ロック・フェイウィン。……いや。ロック・ファルト・ウォール」

 フライスに名前を呼ばれ、ロックは前に出る。その呼び名を聞いて、クリス以外のみんなが少し顔を見合わせた。タグーもアリスも、驚いたように顔を見合わせ、瞬きをしている。

 “ウォール”と言えば……。

「これはダグラスの仕事だったんだけどな」

 フライスが少し寂しげに笑った。

「けど……あいつのことだ。合格書なんか手渡さなくても、お前のことをもう認めているだろう」

『……ロック。……お前は立派なパイロットだ』

 不意に耳の奥で甦り、ロックは少し目を細めた。

 フライスは、そんな彼を見ながら言葉を続ける。

「これからどういう道を進んでいくか、それはお前次第だ。誰にもそれを止めることはできない。けれど、忘れるな。……ダグラスが最終的にお前を残したのは、お前が生きていくことをあいつ自身が望み、そして生きていくことができると信じたからだ。……わたしたちもそう信じている。……お前は造られたんじゃない。生きるべくして生まれてきたんだ」

 ロックはフライスを見上げた。

「……おめでとう。合格だ」

 微笑み差し出された合格書を、ロックはじっと見つめ、目を閉じた。

『……じゃあな、クソガキ』

「……ありがとう」

 ロックはそう呟き、ゆっくり目を開けて受け取ると、顔を上げ、フライスと同時に敬礼をしてアリスやタグーと並んだ。

 フライスは三人を静かに見回した。

「……これで君たちは候補生から立派なクルーになった。……しかし、これはゴールじゃない。これからがスタートになる。けれど、君たちならきっと道を間違えることなく突き進んでくれるだろう。数え切れない困難にもきっと立ち向かえるだろう。……君たちのこれからの活躍に期待しているよ」

 にこやかな笑顔のフライスに、三人は同時に「ありがとうございました!」と敬礼をした。

 周りのクルーたちから、拍手と、「おめでとう!」と声が挙がる中、フライスは微笑みを残し、小さく息を吐くとそのまま三人に背を向けた。

 上官たちを引き連れて歩いて行くフライスを見て、三人は敬礼をやめ、そして、彼らの姿が消えるなり――

「ねぇねぇ!!」

 タグーは笑顔で詰め寄り、ロックを見上げた

「なになに!! どういうこと!? ウォールって、なに!?」

「そうよ!! どういうことなの!?」

 アリスも顔をしかめてロックに詰め寄る。

 ロックは面倒臭そうな顔で合格書を丸めた。

「あぁン? ……別にぃ」

「別にって何よ!?」

「そうだよ! 別にってなんだよ!?」

 ふて腐れる二人を見て、ロックは、ボリボリ……と後頭部を掻いた。

「ダグラスんトコの息子になったんだよ」

 どこかしら分が悪そうに告げると、タグーとアリスはキョトンとしていたが、愉快げに顔を見合わせた。

「元から親子みたいだったモンねーっ」

「だ、誰がっ!!」

「じゃあ、地球でダグラス教官の奥さんが待ってるのね! お母さんだ! どんな人だろう!?」

「放っとけよ!!」

「ホントは嬉しいくせにぃーっ」

「ねぇ? かわいくないわよねぇーっ?」

 ロックはムカッ! と、笑いながら逃げる二人の後を追い掛け回した。

 追いかけっこを始める三人の姿を目で追いながら、セシルは少し苦笑して腕を組んだ。

「そういうことになってたの?」

 横目で伺うと、クリスは少し笑って肩をすくめた。

「まぁね。……ロックのことを知ったダグラスがすぐ養子縁組したんだよ。婦人も当に了承済みで、歓迎してる」

 セシルは少し安堵のため息を漏らし、その隣にいたザックは苦笑した。

「ロックがねぇ……。あの暴れん坊が息子だと、婦人は苦労が絶えないだろうな」

「そんなことはないよ?」

 クリスは笑顔で、まだ追いかけっこをやっている三人を見つめた。

「ダグラスがいなくなった理由は、婦人がよく理解してる。……ロックにすべてを背負わせて申し訳ないって気持ちも持ってる。だからこそ、婦人は残されたロックを大事にしていきたいって。……ダグラスの分も。……ロックが帰ってくるのを、婦人は心待ちにして待っているからね」

「……。そうか……」

「ロックも、婦人を支えたいって気持ちは強いみたいだし。……なんか……、ダグラスにしてやられたって感じだよ」

 クリスは微笑みながら、遠くを見つめた。

「なんだかんだあったけど……、結局、あの人が“仕掛け”なけりゃあどうなってたか。結果論だけど、でも……あの人が残したものは大きい。ロックにしても、……フライにしても。……やっぱり、あの人はすごい奴だよ」

 クリスの言葉に、セシルもザックも微笑み、頷いた。






「ふああぁー……」

 タグーは大きく背伸びをして、両手を頭の後ろで組み、枕代わりにゴロンと土の上に寝転がった。

 その日の夜――。

 仰向けのまま、無数の星屑を眺め続けるタグーの横で、ロックももたれるように地面に両手を付き、夜空を見上げた。

 アリスも同じように、ロックを中央にして体育座りをし、星空を見上げている。

 遊ぶだけ遊んで、夜食が終わった後の自由時間――。

「……今日は疲れたね……」

「……そうだな」

 タグーの後にロックが続くが、互いに顔を見合わすことはない。

「……けど、合格できてよかったよね。……絶対に駄目だって思ったのに」

 アリスは苦笑して鼻から深く息を吐いた。

「フライ、ここに残らなくちゃいけないから……、あたしたちのこと心配したのかな?」

「かもな」

 ロックもつられて笑う。

「フライらしいよ」

「……ホントね……」

 涼しい風が吹いて、三人の間を抜けた。遠くでは、まだフライ艦隊群を修理しているクルーの姿や、そして、戯れているクルーたちの姿も見受けられる。

 ――楽しい声が風に乗って運ばれてきて、そして、消えた。

 タグーは、星空を見つめたまま口を開いた。

「……ノアから離れる日、決まったらしいよ」

「……みたいだな……」

「ちょっと……寂しいね……」

 言葉が途切れ、無口な時間を過ごす。

 ……ここに来てから嫌なことばかりだった。なのに、離れるとなると心細い。

 キッドたちとも離れなくちゃいけない。そして、フライスとも――。

 何も言うことなく、三人はそれぞれ夜空を見つめていた。

 胸の奥、思い描くモノはきっと違うだろう。感じる寂しさも、想いも……。

 タグーはじっと星のひとつを見つめた。枕代わりにしている手に小さな石がめり込んできて少し痛い。けれど、そのままの体制で身動き一つすることなく、小さく言葉を切り出した。

「……僕、……ここに残ることにしたよ」

 タグーのその言葉に、ロックもアリスも目を見開いて彼を振り返った。

「え!?」

 驚きの声を上げる二人に目を向けることなく、タグーは少し口元に笑みを浮かべた。

「……昨日の夜、フライとクリスに退艦届けも出したんだ……」

 ロックは目を見開くと、顔を真っ赤にしてタグーの方へと身を乗り出した。

「なっ……。なんでそんな勝手なこと!!」

「……うん……。そうだね……」

「そうだねじゃねぇだろーが!!」

 ロックが怒鳴るが、タグーの目は彼を捉えない。

 アリスは愕然とした表情のまま、ロックを間に小さく切り出した。

「……ひょっとして、今日の試験って……そのためだったの?」

 タグーは少し間を置いて、「よっ」と身体を起こし、座り直して地面を見つめた。

「それはわからない。……けど、多分……」

 タグーの言葉が途切れる。

 ロックは戸惑い目を泳がせ、眉をひそめて息を震わせた。

「お前、なんでそんなこと……!」

「……ここに残りたいんだ」

 視線を落として呟くように答える。どこか寂しげな彼にロックが文句を言おうとしたが、アリスが先に言葉を発した。

「ガイのこと?」

 ロックは何かに気付き、文句を言おうとした口を辛うじて閉じてタグーを睨んだ。

 タグーはじっと地面を見つめ、そして、誤魔化すように笑った。

「へへ……そうだね。……ガイも復活させたい。……約束したから。……僕にどこまでできるかわからないけど……でも……、でも、不可能じゃないと思うんだ。……限りなく不可能に近いかも知れないけど……」

 言葉尻を小さくして、タグーは笑みを消した。

「……ここに残って、クロスの知識も勉強して。……いつか、夢を叶えたいんだ……。……いつか……」

 ロックは躊躇うように目を泳がした。

 タグーの言っていることは充分わかる。何をやりたいかもわかる。彼が造りたいのは、機動兵器でも小型機でもない、そのことだって充分わかっている。

 けど……

「……納得行くかよ、そんなの……。……納得行かないっての……」

 ロックは困惑げに首を振り、視線を落とした。

 タグーは地面を見つめたままで、「……うん……そうだね……」と小さく返事をすると、そのまま言葉を続けた。

「……昨日、フライに言ってたでしょ? ホントに大切だったら終わらせられないはずだって。……ここで何かに見切りを付けたとしても、長い間追い掛け続けてきたモノがそう簡単に消えるモンか、って……。……僕、不甲斐ないよ。ガイを復活させたくても方法すらわからないんだ……。何もわからないんだ。何も……。どうしたらいいのかも……」

 タグーの目にうっすらと涙が浮かぶ。

「……僕は非力だよ。あまりにも……非力過ぎるよ……。周りがどんなに誉めてくれたって……僕は、僕がホントに大事なコト、何一つとして成し遂げられないんだ……。助けたいものを、助けられないんだ……」

 俯いて声を震わせる彼に、ロックもアリスも目を向けることなく、ただ、押し黙って遠くを見つめた。

「……諦めようとしてたんだ。もう無理だって……諦めてた。……けど、ロックがもがき暴れるって。終わらせたくないからって。……僕も、やっぱりここで終わらせたくない……」

 ロックは少し目を伏せた。……視界の片隅で、タグーの目から涙が数滴落ちたのが見えた。

 ――少しの間、言葉が途切れ、タグーの鼻をすする音だけが聞こえる。

 ロックはゆっくりと目を開けると、地面を見つめた。

「……けど……お前がここに残ったら、誰をインペンドのエンジニアに指名したらいいんだよ?」

「……、うん……」

「お前以外に、誰がいるんだよ……」

「……。……う、ん……」

「お前以外に……誰も思いつかないだろ……」

「……」

「それに……お前がここに残ったら、俺たち……今度いつ会えるかわからないんだぞ……」

 タグーはロックの言葉を聞きながら地面を見つめた。視界がぼやけ、涙が落ちるとまた視界がスッキリする。それを繰り返して。

 ――再び沈黙が訪れ、風が三人の間を吹き抜けていく……。

 アリスはロックやタグーと同じように地面を見つめていたが、その目をゆっくりと夜空へ向けた。

「……ねぇ。あたしたち……仲間だよね?」

 ロックもタグーも彼女を振り返ろうとはせず、耳だけを傾けた。

「……ロック、前に言ったじゃない? 離れるからって、距離があるからって、仲間であることには変わりないって。……ずっと仲間なんだって……そう言ったよね?」

 アリスは大きく夜空を見上げて、微笑んだ。

「あたし……タグーのこと応援するよっ。寂しいけど……でも応援するっ! 仲間だもん! 大切な仲間だから! 例え会えなくってもっ……あたし……」

 声が震え出し、アリスの目尻から涙が零れた。息苦しくなってきて、吐き出す息が詰まる。笑顔を消さないようにと心掛けたのに、顔が歪み、段々と紅潮していく。

 タグーは膝を山にして体育座りをすると、その中に顔を埋めた。肩が微かに震え出し、息を詰まらせる。

 声を出さずに泣き出した二人の間、ロックは視線を落とした。

 ……ずっと一緒だと思っていた。これからも。離れることのない仲間だと、一緒に笑い合える仲間だと、いつまでも続く時間だと……。

 ロックはゆっくりと目を閉じた。そして数回深呼吸をすると、両腕を広げ、タグーとアリスの肩を引き寄せてギュッと抱き締めた。

「……俺たちゃ仲間だ! これから先も! 何があっても!! ずっと仲間だ!!」

 ロックは力強く言いながら、力一杯二人を抱き締めた。

 タグーはロックにしがみつき、「……っ」と息を詰まらせる。アリスもロックにしがみつき、そのままタグーの手を握り締め、声を上げて泣き出した。

 ――ロックの目から数粒涙が零れ落ち、二人を抱き締めたまま、包み込むように身体を丸めた。

「……ずっと、仲間だ。……ずっと。……ずっと……」

 涼しい風に乗って、遠くからは楽しい声が聞こえてくる。

 頭上では流れ星がかすめ、そして消えていく。


 三人は、そこに何かを留めるように、ずっと抱き締め合っていた――。











 数日後――。

 ノアに残っていた闘いの跡も、みんなの力でだいぶ回復してきた。ノアコアは異人クロスたちが管理することに決まり、今後、彼らの手によって修復されていくだろう。……ひまわり畑も。

 出発準備の整ったフライ艦隊群には、もうすでにクルーたちみんなが乗り込み、その傍には、異人クロスやエバーの住人たちが見送りに集まっている。

 ロックとアリスは、二人並んでタグーを見た。タグーはもう、ノアの服に身を包んでいる――。

「……しっかりがんばれよ」

 ロックが笑顔で励ますと、タグーは大きく頷いて微笑み返した。

「ロックも。……ムチャしないようにね」

「わぁってるよっ。お前なんかに言われなくってもっ」

 鼻であしらうようにそっぽ向くロックに、タグーは少し苦笑し、寂しげな笑顔を見せるアリスへと目を向けた。

「……じゃあね、アリス」

「……。うん」

 アリスはか細く微笑むと、腕を広げて彼を抱き締めた。タグーも、アリスの背中に手を回す。

 グス……と鼻をすすり、アリスは真っ赤な目で、それでも懸命に微笑んだ。

「……いつか、……いつか夢が叶ったらさ、あたしにも会話をさせてね」

「……うん」

「その前に、ガイを復活させなきゃあな」

 タグーはアリスと離れて、笑顔のロックを見上げた。

「待ってるぜ、ガイの奴」

 タグーは「……うん」と、笑顔で頷いた。

「……そうだね。早く復活させるよ。……がんばる」

「みゅー。フローレルも手伝うから大丈夫っ」

 側にいたフローレルは胸を張ると、小さく息を吐き出し、寂しそうに笑った。

「……みゅー……。ロック、元気でね。アリスも元気でね。……フローレルのこと、忘れちゃヤダみゅー」

「忘れないさ。……お前には本当に感謝してる。……カールもな」

 フローレルの横、カールは少し微笑んで見せた。

「がんばってください、ロックさん。オレたち、みんなで応援してるッスよ」

「ああ。……お前たちもこれから大変だろうけど、がんばってくれな」

「うッス」

 カールは大きく頷くと、涙をうっすらと浮かべているアリスを見て微笑んだ。

「ひまわり、大きく育ったら、たくさんプレゼントするッスよ」

 カールの申し出に、アリスは少し微笑み頷く。

 フローレルは「……グスス」と鼻をすすると、ロックにしがみつくように首元に腕を回した。ロックは引き寄せられるまま腰を屈める。

「みゅーっ。ロック、好きみゅー」

「俺はお前に興味ないんだ」

 フローレルは目を据わらせると、ロックから離れた。

「また即答!? どうして最後くらい嘘でも好きだって言えないみゅ!?」

「ああ。嘘でも言えないんだ。悪いな」

「ひどいみゅっ!! あんまりみゅーっ!!」

 フローレルはジタバタと両腕を大きく振って暴れる。ロックたちがうっとうしそうに身を引く、そこから少し離れた場所――

 クリスは、フライスとキッドを交互に見た。

「ノアのことは、地球連邦に独立国の一つとして申し立ててみるから」

「ああ、頼む。……最後の最後まで迷惑を掛けるな。すまない」

「どうってことないさ」

 クリスは、申し訳なさそうなフライスに笑顔で肩をすくめ、キッドに微笑んだ。

「じゃあ……フライとタグーのことを頼むよ」

 キッドは笑顔で頷いた。

「クリスも。ロックとアリスのことをお願い。……あと、セシルのことも忘れないでね」

 クリスの隣にいたセシルは、ギロッと、キッドを睨み付けた。

 クリスはため息を吐き、残念そうに笑って首を振った。

「早く落ちてくれないモンかと待ってるんだけどねぇ……」

「だったらそこいらの子と早く手を切るのね」

 フンッ、と、セシルは腕を組んでそっぽ向くだけ。

 キッドは少し笑うと、ロックたちの元へ近寄った。

「……本当にいいのね?」

 タグーに問い掛けると、彼は間を置いて頷いた。表情は寂しげだが、目は真っ直ぐで、曇りもない。

 キッドは少し悲しげに微笑み、ロックとアリスへ目を向けた。

「あなたたちには本当に感謝しているわ。……離れるのが寂しい……」

 アリスは顔を歪めると、彼女にしがみつき、息を詰まらせた。

 キッドはアリスの身体を抱きしめ、背中を優しく撫でて頭に頬を寄せた。

「……アリス、……元気でね……」

 アリスが小さく頷くと、キッドは間を置いてロックを見た。

「……アリスのこと、……頼むわね」

 キッドの目と向き合い、ロックは大きく頷いた。

「タグーの奴、面倒お願いします」

「ええ……。心配しないで」

 キッドは微笑みながら頷いた。そして、アリスを離すと、そっと涙を指で拭い、顔を覗き込んだ。

「……アリス。私たちはいつまでも見守っているから」

 アリスは涙を拭うと「……うん」と頷いた。

 リタはみんなを見上げていたが、ロックとアリスの手を握ると寂しげな顔で窺った。

「どこかに行っちゃうの? リタと遊んでくれないの?」

 拗ねるように口を尖らせてキョロキョロと二人を見上げる。

 ロックはリタの視線に合わせるように腰を下ろすと、彼女の頭をそっと撫でた。

「……ああ。……俺たち、もうさよならなんだ」

「……。リタ、いや。みんな一緒がいい」

 顔を歪めてべそを掻くと、腕を伸ばしてロックの首にしがみついてくる。ロックは小さく笑みをこぼし、リタを抱き返して背中を撫でた。

「……リタ。タグーのことを頼むな。……傍にいてやってくれるよな?」

「うん……」

 ロックはリタを離すと、その目に溢れる涙を指で軽く拭う。

 リタは鼻をすすると、アリスを見上げて手を差し出した。

「……お姉ちゃんにあげる」

 少し首を傾げたアリスがリタの手から受け取ったのは、ペンダント――。

「……みんな、同じの持ってる。……御守りなの」

 アリスはペンダントを見つめ、リタに微笑んだ。

「……ありがとう、リタ。……大切にするね」

 リタは小さく頷くと、顔を歪め、キッドのスカートにしがみ付いて顔を埋めた。

 アリスは涙を拭い、ペンダントをギュッと握った。

「……そろそろ行こうか」

 クリスが声を掛けると、ロックは頷き、タグーを見た。タグーもロックを見る。

「……。じゃあな」

「……うん。……じゃあね」

 二人同時に手を差し伸べ、グッ……と力強く握手を交わす。

 ロックは笑顔でその手を離すと、キッドとも握手を交わし、そしてフライスに近寄った。

 フライスは笑顔でロックを見ると、その肩を叩いた。

「……がんばるんだぞ」

「はい。……今まで、本当にありがとうございました……」

 大きく頭を下げたロックの目に少し涙が浮かぶ。――まるで、親元を離れるような気分だ。

 フライスは、ロックが頭を上げると静かに彼を抱き寄せ、その背中を軽く撫でた。ロックも少しフライスの背中に手を回し、そしてゆっくりと離れる。最後に握手を交わし、目を見合わせて微笑み合った。

 アリスは、タグーの手を力一杯握った。耐えきれず涙をこぼす彼女に、タグーはそれでも精一杯の笑顔を向けた。

「……元気でね、アリス」

「……。タグーもね……」

「……ロックのこと、頼むよ」

「……うん……」

「……。壊れたら連絡してね?」

 冗談交じりにこっそり囁やかれ、アリスは少し吹き出して笑い、涙を拭って、微笑みながら笑顔のタグーを見つめた。

「……じゃあね……」

 タグーの顔に近付き、頬に軽くキスをする。タグーは少し目を見開いたが、照れるように微笑んだ。

 クリスとセシルは、「……それじゃ」とケイティ艦に向かって歩き出す。「お元気で!」と、異人クロスたちや、エバーの住人たちが別れを告げる中、ロックとタグーとアリスは円になり、顔を見合わせ、中央で手を取り合った。

「……俺たちの道は始まったばかりだ」

「……。うん……」

「……離れてても、仲間だ」

「……うん」

 三人は、それぞれじっと見つめ合った。

 力強い瞳を向け合って。


 そして――




 道は始まった。

こんなに長いお話、最後まで読んでくれてありがとうございました。

疲れませんでしたか? ホッとひと息、入れてくださいね。


“活動報告”にも書きますが、BAYはこの後ラストストーリーに続きます。

問題児三人組の十年後が舞台です。

また、気が向いたら、その時もお付き合い頂けると嬉しいです。



本当にありがとうございました。


   一真 シン

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