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BAY  作者: 一真 シン
17/19

17 見えない力

 艦内にけたたましく警報音が鳴り響き、すれ違うクルーたちの表情に緊張感が窺える。

 口々に飛び交う、指示を出す大声。そして……。

 三人は機動兵器格納庫へとやって来た。ロックとタグーは小脇に自分専用のメットを持っている。

 エンジニアたちが駆け回り、運搬車や整備ロボットが行き交って、とにかく騒々しい。

 戦闘クルーたちが一角に集合して、真剣な表情で指示を煽っている。そんな彼らを見て、三人はぐるりと周りを見回した。

 ――たかが候補生の身分だった。クラスの中でも浮いていた。みんなから、問題児扱いされていた。

 ……ノアに落ち、全てが変わった。

「お前たちっ」

 聞き慣れた声に、三人は駆け寄ってくる人物を振り返った。作業の途中だったのだろう、汚れた格好をそのままに、ザックは三人の前で立ち止まって彼らを窺った。

「準備はいいな?」

 ロックが真顔で「はい」と返事をすると、ザックは一つ頷いた。

「総督からの通達があった。最前線用のインペンドを用意してやる。……理解しているな?」

 我が生徒を心配したのか。ザックは真っ直ぐタグーを見つめて問い掛ける。

「……、なんとか……」

 自信なさげにタグーは少し視線を落としたが、その後でグッと拳を握り締め、顔を上げた。

「けど僕、やってみせますっ」

 真剣な色を濃くして頷く姿に、ザックは「よし」と、彼の頭をひと撫でして、再び三人に目を向けた。

「ノアではすでに戦いが始まっているらしい。クロスたちが交戦している。インペンドの一部も今からすぐノアに降りてクロスたちの手助けをすることになった。お前たちは、この宇宙空間での戦いだ。その方が場慣れしているだろう」

 彼の言う通り、確かに実習を重ねてきた宇宙空間の方がやり易い。ノアの地上戦よりも、ここの方が力を発揮できるだろう。

「敵がどんな形で攻めてくるかはわからない。気を緩めることなく、無茶のないように。被弾したらすぐに戻ってこい。いいな?」

「はい」

「混戦の可能性がある。……だが、お前らのことだ。必ず乗り切れると信じてるぞ」

「……はい」

 三人同時で返事をすると、ザックは笑顔で頷いた。

「よし。第三ゲートのエンジニアに声を掛けろ。……ロック・フェイウィン、タグー・ライト、アリス・バートン。健闘を祈る」

 三人がザッと敬礼をし、ザックはそのまま笑顔を残して、足早に別の所へと走って向かってクルーたちに指示を出して回る。三人はその背中を見つめ、敬礼を解除した。

「……、行くかっ」

 ロックが深呼吸をして笑顔で振り返ると、タグーとアリスは大きく頷いた。

 この格納庫の右奥に出撃口がある。何十体というインペンドがゲート事に並べられ、すでに数体が内部ハッチに並んで外に出る準備をしている。

 そこに向かう途中で、アポロン、ディアナ、グランドアレスの三体とすれ違った。

 三体は、エンジニアたちの懸命の努力によって修理が行われ、今では無惨な傷跡も綺麗に塞がれている。

 アポロンとディアナも、きっと、敵の攻撃が始まれば表舞台に登場することになるだろう。

 しかし、グランドアレスは――。

 足を進めながら、ロックは巨体を見つめた。

『口だけだろ、ヒヨっこ』

 ……ダグラス……――

「……僕たちは、何もできないワケじゃない」

 不意にタグーの声がして、ロックも、そしてアリスも彼を振り返った。

 タグーは歩きながらも前を見据えている。

「……僕たち、みんなから頼りなく思われてるけど、そんなことない。……護りたいモノがあれば、いくらだって強くなれる。なんだってできる。……強い想いは、壊すためじゃなくて護るためにあるんだ」

 力強い眼差しのタグーに、ロックは少し目を伏せ、口元に笑みを浮かべた。アリスも、二人から一歩遅れて歩きながらその背後でか細く微笑む。

 ザックに言われた通り、第三ゲートまで来ると整備をしているエンジニアに声を掛けた。エンジニアは「話は聞いてある」と、すぐに三人をインペンドへと案内する。

「交信を怠らないように。わからないことがあればすぐに連絡してくるんだぞ」

「わかりました」

 三人は頷き、大きく開いたインペンドのハッチまで足踏みのクレーンに乗って搭乗してそれぞれ定位置に付いた。

 ロックは操縦席に。

 タグーはコントロール席に。

 アリスはパワーカプセルに。

 ロックとタグーはメットを被り、シートベルトを装着する。アリスは太いコードを引っ張りながら、自分自身に吸着させ、頭上のモニターを引き下げた。

「アリス、どうだ? 大丈夫か?」

 ロックがマイクのスイッチをONにして問うと、スピーカーから流れてくる声に、アリスは彼の後頭部を見て首を左右に振った。

「平気よ」

「そうか。……いいな? 無茶すンなよ」

「わかってるわよ」

 忠告口調に、アリスは少し苦笑した。

 ロックは、コントロールパネルのスイッチを押していきながら状況を確認するタグーへと目を向けた。

「どうだ? いけそうか?」

 他のエンジニアが調整してくれている機体だ。それなりに強化はされているだろうが。

 ロックの問い掛けに、タグーは彼を見ることはせず、手を動かしながら応えた。

「うん。……後は実戦中の対応、かな」

「そうだな。……けど、お前ならなんとかするだろ」

「……。だといいけど」

 弱気を含ませた声に、「さっきまでの自信はどこに行ったんだ?」と思いながらもロックは笑って流した。

 タグーは外部交信のスイッチをONにして、マイクのスイッチを入れた。

「第三ゲートインペンドナンバー37、乗員ロック・フェイウィン、タグー・ライト、アリス・バートン。オペレーター、聞こえますか?」

【インペンドナンバー37、聞こえます】

 女性オペレーターの声がスピーカーから流れ出る。

「インペンド、ハッチ閉めます」

【了解。ハッチ封鎖確認後、インペンド起動させてください】

「了解」

 タグーは返事をしながらインペンドの開け放たれたハッチドアを閉めるボタンを押す。ゆっくりとしたスピードで重そうにハッチが閉じられ、「ガチャンッ、ガチャンッ」とロックが掛けられた。

「インペンド、機動」

 タグーが手早くスイッチを入れていくと、コクピット内に明かりが灯り、それぞれのモニターに画像が映った。そこには宇宙空間が広がっている。同時に、ロックもアリスもそれぞれのパワースイッチを入れた。アリスが基本値までパワーを上げ、それを確認してから、気を集中させるべくゆっくりと目を閉じた。POWAR、OFFENSE、DEFENSE、QUICKと記されたゲージが上昇し出し、ロックは両手にはめた革手袋を引っ張って指の間にフィットさせると操縦桿をグッと握り締めた。

 それぞれの準備が整ったことを雰囲気で察すると、タグーは素早く状況を把握し、全ての動力が可能になっていることを確認した上で静かに口を開いた。

「インペンド、機動OK」

【了解。第三内部ハッチまで進んでください】

 オペレーターの指示で、ロックは操縦桿を引いた。ゆっくりとインペンドが足を踏み出し、その度に、微かな振動が三人の身体を伝う。

 第三内部ハッチ前に来ると、そこがゆっくりと開き、中へとインペンドを収めた。

【第三内部ハッチ閉鎖。インペンド、エンジン点火、確認お願いします】

 オペレーターに従い、タグーは少し大きめのレバーに手を置いた。

「インペンド、エンジン点火」

 言葉と同時にレバーを下げると、ゴォォォォ! と低い音と同時に再び彼らの身体に振動が伝わってきた。

 タグーはモニターをチェックして、また新たなスイッチを入れていく。

「点火、モニター確認OK。重力装置チェック。コントロールパネル異常なし。防御システム作動。パワーゲージ能力値アップ。オールグリーン」

 タグーはロックを見た。

 ロックは右手を左胸に置いて目を閉じていたが、少し間を置いて操縦桿を握ると、カッと目を開けた。

「パイロット、ロック・フェイウィン!」

「ライフリンク、アリス・バートン!」

「エンジニア、タグー・ライト!」

 それぞれが自分の名を告げる。そして、ロックは操縦桿を力強く握り締めた。

「READY!」

【GO!】

 オペレーターの合図と共に、インペンドは勢いよく、外部ハッチの開いた出撃口から飛び出した。ロックの操縦で逆噴射がされて定位置に付く。

 タグーは外部の状況を別の小型モニターに映し出させた。

「オペレーター。ウォーミングアップします。いいですか?」

【了解。……気を付けてね?】

 “問題児三人組”が乗っていると知ってるからか、不安げな声にタグーは少しふて腐れ、気を取り直してロックに頷いた。

 ロックははしゃぐことなく、慎重に操縦桿を動かしてインペンドを操る。その間、タグーは異常がないかを確認し、アリスも、いつものようにパワーを掛け過ぎないようにと注意を払った。

 候補生とは言え、問題児とは言え優秀な成績を残している三人だ。この空気にさえ慣れれば、後は自分たちの力を信じるだけだ。

 周りのクルーたちに迷惑を掛けない程度に機体を動かし、なんとか馴染んできた頃。

 アリスは、「……ふぅ」と小さく息を吐いて顔を上げた。

「……ねぇ見て。……ノア……」

 彼女の外部モニターの片隅に映るノア。ロックはノアが真っ直ぐ見えるように機体を動かした。

 彼らのモニターに映し出されているのは、ノアという宇宙船上で起こる光の渦。異人クロスとヒューマの闘いが凄まじいのだろう。時々、被弾したインペンドがノアから戻ってきては交替の機体が降りていく。

 そんな状況に、三人の心の中では一瞬不安が過ぎった。

【インペンドナンバー37、聞こえるか?】

 外部スピーカーからの声に、ロックは通信をONにした。

「クリス? どうした?」

【……まーた総督席に座らされちまったよぉ】

 ガックリ、という雰囲気に、ロックは少し苦笑した。

「いいじゃん。クリス、似合ってるよ」

 似合っている、という言葉はこの場では適切ではないだろうが、シレッと吐いたタグーの雰囲気を察してだろう、少し笑うような息遣いが聞こえ、間を置いて落ち着いた声が返ってきた。

【ノアのクロスからの連絡が入った。ヒューマの艦隊が近付いて来ているそうだ】

 ――コクピット内の空気が一瞬にして変わった。

【ノアの方はだいぶ片付いて来ているらしいが、ヒューマはご立腹の様子。……気を付けろよ】

「……わかってる」

 ロックは口元に笑みを浮かべた。

「……俺たちは負けない。だろ?」

【……、そうだな】

 クリスは苦笑混じりっぽい返事をし、また冷静口調に戻った。

【ガイが言っていたな、動力源は敵本艦内部中央にあるって】

 「……うん」とタグーが頷いた。

【アポロンとディアナでそいつを仕留めに掛かる。お前たちインペンドは後方支援だ】

「わかった」

【くれぐれも無茶のないようにな】

「……了解」

 通信が切れ、三人は静かになる。

 緊張してきているのか――。コンピューターの微かな音と、スピーカーから次々と流れてくる交信内容が耳を素通りしていく。

 アリスはボンヤリと、外部モニターを見つめていた。

 たくさんのインペンドと、光に包まれるノア、そして……

「……ねぇ。……星に、刻まない?」

 ロックとタグーは顔を上げた。

「……ここまで辿り着いたこと。……三人一緒に、ここにいること」

 呟くような彼女の提案に、ロックとタグーは目を見合わすことはなかったが、間を置いて同時に頷いた。

「……そうだな……」

「……うん。いいよ」

「じゃあ……」

 アリスは外部モニターを見つめ、その目を留めた。

「見える? 赤い星雲があるの。……その左にすごく大きな星がある」

「ああ……。見える」

「……じゃあ、あの星ね」

「うん」

 三人はモニターに映る星を見つめた。

「……試験には合格してないけど、候補生のままだけど……ここまで来れた。三人一緒に。欠けることなく」

「うん。……ここまで来れたんだ。……すごいことだよね」

 アリスの静かな言葉にタグーは笑みをこぼして続く。

 アリスはモニターの向こうの星を見つめながら、呟くように言った。

「……これからも同じ。……辛いことがあったらこの星を見上げよう。……一人じゃないって、思い出せるから」

 ロックは、じっ……とその星を見つめた。

 と、その時!

【敵機確認!! 距離50キロメートル!! 猛スピードです!!】

 焦るようなオペレーターの声に三人は顔を上げ、タグーがすぐにコントロールパネルのスイッチを入れる。

「ディフェンスアップ!! シールドアップ!!」

電剣ボルトソードの電圧を上げてくれ!」

「OK!!」

 タグーの返答と同時にロックが操縦桿の右下にあるレバーを引くと、インペンドが左腰部に装着していた武器を取る。更にロックがスイッチを押すと、電剣ボルトソードに電圧の刃が生じた。

電剣ボルトソード電圧70!! ……80!!」

【敵機数確認中!! 三艦隊!! 小型機、機動兵器複数確認!!】

【敵艦の一つは機動兵器等の運搬用かと思われます!! 敵機動兵器の数は断定できません!!】

【多国籍軍艦隊が支援承諾!! 至急移動開始してくれるそうです!!】

【敵機より熱量確認!!】

【インペンド! 攻撃に備えてください!!】

 数人のオペレーターたちの声にタグーも慌ただしくコントロール部を操作する。

「クイック値アップ!!」

 そうタグーが言うと同時に、彼らのモニターに複数の光弾が映し出された。

 ロックはすぐに光弾を避けるべく、グッと身構えた。

「インペンドナンバー37、交戦します!!」

【了解!! 敵機機動兵器、データ不明!! 光弾銃装備!! 気を付けてください!!】

「了解!!」

 ロックは大きく返事をした。

「タグー、アリス!! 揺れるぞ!!」

 そう言うと同時に彼ら三人の身体に思いきりGが掛かり、タグーは「……っ」と歯を食い縛った。

「ク、クイック値アップ! 90!!」

 宇宙空間に飛び出していたインペンドが一斉に敵機に向かって攻撃を始めた。フライ艦隊群からもガトリング攻撃が開始され、周囲が発光で埋め尽くされる。

「ヒューマの方が速い!!」

 行き交う敵機を見てタグーがモニターを確認する。

「あっちの方が機敏性がいいんだ!!」

「オフェンスを上げろ!!」

「OK!!」

 タグーが素早くスイッチを入れる。アリスも目を閉じてグッ……と力を込めた。

「パワーゲージ上昇!! オフェンスアップ!!」

 ロックが躊躇うことなく操縦桿を動かし、電剣ボルトソードで攻撃を仕掛けるが、敵機はそれを素早く避け、まだ次の体制が整っていない彼らに向かって銃口を向けた。危険を察して息を飲むが、見かねたクルーが応援に飛んで来て敵機を斬り倒してくれた。

「ありがとう!!」

 ロックは笑顔で味方のインペンドに例を告げ、「今度こそは!」と、また別の敵機へと攻撃を仕掛けた。

【敵機、ケイティへと向かってきます!!】

【応戦お願いします!!】

 オペレーターの焦る声がスピーカーから響く。

 ロックは少し舌を打って、フライ艦隊群の方へと機体を向け、ジェットエンジンを点火させた。

 フライ艦隊群の中の小艦隊の一部が被弾している。すぐに向かおうとするが、そんな彼らに敵機が光弾攻撃を仕掛けてきた。危うく当たりそうになりながらも避け切り、ロックは眉をつり上げた。

「こいつら調子に乗りやがって!!」

 ロックは一旦フライ艦隊群に戻るのをやめて敵機と交戦する。しかし、敵機の素早い動きに電剣ボルトソードが当たらない。

 異人クロスの機体に乗ったことが祟ったのか、インペンドの操縦がぎこちなく、なかなか思うような攻撃ができない苛立ちと、そして焦りにロックの表情が険しくなってきた。

 それを視界の隅で捕らえたタグーは、冷静に、隣のロックを見て制する。

「落ち着くんだ!! 焦ることないから!!」

「わかってる!!」

 敵機の数だけが増えていく――。

 敵艦隊から生まれるように、どんどん機動兵器や小型機が向かってくる。

 これじゃキリがない。

「……くっそぉー!!」

 ロックは怯むことなく意気込んだが、

【左に避けなさい!!】

 セシルの声がスピーカーから聞こえて、ロックは慌てて左側に操縦桿を動かした。その直後、彼らの背後から無数のミサイルが飛んできて複数の敵機に命中。ロックが立ち向かおうとしていた敵機も被弾し、それを更に別のミサイルが爆破した。

 唖然としている彼らの横をアポロンが猛スピードですり抜け、その後からディアナも通り過ぎた。

 アポロンは光剣ライトソードを抜いて、敵機が襲い掛かってくるその前に斬り裂き、左に持つショートライフルでその頭を撃ち抜いた。その後からディアナがアポロンに襲い掛かろうとする敵機を倒すべく、肩から背に向かって伸びている左右の大型ミサイルポッドを開いて追尾型ミサイルを発射。一瞬にして敵機を破壊し尽くす。

 フライスとセシルの目も見張る攻撃にロックとタグーは呆然としていたが、それも束の間、すぐに敵機からの攻撃で目が覚めて交戦を開始した。

【インペンド! フライ艦隊群に敵機を近付けるな!! 敵機機動兵器の弱点を探れ!!】

 外部スピーカーからフライスの怒鳴るような声が飛び込んでくる。

【敵機のディフェンス値は低い!! 一発当てれば勝てる!!】

【……こざかしき人間……】

 ――突然、フライスとは別の声がスピーカーから流れ、見知らぬ男の怒りのこもった声に、ロックたちは目を見開いた。

【我らに楯突いたことを後悔するがいい】

 その言葉が終わるか終わらないかのその時、敵艦から眩しい光が放たれた。

【避けるんだ!!】

 フライスの声に、ロックは焦りながら素早く操縦桿を動かした。機体が激しく揺れ、アリスが小さく悲鳴を上げる。次の瞬間には三人の全モニターが真っ白く光り、「!?」と、眩しさに目を伏せた。

【インペンド数体被弾!!】

 オペレーターの甲高い声が響き、ロックはすぐに後方を振り返った。外部モニターに、火花を上げる味方たちの姿が映る。多くはフライスの声で避けきったようだが……。

「ロック!!」

 アリスの大声に、ロックは「!!」と、何事かもわからないままで機体をその場から素早く動かした。ギリギリで、インペンドの前を光弾が通り過ぎる。

 敵艦から、今までとは明らかに違う機動兵器が数体現れてきた。



「……チッ」

 フライスは小さく舌を打った。敵本艦に近付こうにも近付けない。

 ……こんな時にダグラスがいたら……――

 ふと、そう頭を過ぎったが、その思いを振り切るように首を振って顔を上げた。

「セシル!! 後方支援を頼む!!」

【了解】

 アポロンが突進してくる敵機動兵器に向かって攻撃を開始した。その後ろからディアナがミサイルポッドを開く。



「くそっ……!!」

 新たな敵機動兵器を見て、ロックは襲い掛かってくる敵機を避けながら舌を打ったが、すぐに後方から味方が数体やって来て、慣れた様子で敵機を倒していく。その姿に感化され、ロックも「俺だって!」と、果敢に敵機に攻撃を仕掛けた。

 意気込み突っ込んでくるロックの攻撃に敵機は光弾銃を向けて放った。それをギリギリの間合いで避けると、ロックは目一杯電剣ボルトソードを振り、敵機を斜めに斬り割く。

 爆発が起こり、そこを素早く離れながら、「今の感覚か!」と、ロックは初めての手応えに笑みをこぼした。

 だが、その後ろ、パワーカプセル内のアリスは眉間にしわを寄せて顔を上げた。

 ……何か感じる。……この感じは……。

 アリスは衝撃に耐えながらも、力を緩めることなく外部モニターを見て、何かを探した。

 感じたことのある気配がする。何かが迫って来ている。

 ――アリスの目が留まった。

「……ロック!!」

「どうした!?」

「……あいつよ!! ……アラニス!!」

 アリスの言葉に、ロックもタグーも外部モニターを凝視した。……遠くから見覚えるある機体がこちらへ向かってやってくる。

「……あいつ……!!」

 ロックはギリッと操縦桿を握り締めた。

 明らかに、ロックの機体に対してだけ攻撃心を露わにする敵機が映し出された。

 敵機は光剣ライトソードを手にすると、すぐに攻撃を仕掛けてきた。ロックは「クソったれ!!」と乱暴に言葉を吐き捨て、攻撃を避けるなりすぐに電剣ボルトソードを直して光剣ライトソードを手にした。

「こいつ!!」

「ディフェンス、オフェンス値アップ!!」

 タグーがコントロールパネルから目を逸らすことなく言う。

「クイック95!!」

「行くぞ!!」

 ロックはグッ!! と操縦桿を握った。

 ロックの機体は敵機に向かって突進し、光剣ライトソードを振り下ろした。敵機はすぐにそれを受け止めて弾き返し、後方に退いたのを見ると、左に光弾銃を取って素早く撃ち放った。

「ライトシールド機動!!」

 タグーが言ってボタンを押すと、機体の前に薄い光の壁ができ、被弾を防いだ。

 だが、すぐその後に敵機が再び襲い掛かってくる。

 ロックは舌を打って敵機の剣を避け、逆に攻撃を仕掛けた。しかし、素早い動きで簡単に逃げられてしまう。

「くそ!! 付いて行けない!!」

 ロックはモニターの敵機を睨み付けた。

「もっとスピードは出ないのか!!」

「クイック値の限界に来てる!!」

 タグーは真剣な表情を消すことなく汗を流した。

「これ以上スピードを上げるのは無理だよ!!」

「あいつに勝てないぞ!! アポロンくらいのスピードがなけりゃ追い付けねえ!!」

 タグーは「くそっ」と小さく吐き捨て、焦るように視線を動かし何かを考えていたが、ハッと、顔を上げるなりシートベルトを外した。

「アリス!! クイック値を下げて!!」

「何するんだ!!」

 敵機の攻撃を避けながらロックが訊く。

 タグーは腰に下げてある工具袋から、掴むように数種の工具を取り出した。

「クイックコントロールのリミッターをカットする!!」

「……大丈夫なのか!?」

「やるだけやってみるよ!!」

「……こりゃ試験じゃないんだぞ!!」

「僕を信じろ!!」

 タグーはコントロール部のスイッチを数カ所押し、“AUTODRIVE”のランプを点滅させると、シートの下に潜り込んで、足下の鉄板を力尽くで剥がし始めた。

 ロックはタグーの行動を気に留めながら、それでも敵機に攻撃を仕掛けようと光剣ライトソードを奮う。敵機は更にスピードを高めてロックの攻撃を避け、「お返しに」と言わんばかりに仕掛けてきた。

 ロックは敵機の光剣ライトソードを受け止めて弾き返すが、敵機はそれでも怯むことなく攻撃を仕掛けてきた。あまりの速さに避けられず、機体の胸部に微かに剣先が入った。

 三人に衝撃が伝わり、インペンドが激しく揺れた。背後のアリスが「キャッ!」と小さく悲鳴を上げる。シートの下にいたタグーも、シートの支えに身体を当てて顔を歪めた。

 ロックは「クソ!!」と言葉を吐き、すぐに体制を整えて敵機を捉えようとしたが、その時には敵機がインペンドに向かって光弾の銃口を向けていた。

「!!」

 考える余裕もなく、一瞬頭の中で「やられる!!」と叫んでいたが、そこに味方がやって来て、敵機に攻撃を仕掛けた。敵機はすぐに気が付いたのだろう。一旦、その場を遠く離れる。

「タグー!! 早くしろ!!」

 味方が剣を交えてくれている間に、ロックが焦るような視線をタグーに注ぐ。

 タグーは、大粒の汗を額に浮かべながら剥がした鉄板の向こうに手を入れ、口でペンライトをくわえ照らしながら懸命に何かを探っている。

 ロックは、敵機によって止めを刺されたインペンドを外部モニター越しに見せられ、奥歯を噛み締めた。

 歯痒いなんて物じゃない。怒りで爆発しそうだ。

「完了!!」

 工具類をそのままに、鉄板を押して再びそこに蓋をすると、タグーはシートに座ってオートドライブを解除した。

「アリス!! パワーを上げて!!」

 タグーの言葉通りに、アリスがパワーを掛けていく。

「クイック値上昇! 90! 95! ラインオーバー!」

 タグーは汗を拭うことなくロックを見た。

「スピードは出るけど装甲が保たなくなる可能性がある! 時間との勝負だ!!」

 ロックは頷くと、操縦桿を握り締めた。

「……行くぞ!!」

 向かってくる敵機に、こちらから斬り掛かる。Gが強く掛かり、タグーもアリスもグッと身体に力を入れた。

 敵機が振り上げてきた剣を弾き飛ばして、今度はこちらから斬り掛かるが、敵機もそのまま大人しくしているはずはない。光弾銃を向け、それを放とうとした。

「させるかぁ!!」

 ロックの言葉と同時に、敵機の光弾銃へと光剣ライトソードを振り下ろす。敵機が持っていた光弾銃は斬り落とされ、使い物にならないと判断した敵機はそれを投げ捨てると両手で光剣ライトソードを握り、まさしく力一杯、ロックの機体に向かって振り下ろしてきた。それをロックはすぐに光剣ライトソードで受け止める。

 ググッ! と、力の競り合いが始まり、タグーは状況をチェックしながら汗を流した。

「腕に圧力が掛かり過ぎてる!! これ以上の力を掛けると支障が!!」

 焦るような声を耳に留め、ロックは素早く操縦桿を動かした。機体は敵機の剣を振り払うと一旦後ろに飛び退き、そして再び斬り掛かろうとした。だが、敵機の背後から突き出るようにミサイルポッドが開き、「そんなものを隠してたのか……!!」と、そう思った瞬間には、もう、そこから数発のミサイルが発射されていた。

 絶体絶命――。誰もが思った。

「うああぁぁーっ!!」

 ロックは怯むことなく、大声を出しながら操縦桿を動かした。向かってくるミサイルの間を、ジェットエンジンを噴射させながらすり抜けていく。あまりの素早さに、何が起こっているのか、タグーにはよくわからなかったが、ミサイルの一発が足に触れ、爆発した衝撃が身体に伝わってきて全身に力を込めた。

「このヤロオォ!!」

 ロックは顔を紅潮させて身を乗り出した。

 ミサイルの間をすり抜け終わり、光剣ライトソードを敵機に向かって振りかざした。不意を付かれた敵機は避けようとして身体を反らしたが、一歩遅く、腰部に軽く剣先が入った。

 体制が崩れた敵機に、ロックはそのまま回し蹴りを喰らわした。

 敵機の機体が曲がり、遠く飛ばされると、ロックは息を吐く間もなくすぐに追い掛け、剣を振り上げた。

 敵機は逆噴射をして踏み止まり、勢いよく振り下ろしてきたロックの光剣ライトソードを脳天スレスレで受け止めた。

 ロックは、そのまま敵機を押さえつける。

 タグーは大きく息を切らしながらコントロールパネルに浮かぶ赤いランプにチェックを入れた。

「外部装甲に異常!!」

 言いながら、モニターにインペンドの総体図を呼び出し、異常部分を見つける。

「胸部損傷装甲異常!! これ以上Gを掛け続けると装甲が剥がれてしまうよ!!」

 ロックは少し舌を打った。

 ……もう少しだってェ時に……!!

 敵機は押さえつけてくる光剣ライトソードを受け止め続けていたが、突然、またミサイルポッドを開いた。

「……っくそぉ!!」

 ロックの機体は光剣ライトソードを素早く引くと、敵機が体制を整えようとしたその瞬間に、背後のミサイルポッドを斬り裂いた。

 ドオォォーン!! と激しく爆発が起こり、ロックの機体は背後に飛ばされる。あまりの衝撃に、アリスが「キャア!!」と悲鳴を上げた。

 ロックはすぐに操縦桿を引いて逆噴射し、機体を安定させようとする。

 タグーは身体を硬直させながらも、コントロールパネル内に付いた“ATTENTION!”の警告ランプにすぐに現状を把握すべく、タッチパネルのキーボードを叩いた。

「パワーダウン!! ディフェンス値低下!! 胸部耐圧シールド破損!! 左腕油圧線被弾!!」

「アリス!! 大丈夫か!!」

 ロックが大きく問い掛けると、アリスはパワーカプセルの中、額に手を当てながら軽く首を振った。

「……だ、大丈夫……平気……」

 言いながら、荒々しく呼吸をして再び力を入れる。

【インペンドナンバー37! 危険です!! 至急退避してください!!】

 オペレーターが状況を判断するが、ロックはケイティに戻ろうとする気配すら見せない。

「パワー上昇! ……60! 70!」

 タグーの声を耳に留めながら、ロックは「くそっ……」と敵機をモニター越しに見つめた。

 敵機もかなりの損傷を負っているのがわかる。背後のミサイルが全て爆発したのだから、まだ動けそうな状態でいる方がおかしいのだ。なのに、止めを刺そうと挑む味方のインペンドは、傷一つ付けられないまま、尽く餌食になってしまった。

「あっちも重傷だけどこっちも重傷だよ!!」

 タグーが焦って口走る。

「油圧系のトラブルじゃどうしようもない!! 左腕が使えなくなっちゃう!!」

【インペンドナンバー37!! ケイティに戻ってください!!】

 怒鳴るようなオペレーターの声を無視して、ロックは操縦桿を握り締めた。

「どのくらいまでだったら保つんだ!?」

「どのくらいって……二、三回の衝撃で完全にアウトだよ!!」

「……。アリス!! パワーを極限まで上げられるか!?」

「……やってみるわ」

 アリスがそう答えると同時に、パワーゲージ、全てのゲージが上昇し出し、タグーは慌ててチェックを入れていく。

「パワー上昇!! 80! 90!」

【インペンドナンバー37!! それ以上は危険です!!】

 甲高いオペレーターの声に、誰一人として応えようとしない。

【お前たち!! ケイティに戻れ!!】

 とうとうフライスからの怒声が飛んできた。

【そいつの相手は任せろ!! お前らじゃ無理だ!!】

 ロックは腸煮えくり返りそうな思いで、グッと奥歯を噛み締めた。

 ……俺たちじゃ無理だと……?

『お前にはムリだ。コレでよくわかっただろ、ヒヨッ子』

 不意に、耳の奥でダグラスの言葉が甦った。

 ロックはギュッと力一杯目を閉じ、カッと見開いた。

「あいつを倒すのは、俺たちだ!!」

 ロックが操縦桿を引くと、機体は勢いよく敵機に襲い掛かる。

 Gを堪えるタグーの目の前、コントロールパネル部に“ATTENTION!”のランプが複数点滅始めるが、タグーはもう、何も言わずに真っ直ぐを見据えた――。

「うああぁぁーっ!!」

 ロックが叫ぶ。

 光剣ライトソードを振り上げると、敵機はそれを受け止めようとして剣を掲げたが、ロックは振り上げていた光剣ライトソードを手放し、両手で剣をかざしている敵機の、隙だらけの胴体に向かって蹴りを喰らわした。

 敵機が腰を曲げて後退し、ロックは手放した光剣ライトソードを掴み取ると背後のジェットエンジンをフルパワーで点火させ、斬り掛かった。

「終わりだぁー!!」

 ザンッ!! と、敵機の左肩から胸部に掛けて、斜めに光剣ライトソードが入った――。

 傷跡から火花が散り、敵機はもう動こうとはしない。だが、興奮状態のロックは止めを刺すべく、光剣ライトソードをもう一度、目一杯振り上げた。

「ロック!!」

 アリスの焦るような声に、ロックは目を見開き、操縦桿を止めた。額からは大粒の汗が流れ、激しく呼吸をする度にヘルメットのカウルが曇る。その目の先、外部モニターに映し出されている敵機は、胸元から火花を散らしながら、宇宙を漂うようゴミのように、ゆっくりと彼らの前から遠退いて行く。

 アリスは息を切らしながら、外部モニターを見つめた。と、次の瞬間、敵機が目映い光と共に爆発して三人は思わず目を伏せた。

 機体が振動して、それぞれが耐え忍ぶ。

 閉じた瞼の向こう、光が止んだことを頭の中で確認すると、すぐに目を開け、外部モニターを見た。

 粉々になった機体の欠片がたくさん浮いている……。

 ――三人は息を切らしていた。

【インペンドナンバー37!! 救助が向かいますから速やかに撤退しなさい!!】

 オペレーターの怒鳴るような命令口調に、やっと自分たちの状況がわかった。

「……バランスコントロール破損。左腕油圧システム不能。胸部装甲破損、防御システム機能値低下……」

 タグーが小さく言いながらチェックしていく。

 ロックは深呼吸しながら操縦桿を少し動かすが、手応えもなく、微かに機体が振動するだけ。無防備な彼らに他の敵機が襲い掛かろうとすると、味方のインペンドたちが庇って、応戦してくれた。

 彼らの周りでは、まだまだ多くの戦いが行われている。支援に来た多国籍軍の機動兵器の姿も見受けられる。

「……くそ……」

 ロックが息を整えながら俯き、呟くように吐いた。

 アリスはパワーカプセルの中、ゆっくりと壁にもたれ、視線を落とした。

 ……アラニスの機体が爆発し、光に飲まれた瞬間に、様々な想いが飛び込んできた――。

 アリスは、ぐったりと力無く頭を落としているロックの後頭部を見た。

『俺だったらお前に倒して欲しいさ。お前やタグーに。……お前たち、仲間に倒されるンなら俺、……悔いはない』

 “同種”のロックが羨ましかった。そんなロックになら……――

 アリスは息を詰まらせると、天井を仰ぎ、両目を手で覆った。

 ……なんで……こんなことになっちゃったんだろう……。

 手で覆ったその隙間から一筋、涙が零れるが、アリスはそれをグイッと拭い取った。

 すぐに彼らの元にインペンドが二体やって来て、機体の両脇を抱え、戦いの渦中を素早くケイティへと運んでいった――。



「……チッ」

 フライスは少し舌を打った。

 ディアナと共に敵艦に近付こうとするが、次々に出てくる敵機動兵器があまりにも多過ぎて邪魔になる。

 アポロンの素早い攻撃に敵機は追い付けず、そしてディアナの後方支援ミサイル攻撃に尽くやられるモノの、それでも尚、別の敵機が襲い掛かってくるのだ。

【フライ、このままじゃコンテナのミサイルが尽きてしまうわ】

 セシルからの報告に、フライスは頷いた。その間もアポロンは光剣ライトソードを奮い、同時に光弾銃で敵機を撃ち抜いて、ディアナはアポロンに並び、PHYエネルギーをチャージした連動銃を敵機に向かって撃ち放つ。

【フライ。クイッカービスを敵機に近付けてみる】

「……けど、距離が有り過ぎる。危険だ」

【敵本艦内部の進入路さえ見つければ、後はインペンドをバックアップにあなたが突入すればいいでしょ? このままじゃ近付くこともできないわよ。だったら、クイッカービスをフル加速して探ってみるわ】

「しかし」

【うるさいわねっ。けどもしかしもナシよ!】

 フライスは少しため息を吐いた。

 パイロット時代からそうだ。本当に言うことを聞かない。

「……よし。敵機は任せろ」

 敵機動兵器を斬り倒しながら言うと、ディアナの両肩に乗った小型機に光が灯り、ミサイルポッドが開いた。



 セシルは大きく息を吸い込み、目を閉じた。

 真っ暗な瞼の奥に段々と何かが見えてくる。――そう。まるで外部モニターを見るように。

「……行くわよ!!」

 彼女の言葉と同時に、ミサイルポッドからドドドン!! と、ミサイルが発射され、それに紛れ込むように二つのクイッカービスが猛スピードで飛び出した。

 セシルの能力でクイッカービスは動く。その間、ディアナは無防備になるが、その彼女をアポロンやインペンドが守り抜いた。

 ディアナから放たれたミサイルによって撃ち落とされる敵機の間をすり抜け、クイッカービスは猛スピードで敵本艦に近付いた。

 セシルは額に汗を浮かばせながら、グッと全身に力を入れた。脳裏にクイッカービスの映像が飛び込んでくる。

 クイッカービスに気付いた敵機動兵器がそれを追い掛け始めるが、セシルが更に力を込めると、二つのクイッカービスはスピードを上げ、追い掛けてくる敵機を振り払いながら敵本艦に近付いた。

 クイッカービスは二手にわかれると、敵本艦の外部を猛スピードで走り抜ける。

【セシル!! 大丈夫か!?】

 フライスの声が聞こえるが、セシルの気は二つのクイッカービスに集中していた。

 違う……! ここじゃない!!

 そう思いながら、なんとか敵本艦の進入路を探す。

 段々と彼女の顔が紅潮して、額に浮かんでいた汗が伝い流れ落ちる――。

【そろそろ危険だ!! もうやめろ!!】

 フライスの焦るような声にセシルは何も答えず、力を込め続けた。

 敵機動兵器が一つのクイッカービスに追いつき、それに向かって光弾を放った。セシルは舌を打つと、グッ! と力を込めた。

 クイッカービスは素早く動いて光弾をギリギリで避けるが、その隙にもう一つのクイッカービスへの集中力が欠け、無惨に敵の餌食になってしまった。

【セシル!! いい加減にしろ!!】

 敵機動兵器を片付けながら、アポロンはディアナを振り返った。

 ディアナの機体から、青白い光が浮かび上がっている――。

【セシル!!】

 セシルは歯を食い縛った。

 残りの一つ、猛スピードで走り抜けるクイッカービスの映像が脳裏に飛び込んでくる。

「……!!」

 ……あった!!

 カッ!! と目を見開くと同時に、反射的にクイッカービスを敵本艦の真横に開いた進入路に突っ込ませていた。

 そのままクイッカービスを進ませる。

 ……どこなの!? どこに……!!

 進入路を猛スピードで進み続けていたが、突然、脳裏に眩しい光が走った。

 クイッカービス目掛けて何かが放たれたのだ。

 「うっ……!!」と小さく声を漏らすと同時に、不意に気力が抜け、ディアナ自体の機動が止まった。

【セシル!!】

 アポロンが猛スピードでディアナに近寄り、その腕を取った。その瞬間、敵本艦から真っ直ぐ、一筋の光の柱が放出され、気付くのが遅かった味方たちが次々にそれに飲み込まれ、爆発する。

 アポロンはディアナを掴み取ったままでギリギリそれを回避した。

【セシル!!】

 セシルは震える手で操縦桿を握り締めた。

 息も絶え絶えに、それでも気を集中する血の気のない顔から汗が伝い落ちる。

「……敵……本艦、左……。……何か、とてつもない攻撃を、受けた、わ……。……ノアコア、の、動力源、かも、知れない……」

【お前はもういい!! ケイティに戻るんだ!!】

「……。……そう、ね……」

 段々と力が抜けて、なんとか目を開けていようとするが、その気持ちとは裏腹に視界がぼやけていく。

 アポロンは、光の柱から免れたインペンドを呼び寄せると、ディアナをケイティへと送り届けるように指示を出した。彼らがディアナを掴み、すぐにケイティに向かい出すと、アポロンは味方機と共に再び敵機を攻撃し出す。






「セシル教官!!」

 ケイティに戻って来たディアナに、すぐにエンジニアがコクピットまで登り、ぐったりとしているセシルを運び出した。

 格納庫に先に降り立っていたアリスが駆け寄り、担架に乗せられた彼女の顔を覗き込んで「セシル教官!!」と、そう名前を呼ぶが、その目は深く閉じられ、返事はない。

 エンジニアたちの手によって、セシルはそのまま急いで医療施設へと運ばれた。

 目を見開き、心配げにそれを見送るアリスの後ろで、ロックが「……くそ!!」と、床を踏みつけた。

 ――格納庫には続々と被弾したインペンドが戻ってくる。

「敵本艦の進入路がわかったみたいだよ!!」

 エンジニアのスタッフルームで状況を見ていたタグーが、二人に駆け寄って来た。

「ディアナのクイッカービスが見つけた!!」

 タグーは自分を振り返った二人を見上げながら、息を切らしつつ言葉を続けた。

「ただ、そこまで近付くのにすごく手間取ってて……! 敵の数が多過ぎるんだ! アポロンも先に進めない!!」

 焦るタグーを見て、ロックはグッ! と拳を握り締めた。

「空いているインペンドはないのか!?」

「あるにはあるけど……!」

 タグーは躊躇うようにアリスを見る。

「立て続けにパワーを掛け過ぎたらっ……」

 ロックもタグーの言葉を理解してそれ以上は何も言わなかったが、それでも、何か居たたまれない気分に襲われ、歯を食い縛り、目を泳がせた。

 アリスは顔を上げて二人を交互に見た。

「あたしなら大丈夫よっ。まだまだ行けるからっ!」

「でもっ」

「セシル教官もあそこまでがんばったんだからっ! あたしもがんばるよ!」

 タグーの心配そうな表情を無視して、アリスはロックを見た。

「ロック! 行こう!!」

 ロックは力強い瞳を向けるアリスを見ていたが、少し間を置いて首を振った。

「……いや。お前はここにいろ」

「……えっ?」

 ロックはゆっくりと振り返った。そんな彼の視線の先には――。

 タグーは目を見開いた。

「グランドアレス!? そんなっ……無理だよ!!」

「フライに頼んでみる」

「駄目だってば!! アレはダグラス教官の!!」

「俺にも乗れる。……自信があるんだ」

「腕がないだろ!!」

 歩き出したロックの前にタグーが立ち塞がり、険しい表情で彼を見上げた。

「アレがどれだけのモノかわかってないでしょ!? ダグラス教官だったから操縦できたんだよ!!」

「……俺にだってできる。俺はあいつの生徒だったんだぞ」

「バカ言わないで!!」

 タグーは両腕を伸ばしてロックの胸に手を当て、歩き出したその足を止めようとした。だが、そんなタグーをズルズルと押しながらロックは尚も歩く。

「フライだって許してくれないよ!!」

「許す」

「なんでそんな根拠のないことを!!」

 着々とグランドアレスに近付く二人の後から付いて来ていたアリスは、不安げにロックの背中の服を掴んだ。

「ロックっ……」

 止めようとするその感触に、ロックはピタ……と足を止め、二人を交互に睨み付けた。

「お前らはそんなに俺のことが信じられないのかよ!?」

 突然怒鳴られて、タグーもアリスもビクッと肩を震わせ硬直した。

「そ、そういうわけじゃないよっ」

 タグーは慌てて首を振るが、「口答えするな!」と言わんばかりにギロッと鋭く睨まれ、小さく身を縮めた。

 ロックは戸惑う二人を険しい表情で交互に見て、自分の胸を指差し、言い聞かせるように怒鳴った。

「俺は優秀なパイロットなんだよ!! 他の奴らとは別格なんだ!! わかるか!?」

「……でもっ」

「でももクソもねぇ!! 乗るったら乗るんだ!! 俺がそう決めたんだ!!」

「そんなっ……!」

 いきり立つロックを見上げてタグーが狼狽える中、アリスはそっとロックの服を離し、悲しげに目を細めた。何も言わずに俯くその姿を見て、ロックは一瞬、今までの勢いをなくし視線を逸らしたが、それでも二人にニッと笑い掛けた。

「俺様のかっこいい勇姿をお前らにバッチシ見せてやるよ!!」

 グッと胸の前に拳を突き上げ、ダッ! と、グランドアレスに向かって元気よく駆けていく。タグーは「あっ!」と、その背中に手を伸ばした。

「ロック!!」

 タグーは焦り、すぐに追い掛けようとしたが、肩を掴まれ、踏み出した足を止めてアリスを振り返った。驚きを含めた戸惑いの目で見つめられ、アリスは悲しげに俯いたが、彼の肩から手を下ろすと真顔で小さく頷いた。

「……ロックを信じよう。……信じなくちゃ」

 まるで自分に言い聞かせているよう。

 タグーは躊躇いつつ、エンジニアと話をしているロックへと不安げに目を向けた。






「許可が下りたぞ」

 ザックがグランドアレスの足下に立って見上げているロックに近寄り、声を掛けた。

「今回は特別だ。本当なら、軍法会議ものだぞ」

「……ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはないけどな。それよりも……本当に操縦できるのか?」

 訝しげに問い掛けるザックに、ロックは笑顔で頷いた。

「俺、優秀だから」

 躊躇いもない自信に、ザックは呆れたのか、苦笑して深くため息を吐いた。

「今、エンジニアが手分けして武装強化の仕上げに掛かっている。わからないことがあったら連絡してこい」

「はい」

「推進装置を乗せておくから、何かの時に使え。一回きりの代物だってことを心懸けて置けよ」

「はい」

 ロックは真剣な表情で何度も頷く。“素直な候補生”に、ザックは笑みをこぼしつつ、軽く鼻から息を吐いてグランドアレスをそっと見上げた。

「……ダグラスも、まさかお前に乗っ取られるとは思ってなかっただろうな」

 冗談を含んだ呟きに、ロックは少し笑ってみせた。

「俺はいずれ乗っ取るつもりだったから」

 悪戯な笑みで方眉を上げる。そんなロックを見て少し微笑み、肩をポンポンと叩いた。

「……よし。行って、フライと一緒に暴れてこい」

「了解!」

 ロックは敬礼をすると、グランドアレスの胸部コクピットへと向かうため、足場用クレーンに乗って登った。

 グランドアレスのコクピットに乗り込むと、すぐにシートに座り、予め用意していた毛布類を丸めてシートに空いた透き間を埋めた。……ダグラス用に造られたシートは、彼には広過ぎる。

 左右、そして背後に毛布を詰めると、操縦桿までの距離を整え、ありとあらゆるスイッチやレバーをチェックしながら、疑問に感じた部分はザックと交信して確認する。

 一通り操縦方法を理解すると、シートベルトを締め、ハッチを閉めるボタンを押した。

 目の前のハッチがゆっくりと閉じ、コクピット内にボンヤリと赤い非常用ランプが灯る。……少しの間、そのままの空間に居座った。

「……」

 ……よぉ、ダグラス。

『へっ……。誰かと思ったら……ヒヨッ子、お前か?』

 閉じた目蓋の奥に、ダグラスの面影が甦る。

 ……こいつを借りるぞ、クソオヤジ。俺が乗りこなしてやっから、よーく見てろよ。

『粋がるなよ、このガキが』

 ロックは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと目を開けると操縦桿を握った。



《WARNING! WARNING! 第一内部ハッチを開きます。付近にいるクルーは至急速やかに待避してください》

 タグーとアリスは司令塔にやってきて、そこから外部モニターを見つめた。

 しばらくして、ケイティからグランドアレスが飛び出してきた。その姿に司令塔内の数人が小さく歓声を上げる。

 アリスは心痛な面持ちで、胸の前、グッと両手を組み合わせた。

 ……ダグラス教官。ロックを護って――。



 ロックは操縦桿を握り締めて、しばらくケイティの周りでグランドアレスを動かしてみた。

 思っていた以上に操縦が重い。これだけの巨体だ。覚悟はしていたが……。

 ロックは少し笑った。

 ……よし。あいつらをボコボコにしてやろうぜ?

『口だけだろ、ヒヨっこ』

「へっ……。……行くぞ!!」

 グランドアレスは片手に鉄斧アイアンアックスを持ち、戦場へと向かった。

 インペンド以上にスピードがない。途中、敵機と鉢合わせするが、素早く動く敵機に襲い掛かることはせず、落ち着いて銃の照準を合わせ、追尾型ミサイルを放って破壊する。突進してくる敵機には、光剣ライトソードよりも数倍大きな鉄斧アイアンアックスを振り下ろし、機体を真っ二つに斬り裂いた。そして連動型ミサイルを、味方に襲い掛かろうとする敵機数体に向けて放つ。

 ドドドドドン!! と、振動が身体を伝い、その後、外部モニターが爆発の発光で真っ白になった。

【ロック! 聞こえる!?】

 タグーの声がスピーカーから聞こえ、ロックは操縦桿に入れる力を緩めることなく、口を開いた。

「ああっ、聞こえるぞ!」

【フライたちの所に向かって! 敵本艦の近くだよ!!】

「わかった!」

【それとっ……無茶しないでね?】

 そろっと伺う声に、ロックは少し笑った。

「了解!」

 グランドアレスは敵機を尽くケ散らしながら、アポロンやインペンドが交戦しているその場所へと、できる限りの猛スピードで向かった。

「フライ!!」

 アポロンの姿が見えると、グランドアレスは装備していた追尾型ミサイルポッドを取り出し、無数の敵に照準を合わせた。

【ロックオン】

 機械音と同時に、照準モニター内に捉えた敵機全てに向かってミサイルが発射される。ドドン!! と、激しい音と振動がロック自身に伝わり、機体が少し後退した。

 アポロンやインペンドたちがグランドアレスからのミサイルに気付いて敵機から離れると、そのすぐ後、敵機はミサイルによって打ち抜かれ、それでもまだ動こうとする機体に向かってアポロンたちは剣を奮い斬り裂いた。

 一気に敵機の数が減ったのが外部モニターで見てもよくわかる。

 ロックはすぐ操縦桿を引いて、アポロンの傍へとグランドアレスを前進させた。

「大丈夫ですか!?」

【お前の方こそソイツを扱えるのか!?】

「俺は平気です!! それより……どうするんです!?」

【このまま敵本艦に近付く!! 艦の真横に進入路があるらしいが、ノアコアの動力源を使った攻撃を仕掛けてくるらしい!! お前は後方支援を頼むぞ!!】

「了解!!」

【行くぞ!!】

 アポロンが先頭切って敵本艦へと向かい、その後をインペンド三体とグランドアレスが追う。

 敵機動兵器が彼らを近付けまいとして襲い掛かってくるが、アポロンはその機動性を充分に発揮して敵の光弾を避け、更に別方向から襲い掛かってくる敵機に光剣ライトソードを振りかざした。そして、アポロンの行く手を阻むモノを殺傷すべく、グランドアレスは追尾型連動ミサイルを放つ。

 敵本艦の周りに次々と爆発が生じ、その間をアポロンたちが掻い潜り進んだ。



 インペンドから送られてくる映像を見ながら、アリスは戸惑い、ギュッ……と胸の服を握りしめた。

 ……何か……。……何か嫌な感じが……――



【……ロック!】

 アポロンを追うグランドアレスのスピーカーからアリスの声が聞こえ、ロックはアポロンの背中を外部モニター越しに見つめながら耳を傾けた。

【何か嫌な感じがする!! 気を付けて!!】

「……わかった!!」

【アレだ!!】

 フライスの声にモニターを集中して見ると、彼らの向かう先に、確かに敵本艦の進入路があった。

 艦の真横、出っ張った進入路だ。まるでミサイルか何かの発射口のような――。そう思った次の瞬間!!

【危ない!!】

 アリスの悲鳴に近い声が響き、ロックは思わずその進入路からグランドアレスを逸らした。そのすぐ後、外部モニターが真っ白に光って機体が激しく振動し、操縦桿を離さないように、グッ! と握り締めた。

【インペンド被弾!!】

 女性オペレーターの声が響く。

【ロック……!! ロック!!】

 アリスの心配そうな声に、ロックは「くそっ……」と顔を上げて外部モニターを見た。真っ白な光は消え、相変わらずの敵機の姿が見える。空間に浮く機体の欠片を見て、それがインペンドの物だということを脳裏で確認した。逃げ遅れたインペンド三体が、跡形もなく消え去ってしまった……。

「フライ!!」

 アポロンの姿を探すと、

【下だ!!】

 そう声が返ってきて、グランドアレスは敵本艦の下に回り込んでいるアポロンを見た。

【今のは光の柱と同じ熱量だ!! ノアコアの動力源があることには間違いない!!】

 ロックは少し舌を打った。

 ……やっぱり発射口なのか!!

【フライ! タグーです!!】

 タグーからの通信が、それぞれのスピーカーから聞こえる。

【ガイが言ってました! 一度動力を放つと次回までの蓄積に時間が掛かるって!! 攻撃を仕掛けるなら動力を放たれた後じゃないと!!】

【……クリス!! 聞こえるか!?】

【ああっ】

【シャイニングブレスをラストチャージしろ!! 動力源破壊でき次第、こっちからすぐに合図する!!】

【わかった!!】

 それぞれの交信内容が飛び込んでくるその間も、敵機動兵器がアポロンとグランドアレスに襲い掛かってくるが、後方からすぐにインペンドがやって来てアポロンたちの支援に回る。

 ロックは、グッ!! と操縦桿を握り締めた。

 俺なら……グランドアレスならできる!!

 操縦桿を引き、ジェットエンジンを噴射させると、グランドアレスは進入路へと入り込んだ。

【ロック!!】

 アポロンがすぐにグランドアレスを振り返り、その後を追って進入路に入った。

【戻るんだ!!】

 進入路を奥へと進み続けるグランドアレスの横にすぐにアポロンが並ぶ。

【聞こえないのか!!】

「次の発射まで待ってられっかよ!!」

 奥から敵機動兵器と小型機が現れ、二人の行く手を阻む。フライスの舌を打つ音がスピーカーから聞こえた。

 アポロンは光剣ライトソードを構えると立ち塞がる敵機動兵器に斬り掛かった。だが、今までの敵機動兵器とは違い機敏性がよく、アポロンの攻撃を簡単に躱された。アポロンは振り返り様にショートライフルを放つが、敵機はそれを避け、進入路の壁で軽く爆発が起こっただけ。

 ロックは「……こいつら!!」と怒り、自動照準のスイッチを押した。照準モニターに敵機がロックオンされると同時に装備していたミサイル弾が放たれ、被弾した敵機は進入路の壁に勢いよくぶつかり爆発した。それでも、ミサイルを避けきった敵機動兵器がアポロンとグランドアレスに向かって攻撃を仕掛けてくる。

【動力攻撃してくるぞ!!】

 フライスが言う。

【こいつらは自殺覚悟で俺たちをここに留まらせてるんだ!!】

 アポロンは敵機の攻撃を避けながらも、尚かつ光剣ライトソードを奮った。グランドアレスも攻撃を仕掛けてくる敵機に向かって鉄斧アイアンアックスを振り下ろし、銃口を向ける。

 しつこく攻撃を仕掛けてくる敵機に、ロックの心中は怒り爆発寸前だった。

【一旦外に出た方がいい!!】

 フライスが言葉を続ける。

【インペンドを連れて来れば、なんとか動力源までは辿り着ける!!】

 アポロンは敵機の攻撃を避けながら背後のスタビライザーを広げた。

【ロック!! 先に行け!!】

 ロックは眉をつり上げ、グッ……!! と、操縦桿を握り締めた。

 グランドアレスが素直に進入路の出入り口へと向かって身体を向け、進み出した。アポロンも、敵機の相手をしながらグランドアレスの後から付いて進み出した、が、突然、グランドアレスが振り返った。

 グランドアレスは大型の連動ミサイルを取り出すと、予告も無しに、いきなりそれを奥に向かって撃ち放った。

 スピーカーから「うぁっ!!」と、フライスの驚く声が聞こえる。

 グランドアレスは無数発射されたミサイルと同時に、一回切りの大型推進装置のスイッチを入れ、アポロンをその場に残して奥へと猛スピードで突き進んだ。

 逃げるものだと思って怯んでいた敵機が発射されたミサイルで撃ち落とされ、そして進入路の壁にもミサイルが当たり爆発する。その間を、推進装置の高速移動で、グランドアレスは奥へと突き進んだ。

【ロック!!】

 スピーカーからフライスの戸惑う声が聞こえるが、ロックは操縦桿を握り締め、前を見据えたままで応えようとはしない。



 強化ガラスの向こう、敵本艦を見開いた目で見つめながらアリスは唇を震わした。グッと組んだ両手が微かに震え出す――。

「馬鹿!!」

 タグーは愕然と、交信機のマイクに顔を近付けて大声で怒鳴った。

「ロック駄目だ!! 戻ってこい!!」



 ロックは推進装置の動力が切れるまでグランドアレスを無我夢中で奥へと進めた。時折敵機とすれ違うが、高速移動中のグランドアレスに追い付けず、すれ違うその瞬間に鉄斧アイアンアックスで斬り倒され、そして銃口を向けられて撃ち落とされる。

 進入路を奥へ奥へと進み続けると、やっと何かが見えてきた。

 ――外部モニターに、奥行きもわからないほどの空間の中央を陣取る巨大なエネルギーコアが映し出された。どこに続いているのかわからない、太いコードが無数に伸び、その中央でコアは不気味な赤い色を波打たせ光り輝いている。その周りを、コアを守るかのような数体の敵機動兵器が取り囲んでじっと待機し、こちらの出方を窺っているようだ。――その映像は、ケイティにも、アポロンにも届いていた。

【ロック……!!】

 タグーの焦るような声がスピーカーから漏れるが、ロックは何も答えず、モニターを凝視したまま、スイッチを押した。ガコンッ……と、微かな衝撃と共に、グランドアレスは背中の推進装置を切り離した。

 ……敵機動兵器がグランドアレスを窺いつつ、コアの周りに次々と集まってくる。

「……」

 荒々しく呼吸をするロックの額から汗が流れた。

 誰も彼に指示を出さない――。

【……ロック……。……やめて……】

 アリスの微かな声……。

【……お願い……。……戻ってきて……】

 ロックは外部モニターに映し出されるコアを見つめた。

 コアは次第に輝きを増し、力を増幅させているようだ――。

『お前はなぜ戦っている? 何のために戦う? 考えたことがあるか? 闘争本能が人間の持つ本能の一部だとしてもだ。お前は何のために戦う?』

 以前、ダグラスに問われた言葉が、不意に頭の中を過ぎった。

 ……なんのために……

 ロックは光を増すコアを見つめた。

「……、護りたいモノが……あるんだ……」

 そう呟くと、ロックはグッと顔を上げてありとあらゆるスイッチを入れた。

 ダグラス……!! 力を貸してくれ!!

 心の奥底で願う。……いや、なんとなくダグラスが傍にいるような、そんな気さえ感じられた――。

 無意識のうちに彼は、グランドアレスは、鉄斧アイアンアックスを投げ捨てると巨体に装備されているミサイル口全てを開いた。そして、連動小型弾道ミサイルを手に取り、それを敵機に向かって球切れを起こすまで撃ち放った。敵機はそれを避けようと素早く動き回りつつ、コアを護ろうとしてシールドを張るが、そんなことは今のグランドアレスには関係ない。連動小型弾道ミサイルが弾切れを起こすと、それを投げ捨て、巨体に装備されたミサイル口から次々にミサイルを無差別に発射し続ける。

 外部モニターが真っ白になり、激しい振動と、耳を劈く爆音がロックを襲った。

《ロックー!!》

 タグーの叫び声がコクピット内に響いた。

 グランドアレスはバスターレーザーを取り出し、周りの状況も掴めないまま、チャージを開始した。

 ミサイル攻撃で辺りは火花と煙で埋め尽くされ、どこかではまだ爆発音も続いている。と、敵機が数体、グランドアレスに向かって襲い掛かってきた。

 バスターレーザーをチャージしながら、ロックはその姿を外部モニターで見つめた。

 ……護りたいモノが……――

 グランドアレスはバスターレーザーの引き金を引いた。ブォン……と放撃口にエネルギーが集まり、光の大きな玉となってズドォォー……ン!! と爆音と共に放たれた。その衝撃でグランドアレスの巨体が後ろに後退し、無防備なまま壁に激突した。

 ロックは「!!」と、あまりの衝撃に目を閉じ、身体に力を入れた。操縦桿からスル、と手が離れ、身体が激しく揺さぶられ、コクピット内に警告音が響き、そして――



「!!」

 進入路の奥から炎と爆風が襲い掛かるべく吹き出してきた。

 アポロンは炎に巻かれる寸前に進入路から脱出し、難を逃れたが、ドオォォーン!! と、進入路口から爆音が響き、一瞬巨大な炎が上がった。

「ロック!!」

 微かな振動に耐えながら、アポロンは進入路の方を振り返った。

 何度も爆発が続き、一瞬黒い煙がモワッと上がる――。

 フライスはグッと操縦桿を握り締め、歯を食い縛っていたが、真剣な表情で顔を上げた。

「……クリス!! シャイニングブレスを!!」



 フライスからの指示に、クリスは目を見開いて唾を飲んだ。

 タグーは愕然とし、目に涙を浮かべてクリスを振り返った。

「ロックがまだ中に……!!」

 クリスは俯いて息を震わせていたが、拳を握り締めると、顔をグッと上げた。

「……照準敵本艦!!」

「了解!!」

「チャージ!! 90!! 93!! 95!!」

 オペレーターたちがクリスの言葉に対応していく。――ケイティ艦の中央部砲撃口に、段々と光が集まり出した。

「ロック!!」

 アリスは大きく目を見開くと、両手をデスクに付いて交信機に向かって叫んだ。

「ロック逃げて!! そこから逃げてェー!!」

「チャージ完了!!」

 オペレーターの報告に、クリスはキッと顔を上げた。

 目の前にあるのは、内部爆発を起こし、傾いた敵本艦――。

「……シャイニングブレス、発射!!」

 ケイティの真ん前に突き出した砲口に集まった大きな光の玉が、カッ……!! と、眩いくらいに光り輝いた。

「ロックー!!」

 激しい振動と共に、ケイティから一筋の巨大なエネルギー弾が放たれ、敵本艦へとうねりながら真っ直ぐ伸びた。全てのモニターに閃光が走り、みんな、視界を奪われて目を伏せた――。











「……くだらねぇなぁ。え? おい」

「……俺もそう思うよ……」

「ハッ。よく言うぜ」

「……だってさ、……、仕方ないだろ」

「仕方ない、ねぇ……」

「……。なんだよ?」

「お前はやっぱりヒヨっ子だな。ヒヨっ子ロック。ケッ……」

「うるせぇ、くそオヤジ」

「……で。闘う理由ってのは、ちゃんとわかったか?」

「……。ああ。……どうしても護りたかったんだ……。……くしたくなかったんだ……」

「そりゃぁ何をだ? タグーか? アリスか? それとも、自分自身をか?」

「……。大事なモノ、全部だよ」

「何を甘っちょろいこと言ってンだ? 大事なモノ全部を護りたいだ? だからお前はヒヨっ子なんだよ」

「……」

「結局残されたモノはなんだ? え? お前には何が残った? タグーやアリス、あいつらには何が残ったんだ? 大事なモノを護るつもりで、お前は何をやらかした?」

「……」

「よぉ、ロック。お前は勘違いしてねぇか? 護るために闘うってのはな、命を投げ捨ててでもって意味じゃあねぇんだよ」

「……」

「闘いってのは、誰かを傷付け、自分を傷付けるためのモノじゃないんだぜ。何かを護るってのは、命を張ることでも、大事にすることでもねぇんだ。……まぁ、ワシが言える立場じゃないがな」

「……」

「ロック。……時期に見えてくるんだ。それまでいくらでももがき暴れるといい。もがきにもがいて、そして見つけた時……その時に闘う理由がわかってくるモンさ。今はまだ、お前は見つけちゃいないんだ」

「……。じゃあ、見つけるために手を貸してくれよ。……俺、何も見つけられない……」

「甘ったれんな、クソガキが」

「……見つけられないんだよ……。……見つけられないんだ……」

「本当にそうか? おい、ヒヨっ子。……見てみろ」

「……」

「あの星を覚えてるか?」

「……」

「……ロック。大丈夫だ。時期に見えてくるさ……。お前にはお前のいい所がある。みんなわかってるんだぜ」

「……」

「心残りは、合格書を渡してやれなかったことぐらいだが……。けど、もうそんなモノは必要ないだろ? ……ロック。……お前は立派なパイロットだ。ワシが認めてやる」

「……。ありがとう。ダグラス……」

「おらおら。さっさと目を覚ませよ」

「……お前はどうするんだ?」

「ワシか? そうだな……。先に地球に戻って、カミさんにお前のしつけ方でも伝授しておくさ」

「……へっ」

「……。……じゃあな、クソガキ」

「……ああ。……じゃあな……クソオヤジ」

「ケッ」

「……」

 ……ダグラス。……じゃあな、オヤジ――。











 ゆっくりと目を開けた時、一番最初に目に飛び込んできたのは、微笑んでいるアリスの顔だった。

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