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BAY  作者: 一真 シン
16/19

16 BAY-3

「……起きろ!!」

「うあっ!?」

 耳元の大声に驚いたタグーは、横になっていた長椅子の上でガバッ! と勢いよく起き上がった。

 キーンと耳の奥が響き、不愉快さで顔を歪めながら傍に立ついたずらの張本人を見上げると、ロックが腰に両手を乗せて目を据わらせていた。その後ろにはガイ、そして吹き出して笑っているアリスがいる。

 タグーは「……はぁっ?」と顔をしかめた。

「お前はいつまで眠ってるンだよ」

「……えっ?」

「クロスたちがノアコアに行った。俺たちは戦闘準備に掛かるぞ」

 ロックはそう言って、みんなを引き連れて臨時休憩室を出ていく。

 タグーは大慌てで彼らの後を追った。

「ちょ、ちょっと待ってよっ!」

 バタバタッ、と走って来てロックの横に並ぶ、そんなタグーの後ろ、アリスは寝癖を直してあげようと手グシで髪の毛を解かした。

「ロック、その……」

「俺は大丈夫だ」

 躊躇いがちな言葉を遮って言う。ロックはキョトンとするタグーに目を向けることなく、真っ直ぐ前を見据えたまま、少し笑みを浮かべた。

「俺は俺。それでいいんだろ?」

 タグーはそう問い掛けるロックを見て、嬉しそうに笑い、大きく頷いた。

「うんっ!」

「ただしっ」

 ロックの足が止まり、タグーも、アリスもガイも足を止めた。

「俺をバラしてみたい、なんて考えたら、お前を生きたままで埋めてやるからな?」

 ぐるん、と振り返って睨み付け、鼻先を指差しながら低い声で忠告すると、タグーは顔色をサッと変え、慌てて首をブンブンッと振った。

「そ、そんなこと考えないよーっ!」

「けど、ちょっとは考えただろ?」

「……」

「考えたのか!?」

「ま、まさか!!」

 「おい嘘だろ!?」と愕然とするロックに、タグーは焦ってブンブン! と強く首を振る。

 アリスは吹き出し笑うと、二人の背中を押した。

「ほーら、ふざけてないで」

 ロックは納得いかないような、不満げな表情で足を進める。

 タグーは「はは……」と、空笑いをしてロックの後を追い、彼の背中を見ながら小さく息を吐いて笑みをこぼした。

「――クリス!」

 ケイティ内会議室前に辿り着くと、そこから上官たちが出てきた所だった。グッドタイミングだ。

 ロックたちはクリスの姿を見つけるなりすぐ駆け寄ったが、上官と話をしていたクリスは彼らに気付くと少し笑みをこぼしただけで足を止めることはない。

「クリス!!」

 ロックがクリスの肩を掴み掛けた時、パン! と、横からその手を叩き弾かれた。「いてっ」と、慌てて手を引っ込めたロックの前に立ちはだかったアーニーは、腰に手を置いて睨み付けた。

「大事な時よ。いいかげんになさい」

「大事な時だから俺たちも!!」

 ロックが食って掛かるが、アーニーは更に鋭く彼を睨み付けた。

「いいかげんにしなさい」

 低い声でとどめを刺され、ロックは「うっ……」とまずそうに身を引く。そして、チラ……と歩いていくクリスの背中に目を向けると、ダッ! と、アーニーの隙を付いて追い掛けた。

「こら!!」

 アーニーが振り返り怒鳴るが、その時にはすでに、ロックはクリスの服を掴んでいた。上官たちの厳しい視線が向く中、タグーやアリス、ガイもすぐにロックに駆け寄る。

 服を引っ張られて立ち止まったクリスは「……やっぱり来たか」と言わんばかりにため息を吐き、すがるように見上げるロックを振り返って見下ろした。

「……ロック、あのなあ」

「俺たちも参加していいよなっ?」

 笑顔で伺うロックに、クリスは苦笑して首を左右に振った。

「今回はパスだ。少々危険だからね。優秀な偵察部隊がクロスと協力してノアコアに進入する。お前らの出る幕じゃないよ」

「けどさっ!」

「それよりも、フライたちが帰ってきた時のことを考えるんだ」

 身を乗り出すロックに、クリスは真顔で躱した。

「真っ向勝負になることは目に見えている。その時は、お前の要望も聞いてやるよ」

「……今だ! 今、聞けよ!」

「無理だ。大人しく待っていろ」

 サラリと要求を退け、服を掴むロックの手を離して上官たちと歩いていく。その背中にロックは「……くそっ!」と、怒りを露わに吐き捨てた。

 タグーはため息を吐いて、ソロ……とロックを見上げた。

「……どうするの?」

「っそぉ。勝手に決めやがって」

「……けど……、クリスの言うことも一理あるよ」

 落ち着いた声に、ロックは「あンッ!?」とタグーを振り返って睨んだが、タグーの方はその視線に怯む様子もなく続けた。

「フライたちが帰ってきた後さ。……真っ向勝負って」

 タグー少し視線を落としかけたが、真顔で踏みとどまった。

「その時は、僕たちも出なくちゃいけなくなるよ?」

「ああ。わかってる」

 と、素直に頷いたものの、

「けど今も出るんだっ!!」

 すぐに我を通すロックに、アリスは呆れてため息を吐き、タグーはじっとりと目を細めた。――その時、

「あれ!? もう会議終わっちゃったッスか!?」

 背後からの聞き慣れた声に、ロックたちは振り返った。

 会議室を覗き、カールは「アチャーッ」と額を押さえると、こちらを見ているロックたちに笑顔で駆け寄った。

「ちわッス!! 今日、進入ッスね!! みんなも行くンスか!?」

「……カールは行くのか?」

「もちろんッス! 用意ができたからって報告に来たッスよ! 総督さんたち、どこに行ったかわかるッスか!?」

 笑顔のカールを見て、ロックとタグーは目を見合わせる。二人の背後、アリスは嫌な予感がしていた……。






「……」

「どうした?」

「……。いや……」

 フライ艦隊群から少し離れた場所に巨大な装甲車が用意された。異人クロスと偵察部隊、指揮官にエンジニア教官のザックが搭乗する。その見送りに来ていたクリスが何度となく背後を振り返るので、ザックは少し首を傾げた。

「なにかあるのか?」

「……、やけに静かだ」

 背後を振り返ったままのクリスにザックは苦笑した。

「あいつらもやっとわかってきたんだろ。それに、タグーは修理に忙しいはずだからな」

「……。おかしい。こんなに静かだなんて」

 クリスは顔をしかめてザックに目を戻すと戸惑いを露わにした。

「搭乗員はみんな確認してるよな?」

「ああ。大丈夫だ」

「装甲車は確認したよな?」

「ああ。クルーがチェックした」

 返事をしても尚、腕を組み訝しげな表情をするクリスに、ザックは少し笑って肩を叩いた。

「気にし過ぎだ。後で艦に戻ったら呼び出してみろ」

 クリスは納得いかなげに「うー……ん」と小さく唸る。

「用意できましたか? そろそろ出発します」

 異人クロスの一人が声を掛けてきて、ザックは「わかりました」と返事をし、クリスに目を戻した。

「それじゃ行ってくる」

「あ、ああ」

「みんな、ちゃんと連れて帰ってくるから、……温かい飲み物でも用意しててくれ」

 おどけるような笑顔で肩をポンポンと叩き、ザックは装甲車の中に入っていった。少し離れた場所からクリスやみんなが見守る中、しばらくすると扉が閉まり、エンジンを掛けた装甲車は空気を震わせる程の低音を鳴らしながら進み出した。

 森の中に消える装甲車を見送りながら、クリスは不安を募らせていたが、「参りましょう」と上官たちに誘われ、ケイティへと足を向けた。

 その頃、動き出した装甲車の中ではザックがクルーたちと言葉を交わしながら壁伝いに待機室へと向かっていた。広く作られた待機室では、十数人のクルーが武器や作戦の確認に追われている。みんな、緊張の面持ちでいるが、怯む雰囲気はない。そんな勇敢な彼らの頭上……――

「……動き出したな……。けけけっ……」

「……き、キュークツだよ……」

 装甲車の二階には、一体の機動兵器と、数台の小型バイクや武器が保管されている。その片隅、機材に隠れた薄暗い中に、ロックとタグー、そして、ガイに守られるように、その腕の中にアリスがいる。

 揺れる足下に体勢を崩さないよう、注意しながら、ロックは「してやったり!」と、グッと拳を握り締めた。

「よしっ。これで俺たちもノアコアだっ」

「け、けど……見つかったら怒られるよ……」

「そんなこといちいちビビるな、ビビリ」

 馬鹿にされたタグーはムッとした表情で目を据わらせた。

 アリスは自分を軽く包み込んでくれているガイを見上げた。

「ノアコアまで遠いの……?」

「この装甲車でしたら、時間が掛かることはありません。しかし、ノアの番人たちももう気付いているでしょうから」

「……。そうね」

「そん時ゃこの機動兵器でも動かすか!?」

 ロックが笑顔で、中央に横たわっている機体を指を差すと、アリスは呆れるように睨み付けた。

「これ以上、問題を起こそうとしないで」

 注意されたロックは、「チェッ」と小さく舌を打った。

「……大丈夫ッスか?」

 コソコソっと、腰を低くしたカールがやって来て小さな声で伺うと、ロックはニヤリと口元に笑みを浮かべて答えて見せた。その不敵な表情で何かを悟ったカールは、「はは、ははは……」と、取り繕うように笑った。

「あんまり騒がないようにお願いするッス」

「ああ。わかってる。……で、状況はどうなってるんだ?」

 声を潜めて問い掛けると、カールは真剣な面持ちで腕を組んだ。

「さっき、話を聞いてたンスよ……。そしたら……ちょっと、状況がよくないみたいで」

「……つまり?」

「ジャッカルさんとは連絡が取れたんです。なんとか協力してくれるらしいンスけど」

「ジャッカルさんって、キミたちを助けてくれるっていう?」

 タグーが口を挟むと、カールは頷き、言葉を続けた。

「ジャッカルさんはノアの番人ッスけど、すごくいい人ッス。トラブルがあった時は、いつもオレたちを助けてくれるッス。今回も、ヴィンセントさんたちもあなたたちの仲間の居場所もちゃんとわかってるらしいッス」

 カールの現状報告に、ロックは目を見開き身を乗り出した。

「フライたち、みんな生きてるんだな!?」

「シーッ。声が大きいッスよっ」

「い、生きてるのか……っ?」

「生きてるらしいッス。ジャッカルさんの言うコトッスから、間違いないッスよ」

 頷き答えるカールの言葉に、ガイの腕の中にいたアリスは、ホッ……としてガイにもたれた。

「できるだけ時間を稼いで、みんなを無事に逃がせるように手伝ってくれるらしいンスけど……。ヒューマがかなり怒っているみたいで」

「……お前たちクロスの片親、って奴か?」

「うッス。……あいつら、また宇宙にタイムゲートを放つ準備をしてるらしいンスよ」

「……。光の柱を?」

「多分、さらってくる人間をそのままオレたちと闘わせるつもりッス。タイムゲートを発動させるまで時間があるから、その間にジャッカルさんはなんとかしてみんなを逃がすからって。……けど、その後タイムゲートを放たれたら……。……わかるッスよね?」

 真顔で窺うカールに、ロックたちは何も言えずに固唾を飲んだ。――人間同士。洗脳された人間との戦いになる……。

「ザックさんがクリスさんに連絡入れてたッスよ。みんなを救出し次第、いったん宇宙に飛び出した方がいいから、その準備だけしておくようにって。……確かに、その方が賢明ッス」

「け、けどそれじゃ……ノアの番人もヒューマも放っておくの?」

 タグーが心配げに問い掛けると、カールは軽く首を振った。

「そのつもりはないと思うッスよ。……ここは敵陣地ッスから、宇宙に出て、そこから攻撃を仕掛けるつもりなんだと思うッス。……ヒューマもあなたたちを放っておかないッスよ。……ここも、ノアを囲む宇宙空間も荒れると思うッス」

「……。お前たちはどうするんだ?」

 ロックの真剣な表情に、カールは苦笑した。

「オレたちはここの住人ッスから。ここに残って戦いを続けるッス。……宇宙戦はあなたたちに。そしてノアでの地上戦はオレたちに、ってことッスね」

「……」

「そういう話で進んでるッス。だから、ここまで来たけどロックさんたちの出番は、今はないッスね」

 あっさりと肩をすくめられ、ロックは少し考え込むと、顔を上げて真顔で問い掛けた。

「……光の柱。……タイムゲートのある場所って、お前は知ってるのか?」

「ンまぁ……一応」

「……。よし。そいつを壊すぞ」

 ロックの突拍子もない言葉に、アリスとタグーは顔をしかめ、何か言おうとしたが、その前に「何言ってるンスか」と、カールが訝しげな表情を消すことなく、思わず口にしていた。

「無茶ッスよ。そんなの」

「けど、それを壊したらもう二度とタイムゲートは利用できないんだぞ? この後さらわれる奴もいなくなるんだ。無駄に殺される奴もいなくなる」

「それは……そうッスけど。ンでも、オレたちには無理ッス。ビットも見回りしてるし、ヒューマもいるし。見つかったら殺されるだけッスよ? 今は、作戦通りにした方がいいと思うッス」

「けどよ、俺たちが宇宙に飛び立った後、俺たちに向かってタイムゲートが利用されないとも限らないよな?」

「それは……否定できないッス」

「今、ヒューマの奴らがタイムゲートを使おうとしてるんだろ? それをわかってて放って置く方がどうかしてるぜ。そう思うだろ?」

 身を乗り出し、必死に相槌を問おうとする、そんなロックにカールは「んー……」と腕を組んで考え込んだ。

「……けど、やっぱ無理ッスよ。そりゃあタイムゲートを壊すことができれば文句ないッスけど」

「おい!! そこ!! 誰かいるのか!?」

 話の途中、突然大声が飛んできて、みんなはビクッ! と肩を震わした。――懐中電灯の明かりが近付いてくる。

 カールは「あわわっ」と焦るようにウロたえた。

「誰だ!? そこで何をしている!!」

「あっ、いやっ……そのッスねっ……」

 カールが慌ててみんなを隠そうとするが、大きいガイの姿は懐中電灯の明かりに見事に照らされていた。






「お前らな!!」

「……すみません……」

 ロックとタグーとアリスは横一列に並ばされ、みんなの鋭い視線を浴びながら首を縮めた。

 あれからすぐ、“応援”に駆け付けたクルーたちの手によって引っ張り出され、呼び出されたザックが待ち構える通路脇に立たされた。カールは「そそのかされたんだろう」と、お咎めなしで済んだが、ロックたち“問題児”は甘やかすわけにはいかない。

 ザックは眉をつり上げ、怒りを露わに腕を組んだ。

「なんでこんな勝手なマネを!! 大人しくしていろって言われただろ!!」

「……すみません……」

 反省しきったタグーがしゅん……と俯くその隣り、ロックは不満げな表情で口を尖らせ、アリスは視線を動かしながらみんなを窺い、ガイは鉄の顔を変えることなくじっと立っている。

 ザックは「……ったく!!」と、呆れるように吐き捨て、構えるクルーに顎をしゃくった。

「こいつらをどこかに閉じ込めておけ!! ケイティに着くまで絶対に出すな!!」

「ま、待てよ! そりゃないだろ!!」

 ロックは焦って詰め寄った。

「大人しくしてるってっ。絶対に暴れないし!」

「信じられるか!!」

 ……日頃の行いが祟った、としか言いようがない。

 唾が飛ぶ程の勢いで言われ、ロックは「うっ……」と、一瞬身動いだ。しかし、ここで引くわけにも行かない。勢いに任せてそれでも彼に楯突こうとした、その時!

「うおっ!!」

「キャ……!」

 突然、予告も無しに装甲車が激しく揺れてみんな体勢を崩した。タグーとアリスは傍にいたガイが受け止めたが、ロックやザック、周囲にいたみんなはヨロけて壁に身体を打ち付け、運がない者は床に尻餅を突いた。

 ザックは壁に手を付いて体制を整えると、舌を打ち、操舵室へと駆け足で向かった。

 ロックは「……クソッ」と小さく吐き捨てながら、まだ揺れの治まらない足下に体重を掛けて踏ん張った。

「ノアコアに着くぞ!! 偵察部隊ハッチに集合!! 武装兵士は武器を所持の上、待機!!」

 奥の方から声が聞こえてきて、ロックたちは振り返った。――と、その瞬間、アリスはゾクッ……と震え上がった。

「……嫌な感じがする……」

「えっ?」

 アリスの震える小さな声に、彼女同様、ガイに支えられながらタグーは訝しげに眉間にしわを寄せた。

「なにっ? どうかしたっ?」

「……何か……。……何か嫌な予感が……」

 アリスは戸惑いを露わに自分の腕をギュッと抱いている。

 タグーは焦るような視線でロックを見た。ロックも、アリスを見ていた目をタグーに向け、お互いじっと、探り合うように見つめた。

 ……嫌な……予感――?

 装甲車の動きが止まり、車内が慌ただしさを増す。ロックたちはどうしたらいいのかわからず、「邪魔だ!!」と隅っこに押しやられながら、みんなを窺うだけ。

「ロックさん!!」

 カールが困惑した表情で、クルーたちの間を縫って駆けてきた。

「ヒューマの奴らにジャッカルさんの行動がバレたッス!」

 早口の報告に、ロックたちは目を見開いた。

「ジャッカルさんたち、もうノアコアの出入り口のトコまで逃げてきてるッスよ!」

「じゃあ、みんな無事なんだな!?」

「けど怪我してる可能性が高いッス! みんなの手当、手伝って欲しいッス!!」

「戦いは!?」

「逃げることで精一杯ッスよ!!」

 意気込むように、険しい表情で身を乗り出すロックにカールは首を振った。

「ヒューマが機動兵器出してきたらそれこそ終わりッス!! 逃げるしかないッス!!」

「……っ」

 ロックは悔しげにグッ……と拳を握り締めた。

 逃げるだと……!? まるで敵前逃亡だ! そんな思いに駆られたが、不意に袖を引っ張られ、険しい表情のまま振り返るとアリスが不安げな顔で小さく首を振った。

「……ここで逃げないと……みんな死んでしまう……」

 ――なんらかの恐怖を感じているのだろう。声を震わせるアリスにタグーは愕然とした。

 ロックは「……っ」と唇を噛みしめた。居ても立ってもいられない衝動と、けれど、その気持ちを抑制しなくては、という自制心がぶつかり合う。だが、そんな戸惑いも次の瞬間には消え去った。

 表で大きな爆発音が聞こえ、みんなはハッと振り返った。――悲鳴にも似た、大声で叫ぶ声が聞こえる。そして、銃撃と数回の爆発音。装甲車が揺れることはないが、それでも耳に届いてくる“戦闘の音”に、それぞれの顔に緊張の色が浮かんだ。

 ガガッ……! と、近場の引き戸が開いてロックたちは肩をビクッと震わせた。外に出ていた偵察部隊や武装兵士たちが一気に駆け込んできて、奥へ、奥へと追いやられる中、何事か、と後退しながらも背伸びをして必死に窺うと、軽い傷を負った者、血を流す者の姿が見えた。

「早くしろ!! 急げ!!」

「中に詰めるんだ!!」

「誰か手を貸してくれ!!」

 あらゆるハッチで口々にみんなが叫んでいる。ロックたちは騒々しさの中、奥へと押しやられながら息を飲んだ。――服が黒く焦げた兵士たちや、重傷人も運ばれてくる。あまりのひどさにアリスは顔を青ざめて口を両手で押さえ、タグーも目を見開いたままで息を詰まらせた。

 ロックは愕然とした表情で唇を震わせていたが、グッと全身に力を込めると主要ハッチへ走った。

「急ぐんだ!! 奴らが近くまで来ている!!」

「助けてくれ!!」

 口々に叫き立てる彼らの中、ロックは運ばれてきた怪我人に肩を貸しながら急いで奥へと運ぶ。その後にタグーとガイも走ってやって来て、ロック同様、倣うように怪我人たちを奥へと運んだ。

 外に出ていたザックは、負傷し、腕から血を流しながらも、誰かに肩を貸して戻ってきた。

「早くしろ!! モタモタするな!!」

 ロックは怪我人を運びながらザックの肩にグッタリと掴まっている人物に目を向けた。

 ……フライ――!!

「早くするんだ!!」

 みんなが総出で装甲車内に怪我人たちや仲間を運び入れる。

「ハッチを閉めて!!」

「カール!! 応戦してくれ!!」

「了解ッス!!」

「走らせろ!!」

 装甲車のハッチが閉じられると、数秒後に頭上が揺れた。カールが格納していた機動兵器を出しているらしい。車体が軽くなると装甲車が急発進をし、所々で小さく悲鳴が漏れた。

 表で激しい爆音が響き、それと同時に装甲車が大きく揺さ振られ、カールの戦闘が始まったのだと認識した。――これからは時間の問題だ。

「手当をしてくれ!!」

 誰かの言葉で、身体に不自由のない者が怪我人たちの手当を始める。ロックもタグーも、そしてガイも。ガイに至っては、独自の治療具で重傷人たちの傷を治していく。

「包帯は!?」

「ガーゼをこっちに回して!!」

 装甲車内が一瞬にして医療車へと変わってしまった。

「……」

 アリスは愕然とした表情で身動きできないまま、息を震わせて壁に背をつけ、怪我人たちを見回した。ライフリンクの彼女には、怪我人たちの痛みや苦しみ、治療に当たる人たちの焦りが感じられるのだろう。様々な想いに圧迫され、足を動かすこともできないでいた。――が、不意に、一人の老人へと目が留まった。数人の異人クロスたちに囲まれ、息も絶え絶えに脇腹から血を流している。

 その老人を見つめていた彼女の脳裏に、突然、ものすごいスピードで何かが駆け抜けた。

『……父さん、……俺は、間違ってなんかいない。……あいつらに、騙されてる……。……ここは、……ノアは、俺たちにとって、きっと、かけがえのない――』

『いやああぁぁぁ……!! やめてええぇぇぇ!!』

 光が、映像の一つ一つが走馬灯のように浮かんでは消え、それを目の当たりにしたアリスは大きく目を見開いたまま、ガクガクと身体を震わせた。

「アリス!!」

 ロックの声にハッ……! と顔を上げ、現実に引き戻されたアリスは、冷や汗を流したまま声の方を探り、見つけるなり目を見開いて駆け寄った。怪我人たちが横たわる通路、その中にフローレルがいる。ロックが押さえている腕からは血が溢れ、彼女自身もぐったりとしているだけで反応がない。

 アリスは泣き出しそうな思いを抑えながらすぐに傍に跪き、「フローレル!!」と、顔を覗き込んで大きく名前を呼んだ。

「止血してやってくれ!!」

 誰かの血ですでに服を真っ赤にしているロックにアリスは頷くと、足下に転がる包帯を手に取ってフローレルの傷口に急いで巻いた。

「ガイ! こっちもお願い!!」

 タグーの声に、ガイはすぐに近寄った。彼の傍ではセシルが壁にもたれて痛みに顔を歪めている。足に深く傷を負っているようだ。

 ガイは跪いて傷口を確認すると、息を詰まらせるセシルの顔を窺った。

「少々痛みます。我慢してください」

 タグーはポケットからハンカチを取り出すと、「コレを噛んで!」と口元にやる。セシルは言われるがままハンカチをくわえた。

「……くそっ!」

 ザックは、腕の傷をそのままに見回し、そして操舵室へと駆け込むと焦るようにドライバーに問い掛けた。

「ケイティまでどのくらい掛かる!?」

「もうすぐです!! 艦隊群全て離陸準備は整っています!!」

 ザックはそれを聞くと、壁にもたれて座り込み、項垂れたまま深呼吸しているフライスへと近寄った。

「……大丈夫かっ?」

 フライスの腹部が赤く染まっている――。すでに止血はしたものの、少し傷が深いのだろう、ガーゼと包帯だけでは間に合わない。

 それでもフライスは気をしっかりと保ち、真っ直ぐな目をザックに向けた。

「……俺は大丈夫だ。……それよりみんなを……」

「わかってるっ。みんなもちゃんと手当しているっ」

 ザックは焦るように答え、「がんばれ!」と、フライスの肩を掴んだ。

 重傷者はガイが治していたが、手が空けば軽傷者たちの怪我も彼が完治させた。途端に傷が消えたクルーたちは痛みは消えたものの、精神的な苦痛を和らげることができず、項垂れていた。

 ロックは、ガイに治療を施してもらった後も気を失ったままのフローレルをできるだけ振動のない所に横たえると、辺りを見回した。

「……ヴィンセントは? 見たか?」

 ロックの問い掛けにアリスは顔を上げたが、その表情が段々と曇り、俯いた。……さっき脳裏に走った映像の中に……――。

 アリスは悲しげに目を細めると、小さく首を振った。それで悟ったロックは、何も言わずに視線を落とし、目を閉じたままのフローレルの頭を撫でた。

「ジャッカルさんっ、しっかりしてくださいっ……!!」

 誰かの声がして、二人はそちらを振り返った。

 異人クロスたちに囲まれた老人が、息も絶え絶えに、うっすらと目を開けてみんなの顔を見回している。

「ジャッカルさんっ……!!」

「ガイ!! この人を治してあげて!!」

 異人クロスたちの間に入り込んで様子を見たタグーが慌ててガイを呼ぶ。

 ガイはすぐにやってくると、ジャッカルを見下ろして少し動きを止めた。ジャッカルも虚ろな目でガイを見て、彼を見つめたまま、しばらくして小さく微笑んだ。

「……ガイ……か……」

「ご無沙汰しておりました」

 ガイはそう答えて彼の傍に跪き、傷の具合を診た。脇腹の服をゆっくりと破る、そんなガイの横に腰を下ろしたタグーは、不安げな表情でジャッカルに声を掛けた。

「おじいさんっ、しっかりして! がんばるんだ!!」

 ジャッカルは苦しそうな表情でタグーを見て、ガイへと目を向けた。ガイは、何も言うことなく傷口の様子を探っている。

「……そうか……」

 ジャッカルはか細く笑い、吐息と共に小さく言って、傷口を治そうとしたガイの手を止めた。

「ジャッカルさん!?」

 異人クロスたちが驚いて身を乗り出すが、ジャッカルは軽く首を振った。

「……罪を、重ね過ぎた……。……罰が……下ったんだ……」

「そんなことないよ!! だって、おじいさんはみんなを助けてくれたんだろ!?」

 タグーが身を乗り出し、目を見開いてすがり寄るが、ジャッカルは虚ろな目で天井を見つめた。

「……いずれ……奴らに殺される運命だったんだ……」

 ジャッカルは少し息を吐いて、じっとしているガイに目を向けた。

「……これが、……正しい順番だ……」

「ジャッカルさん!!」

 ジャッカルは周りで口々に名前を呼ぶ異人クロスたちの声を耳の奥に留めながら、震える手でガイの左胸へと手を寄せ、瞬きをゆっくり一つして微笑んだ。

「……答えは見つからずとも……感じることができる……。……疑問が浮かんだ時、それは……感じているんだよ……」

 ジャッカルは優しく微笑むと、そのまま目を閉じた。

 ガイは、ガクン、と落ちたジャッカルの手を握ると、その手をそ……と、彼の胸元へと置いた。

 ――異人クロスたちのすすり泣く声が聞こえ出す。

 タグーは悲しげに目を細め、ゆっくりガイを見上げた。

「……この人が……ガイを造った人……?」

 頷くガイに、タグーは「……そう」と小さく言葉を漏らした。

「到着します!!」

 不意に大きな声が耳に入り、みんな顔を上げ、操舵室から出てきたザックはクルーたちを見回した。

「怪我人を先に運び出せ!! 後は何も運ばなくていい!! クルーはすぐにケイティに乗り込むんだ!! その後、艦は宇宙へ飛び立つ!!」

 息を吐く間もなく、みんながそれぞれ身近な怪我人に肩を貸す。急かすような声と、混雑してきた周囲に押されながら、タグーは困惑気味に、同時に腰を上げたガイを見上げた。

「……ガイも一緒に来るよねっ?」

 ガイはタグーを見下ろし、異人クロスたちに担がれ、運ばれて行くジャッカルへと顔を向けた。――しばらく微動だにしなかったが、ガイはやっとタグーに顔を戻し、言葉を発した。

「いえ。わたしはここに残ります」

 その言葉にタグーは少し目を見開いた。

「どうしてっ?」

「わたしはここに残って、ノアコアのタイムゲートの装置を破壊してきます」

「無茶だよ!!」

 タグーは大きく目を見開くと、すがるようにガイの腕を掴んだ。

 しかし、ガイは無表情な顔のまま――。

「タグー。あなた方と飛び立っても、わたしにはなんの役目もありません。しかし、ここに残ればできることがあるんです」

「……けど!!」

「ロックが先程言っていたように、タイムゲートを壊せば、あなた方人間がさらわれることもなくなるのでしょう? ならば、その手助けをします」

「……だったら僕もここに残るよ!! ガイと一緒に残る!!」

 吐き捨てるような声にロックとアリスは二人に近寄り、周囲のクルーたちが「何事だ?」と言わんばかりに彼らを目で追った。

 タグーはガイの両腕を掴んだまま、焦るように身を乗り出した。

「僕だって機械には詳しいよ!! タイムゲートを壊すンなら僕にだって何かできる!!」

「駄目です。例えあなたが機械に詳しくとも、あなたには闘う術がありません」

「そんなことないさ! 僕だって銃ぐらい使える!!」

 真剣なタグーに、ガイは首を振った。

「あなたが傍にいては、わたしは自由に動けないんです。邪魔になるんです」

 タグーは何かを言おうと口を開いたが、しかし、言葉が見つからなかった。

 ――ガイの言っていることは確かだ。どんなに強がっても自分には闘う術はない。その自分を護るためにガイの力は半減されてしまうだろう。

 ガイは、居たたまれない表情で自分の腕を掴むタグーの手を離すと、その手を軽く握った。

「大丈夫です。わたしもここで長く過ごしてきました。幾度となくノアの番人たちとも衝突を繰り返してきたんです。そう簡単にはやられません」

「……でもっ……」

「タグー。あなたがいなければ、ロックもアリスも困ります」

 ガイの言葉にタグーは目を見開き、顔を上げてロックとアリスを振り返った。二人は神妙な顔でこちらを見ている――。

 ガイは、悲しげに俯いたタグーの肩に、そっと手を置いた。

「わたしは自分の意志で決めました。これが最良だと、そう自分で決めました。これでいいのでしょう?」

 タグーは歯を食い縛ると、ジャンプしてガイの首にしがみつくように腕を回した。

「……絶対に迎えに来るから! ……やられたら承知しない!」

「わかっています」

「……交信機を付けていて。常に交信ができるように……」

「わかりました」

 タグーは首から離れて降り立つと、グスッと服の袖で目元を拭い、ガイを見上げて力強く頷いた。

「……僕もがんばる。だから……ガイもがんばるんだぞ」

「はい。任せてください。必ずタイムゲートを破壊してみせます」

 ガイのはっきりとした言葉に、背後にいたロックとアリスは小さく息を吐いて顔を見合わせた。

 ――その数秒後、装甲車の動きが緩やかになり、ブレーキが掛かった。

「よし!! みんな急ぐんだ!!」

 ザックの声が聞こえると同時に、完全に止まった装甲車のハッチが全て開き、そこからみんなが怪我人を抱えて外へと駆け出す。

 ロックもアリスと一緒に、フローレルを抱えて外に出た。

「――ロック!!」

 外で待ち構えていたクルーや異人クロス、そしてエバーの住人たち、みんなが不安げな表情で彼らに駆け寄ってくる。その中にいたキッドが、駆け回るみんなの間を縫い、ロックたちの元に走り寄ってきた。無事な姿に安心して笑みをこぼしていたが、しかし、血まみれのフローレルを見るなり目を見開いて愕然とした。

「フローレル!!」

「ここは危険です!! すぐに艦に乗ってください!!」

 ロックが焦るように身を乗り出すと、

「もうすぐ大きな戦いになるんです!!」

と、アリスも急かすように大きく言った。

 キッドは二人を見て狼狽えていたが、周りを見回すと、しばらく間を置いてゆっくり首を横に振った。

「……いえ。……私はここに残るわ」

「キッドさん!?」

 アリスが驚きを隠せずに彼女の腕を掴むが、キッドは優しく微笑んだ。

「……みんながここに残るから。だから……私もここに残る」

「けど!!」

「大丈夫よ」

 キッドは大きく目を見開くアリスの頬を優しく撫でた。

「……みんな、死なないから」

 キッドはそう言うと、遠く、誰かを呼び寄せた。数人の男たちがやってきて、ロックからフローレルを譲り受ける。

「フローレルはちゃんと私たちが守るわ。……あなたたちはあなたたちでがんばらなくちゃいけない。そうでしょ?」

 ロックは男たちに運ばれていくフローレルを見送り、キッドに目を戻して間を置くと大きく頷いた。

 キッドは微笑んだまま小さく頷き返すと、ロックをそっと抱き寄せた。

「……みんなのことをお願い。……絶対……無事でいて」

 ロックはキッドの背中に手を回し、一撫ですると、「……はい!」と力強く返事をした。

「絶対に戻ってきてね!!」

 走り回るみんなの足下を駆け抜けてきたリタが、半ベソを掻きながらタグーの腰にしがみついた。

「リタ、いい子にしてるから!!」

 タグーは背中を丸めると、リタの頭を優しく撫でて笑顔で頷いた。

「うん。……リタ、戦いが終わったら、一緒にめいっぱい遊ぼうね」

「うん! リタ、待ってる!!」

 泣き出しそうな笑顔でタグーを見上げ、リタは大きく頷いた。

 キッドはロックから離れるとガイを見上げた。

「……タグーたちと一緒に?」

「いいえ。わたしはノアコアに行って、タイムゲートを破壊してきます」

「……。そう……」

 キッドは少し視線を落としたが、顔を上げるとガイの腕を撫でた。

「……がんばって。……必ず戻ってくるのよ?」

「はい」

 小さく頷いたガイにキッドは優しく微笑むと、ふと、顔を上げた。彼女の雰囲気に気付いたロックたちも、その視線を追って振り返る。

 クルーたちや異人クロスのみんなが慌ただしく走る、そんな中、それを背後に、クリスと、そしてフライスにセシルがいる――。

 セシルは唇を震わせるとすぐに駆け寄ってきた。

「ケイティ!!」

 そう呼ばれたキッドは、誰のことか分からずに背後を振り返り、少し首を傾げた。セシルはそんなキッドの腕を掴むと、グッと引っ張った。

「ここにいちゃ危ないわ!! 艦に乗って!!」

 セシルに力強く引っ張られ、思わず、キッドは痛みに顔を歪めた。

「セシル教官っ……!」

 アリスが慌ててそれを制止しようとしたが、その前に、フライスがセシルの手を握ってキッドの腕から離していた。

 セシルは目を見開き、驚いたようにフライスを見上げたが、彼は、落ち着いた表情でキッドを真っ直ぐ見ているだけ――。

「……艦隊群総督のフライス・クエイドです。……彼らが、あなたのお世話になったと聞きました」

「……いいえ。そんなことありません」

 キッドは小さく微笑んでいたが、ふと、フライスの傷に気が付いて焦るように顔を上げた。

「怪我をっ……」

「大丈夫です」

 フライスは間を置くことなく答えると、静かに続けた。

「戦いが終わった後、必ず迎えに来ます。……それまで、絶対に死なないでください。……ここで、待っていてください」

 フライスの言葉にキッドは少し表情を消したが、しばらくして優しく微笑んだ。

「わかりました」

 そう答えた彼女から、フライスはロックたちを振り返った。

「艦に戻れ。すぐに出発する」

 ロックたちが「はい!」と大きく返事をすると、名残惜しそうに振り返るセシルを連れて、フライスたちは一足先にケイティへと戻っていく。

 タグーはガイを見上げて、彼の冷たい手を握った。

「……交信機を付けて置くんだよ。僕への交信ナンバーは、ST-A-TAGOO-5537……。……待ってるからね」

「はい」

「……絶対に迎えに来るから」

「はい」

「……僕もがんばるから」

「はい」

「……」

 タグーは少し俯き掛けたが、ガイの手を離すと、ケイティへと向かい掛けて足を止め、離れた所で待っているロックとアリスへと身体を向けた。

「タグー」

 ガイに呼び止められて、タグーは振り返った。

「あなたは何もできない子どもじゃありません。あなたは自分でも気付いていない程の大きな力を持っているんです。それを信じてください」

 タグーは真っ直ぐこちらに顔を向けているガイをじっと見つめ、笑顔で大きく頷いた。

「わかった!」

 そう大きく答えると、ロックとアリスと一緒にケイティに走って乗り込む。キッドはその背中を見送り、半べそを掻くリタを抱き上げ、艦を見上げた。

『彼らのような若者たちが、この先、未来を築いていけたらいいのじゃが……』

 脳裏にアンダーソンの顔が浮かび、キッドは少し微笑んだ。

「……わたしも行きます」

 ガイの声に、キッドは彼を見上げて頷いた。

「気を付けてね。……タグーのこと、忘れないで……」

「はい」

 ガイは頷くと、しばらく間を置いて言葉を発した。

「リタのことを頼みます」

「……ええ。……大丈夫」

「……ガイ、どこか行くの?」

 キッドの腕の中、リタがしがみつこうとして手を伸ばすが、ガイには届かない。

 ガイは拗ねるリタに目を向けた。

「リタ、タグーが迎えに来るまで大人しくしていてください」

「……うん」

 リタは少し納得いかなげな表情で口を尖らし、頷いた。

 ガイはしばらく身動きしなかったが、再びゆっくりとキッドに顔を向けた。

「……では」

「……。いってらっしゃい」

 キッドに笑顔で見送られ、ガイはみんなが駆け回る間を縫ってノアコアへと向かった――。






 ――ケイティ内では、クルーたちが慌ただしく動き回っている。外側に近い通路の窓、アリスはそこに手を付いて、外で行き来する人たちを見下ろした。彼らの姿は小さい。表情もわからない。

「アリス、準備しなくちゃいけないぞ」

 背後からのロックの声。タグーの気配もする。しかし、アリスは彼らを振り返らなかった。

「……アリス?」

 首を傾げ、傍に寄って顔を覗き込んだタグーは少し目を見開いた。

 アリスは少し鼻をすすり、手の甲で涙を拭った。

「……なんでもない。……、ここは……ホントに悲しい場所だなって……思って……」

 息を詰まらせながら言うアリスを直視できず、タグーは少し視線を落とした。

「……それも、もうすぐ終わる」

 背後からのロックの声に、アリスとタグーは顔を上げた。

「悲しいことも、辛いことも、苦しいことも。……もうすぐ終わるんだ」

 力強い声にタグーとアリスは振り返った。

 二人の目と向き合い、ロックは右手を胸元まで挙げると、グッ! と拳を作った。

「……俺たちの手で、終わらせるんだ」

【フライ艦隊群乗組員に告ぐ!! 直ちに離陸準備に備えよ!! 繰り返す!! 直ちに離陸準備に備えよ!!】

 艦内放送に三人は顔を上げ、顔を見合わせた。

「……戦いの準備をしよう」

「……。そうだね」






 ヒューン……と、自動ドアが開いてロックは中に入った。

 ケイティ艦総督執務室――。

 怪我人を運び出す際に付いた汚れを洗い流し、服を着替えていると、彼一人、呼び出しがあった。

 タグーはガイからの交信を待ち、アリスは精神を安定させるため、それぞれ部屋に閉じ籠もっている。

 ロックは、自動ドアが閉まるその音を聞きながら、挨拶もなしに目の前にいる男を見た。

「……傷は大丈夫なんですか?」

「ああ、心配はない」

 フライスは総督席から返事をして、「そこへ……」と、クリスとセシルが座っている向かいのソファを勧めた。

 ロックは指されるがまま、そちらへと足を向けてゆっくり腰を下ろした。

 ――フライ艦隊群は、今この時、ノアから離れようとしていた。

「クリスから聞いた。……ダグラスのことを」

 静かに切り出され、ロックは少し視線を落としただけで大人しくしている。

「……お前も知っている通り、俺とセシルはダグラスによってノアコアに送り込まれた。……殺すつもりは元々なかったらしい。俺たちは重傷を負ったが、ダグラスの手でジャッカルの元に運ばれて、治療を施してもらい助かったんだ」

 フライスは、デスクに肘を突いて小さく息を吐いた。

「……ジャッカルに聞いた。ダグラスはノアの番人たちからM2のことを聞かされ、頭を抱え込んでいたって。……その時に言っていたそうだ。あいつは人間として生きるためじゃなく、闘うために造られてしまったのか、って。……この艦に送り込まれたのも、闘うためだったのか、って。……いつかお前が苦しむのは目に見えている。だったら、何も知らない今のウチに息の根を止めるって……」

 ロックは少しずつ目を閉じていく。

「……俺たちはあいつを止めようとした。……止めようとしたんだけど……な」

 フライスはギシ……と椅子にもたれた。

「けど……あいつも気付いたんだろ。お前が闘うためだけに生きているんじゃないってコトを。お前と共に生きようとする、仲間の姿もあるしな。……それでも辛かったんだよ。何もしてやれないって、そう感じていたんだあいつは。……教官として、お前のことを見てきた。恐らく、誰よりもお前のことを理解していると思っていたはずだ。……その想いに、心を潰されたんだ」

「……」

「……。ダグラスの婦人には、クリスから連絡が行っている」

 ロックの眉が少し動いた。

「婦人からの伝言だ……」

「……」

「早く地球に戻ってこい、バカ息子」

 ロックの唇が微かに震え、背中を丸めると、拳にしていた両手を広げて顔を覆った。

 フライスは小さく息を吐いた。

「この先、お前に何が起こるかはわからない。けれど、情報を教えてくれた医科学班の者ができる限りの協力をしてくれるそうだ。……心配がないとは言えないが……それは俺たちだって同じだからな。病気をすれば医者に掛かる、それと同じだと思えばいいんだ」

「……」

「……お前の気持ちを誰一人として理解できないと思う。……けれど、お前は一人じゃないんだ。それだけは忘れるな。……ダグラスがお前を残したのも、なんらかの可能性を見い出したからだと思う……」

「……」

「……さて、ロック」

 ロックはゆっくりと顔を上げ、袖で目許を拭うと無言のまま、赤い目でフライスを見た。

「ダグラスが言っていた。お前は優秀なパイロットだ、ってな。……それは本当か?」






 ケイティ内のクルー休憩室の一室。個人部屋のように割られているため、ゆっくりとできる。

 先程、少し振動が伝わってきた。ノアを離れたのだろう。窓の向こうを見ればきっと、もう宇宙空間かも知れない。

 アリスはベッドの脇に座ったままで頭を抱え込んでいた。その脳裏ではグルグルといろんな映像が駆け巡っている。途切れることのない、永遠に続く誰かの人生を映し出すように。それは時に繰り返され、強調する。

 ……もうすぐ戦争が始まるのに……。

 耳を塞いでみるが、頭の中で騒ぐ声が消えない。笑い声、泣き声、怒鳴り声……。

 アリスは目をギュッと力強く閉じた。

 ジャッカルを見た時に飛び込んできた映像。ジャッカルが見てきた数々の思い出……。

 ……リタの父親は――

 コンコンッ、と、ドアがノックされ、アリスはハッと顔を上げた。そしてすぐに近寄ってそこを開けると、行き来するクルーたちを背後にロックが笑顔で立っていた。

「調子は? フライから出撃の命令をもらったから、俺たちも闘いに参加できるぞ」

「……うん」

 アリスは笑みをこぼして頷くが、それが不自然だったのだろう。いつもと雰囲気の違う彼女にロックは少し顔をしかめた。

「なんだよ? どうした?」

「う、ううん……。なんか……緊張して……」

 アリスは戸惑いながら、身振り素振りで首を振った。

「すごく……みんなバタバタしてるし。こんな大きな戦いに……参加するなんて……」

 ロックはため息混じりに苦笑した。

「こんなコトで緊張してるようじゃあ、まだまだだな」

「……何が?」

「そんなコトじゃ、立派なライフリンクにゃなれないって言ってンだよ」

 鼻であしらわれ、アリスは少しムッ……と口を尖らした。

 不愉快そうに睨まれたロックは、胸を張って片眉を上げた。

「いいか? 俺たちは勝つんだぞ。勝ち試合になんでビクビクしなくちゃいけないんだよ」

「……だから、その根拠のない自信はなんなのよ」

 ため息混じりに呆れると、ロックは「ふふん」と鼻で笑って、自分の左胸に右手を置いた。

「こいつがそう言ってンのさ」

 アリスはキョトンとして、「……プッ」と吹き出し笑う。ロックもつられて笑うと、小さく息を吐いて顎をしゃくった。

「タグーの所に行こうぜ。戦闘準備をしろって言わなくちゃなっ」


 ――その頃、開発研究室では……


 タグーは交信機を前に、じっと座っている。

 室内には誰もいないが、廊下ではたくさんのクルーたちが慌ただしく行き来している。彼にも何かできることはあるだろうが、今頭の中にあるのはガイのことばかりだ。

 ……早く交信してこないかな……。

 そう思いながら自分専用の交信機をテーブルに置いて、足をパタパタ言わせながら落ち着きなく目を泳がせた。

 ……まだかなぁー……。

 ノアを発ってから、もう10分以上は経っている。

 何やってんだろ。……まさか交信機が付けられなかったってワケじゃないよね。

 段々と不安になってきた。

 ……僕、交信ナンバー間違えずに教えたよね。ちゃんと合ってたよね。何かあったのかな……。ノアコアに辿り着いたかな。ノアの番人たちに見つかったのかな……。機動兵器同士の闘いに巻き込まれてたらっ? ……リタに捕まってるかも知れない!? ひょっとしてこの艦に乗ってるとか!?

 ど、どうしようっ。探してみようかなっ。

 座っていた椅子から腰を浮かせたり、交信機を見たり、それを何度となく繰り返すが、交信機のランプが付き、慌ててヘッドマイクをつけて身を乗り出した。

「ガイ!?」

 片耳にはめたイヤフォンから、ザザ……ザザザ……と雑音が入り、タグーは交信機の感度を上げた。

「ガイ!! タグーだよ!! 聞こえる!?」

《ザザッ……》

「ガイ!?」

《……こえます。大丈夫です》

 やっとガイの声が聞き取れるようになり、タグーはホッと力を抜いて笑みをこぼした。

「待ってたよーっ。何かあったのかと思ってドキドキしてたんだ! 怪我はない!?」

《わたしは機械ですから、怪我というものはしません》

「あ、そうか。……攻撃は受けてない?」

《少々やり合いましたが、支障はありません》

「……そうか。よかった……」

 タグーはホッと肩の力を抜き、落ち着いて椅子に座り直した。

「それで……今どこにいるの?」

《ノアコア内の制御塔です》

「状況は? どう?」

《厳戒態勢に入っています。クロスの方々の攻撃がそろそろ開始されるのではないでしょうか。ノアの番人の機動兵器や小型機の姿が見えました》

「……ガイは大丈夫?」

《はい。わたしは今からタイムゲートのある場所まで進みます》

「わかった。……気を付けてね」



 ガイは壁に沿って先を窺った。時折ノアの番人らしき姿が見えたが、彼らは慌てふためいているだけでガイの姿に気付くことはない。

 隙を狙いながらゆっくりと足を進めるが……、それにしても静かだ。入り込んだときには数人見掛けた人間の姿も、今ではまったく見掛けない。

 ガイは少し足を速め、目指していた場所に辿り着くと、大きなドアの前で立ち止まった。ドアの右手にあるキーパネルの番号を押すが、やはりそう簡単に開いてはくれない。

 ガイは、左右から閉められてあるドアの間に指をグッと差し込み、力尽くでドアを押し開いた。ギギ……ギギギ……と鈍い音と同時にドアが開き、中に踏み込んでゆっくりと見回した。コンピューターやモニターに埋め尽くされた薄暗い室内――。自動制御されているのだろう機械音しか聞こえない。

 ガイは辺りを見回して窺っていたが、ふと、動きを止めた。

「……ノアの番人たちがいました」

《えっ?》

「……。死んでいます」

 ガイの目の前、十数人の男たちが倒れ、血を流している。

《……なんだって……?》

 タグーの震える声が内蔵のスピーカーから聞こえたが、ガイは何も答えず、遺体に近寄って男たちを見下ろした。

「……殺されたようです。自害の痕はありません」

《いったい誰に……!?》

「ヒューマでしょうか」

 ガイは答えると、顔を上げて見回し、一点に注目した。

「……、動力源も盗まれています」

《え、なに!? 動力源って!?》

 タグーの焦るような声に、ガイはしばらく間を置いて言葉を発した。

「タグー、上官の方に報告してください。ヒューマは今、あなた方艦隊群を一発で仕留められる程の力を手にしていると。一度動力を放つと次回までの蓄積に時間が掛かりますが、例え免れても、それでもその威力は変わらず、必ずあなた方を確実に仕留めます」

《……なっ……》

 タグーの言葉が途切れた。

 ――ガイの目の前、ボンヤリと明かりの灯った“個人水槽”が壁一面に広がり、その中では一糸まとわぬ人間たちがぐったりとしている。

 何十人、……いや、百人以上はいるようだ。

 男女関係なく、肌が真っ白になった彼らの姿に、もはや生命力は感じられない。

 ガイは彼らをじっと見つめた。

「タイムゲートの動力源になっていたのは、あなた方、人間の霊力だったようです。……わたしの目の前で、多くの人間が霊力を抜かれて死んでいます」

《……》

「この場所でタイムゲートはもう使えませんが、念のため、コンピューターは破壊します」

 持っていた剣でコンピューターを、ガンッ! ガンッ! と叩き壊しながら、ガイは言葉を続けた。

「タグー、上官の方々に一刻も早くその場所から離れるように伝えるんです」

《……何言ってるのさ、そんなことしたら!!》

「このままではあなた方が犠牲になってしまうのですよ? 今は引いて、ヒューマを壊滅できるだけの力を付け、立ち向かった方が利口です」

《その間にガイも、キッドもリタも、みんながあいつらに殺されちゃうかも知れないじゃないか!!》

「タグー。数十人の命で、後に何千、何万という人間の命が助かるんです」

《イヤだよ!! ……僕は逃げない!!》

「時には引くことも大事ですよ」

《僕にはガイたちの方が大事だ!!》

「タグー」

 ガイは怒鳴るように言うタグーの交信に聞き入っていたが、ふと、何かの気配を察知して振り返った。



《ガーン!!》

 「うっ!?」と、タグーは少し顔を歪めた。――突然、ガイとの話の途中で銃声のような音が聞こえ、耳に響いた。

 タグーは大きく目を見開き、椅子を立つと身を乗り出した。

「ガイ!? ねぇガイ!! 応答して!!」

 何度呼び掛けても返事がない――。

「ガイ!! ……ガイってば!!」

 返事どころか、交信自体が切れてしまったようだ。

 タグーは息を震わせ、愕然とした表情で交信機を見つめた。

 ……まさか!!

 交信機を抱えると、タグーはすぐに部屋を飛び出した。

「とっ、タグー!?」

 いきなり出てきたタグーと、ロックとアリスがすれ違う。目に一杯涙を溜めたまま走っていく、尋常ではない彼の様子に二人は慌てて後を追った。

「――フライ!!」

 司令塔にやってきたタグーは、騒々しいクルーたちの間を縫って、総督席で上官たちに指示を出しているフライスの元まで駆け寄った。

 交信機を抱き締め、ヘッドマイクをしたままのタグーを見て上官たちが顔をしかめる。

「何をしに来た! 出て行きなさい!!」

 一人がそう大きく腕を振ると、近場にいた警備兵がタグーを捕まえた。だが、タグーはそれでもフライスに近寄ろうとしてもがき、身を乗り出す。

 目に一杯の涙を浮かべて、必死に何かを訴えようとするタグーに、フライスの傍に立っているクリスが見かねて「乱暴をするな!」と警備兵に注意した。

「フライ!! ノアに戻って!!」

「何を言ってるんだ!」

「早く連れ出せ!!」

 上官たちが警備兵に指図するが、タグーは涙をこぼして顔を紅潮させた。

「ガイを助けて!! ガイが死んじゃう!!」

 叫び声に近い言葉に、フライスとクリスは顔を見合わせた。

 警備兵たちは泣き続けるタグーの両腕を掴み、容赦なく引き摺っていく。やっと追いついたロックとアリスは、そんな彼を目にして「このっ……!!」と、警備兵に掴み掛かった。

「タグーを離せ!! 何しやがんだ!!」

 ロックが警備兵の一人を捕まえて一発殴り、その隙にアリスが無抵抗のタグーを引っ張り寄せ、抱えて座り込んだ。

 警備兵が床に倒れ、女性オペレーターの数人が小さく悲鳴を上げる中、残った警備兵が「この!!」と、怒りを露わにロックに掴み掛かろうと身構えた。

「やめろ!!」

 ロックたちに飛び掛かろうとする警備兵や、にじり寄ろうとするクルーたちを制止したフライスは、座り込んでいるタグーを険しい表情で見下ろした。

「いったいどうしたんだ!?」

 アリスは息を切らしながら、「……タグー?」と、困惑気味に、腕の中のタグーに声を掛けた。

 タグーは何度も息を詰まらせ、涙で濡れた顔を上げた。

「……ガイ。……ガイ、が……」

「タグー、落ち着いて」

 アリスが背中を撫でながら顔を覗き込む。

「落ち着いて話して」

 タグーは「うん、……うん」と数回頷き、深呼吸をして顔を上げた。

「……ガイと、交信してる。……ガイが、ノアコアにあるタイムゲートを壊すって言うから……」

 みんなが顔を見合わせザワつき出す中、フライスは総督席から立ち上がって、少しずつタグーに近寄った。

「……それで?」

「……ノアコア……。ノ、ノアの番人たち、殺されてるって……。ヒューマにみんな、殺されたって」

 聞き取り難い程の小声だが、それを耳に捕らえた数人が愕然とした。ロックと、そしてアリスも――。

 フライスも同様に目を見開いていたが、足早にタグーに近寄り、腰を下ろして彼の腕を握った。タグーは涙を一杯溜めて、険しい表情をしているフライスを見上げた。

「……タイムゲートは、ガイが壊してくれた。けど急に……、ガイの通信が切れちゃったんだ……」

「……」

「銃声が聞こえたっ……。……ガイが……」

 フライスは彼の腕の中でしっかりと抱かれている交信機を見ると、近場のオペレーターに声を掛けた。

「……繋いでくれ」

「はい」

 女性オペレーターがタグーに近寄り、優しく「……貸してくれる?」と問い掛ける。タグーは大人しくそれを渡し、そしてフライスを見上げてすがり寄った。

「……ガイを助けて。……ノアに戻って」

「……タグー、それは無理だ。わかるだろう?」

「……っ」

 タグーはフライスの胸元の服を掴み、強く引っ張った。その姿はわがままを言い、ごねる子ども同様。しかし、今の彼にはそうするしか術がない。

「お願い! お願いだよ!! ノアに……!!」

 何度引っ張っても、フライスは首を縦に振ることはなく、厳しい目で、それでも悲しげにタグーの肩に手を置いた。

「総督、オンライン繋げました」

 女性オペレーターが言うと、フライスは頷き答えた。

「……交信してみてくれ」

「了解。……こちらケイティ、こちらケイティ、応答願います。聞こえますか? こちらケイティ、応答してください」

 フライスは涙をこぼすタグーの顔を覗き込んだ。

「……タグー。お前の気持ちはわかるが……もうすぐ戦いが始まる。……持ち場を離れるわけにはいかないんだ……」

 フライスは服を掴むタグーの手を握ると、その手をそ……と離した。

 タグーは俯いて、顔を歪めるとグッと歯を食い縛った。

 ――その時。

《……グー……。タグー》

 みんなが顔を上げた。

 司令塔のスピーカーから交信が届き、タグーは大きく目を見開くと、涙に濡れた顔を上げた。



「……タグー。聞こえますか?」

《聞こえるよ!! 大丈夫だったの!?》

「……大丈夫です。……不意を突かれてしまいました」

 ガイは言葉を発しながら足元を見た。ガイと似た、いつしか剣を交えたことのあるロボットが倒れている。

《よかった……!! よかった……》

「……」

 ガイは握っていた剣を落とした。カーン……と濁った音が室内に響き、敵によって裂かれた腰から火花が散った。そこから黒い液体が漏れ、金属の身体の上を伝い足下へと流れていく――。

 しばらくして足が震え出し、ガクンッと膝が曲がって受け身も取れないまま倒れ込んだ。ガシャン!! という音に、《ガイ!?》とタグーの声が返ってくる。しかし、ガイは倒れ込んだまま、ピクリとも動けない。

《ガイ!? ガイ!! どうしたの!?》

「……」

《ガイ!!》

「タグー、大丈夫です」

《……ガイっ?》

 タグーの心配そうな、震える声……。

 ガイは目の前を見つめた。はっきりと見えていた視界にザザッ……と線が混じる。視覚回路が支障を来したらしい。

《ガイっ? ねぇ、ガイっ。ホントに大丈夫なのっ?》

『……答えは見つからずとも、感じることができる……』

 不意に、ジャッカルの姿が“見えた”。

 ……疑問が浮かんだ時……

「……。答えは見つからずとも、感じることができる。疑問が浮かんだ時、それは感じている」

《……ガイ?》

「タグー。あなたたちに出会い、そしてあなたたちと一緒にいてわたしは思考回路を働かせました。どうしてわたしは人間ではないのかと」

《……》

「しかし、そう思考回路を働かせる必要はなかったのですね」

《……うん……、そうだよ。……言ったじゃん。僕……キミをロボットだなんて思えないって……》

「しかし、わたしは鉄でできています」

《……うん。それだって僕、一杯勉強して、そのうちガイを見た目人間と変わらないように作り替えてあげるって言ったじゃん……》

「……はい。そうですね」

《そうだよ……。……グス……》

「タグー? 泣いているんですか?」

《……》

「タグー、すみません」

《……なんで謝るのさ……》

「わたしは泣けないんです」

《……》

「泣くことが、できないんです」

《そんなのいくらでも作り替えてあげるよ!! 僕がやってあげるよ!! 僕が絶対に作り替えるよ!!》

「……。ありがとう、タグー」

 視界が完全に真っ暗になってしまった。もう手足を動かすこともできない。

「タグー、動力源は敵本艦内部中央にあるはずデス。気を付けテ」

《……》

「タグー。すみまセン」

《……ガイ?》

「タグー。……キッドとリタを……迎えに。……二人ヲ……」

《ガイ!?》

「タグー。……タグー……」

《駄目だ!! ガイ!! 生命維持装置を機動させろ!!》

「……タグー」

《僕の傍にいるって言ってただろォ!! ガイ!! 返事しろ!! ガイィ!!》

「…………」

《イヤだ!! イヤだよ!! 死なないでよ!! 死なないで!! 死なないでぇ!!》

「……」

 ……ヒューン……。……プツン――



「イヤだよ!! イヤだ!! イヤだ……!!」

 タグーはフライスの服を掴んだまま、前のめりに倒れた。

 震える彼に、誰一人として声を掛けない。

 背中を丸めて息を詰まらせるタグーを見つめていたアリスは、ゆっくりと目を伏せ、歯を食い縛った。

 ……気付いてたんだ……。……心を、取り戻してた――。

 フライスは悲しげに目を細めつつも、自分の服を掴んだまま、息を詰まらせるタグーの背中を真顔で撫でた。

「……タグー。……わたしたちの戦いはまだ終わってないんだ」

 タグーは真っ赤にした顔をグッと上げると、フライスを睨み、彼の服を力一杯引っ張った。

「どれだけ犠牲が出ればいいんだ!! どれだけみんなが死ねばいいんだ!!」

 険しい表情で睨み、服を強く引っ張りながら責めるように、口走るように怒鳴った。

「どうして大事なモノを奪うんだよ!!」

「……」

「僕が何をしたって言うんだ!! ガイが何をしたって言うんだ!! 僕たちはこんなことのために生きてたんじゃない!! ……こんなことのために生まれてきたんじゃないんだ!!」

 うああぁぁー! と、大声を出して再び背中を丸めて泣き崩れる、そんなタグーの背中に手を置いて、フライスは少し目を細めた。

 ――周囲のみんな、誰一人として彼らに言葉を投げ掛けない。クリスもただ、じっとフライスたちを見つめている。

 ロックは静かに視線を落としたが、不意に顔を上げた。

『……さて、ロック。お前には護るべきものがたくさんあるようだな。正義感も強いようだ。行動力もある。しかし、そのために何かを忘れてはいないか? その想いが強過ぎるあまりに、お前は本来あるべき姿を失くしているかのように見えるがの……』

『……大丈夫だ、ロック……。……じきに……見えてくる……。……見えてくるさ……』

 アンダーソンとダグラスの言葉が耳の奥に甦った。

 ――……ああ、そうか……。……そうだな。

 ロックはゆっくりと目を閉じ、そして目を開けるなりタグーに近寄った。

 ……ゴン!!

 いきなり脳天にゲンコツを落とされたタグーは「うっ……!」と微かに声を漏らし、前のめりのままで頭を押さえ、アリスもフライスも、周囲のみんなも同じく、驚いた表情でロックに目を向けた。

 ロックは腕を組むと、小さく唸っているタグーを睨み下ろした。

「いつまでメソメソしてんだこのガキ!! 俺たちにはまだやることがあるんだぞ!!」

 彼の罵声が司令塔内に響き渡る。

「戦いが始まるんだ!! お前は早くインペンドの整備をしろ!! じゃないと乗れないだろーが!!」

 ダグラスさながらの気迫に、みんなが唖然とした。

 タグーは両手で頭を押さえたまま、ゆっくりと顔を上げ、ロックを睨み付けた。ボロボロになっている顔を見て、アリスは自分の涙を拭うとポケットからハンカチを取り、彼の涙や鼻水を拭った。その間も、ロックはタグーを鋭く睨み付けて怒鳴った。

「泣いてる暇はねぇんだ!! 優秀なエンジニアだっつぅんなら仕事をこなせよこのガキ!!」

 タグーはムッと口をへの字に曲げ、真っ赤な目で睨み付けていたが、ロックの態度が気に食わなかったのだろう、吐き捨てるように言った。

「わかってるよ!!」

「わかってりゃ早く取り掛かれ!! この戦いに勝ってガイを迎えに行くんだろうが!!」

 タグーは一瞬表情を消したが、ムカッ、と眉をつり上げて無愛想に言い放った。

「当たり前だろ!!」

 アリスは怒鳴り合う二人を交互に見て身を引いていたが、少し寂しげに微笑み、ゆっくりと立ち上がった。

 周りの大人たちは、何がなんだかわからない、といった感じで顔を見合わせている。

 タグーはグイッと服の袖で目を擦ると、真っ赤な目でフライスを見つめた。

「……。ガイが言ってました。……タイムゲートは、人間の霊力を利用してたんだって。……光の柱でさらわれてしまった人たち……、みんな死んでいたそうです。……たくさんの人たちが霊力を抜かれて」

 話を聞いていたみんなが愕然とした。この戦いが終われば助けられると思っていた。なのに――。

 困惑げに目を泳がすフライスを、タグーは真顔で見上げた。

「……ガイはここから逃げろって言ってました。ノアコアにあった動力源は、みんなの霊力を吸い尽くすだけ吸い尽くして、今、ヒューマが持ってます」

 フライスはピク……と眉を動かした。

「……なんだって……?」

「この艦隊群を一発で仕留める程の力をヒューマは手に入れてます。……ガイはここから逃げた方がいいって、そう言ってました……。もっと力を付けて、いずれ立ち向かえばいいって。……今、ノアのみんなを見殺しにすることになっても、大勢の命が助かるんだから。……そう言ってました」

 みんなが顔を見合わせてざわつき出す中、タグーはガシッとフライスの腕を掴み、真剣な顔で彼を見据えた。

「僕は逃げたくない。……ここから逃げたくない」

 フライスはじっとタグーを見つめ、頷いてオペレーターを振り返った。

「向こうがその力を使うなら、こっちもシャイニングブレスを使う」

 その言葉にみんなが少し目を見開いた。

 ケイティ艦の最終武器、それがシャイニングブレス――。宇宙エネルギーを凝縮して発する砲撃だ。チャージには時間が掛かるが、その威力の恐ろしさに、如何なる戦闘時にも使用されることなく封印していた。

「……了解!!」

 フライスの言葉にオペレーターはそう大きく返事をすると、急いでエネルギーチャージを始める。

 辺りが騒々しくなり出し、フライスはタグーと共に立ち上がると、腕を掴む彼の手を離して、その頭にポン、と手を置いた。

「……俺も逃げないさ」

 そう言って総督席へと戻る。

「直ちに敵機に備え、戦闘員クルーを配置に付けろ!! 周辺に多国籍軍の艦隊が存在するなら協力要請を出してくれ!!」

「了解!」

 再び戦闘意欲に火が点いたように、騒々しさが増していく。

 ロックは、フライスの言動を目で追うタグーの肩に手を置いた。

「……行くぞ」

 タグーはロックを振り返り、頷いたアリスの後で「……。うんっ」と力強く頷いた。

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