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BAY  作者: 一真 シン
14/19

14 BAY-1

 ……静まり返っている。誰も口を開こうとはしない。

 ロックは無表情なまま、教室内のスピーカーを見つめた。

 つまり……、……どういうことだ……?



 タグーはゆっくりとガイを見上げた。その、悲しげな視線に向き合うように、ガイは彼を見下ろした。

「ノアの番人たちは欲に駆られています。しかし、あなた方人間を特別に思っていることも事実。クロスの方々は、ノアの番人たちがあなた方人間に対して特別なものを持っていることを知っています。だから、あなた方がただ憎しみのために戦うことを拒み、それが双方のためにはならないのだということを伝えたかったのです。それではなんの解決にもなりません」

「……」

「エバーの住人たちは、この事実を知っています。ビットの恐怖以上に、ノアの番人たちの思考をエバーの住人たちは心に留めている。だから誰一人としてノアの番人を責めず、ここで暮らすことに諦めていたんです。しかし、このままでいいはずもない。ノアの番人たちは今も、人間が大切だと言いながらも、M2との戦いのため、優秀な人間をさらい、戦う準備を進めているのですから。そしていつか起こるだろうノアの戦争を阻止するために、クロスの方々は戦っているんです」

 タグーはゆっくりと視線を落とした。

 ……人造人間……人間兵器を作っていたM2……。それを阻止しようとしていたノアの番人……。そして、M2は改心して人間兵器を作らなくなった……。けれどノアの番人は、後戻りも、進むこともできずにいる……。そして、その苦しみを振り払うように、理由をこじつけて……自分たちが正しいんだと言わんばかりに戦おうとしている――。

「……悲しいね……。……なんだか……」



「……」

 ……あのひまわりの人は――。

 アリスは静かに目を閉じた。

 戦いを望まなかったノアの番人だったのね……。……ここで幸せに暮らすことを望んだだけの……。

 ゆっくりと目を開けて、窓の外を見つめた。

 ……人間が、人間として暮らすために作られた宇宙船……。……けれど人を集めた結果、人間が持つ闘争本能が仇となってしまった……。

 アリスはゆっくりと立ち上がると、窓辺に近寄り、ひまわり畑を見つめた。

 ……あたしたちは、ここで戦い続けるべきなんだろうか……――。



 クリスはゆっくりとヴィンセントを見つめた。周りの上官たちは、誰一人として口を開く者はいない。

 ヴィンセントはマイクから離れると、用意されていた自分の席へと座り、クリスを見た。

「……今のノアの番人たちは、素直になれずに戦っているだけに過ぎません……。彼らが本気を出していたなら、あなた方はもうすでに死んでいます……。彼らの今までの攻撃は、単なる脅しです……。このノアから離れるように……あなた方の手で戦いを引き起こさないように……。このノアでの行動の全ては、ノアの番人が中心、……そうなっているんです」

「……」

「……タイムゲートでさらわれたかも知れないという仲間の方を助け出し次第、あなた方はこのノアから去った方がいいでしょう……。ノアの番人たちのことは、わたしたちに任せてください……。わたしたちクロスの片親、ヒューマがノアの番人たちをそそのかした……。わたしはそう思うんです……。……ですから、これはわたしたちへ課せられた罪と罰……。ノアの番人が大切だと思って止まなかったあなた方人間が、彼らと戦う理由は、本当はどこにもないんですから……」

「……」

「……ノアの番人たちは、わたしたちクロスが責任を持って食い止めます……」






 ――その日の夕方が訪れた。

 放送終了後、みんな、何をするわけでもなく、ただボンヤリと考え込んでいた。漠然と、心の中で「もう宇宙に戻ってしまうことになるだろうな……」と感じて。

 たかが艦隊群だ。この問題は大き過ぎる。

 ――アリスの病室。

 アリスは、ベッドに座って夕日の射し込む窓辺を見つめている。タグーは、その近く、ベッドの片隅に腰を下ろして床を見つめ、ガイは壁に寄り掛かり、腕を組んで言葉を発さない。その横で、フローレルとカールが顔を見合わせている。

 そしてロックは……

「つまり……だな」

 彼は椅子に座り、手遊びをしながら口を開いた。

「ノアの番人って……言う程悪い奴らじゃなかった……ってことか」

「そうッスねぇ……。まぁ……あなたたち人間のことを思う彼らの気持ちってのには嘘はないッスよ。だからオレたちの中でも、ノアの番人と戦おうってヤツと、戦えないってヤツがいるッス」

 カールが肩をすくめると、タグーは目を細めて深く息を吐いた。

「……やっとわかってきたよ。……アンドロイド製造規制が掛かってたのは、これが原因だったんだね……」

「製造規制? そうなんスか?」

「うん……。M2もわかったんだろうね、アンドロイドを増やすべきじゃないって。……戦うだけの機械なんて、機動兵器だけで充分だよ。……他にはいらないんだ……」

 悲しげに、呟くように言うタグーの腕を、アリスは慰めるように優しく撫でた。

「……なんとか解決できないのか?」

 ロックが一度落とし掛けた目を上げ問うと、カールは真顔で首を振った。

「今まで何度もノアの番人と話し合ったッスよ。さらった人間を解放して、自分たちも地球に戻るべきだって。けど、無理ッス。ノアの番人の中にも姑息なヤツはいて、それこそ、戦うことしか考えてないヤツも居るッスからね。……人間をさらって、M2は悪い奴らなんだって、人間がみんなアンドロイド兵士にさせられるって洗脳して、戦うことを記憶させる、そういう奴らは許せないッスよ」

 ロックは少し眉を動かし、視線を落とした。

「たぶん、あなたたちはこのままここから離れることになると思うッスよ」

 あっさりとしたカールの言葉に、ロックもタグーも、そしてアリスも振り返った。

「さらわれた仲間の人たちさえ取り戻せたら、それでいいわけでしょ?」

「……。そういう問題じゃないだろ」

「そういうモンじゃないッスか? 大切な仲間さえ無事に取り戻すことができたら、ここに残って戦う必要はないじゃないッスか。人間って、そういう生き物でしょ? オレはそう思うッスよ」

 ロックはムッ……と睨み付けるが、カールはそんな彼を直視した。

「人間が本当にわかり合える生き物なら戦いなんてものは起こらないわけでしょ? 自分がかわいいから、生き延びていたいから無駄な戦いなんてしないってヤツもいる。あなたたち人間の多くはそうッスよ。ここは所詮カヤの外の世界、ってやつッス」

「そんなことねぇぞっ」

 ロックは威嚇するように身を乗り出した。

「大部分がそういうヤツかも知れねぇけどな、ここの総督ってヤツは、フライってヤツはな、てめぇがかわいいから、生き延びたいからって戦いを避ける奴じゃない。フライはここに残って戦うぞ。俺だってそうだ。絶対ここに残ってやる」

 睨みながら低い声で言い切る、脅すようなロックに、カールは怯むことなく首を傾げた。

「んじゃ、残ってどうするッス?」

「……。どう、……って……」

「ノアの番人を殺すッスか? 殺せるッスか? ホントはあなたたち人間を大切に思ってるあいつらを殺せるンスか?」

 試すように、サッサと問うカールにロックは口籠もった。不愉快そうに、だが、一見拗ねるようにも見える様子に、カールは「……あのですね」と、言葉を切り出しつつため息を吐いた。

「最終的にはそこなんスよ、そこ」

「けどっ……俺はここに残るっ!」

 投げやりに言葉を吐き捨てる、そんなロックにカールは「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめた。

 ロックはムスッとふて腐れたが、何を思ったのか、突然パッと表情を明るくして身を乗り出した。

「俺にお前たちの機動兵器をくれよ!」

 その申し出にカールは訝しげに眉をひそめ、タグーはタグーで「……またいきなりそんなことを」と言いたげな目で肩の力を抜いた。

「ロックぅー、無理だってばぁー……」

「なにがだよっ?」

「昨日、カールの機体を見せてもらったけどさ、僕たちが乗ってるインペンドとは構造が全然違うんだ」

「操縦ぐらいできるだろ! 俺はパイロットだぞ!」

「関係ないんだよ、そういうの」

「はぁ?」

 ロックが不可解な顔をすると、タグーは肩をすくめた。

「カールたちの乗ってる機体はね、操縦桿っていうモノがないんだよ」

「……操縦桿がない……って……」

「動体センサーを左右上下、360度仕組んでるんだ。乗員の動きに合わせて機体が動くようになってる。だから素早い動きもできちゃうんだ。ロックが振り返れば機体も振り返る。ロックが走れば床のローラーセンサーが働いて機動兵器も走る。武器やジェットエンジンなんかは足下のスイッチで自由自在。敵機もデジタルホログラフで360度、コクピット内に表示できようになってるし。ほとんど生身で戦っているようなモンさ。機体は鎧だね。……ただ、動体センサーが特殊でね、機体が外部から受ける圧力なんかを繰者に伝えるんだ。敵の剣を受け止めたら、その重みを直に受けたり。傷こそは残らないけど、剣を受けた時の衝撃は繰者本人に残ったり。……機体が重傷負うと、繰者は軽傷ぐらいは負うと思うよ」

「簡単じゃないか。殴り合いだろ?」

と、ロックはシャドゥボクシングそのまま、握り拳を前へと繰り出す。それを見てタグーは「ったく……」と深いため息を吐いた。

「何言ってンの? 君はパイロットとしての腕は優秀かも知れないよ。けど、そういう肉弾戦って、どう?」

 方眉を上げて窺うと、ロックは分が悪そうにモゴモゴと口籠もった。その様子で察したタグーは軽く首を振った。

「そういうことだよ。肉弾戦なんだから。操縦慣れしているキミには使いこなせるものじゃないよ」

「……わからねぇだろっ。乗ってみなきゃっ!」

 ロックは意地になって拳を握り締めた。

「カールが乗ってた機動兵器だったら、アラニスのヤツにだって対抗できるんだろっ? ……ひょっとしたらダグラスにもっ……。乗ってみる価値は充分にあるじゃないかっ」

「……そりゃ……確かにそうだけどさ……」

 タグーは曖昧に言葉を濁して少し視線を落とした。

 二人を見ていたアリスは、戸惑うような目をロックに向けた。

「……じゃあ、……あたしたちはどうしたらいい?」

 ロックは「え?」とアリスを振り返った。

「……どうしたら、って……」

「だって……あたしたち、インペンドに乗らなきゃ……一緒じゃないじゃない。……戦えない」

 タグーも同意見なのだろう。悲しげに俯いたアリスと同様、じっと視線を落とした。

 重い沈黙が訪れ、躊躇うようにロックは口を噤んだが、しばらく間を置くと、空気を変えるかのように二人に笑いかけた。

「何言ってンだよ。一緒じゃないなんて、そんなわけないだろ。俺がクロスの機動兵器を借りたからって、お前らにはちゃんと指示を出してもらわなくちゃ困るんだ。そうだろ? タグー、お前はその機動兵器のこと、充分に理解できてるんだよな? だったら、こうした方がいいっていう、俺にとってベストな情報が常に欲しい。アリス、お前には冷静に敵の状況を判断して教えて欲しい。どっちにしたって、俺一人じゃどうしようもないんだ。俺一人が機動兵器に乗ったとしても、お前たちの役目は変わらないんだぞ。それを忘れるなよな」

 逆に責められるように睨まれたタグーとアリスは顔を見合わせた。何かいいように言いくるめられている気がしないでもないが……。

 そんな彼らを見ていたカールはキョトンとしていたが、間を置いて笑みをこぼした。

「なんかよくわかんないッスけど……いいッスね」

 三人は、呟くように言いながら寂しげな笑みを浮かべるカールを振り返った。

「そういうの、いいッスよ。……アラニスは、それが羨ましかったんでしょうね」

「?」

 ロックたちは顔を見合わせて首を傾げたが、艦内放送が入って顔を上げた。

【候補生、パイロットAクラス、ロック・フェイウィン、エンジニアAクラス、タグー・ライト、ライフリンクAクラス、アリス・バートン。繰り返す、候補生パイロットAクラス、ロック・フェイウィン、エンジニアAクラス、タグー・ライト、ライフリンクAクラス、アリス・バートン。至急、ケイティ第一会議室に集合】

「……お呼びだぜっ」

 ロックが意気揚々と椅子から立ち上がった。

「俺たちの出番だなっ!」

「……だといいけどね」

 タグーは「よいしょ」とベッドから降り、ガイに近寄った。

「行こう、ガイ」

「はい」

 アリスもベッドから降りると、大きく息を吐き出し、肩の力を抜いた。

「いったい、なんだろうね」

「決まってるだろ」

 ロックは笑顔でアリスを振り返った。

「フライたちを助けに行くんだよ」






「失礼します!」

 元々、アリスの病室はケイティ内にある。呼び出された第一会議室へと出向くには時間は掛からなかった。

 ロックたちは、秘書官の開けた会議室のドアの前で揃って敬礼をした。その背後にはガイ、そしてフローレルとカールがいる。

 クリスは「こっちへ」と自分の近場へ呼んだ。ロックたちは、上官たちの冷めた視線を浴びながらクリスが勧めた椅子へと赴き、ガイたち三人は会議室内の片隅、壁の方へと身を寄せた。

 クリスは、椅子に腰を下ろした三人が落ち着いたのを見計らってから口を開いた。

「……さっきの放送は、ちゃんと聞いていたな?」

 ロックたちが「はい」と、真面目に返事をすると、クリスは今までとは違って、堅苦しい表情を無くし、ドッ……と力を抜いた。

「……俺にゃあ、どうしたらいいかわからんよ」

 彼の間の抜けた声に上官たちは顔をしかめたが、ロックたちは、真顔でじっと黙った。

「ヴィンセントは、フライたちを助けたらここから離れろってさ……。ここにいるウエの連中も、その方がいいだろうって」

 無表情なヴィンセントと、少し不愉快さを露わにしている上官たちを視界の片隅でチラ、と窺い、ロックたちは、テーブルに視線を落としたクリスに集中した。

「だがなあ……、もしここにフライがいたら、どうすると思う? あいつだったら、はい、わかりましたって、返事はせんでしょ」

 ロックたちは表情は変えないものの、心の中で彼に同意した。

「ノアの番人たちが人間って存在を大切に思っていたっていうのはよくわかった。けど……、少々やり過ぎだ。罪に見合う罰、そこまでは必要ないにしても、このままでいいわけはない。……ヴィンセントたちは、最後までノアの番人たちと向き合うつもりでいる。……俺たちは傍観していいものなのか? 俺たちがここに来た理由は? フライはなんのためにこの艦隊を作り上げた? ……俺たちの役目は? 俺たちがやらなければいけないことは?」

 クリスは自分自身に問うように、誰を見るわけでもなく目を細めた。

「ノアの番人たちの選んだ道が間違っているとは思わない。……けれど、俺たちにとって大切なのはなんだ? 過去を振り返り、彼らに、大変でしたね、って同情することか? フライたちを助けて、それじゃ後はよろしくって、ヴィンセントたちに言うことか?」

「……俺は、人を……仲間を誘拐したノアの番人を許せない」

 クリスの言葉を黙って聞いていたロックが真顔で小さく応え、みんなが彼に目を向けた。

「ヤツらが罪だと知りながらやっていて、尚も続けるつもりなら、それは阻止しなくちゃいけないことだろ。……仲間を誘拐して、M2との戦いのために洗脳だってしてる。……志は立派でも、これじゃ、やってることは昔のM2と変わらないじゃんか……」

「……そうだな」

「……俺、ヴィンセントたちと一緒に戦うぜ。……もう、奴らに誰一人としてさらわせない。……エバーのみんなを、さらわれた人たちを、帰るべき場所に帰すんだ」

 クリスは強く言い切るロックを見て、苦笑した。

「お前らしいよ」

 そう言って一息吐き、大人しくしているヴィンセントへと顔を向けた。

「――そういうことで」

「……わかりました……」

 ヴィンセントは小さく頷くと、みんなを見回した。

「……ではまず……あなた方の仲間を助けるべくための行動を興しましょう……。生死の判断はできませんが、早急に確認した方がいいかと思われます……」

「ノアコアに進入するの?」

 タグーが少し身を乗り出して問うと、ヴィンセントは彼に頷いた。

「ノアコアへの進入は、わたしたちに任せてください……。今からあなた方全員のIDを用意するとなると、時間が掛かります……。今回は、仲間を助けるということに集中して、あなた方のノアコア潜入には、しばらく時間を頂きたい……」

「では、我々はどうしたらいいんです?」

 上官の一人が口を挟むと、ヴィンセントはクリスへとゆっくり顔を向けた。

「わたしたちがノアコアに進入する際、IDのせいでわたしたちの行動は彼らに見破られてしまいます。……ノアコア内の出入り程度では、彼らはわたしたちを疑いません。しかし、ノアの組織内に進入となるでしょうから……時間との戦いになります。その間、ノアの番人たちの横槍が入るでしょう……。そして、ここにも……。わたしたちがノアコア内に進入している間に、ノアからの攻撃がないとも限りません。ですから、あなた方にはここを護ってもらいたいのです……。ここには、わたしたちの仲間も、そしてエバーの村人たちもいる……。ノアからの攻撃があった時、防ぎようがなかったら、犠牲は多くなる……。ここはあなたたちに任せたい。わたしたちの仲間の中から戦闘員を数名残しますが……、それでも手が足りないようだったら、出撃していただきたいのです……」

 淡々と、低い声で語るヴィンセントを真剣に見つめていたクリスは強く頷いた。

「わかりました。ここはわたしたちが全力で守ります」

「……感謝します……」

「いや、感謝をするのはこっちの方ですから」

 礼を述べるヴィンセントにクリスが苦笑して首を振った。

 少し空気が柔らかくなったのを感じたロックは、ここぞとばかりに身を乗り出した。

「あのっ……。俺にあんたたちの機動兵器を貸してくれないかっ? あんたたちがいない間、俺が機動兵器を動かすよっ」

 意気込むロックの、その何度となく見る様子に上官たちももう怒りを通り越して呆れ返り、クリスも「お前はまた……」とため息を吐いた。

「気持ちはわからんでもないけどなぁ」

「大丈夫だ! 俺にも使いこなせるって!」

 「なっ?」と、窺うような笑顔でヴィンセントに同意を求める。

 フローレルとカールは、じっとヴィンセントを見た。

 ヴィンセントは、笑顔で答えを待つロックを見つめると、困った顔をしているクリスを振り返った。

「……では、わたしたちの機体を提供しましょう」

 ロックはパッと顔を輝かせた。

「ただし、数に限りがありますから……。使いこなせそうだと思う方のみに……」

「……はぁ」

 クリスは曖昧な返事をして、じっとりとした目でロックを見た。彼は満足げは表情で期待の眼差しを向けている――。

 クリスは、「……ったく」と、ガックリと肩を落とした。

「……わかった、ロック。お前の要望は叶えてやる」

 「よっし!」と、ロックは心の中でガッツポーズを作るが、そう簡単に物事は進まない。

「しかし、お前が出撃するのは止む得ない時だけだ」

 サラリと流されて、ロックは目を据わらせた。

「候補生のお前を無闇やたらに出撃させる程、俺はバカじゃないぞ」

 クリスに睨まれてロックは少し口を尖らしたが、ここで反論して「お前にはやっぱり乗せない」と言われては元も子もない。とりあえず、物わかりのいい候補生を演じることにした。

「……わかったよ」

 チェッと舌を打ちながら、椅子に腰を落ち着ける。

 ヴィンセントは、ロックとクリスを交互に見て、小さく切り出した。

「では……、ノアコア進入の計画を立てましょうか……」






「……ノアコアに?」

「はい。クロスの人たちが進入するんです」

「そう……」

 宿泊施設のキッドたちの部屋にて――。

 会議を終えた足で、ロックたちはケイティを出た。タグーとガイはリタに捕まり、彼女の遊び相手に。ロックは早々にフローレルとカールを引き連れて、彼らの機動兵器の確認に。そしてアリスはキッドに誘われ、小さな食卓で向き合い話をしている。

 アリスはキッドが用意してくれたグアバのジュースの入ったコップを両手の中央に挟んだまま、その中身を静かに揺らして見つめた。

「……ノアの番人の話、聞きました」

「ええ。……ここにも放送は聞こえていたから」

「……キッドさんは……ノアの番人たちのこと、恨んでないんですか?」

 視線を逸らしたまま問い掛けると、キッドは少し苦笑し、テーブルの片隅に目を落とした。

「……彼らのことを同じ人間だとは認めたくなかった。……私たちもずるいわよね」

 情けなく自責する声に、アリスは咄嗟に顔を上げて目を見開き、強く首を振った。

「そんなっ……ずるいなんてっ……!」

 必死に庇おうと身を乗り出すアリスに、キッドは「ううん」と軽く首を振り、寂しげな笑みで俯いた。

「彼らのやっていることは許せない。……恨んでないって言ったら嘘になると思う。みんなそう。……けど、それよりもね……悲しいのよ」

 キッドは顔を上げて、ひまわり畑を見つめた。

「……悲しいの。……なぜかしら……」

 呟いて目を細めるキッドの横顔に、アリスは眉間にしわを寄せて俯いた。

 ――ひしひしと伝わってくる。キッドの言い切れないほどの悲しみも、この、偽の大地の叫びも。そして、それに向き合っているのにどうすることも出来ない自分自身の歯がゆさ。

 重い空気が溢れたが、それを振り払うようにキッドは深く息を吐き、笑顔でアリスの顔を覗き込んだ。

「ノアに捕まっているかも知れない仲間の人たち、無事だといいわね?」

 笑顔で相槌を問われ、アリスは間を置いて「……はい」と微笑み頷いた。

「昨日、クリスさんとお話をしていてね。とても大切な仲間なんだって、そう言っていたわ」

 キッドは思い出しながら「ふふっ」と笑った。

「おもしろい人ね。見ず知らずの私にいろんなことを話してくれたのよ。若い頃の話とか……。なんだか昔っからの友だちって感じで。私、自分の年もわからないけど、同い年くらいなのかしら……、そんな感じがしたわ。お話しをしていて、とっても楽しかった」

 本当にそうなのだろう、今まで“姉”のような、目上の笑みしか見せたことのなかったキッドが無邪気に笑っている。

 アリスは、そんな彼女に少し戸惑い気味に微笑んだ。

 友だち思いのクリスのことだ。フライスたちが戻ってくるまでに彼女の記憶を蘇らせようと必死なのだろうが……。

「また、お話ができればいいけど……」

 名残惜しそうな、少し寂しそうな笑顔で遠くを見つめるキッドに、アリスは笑顔で頷いた。

「話せますよ。これからだって。もっとたくさん」

「……そうね。……そうよね」

 キッドが嬉しそうに笑みを零すと、アリスも「うん」と微笑み返した。そして、遠く、装甲車が数台動き出したのを視界の隅で捉え、「……あ」と声を漏らして腰を上げた。

「そろそろみたい。……それじゃ、ちょっと行ってきます」

「気を付けてね」

「キッドさんも。また後で」

 互いに気遣い微笑むと、アリスは駆け出し、キッドに見送られながらも少し考え込んだ。

 それにしても、キッドさんの記憶障害ってひどい。……いったい、過去に何があったんだろう。

 “力”を使えば探ることは可能だが、顔見知りなだけに、そう簡単に詮索をしてはいけないような気がして進まない。まあ、フライスとセシルに会えば、もしかしたら記憶が戻るかも知れない。今は、それに期待を寄せよう。

 ――フライ艦隊群の周りに、異人クロスの機動兵器とインペンドが立ち並ぶ。

 異人クロスたちが数台の装甲車を用意して忙しなく動く中、クリスは誰も引き連れることなく一人、中央で指揮を執るヴィンセントに近寄った。

「……これが仲間の写真だ」

 と、フライスとセシルの顔写真を手渡すと、ヴィンセントはそれを見つめてクリスに顔を向けた。

「……大きな期待はしないでください。強過ぎる希望は、崩れる時の衝撃も強い……」

「……。わかってる。……けど、もし無事に生きているなら……必ず」

「ええ……。必ず連れて帰ってきます……」

 ヴィンセントはやはり無表情で頷く。クリスは、「……頼みます」と一言、頭を下げて辺りを見回した。

「みゅー。フローレルも一緒に残りたいみゅー」

「仕方ないだろ、諦めろよ」

 武装したフローレルは、ロックを前に拗ねて口を尖らした。ヴィンセントの命令で彼女もノアコアに向かうことが決定。普段なら、「行かない!」と駄々を捏ねる所なのだろうが、相手がヴィンセントだとそれが通用しないらしい。

 フローレルは、「ぐすん」と寂しそうにロックを見上げた。

「ロック、気を付けるみゅ」

「お前もな。ドジってノアの奴らに捕まるなよ?」

「みゅー。フローレル、そんなにドジじゃないみゅーっ」

「そうかそうか」

 頬を膨らませるフローレルにロックは苦笑した。

 ――その様子を遠くで見たアリスは……

『俺、お前のこと好きだから、それを星に刻む』

 ……酔っぱらいの戯言、ね……――。

「どうしたの?」

「ん? ……ううん。なんでもないよ」

 キッドにリタを預けて来たタグーに顔を覗き込まれ、アリスは微笑んで軽く首を振り、ガイを見上げた。

「ノアの番人、ここに来るかな……?」

「やって来るでしょう。ノアコアに手を出されて黙っている彼らじゃありませんから」

 アリスは深く息を吐き、駄々を捏ねながら装甲車に乗るフローレルの背中を押すロックを見つめた。

「……ロックは、ちゃんとクロスの機体を使いこなせそう……?」

「いずれ、その結果は現れるでしょう」

「まぁ……ね」

 アリスは肩の力を抜いて、少し視線を落とした。

 ……ダグラス教官と出会ってしまったら、どうするんだろう……。

「……あっ。行くみたいだよっ」

 タグーが指差すと、アリスもガイもそちらへと注目した。

 低い呻り声を上げて装甲車が動き出し、フライ艦隊群のクルーたち、そして残された異人クロスたちが見送る中、森へと消えていく。その先には、雲を突き刺す巨大な建造物のあるノアコアが――。

 ロックは、装甲車が森に消えてからタグーたちに駆け寄った。

「早く戻ってくるといいけどな」

「……そうだね」

 装甲車の消えた方を見つめながら、ロックの言葉にタグーは頷いた。

「フライとセシル教官の元気な姿……、早く見たいな……」

「ロックさーんっ」

 バタバタっ、と、カールが駆け寄ってきてロックの前で止まった。

「機体に乗り込んでおくように指示が出たッス。行きましょっかっ?」

 笑顔で誘われて、ロックは頷くとタグーたちを振り返り窺った。

「んじゃ、まぁ……行ってくっから」

「気を付けてね。後で内線を入れるよ」

「おお。頼んだぞ」

 ロックは笑顔でタグーの肩に手を置いてポンポンと叩き、ガイを見上げた。

「こいつらのこと、頼むな」

「了解しました。お気を付けて」

「おう」

 互いに何かを確認し合うように頷くと、ロックは次にアリスへと目を向けた。

「大人しくしてるんだぞ」

「わかってるわよ。あんたじゃないんだし」

 愛想なくツーンとそっぽ向くアリスを、ロックは目を据わらせて腰に手を置き睨み付けた。

「お前ってホント、かわいくねぇな」

「そうよ。放って置いてくれる?」

「おぉ。放って置いてやる」

 アリスはムカッ、と眉をつり上げた。

 ロックは「イーッ」と、憎たらしく歯を剥き出しにすると、先で待って苦笑しているカールの方へと身体を向けた。

「……ロックっ?」

 不意にアリスに呼び止められ、ロックは一歩踏み出した足を止めて振り返った。

「なんだよ?」

 文句でもあるのか? そんな不愉快そうな顔を向けるロックに、アリスは何か言い掛けて口を閉じ、躊躇いがちに視線を逸らすと、聞こえるか聞こえないか、か細い声で言った。

「……ムチャ、……しないほうがいいよ」

 ロックは次第に表情を消す。

「それと……ちゃんと戻っておいで、ね」

 逸らしたままの目を細め、段々と声のトーンを落とすアリスを見て、ロックは間を置き、笑顔で胸を叩いた。

「わかってるって! この俺様に任せろ!」

 そう元気よく言うと、「じゃーな!」と、笑顔で手を振ってカールと一緒に歩いて行く。その背中を心配そうに見送るアリスにタグーは苦笑した。

「大丈夫だよ。ムチャしそうな時は僕たちが内線で怒ってやろう。晩御飯抜きだぞー、って」

 拳を振り上げて冗談を言われ、その姿が滑稽で、アリスは少し吹き出して笑った。

「……そうだね」

「そうそう。……さっ、僕たちも司令塔の方にお邪魔させてもらおうか!」

「うん」

 二人は肩を並べて歩き出すが、その後ろで立ち止まったままのガイの気配に、タグーは足を止めて振り返り、首を傾げた。

「ガイ?」

「少々、キッドたちの所へ寄って行きます」

「……うん」

「後程、司令塔へと参りますので」

 ガイは単調に断ると、キッドたちのいる宿泊施設へと歩いて行った。

「珍しいね。自分からタグーの傍を離れるなんて」

 背中を見送りながらアリスが呟くと、タグーは「ん?」と彼女に目を向け、再びガイの背中を見送った。

「うん……。けど、ここのトコ、ガイはキッドたちに付きっきりだよ」

「ちょっと寂しい?」

「べ、別にっ」

 いたずらっぽく横目で問われ、タグーはドキッとしながらも強がってそっぽ向いた。

 アリスは少し笑うと、遠くなるガイの背中を再び見つめた。

「今まで離れてたからね……。ガイはガイで心配なのかな?」

 何気ない彼女の言葉にタグーは目を見開いてアリスを見た。少し驚いているような視線に、アリスは「ん?」と首を傾げた。

「なぁに?」

「……今……心配、って……」

「うん。え? 何か変?」

 訝しげに問い掛けるが、タグーは答えることなくガイの背中に目を戻した。

 ……機械のガイが……“心配”……――。

「タグー? どうしたの?」

「う、ううん。……なんでもないよ……」

 躊躇うように首を振り、タグーは「……行こうか」とアリスを連れてケイティへと向かった。

 その頃、カールと共に機動兵器の元に駆け寄ったロックは、自分に用意された真っ白な異人クロスの機体を見上げ、足下を撫でた。

 ――今日一日、お前は俺の分身になる。よろしく頼むな。

 隣の機体に搭乗するカールはそんなロックを見て笑顔で声を掛けた。

「気楽に行くッスよっ。万事、上手く行くッス!」

「……ああっ。わかってるっ」

 ロックは同じように笑顔で返事をした。






 ――司令塔は大勢の人たちでごった返していた。普段いるオペレーターたち、そして、ノアに向かったヴィンセントたちと交信するため、数人の異人クロスの姿もある。

 総督席で機体の配置やオペレーターからの情報を聞き、応えていたクリスは、タグーとアリスの姿を見つけると、掻き消されないよう、大きく声を掛けた。

「そこのデスクを使っていいぞ! ロックとの交信コードはZAT5535だ!」

 タグーとアリスは頷くと、クリスが顎をシャクって指し示したデスクへと向かった。みんなとは少し離れた壁際、その片隅の小さな交信用デスクだ。……無理もない話か。クリスは自分たちに理解を持っているけれど、他の大人たちはそうもいかない。ここは、クリスが用意してくれたせめてもの場所だ。

 タグーがデスクの正面に、そしてアリスは空いている椅子を持って隣に座った。

「ロック、もういるかな?」

 タグーが交信機の電源を入れると、真っ暗な画面にパッと白いラインが浮かんだ。その後で、ロックの搭乗する機動兵器の交信コードを手前のキーボードに打ち込むと、少し間を置いて画面が乱れ、《よぉ》と、笑顔のロックが映った。

 リラックスしている雰囲気に、タグーは少し安心して笑った。

「どお、そこの居心地は?」

《居心地ねぇ……》

 ロックは言いながら腰に手をやって辺りを見回した。異人クロスたちが作った機動兵器のコクピット内は真っ暗で何もない。目の前にタグーの顔が映る大きなスクリーンモニター。あと、足下に5つのボタンがある。

 ロックは肩をすくめた。

《なんだか、拷問部屋に閉じこめられた、って感じだな》

「キミにピッタリじゃないか」

《なんだとてめぇ!?》

「じ、冗談だよ……」

 険しい形相のロックの顔が画面一杯に映し出され、タグーは少し背中を反らした。

《アリスは? そこにいるのか?》

「いるよ」

《出せ。ヤローの顔ばっか見てると飽きる》

 タグーは目を据わらせ、椅子を立った。

「ロック、落ち着いてる?」

 アリスが苦笑しながら席を替わって問い掛けると、ロックは威張って胸を張った。

《おぅ。全然どうってことないぞ》

「冷静にね? 熱くなり過ぎちゃダメよ?」

《わぁーってるよ》

 ロックが「余計なお世話だ」と言わんばかりに鼻であしらうと、

「どーだかね」

 隣のタグーが生意気に嘲笑した。

《タグー! お前、後でコチョコチョ地獄だからな!!》

 タグーの顔からサッと血の気が引き、緊張感のない様子にアリスは少し笑った。

「ノアコア、進入です」

 オペレーターの声にみんなは顔を上げ、ヴィンセントたちから送られてくる映像を凝視した。そこに映し出されているのは、巨大な鉄の建物だ。5メートルほどの鉄の外壁がぐるりと囲み、その奥は見上げない限り何も見えない。

 タグーとアリスも、ロックとの交信を中断してその映像に見入る。

 ここにフライスとセシルが。そして――



「……」

 ……ダグラス――。

 ロックはじっと立ったまま、ケイティから流れてくる同じ映像を見つめた。



 ヴィンセントたちの行動が全て送信されてくる。彼らは計画通り事を進めるべく班事にわかれ、足を進め、そして大きな鉄の扉の前に来た。頭上から偵察機のような飛行物体が降りてきて、彼らの周りを巡回する。――状況を窺っているようだ。

「……ここでIDの確認があるんです」

 と、異人クロスの一人が呟くように告げた。誰一人振り返りはしなかったが、心の中でその言葉を確認する。

 しばらくして鉄の扉がゆっくり開くと、ヴィンセントたちは何事もないように中に入っていった。そして扉はまた、同じように閉まっていく。そこから映像が乱れ、砂嵐のような映像が流れ続けた。電波妨害だろう。

 クリスは、デスクの上で祈るように両手を組み、「無事でいてくれ」と、心の中で祈りを捧げた。

 ――それからどれくらいの時間が経過したか。

 クリスは、デスクに表示されている時間を見た。ヴィンセントたちがノアコア組織内に入ってからもう数十分は経つ。そろそろ何かしら情報が欲しい所だが、時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 司令塔内は、コンピューターがデータを弾き出す音と、オペレーターがインペンドに乗り込んでいるクルーたちに待機の知らせを出す声が繰り返されていた。

 大人しくしていたアリスとタグーも、長時間の経過に視線を交わした。

 ……と、その時。

《……ザ……ザザ……》

 ヴィンセントたちから送られてくる画像に何かが映った。映像が乱れ、そして時々誰かの声も聞こえてくる。

 タグーは少し眉をひそめた。

 ……おかしい。何か……ヘンだな……。

 彼は訝しげにクリスを振り返った。クリスも、何かしら不安げな表情を浮かべている。

「……?」

 ――突然、映像が切れた。

 正確に言うと、ヴィンセント側の電波が途切れたのだ。画面が真っ黒になり、音声も拾えない。

 何事か、と、オペレーターたちがすぐに状況を判断すべく、様々な方法で再び交信しようと試みた。

《……手遅れだ》

 不意に、聞いたことのない老人男性の弱々しい声が入ってきて、みんなが顔を上げた。

 画面は真っ黒なまま。ただ、老人の声だけが司令塔内に響く。

《……もう遅い。君たちが何をやろうと……もう止められん……》

 クリスは目を見開き、ガタン! と、勢いよく椅子から立ち上がった。

「手遅れってどういうことだ!?」

 怒鳴るような問いに答えはなく、ただ、深いため息音が聞こえた。

《今ならまだ間に合う……。起動できる艦隊ならば、すぐ発たれよ……》

「どういうことだ!? あんたは誰なんだ!? みんなは!? ……ヴィンセントやフライたちは!?」

 クリスが血相を変え、焦りを隠すことなくデスクに手を付いて身を乗り出した。

《……わしの名はジャッカル……》

 老人がそう名乗ると、周りの異人クロスたちがザワつき出した。

「……ジャッカルさんだ……」

「やっぱりジャッカルさんが……」

 タグーとアリスは、口々にそう言う異人クロスたちを見回した。

《……よいな? ……皆を連れてすぐに発つのだぞ……》

「待ってくれ!! 話を!!」

 クリスがすがるように訴えるが、一方的に回線が途切れてしまった。

「……くそォ!!」

 ダン!! と、クリスが激しくデスクを殴りつけると、みんながビクッと肩を震わせて彼を振り返った。

「総督っ……!」

「どうなされるんです!?」

 クリスは焦り出す周囲のみんなには目を向けず、奥歯を噛み締めてグッと拳を握り締めた。

「ジャッカルさんは……ヴィンセントさんたちを見つけた」

 小さなその声にみんなが振り返った。

 異人クロスの少年たちは、顔を見合わせながらもクリスを見上げた。

「ジャッカルさんは、ボクたちに教えを伝えてくれた人モン。……この場所も、ジャッカルさんがボクたちに用意してくれたモン」

「ジャッカルさんは、とてもいい人間ニュ」

「ヴィンセントさんたちを隠してくれてるヨ。隙があれば、きっと逃がしてくれるヨ」

 口々に言う彼らを見て、アリスは目を見開いた。

 この場所を用意してくれた、ということは……、あのひまわり畑を育てた人!?

 クリスは異人クロスの彼らを振り返った。

「ジャッカルという人は……みんなを匿ってくれているのか?」

「たぶん。……ジャッカルさんはボクたちの味方。いつも助けてくれた。今もきっと、みんなを助けてくれている。……あいつらに見つかったから、だから……」

 心配げに俯く少年たちの様子にタグーは顔をしかめた。

 ――見つかった? ……って、ことは……。

 タグーは目を見開くと、慌てて、すぐにロックへと交信を入れた。

「ロック!! 聞いてる!?」

《……ああ、聞いてるぞ》

「気を付けて!! 敵機がやって来るよ!!」

 タグーの発言にみんなが驚きの表情で彼を振り返った。

「タグー候補生!!」

 上官の一人が「まだ確認の取れていないことを!!」と怒りを露わにするが、タグーは険しい表情でそんな上官を振り返った。

「見つかったんでしょ!? こっちにあいつらがやって来る!! 早く戦闘態勢を取らなくちゃあいつらのスピードに追いつけない!!」

 睨み付け、怒鳴るように言うと、クリスは顔を上げてザワつき出す司令塔内を見回した。

「敵機を迎え撃つ!! クルーに戦闘準備の指示!!」

「了解!」

 オペレーターたちがすぐに伝達を開始する。

「しかし! ここからすぐに逃げろと!!」

 上官たちが戸惑いを露わにすると、それをクリスが睨み制した。

「あんたたちはフライとセシルを! ヴィンセントたちを見殺しにするのか!?」

 上官たちはクリスの気迫に怖じ気付いたのか、少し身を退け、すごすごと近くを離れた。

 タグーは焦るようにロックを振り返った。

「ロック! ……気を付けて!!」

 画面の向こう、ロックは力強く頷いて見せた。

 アリスは胸元に手を置いて、戸惑うように、騒々しさを増していく周りをゆっくりと見回した。

 ……なんだろう。すごく嫌な予感がする。……怖いような、……苦しいような――。

「遠方より敵機接近!!」

 オペレーターの甲高い声にみんなが息を飲む。巨大スクリーンに映し出される青空の向こう、黒い影が数体現れ、クリスはデスクに手を付いて身を乗り出した。

「警報を鳴らせ!! 戦闘員以外のクルーたち、全員をシェルターに誘導!!」

「了解!」

「インペンド、戦闘に入ります!!」

「艦隊シールド準備完了!」

 慌ただしくなり出し、タグーとアリスは同時に画面のロックに目を向けた。

「ロック!!」

 タグーが名前を呼ぶと、ロックは険しい表情を浮かべながらも口元に笑みを浮かべ、パンッ、と、左てのひらに右拳をぶつけた。

《いっちょハデにやるか!》

「ハデにし過ぎちゃダメだって!」

 まったくもう! と、呆れ気味に眉をつり上げるタグーの隣、アリスは不安げな表情を浮かべ、ぐっ……と、胸の前で両手を組んだ。

「タグー、アリス」

 名前を呼ばれた二人が振り返ると、ガイが足早に行き来するクルーたちの間を縫って歩いて来た。

「キッドたちはっ?」

「大丈夫です。エバーの住人もクロスの方々もシェルターへと避難されました」

 タグーはホッと、少し胸を撫で下ろした。

 ガイはデスクの側に立つと騒々しい辺りを見回し、タグーに目を戻した。

「状況はどうなんです?」

「……うん。ヴィンセントたち……ノアコアで見つかったみたいなんだ」

「それで警報が鳴ったのですね。では、今から……」

「うん。……敵機が近付いてくる」

 タグーはロックの画像から外部へと切り替え、青空の下、森に囲まれた大地の向こうから続々と近付いて来る敵機の姿に「ゴク……」と唾を飲んだ。

 オペレーターたちに指示を出しながらもモニターを見ていたクリスは、眉を寄せ、目を見開いた。敵機の形が明らかになって、画面に現れたのは――。

「……くそっ!」

 クリスは一言そう吐き捨てると、いきなり総督席から離れて走り出した。そんな彼を、上官たちが前に立ち塞がって制止する。

「総督!!」

「どこに行かれるんですか!!」

「グランドアレスだ!! 俺が出る!!」

 タグーたちのみならず、オペレーターや傍を通っていたクルーたちみんなが愕然とした表情でクリスを振り返った。

「何をおっしゃるんです!? 今あなたが出ていけば!!」

「あいつに好き勝手やらせるわけにはいかないだろ!!」

「しかし!!」

 クリスは取り押さえてくる数人の上官たちを険しい形相で振り払うが、目の前、静かにアーニーが近寄ってきて、彼女に目を向けた。

 アーニーは、意気込むクリスをじっと見つめ、胸の前で腕を組んだ。

「今あなたが出たら、ここはどうなってしまうの?」

「……」

「フライの代わりはあなたしかいなかった。けれど、あなたの代わりになる人は今は誰もいない。あなたは血の気の多いフライよりも冷静な人でしょ? この状況だって理解できているはずよ」

 アーニーは、戸惑うクリスを厳しい表情で睨んだ。

「あなたがフライ同様、優秀なパイロットだったっていうことは認めるわ。けれど、今のクルーたちだってその腕は劣らない。あなたは総督として彼らを信用しなさい。総督として、強く構えてなさい」

 諭すように、淡々と言うアーニーにクリスは少し悔しそうに顔を歪めたが、大きく息を吸い、吐き出すと、軽く首を振り項垂れた。そして、自分の腕や服を掴む上官たちの手を振り解き、総督席へと戻っていく。

 クリスは総督席に着いて気を落ち着かせるように数回深呼吸をすると、今までと変わらぬ真剣な顔を上げた。

「……艦隊シールドを強化。グランドアレスの存在を戦闘クルーに伝達しろ」

「……了解!」

 オペレーターたちがすぐに行動を開始し、上官たちも、そしてアーニーも自分の仕事に戻っていく。

 タグーたちは深く息を吐くクリスを見つめ、再び画面へと目を向けた。

 ……グランドアレスがやって来る――。



《来るッス! ロックさん!!》

「……ああ!」

 機内に響くカールの緊張した声色に、ロックは大きく息を吸った。

 気持ちを整え、足下のスイッチの一つを押すと、コクピット内にボンヤリと明かりが灯った。自分が立っている場所を中心に、円形の光が浮かんで身体を伝うように伸びてくる。

 光の網に包まれたような、そんな自分の身体を確認し、ロックは顔を上げた。敵機が近付いて来ると同時に、コクピット内にもその影がデジタルホログラムと化して浮かび上がる。

 ……来たな……!

 インペンドが向かえ撃つため、敵機に向かって飛び立ち、複数のジェットエンジン音が空気を裂いた。フライ艦隊群へと向かおうとする敵機の前に立ち塞がると、敵機は彼らを窺うことなく即武力行使に踏み切り、上空が一瞬にして爆音と閃光に包まれ出す。

 敵機の中央部にいたグランドアレスにインペンドが数機、挑み掛かるが、グランドアレスは武器を手にすることなく、襲い掛かってくる機体を避け、攻撃を交わし、その間をすり抜けた。そして、間合いを捕らえた機体には太い腕で一撃。細身のインペンドは殴られた装甲を凹ませ、漏電させる。

 向かってくるインペンドに容赦なく拳と足蹴りで対応する、武器を持とうとしないグランドアレスは、まるで「雑魚が」と言わんばかりの態度だ。

 グランドアレスは交戦が続く上空に停滞しインペンドを相手にしていたが、段々と相手の数が減るに連れ、地上へと目指して降りてきた。

《ロック! グランドアレスが来るよ!!》

 タグーの声にロックは上空を見上げた。

 グランドアレスのホログラムがコクピット内、上から降ってくるように見える。

 ……ダグラス……!!

 周囲の異人クロスたちの機体が一斉に動き出した。

 グランドアレスと、そして上空の交戦を抜け出してきた敵機が急降下してくる。そして、ドオォォー……ン!! と、グランドアレス、そしてノアの機体が数機、地上に降り立ち地響きと共に砂埃を上げた。

 ロックはグッ……と身構えた。コクピット内は外部の状況と同じ。敵機も、そして味方の異人クロスたちの機体もホログラムとなって現れている。そんな彼の視線の向こうにはグランドアレスの巨体が――。



 アリスは組んでいる手に力を入れた。「……どうしよう……!!」と、不意にそんな言葉が頭の中を駆け巡っては消えていく。

《こりゃまた大層なお出迎えだなぁ。えぇ?》

 艦内スピーカーから、鼻で笑うダグラスの声が響いた。

《クリス、どうだ総督ってのは。無事にこなしてるか?》

 小馬鹿にしたような言葉にクリスはグッと握り締めていた拳を緩め、深く息を吐きながら交信をオンにした。

「これは……ダグラス。……相変わらずで」

《おぉ? エラくくたびれた声だな?》

「……ああ。……あんたのせいでね」

 本当にそうなのだろう。クリスの顔には余裕の色はない。

 ダグラスは「けけっ……」と笑った。

《じゃあ終わりにしてやるぞ。今日限りでな》

「……何を終わりにする? このノアって艦をか?」

《へっ……。お前らの命運ってヤツを、だ》

 外部モニターの向こう、グランドアレスが微かに振動を始めた。

《お前らにゃぁ勝てねぇんだよ!》

 ダグラスが言うが早いか遅いか、グランドアレスが身体を前のめりにすると同時に背中の爆撃口からミサイルが一気に発射され、ケイティに向かった。それを合図にしたかのように、一斉に交戦が始まる。

 グランドアレスのミサイルが全てケイティに激突し、シールドを挟んだその衝撃にも激しく艦が揺れ、耳を劈く程の爆音に包まれてオペレーターの数名が小さく悲鳴を上げた。

 驚いたアリスもデスクの端に掴まって身を縮め、ガイは庇うように頭上から腕を回して彼女を包み込む。

 タグーは爆発で生じた閃光に目を細めながらも、外部モニターから目を逸らさぬよう、顔を上げた。

「ロック!!」



 ロックは大きく目を見開いた。

 一斉に戦闘が開始されると同時にノアの機体が自分目掛けて突進してきた。敵機のホログラムがリアルに襲い掛かってくる。

 ロックは慌てて身構えたが、敵機に体当たりされ、痛みさえ伴わないモノの本当に何かがぶつかったかのような勢いで背後に倒れ込んだ。その動きと同時にロックの機体は砂埃を上げて地面を滑り倒れる。

 ロックは床の上に倒れた背中の痛みを堪えながら「……クソ!」と言葉を吐き捨てた。

《ロック! 忘れちゃダメだよ!! 機体はあくまでも鎧!! 相手から攻撃を受ければそれはキミに傷を残さなくっても確実に機体を破壊していく!! 破壊され尽くされたらどうなるかわかるでしょ!?》

 タグーの怒鳴りに、ロックは舌を打って身体を起こし、再び身構えた。

「ケンカだな!?」

《違うってばもぉ!!》

《ロック後ろ!!》

 呆れるタグーの声の後に、アリスの焦る声。ロックは「ッ……!」と背後を振り返った。敵機のホログラフが剣を振り上げ、自分に斬り掛かろうとしている!

「……!?」

 ロックは無意識に足下のスイッチを踏みつけるように押した。すると、彼の腰元に剣のホログラフが浮かび上がり、それを掴むように手を動かして引き抜いた。ちゃんと剣の柄を握っているという感覚がある。

 ロックは、敵機が剣を振り下ろしてくる、脳天ギリギリの所で剣を身構えた。ガギイィーン!! と、金属がぶつかり合う鈍い音が響き、ロックはグッ……! と腕に力を入れた。本当に全ての力が直に伝わってくる。

「くっ……そおぉぉー!!」

 叫ぶように声を張り上げ、剣を振り払って敵機を遠く追いやった。しかし、敵機は地面に降り立つと間髪入れずに斬り掛かってくる。

 ロックはその勢いに飲まれることなく、同じく斬り掛かるべく足を踏み出した。

 ……段々わかってきたぞ! こいつのコントロールが……!

《ロックさん!! アラニスがそっちへ行くッス!!》

 ロックは「え!?」と動きを見るが、今は目の前にしか注意を注げない。

「カール! 頼む!!」

 たまらず口走ると、次の瞬間、背後に衝撃が走った。爆発が起こったような衝撃で身体を前に押され、一瞬、足下がグラついたが、すぐに体制を直し、目前の敵機の剣を受け、それを振り払った。

 チラっと背後に視線を向けると、彼の後ろでカールの機体と敵機、そう、アラニス機が向かい合い、交戦している。

 ……悪い! カール!!

 心の中でそう呟きながら、この瞬間も挑み来る敵機に剣を向けた。

 インペンドとは機体からして違うのは当たり前だが、自分自身の動きに合わせて動いてくれるこの機体――。使いこなせば使う程、機体だということすら忘れてしまいそうになる。

 ロックは、剣のみを武器として戦い挑んでくる敵機が襲い掛かってくる直前に、足下の、まだ一度も押していないスイッチを押した。すると、機体が高くジャンプし、コクピット内のホログラムが小さく見え、敵機が自分を見上げたのがわかる。

 ロックは剣を振り上げ、敵機の頭上に急降下した。

 敵機はすぐに脳天に剣を掲げ、受け止めようとする。が、ロックはギリギリで剣を上空に離し、地面に降りるなり剣を構えたまま無防備の敵機の腹部目掛けて素早くパンチを喰らわして、グラついたその隙を狙って回し蹴りをした。敵機はその攻撃に耐えきれず、地面を滑って遠く倒れ込む。

 ロックは、空から降るように落ちてきた自分の剣をパシッ! と掴み取った。そして、アラニスと交戦しているカールを振り返り、「一緒に戦ってやる!」と、そちらに身体を向けた、瞬間!

《ロック!! 飛んで!!》

 アリスの声が響いて、ロックはその通り、足下のスイッチを押して上空へと飛び立った。彼が地面から離れると同時に、立っていたそこに数発のミサイルが投げ込まれ、ロックは険しい形相で振り返った。

 ……ダグラス……!!

 グランドアレスが、ロック機に向かって銃口を向けている。その姿に、ロックはグッ! と剣を握り締めた。

《へっ……。誰かと思ったら……ヒヨッ子、お前か?》

 スピーカーから流れてくるダグラスの声に、ロックは宙に停滞したまま、異人クロスと敵機の戦闘で荒れ狂う地上に仁王立ちしているグランドアレスを見下ろした。

《インペンドじゃモノ足りねぇか? クロスの機体になんかに乗りやがって》

「うるせぇ!! ……お前に勝つためだ!!」

《ほぉー、そうか。そりゃスゲぇや。ぜひやってもらいたいモンだなぁ。え? 優秀な候補生さんよぉ》

 ロックは、笑いながらそそのかすダグラスの言葉に眉をつり上げて顔を紅潮させた。

《ロック! 挑発に乗っちゃダメだよ!!》

 様子を察して、すかさずタグーの声が入り込む。

《機体の機敏性を生かすんだ!! 重武装のグランドアレスは絶対追いつけない!! 負けるな!!》

《ケッ……。ガキが……》

 タグーの言葉の後に、ダグラスが「気に食わない」という雰囲気で吐き捨てた。

《バカ共。だからオメェらにゃ試験の合格ができなかったんだよ》

 ロックは、「……こンの野郎!!」と、剣を手にグランドアレスに向かって急降下した。

「ダグラス!! お前なんか俺がやっつけてやる!!」

《ほざけ! ヒヨッ子が!!》

 グランドアレスは装備していた巨大な斧を手に取り、それをブンッ!! と一降りした。その衝撃波がロックに向かう。

 ロックは「……っ!」と身を翻した。彼を通り越した衝撃波が、背後で交戦を繰り返していた機体たちを襲い、爆発させる。その爆風に身を任せながら、ロックは地上へと降り立ち、グランドアレスに斬り掛かった。

 グランドアレスは、振りかざしてきたロックの剣を片手で持っていた鉄斧アイアンアックスの柄で受け止めた。その瞬間、火花が散り、ロックは剣に力を込めた。しかし、ピクリともグランドアレスの身体は動じない。押しても押しても、グランドアレスの片手で攻防しているその斧すら震わせることができない。ロックは、「……くそ!」と一言吐き出した。

 グランドアレスは、力の競り合いにムキになるロック機を斧で軽々と払い倒した。ドスンッ! と背中から倒されたロックは、床に打ち付けた痛みを耐える間もなく「!!」と顔を上げた。――目の前、鉄斧アイアンアックスの刃が迫ってくる!

「……!!」

 ロックは素早く上半身をずらした。次の瞬間にはドゴォォーン!! と、グランドアレスの鉄斧アイアンアックスの刃先が顔の真横、地面にめり込んでいた。ロックは冷や汗を流しながら、グランドアレスが鉄斧アイアンアックスを地面から引き抜く間にその場から遠離った。

 グランドアレスは鉄斧アイアンアックスを引き抜くと同時に、機体背後に装着されている連動小型弾道ミサイルを向け、ドン!! と激しい音を立てて放った。無雑作に放たれたそれは、周囲を、そしてロックを襲う。フライ艦隊群にもその一部が激突し、シールドが激しく波打った。

 ロックは、「くそ!」と、機体に装備されている盾でそれを避けようとしたが、爆撃のあまりの激しさに地面を踏ん張っていた足が滑り、背後へと吹き飛ばされてしまった。

《ロックゥ!!》

 アリスの甲高い声が響く中、ロックは「……うっ」と、重なる衝撃に声を漏らした。そして仰向けに倒れた身体を立ち上がらせようとして気が付く。……目の前、本当に顔の前に銃口が――。

 グランドアレスは、上体だけ起き上がらせたロックの機体の顔面に銃を向け、立っている。その周りでは味方と敵が交戦を続け、彼らに構う余裕がない。

 ロックは目を見開き、息を飲んだ。

《……ワシに勝つンじゃなかったのか? えぇ? ロック》

「……」

《お前にゃあムリだ。コレでよくわかっただろ、ヒヨッ子》

 ロックはピクリとも動けず唇を震わせると、悔しげに奥歯を噛み締めた。

「……俺はヒヨッ子じゃない……」

《あンだと?》

 ロックは食って掛かるように顔を上げ、グランドアレスを、ダグラスを睨み付けた。

「俺はヒヨッ子じゃない!!」

《へっ……。粋がるなよ、ガキが》

「ノアの番人たちの話を聞いた!! 何があったのか聞いたぞ!!」

 ロックは銃口を目の前にしたまま、グランドアレスを見上げ続け、訴えるように声を張り上げた。

「このままでいいのかよ!? このまま戦い続けるだけでいいのかよ!?」

《……ケッ》

「なんであんたは奴らに手を貸すんだ!! ……わかんねぇ!! 全然わかんねぇ!!」

《じゃあ、教えてやろうか? ……ワシはM2に造られた、戦闘用のアンドロイドだからだ》

 ロックの目が大きく見開いた。

《……って言ったら、どうする?》

 少し愉快げに鼻で笑われ、ロックはグッ……と拳を握り締めた。――ホログラフの、剣を握り締める手に力を込めた。

「だったらなんだってンだよ!! あんたはあんただろ!! あんたはダグラスだ!!」

《いーや、違うな。少なくともワシはワシじゃぁない。……お前の知っているワシではな》

「一緒だろ!!」

《一緒? ヒヨッ子。お前は知らないのか? フライとセシルはどうなった? あいつらが生きているとでも思っているのか?》

 どことなく訝しげな声に、ロックは表情を消して目を見開いた。

《残念だったな。……奴らは死んじまったぞ。……ワシの手の中でな》

 低く、深い声色に、スピーカーから「嘘だ……っ!」と、タグーの泣き出しそうな声が聞こえてきた。

《タイムゲートでノアに飛ばしてやろうと思ったが……その前に死んじまったわぃ。……、残念だったな》

 ロックは愕然とした表情でいたが、グッと歯を噛み締め、悲しみに身体を打ち震わせた。

「それでもっ……、……それでも仲間かよ!!」

《仲間? 誰と誰が仲間だって?》

「フライたちとは仲間だっただろ!! ……仲間だったじゃないか!!」

《仲間ねぇ……。……へっ。そんなモノがあるとしたら、モロいモンだなあ、仲間ってのはよ?》

 ロックの顔が怒りで紅潮し、全身が震えだす。そんな彼の、心渦巻く感情を察することなく、ダグラスは落ち着いた声で続けた。

《おいロック。今ここでお前を殺してやる。お前の次はタグーだ。その次はアリスだ。次に候補生のガキ共。クリスもアーニーも次々に葬ってやる。……フライとセシル同様、このワシの手でな》

「……!!」

 ロックは全身に力を入れ、ガッ! と、顔を上げた。

 ――そんなことは……!!

「そんなことはさせねぇ!!」

《死ね!!》

 ロックが身を乗り出した時、目の前の銃口が光り、その瞬間、ロックは手にしていた剣で素早く銃口を切り裂いた。ドオォォン!! と、グランドアレスの銃が暴発し、《ロックー!!》と、タグーとアリスの悲痛な声が同時に響いた。

 黒い煙がモウモウと上がり、風に乗ってそれが消え去ると、そこには、破壊されてしまった銃を投げ捨てたグランドアレスの姿と、そしてロックは……

「……。……見えねぇ……」

 ロックは呟くように言った。

「……。何も……見えねぇ……」

 彼が座り込むコクピット内。今までホログラフで一杯だったこの区域が、真っ暗になってしまった――。



 ロックの言葉を聞いていたタグーは目を見開き、交信機のマイクへと身を乗り出した。

「誰かロックを助けて!! 外部カメラが壊れたんだ!! ロックには何も見えてない!!」

 タグーの焦るような声にアリスは大きく目を見開いて、愕然とした表情で「……っ!」と息を飲んだ。



《ケッ……。壊れちまったか? だろうなぁ。顔面まともに暴発喰らえば壊れちまうよなぁ》

 ダグラスの低い、愉快さの混じった声が暗いコクピット内に響く。

《顔面貫きを免れても、コレじゃあなぁ……。――ロック。絶体絶命ってヤツだ》

 ロックは無表情でゆっくりと視線を落とした。

 今まで身体を伝っていた光の網もない。そして握っていたはずのホログラフの剣も、感覚すらあるモノの、もう自分の目には見えない。

 ……何も――。

 ロックの動きに合わせて、機体も力無く項垂れた。

 ――周囲では、ロックの危険を察してグランドアレスに立ち向かおうと味方が迫ってくるが、その手前で敵機によって邪魔をされ、近付くことすらできない。

 カールも、《ロックさん!!》と必死な声を上げ、助けに向かおうとするが、アラニスが立ち塞がって進めないでいる。

《ロック、……これで最期だ。もう安らかに眠れ》

 ロックはピクッと顔を上げた。

 ……“もう”?

 グランドアレスは、身動き一つしないロックに向かって鉄斧アイアンアックスを振り上げた。

〈――大丈夫。……力になるよ〉

 耳元で囁くような声に、ロックは顔を上げた。

 アリ……ス……?

 突然、真っ暗だったコクピット内に微かな光が浮かび上がった。モニター映像のような、何かの残像のような……。

「……!!」

 そこに映ったのは、鉄斧アイアンアックスを振り下ろしてくるグランドアレスの姿だ。ロックが驚きすぐさま後ろへと飛び退くと、グランドアレスの鉄斧アイアンアックスが激しく地面を叩き付けた。

 仁王立ちしたロックは目を見開いた。彼の目の前にボンヤリとだが、確かに外部の情景を映し出すような映像が……!

《ロック!! キミの右手にはまだ剣が握られているんだ!!》

 タグーの声が響いた。

《諦めるな!! 僕とアリスがいる!! アリスが見ているモノをキミに送る!! 僕はキミに操縦の指示を出す!!》

「……、タグー……」

《諦めるな!! 僕たちが付いてるんだ!!》

 ロックは自分の右手を挙げた。

 見えない剣は確かに握られている。そして、見えない力が今、自分の傍にある――。

《……ケッ。……どこまで保つやらな……》

 ダグラスの嫌みったらしい言葉にロックは顔を上げ、背筋を伸ばして剣を構えるような体制を取った。――ロック機は、剣を構えた。

「……どこまでも保ってやる。……お前を叩き潰すまで」

《……へへっ》

 ダグラスが笑った。そして――

《行くぞ!!》

 グランドアレスが鉄斧アイアンアックスを振りかざしてくる。

 ロックはボンヤリとした映像の中、鉄斧アイアンアックスを構え向かってくるグランドアレスに剣を振りかざし、斬り掛かった。

 ガキイィィーン……!! と、互いの刃先がクロスされ、押し合う。

《ロック! 飛んで!!》

 タグーの言葉と同時にロックは足下のスイッチを押した。映像が途切れ、ロックは辺りを見回す。

《左腰に手を!! 掴むんだ!!》

 何を掴むのかわからないが、とにかく言われた通り左腰に手をやり、何かを掴もうとした。指先に何かが触れ、それを掴み取った。

《掴めた!》

 タグーの言葉と同時に映像が浮かぶ。今度は、地上にいるグランドアレスと上空にいるロック機の映像。アリスが客観的に目で捉えているものらしい。

《キミの左手にはショートライフルが握られている! 引き金を引けばいい!! きっと上手く行く!! 剣を使う時は銃を元の位置へ! 左腰に当てるようにすれば機体の格納メモリが働いて自動収納される!!》

 ロックは頷き、こちらへ向かって飛び出そうとしてきたグランドアレスに向かって、左手を向けた。

 ……この先には銃が……!

 ロックは向かってくるグランドアレスに真っ直ぐ左腕を伸ばし、そして人差し指をトリガーを引くように曲げた。機体が少し揺れると同時に、映像に映ったのは、グランドアレスの真横を通り過ぎた光線。

 ……はずしたか……!

《そんなモノが当たると思ってるのか!?》

 言うなり鉄斧アイアンアックスを振りかざし、ロックは素早く横に避けた。衝撃波が轟音を引き連れてかすめていく。

 ロックは映像を頼りに攻撃を仕掛けるべく、剣を振りかざし、グランドアレスの脳天目掛けて急降下した。だが、グランドアレスはロック機が迫ってくると同時に背部の連動小型弾道ミサイルの顔を向けた。

《ロック!! ミサイルだ!!》

 ロックは舌を打って急降下を止めようとするが、勢いのついた身体はなかなか止まらない。

 ドン!! と、ミサイルが発射され、方々に散りながらも向かってきた。

 ……くそ!!

 喰らうことを覚悟して、グッ……と宙に停滞したまま身体に力を入れた、その時、彼の目の前でグランドアレスから発射されたミサイルの数々が大破した。

 ロックが「……え!?」と辺りを見回すと、映像が変わった。

「……インペンド!!」

 インペンドが、ロック機の様子を見かねて後方支援するようだ。

《こちらインペンドナンバー26。パイロット、聞こえますか?》

「聞こえます! 助かりました!」

《あんたね? アリスの仲間の……ロック、だっけ?》

 聞き覚えのある声に、ロックは目を見開いた。

「……アリスの先輩!?」

《あんたをここで死なせるわけにはいかないから、助けてあげるわよ》

 メリッサはため息混じりに言う。

 インペンドが横に並び、ロックは「ありがとうございます!」と笑顔で感謝した。

《……どれだけ加勢に出てこようが……ワシには関係のない話だ》

 ダグラスの落ち着いた声に、ロックは映像に映されたグランドアレスを見つめた。

 グランドアレスは地面に着陸して、彼らを見上げている――。

《全部を破壊してやる。……全部を、な》

 言うなり、グランドアレスは突然どこかに向かった。

 ロックは映像でグランドアレスの行き先を窺い、目を大きく見開いた。

 ……ケイティ……!!



「グランドアレス、接近!!」

 オペレーターの声に、クリスは焦るように椅子から立ち上がった。

「シールド強化率を上げろ!! 急げ!! ……グランドアレスに攻撃を許すな!!」

 オペレーターたちが一斉に出撃中のクルーたちを呼び集める。

 タグーの額から汗が流れ落ち、すぐにロックとの交信マイクに向かった。

「ロック……!! グランドアレスがこっちにやってくる!!」

《タグー!! アリス……!!》

 ロックの焦るような声がスピーカーから漏れた。

 ――グランドアレスが全ての武器を使えば攻撃力は艦一隻分。つまり、ケイティを潰す力を充分に備えているのだ。

 外部モニターを見ながら状況を送っていたアリスは大きく息を吸い込んだ。

 ……嫌な予感が……――



「くそ!!」

 ロックはすぐにグランドアレスを追った。

 ……あいつに攻撃されたら――!!

『次々に葬ってやる。……このワシの手でな』

 ダグラスの言葉を思い出し、ロックは全速力でグランドアレスを追い掛けた。

 周囲のインペンドも敵機の相手をしながらグランドアレスの道を塞ごうとするが、そんな彼らを、グランドアレスは容赦なく鉄斧アイアンアックスで斬り裂き倒す。

「ダグラスー!!」

 ロックは必死に追い掛けながら名前を叫んだ。

 ……やめろ!! ……やめるんだ!! そう声に出したくても、それができない。

 グランドアレスは更にケイティに接近し、それと同時に連動小型弾道ミサイルの放射口をケイティに向け、鉄斧アイアンアックスを投げ捨てるとバスターレーザーを取り出した。

 それを映像で見ていたロックは大きく目を見開いた。

「ダグラス!! やめろオォーっ!!」

 ドン!! ドドン!!

 グランドアレスの連動小型弾道ミサイルが玉切れを起こすまで発射され、ケイティに向かう。周りのインペンドや敵機を巻き込みながら、それは方々無数に広がり、ケイティに襲い掛かった。

 大勢の悲鳴が、ロックのコクピット内に広がった。

「やめろオォォーッ!!」

 グランドアレスはバスターレーザーをケイティに向けた。ブォン……と、放撃口にエネルギーが集まり、そして――ズドォォー……ン!!

 グランドアレスを後退させる程の威力でエネルギー砲が放たれた。

 激しい爆音と爆風、そして閃光が辺りを包み込み、周囲で繰り広げられていた戦闘はその勢いに飲まれ、巻き添えを食らった。爆風で吹き飛ばされる機体たち、それにつられて白い煙や黒い煙、残骸や木々の欠片も遠く運ばれる。ロック機も同じように背後に飛ばされたが、爆風も止み掛けて、やっと地面へ足を着けた。

 ロックは焦って体制を整えると真っ暗になっているコクピット内を見回し、息を止めた。

《……ククッ……。クククッ……》

 ダグラスの含み笑いが聞こえる――。

《ロック、聞こえるか? よぉ、……聞こえているか?》

「……」

《お前には何が見える? ……何か見えてるか?》

「……」

《何も見えねぇよなぁ。……そりゃ当たり前だ。……どうしてか知りたいか? 教えてやろうか?》

「……」

《……フッ。……ヒヨッ子。ロック。お前には何も護れなかった。そういうこった》

 ロックの唇が震え、手が震え、足が震える。

《ロック!! 聞こえてる!? 返事をして!!》

 突然、メリッサの声が――。

《ロック!!》

《……ロック。お前は一人だな。昔と同じだ。一人だ。もう誰もお前の相手なんざしちゃくれねぇ。……ヒヨッ子ロック。お前はそうやって泣き叫いてろ。お前にゃお似合いだぜ。メソメソしてわんわん泣いてりゃいい。なんならノアの仲間に入れてやろうか? かわいがってやるぜ? クククっ……》

《ロック!! 聞こえてるの!?》

 ダグラスとメリッサの声が重なり聞こえる。

 ロックは項垂れるように背中を丸めて俯き、グッ……と拳を握り締めた。

 ――……タグーが……アリスが……みんなが……!!

「……うっ……あぁぁぁー!!」

 ロックは顔を上げると、叫ぶように大声を出して突進した。どこに向かっているかわからない。真っ暗な視界、ただ、それでも死に物狂いで走った。――何かにぶつかるまで。

《ククッ。狂ったか? ……それでいい。怒り狂え。……そして……絶対に振り返るなよ》

 ダグラスの優しい声――。その声に気が付いた時、ドスンッ! と、何かにぶつかって、ロックは目を見開いて息を止めた。

《ダグラス!!》

 メリッサと、その同乗者たちの声が響き、立ち止まったロックはワケがわからず、硬直したまま目を泳がし、狼狽えた。

《へっ……。情けねぇったらありゃしねぇぜ……。くそ……》

 息切れを起こしているダグラスの声に、ロックの心臓が激しく叩いていた。……脳裏に、“まさか”のことが浮かび上がっていた。

 ――いったい……、いったい“何”にぶつかったんだ……?

《あー……ロック。……聞こえるか? ヒヨッ子……》

「……。……ダ……」

《……人間ってのはなぁ……くだらねぇんだよ。ロック……、くだらねぇんだ……。だからよぉ……羨ましがるンじゃぁねぇぞ。お前にゃ……お前のいいトコがある。……タグーもアリスも……へっ……フライの奴らも知ってる……》

「……ダ……ダグラス……?」

《……ワシはぁ……教官失格だ……。だろ? ……お前に、試験の合格証書……渡してやれねぇんだから……な。……ワシゃ……失格だ……》

「み、見えねぇよっ。ダグラスっ……! 何も見えねぇんだよっ……!!」

 スピーカーから聞こえてくるダグラスの息苦しそうな声に、ロックは焦るように真っ暗なコクピットを見回した。だが、見回しても見回しても、彼の周りは真っ暗なだけ――。何も見えず、不安が一気に押し寄せて、目には零れ落ちそうなくらい涙が溜まってきた。

「ダグラス……!!」

《……大丈夫だ、ロック……。……じきに……見えてくる……。……見えてくるさ……》

「……駄目だ!! 見えねぇ!! 見えねぇよ!!」

 ロックは額を押さえて大きく首を横に振った。何がなんだかわからない。この状況が飲み込めない。頭の中が混乱して、パニック状態だ。困惑と、そして……恐怖――。

「助けてくれよ!! 助けてくれダグラス!!」

 ロックは、唇を、声を震わせながら叫んだ。

《……甘ったれンな……。クソガキが……》

「……!!」

《……ロック……。お前はぁ……人間じゃない……》

 ロックの動きが止まった。バクン! と、心臓が大きく波打った――。

《……お前は……造られたんだ……。……人間じゃぁ……なぃ……》

 ――ダグラスの言葉が途切れ、ロックはボー然と立ち尽くした。

 ……人間じゃ……ない? ……って? ……なんだ……?

 しばらくして彼は足下を探り、一際大きなスイッチを踏んだ。どこからかヒュウーン……という、何かが消えるような音が聞こえる。

 不意に身体が軽くなり、ゆっくりとした足取りで、手探りでコクピットのハッチに向かった。そしてハッチの開閉スイッチを押すと、軋むような音を出してそれは開き、同時に突風と砂埃をコクピット内に入れた。

 ロックは砂埃に目を細めながら、ハッチの外に身を乗り出し、辺りを見回した。

 ――荒れ果てた大地、被弾した機体が辺り一面に転がり、煙や炎を上げている。遠い上空ではまだ戦いが続いているのだろう、小型機のジェットエンジン音がうるさいくらいに響いて、大気を震わせている。

「……」

 ロックは、一点を見つめた。ロック機の右手に持っていた剣がグランドアレスのコクピット付近に突き刺さっている――。

 おかしな光景だ。ロック機の剣は全然別の方向を向いているのに、まるでグランドアレスがわざと剣に飛び込んだような……。

 ロックの唇が震え、顔が歪み、その目から涙が零れ落ちた。

 ……嘘だ……――。

《……ザザ……。……ザ……。……ック……。……ロッ……聞こえ……。ロッ……っ……》

 微かにタグーの声が聞こえてくる。コクピット内のスピーカーから、微かだが耳に入ってくる。

《ロックっ。……聞こえるっ? ロック……!? 敵機が引いて行くみたいだよ! ……周りが砂煙でよく見えないンだ! いったいどうなってしまったの!? ねぇロック! グランドアレスは!? 無事なの!? ねぇロック!! 返事をしてよ!!》

 ロックはガクンッ、と、力無くハッチに跪いた。

 背中を丸めて震える両手を見つめ、グッと握り拳を作ると、顔を斜め下に背けてギュッ!! と目を閉じ、息を止めて歯を食い縛った。

《ロック!? ロック!!》

 タグーの心配そうな声が響いている。

 ロックは力を抜くように大きく息を吐くと、目を開けて灰色の空を仰いだ。

『口だけだろ、ヒヨっこ』

 憎まれ口ばかりを叩いていたダグラスの顔が、不意に頭を過ぎった――。

 ドッと涙が溢れ、目尻から伝い零れ落ちると同時に……

「……うっ……ああぁぁぁぁーー!!」

 ……ロックの叫びは風に飲まれて消えた。

 しかし、ケイティには届いていた――。

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