01 問題児三人組
「……よし、これでOKだな」
一段落したことを確認してから「ふう」と肩の荷を下ろし、うっすらと額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
他の誰もいない、開発研究室――。本当は使用許可が必要なのだが、そのことを思い出す前に“夢”に向かって猛進していた。
彼の名前は、タグー・ライト。15歳。エンジニア部のトップクラス・Aに所属しているクルー候補生だ。
タグーは、腰にぶら下げている工具袋に角々の磨り減ったスパナを押し込むと、完成したばかりの、高さ150センチ程の手作り感漂う不細工なロボットをじっくりと見つめて頬を弛ませた。
「上出来だーっ。お前は……タグラット。僕の名前の一部をあげるよ!」
意気揚々と、タグラットから距離を空けた場所に小型電圧機を運び出し、使用準備をしながら横目でチラチラと窺った。
「今までちょーっと失敗が続いたけど。でも、お前は自信作なんだから。……お願いだから動いてよ?」
年齢よりも幼く見えるその容姿――。不安げな口調に反して、表情は力強く、自信に満ちている。
タグーは、小型電圧機の左右から出ている青色と赤色の太いコードを引っ張り、先についたハサミでタグラットの胸部から突き出ている二本の太いボルトを挟むと、外れないことを数回確認し、タグラットから離れて電圧機の側に腰を下ろして手を“ON.OFF”と上下に書かれたスイッチの上に置いた。
「また失敗したら……今度こそ強制送還、かな」
祈るような視線をタグラットに注ぐと、数回深呼吸をして、心の中で「……行くぞ」と小さく呟いた。
「――今」
ピク、と、何かに気付いて背後を振り返った、彼女はアリス・バートン。17歳。ライフリンク部のトップクラス・Aに所属するクルー候補生だ。
振り返ったままで微動だにしないアリスの対面、首を傾げているのは、ロック・フェイウィン。19歳。アリス同様候補生で、パイロット部のトップクラス・Aに所属している。
二人は、ここ、天井からの明かりが隅々まで行き届かない薄暗い機材倉庫から“何か”をこっそり運び出している最中だ。
「今、変な音が聞こえなかった?」
肩まで掛かる髪の毛を軽く掻き上げ、右耳を触りながら問い掛けると、ロックは口を閉じて耳を澄まし、確認してから肩をすくめた。
「気のせいだろ」
「そう?」
「ンそれより早く終わらせようぜ。ダグラスに見つかるとうるせェから」
我関せずを気取って、二人の間にある、数種類の機材の入った箱を軽く蹴る。アリスは頷いて腰を曲げたが、ふと、さっきまでいた気配のことを思い出し、眉間にしわを寄せて背を伸ばした。
「そういえばタグーは?」
「あいつ? んー、さっき嬉しそうな顔して、どっ、か……」
数十分前の記憶を遡り、思い出す映像をそのまま声にしていたロックは、次第に言葉尻を濁し、解せない表情でパチパチと瞬きをした。
「嬉しそうな顔?」と、二人はそれが意味する所を考えていたが、同じ何かが脳裏を過ぎったのだろう。「……まさか」と、焦りの色を浮かべつつ、お互いの出方を窺った。「そんなことはない。あるわけない」と、笑い飛ばされるのを待ったが、どう考えてもそこまで楽観視はできない。なにしろ、“相手”は艦内でも有名な“破壊魔”だ。
「こんなときにやめてくれーっ!」と言わんばかりに、荷物をそのままにダッ! と走って倉庫を出ると、長い通路を抜け、角を曲がり、そして、騒々しさに気付いて急ブレーキを掛け足を止めた。
「ひでェ! なんだよこりゃあ!」
「おい! 誰かエンジニアを呼んでくれ!!」
“開発研究室・第一室”とプレートに書かれた部屋の前、開け放たれたドアから灰色の煙がモワモワと天井を覆い、そこから漏れてきているのだろう、油臭いような、鉄臭いような奇妙な匂いが鼻を突く。異常に気付いてやってきたクルーたちが、それらを叩き薄めようと腕を振り、ゲホゲホ咳き込みながら口々に叫いている姿に、曲がり角からこっそりと覗いていたロックとアリスは内心ハラハラした。しかし、このまま傍観しているわけにもいかない。意を決して近付こうとした、が――
「誰かいるのか!? ……出てこンかコラ!!」
太い声で怒鳴る男性の存在に気付いた二人は、咄嗟に人混みに紛れて、できる限り身を潜めた。
「……嫌な予感がするわ」
「……。ああ」
周囲を窺いつつ、チラ、と、ドアの開いた部屋の奥へと目を向けた二人だが、次の瞬間、ガックリと肩を落とした。
「またお前か、タグー!!」
全身炭を被ったように真っ黒になったタグーが情けない顔をしてゆっくりと姿を現した。所々服が破けて額にすり傷もあるが、目立った怪我はなさそうだ。オドオドと上目遣いにみんなを見回す姿は、まるで、巣穴から出てきたばかりの小動物のよう。
集まっていたクルーたちは、「いつものヤツか……」と、ドッと疲れた表情でため息を吐いた。
タグーは、腕組みの仁王立ちでいる男の前に蹌踉けながら進んだ。彼はパイロットAクラスを受け持つ中年大男、鬼教官のダグラス・ウォールだ。
「あの……その……」
恐る恐る見上げると、ダグラスは顔を真っ赤にして睨み下ろした。
「――で? 今度は何を破壊した?」
「……。……です」
「聞こえない」
「……Aです」
「聞こえない!!」
「実戦対応小型兵器タイプAです!!」
勢いを付けて吐き出した告白に、一瞬、その場の気配全てが消えた。
シーンと静まり返った通路、集まっていたクルーたちは「ヤバイ。これはヤバイぞっ」と、固唾を飲んでダグラスをチラリと見たが、当の彼は相当ショックだったのだろう。頬を引きつらせ、「なっ……なんっ……」と、言葉にならない声を発しているだけ。その様子に焦ったタグーは、条件反射でギュッと目を閉じて首をすくめた。
「すっ、すみません!! 勝手にいじちゃって!!」
「あ、あれは……公式発表前の……」
「すっ……、すみませーんっ!!」
全身を強張らせ、泣き声に近い声で謝るが、ダグラスはしばらくの間ボー然とし、半ば呆れたように力無く肩を落としてからじっとりと見下ろした。――怒りの色はない。むしろ冷静で、口元には薄ら笑いも見える。色黒で体格のいいこの大男がこんな表情をしている時が一番不気味だ、ということは、クルーなら誰もが知っていることだ。もちろん、タグーも例外ではない。
「……タグー?」
「はっ……っ……」
目を見開いてビシッと背筋を伸ばすが、ダグラスの巨体と、胸の前で組んだ太い腕が視界を圧迫し、息が詰まってまともな返事もできなかった。
「どうしてタイプAを持ち出した? ん?」
「……っ、そ、それはっ……その……」
指をモジモジと絡ませ、口籠もるタグーに、ダグラスはニッコリと目尻を下げた。「怒らないから正直に言え」と脅すようなその笑みに、タグーは気を失いそうな位の恐怖を感じて軽い目眩にフラついた。
「教官っ」
関わり合いたくないのは山々だが、黙って見過ごすわけにもいかず、クルーたちを掻き分けるように出てきたアリスは、血の気を無くしているタグーの傍に立った。
「元々、タイプAはタグー候補生が自作したものでっ、彼はただっ」
「アリス・バートン、お前には訊いてない」
「タグーは最後まで手掛けたかっただけだろ」
「それなら俺が」と言わんばかりにロックが出てくると、ダグラスは方眉を上げ、睨むように見下した。
「お前にも訊いとらん。黙っとれ」
無愛想に突き放されてロックはムッと口をへの字に曲げたが、これ以上何を言っても聞いてもらえないというのは直々に指導してもらっている彼にはよくわかっていることだ。
ダグラスは、再びタグーに目を向けた。タグーは飼い主に怒られている子犬のように上目遣いで見上げている。モゴモゴと口を動かすが、何らかの言葉が漏れることはない。そんな様子に、ダグラスは大きなため息を吐いた。
「タイプAはみんなが注目していた代物だった。アレが無事完成して実績を上げることができていたら、お前だってその才能を認められるチャンスだったんだぞ?」
タグーは寂しげに目を細めた。泣き出すことはないが、それに近い状態なのだろう。
ダグラスは、太い腕を逆に組み直して再びため息を吐いた。
「フライは、また、仕方がないと笑って済ませるだろうな。しかし……、しかしだ。お前はどうしていつも自分の発明を破壊するんだ?」
「ちょっと待てよ!」
性格上堪えられないのか、眉をつり上げたロックが一歩、庇うように前に出て腕を広げた。
「こいつは開発部のバカ共のために作ってるわけじゃないだろっ。作りたいものを作ってるだけなのに、あの無能連中が勝手に持って行って勝手に作り替えて!」
「お前は黙っとれというのが聞こえんのか?」
今からいつもの取っ組み合いが始まる、そんな空気に、アリスも、そして集まっていたクルーたちも呆れ気味に肩の力を抜くが、
「……すみませんでした」
小さく、ポツリと呟くような声にみんながタグーへと注目した。
「……どんな処分も受けます。……すみませんでした……」
反省を通り越してすっかり気落ちしているようだ。他の候補生より見た目が幼いせいもあり、シュン、と俯いていると、見ていてどこか心苦しい。ダグラスも怒る気力を無くし、深く息を吐いて彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
「落ち込む暇があるなら、明日の試験に合格できるよう、対策を練ろ。処分どうのこうのは、その後で決めればいい」
タグーは顔を上げずに「はい……」と答えただけ。ダグラスはそれ以上問い詰めることはなく、一息吐いて気を取り直すと、「……さて」と、改めてロックとアリスを睨み付けた。
「お前ら、どこに行ってた?」
言葉の出だしに二人の顔色が変わり、それを鋭く察知したダグラスはニヤリと笑った。
「さっき情報が入ってな。お前ら、機材倉庫に入ってたって? あそこはエンジニア以外立入禁止のはずだぞ?」
「いや、そのぉー……。明日操縦するインペンドの部品が一部壊れて、て……」
「そ、そうっ、直そうと思ったんですよーっ。試験に間に合わせなくちゃ、ってぇ」
しどろもどろに説明するロックに合わせてアリスもかわいらしく猫なで声で続くが、そんなあがきがダグラスに通用するはずはない。
「機材倉庫にあるのは特殊重装備品ばかりのはずだがな? さて、お前らの担当するインペンドに何が必要なんだ?」
「バレてる!」と、表情で露わにしてしまったら、もう手遅れ。
息を詰まらせ反論する言葉も出ない二人に、ダグラスは不気味な笑顔で息を吸い込み、拳をブォンッと振り上げた。
「こ……ンのガキ共がぁ!! お前らは試験をなんだと思ってるんだ!!」
ゴツンッゴツンッ!
「……誰よ? 上手く行くって言ったのは?」
「その話に乗ったのは誰だよ?」
真っ黒になった開発研究室・第一室にて、ロックとアリス、そしてタグーの三人が罰として手掃除を任された。
――ダグラスのゲンコツは尾を引く。
アリスはジンジンと痛む頭の天辺を庇うことなく、不愉快げな表情で運んできたバケツから雑巾を搾り取った。
「これで合格できなかったら、あんたたちのせいだからね」
「人のせいにすんなって」
ロックは“欠片”を集めながら床拭きをするアリスを睨み付けた。彼には普段から喰らっているゲンコツは効かないようだ。
「大体、試験なんてバカにしてるぜ。俺たちを誰だと思ってンだ。クラスのトップだぞ?」
「みんなから問題児三人組って言われてるの、知らないの?」
訝しげに眉を寄せた後、床拭きの手を止めないまま鼻からため息を吐いた。
「あたしをあんたたちと一緒にしないで欲しいわよね」
「ハッ、よく言うぜ。パワー掛け過ぎて回路をショートさせるヤツが」
鼻に掛けて見下すように顎を上げると、アリスが手を止めてギロッと睨んできた。そんな彼女に臆することなく、ロックは腰に手を置いて、諭すように方眉を上げた。
「お前みたいなヤツと組めるのは、バカでけぇパワーを制御できる腕のいいパイロットと、お前のパワーにショートしないモノを作る腕のいいエンジニアなんだよ。わかったか、おじょーちゃん? 俺たちに感謝しろよ、組んでやってんだからな」
威張りきった態度にアリスは頬を膨らませた。反論したいところだが、彼の言っていることは間違いではない。そこは素直に認めざるを得ない。しかし、それでは怒りの炎を収めることはできず、ゴシッ、ゴシッ、と床を矛先にし出した。その様子に、ロックは「……プッ」と、小さく吹き出して笑う。
その間、タグーは二人に関わることなく壊れた機材を拾い集めていたが、ふと、その手を止めた。
視線の先に、大きなボルトが転がっている――。
タグーは煤汚れたボルトを拾うと、じっと見つめ、制服の裾で綺麗に磨き出した。
「何してたんだ、お前?」
そんな姿を視界の隅で見つけたロックが、黒くなっている壁にもたれて訝しげに腕を組んだ。アリスも、床拭きする手を止めると、話を聞こうと埃だらけのそこにちょこんと座った。
「……倉庫でさ、見つけたんだ。知能回路とか、言語解読音声機とか」
二人の真っ直ぐな視線を感じながら、タグーは綺麗になったボルトを見て嬉しそうに笑った。
「アレを組んだら、“コイツ”は僕の言葉を理解して、人間のように生きることができたんだ。普通に生活するロボットだよ、すごいでしょ? ……失敗しちゃったけど」
タグーはボルトに視線を注いだまま楽しそうに話しを続けていたが、最後の言葉を言い終えると同時に「へへへっ」と寂しげに笑い、すでに綺麗になっているボルトをまた磨き出した。
「けど、ヒューマノイドは製造規制掛かってるだろ。産業用以外は人間に似せて造るのは違法だって。バレたらヤバくねえか?」
首を傾げて問うロックに何も答えることなく、タグーは、じっとボルトを見つめた。
肩にのし掛かるような重い空気を感じたアリスは、小さく息を吐き、再び床拭きを始めようと雑巾をそこに密着させた。
「あんたならできるよ。そこの誰かさんと違ってゴチャゴチャ自分を作らないしね」
「うるせーよ」
ロックは無視するアリスを睨み、再びタグーに目を戻した。
「ちゃんと集めとけよ」
タグーが「……え?」と顔を上げると、ロックは顎をしゃくって見せた。
「使えそうな部品、後でこっそり集めなくていいように、今のうちに片っ端から集めとけ」
タグーはキョトンとしていたが、嬉しそうに頷き、宝探しをする子どものように散らばっている部品を品定めし出す。その姿に、ロックはため息を吐きながらも苦笑した。
「ねえ、早く終わらせなくていいの? 明日は大事な試験でしょ?」
呆れるようなアリスの視線に、ロックとタグーは「あ、そうか……」と思い出し、慌てて掃除を再開した。
――試験。そう、明日は一人前のクルーになるための大事な試験があるのだ。
遅くなったが、彼らの状況を語ろうか。
ここは、地球を見下ろすことのできる広大なる暗闇の世界・宇宙空間に滞在するフライ艦隊群内の一つ、候補生実習訓練艦・デルガ。この他にも、数種類の戦艦や生活住居ステーション、そして、母艦となる大型宇宙戦艦・ケイティが存在する。
宇宙戦争は滅多に起こるものではないが、この数ヶ月、戦略戦争が続発。地球では「宇宙に平和を! 宇宙に愛を!」と人々が叫んでいるが、実際そんなに甘いものではない。彼らが所属するこの艦隊群も、時折、戦渦に巻き込まれるため、戦闘員となるクルーの育成に気を抜けずにいるのが現状なのだ。
しかし、この艦隊は他艦とは違った。自ら争いの引き金となることを決してしない、指揮する男の意志の強さと、そして、優しき心が人を呼び集めている。
この艦隊群を指揮しているのは、若き総督、フライス・クエイド。31歳。彼を「キャプテン」とは呼ばず、皆が親しみと忠誠を込めて「フライ」と呼ぶ。
争いを好まず、穏和な空間を大事にするフライスを支持して、出航から5年で艦隊も数を増やした。戦力のある他艦からは「チキン艦隊群」と嘲り笑われてはいるが、噂を聞いて集まった少年少女たちは、フライスと出会うと一目で憧れ、そして、彼の力になりたいと、日々、一人前のクルーになるべく候補生として学業に専念しているのだ。
戦闘機やゲストシップ、運送機の操縦を任命される、パイロット。
極一部の人間に備わっている特殊精神能力で機体の生命を操る、ライフリンク。
艦隊の開発やメンテナンスを施す、エンジニア。
艦の情報、指示を伝達する、オペレーター。
四種から一つの道を決めて教育を受け、そして最終試験に挑むのだが、ただし、ここで問題なのが、誰と組むか、だ。
オペレーターは単独試験なのだが、パイロット、ライフリンク、エンジニアは違う。最終試験では、フライ艦隊群が設計、開発した三人搭乗用特殊機動兵器・インペンドに乗らなければならないからだ。パイロットは操縦に専念し、ライフリンクは機体の生命・性能を操り、エンジニアは機体の現状を把握し、確実に伝える。それぞれなくてはならない存在だ。
インペンドは戦闘の場で主に活用されるため、一度タッグを組めば生涯のバトルチームとなる可能性もある。チームワークを乱さないためにも、人選は最重要課題だ。
その最重要課題に、各Aクラス候補生、通称“問題児三人組”は、ロックの「一緒に暴れようぜ!」の一声にガッチリと向き合ってしまった。
なぜ“問題児”なのか、語らずとも大体の予想は付いているだろう。おかげで教官たちは気が気じゃないのが現実だ。確かに、彼ら一人一人と試験を共にできそうな生徒は見当たらず、「タッグを組まれても仕方がない」とは思うのだが、試験を破壊される恐れがある。更に、機材倉庫から必要じゃない戦闘部品を持ち出そうとしていたのだからたまったもんじゃないだろう。
現にこの有様だ――。
アリスは、床拭きをしていた手を止めて大きくため息を吐いた。
「コレ、今日中に終わるの?」
「さぁなあ」
壁を磨くロックのアッケラカンとした答えに、アリスは顔をしかめた。
「さぁな、じゃなくて。明日の準備は? タグー、終わってるの?」
名指しされたタグーは、ドキッ、と心臓を高鳴らせた。試験用のインペンドを調整するのはエンジニア候補生の務め、それはわかっている。
タグーはゆっくりアリスを振り返ると、「……へへ」と、誤魔化すように笑ってみせた。それで悟ったのか、アリスは目を据わらせ、床を矛先に、塗装が剥げる程の力強さでゴシゴシッと磨き出した。
「ま、なるようになるだろ」
ロックが再びアッケラカンと言う。
「俺様がいるんだ。絶対合格だね」
「その自信はどこから出てくるのよっ」
アリスが苛立ち気味に顔を上げると、ロックは得意げに左胸、心臓の上に右手を置いた。
「自信じゃない。こいつがそう言ってンのさ」
アリスは「はぁっ?」と、不可解げに眉間にしわを寄せ、鼻で笑い飛ばした。
「ハッ、何クサいこと言ってンの? バッカみたい」
「お前、腐ってもライフリンクだろ?」
アリスはムカッと眉をつり上げるが、ロックはニヤけた笑顔でウインクを一つした。
「俺の胸に手を当ててみればきっとわかるぜ。その代わり、ホレるなよ?」
根拠のない態度に、アリスは真っ黒に汚れた雑巾をロックの顔面目掛けて投げつけた。
――試験当日。軍艦ケイティ内の戦闘機格納庫。
人間の何倍もある機動兵器・インペンドが五台並ぶその足下に、教官数名と、試験生五組が窮屈な戦闘服に着替え、組んだチームごとに整列している。
毎月行われる試験の日は一大イベントだ。そのため、一般人やクルー、教官や候補生たちが、「まだか、まだか」と、様々な場所で見学をしている。
「敬礼!」
ダグラスの大きな掛け声で、みんなが一斉に背筋を伸ばして敬礼した。彼らの視線を集めながら、艦隊群総督のフライスは教官たちの中央位置に立ち、にこやかな顔で試験生たちを見渡した。
「楽にしてくれ」
彼の優しい口調で試験生たちは敬礼をやめるが、それでも背筋を伸ばしたまま、見つめる目は動かない。
フライスはいつも通り、気のいい兄貴のような笑みを浮かべて一人一人を窺った。
「準備は万端か? わたしが見る限り、緊張している者はいないようだが……。気をつけた方がいいぞ、今日の試験官は凶暴だからな」
そう言うと、自分の隣で胸を張り、鋭い目で試験生たちを睨み付けているダグラスを横目でチラリ。その視線に気が付いたダグラスは口元に不敵な笑みを浮かべた。
フライスは肩をすくめながら苦笑して、ダグラスのそんな態度にも顔色を変えない試験生たちに向かってゆっくりと口を開いた。
「――今日、この最終試験に合格したら、君たちは正式なクルーとして認められる。そして、それは新たな試練の始まりになるだろう。無邪気に笑っていられるような時間はないに等しい。慌ただしい日々に追われて、疲れを癒す暇すらないかもしれない。しかし……」
言葉を止めたフライスは、穏やかな表情で試験生たちを見回した。
「この先には必ず何かが待っている。それはきっと、絶望するものじゃない。互いの肩を抱き合い、そして笑顔で喜び合えるような、そんな未来だ。それを信じてくれ。わたしは君たちを見捨てない」
安堵感、とでも言うのだろうか。最終試験という局面に立たされている生徒たちの間に、信頼を寄せる男に対しての優しい気持ちが広がった。
フライスは小さく息を吐いて総督の顔を向けると、お手本となる敬礼で締め括った。
「健闘を祈る!」
大きな声が響き渡り、同時にみんなが一斉に敬礼した。
フライスは敬礼をやめて笑顔を残すと、「頼んだよ」と、ダグラスに一言告げて、上官たちを引き連れ、その場から姿を消した。
背中を見送ったダグラスは、「直れ!」と、試験生たちの敬礼を解除し、他の教官たちより一歩前に出て仁王立ちした。
「今日、お前たちの試験を担当するのはパイロット教官のワシ、ダグラス。ライフリンク教官のセシル、エンジニア教官のザックだ」
ダグラスに紹介された各教官が彼の横に歩み寄った。
「一組ずつ、宇宙空間で実戦を交える。試験は地球時間30分間。……わかっていると思うが、これはただの試験じゃないからな。ワシらは手加減なくお前らを叩く。そのつもりで容赦なく掛かってこい」
話をしている最中、ずっと口元に不気味な笑みを浮かべ、試験生一人一人を睨み付けている。
――言ったことはやり遂げる。ダグラスが「叩く」と言えば、試験生たちは間違いなく“叩かれる”ことだろう。彼らの表情に、やっと緊張の色が浮かび出した。
「今から十分後に試験を開始する。それまでに各自インペンドに搭乗、待機。名前を呼ばれたらエンジン始動、ハッチまで速やかに移動し、オペレーターの指示に従うこと。いいな?」
試験生たちが同じタイミングで「はい!」と返答をして背筋を伸ばした。
「以上! では、配置に付け!」
ダグラスの言葉が終わると同時に、試験生たちはそれぞれが整備したインペンドに搭乗するため、駆け出した。
「フライって、かっこいいわよね……」
自分たちのインペンドに駆け足で向かいながら、アリスが甘ったるい息を吐いた。
「恋人になりたいなあ」
「無理無理。フライがお前みたいなガキを相手にすると思うか?」
前を走っていたロックが顔だけ振り返り、意地悪っぽく笑うと、アリスは唇を尖らし、「イーッ!」と歯を剥き出しにして見せた。
ロックは「ケケっ」と笑うと、アリスの背後から付いてくるタグーに目を向けた。
「よぉ。インペンドの準備は万全だろうな?」
「うん。……たぶん」
自信なさげな返答に、呆れ顔で大きくため息を吐くアリスとは違って、ロックは相変わらずの笑顔で肩をすくめた。
「まっ、なるようになるかっ!」
アリスは肩の力をドッと抜いて再びため息を吐き、タグーは二人の様子を交互に見て、「へへへっ」と、愉快げに笑った。
三人は自分たちが搭乗するインペンドに辿り着くと、胸部のコクピットへと続く足掛けの三つ付いたワイヤーロープに掴まった。タグーが確認後、ワイヤーから出ている赤いスイッチを押すと、上部でワイヤーが巻かれコクピットまで上昇し、三人は足踏み場になっている開かれたハッチ部分に足を下ろした。
インペンドのコクピット内は広く作られていて、中央部に、パイロットが座る操縦席とエンジニアが座るコントロール席、その後ろに、ライフリンクが陣取る、赤いフィルムの張られたパワーカプセルがある。ロックは操縦席のシートに置かれていたメットを面倒臭そうに被りながら、その横でチェックを始めるタグーを窺った。
「コイツの状態はどうだ?」
メットを被ったロックの、モゴモゴとした聞き取り難い問い掛けに、タグーは一時手を止めて笑い掛けた。
「調子はいいよ。最終チェックを入れた時も素直に反応してたし。後は僕たち次第かな」
「俺たち次第?」と、首を傾げるロックに、タグーは言葉を続けた。
「どの機体もそうだけど、能力以上の力を掛けてしまえば壊れちゃう、ってこと」
「壊れないようにするのがお前の役目だろ? しっかり頼むぜ。試験の時、コイツがどんな状況に置かれてるのか一番理解できるのはお前なんだからな」
ロックは、ただ苦笑して見せるタグーから後方のアリスへと顔を向けた。すでにパワーカプセルの中に入り込んでいるアリスは、吸盤型になっている無数のコードを身体の定位置に付けて、上部のモニターを顔の位置まで引っ張り下ろし、高さ調整している。その様子をじっと見ていたロックは大きなため息を吐いた。
「ライフリンクって、ホンっト、面倒臭そうだよなぁ」
アリスはロックに気が付くと、「何が?」と、首を傾げた。
「ワッケわかんねえパワーコードたくさん付けなくちゃいけないし、カプセルに閉じ込められるし。俺からしてみれば、そこは地獄だ」
ブルブルと、嫌気に襲われて首を振るロックの情けない表情に、アリスは少し笑って肩をすくめた。
「あんたみたいなヤツがいるからあたしみたいな人間もいるのよ。世の中、上手くできてるわね」
「だな。……俺、ライフリンクに生まれなくてよかった」
「あたしはあんたみたいな人間に生まれなくてよかった」
「じゃあ、外部モニターを入れようか」
不穏な空気を変えるため、タグーがヘッドレシーバーの位置を整えながらスイッチを入れると、彼らの目の前のモニターの一つに艦内から発せられる映像が広がった。試験が行われる宇宙空間のようだ。闇の中、無数の恒星と、試験用に、万が一の事故防止光防御ネットが張られ、外周には一般のシャトルやゲストシップが観覧しようと多く集まっている。
「……すごい。……こんな所で僕たち……」
呟いたタグーの言葉は、ロックとアリスの心の声でもあった。
体験したことのない未知の世界が広がっている。実技訓練で宇宙に飛び出したことは何度とあるが、今までとは雰囲気も違う。
今になって、恐怖にも似た緊張感がそれぞれを襲った。
「……上手く行くさ」
モニターを見つめるロックの右手は、左胸に置かれている。
「ダグラスたち、くそったれ共を叩き潰してやる。……そして合格するんだ、俺たちは」
自分に言い聞かせているかのようだが、その言葉がタグーやアリスの気持ちを楽にしていた。
――そう。ここで挫けるわけにはいかない。教官たちをやっつけてやる!
【只今より、パイロット、ライフリンク、エンジニア候補生5組、計15名の実戦最終試験を行う!】
試験生たちのコクピット内スピーカーからダグラスの声が響き渡った。待機中の試験生たちのインペンドには、試験官と試験生の交信内容が総て放送される。艦内でもこの状況が放送されるため、観客たちは試験官の声が聞こえると盛大な拍手で試験生たちを迎えた。
《WARNING! WARNING! 第一内部ハッチが開きます。付近にいるクルーは、至急、待避してください》
【まずはナンバー、1。ケリー、ジェーン、リック! お前たちだ!】
【了解!】
外部で女性オペレーターの声が響き、インペンド内部スピーカーから交信内容が流れると、ロックたちが搭乗している機体の数台隣のインペンドが大きな金属音を響かせてゆっくりと動き出した。
始まった。とうとう……運命の時が!
《WARNING! WARNING! 第一内部ハッチが開きます。付近にいるクルーは、速やかに待避してください》
開いた内部ハッチの中に試験生のインペンドが入ると、背後の耐熱シャッターがスムーズに閉じていく。
《第一内部ハッチ閉鎖。エアー放出。第一外部ハッチ、オープン》
【インペンド、ナンバー1、エンジン点火!】
試験生の言葉と同時に、見ることのできない内部ハッチで轟音が響いた。
【点火確認。重力装置、作動オン!】
【モニターチェック。コントロールパネル異常なし。防御システム作動。パワーゲージアップ】
【パイロット、ケリー・スミス!】
【ライフリンク、ジェーン・バーキン!】
【エンジニア、リック・ヤン!】
【READY!】
《GO!》
オペレーターの合図でジェットエンジンが勢いよく噴射され、試験生のインペンドが出撃口から宇宙に飛び出した。その映像がモニターに映ると、観覧してる人々から一斉に拍手と歓声に湧き上がる。
一足先に宇宙に飛び出していたダグラスたち試験官は、試験生のインペンドを待ち構えていたかのように軽くジェットエンジンを噴射させながら定位置を陣取っていた。
そして試験生の彼らが現れるなり、
【よーし、準備はいいな? ……開始!】
と、間を与えることなく即攻撃に入り、次の瞬間には、体当たりされた試験生が呆気なく光防御ネットにその身体を沈めていた。
「最初くらい手加減しろよ、あのクソヤロォ」
「それじゃあ試験の意味がないでしょ」
モニター越しに不愉快げに目を細めるロックに、タグーは苦笑した。
――その後、試験生は体制を整えて突撃。さすがに最終試験に挑むだけあって彼らの戦闘力も目を見張るものがあった。ロックたちも「そこだ!」「今だ!」と、同志に声援を送っていたが、結果的にはダグラスの予告通り、“叩かれた”。
三十分後、試験を終えて格納庫に戻ってきた時には試験生のインペンドは所々破損し、しかも、エンジンを切った途端にライフリンクの生徒が力尽きて失神してしまい、待機していた医療班が手際よく運び出す結果に――。
そういった情報も全て流れてきて、待機中の試験生たちは、次は我が身か、と、恐怖を抱いた。だが、ここで精神的に折れている場合じゃない。
【よし! 次だ!!】
休む間もなく、次の試験生を呼ぶダグラスの声が響く。
試験生たちは皆、若干十代にして果敢に挑んだ。互角に戦うことのできる試験生もいた。しかし、ダグラスの戦闘力を削ぐ程の競り合いにまでは及ばなかった。
【お前たち、そんなモンで合格しようってのか!?】
たまに聞こえてくる、挑発するダグラスの声に、“訳”あって順番が最後に回されたロックはグッと歯を食い縛った。長時間待たされているということもあり、苛立ちが頂点に達する頃だ――。
「くっそーっ、あのクソオヤジ! この俺がボコボコにして泣かしてやるぞ!!」
啖呵を切るように、モニター上の試験官のインペンドを睨む、そんなロックにタグーはため息を吐き、何か一言、注意しようと口を開き掛けたが、自動通信がONになって、「……あ」と、顔を上げた。
【してやられる、の、間違いじゃねぇのか? クソガキ】
スピーカーからダグラスの声が直接届いた。ロックの言葉が聞こえていたらしい。ということは、つまり、順番が回ってきたということだ。
【いっつもいっつも。お前のその態度が気に食わねぇ】
ため息混じりの声に、ロックは「へッ」と鼻であしらった。
「うるせぇよクソオヤジ。今からお前らをネットに沈めてやるからな」
【口だけだろ、ヒヨっこ】
「なんだとっ? お前こそ口だけだろ!」
【ハイハイ。ロック様の言うとおり。ワシゃあ口だけだ】
「こンっの……バカにしやがってぇ!!」
「ロック落ち着いてっ」
シートベルトを胸にめり込ませながら身を乗り出してモニター上のインペンドに喧嘩を売る勢いに、タグーは呆れるような気持ちで口をへの字に曲げた。
「いちいち挑発に乗ってどうすンのさっ」
「っせえタグー! お前は後でコチョコチョ地獄だ!」
怒り任せにギロッと睨まれ、一瞬何のことかわからずキョトンとしたが、すぐに不愉快げに身を乗り出した。
「なんで僕がぁっ?」
「生意気なんだよ!」
「キミの方こそ生意気だろ!」
「……、てめえ!!」
「うああぁ! ご、ごめんなさいぃ!」
全ての会話が艦内放送で流れているとわかっているのか、いないのか――。「ゴツンッ」と聞こえた音に観客たちは大爆笑。ロックのクラスメイトたちは、「ロック、その調子だぞォ!」と、奇妙な声援を上げた。
【遊んでいる場合か、ガキ共。さぁ、出てこい。お前らが最後だからな。思う存分やらせてもらうぞ】
「そりゃあこっちのセリフだぜ」
シートに落ち着いて座ったロックはニッと笑った。
「準備、OKよ」
二人のじゃれ合いに関わることなくアリスが冷静に言うと、タグーは頭のてっぺんを撫でる手を下ろして大きく深呼吸をした。
「インペンド、ナンバー5、始動」
落ち着いた口調と手さばきでコンピューターコントロール部のスイッチをONにしていくと、パッとパネルに色とりどりの光が浮かんだ。ロックも気を落ち着けてシートベルトが外れないことを確認し、自分の前のコントロールパネルのスイッチをONにしていく。インペンドが低い唸りを上げ出して、タグーは素早い視線で様々なモニターをチェックした。
アリスが大きく息を吸い、ゆっくり吐きながら目を閉じると、それぞれのメーターパネル内、POWARと記されたゲージが上昇し出した。OFFENSE、DEFENSE、QUICKと記された三つのゲージも同様に上昇し出し、それを見届けたロックは、革手袋を強く引っ張って指の間にフィットさせると操縦桿を握った。グッと力を入れて手前に押すと、インペンドが内部ハッチに向かって歩き出す。その振動を感じながら、タグーは唾を飲んだ。
「……いよいよだ」
「……ハデに行こうぜ」
システムのチェックを行いながらも緊張の色を浮かべるタグーの後に続いて、ロックは口元に笑みを浮かべた。
インペンドを開かれた内部ハッチ内に納めると、内部スピーカーから、
【インペンド、エンジン点火、確認お願いします】
と、女性オペレーターの声が響き、タグーは少し大きめのレバーに手を置いて深呼吸を一つした。
「インペンド、エンジン点火!」
言葉と同時にレバーを下げると、ゴォォォォ! と、低い音と同時に、彼らの身体に振動が伝わってきた。
タグーはモニターをチェックして、また新たなスイッチを入れていく。
「点火確認OK。重力装置作動オン。モニターチェック、OK。システム正常、コントロールパネル異常なし。防御システム作動。パワーゲージアップ」
タグーがロックに大きく頷くと、ロックはグッと操縦桿を握り、顔を上げた。
「パイロット、ロック・フェイウィン!」
「ライフリンク、アリス・バートン!」
「エンジニア、タグー・ライト!」
「READY!」
【GO!】
オペレーターの合図と共にインペンドは外部ハッチの開いた出撃口から飛び出し、ウォーミングアップもなく逆噴射されて定位置に付いた。ここからはパイロットであるロックの腕の見せ所だろう。
【来たな、悪ガキ共】
遠く目の前、ダグラスたち、試験官の乗ったインペンドが太々しく腕を組んで待ち構えている。
アリスは目を閉じて精神を集中させ、タグーは機体に異常がないかを常にチェックし、そして、ロックは操縦桿を握り締めると不敵に笑った。
「行くぞ!」
先制攻撃すべく、素早く操縦桿を動かすと同時に、機体はダグラスのインペンドに襲い掛かった。しかし、そんなもの実戦では屁でもない。ダグラスは、腕を振り上げ、殴り掛かろうと突っ込んでくるロックの攻撃を難なく避けると、勢い付いて通り過ぎる彼らの背中に回し蹴りを喰らわした。
ドスンッ! と、機体から伝わる衝撃が身体に走って、三人は思わず息を止めた。
「だぁ! くっそー!」
光防御ネットに飛び込む前にロックは操縦桿を引き、機体の体制を整えるが、ダグラスは隙だらけの彼らの頭上に移動するや、勢い任せでかかと落としを喰らわした。ガツン! と、脳天から来る衝撃にアリスが小さく悲鳴を上げ、ロックもこれにはさすがに反応できず光防御ネットへと無様に飛び込んでしまった。
ググッとネットに沈み、弾むようにそこから離れると、タグーは軽く首を振って、頬を膨らませつつロックを睨んだ。
「あんまり攻撃を喰らわないでよっ!」
「うるせぇ!!」
ロックは八つ当たり気味に吐き捨てると舌を打った。
「電剣の電圧を上げろ! それと耐電圧シールドの強化!」
ロックの指示を受けて、タグーは直ぐ様タッチパネルで制御し、「OK!」と返事をした。その答えと同時にロックが操縦桿の右下にあるレバーを引くと、インペンドが左腰部に装着していた武器を取った。
柄のみでダグラスにそれを向けると、その行動を見ていたのか、ダグラスのインペンドも同じように武器を抜いた。
「アリス! 防御力を上げてくれ!」
ロックの指示に目を閉じたまま意識を集中するアリスが微動だにすることはないが、DEFENSEゲージが上昇を始めた。
「よし!」
「電剣電圧70! チャージ!!」
タグーの言葉と同時にインペンドが抜いた武器に閃光が走り、柄から真っ直ぐな刃先が生まれ、一本の剣と化した。同じくして、ダグラスのインペンドが抜いた武器にも刃が生じるが、輝きも、その大きさも明らかにロックのものとは違う。ライフリンクの候補生であるアリスと、教官であるセシルの差だろう。
……やっぱりな。防御力を上げるのは賢明だ。
ロックは心の中で舌打ちしながらも、怯むことなく斬り掛かった。フェイントもなく、真っ向勝負で剣を振りかざすと、ダグラスはその剣を受け止めて払い、腰部を目掛けて剣を奮ってきた。ロックは素早く操縦桿を動かして剣が当たらないように腰を引き、避け切ると、間髪入れることなく再び斬り掛かった。
避けられ、受け流し、斬り掛かり、斬り掛かられ、それを数度繰り返す二体のインペンドの攻防に、見守る観客たちは、きっと興奮していることだろう。だが、候補生としての立場上、当人たちの心情は焦りと苛立ちで渦巻いていた。
試験の時間は限られている。一発でもいい。試験官の機体に攻撃を与えないと――
タグーはインペンドのチェックを入れていたが、一部の情報に目を見張ると、操縦に集中しているロックを振り返った。
「電剣にこれ以上の電圧を注ぐとスピードが衰える可能性がある!」
ロックは「チッ……」と舌を打った、その時、ガキイィィーン! と、ダグラスの剣が胸部に当たった。彼らにも激しい衝撃が伝わってきたが、泣き言を並べている場合じゃない。
ロックは「クソ!」と一言吐いてブレる操縦桿を力一杯制御し、タグーは数回瞬きをして、赤く点滅し出したランプにチェックを入れた。
「胸部防御システム機能値低下!」
「何やってんだアリス! ディフェンスをもっと上げろ!!」
苛立ち気味にロックが怒鳴ると、目を閉じていながらも、アリスはムッとした表情を見せた。と、次の瞬間にはグングンとPOWERゲージが上昇し出す。
「お、おい! やめろ!! 暴発する!!」
「ダメだよアリス! 抑えて!!」
ロックの表情に焦りの色が浮かび、タグーも堪らず叫んだ。
戸惑っているその隙を見計らって、ダグラスの剣が今度は背中に入り、無防備だった彼らの機体はボフンッと光防御ネットに飛び込んでしまった。
「だああぁー!! アリス!!」
衝撃に耐えながら操縦桿を強く握り締めて名指しすると、アリスはカッと、初めてこの試験中に目を開き、「何か文句でもあるの!?」とでも言いたげにロックの後頭部を睨んだ。
「……頼むから力を貸してくれっ!」
振り返ることはできないが、気持ちは振り返ったつもりで言う。ロックの情けない声に、ゲージが素直に上昇をやめた。
【何やってんだ、ガキ共。試験中に仲間割れか? こいつはお遊びじゃねえんだぞ】
スピーカーからダグラスの含み笑いの声が――。
ムッと眉をつり上げたロックに、タグーは少し戸惑いの表情を見せた。
「二度の攻撃で防御システムの30%をやられた。あっちが使ってる電剣の威力が強過ぎるんだ。こっちがどんなに防御力を上げた所で、インペンドそのものの防御システムじゃ追いつけない」
ロックは操縦桿をギュッと握って、インペンドに剣を構えさせた。
「ロック、焦らずにチャンスを待つんだよ。相手だって隙はある。それを見つけなくちゃ」
真剣に、諭すように言うが、ロックの目は真っ直ぐ、ダグラスたち試験官のインペンドに向いている。
「タグー」
背後のパワーカプセルから、マイクを通してアリスが声を掛けてきた。
「パワーオーバーでどれくらいまで保つ?」
「どれくらいって……ゲージをオーバーしてしまったらホントに数分間だよ。けど、それを越した後、どうなるか……。ヘタしたら爆発。運がよくて、脱出成功、……かな?」
躊躇うタグーの返答に、アリスはため息を吐いた。
「パワーを上げるわよ。タグー、壊れないようにするのがあんたの仕事、でしょ?」
タグーは慌てて、シートベルトに締められながらもアリスを振り返った。
「そうだけど限界があるってばっ!」
「あんたの脳味噌はこれくらいのことでヘコたれないわよ」
目を閉じて意識を集中し出すと同時に、段々と各ゲージが上昇していく。
「ロック、力を貸すわよ」
アリスの最後の一言に、タグーは「あぁっ、もおぉ!」と、対応策を頭の中で練りながらシートに座り直し、ロックを見た。
「攻撃と防御、敏速性、全てが上昇してきてる! 攻撃仕掛けるなら今しかない!」
そう声を掛けると、ロックは眼光鋭く、真顔で操縦桿を動かした。グンッ、と、機体に引っ張られるような力を感じた、そう思った瞬間には、試験官のインペンドの腹部に剣が当たっていた。あまりの素早さにタグーにはなんなのかわからなかったが、ロックは冷静に、フラついたダグラスの機体に今度は回し蹴りをお見舞いした。
今までと違って操縦桿も軽く感じる。だが、パワーゲージが止まることなく上昇し、それらと連動してタグーの前のコントロール部には“ATTENTION!”と、警告ランプが数カ所点滅し出す。
タグーは「クソ!」と吐き捨てると、シートベルトを外して足下の収納棚からスパナと無数のコードを引っ張り出し、コントロール部の下をバラし出した。
「ロック! インペンドにあまり衝撃を与えないで! 少しの間でいいから!」
彼が何をやるつもりなのかはわからなかったが、ロックは小さく頷いて、ダグラスたち試験官のインペンドの出方を窺った。二度の攻撃にも光防御ネットに飛び込むことなく、ググッと機体を伸ばして再び剣を構える様子を見る限り、然程効いてはいないようだ。
【このクソガキが……。生意気なんだよ】
どこか愉快げな、しかし、怒りに満ちたダグラスの声が機内に響き渡った。
――パワーゲージがMAXを超えようとしている。
タグーは手早くコードを探り、掴み出すと、余っていた太いコードの先端と差し替え、そして“相方”と繋ぐために長い束を小脇に抱えてアリスの入っているパワーカプセルの背後に回った。再びロックとダグラスの戦闘が開始され、蹌踉けて壁にぶつかりながらも、なんとかカプセルの整備蓋を外してコードを見定め、持ってきたコードと差し替える。すぐにシートに戻ってコントロールパネル内のキーボードを素早く弾くと、パワーゲージは上昇し続けるものの、“ATTENTION!”の警告ランプが消えていった。
「パワー分散! 電剣電圧上昇! 80、90! 耐電圧防御機能アップ! 電剣電圧マックス!!」
タグーの言葉が終わるか終わらないかのその時、剣が突然、閃光を上げた。
「壊れちまうぞ!?」
それを外部モニターで確認したロックが驚いて声を上げるが、タグーは力強く言い切った。
「大丈夫! “今は”壊れない!!」
その言葉を深く考えることなく心から信じ、ロックは再び操縦桿を動かして試験官たちのインペンドに勢いよく斬り掛かった。ダグラスはその剣を素早く受け止めたが、小さい爆発でも起こったかのような閃光と軽い火花が散り、ダグラス側の剣が消えた。“折れた”と表現したい所だが、剣の刃先自体は超電磁波でできたもの、存在はしないのだ。ただ、それ以上の力が掛かって消えてしまった、そう言った方が的確だろう。
きっと、この光景を見ていた観客たちは大きな歓声を上げているに違いない。試験生が試験官の力を越えた! と。
怯んだ試験官の機体がフラつき、それを見ていたロックは「チャンス!」と言わんばかりに止めを刺そうと剣を振り上げた。
――ボンッ!!
突然、タグーの足下から出火し、驚いたタグーはシートからずれてドスンッと床に尻餅を突いた。ロックも驚いて思わずモニターから目を離してしまい、それと同時に操縦桿を握っていた手の力が緩み、機体の動きが停止。内部の状況がわからないダグラスに体当たりされ、ロックたちは再び光防御ネットに飛び込んでしまったが、すでに試験のことは頭の中からブッ飛んでいた。
「や、やばい!! こ、これ……爆発しちゃう!?」
「はぁ!?」
顔をしかめ、何かを言い掛けたロックを放って、タグーは慌ててコクピット内の片隅にある小型消化器を取りに行き、火を消そうと消化液を噴射した。そうしている間に、コントロールパネルが警告ランプで埋め尽くされ出し、
《WARNING! WARNING! 至急避難してください。乗組員に告ぎます。至急避難してください》
と、冷めた機械音が鳴り出した。
ロックは狼狽えていたが、視界に映ったタグーのコントロールパネルが警告ランプで埋め尽くされているのに気が付くと、目を見開き、仰け反った。
「おっ、おいおいおいおい! けっ、警告ランプで一杯だぞ!!」
「……お終いね」
アリスのぽつりと呟く声がマイクを通して聞こえた。
【何やってんだお前ら! 早く脱出せんかァ!!】
スピーカーからダグラスの怒鳴り声が響き、その声で事の状況が理解できたのか、ロックは直ぐ様シートベルトを外してメットを脱ぎ捨てると、アリスの入っているパワーカプセルに駆け寄り、外部スイッチでドアを開け、彼女に絡まる無数のコードを引き剥がした。アリスが目を据わらせながらカプセルから出て来ると、ロックは次に、ガックリ肩を落として座り込んでいるタグーを引っ張って脱出用ポッドに二人を押し込め、自分も最後に乗り込む。それからすぐにインペンドから小さい“玉”が出てくると、ダグラスは動くことのない“鉄の塊”を掴み、光防御ネットを越えて猛スピードでその場から離れた。
その数秒後、遠くで閃光が上がり、遅れてフライ艦隊群に爆音が届いた。
――合格者発表の席でどうなったかは、告げるまでもないだろう。
「……原因はなに?」
「原因? インペンドのせいだろ。アイツがショボかったんだよ」
「そうかなぁ……」
艦隊群母艦・ケイティ内のリフレッシュルーム。
テーブルを間に向かい合って腰掛け、肩を落とす三人の後ろを通り過ぎる人、通り過ぎる人が、「おもしろかったよ」と声を掛けていくが、彼らはすっかり気落ちしていた。
ウケを狙って試験に挑んだワケじゃない。目的は合格だった。
なのに……――
「……また明日から退屈な実技訓練だわ」
「毎日試験をやれってんだよなー」
「次は一ヶ月後、か……」
それぞれ、ポツリポツリと言葉を落とす。
アリスはロックとタグーの向かい側、力を抜くようにペタンとテーブルに顔を付け、タグーは飲み切ったジュースの空き缶を弄び、ロックは椅子の背に深くもたれてフン反り返っている。嫌みったらしい言葉の投げ掛けも、文句を言い合うこともない。とにかく疲労困憊、そんな雰囲気が漂っていた。
合格者発表が終わった後、ダグラスに散々怒やされ、インペンド開発スタッフに頭を下げに行ったら行ったで「お前らはインペンドに触るな」と冗談半分に意地悪なことを言われ、ガックリしながらトボトボ歩き……ここに辿り着いた。
「……一ヶ月後、どうするよ?」
視線を天井に向けた、ロックの呟くような問い掛けに、タグーはチラっと彼を見て俯いただけ。アリスはと言うと、その言葉に何か考え、しばらく間を置き、ため息混じりにゆっくり立ち上がった。
「気が向いたら、ね……」
「……。そうだな。わかった」
天井を見つめたままそう返答するロックに、アリスはそれ以上何も関せず、「じゃ、……お疲れさま」と、その場を後にした。
残った二人は彼女の背中を見送ることなく、しばらく無口になっていた。
「――、……ごめん」
タグーが小さく切り出し、ロックはフン反り返っていた身体を起こして訝しげに眉を寄せた。
「何が?」
「僕が爆発なんか起こさなかったら、きっと……」
「はぁ?」
「……あの時、僕がもうちょっと考えて対処してたら、きっと……」
「なーに言ってンだよ、お前」
段々と声のトーンを落としていくタグーに、ロックは呆れ気味なため息を吐いた。
「誰もお前のこと責めてないだろ。なんで自分から落ち込むんだよ?」
「だって!」
タグーはギュッと空き缶を握り締めると、訴えるような目でロックを振り返った。
「ロックもアリスも力を合わせてやろうって、一致団結みたいな感じでっ……。けど僕、なんか一人で突っ走って!」
「一致団結? なんだそれ?」
ロックは眉間にしわを寄せつつ、テーブルに片肘を付いた。
「んなコト俺にはさっぱりわかンねぇけど、俺もお前もアリスも、自分のやれることをやった。その結果がアレだったんだよ」
「そうかなっ? そんなに簡単に片付けていいのかなっ?」
「簡単に片付けろよ」
スパッと切り捨てるように言われ、タグーはそれ以上何も言えずにまた空き缶を弄ぶ。いじけてしまったのか不快なのか、そんな彼を見てロックは鼻から息を吐いた。
「やれることはやった。そうじゃないのか? それとも、お前は手を抜いてたのか?」
タグーは目を見開くと、焦るようにロックに向かって首を振った。
「そんなことっ……ないよっ」
「じゃあ、いいじゃんか」
ケロッとした様子で肩をすくめるが、タグーは戸惑うようにテーブルに視線を落とした。そんな彼に構うことなく、ロックはポンポンと肩を叩いた。
「問題はさ、今日の失敗をどう改めるか、だろ?」
ロックは椅子から立ち上がると、俯いているだけのタグーに苦笑した。
「がんばっていこうぜ」
タグーは返事をせず、そこから立ち去るロックの背中を見送ると、バタっとテーブルに腕を伸ばして顔を伏せた。
リフレッシュルームを出たロックは、歩きながらしばらく何かを考え込んでいたが、“それ”を振り払うように頭をブンブンと振って、そのままどこかに姿を消した――。
その頃……
『……原因はなに?』
一足先に私服に着替えて身を落ち着けたアリスは、自分が言った問い掛けを頭の中で繰り返していた。
コロニー・スバルの宿舎に帰ろうと、シャトルポートに向かうため乗り込んだエレベーター内。彼女はじっと床を見つめていた。
……原因。それはたぶん――
プゥーン、と、柔らかい音が鳴ってエレベーターが途中で止まり、ドアが開いて誰かが乗り込んできたが、考え事をしていたアリスにはその人物に気を向ける余裕がなかった。しかし、乗り込んできた人物はアリスを見て少し首を傾げた。
「君は今日の試験生だったね?」
声を掛けられたアリスはやっと人の気配に気が付いて顔を上げた。
――総督のフライスだ。……しかも私服の!!
アリスは大きく目を見開くと、あまりの衝撃に敬礼も忘れ、逃げるように後退し、フラ付いてドンッと壁に身体をぶつけた。
「大丈夫?」
「……は、……はいっ……」
アリスは壁に背をつけたまま、胸を両手で押さえ、顔を真っ赤にし、苦笑するフライスから目を逸らせずに何度も頷いた。心臓がバクバクと胸の奥で叩いているのがわかる。
フライスはエレベーターのドアを閉めると、アリスを振り返って笑みをこぼした。
「見ていたよ。確か、一番最後のインペンドに乗っていたね」
「は、はい! そうです!」
ようやく壁から離れると、シャキッと背筋を伸ばし、顎を上げて返事をした。
「惜しかったなぁ。トラブルさえなければ合格できていただろうに」
残念そうな苦笑いとその言葉を聞いて、アリスは表情を消し、少し視線を逸らした。
じっと俯く様子にフライスも何か気付いたのか、少し焦るように目を泳がすと、「……あっ」と、笑顔で切り出した。
「今日はもう、スバルに帰るのかな?」
愛想のいい問い掛けに、アリスは、「え?」と不可思議そうな表情で顔を上げた。
「あ……、は、はい。もう……特に何もないので……」
「それなら、どうだろう? 食事でもおごろうかな」
突然の申し出に、アリスはキョトンとした表情で息を止めて硬直した。
「わたしも今日は仕事を早く終えてね。……よかったら」
にこやかに伺うフライスに、ボー然としていたアリスは、ハッとし、緊張しながらも笑顔で頷いた。
「はっ、はい!」
必死な思いで返事をしながら、心の中で歓声を上げていた。まさかこんな展開になろうとは!
あれを訊こう、これも訊こう、と、質問内容を用意し出す頭の中、胸の高鳴りを押さえようにも押さえ切れず、だらしなく頬が緩んでいく。そんなアリスを従えて、エレベーターがシャトル発着所のある階に到着し、ドアが開いた。
「よぉーっ。待ってたぞっ」
私服に着替えたダグラスが大きく手を振っている。アリスは「?」と、誰もいない背後を振り返ったが、それに答えるかのように小さく手を挙げたフライスの、その、あうんの行動に顔をしかめた。ダグラスも、フライスの後ろで突っ立っているアリスに気が付いて、同様に顔をしかめている。
フライスは、敬礼をして通り過ぎていくクルーたちに笑顔を向けながらダグラスに近寄った。
「さっき会って。一人だったし……スバルに帰るって言うから、一緒にどうかと思ったんだ」
試験のことは一切口にしないフライスに、ダグラスは「ふーん」と軽く鼻で返事をして、追求することなく、一歩遅れてやって来て頬を引きつらせて笑うアリスを見下ろした。
「……ま、ワシは構わんがな」
肩をすくめたダグラスに、アリスは、「……へへへ」と、なんとか取り繕おうと笑って見せた。
そうよねそうよね。フライと二人で食事なんて有り得ない。お邪魔虫が一匹、仕方ないけど、我慢しよう……。
あっさりと諦めたアリスだが、その後、続々と教官たちが現れ、彼女の甘い夢は更に崩れていった――。
結局、フライス、ダグラス、そして自分の教官であり、今回の試験官でもあったセシル、オペレーターのアーニー・ハドソン、デルガ医務官のクリス・ロバーツが集まった。
彼らがフライ艦隊群の中でも“強烈な存在”だというのはアリスも知っている。そんな大人たちに囲まれたらどうなるか……。一瞬でも考えると恐ろしくなるので、「この人たちは親戚のおじさんおばさんたちだ」と、自分に言い聞かせることにした。
みんなでスバルに移動し、そしてそこから“予約を入れてある”レストランに向かった。人工湖の畔にある、四方ガラスで囲まれた小綺麗なレストランだ。受付でサインを済ませて店内を見回すと、客はどう見ても金持ち、もしくは有名人ばかり。フライスの登場に、笑顔で声を掛けてくる人も多い。
ボーイに案内された奥の丸テーブルに、それぞれが席に着いた。アリスの横には右にセシル、左にクリスが。フライスはセシルの隣。そのフライスの隣にダグラス、そしてその隣がアーニーだ。つまり、アリスの前はダグラス、ということになる。
アリスは心の中でガックリと頭を落とした。
飲み物が各自用意されると、フライスはグラスを手に取って微笑んだ。
「今日はご苦労様」
「まったく、悪ガキ相手にするのも疲れるモンだ」
ダグラスが嫌みっぽく笑いながら片眉を上げるが、当のアリスは「何のこと?」とでも言うように視線を斜め上に向けている。そんな二人の様子にフライスは苦笑した。
「見てた方は楽しませてもらったよ。……と言ったら不謹慎かな。んまぁ、とりあえず……お疲れ様」
彼が笑顔でグラスを上げると、それぞれが同じようにグラスを上げ、そのまま口に運んだ。アリスも、「いただきます」と小さく言ってジュースを口に含む。
それからは続々と料理が運ばれ、同時にワインも運ばれ、時間が経つに連れてすっかりほろ酔い気分になった大人たちは内輪話で盛り上がり出した。
「そういやー、アレだな。もう五年だな」
「そうそう、五年だわ」
顔を真っ赤にしたダグラスの言葉に、隣のアーニーが相槌を打つ。そして、お腹も満腹なのか、満足げに胃を撫でるフライスを見て微笑んだ。
「五年後を見てろ、って言ってたわよね? どう? その五年後を迎えて」
アーニーの問い掛けにフライスは苦笑すると、両腕を大きく左右に広げた。
「見ての通り、このザマ」
肩をすくめるフライスに、みんながプッと吹き出した。だが、素面な上に話に付いていけないアリスは訳がわからずにボー……とする。退屈そうな雰囲気に気が付いたダグラスは、いつもの“教官”としてではなく、一人の“おじさん”として話し掛けた。
「コイツはな、パイロット時代、上官の顔に向かって辞表を投げつけたんだぞ」
ニヤニヤと笑いながらフライスを指差すダグラスに、アリスは顔をしかめた。
「お前らなんか目じゃねぇよ、くそったれ共。五年後を見てろ、ってね」
セシルがクスクスと笑いながら後に続くと、アリスは更に顔をしかめる。フライスは「やめろよ」と恥ずかしそうな表情を浮かべて、暴露するみんなを止めようとした。
「あの時はカッとなってただけだって。俺も若かったんだよ」
言い訳じみたセリフにみんながまた吹き出し笑い、クリスは、首を傾げる隣のアリスの耳元にそっと顔を近付けて囁いた。
「フライは上官に煙たがられる程の大馬鹿者だったんだよ。信じられるかい?」
「聞こえてるぞ」
フライスが睨み付けると、クリスはキョトンとしているアリスから離れ、いたずらっぽく眉を上げて見せた。
「……教官たちって、すごく仲がいいんですか?」
アリスの素朴な問い掛けに、「とんでもない!」と、大人たち全員が首を振った。
「ワシぁこいつが嫌いだった」と、ダグラスは目を据わらせてフライスを指差し、
「私も。バカなことしかしないんだもの」と、セシルもため息混じりで同意する。
「俺はセシルが嫌いだった。生意気だったんだ、すごく」と、クリスが肩をすくめると、
「私はそういうあなたが嫌いだったわ。女の子と見ればすぐに手を出して」と、アーニーがクリスを睨み付けた。
フライスは、
「俺はみんなのことが好きだったよ」
と、にこやかに答えたが、みんなに「嘘吐け!」と素早く突っ込まれ、「ハハハっ」と笑いながら、両手を上げて降参のポーズを取った。
「わかったわかった、白状するよ。ダグラスはオヤジ臭いし、すぐゲンコツするから嫌いだった。アーニーはなんでもチェックを入れてウエに逐一報告するから嫌いだった。セシルは言うこと聞かないし、すぐ怒るから嫌いだった。クリスは俺が狙った女を片っ端から全部取っていったから嫌いだった」
アリスは呆れるようにポカンと口を開いた。しかし、大人たちはフライスの言葉を聞いてケラケラと大きく笑っている。
ダグラスはお腹を押さえて笑っていたが、不可解な顔をしているアリスを見て手を上下に振った。
「アイツだアイツ。ロックに似てやがんだ」
アリスは「ウゲッ!」と、嫌そうに顔色を変えた。だが、みんなはダグラスの言葉に「あーうんうん」と同意している。
「似てるって言えば似てるかもね」
「あの生意気な態度とか?」
「あぁ似てる似てる」
「ダグラスに楯突く所も」
「突拍子もないトコとか」
「ってコトは、あの子も25歳になったら辞表を投げつけてくるのかしらね?」
おもしろ半分に話題を広げる大人たちを前に、アリスはゲッソリした。
「しかし、アレだったなー」
クリスがたばこに火を付けて、顔を上げたアリスに目を向けた。
「今日の試験、残念だったな。なかなかいいトコまで進んでたのに」
「ダグラスが押されるなんて、おもしろかったわ」
アーニーの不敵な笑いにロックのことを思い出したのか、ダグラスは胸の前でグッと拳を作った。
「あのガキはワシがもう一度叩き直してやる」
小さく笑いが起こる中、セシルは微妙な笑みを浮かべているアリスをチラリと見て、ワイングラスを傾けながら遠くを見つめた。
「……ライフリンクにしかわからないことがあるのよ」
囁くような、その突然の言葉に、アリスは大きく目を見開いた。
その言葉がなぜか、胸に刺さった――。
「なんだ、そりゃ?」
二人を交互に見てダグラスが訝しげに首を傾げている。だが、セシルは答えることなく苦笑すると、自分のことをじっと見ているアリスの頭を優しく撫でた。
「合格はしなかったけど、私は合格点をあげるわ。……よくやったわね、アリス」
「おいおい、なんだぁ? 教え子との絆でも深めてるのかぁ?」
ダグラスが不愉快そうに腕を組むと、「羨ましいの?」と、アーニーが愉快げに彼に問い掛けた。
「ロックに同じコトしてみたら? お前はよくやったって。あの子、改心するかもよ?」
「気色ワリィっ」
ダグラスはブルブルッと身震いして見せる。
アリスは、微笑みながら優しく頭を撫でるセシルを見て少し視線を逸らし、俯いた。そのままじっと押し黙るアリスを見ていたフライスは、ゆっくり空を仰いで、笑みをこぼした。
「――星が……キレイだな」
呟くように言った声に、みんながキョトンとした顔で彼を見て、空を仰いだ。コロニー内は巨大な特殊強化ガラスによって囲まれている。そのため、宇宙空間を見渡すことができるのだ。
フライスは椅子の背に深くもたれると、ガラス屋根の向こう、まるで星でも掴むように手を伸ばし、言葉を続けた。
「……星に何かを刻もうか、一つ一つ……。そしたら、忘れそうなことも、星を見上げれば思い出すことができるから……」
どことなく寂しげな笑みを見せる、そんなフライスの手先の向こう、アリスはゆっくりと空を見上げた。
『……一ヶ月後、どうするよ?』
ロックが問い掛けてきた言葉が、突然脳裏に走った。
『……原因はなに?』
アリスは空に広がる星の中、一際輝きを放つ星を見つめた。
『あんたのせいで……』
不意に浮かぶ、不愉快そうな少女たちの影――。
急に息苦しさに襲われ、星空から目を逸らそうとしたアリスの瞳に大きな流星が映った。
「おっ、でけぇ!」
同じく空を見上げていたダグラスが大きく声を上げた。
「ありゃぁ、どこかの艦隊の“ゴミ”かもなあ?」
冗談っぽく、笑いながら言う彼の態度にアリスが何か反応すると思っていたが、そんなアリスが突然、ガタンっと椅子から立ち上がった。
「す、すみませんっ、ちょっとコンタクトをっ……」
焦るように膝の上にしがみ付いているナプキンをテーブルに置き、早口に断って歩いていく、その背中に、大人たちは顔を見合わせた。
ボーイに交信機の場所を聞くと、鞄の中から電子ノートを取り出してコードを繋げ、パネルから名前を見つけるなりイヤーマイクを耳に掛けた。
何を話すかなんて考えていない。頭の中は真っ白だ。けれど、身体が勝手に動いていた。
数回呼び出し音が鳴り、そして【はい】と、聞き慣れた声にアリスは顔を上げた。
「あっ……と……」
【はい?】
「あ、あたしっ、えーと、ロック……よね?」
【ああ。……ん? アリスか?】
「そう、あたし。……そう」
アリスは何かを伝えようとして息を詰まらせた。
何も言葉が浮かばない。それどころか、戸惑って、焦って、頭の中がパニックになりそうだ。――が、ふと、視界にフライスたちの姿が映った。
彼らは楽しそうに会話を続けている。
そう、……楽しそうに。
【おい?】
ロックの声が耳に入って、アリスは数回瞬きをしてイヤーマイクの位置を軽く整えた。
「あ、うん。あの、さ……、その……、今日の、試験のこと……」
【ああ】
アリスは少し躊躇ったが、グッと拳を作って、力を込めて握り締めると勢いよく切り出した。
「アレはあたしのせいだと思うンだっ」
【……ハァ?】
「あたしがパワーをマックスまで上げちゃったから。だからインペンドに負担掛けて」
【……おい】
「いつも怒られてたの。力をセーブしなくちゃいけないって。わかってたのに、なのに、こんな大事な日だったのにあたし……、またやっちゃった。試験に落ちたのは、あたしが原因だったの」
【待て】
「ロック訊いたでしょ? 一ヶ月後どうするかって。あたしね、あたし……そういう風に誘われたことなかったの。みんな、あたしから……離れて。……怖がられて。……あの時、ロックに頷けなかったのは、……あたし」
【待てって言ってるだろ。聞けよ】
向こうでロックが大きなため息を吐いているのがわかる。小さく「コイツまで」という言葉も聞こえた。
【お前、何勘違いしてんだ?】
「……え?」
【今日の試験落ちたのはお前のせいだって? 俺、言わなかったか? 原因はインペンドだって。そう思わね?】
「……え」
【俺やお前やタグーにはなんの問題もねぇよ。問題があるとすれば、やっぱインペンドだ。アイツが悪い。ショボかったんだよ】
アリスはキョトンとしていたが、突然、吹き出してケラケラと笑った。向こうのロックの、不愉快な雰囲気が伝わってきても。
【なんだよ?】
「ふふふっ、ううん、なんでもないよっ。……うん。なんでもない」
【チェッ】
アリスは笑顔のまま一息吐くと、ゆっくり空を見上げた。
彼女の視界には無数の星が広がっている――。
「……あのさ」
【ン?】
「……一ヶ月後、組もう? また三人で。……運がよければ」
【お前がそうしたいって言うなら付き合ってやるぜ。なんたって、お前やタグーの相手ができるのは、この俺様ぐらいだろうからな】
「……ぷっ」
アリスはまた吹き出した。彼女の脳裏には、左胸に右手を置いて自信満々な顔をしているロックが浮かんでいた。しかも、滑稽な姿で。
【お前、笑い過ぎなんだよ】
そんなことなどわからないロックのムッとした口調に、アリスは「ゴメン、ゴメン」と笑うのを止め、笑顔のまま、再び星空を見上げてその中の一つ、一番輝いている星を見つめた。
「……今日のことは、星に刻むよ」
【はっ?】
「ううん、こっちの話。……それだけ言いたかったんだ。どうしても……言わなくちゃいけないって思った。……それだけ」
【……おう】
「……ありがとう。……今日はホントにお疲れさま。……またね」
【ああ】
「……」
【おい】
切ろうとして、ロックの声がまだ続く。
【お前はパワーあるけどよ、それを理解できない奴らの方が悪いんだぜ? お前を怖がるヤツは大したヤツじゃねーよ。タグーのこともそうだ。……俺は、お前らのことバカにするような奴らは許さねーから】
力強い言葉に、アリスは穏やかな笑顔を作って小さく頷いた。
「……うん」
【じゃーな。次の試験の時は合格しようぜ。タグーにも伝えといてやるよ】
「……うん」
数秒後、そのままロックとの通話が切れ、アリスは交信機のスイッチを切ると、イヤーマイクを外して置き、再び空を見上げた。と、その時、ポンと肩を叩かれて後ろを振り返るとセシルが笑顔で立っていた。
「どうだった?」
問い掛けに、アリスは少し間を置いて微笑んだ。その笑顔でわかったのか、セシルは彼女に微笑み返した。
「いろんな感情を受け止めなくちゃいけないのは私たち、特殊な力を授かった者の運命。知らない振りをするのもいいし、逃げ出すのもいい。逆に、入り込んでもいいし、追い掛けるのもいい。……でもね、一番大事なのは、あなた自身の気持ちよ」
「……はい……」
「嫌なことばかりじゃない。中には信じていいこともある。……ちゃんと刻んだ?」
「……、はい」
セシルはニッコリ笑うと、笑顔で頷いたアリスの肩を抱いてみんなが待っているテーブルへと誘った。
その頃――
ケイティ内の格納庫で、タグーはみんなが試験で使用したインペンドを独自的にチェックしていた。修理をしようとか、技を盗もうとか、そういう気持ちは一切ない。試験が終わればスバルに帰って寝るだけ。その時間を味合いたくはなかった……。
『簡単に片付けろよ』
そう言ったロックを思い出してはため息を吐いた。機体に触れていれば何も考えずに済むかと思っていたが、そうもいかない。薄暗くて静かなコクピット内で動く気力も無くし掛け、そのまま床にガックリと座り込んだが、ゴリ……と何かがお尻の下で動き、顔をしかめてそれがなんなのかを確かめるように探った。
――ボルトが転がっている。
どの部分のボルトかはわからないが、お尻の下から抜き取ったそれを両手指先で持ってゆっくり回しながら、タグーは深く息を吐いて俯いた。と、その時、「ピピピッ」と上着の襟に付いている交信機が鳴り、無視をしたかったものの、重要な連絡かもしれない、と意識を保って、気怠さを露わにしながらのんびりとした手付きでスイッチを入れた。
「……はい?」
【おぅ、タグーか? ロックだ】
「ああ、……どうしたの?」
【お前、今どこにいるんだよ?】
「今? ……ケイティの格納庫だけど」
【格納庫っ? なにやってんだっ?】
「何って。ちょっと、……機体の修理」
【なーんだ。部屋の方に通信しても出ねーし、破壊活動でもしてるのかと思ったぜ】
タグーは目を据わらせ、気を取り直して愛想なく、ツン、と顔を上げた。
「なんの用?」
【ああ。さっきな、アリスから連絡があったんだよ】
「アリス? ……どうかしたの?」
【一ヶ月後、また一緒に組もうってさ】
タグーは少し眉を動かし、言葉を無くした。
様子を察したロックが、【タグー?】と小さく問い掛けてきたが、タグーは困惑げに、悲しげに視線を泳がせた。
「だってさ、今日の試験、失敗しちゃったんだよ? そんなんでさ、またやろうなんて……そう簡単に、僕、思えないよ……」
【アリスもお前と同じこと、言ってたぜ】
俯いていたタグーは、目を見開いて顔を上げた。
「え?」
【アリスのヤツも、今日の試験は自分のせいだって、そう言ってたよ】
落ち着いた声に、タグーは戸惑いを露わにした。なぜか胸が締め付けられて、息苦しくなって――。何も言葉にしない彼に【なぁ、タグー?】と、再び声が聞こえた。
【大事な試験だったんだ。合格するって思ってた。自信だってあった。それに落ちちまったんだよ。ショックなヤツはいねぇさ。俺だってショックだし……お前たちが揃って言うようにさ、俺にこそ非があったんじゃないのかって、思うんだ】
いつもとは違う、どこか神妙な声――。何か“重い”ものを感じて、タグーは戸惑いながらも声を掛けようとしたが、【あのさ】と言葉が続いて口を閉じた。
【上手く言うことができねぇけど……今回こういう結果に終わっちまったけどさ、だからって、俺、お前らに対して信用無くすってコトないんだ。逆にさ、あそこまでやれたこと、感謝してるんだぜ? なんたって、あのダグラスに攻撃できたんだからよ】
ケケケッ、と、笑い声が向こうから聞こえる。いたずらっ子のようないつもの雰囲気に、タグーは少しホッとしつつ、笑みをこぼした。
【なあ? ……アリスだって、怖いだろうぜ?】
タグーの顔から笑顔が消えた。
それ以上、ロックは何も言わない――。
急にカーッと顔が熱くなり、鼻がツンと痛くなった。タグーは、軽く息を詰まらせると歪んだ視界に映ったボルトをギュッと握り締め、袖で目許を強く拭った。
【なっ、次こそは合格しようぜ!】
ロックの力強い言葉に、タグーは、しばらく間を置いて腕を下ろし、鼻をすすって小さく微笑んだ。
「……うん。……次は絶対に合格しよう」
【よしっ!】
その調子! と言わんばかりの返事に、タグーは少し笑ってから深く息を吐き、落ち着いた様子で視線を落とした。
「……ロック」
【あん?】
「キミって、いい人だったんだね」
【今頃気付くんじゃねーよ、このバ~カ】
鼻に掛けて悪態吐く彼に、タグーは吹き出し笑って、背筋を伸ばした。
「一ヶ月後には、僕、もっともっとキミらに相応しいインペンドを用意するよ。……絶対」
【ああ、楽しみにしてるよ】
その言葉通りだろう、声色がとても明るい。彼が気にしてそうしているのかわからないが、タグー自身の気持ちも変わった。
タグーは肩の力を抜いて、機内の天井を笑顔で見上げた。
「……ロック」
【ン?】
「……ありがとう」
【はぁっ? 気色ワリぃな! 女に言われると気分いいけど、男に言われると悪寒が走る!】
「撤回。キミは嫌なヤツだ」
【うるせぇよ】
ムッとした声にタグーは笑みを浮かべると、大きく深呼吸をしてボルトをズボンのポケットに仕舞い込んだ。
「じゃ、僕、まだやることがあるから」
【おぅ。とっとと帰って寝ろよ。昨日あんまり寝てねーんだから】
「わかってるよー」
拗ねるようにそう答えた後、タグーは間を置いて「あははっ」と笑った。
「よく父さんから早く寝ろって言われてたよ。ロックって、な~んか親父みたいだね」
【19の兄ちゃん捕まえて親父だと? お前、今度会ったら卍固め決定】
タグーは頬を引きつらせた。ロックはダグラスと同じで有言実行タイプだ。しばらくは彼から逃げ隠れよう。
向こうのロックは少し笑って、一息吐いた。
【じゃ、時間取らせて悪かったな】
「あ、ううん、いいよ」
【じゃーな】
「うん」
通話が切れて、タグーはしばらくぼんやりとコクピット内を見つめていたが、「……よし!」と、気合いを入れ直して立ち上がった。
その頃、コロニー・スバル内にある、候補生男子寮の一室――
ベッドの隅に腰掛けていたロックは、通信機を投げるように枕元に置くと、力を抜いてベッドにドサッと仰向けに倒れた。
個人室の彼の部屋にはたくさんの参考書や実技本が無造作に散らばっている。
ロックはじっと天井を見つめていたが、ゆっくり目を閉じると、そのまま深い眠りに就いた――。




